1-2.異邦人
俺は一瞬でも意識を手放してしまったのだろうか?とんだ失態である。
俺は半覚醒状態でありながら、空中にある体を認識しトンボをきり、重力の赴く先へ足から着地を決めようとした。
意識でなく、体が覚えた一連の動作である。時間にして数秒であろう、地面に降り立った俺を迎えた影が3つあった。
「えっっ!?」
「なに!?」
「・・・!!」
3人に目を向けながらも視覚と聴覚をとばしてみる。
目の前の相手はひどく驚いているようだがこちらもお互い様だ・・・俺の相手と、あの風呂敷ヤローは少なくとも近場にはいやがらねえ。あるいは感知できない存在なのか。
ようやく自分に意識が向いた。そこには興味と困惑と警戒の目が6つあった。
調息で無理やり呼吸を整え、冷静さを取り戻す。我ながら大したものだ、誰かに褒めてもらいたい。
深夜に死合っていた俺たちも相当なものだと思うが、目の前にいるのはその俺をして「???」と思わしめる3名だった。1人は体に合わぬ大剣を持ち、もう1人は柄まで金属でできている槍を持ち、最後の1人(こいつは女だ)は弦まで金属とおぼしき大弓をもち、やはり羽以外は金属製の矢を持っていた。
なぜそんな細かく分るのかって?簡単だ、3人とも各々の得物を構えて俺に対峙しているからだ。だがそこには先ほどの緊張はない。もちろんコスプレ会場でもない。
彼らから感じるのは興味や当惑、困惑といった感情であり殺気が決定的に欠けていた。逆に殺気があったら俺は考える前に動いてしまったことだろう、お互いのために実によかった。
堪えきれなくなったのか、矢をつがえている女が声をかけてきた。
「お前は誰だ?どこから現れた?」
もっともな質問だ。
「おれは瑞樹という、ついさっきまで横浜の野毛という所にいたのだが・・・」
「ミズキ?というのか。ヨコハマやらノゲというのは何だ?街の名か?」
「できれば名を教えて欲しい・・・その通り横浜は大きな街の名だ、知らんのか?」
「お前のような胡散臭いやつに名乗りたくないが・・・レイメイと覚えておけ。」
レイメイね、気が強そうだが美人だな・・・下手すると同世代か?などと見当違いなことを考えていると槍を持った男から質問が飛んで来た。
「僕はフレイ、見た通りの槍使いだ。ミズキ、君はどこから現れた?この街道の20メトル前後は僕の絶対知覚の中にあった。異形の者があれば必ず気が付いたはずなんだ。なのに僕は気が付けず、メンバー達への接近を許してしまった。いや、確かにあのときまで君は何処にもいなかったんだ、そうだろう?」
「さっきも云ったが俺は横浜という街にいた・・・何でここにいるのかは正直わけが分からん。というかここは何処なんだ?」
これには最後の剣の男が答えてくれた。
「ここはスンの国からアの国へ向かう街道の途中だ、自分もヨコハマという名に心当たりはない。自分のことはニーと呼んでくれ。」
三者三様、横浜を知らない。国内では東京や新宿に続くくらい有名ではなかったか?だが俺もスンやアの国など知らない。ここは日本ではないのか?嫌な汗が背中を流れた。だが確認せねばなるまい。
「なあみんな、ここは日本という国じゃないのか?というかそんな国を知らないか?・・・それとそろそろ得物はおさめて欲しい。」
「フン!まあ殺気はないしね・・・ニホンなど知らない。」
「僕も知らないねぇ。」
「自分も聞いたことがない。」
得物はおさめてもらえたが、俺の不安ばかり大きくなる・・・それでも訊かずにはいられない。
「しかしみんなの話している言葉は日本語だ。そうだろう?」
「大陸語よ。」
「大陸語だね。」
「大陸語だ。」
異口同音に返されてしまった。いつの間に日本語は大陸語に・・・まさか赤い国と戦争・・・そんなわけないよなぁ。
そのときフリーズしていた俺の理性が再起動をはたした。答えの聞きたくない質問をそれでも俺は口にせずにはいられなかった。
「いったい今はいつなんだ?」
「神皇暦12090年赤の月の5よ。」
「神皇暦12090年赤の月の5だね。」
「神皇暦12090年赤の月の5だ。」
また音声多重だ!何だ神皇暦って!何だ赤の月って!ここは日本じゃないのかよ、日本語話してるじゃねーかよ!だが、これくらいで挫ける俺ではない。我が流派は2,000年の間、世界最強を目指してきたのだ・・・俺の代で清算されるのか?
「その神皇暦とやらの前はどうなんだ?」
「お伽噺の世界よ。」
「正確さにかけます、話を裏付ける証拠がありません。」
「国つくりの神話だ。」
「その神話を聞いても?」
「100億を超える民を従えた神代の人々は、その智慧を持って海の底あるいは星々の彼方までその手をのばすほど栄華を極めた。ところがあるとき悪魔がささやいた、君の国だけもっと豊かになれるよ、と。
必要以上の豊かさを求めたその国は周りの国々を巻き込んだ大戦をおこし、地上の人々が死に絶え、わずかに残った人々が歴史をやり直すことになった。そのときの初代統治者が神皇様ってわけだ。嘘か本当か分らんがな。」
「今では幾つもの国と王が誕生しているわ。でも12,000年前に星々に手が届いたなんてどんだけよ?とうてい信じらんない!」
あぁ、あれだSFでよくあるやつ。現実を容認しがたい俺は一時的に納得しておくことにした・・・自分が超未来に来てしまったことを。
これが過去ならともかく、未来へのタイムシフトは理論的に可能なはず(一方通行だが)。あの風呂敷みたいなものがタイムマシンで俺とあいつを未来に連れて来た、と。
無理やり現実への整合性をとり、心の平穏を取り戻すことにした。そうでないと話が進まない。
だがそれで納得しないのが3人組だ。俺の言い分を信じるなら、俺は彼らのいう所の神代の民で、星々を手に掴んだ一族ということになる。
レイメイには一言のもとに否定された。
残り2人は態度保留、判断材料が少ないそうだ。それはそうだろう、俺だってそう判断する。
ちなみにおれはTシャツにジーンズといういでたちで、時計さえしていない。持ち物はポケットに入れた硬貨のみ(もちろん指弾に使うためだ)。
過去の通貨だといっても、金も銀も使われていないといわれてしまった。スニーカーに至っては珍しい靴どまりだ。
なんだか泣きたくなってきた。このままでは超過去から来たと信じている狂い、いや残念な人扱いされかねない。だが幸いにもこの疑いが晴れるのにそれほど時間はかからなかった・・・
超未来で独りぼっちな俺は彼らと行動を共にしたいと申し出た。
彼らも興味はあるのだろう、OKしてもらえた。ただし俺が先頭を歩くことが条件である。
このとき聞いた話では、彼らはこの世界では冒険者であるということだ。俺の知る冒険者とは違い彼らは害獣を狩ったり、食肉や薬草の採取、護衛、街での何でも屋的なことまでするらしい。
しかし冒険者を冒険者たらしめているのは古代遺跡の発掘と調査だ。未発見の遺跡や見落とされていたもの。そう云ったものを求めるロマン的な何か、が冒険者には必要らしい。こう云った発見には国から褒賞金がでるそうで、今回の旅もそのためのものらしい。
そんなことを話しながら街道(と彼らは言うが人が土を踏みしめてできただけの道である)の途中、丘を登り切ったところに一軒の茶屋があった。
旅なら倹約第一だろうに彼らはそこで一息つこうといってくれた。ただし食費として500円硬貨を1枚とられた。くそー、旧100円なら銀貨だったのに・・・