1-7.害獣手配書
俺が今見ているのは害獣手配書と呼ばれる薄い本だった。
これはオフセットでもコピーでもない手書きの、しいていうなら写本である。元となった1冊をまるまる写したんだろう、すごい労力だ。
だが逆にいうとこの世界に印刷技術はない、ということだ。さらにギルドの廊下にあった燭台、あれは明り取りのローソク用だ。ならマッチはあるのか?自分のおかれている環境の異常さに改めてため息が出る。
明り取りの壁のスリットから外を見れば、きれいな青空が広がっている。おそらく蒸気機関もないんだろう・・・産業革命前のヨーロッパぐらいのつもりでいればいいのか?それってどんなだよ!・・・いかんな、最近すぐにトリップしちまう。
気をとりなおして手配書を1頁から見ていく・・・2頁目、3頁目・・・一気に最後の頁まで目を通して俺は愕然とした。
全てがそうとはいわないが、そこに描かれた絵姿にはあまりにも覚えがありすぎた。長足ワニを見たときに気付くべきだったのだ。あのときの違和感、謎は解けた!・・・同時に新たな違和感が発生したが・・・これは、ここに描かれているものは絶滅種だ、恐竜だ!!
レベル10はアルゼンチノサウルスだ!地球が生み出した最も巨大な生命体!恐竜には特別詳しくない俺でもこいつくらいは知っている。まさに災害クラス、こんなの相手にするにはトマホークミサイルが必要だ。
見たくもないレベル9はティラノサウルスだった。全く笑えないぞ、一頭ならまだしも複数頭いたら人類なんてただのエサだろう!世界最強は人類最強ってことでいいんだよな、ご先祖様。
だが、この世界に住まう人達は本当に彼らと共存しているのか?冒険者は彼らを狩れるのか・・・いや無理だろう。
この世界で武神と呼ばれるSランカーが倒したレベル5はサーベルタイガーだった。俺にできるだろうか?2,000年間無敗の我が流派に・・・空調というものがないこの世界で、流す汗は冷や汗だった。
こんなめちゃくちゃな種族が住まう世界でなぜ人類が駆逐されず生存しているのか?一番の疑問点はそれだった。
少なくとも中世レベルまで生き残っている事実がある。必ずカラクリがあるはずだ。そうでなければ地上はとっくに恐竜王国だ。いや海棲生物もいるようだ・・・あまり鮮明ではない絵が描かれていた・・・なるほど生魚は食べられないわけだ。
この手配書にあるレベル分けは現時点で分っているものだけで、未知の生物がいることをハッキリとうたっている。
また、レベルごとに1種類というのではなく、レベル毎に複数種類いることも分かった。だが肝心の生態や弱点が分かっているのはレベル5までであり、その上のレベルについては肉食か草食かの区別、足が速いか遅いかが書き込んである程度だ。俺はそれらの情報を脳に刻んでゆく・・・
それにしても先人の苦労が偲ばれる。俺のなけなしの理性がフリーズしていくのが分る。俺が再起動できないでいると3人が戻ってきた。
「そんな薄い本まだ読んでるの?」
薄い本いうな!
「レベル5は倒せそうですか?」
「まだ時間がかかりそうか?」
君たち平常運転に戻ったようだね・・・ここで疑問点を訊いておくか。
「折り入って『つばさ』の諸君に訊きたいことがあるんだが、少しいいかな?」
「何よ、気持ち悪いわね!」
「少しなら・・・」
「何だ?」
「手配書は読ませてもらった、なかなかに大変なものだ。こんなのを相手に君ら冒険者は狩りをするのか?・・・特にレベル6以上相手に勝てるのか?」
「レベル5は狩れる前提なんだ・・・」
「彼らの住んでるところまで行って、狩りをするわけじゃありませんからね。」
「冒険者や兵士が狩るのはハグレと云って、群れから離れ街道や街に現われるものだけだぞ。」
んっ、何だろうこの違和感。
「この地には害獣が住んでいて、いつどこで出会うか分らないんですよねぇ?」
「依頼がなければ害獣の地には行かないわ。」
「害獣には害獣の住まう土地、人には人の住まう土地があります。」
「基本的に彼らは自分たちの土地を離れないが・・・」
ちょとまて、どこかに国境線でもあるのか。そしてそれを彼らが守っているのか、ありえないだろ!
「いや、それはおかしいだろ・・・何でそんな棲み分けができているんだ?」
「昔からそう決まっているのよ。」
「世界神ヤーンが害獣と人の住まう所を決められました。」
「今の国や街道のあるところには害獣は寄ってこないんだよ。それをなぜといわれてもな・・・」
とうとう神さまがでてきたぞ、それに思考放棄か・・・案外と根が深い問題なのかもな。
とにかく現実問題としては害獣と人間の棲み分けができている、理由は不明と・・・
しかしこれは怖いな、両者が棲み分けている何らかの理由がなくなれば地上は一気に恐竜王国か・・・だが12,000年間そうはなっていないんだ今日、明日の話ではないだろ。
俺の時代に恐竜などいなかった。だとすればその後生み出されたんだろう・・・理由は知らんが・・・そのときに人類に敵対しないような予防措置をとったと考えるのはどうだろう?
長足ワニは思い切り向かってきたが・・・もしかしてハグレの連中というのは先天的に予防措置に対する免疫的な何かを持った個体、と考えるのは考えすぎだろうか?俺の中で1つの仮定ができあがりつつあった。いずれにしろすぐに答えの出る問題ではないので、俺は話を切り上げ薄い本を返すことにした。