十
「そうか。残念だな」
少し、ほんの少しだけ期待していた。期待などしていなかったと言おうものなら嘘になる。本当に残念そうに楓雅はくしゃっと笑った。
「楓雅、様……?」
不安げに問いかける夏蓮に、楓雅は笑みを消し大きく溜息をついて前髪をかき上げた。
「……本当に、残念。もう少し楽しめるかと思ったのに」
え、と彼女の口は声なき声を形作る。
「気づかなかった? 遊びだよ、遊び」
「わ、私の事は、あ、遊びだったのですか?」
瞳に涙をたたえた夏蓮は、静かな口調で問うた。ふっと嘲笑を浮かべ、夏蓮を見下ろす。
「……ああ、そうだよ」
冷たく、吐き捨てるように、――そう、彼女が傷付いて、自分を嫌ってくれるように。
「なあんにも知らないお嬢様。俺の暇つぶしに一役買ってくれて感謝するよ。なかなか楽しめた」
「ふう、が、さま……」
早く、忘れて。
どんな悲痛な叫びよりも、絶望にかられた呟きの方が楓雅の心を深く抉った。けれど、彼は冷たい笑みを浮かべたままで。
「じゃあな。……夏蓮」
最後の名は彼女に聞こえただろうか。吐息と共に吐き出した言葉。ひら、と軽く手を振り、背を向けた。
嗚咽と崩れ落ちる音が聞こえる。けれど、楓雅は振り返らなかった。
「……幸せにな」
その言葉に一瞬だけ彼女の息の止まる気配がした。だが、もう二度と振り返ることは許されない。声を掛けることも、その名を呼ぶことも。
深入りすることは赦されなかったのだ。そう、彼女に許嫁がいると分かってから。いや、それ以前、彼女と桔梗の野で出会ったこと自体。
どんなに愛していても、世界が違うのだ。
――ありがとう、初めて愛した人よ。そして――。
彼の心を映してか、曇っていた空から雫がひとつ、ふたつと零れ落ちる。そしてそのままけぶるような土砂降りとなった。
突然の雨に人々は先を急ぎ、楓雅の事など目もくれない。彼はその場所に立ち止まり、空を仰いだ。
――さようなら。
頬を伝うは彼の涙か、それとも天の雫か。それを知る者はいない。
よく澄んだ、秋晴れの日だった。白無垢の花嫁が石畳を歩く。朱傘と白と、空の青。どれをとっても眩しい光景に目を細める。そっと身を翻し、花嫁行列から離れる。
いつの間にここまで来ていたのだろうか。ふと顔を上げた視線の先に、かつて蒼い花が咲いていた野が広がっていた。今はもう茶色くなった花弁が地面に落ちている。楓雅はゆっくりと息を吸い込んで吐き出した。
君への想いを、この花に捧ぐよ。どうか、幸せに。
ただ、この恋だけは桔梗に還そう。
少し寂しそうに微笑んで、楓雅はゆっくりと背を向ける。
桔梗はそっと頷くように風に揺れた。
時代背景完全無視、しかも乱文という大変申し訳ない書き方をしてしまいました。思えば悲恋ものなんて、初めて書いたかもしれません。読みにくい点多々ありましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。
最後のシーン、夏蓮が息を飲む、というところですが、彼女は気づいてしまったのです。楓雅が嘘をついているということを。楓雅の気持ちを痛いほど分かってしまったから、それ以上言えなかった。もしかしたら夏蓮にとって、楓雅は初恋だったのかもしれません。でも決して実を結ぶことのない恋。彼女もそれを知っていたから身を引いてお嫁に行ったわけですが……。
それにしても恋愛シーンとは難しいものです。努力いたします。
最後に、皆様に感謝申し上げます。