絶対零度
「んん、んんん、んんんん!!」
バクバクとスプーンを目にも止まらぬ勢いで動かし、食べ進めていく。
「うまい!!」
そしてあっという間に食べ終えたところで感激の一言。
「ふふ、子供みたい……」
その様子を横で見ていた柊は小さく笑った。
「おかわりはいかが?」
「是非!!」
同じようにオレの様子を見ていたおばさんはニコニコと穏やかな笑みを浮かべながら、皿におかわりをよそってくれた。
今は柊家のテーブルに座り、晩ご飯をご馳走になっているのだが、おばさんが作ってくれたオムライスがこれまた絶品すぎた。
卵はふわっと半熟、トロ玉で中のチキンライスも鶏肉が細切れになっており、香ばしく、ほどよい加減にケチャップの味もついており、レストランに出せばお金が取れるであろう仕上がりに思えた。
「柊はいいな~。こんなに美味しいご飯が毎日食べられるなんて……」
もぐもぐと租借しながら、しみじみとそんなことを言う。
「あら、彼氏君は一人暮らしでもしてるの?」
彼氏じゃない……と心の中で思ったが、同時に胸の奥が少し疼いたので否定することはしなかった。
「はい。高校に入るのと同時に一人暮らししています」
「あらまぁ。それは大変ねぇ……困ったときはいつでもウチにご飯食べに来ていいからね」
「はい、ありがとうございます」
そう言ってから、再びスプーンを口に運ぶ。
うん、やっぱりうまい。
暫しの間、雑談を交えつつ、至福の時を過ぎていった。
そして夜の8時過ぎ。
「ただいまー」
無造作に靴を脱ぎながら、オレは自宅の玄関をくぐった。
時間が経ったおかげか、事故の封鎖も解けており、オレはすんなり家に帰ることができた。
柊と楽しい時間も過ごせてたし、おばさんの手料理も美味かったし、なんだか結果的に良い一日になった気がする。
今日の出来事を振り返りながら、リビングに入るドアに手をかけた時、オレの背筋が凍った。
な、なんだ……?
このドアを開けたら、取り返しのつかないことが起きる気がする……!
身体が本能的にそう叫んでいる。
「……」
だ、大丈夫、きっと気のせいだ……
そう自分自身を思い込ませ、ごくりと喉を鳴らしたあと、オレは思いきってドアを開けた。
「フフ、フフフフフフ……」
そこにはテーブルの前に正座をし、怪しい笑みを浮かべた陽愛が包丁を念入りに研いでいた。
「……」
その光景を見た瞬間、オレは脊髄反射的にドアを閉めた。
み、見てはいけないものを見てしまった気がする。
そしてまさかの、オレの妹に病み属性があったとは……
このまま、何も見なかったことにしてしばらくどこかで時間を潰すか……?
うん、それがいい!
考えがまとまるとオレは忍び足で玄関まで踵を返した。
「また、お出掛け……?」
だが、それは阻まれた。
恐る恐る振り返った先には、陽愛という名の悪魔が立っていたのだ。
その背中には鬼の化身が見えた。
「あ、いや……」
あ、やばい、死んだ。直感でそう悟った。
「どこに行ってたかと思えば、まさか楽しくお食事なんてね……フフ、フフフフ……」
シャリシャリと両手に持った包丁を擦り合わせる。
「と、友達同士で食事くらい別にいいだろう?」
「ほんとに友達なの?」
ぎらっとその目が光る。
「もちろん……!」
ここでどもってしまえば、嘘だと思われる。信用させるためにも、オレははっきりと言った。
「な~んだ、心配して損した~」
それを聞いた途端、突然として纏っていたオーラをふしゅっと消し、陽愛は元の陽愛に戻った。
「あ、汗かいたから先にシャワーしてくるな……」
「はーい。いってらっしゃい~」
両手に持っていた包丁をキッチンの棚に戻す後ろ姿を見ながら、オレはつくづくこう思った。
絶対に陽愛に隠し事はできない……と。