14.守りの石の首飾り
アンナに戴冠式用に作られた白いドレスを着せてもらい、しっかりと化粧をした私。
私は今、騎士の守る扉の前に立っていた。
扉の左右に立つ、旗のついた豪奢な――実用的には見えない――槍を持った2人の騎士が私に向かって腰を深く折って一礼し、槍についた旗を高く掲げる。
どういう仕組みなのか、二人が旗のついた槍を掲げると同時に、扉の向こうからパイプオルガンの重低音が聞こえ、お腹の底から震えるような振動と共に、城中にその音が響き渡った。
そして、扉が開く。
赤く長い絨毯の敷かれた道の先には、父が玉座に座って私を待っている。
その両脇には近衛騎士団の団長と魔術師筆頭が控えており、道となっている絨毯の両脇にはたくさんの着飾った貴族たちが立っていた。
そのすべての視線はリチェリア・ミル・ジ・レイアーナ――私へと向けられている。
私は背筋をのばして前を向くと、ゆっくりと絨毯の上へ、足を踏み出した。
☆ ☆ ☆
「「戴冠、おめでとうございます!」」
無事に二度目の戴冠式を終えて控えの間に戻った私に、アンナとガルが祝いの言葉をかけてくれた。
私はありがとうと二人に言って、用意されていた椅子へと座る。
アンナはパーティー用の装飾を、ジルは温かいお茶を、それぞれ用意してくれていたが、どちらも断り口を開く。
「アンナ、ガル、聞いて」
私がそう言えば、二人は私の前に並んで、不思議そうな表情で続きを待つのだ。
昔から、それは変わらない。
「私はあなたたちが好きよ」
二人はきょとんと目を瞬かせる。
そんな二人は昔からずっと私の側に居てくれた。
「昔から、いつも私の為にいろんな事をしてくれて、いつも私の味方で居てくれて、いつも私の事を守ってくれた。そんな二人が大好きよ」
前世の記憶を思い出してから今までの間に、ヒントはいくつもあったのだ。
私はそっくりな世界のその内容だけしか見ていなかった。
ふたつの世界はそっくりなだけで、同じではなかったのに。
「偶然ではないのでしょう? 私の“前世の記憶”の中に“この世界とそっくりな物語”の記憶がある事」
見開いた目が、私の予想が当たっていると教えてくれる。
「プリンセス・フェアリー‐身分違いの恋模様‐」というゲーム。その内容。登場人物。そのエンディング。私の前世の記憶は、なぜそれを深く思い出したのか。
どうして私は、タイミングよく前世の記憶を取り戻したのか。
普通の思い出は完璧とは言えない曖昧さがあるというのに、なぜ“私の記憶”は全てをはっきりと覚えているのか。
「ねえ、教えて。私はどうしてここにいるの?」
戸惑う二人の、その目をしっかりと見る。
私の視線に、片方は困ったような笑顔になり、片方は哀しそうな笑顔になった。
☆ ☆ ☆
「プリンセス・フェアリー‐身分違いの恋模様‐」というタイトルから気付けることがある。
プリンセスの部分はいい。一国の姫――プリンセスが試練を超えて女王になる物語なのだから。
次に身分違いの恋模様。これもまあ、一部――もともと貴族の子息たち――を除けば平民出の攻略対象がいるのだから、一応の納得はいく。
そうなると残ったのは「フェアリー」の部分。
前世のプレイヤーたちの間でも話題になっていたのだが、どこに妖精が出てくるんだろうという、当然と言えば当然な疑問があったのである。
王になる為の試練からそれぞれのキャラとの恋愛イベントや通常イベント、それから各種エンディングまで制覇し、それらを何度も繰り返し見て、読んで、聞いて。それでもなお、タイトル以外のどこにも“妖精”はスチル絵はもちろん、オープニングムービーやエンディング後のスタッフロール、全ての会話ログや公式ファンブックの地図や歴史等を何度確認しても、妖精なんて出てこなかったのである。
なぜタイトルに本編に出てこない言葉があるのか。
それは意味のある言葉なのかない言葉なのか、という事である。
それがひとつめのヒント。
もうひとつ、そのゲームには出てこないアイテムがあった。
主人公が幼い頃から常につけているネックレス――守りの首飾りである。
9つの丸い石のついたその首飾りは、それぞれ違う色をしていて、紫・青・緑・黄・橙・赤・白・黒、そして無色透明。
紫のシャーエン・リ・クリラルラス。青のヤルザン・ラ・ラスファル。緑のガル・オーラ。黄のアルフィン・ロ・スカイチェーレ。橙のコルトン・ラ・セルド。赤のミルファルファ・サーラン。白のセルファン・ラ・メルセルド。黒のロルル・レイン。
8人それぞれの、イメージカラー。
透明以外の色は全て、「プリンセス・フェアリー‐身分違いの恋模様‐」に出てくる攻略対象たちのそれぞれのイメージカラーと同じなのだ。
では透明は誰の事なのか。
残っている登場人物は主人公だけ――つまり私の事だが、実はもうひとり、居るのである。
主人公の侍女、アンナ・ラ・セルド、その人である。
彼女は女性である。だから、攻略対象ではない。
攻略対象ではないし、ゲームにも名前以外出てくることはほとんどない。
そこで“ひとつめのヒント”を思い出してみよう。重要な人物がいたではないか。
「プリンセス・フェアリー‐身分違いの恋模様‐」のタイトルに入るほどの重要なキャラクターであるはずなのに、一度も出てこない。
“フェアリー”である。
私は一度、息を大きく深く吐いた。
そしてゆっくりと肺に息を入れて、声を張り上げる。
「ねえ、教えて。“フェアリー”と“あなたたち”は“わたし”に何を求めているの?」
私が言い終えると同時に、キィ…と音を立てて、私たちのいる部屋の扉が開いた。
まとめることの、むずかしさ。




