ツンデレ!
「よっ」
店に到着してから仕事着であるエプロンをロッカーの前で着けていると後ろから声をかけられた。
その声に振り向くと、短パンにTシャツという相変わらず、ラフな格好な姿の三枝が片手を挙げて立っていた。
「三枝もバイトか」
「うん。結構混んでるらしいじゃん?」
言いながら、オレの3つ右隣のロッカーに移動して、中からエプロンを取り出し、それを着け始める。
「日に日に落ち着いてはいるけどな。それでもまだ大変なのには変わりないよ」
「そうなんだ。ま、お互い頑張ろ」
きゅっとエプロンのヒモを縛るとロッカーに取り付けられている小さな鏡で髪の毛の具合を確認する。
今なら多少なりとも時間があるし、このタイミングでこの前から気になっていたことを聞こうとオレは思った。
「なぁ、なんでバイトしてるんだ?」
「え?」
オレの問いに対して三枝はヘアゴムで髪を整える手を止め、こちらに顔を向けた。
「あ、いや、誤解しないでほしいんだ。ただ、プロのゲーマーなのにバイトする必要あるのかなって意味で」
「……」
すると顔を曇らせ、押し黙ってしまった。
「あ、別に言いたくなかったら……」
言わなくていいぞ。そう言おうとした時だった。
「アタシ、親と仲悪いの」
三枝はポツリと話し始めた。
「高校に入ってすぐに親が離婚してさ、っていうのも、アタシが小学校に入ってから、お母さんが勉強にうるさくなってさ。お父さんとしては子供に好きなことをやらせてやりたいって言って、よく喧嘩してた。まぁ勉強ができるようになるのは別にいいから適当にやってたんだけどさ。でも、中学に入ってからアタシは勉強よりもゲームに夢中になった」
まくし立てあげるように早口で喋っていく。
そして、言い終わった瞬間、その時の気持ちを思い出すかのようにふっと笑みを浮かべる。
「一人でこなす勉強より多くの人と喜びと楽しみを分かち合えるゲームに。でも、お母さんはそれを許さなかった。アタシがプロのゲーマーになったときも、人間の職業じゃない。アンタは人生を無駄にしてるって散々罵られた。そんな家に帰りたくはないから、今はバイトもしてお金をためて一人暮らしのためのお金をためてるの。勝手に家を出たと分かったら、多分学費とかも払ってくれないからその分も貯めないといけないしね」
苦笑しながら、ロッカーを閉めて鍵をかける。
「さ、仕事頑張ろ。暗い話してごめんね」
「いや、聞いたのはオレの方だから……」
まさか三枝の家庭がそんなんだったとは夢にも思わなかった。軽い気持ちで聞いたのだが、想像以上に重かった。
「あの、今もさ、そのお母さんのいる家に帰ってるのか?」
「うん。会話も何もないけどね」
当たり前のようにそう言う。それがどれだけ悲しいことか三枝は分かりきっているのだろうか。
「だったら、良かったらたまにはオレんちに来ないか?今ならオレの妹も泊まりに来てるし、まぁ3人くらいなら寝れるスペースはあるからさ」
ただ、寝るだけの家に帰るなんて寂しすぎる。
それに友達としてオレはそれを放ってはおけなかった。
「へ、変なことしたら許さないからね……」
慌てたように顔を隠し、三枝は足早に控え室から出ていった。
すれ違ったとき、三枝の頬を一筋の涙が流れていくのが見えたが、オレはそれを見なかったことにした。