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10.現実世界から仮想空間へ

「プリンセス・フェアリー‐身分違いの恋模様‐」は、美麗なイラストと豪華な声優陣、そして個性豊かなキャラクターとそのエンディングの多さを売りにしたゲームであった。

乙女ゲー専門のプレイヤーたちから期待され、開示されたゲーム情報に大いに沸き、発売前から各キャラクターにはファンが着くのはもちろんのこと、発売直後までは大いに盛り上がった、恋愛および育成シミュレーションゲームである。


 そう、発売直後までは、なのである。

問題はその後、ゲームを最短で2周クリアできるくらいの時間が経ってから、起こったのである。

1周目でお気に入りのキャラクターのグッドエンドへたどり着けたプレイヤーはもちろん、2周目までにグッドエンドへたどり着けたプレイヤーはまだよかった。

しかしそうではないプレイヤーの数の方が多く、その多くのプレイヤーたちが1周目に続いて2周目以降何周しても各種ノーマル及びバッドエンドにたどり着くプレイヤーが多く何だこのゲーム!と投げ出すプレイヤーが続出した。

それにより攻略サイトはなかなか充実せず、攻略本の発売される頃には多くのプレイヤーからタイトルを見なかった事にされたのである。


 だからこそ、発売後しばらく経ってからの公式アップデートにより追加された機能の“一度でもクリアした事があればタイトルに追加されたアルバム――ゲーム中に一度でも見た各種イベントや使用BGMをいつでも見聞きできる――機能”内のエンディング集を見た時、まだ残っていた数少ないプレイヤーは驚愕に目を見開く事になったのだ。

プレイヤーたちの多くがバッドエンドだと思っていたエンディングのうち半分がノーマルエンドとエンディング集には書かれていたのである。

そう、ノーマルエンドにたどり着いた者も、たどり着いたものがバッドエンドだと思っていたのだ。

攻略対象が全滅しようが、主人公が身分をはく奪されて国外追放されようが、駆け落ちの末に心中するも主人公だけ生き残ることになろうが、それらは全てノーマルエンドだったのである。

もちろん、バッドエンドはもっと酷いのだが、それでもどれだけ心折るエンディングばかりだったのか、わかってもらえるだろうか。


「プリンセス・フェアリー‐身分違いの恋模様‐」はそうして、心折れる恋愛シミュレーションゲームとしてある種、有名になったのである。



☆  ☆  ☆



 私が目を開けるとそこは真っ暗な空間だった。

浮遊しているという事はなく、足の裏にはしっかりとした感触が――地面がある。

きょろきょろと左右を見回してもどこまでも暗いその空間は、なぜかとてもとても安心できたのだ。


 どのくらいそうしていただろうか。

ここで立っていてもどうしようもないし、かと言って暗い中を歩くのも不安があるなぁと考えていた時。

突然、暗い空間に光の玉が生まれた。

熱を発してる様子もなく、それ以外に何の変化もなかった。だから私はその光の玉におそるおそる触れたのだ。

すると光の玉から一本の光が飛び出し、私の背後へとその線が走り、くねくねと何かを書いた。

文字が完成するとここに来る前に聞こえた“声”がそれを読み上げた。


『プリンセス・フェアリー、身分違いの恋模様! さあ、試練が始まるよ!』


 私が驚く暇もなく、その声が文字を読み終えると同時に私の足元にあった地面が消える。

一瞬の浮遊感があり、そして落ちていく感覚。

どこまで落ちていくのか、私がこれからどうなるのか。一切わからないが不思議な事にそれらを不安に思う事はない。

自分が落ちていくのを感じながら、周囲を見回せば映画のフィルムのような大きなものが何本も無造作に伸びており、そのフィルムに映っていたのは私と私の臣下――攻略対象たちだった。

見覚えのあるそれらの映像が「プリンセス・フェアリー‐身分違いの恋模様‐」のイベントムービーやスチル絵であると気付いた私はまさかと思い自分自身を見下ろした。


 私に見えたのはここへ落とされる前に着ていた白いドレスではなく、女王になるより3年も前によく着ていた当時の私のお気に入りの、薄桃色のドレス。

それは、ゲームとしてのこの世界で主人公が着ていたドレスと同じものであったのだ。

私の顔は青ざめた。嫌な予感に自分を抱きしめて目をギュッと閉じる。すると今度は聞きなれた己の臣下たちの声が、公式サイトのキャラクター紹介に書かれていた各キャラの決め台詞を、私の耳元でささやいた。


――ああ、やっぱりか。


 嫌な予感が当たっている事に気付いた私は諦めて目を開いた。

いつの間にか左右前後を走っていたフィルムは消えており、声もしない。

周囲に青空が広がり、私はとある森の中へとふわりと足を付けた。あんなに高いところから落ちたにも関わらず、私の足は折れていない。


 そこを後ろから抱きしめられて顔だけ動かして見れば、その人はセルファン・ラ・メルセルド。

どうした事かと目を瞬かせれば、その人はガル・オーラになり、ヤルザン・ラ・ラスフェルになり、アルフィン・ロ・スカイルチェーレになり、ミルファルファ・サーラン、シャーエン・リ・クリラルラスになった。

そしてシャーエンになった後にもう一度目を瞬くと、私を抱きしめる人はいなくなっていて、その代わり目の前には二人の男――コルトン・ラ・セルドとロルル・レインが跪いていた。


 見覚えのあるそれらの現象、彼らと私の位置関係。

それは「プリンセス・フェアリー‐身分違いの恋模様‐」のオープニングムービー、それも1周クリアした後、2周目以降から流れるソレであった。


――私のいるここは、現実ではなく、仮想のもの――ゲームのものなのだろうか。


 ずっと現実だと思っていたのに。

そう考えた瞬間、私の意識はまたしても闇の中へと落ちていった。

※1月2日 サブタイトルを間違えていたので修正しました


次は登場人物紹介の予定です

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