8-5.盗賊退治 その1
ハヤトがヤーンの神殿に向かっていたころ、レイメイは商業ギルドの中にいた。当たり前だが周りは商人ばかりで、どこそこでは小麦が安いの香辛料が高いのとそんな話ばかりをしている。
そんな人混みの中をレイメイはゆっくり歩いてゆく。その肩にかかる弓と、それに着けられた赤いリボンが彼女の身分を明白に物語っていた―――――赤いリボンは銀ランク以上を示し、それが剣を誓う者となれば金ランクがいるパーティ、というわけだ。もっともレイメイの場合は同じ銀ランクのハヤトに剣を誓ったのだが、それは例外中の例外であった。
通常の依頼であれば客の方から冒険者ギルドへ依頼にくるか、依頼書を廻すかするだろう。だが今回は勝手が少し違っていた―――レイメイは被害に合いそうな商人を探しにやって来たのだ、弓遣いの矜持にかけて。耳を澄ませて会話を1つ1つ拾ってゆく・・・時間はかかったが絶好のカモネギ、もとい依頼主候補を発見することが出来た。なんというか全身から負のオーラを発散させているような、幸薄そうな青年商人であった。
レイメイは偶然、彼の独り言を聞いたのである―――
「依頼を頼む余裕はないが、王都までは行くしかないな・・・運が悪かったなぁ。」
「逆よ、貴方の悪運は私と出会ったことで帳消しね!」
「君は・・・それは僕を王都まで護衛してくれる、という意味かい。銀ランクのお嬢さん?」
「頭は回るようね、私達は金ランクパーティ『つばさ』。私はレイメイ、よろしくね。」
「もしやと思ったけど本当に金か!悪いが護衛料が払えないよ・・・」
「私達は5人組みだけど、1人当たり1シルバー(銀貨1枚)でいいわ。」
「それじゃあ銀ランクの対価にもならないよ。」
「私がいい、と言ってるんだから大人しく護衛されときなさい。こちらはこちらの事情で動くから。」
「あぁ、訳ありか・・・そうだろうね、僕はロッテだ。」
「よろしくロッテ。出発は明日の朝かしら?」
「そうだ、僕1人の馬車だ。」
「オーケー、明日朝の九つでどうかしら?」
「少しでも早く出たい、八つだ。」
「分かったわ、明日会いましょう。」
そしてレイメイは酒場「銀の渡し」に向かった。
★ ★ ★
「初めまして、青年商人のロッテです。この度は宜しくお願いします。」
「金ランクパーティー『つばさ』、リーダーのニー。」
「同じく剣士ツバイ。」
「同じく槍士フレイ。」
「同じく弓士レイメイ。」
「同じく無手ハヤト。」
「本当に金だったんですね・・・あの女性は?」
「ハヤブサという。料理番だ、気にしないでくれ。」
「分かりました・・・貴方方は2頭立ての馬車ですか?」
「そうだ、ただ君の馬車の御者台には俺とツバイが座る。君は後の馬車の荷台に居てくれ、矢盾が置いてある。」
先頭はハヤトとツバイが御者台に座る1頭立ての馬車、続く2頭立ての馬車にはニーとフレイが御者台に座る。
「本当は幌馬車が良かったが、こちらの人数が分からなければあちらも出てきづらいだろうからな。」 ハヤトがごちる。
「賊が出てくるのが前提になっているようですが・・・」
「逆に訊くけど、どうして出てこないと思うのよ?」
「始めは馬車1台だった、それが2台になった。それがどうでるかですねぇ」
「ま、今のところハヤトの勘だけだがな。」
「いや、俺の勘も出てくると言ってるぜ・・・3日目あたりだな。」
「どうして3日目に?」
「この馬車は急ぎで、4日間で王都まで走りきるつもりなんだろ?なら3日目が疲れもピークで気持ちも緩む。」
「そんなことが誰に・・・まさか簡易宿泊所に賊の仲間が?」
「居るだろうな、間違いなく。狙いやすそうな相手を見極めて仲間に鳩を飛ばすんだろうな。」
「そ、そこまで分かっているなら検非違使巡視隊に・・・」
「おいおい、今回はその役人が怪しいんだぜ。役人が常に正義の味方だと思うなよ?」
「・・・・・・」
ツバイの言葉通り1日目は何事もなく過ぎて行った。2日目の簡易宿泊所につくと、ロッテにはそこにいる全ての人間が賊の手先に見えた。共同炊事場で料理を作っているハヤブサを見ても、頭に変な髪飾りを付けた少女にしか見えない。確かに食事は美味しいが、料理番というのは荷物運びを兼ねた頑強な男が兼任するものではなかったか?そうでなくともこのパーティには女性が1人いる・・・ロッテの目から見て冒険者らしい冒険者はツバイだけであった。
「見損なわれているみたいだぜ、ニー、フレイ。」
「それはお主も同じであろう。」
「僕はやれば出来る子なんですが。」
「アタイは人数外かい?分かり易い坊やだねぇ。」
「というか、護衛を雇うような商売の経験が無いんだろうな・・・」
「そういえば何を運んでいるのだ?」
「聞いていませんねぇ。」
「坊やに訊いてみる?」
「止めとけ、更に不安にさせるだけだろう。」
「むしろ俺達が白金貨を持っていると知れば・・・」
「賊はロッテでなく僕等をおそうでしょうねぇ。」
「成程、それはそれで面白いかも・・・」
「いや、もう鳩は飛んだらしい。」
薄暗い夕闇の中で、どこかで放された鳩が1羽確かに西へ飛んでいった。西へ向かったと分かったのはハヤブサから報告があったからである。するとそこへツバイが現われ笑いながら言った。
「飛んだなあ。」
「ああ、西へ向かって飛んで行った。」
「ここまで推測通りだと面白くないな・・・雇い主殿は鳩に気付いたかな?」
「いや・・・商人では無理だろう。面白いほど緊張している。」
「そうか、なら馬車に細工されたことには気づけんな。」
「細工?」
「馬車の車軸が折れるようになっている。なかなかうまく偽装しているな。」
「するとそこで壊れた馬車を直すふりをして襲う気か・・・」
「どうする?」
「襲わせるさ、補修材料と修繕工具は持っていくがな。・・・皆にも物語の筋書きを教えておこうか。」
この後、雇い主殿を蚊帳の外にした作戦会議が始まった。
そして出立の時がきた。朝から美味しいハヤブサの手料理を食べていたのだが誰も何も言わない。
ロッテが気の毒なくらい緊張していた。
「じゃあ行きますか、ロッテさん。」 ニーが声をかけた。
「あ、ああ。」 悲しいかな声が裏返っている。
「大丈夫、必ず襲われると決まったものでもないさ。」 全く思ってもいないことをシレッと言う。
昼飯を食うまでは順調であった。しかし黄昏時・・・今夜の簡易宿泊所まではまだ数㎞という所でロッテの馬車の車軸が折れた。ロッテ以外の全員に軽い緊張が走った。
「ロッテさん、トラブルだ。決してこの荷台から下りないで・・・そして今から現われてくる奴は皆敵だと思うことです。」
「大丈夫、私も一緒に居る。」 レイメイが囁いた。私も居る、とハヤブサも静かに主張していた。
とにかく修理だ。ハヤトとツバイが御者台から下りて故障箇所を確認した。何しろどこが壊れるか予め分かっていたのだから直すのも早い。人手も十分だ。修理が終わるころにお客さんがやって来た。もっとも俺には既にハヤブサから事前に連絡が入ってはいたが・・・
それはロッテ以外の全ての人間が予期した通り検非違使巡視隊であった。
「こんな道中で何をしている?」
「ちょっと馬車が壊れまして・・・心配なさらないで下さい、もう直りましたから。」 御者台に戻りながらハヤトが応えた。
「それはいかんな、どれ視てやろ・・・もう直った?」
「はい、ご覧の通り。」
「いや素人のにわか修理ではいかん、我々がしっかり視てやろう。」
「素人?にわか修理?・・・我々は冒険者なんですが?」
だんだんと緊張の糸が張りつめていった。
「いやいや冒険者と言っても馬車には素人。その点、我々検非違使巡視隊は馬車とは友達のようなもの。」
「余程こちらの馬車が気になるご様子ですね?」
「そのほうこそ、余程我らにその馬車を見られたくないのかな?」
「そんなことはありませんよ、どうぞご覧下さい。」
「うむ、民に頼まれたのでは仕方あるまい。ヤン、リー、視てやれ。」
「ハッ!」
「ハッ!」
2人の男がこちらに近づいて来る。あと数歩というところまできて2人は立ち止まり、持っていた工具箱のようなものを開け・・・中から弓矢を取り出し、寸瞬の間で俺とツバイにそれぞれ矢を放った。なかなかいい腕だ、褒めてもいい。だが今回は相手が悪かった―――俺とツバイの右手にはそれぞれ矢が握られていた。この矢は黒矢、つまり鏃から矢羽まで全てが黒く塗りつくされていた。今のような黄昏時、この矢は視認し辛いだろう。
「みんな黒矢だ、気をつけろ!」
俺の叫び声で我に返ったヤンとリーは2射目を構えたので、俺とツバイは申し合わせたように握っていた矢を投げ返し御者台から飛び降りた。2人とも投げ返された矢を避けようともせず、次の矢を射てきた。これも難なく左手で掴むと俺は右手でヤンの頭めがけて思い切り苦無を投げつけた。この仕事のために買っておいたのだが早速役に立った。ツバイの方を見ると数本の千本がリーの目に突き刺さっていた。
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次回更新予定は6月11日です。




