4.裏切りの理由 後
部屋に大砲のような大きな音が響き、同時に部屋を光が染め上げた。
突然起きたそれに、セルファンとコルトンの動きが一瞬止まる。
しかしそれは一瞬――時間にしても1を数えるより短いくらいの間だけで、そのまま二人は何事もなかったかのようにそのまま剣を激しくぶつけ合っていた。
武術の達人は目に頼らずとも戦えると聞いた事があるが、ということはこの二人は達人レベルでの剣の使い手なのだろう。
そんな二人の様子に心の中で尊敬の拍手を送り、少しだけ不安になる。
目で見ずとも戦える二人であるからこそ、まばゆい光で目を封じ、大きな音で耳を封じただけでは足りないかもしれない。
――急がなくては。
そう思い、小さく細い針に羽のついたダーツを構え、狙いを定める。
焦らず落ち着いて、心を無にする。
まだ光は室内を照らしているが、大丈夫。視界は良好。
自分の目で追える戦いではないが、戦ってる位置はわかる。
ばれているかもしれないが、今の所は二人ともお互いから手が離せない。
ゴクリと唾を飲み込む。チャンスは一度だけ。
光の量を少しずつ減らしていくが、二人に動揺は一切見えず、戦い続けている。
それでもその光が元の量まで戻ったくらいの時に、自分の動体視力では見えなかった戦いが止まった。
今も流れる血によって体力が削られたせいか、はたまた傷つけられた時に傷つけた刃に塗られた毒が身体に回ったのか、セルファンの動きが止まり――コルトンの剣を受け流したその状態から前に倒れて膝を着き、そこを狙いコルトンが剣を一閃させ、セルファンの首を跳ね飛ばした。
それが合図。
合図と同時に私はダーツをコルトンへ向けて投げると、コルトンは首をはねた剣でダーツをはじこうと動きかけ――しかしそれは叶わない。
コルトンが私と私のダーツに気を取られた瞬間、彼が跳ね飛ばしたセルファンの首から血の代わりに黒い靄が吹き出し、それは彼の剣を伝い、手から身体、足や首へと巻きついていったのだ。
コルトンは全身を闇に覆われ、動けない。
「……コルトン」
私が名前を呼べば、コルトンは先ほどまでの鋭い空気が嘘のように散らし、私の知っている少しぼんやりとした表情のいつものコルトンになった。
合わせた彼の視線には、驚きとどこか安心したような感情が見て取れ、彼の手から離れた剣がカランと音てて床に転がった。
☆ ☆ ☆
黒い靄に覆われた後、一切の抵抗をしない男の顔から黒い布を剥ぎ取ると、そ私の唯友人であるコルトン・ラ・セルドの顔があった。
彼は無言のまま、私を見上げている。
その表情は、国の王たる私を害そうとしていたとは思えないほど穏やかなものだった。
「コルトン・ラ・セルド」
コルトンのフルネームを私が呼べば、彼はぼんやりと首を傾げた。
それは私が常日頃からよく見ていた表情で、心にちくっと何かがささった。
「貴方は私の大切な友人ではあるけれど、どんな理由があれ、今回の事で貴方を許すことはできない」
私がそう言いコルトンの首に剣を突きつけると、彼は嬉しそうに笑う。
なぜ笑うのか。その理由はわかっている。
とても簡単なことで、彼は私に殺されたいのだ。
「だから、私は貴方を殺さない」
コルトンの首から剣を離し、静かに告げる。
笑った顔が固まり、そして不思議そうにコルトンは口を開いた。
「なぜ」
「貴方が友人として大切だからよ」
彼の疑問に私は即答する。
「僕は貴女を襲ったよ」
「私は生きているわ」
それが何の問題なのというように返すと、彼は戸惑いを見せた。
「僕は人を殺したよ」
「そうね。だから許さないわ」
知らせにきた兵士を殺すその場には私も居たので知っている。
「僕は貴女を裏切ったよ」
「貴方は私の大切な友人よ」
予想と違う答えであったのか、コルトンの顔がくしゃりとゆがむ。
何かに戸惑っていて、今にも泣き出しそうな、ゆがんだ表情。
「……僕は、セルファンも殺したよ」
「いいえ、彼は生きているわ」
少しためらった後、大きな声で告げるコルトンのそれを、私は即座に否定する。
コルトンは目をこれでもかというほど大きく見開き、そして何かを思い出したのか納得したような顔になる。
「そうか、ガルと幻視魔法か」
口の中でそう小さくつぶやくと、コルトンは私の後ろにいる三人に気付いて苦笑していた。
彼の視線につられて、私は一歩下がりながら後ろを見る。
そこには怪我をしてはいるが生きている――首もちゃんとつながっている――セルファンとそれを支えて回復魔法で必死にそのケガの手当をする侍女のアンナ、そしてそれを横目に普段通りに微笑みながらガルが私とコルトンを見ていた。
それを確認すると、私は視線をコルトンへと戻す。
少しためらってしまうが、言わねばなるまい。
「…コルトン・ラ・セルド。貴方は私の事が好きだったのね」
私の言葉に後ろから息をのむ音が聞こえ、コルトンは困った顔で私を見る。
前世の記憶にある彼の裏切りの理由は正しいらしい。
リチェリア・ミル・ジ・レイアーナに恋をした。
それが、コルトン・ラ・セルドが国の王である私を害そうとした理由なのだ。
※12月24日、誤字修正と直し忘れた部分を直しました。
次は説明回の予定です。