6.コルトン・ラ・セルドという男
コルトン視点を書きました。
コルトンの気持ち重視なので、読み飛ばしても問題はありません。
大砲のような轟音が鳴り、同時に何かが僕とセルファンの間ではじけて光り、そのまぶしさに僕は目を細めた。
それでも手を、足を止める訳にはいかない。
見えてはいないが、すぐに左側から剣が僕へ向けて襲ってくるのがわかる。
だから僕はそれを左手に持った短刀で受け流し、右手の剣でセルファンの足があるであろう位置を狙い、振り下ろした。
それを読んでいたとでもいうように受け流したはずの剣が僕の剣を弾き、僕は受け身を取って転がるとそこを目指すようにセルファンの剣が僕を狙う。
光りに眩まされた目はまだ見えていないが、それはセルファンも同じ。
さすがは女王リチェリア・ミル・ジ・レイアーナに認められた、最年少で近衛騎士へと抜擢された剣士、セルファン・ラ・メルセルドだ。
即効性の毒を塗った剣でその左手を深く斬りつけたというのに、セルファンは怯みもせず衰えも見せず――それでも言葉を発する余力はないようだが――ただただ僕を止めようと真剣に斬りかかってくる。
その強さが、その純粋さが、とても羨ましく、そして妬ましくもある。
目はまだ見えず、耳も先ほどの轟音で役立たずではあるが、ふいに僕とセルファン以外に誰かが部屋へ入ってくる気配がした。
誰か…ではないな。誰であるかなんて、そんなものはわかりきっているのだ。
我らが女王にして僕の友人――リチェリア・ミル・ジ・レイアーナ、その人であろう。
他の誰が間違えても、僕は彼女を間違えることはない。彼女は僕の、ただひとりの人なのだから。
だからこそ、彼女も僕を間違えず、セルファンと戦う僕が僕――コルトン・ラ・セルドであるという事に気付いているのかもしれない。
なぜならば僕がセルファンと剣を交えるその奥で、緊張し息を飲むような気配がしたのだから。
気付いてくれたかもしれないという言葉に、僕の心に二つの気持ちが混ざり合う。
今すぐ彼女のそばへ行きたい。
今すぐこの戦いから逃げて彼女の視界から消えてしまいたい。
反する気持ちのその理由は、僕だけが知っている僕の大切な宝物。
光が薄くなり、視界も元に戻ってくる。
脂汗をかきながらも僕の剣を受け流すセルファンと、その視界の端に想像通りに彼女が何かを構えているのが目に入る。
想像通りではあったが何故かその姿に違和感を覚え、それと同時に襲ってきたセルファンの剣を受けずに躱した反動で斬りかかる。
すると今まで一切弱った姿を見せなかった――脂汗は隠せていなかったが――セルファンが僕の剣を受け流した状態から、そのまま床に崩れ落ちて膝を着いた。
もともと即効性のものではあったが、その毒が全身に回りきったのかもしれない。
視界の端に見える彼女を確認し、僕は僕のためにセルファンの首を狙って剣を振りぬいた。
それは狙った通りに命中し、セルファンの首が宙を舞う。
しかし手ごたえがなかった事に疑問を覚えた僕は、疑問の答えを探す前に彼女から投げられたであろうダーツを剣で弾き飛ばした。
その瞬間、宙を舞うセルファンの首から血の代わりに黒い靄が僕へ巻きつくように降りかかってきた。
なるほどこれが目的なのか…と僕は納得し、手も足も動けない状態の僕が見上げると、彼女と視線が合った。
「……コルトン」
聞きなれた声に、願っていた彼女の声に、名前を呼ばれて嬉しくなるのはそれが彼女だからだ。
僕は剣を手放し、彼女にこれから殺される我が身の幸せに、心が躍った。
☆ ☆ ☆
結論から言うと、彼女は僕を殺さなかった。
彼女は、僕が隠した想いもその行動の理由も、すべてを知っていたようだ。
その上で殺さない、と。
したことは許さないが、だからこそ死ぬことも許さない、と。
彼女はまっすぐに僕を見て、そう言ったのだ。
僕は彼女――リチェリア・ミル・ジ・レイアーナが好きだった。
いつから…と聞かれると答えに困ってしまう。
少なくても彼女と出会った当初は、今ではどうしてそう思っていたのかが不思議でならないのだが、嫌いであったのだから。
嫌々ながらも友人として付き合っていくうちに、いつの間にか彼女が居る事が日常となり、いつの間にか彼女の声や仕草のひとつひとつから目が離せなくなり、いつの間にか……愛していたのだ。
彼女が哀しめば僕も哀しく、彼女が笑えば僕も幸せ。
穏やかで優しくて、なにものにも邪魔をされない日々。
そんな毎日が続くのだと、そんな事はある訳がないのに、僕はそう信じていたのだ。
穏やかな毎日に変化が訪れたのは、彼女が王になるための試練を受ける事になったと僕に告げた時からだった。
彼女が次期女王である事はもちろん知っていたから、ついに始まるのか、くらいにしか思っていなかった。
だからこそ、彼女を心から応援し、出来る事があれば何でも手伝うとの旨を伝えると彼女は笑顔で頷いた。
僕はそれに満足し、見守ることにしたのだ。
満足したはずだった僕は、それがどれだけ辛い事なのかをわかっていなかった。
壁にぶつかり、傷付き、落ち込む彼女に。僕は何度、見守るのをやめて彼女をさらおうと思ったか。
それでも立ち上がり、前を向き、覚悟を決めて進む彼女の。その側には僕ではなく、僕でない男たちが彼女を助けていて。
僕は何度、その男たちへの嫉妬から叫び、狂いそうになったか。
そう、僕は嫉妬していたのだ。
彼女を助け、導く、彼女の臣下である彼らに。
王と臣下の信頼を築くためでもあるその試練なのだからそれは当たり前の事なのに。
彼女と彼らが親しくなり、彼女の口から彼らの名前を聞くたびに、気持ちは大きくなった。
僕は頼られすらしないのに、彼らは彼女に頼られてそれに応え、彼女の横を歩いている。
それがどうしようもなく羨ましく、妬ましかったのだ。
仕方ない事なのだと自分に言い聞かせても、募る気持ちを押さえ込んでも、どうしようもなくあふれるそれに僕は、ある計画を立てた。
彼女の大切な臣下を全て殺し、そしてその事で彼女に僕を憎ませ、僕を殺させる。
僕が彼女と歩む事が出来ないというのなら、彼女に僕という存在を刻み込み、僕を忘れないように僕を殺させ、そして僕は死に、彼女の中で生き続けるのだ。
自分勝手で幼稚なその考えを、その時の僕はとても良い考えだと思っていた。
だから、僕はセルド家の跡取りと言う立場を最大限利用し、どうすれば彼らを殺し切れるかを考え、国に恨みを持つ――もちろんそれは犯罪を犯した者の逆恨みというものだが――元貴族や商人たちを利用し、行動を起こしたのだ。
しかしそれももう終わるだろう。
彼女は僕に気付き、僕が何を考え思ったのかを知っていた。
全てを知っていたのだ。
教会へ行った方がいいという僕の言葉に顔を上げ、慌てて駆け出した彼女を思い浮かべる。
全てを知ったうえでそれらを受け入れ覚悟を決めた、美しいその顔を。
僕――コルトン・ラ・セルドは、何があっても、何を想っても、やはり彼女が好きなのだ。
僕はもう彼女の道と交わることは許されないだろうし、何であれ今回の事を実行してしまった僕に言える言葉ではないけれど。
彼女の往く道に光と幸せがありますように。
そう、願ってしまうのだ。
※12月26日 誤字を修正しました