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「……今の方たちは、楓雅様のお知り合いなのですか?」

 控えめに尋ねる夏蓮を流すように頷く。まだその場にいたのか。面白げに尋ねる金持ちが、楓雅の一番嫌いとする人間だった。

――どうせ、娼婦の知り合いだからと、根掘り葉掘り面白がって聞いてくるのだろう。

 ちらと彼女を盗み見ると、夏蓮は困ったように両手を頬に当てていた。

「……あちらの方たちは、楓雅様を『雅様』と呼んでいらしたわ。どちらが正しいお名前なのでしょう?」

「…………」

 一気に脱力感が全身を駆け抜けた。

そんなことか。楓雅にとって、名前とはどうでもよいものだった。

「好きなように」

 でも、と夏蓮は首を傾げた。

「『名は体を表す』、と申しますように、ご自分のお名前をないがしろにしてはいけないと、私は思いますの。楓雅様のお名前、失礼ですけれど『みやび』だけではなく、力強さも感じます。……ですから私、あなたのお名前は『楓雅』だと思うのですが」

「……ぷっ」

 真面目な顔をして言って聞かせる夏蓮に、楓雅はこらえきれず吹き出した。不思議そうな顔で花蓮は首をさらに傾げた。

「どこか違ってしまいましたでしょうか?」

 いや、そうじゃない、と楓雅はくすくすと笑いながら楓雅は首を横に振る。

「正解だよ、あんた。雅っていうのは俺の仕事の時の名前。本当の名前はそのまま、楓雅さ」

 まあ、と夏蓮は一瞬にして顔を綻ばせた。それはまるで、花が咲いたかのよう。楓雅は一瞬その顔に見とれた。

「桔梗を見る楓雅様は、どこか悲しげに見えてしまって、心配していたんです。ですから、笑ってくださって私安心しました」

 別に、と楓雅は口ごもった。今の世の中を悲観したわけではない。それが悲しげな顔に見えたのだろうか。

――つくづく、変な女だ。

「今日お茶の帰りだったのですけれど、まさかこんなに綺麗な桔梗が見られるなんて、幸運でしたわ。……蕾というのが悔やまれますが」

 夏蓮は顔を少し綻ばせた後、残念そうに呟いた。

 お茶、という言葉で楓雅は我に返る。そしてもう一度彼女の着物に目をやった。

――庶民には、到底理解できない。

 彼女とは生きる世界が違うのだ。関わってはいけないと、楓雅の頭が警鐘を鳴らす。今ならまだ引き返せる。


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