1.戴冠式のその後で
国王である父から王冠を戴き、王となり民を護る盾となる事を誓う。
顔を上げ、先代となった父と目が合うと父は頷き、私も頷く。これからは私が国を護るのだ。
そして振り向き、頭を垂れ跪く大臣と騎士たちを見回し、私は大きな声で王の誓いを読み上げた。
☆ ☆ ☆
それが約1時間ほど前の事である。
信頼できる臣下たちと共に試練を乗り越えた私――リチェリア・ミル・ジ・レイアーナは無事に戴冠式を終え、レイアーナ国の女王となった。
そこまではいいのだ。そこまでは。
問題はその戴冠式の後のパーティーの少し前。ドレスを着替える為に控えの間へと入り、王冠を手に取った瞬間、王城が大きく揺れ、落雷があった時のような轟音が響いた。
それと同時に私の脳裏にも電撃が走り、私は私の前世らしきものを思い出したのだ。
前世の私は地球と呼ばれる世界の日本という国で暮らしていた。
前世の私も女であったが、連れ合いは居らず子供も孫もいない。仕事なんてとっくの昔に定年退職して年金でほそぼそと暮らす、普通の老人であった。それでも孤独ではなかった。
世間から見ればたしかに孤独な老人ではあったのだろう。しかし、前世の私は趣味人間であり、ゲームが恋人と若い頃から大きな声で宣言していたくらい、ゲームを愛していたので、ゲームさえあれば他の人間関係はどうでもよかったらしい。むしろゲームばかりしないでと叱ってくる人間を邪魔に思っていたくらいだから、前世の私は人として何かがおかしいのではないかと現世の私は思ってしまう。
それはさておき前世の私がクリアしたたくさんのゲームの中にひとつ、乙女ゲームと呼ばれるものがある。乙女ゲームとは主人公の少女がハンサムな男性に囲まれて、誰かしらと愛を育みゴールインする過程を楽しむゲームなのだが、その中のタイトルのひとつに「プリンセス・フェアリー-身分違いの恋模様-」というものがある。
ここまで言えば察しのいい人はわかってくれたと思う。
私の名前はリチェリア・ミル・ジ・レイアーナ。「プリンセス・フェアリー-身分違いの恋模様-」の主人公の名前であり、その攻略対象とされたハンサムな男性陣の名前は全て、私の信頼できる臣下たちの名前と同じなのである。
そしてそして最も重要なのが今現在の私の状況。
私、リチェリア・ミル・ジ・レイアーナは王となるための数々の試練を終え、女王となった。
女王となったのである。
「プリンセス・フェアリー‐身分違いの恋模様‐」という名前の通り、ゲーム内容はプリンセスであるリチェリア・ミル・ジ・レイアーナが次代を担うであろう若者たち――大臣の息子や近衛騎士の息子に貴族の子息たち、国で一番の魔力量を誇る魔術師に王宮料理人を目指している平民男性や従者など――に囲まれて、彼らの信頼や愛情を勝ち取り、最終的に女王となって誰かと結ばれるゲームなのである。
もう一度言う。私は女王となったのである。
ゲームで言えば終盤を越えた先、エンディングの真っただ中と言えるのだ。
「プリンセス・フェアリー‐身分違いの恋模様‐」のエンディングは各男性ごとにグッド・ノーマル・バッドの3種類ずつのエンディングがあり、それとは別に全員の好感度を一定以上上げている場合に見れるトゥルーエンドが1種類、1人以上全員未満の好感度を一定以上上げているが誰とも結ばれない事を選んだノーマルエンドが3種類、そして全員の好感度が一定以下の場合に発生するバッドエンドが1種類、全員の好感度が一定以下で女王になるための条件も達成できない場合に到達するバッドエンド1種類、ゲーム中に特定の条件を達成する事で見れるバッドエンドが8種類。
私は無事に女王になることができたが、臣下の誰とも結ばれる予定はない。つまり、トゥルーエンドかノーマル3種かバッドエンド1種類――計5種類の中のどれか、ということになるのだ。
そして、どのエンディングになっても構わないくらいの重要な事がある。
このゲームはクリアしたからといっても「めでたしめでたし」で終わるものではないのだ。
それはその5つのエンディングには共通する事であり、女王となり戴冠式を終えた後に発生する最後のイベント……、
「お逃げください陛下! レジアーナの兵がっ…!!」
扉を勢いよく開けそう言いながら騎士は背後から何者かに切られ、そのまま倒れて息絶えた。
その何者か――黒い布をかぶり口や鼻を隠しているが男に見える――は剣を大きく振りかぶって付いた兵士の血を払い、ゆっくりと私のいる方へと歩いてくる。
私の隣に控えていた騎士は私と男の間を遮るように武器を構え、従者が私の手をとる。
「ここは私が。陛下はお逃げください」
「…陛下こちらへ」
騎士が言い、従者が私の手を引き隣の部屋へ通じる扉へと入る。
そして扉を閉じると同時に剣がぶつかる音が聞こえ、窓からは雄叫びのような男達の声と何かが崩れる音がした。
「リチェリア様、これを」
部屋に入ると控えていた侍女が私に駆け寄り、手際よくドレスをはぎとり代わりの服を着せ、スカーフのようなものを頭にかぶせる。
従者は棚から必要最低限のものを鞄へ入れて、侍女と話すとすぐに私を見て、私の手を取りどこかへ連れ出そうとするが、私は動かず従者を見る。
「私は王なのよ?」
そう言うと従者は困ったような顔をして、侍女は今にも泣き出しそうな顔になった。
前世の記憶によるとここで従者に手を引かれて逃げるのが全エンディング共通であり、私がその言葉を発する事はトゥルー・ノーマル・バッドのどのエンディングでもないはずだった。
しかし私は前世の記憶やゲームの記憶など関係なく、私が私としての――女王としての誇りがあるからこそ、逃げる訳にはいかないのだ。
そして何より、これがトゥルーエンドではない事はわかっているのだ。
女王になるための試練の記憶と前世のゲームの記憶をすり合わせた結果、条件を満たしているのはノーマル3種の中のひとつ、攻略対象である男性陣が全滅するも女王である私と国は守られる、通称「全滅エンド」。
先ほどまで一緒にいた騎士は善戦するも男に殺され、私の隣にいる従者も私と逃げる先で私をかばって殺される。さらに言えば私に忠誠を誓った臣下――ゲームの攻略対象たちもそれぞれ自分のすべき事をした結果、全員それぞれの場所で殺される。
わかっていてそんな事をさせる訳には、逃げ出すわけにはいかない。
「私は民を護るべき王なの。臣下とて民。私が逃げる訳にはいかないの」
困ったような顔の、しかし私を確実に逃がすのだという意志を見せる従者と視線を合わせ、私はゆっくりとそう言う。
私は私の命が軽いとは思っていない。仮にも王であり、先王のひとり娘である私に代わりはいない。
だからと言って、従者や騎士、他の臣下たちの命が軽い訳でもないのだ。誰も、誰の代わりにもならない、たったひとりの彼ら。
従者は何かを言おうとして、しかし言わずに視線を逸らした。
言っても私が聞かないであろう事に気付いたのだろう。
「大丈夫。死ぬ気はないわ。みんなで生き延びるの!」
だから力を貸して?
従者と侍女の手をとり、そう言いながら意識して私は笑顔を見せる。
侍女はほっとした、従者は仕方ないという顔になる。
それを同意と受け取り、まずは扉の向こうで男と戦っている騎士――セルファン・ラ・メルセルドを死なせない為に。
扉の向こうをにらみながら、持ってる情報と今できる事を使いどう切り抜けるかを考えた。
全員で生き延びるのだ!
※12月18日 誤字修正しました
※12月30日 誤字修正しました