2.状況説明
全員で生き延びる。
その為にはまず今がどのような状況で、私にはどんな事が出来るのかを把握しなければならない。
前世の知識によれば今この状態はノーマルエンドの中の一つ、通称「全滅エンド」の只中のはずだ。
そしてその通称通り、私以外の攻略対象である臣下は全員死ぬ。
だが幸いにもその死に方が判明――ファンブックに明記されていた全員の死因を覚えていたので――しており、そしてその事からわかったのだが、今すぐに全員が死ぬという訳でもないのだ。
大丈夫。全員で生き延びる為の手段はある。
「……陛下」
気遣うような声に顔を上げると、何か覚悟を決めたような顔で従者――ガル・オーラ、彼も攻略対象の中のひとりである――が私を見ていた。
視線をしっかりと合わせて、ガルは言う。
「陛下、セルファン様の為にも逃げましょう。陛下の身に何かがあれば――」
「そんな事は、わかっているの。でも私は欲張りだから、臣下が誰一人欠けるのも許せない。さっきの知らせにきてくれた騎士だって死なせたくなかった。どうしようもないのはわかっているの。だけど、見捨てるのは嫌なの」
ガルの言葉を遮り、私ははっきりと言う。
わがままと言われようが身勝手と思われようが構うものか。それだけは譲れない。
ガルの表情は変わらず、私の肩に手を置いて、自分に言い聞かせるように口をひらいた。
「陛下が臣民の事を大切に思ってくださっているのは存じ上げております。だからこそ、私たちは陛下の事が大切なのです。陛下が我々を大切に思ってくださるように、我々も陛下が大切なのです」
だから逃げましょうとガルは言う。
わかっている。わかっているのだ。
本来ならばこういう時、彼らが護るべき王である私がここにいると彼らの負担になるという事を。
だが、今は私がここから逃げ出せば、確実に彼ら……近衛騎士のセルファン・ラ・メルセルドと私の従者であるガル・オーラの二人は確実に死ぬのだ。
近衛騎士であるセルファンは今戦っている男に首を落とされて死に、従者であるガル・オーラはセルファンの首を刎ねて私を追いかけてきた男から私をかばい、死ぬ。
わかっている結末を前に、逃げ出すわけにはいかない。
「わかっているの。だけどこのままではセルファンとガル、あなたも死んでしまうの」
状況が状況なだけに気でも狂ったのかと言われるかもしれない。
しかし、それでも彼は私の従者だ。幼い頃から私を助けてくれた従者だ。
信じてくれなくてもいい。それでも、甘えかもしれないが、私が言えば助けてくれるだろう。
「アンナ、あなたも聞いて。私は大丈夫。私は生き残れるの」
何を言っているんだという顔のガルの横でハラハラと私を見ていた侍女――アンナにも伝えるべく、言葉を選ぶ。
「理由は言えないけれど、このまま私がここから逃げ出せばセルファンとガルが死んでしまうの。その事を私は知っているの。どうすればあなたたちが助かるのかはまだわからないけれど、死なせたくないの」
だから力を貸して、と私の告白に目を見開く二人の手をとる。
試練を乗り越えたと言っても、私ひとりでは乗り越えられた訳ではない。
試練を乗り越えた私は強いが、それは暴力的な意味であり、考える力の方はどうかと言えば……自分で言うのも複雑ではあるが、実はそれほどでもない。
そういう意味でも彼らがいたからこそ、彼らの協力があったからこそ、乗り越えられたのだ。
だから、今私たちに訪れようとしている全滅エンドも彼らと協力すれば乗り越えられるかもしれない。
いや乗り越えられる。そうに決まっているのだ。
「お願い。このままでは――」
「ちょっと待ってください陛下。私たちは…セルファン様と私は今日、死ぬのですか?」
普段であれば彼が私の言葉を遮る事はしない。
だが、私の言葉に戸惑いを見せる彼は、私の言葉を遮り、私に問いかける。
「そうよ。二人だけではなくみんな……エンもミルファもアルフィンもヤルザンも、みんな…、みんな死んでしまうの」
続く私の言葉にガルは怖い顔になり、頭に手をあてる。
アンナは私の言葉に青ざめ、しかし何かを決めたような顔で部屋の棚を漁り始める。
「なぜ……いえ、言えないのでしたね。いくつかお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「もちろんよ! 助けてほしいの、ガル」
ガルの言葉に私は答える。
彼が信じてくれた事が嬉しく、そして彼が協力してくれるのならば、きっとうまくいく。
前世の記憶がどうとかいうのは言えないが、それ以外であれば何でも答えよう。
「セルファン様と私の死因と原因、そしてそれはどこで起こるのでしょうか」
「セルファンは今戦ってる男に首を切られて死んでしまうの。そしてそのまま私を追いかけてきた男にガルも殺されてしまうの。場所は……隠し通路の先の出口を出るか出ないかの場所だったはずよ!」
私の答えを飲みこむためか、ガルは目を閉じ――すぐに目を開け慌てたように私の肩をつかんだ。
「時間がないじゃあないですか! すぐに乗り込みましょう」
知識的な答えを期待したのにまさかの脳筋の答えが返ってきて私も慌てた。
「そうなのだけれど、セルファンが勝てない相手に私とガルが勝てると思っているの!?」
このまま突っ込めば私も含めて全滅なのは間違いない。
セルファンがお荷物二人をかばいながら戦って倒れ、その後ガルと私があっさりと殺される姿しか思い浮かばない。
ガルは何を言ってるんだというように私を見て、そして言った。
「もちろん正面から突っ込む訳ではありません。幸い、私は闇魔法が得意ですし、陛下は幻視魔法にかけては右に出る者がいないくらいの腕をお持ちで、さらに言えば槍とダーツの腕前はかなりのものです」
たしかに私は幻視魔法――幻で相手を翻弄する術は得意だし、槍はともかくダーツなら100発100中と自信を持って言えるくらいに得意だ。
「…策があるのね?」
ガルを見上げてそう問えば、彼は力強く頷いた。
「もちろんです。陛下は私の言うとおりに動いてください。それからアンナ――」
ガルに呼ばれ、棚を漁っていたアンナは振り返り、両手に抱えた物――籠に布や服を詰めていた――をその場に置いてガルの方へと駆け寄る。
アンナはガルに出された指示をこなす為か、置いた籠を手に取り、別の棚を調べ始めた。
アンナに指示をいくつか出したガルは、改めて私へと向き直る。
「陛下も私の指示通りに動いてくださいね」
私はガルの言葉にしっかりと頷き、拳を握る。
最初から思い切り人に頼ってしまうが、頼らずがんばって全滅してしまっては元も子もないのだ。
前世はゲームであったが、現世ではこれは現実だ。
一発限りの大勝負であり、死んでもリセットはできない。
「もちろんよ! みんなで生き延びるのよ!」
握った拳を胸に置き、私はガルの作戦に耳を傾けるのであった。
※12月19日 文章がひとつ抜けていたので追加しました。
評価とブックマーク、ありがとうございます。
実際いただいてみるとかなり嬉しいものなのですね。
期待に添えるかどうかは自信がありませんががんばりますので、これからもよろしくお願いできたら嬉しいです。
そして、土曜日は用事がある為、おそらく更新できません。
まだ2話しかないのにごめんなさい。