参
「……今の方たちは、楓雅様のお知り合いなのですか?」
控えめに尋ねる夏蓮を流すように頷く。まだその場にいたのか。面白げに尋ねる金持ちが、楓雅の一番嫌いとする人間だった。
――どうせ、娼婦の知り合いだからと、根掘り葉掘り面白がって聞いてくるのだろう。
ちらと彼女を盗み見ると、夏蓮は困ったように両手を頬に当てていた。
「……あちらの方たちは、楓雅様を『雅様』と呼んでいらしたわ。どちらが正しいお名前なのでしょう?」
「…………」
一気に脱力感が全身を駆け抜けた。
そんなことか。楓雅にとって、名前とはどうでもよいものだった。
「好きなように」
でも、と夏蓮は首を傾げた。
「『名は体を表す』、と申しますように、ご自分のお名前をないがしろにしてはいけないと、私は思いますの。楓雅様のお名前、失礼ですけれど『みやび』だけではなく、力強さも感じます。……ですから私、あなたのお名前は『楓雅』だと思うのですが」
「……ぷっ」
真面目な顔をして言って聞かせる夏蓮に、楓雅はこらえきれず吹き出した。不思議そうな顔で花蓮は首をさらに傾げた。
「どこか違ってしまいましたでしょうか?」
いや、そうじゃない、と楓雅はくすくすと笑いながら楓雅は首を横に振る。
「正解だよ、あんた。雅っていうのは俺の仕事の時の名前。本当の名前はそのまま、楓雅さ」
まあ、と夏蓮は一瞬にして顔を綻ばせた。それはまるで、花が咲いたかのよう。楓雅は一瞬その顔に見とれた。
「桔梗を見る楓雅様は、どこか悲しげに見えてしまって、心配していたんです。ですから、笑ってくださって私安心しました」
別に、と楓雅は口ごもった。今の世の中を悲観したわけではない。それが悲しげな顔に見えたのだろうか。
――つくづく、変な女だ。
「今日お茶の帰りだったのですけれど、まさかこんなに綺麗な桔梗が見られるなんて、幸運でしたわ。……蕾というのが悔やまれますが」
夏蓮は顔を少し綻ばせた後、残念そうに呟いた。
お茶、という言葉で楓雅は我に返る。そしてもう一度彼女の着物に目をやった。
――庶民には、到底理解できない。
彼女とは生きる世界が違うのだ。関わってはいけないと、楓雅の頭が警鐘を鳴らす。今ならまだ引き返せる。