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Tamer's Mythology  作者: 槻影
第二部:栄光の積み方

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第四十八話:さっさと行くよ

 かつてエティと共に探索を行った機神の祭壇は、明確な人工物であった。

 縦横無尽に広がる金属で構築された地下通路は埃一つなく、通路の全体を薄ぼんやりとした電灯が照らし、中には警備兵の役割を持った機械種が徘徊している。その様は一般的に前人未到の性質がつく事の多い一般の迷宮と比較して異質と言えた。遺跡に魔物が住み着き迷宮と化す事は少なくないが、あそこはあまりにも綺麗過ぎたのだ。


 翻って、今回強襲をかける機蟲の陣容は一般的な迷宮だ。一見、一般の迷宮に見える。

 モデルアントによって地下に掘られた巣は有機生命種の作るそれの形に近く、人工物はほとんどない。光源は自然発生したヒカリゴケによるものであり、電気が通っている事も無ければ機械人形(ロボット)が徘徊しているわけではない。


 しかし、一見性質の異なる二つの迷宮であるが、その芯には共通点がある。

 僕がエティと共に機神の祭壇に潜ったのは、設計図を手に入れるためでもあるが、それを確かめるためでもあった。




 ――その迷宮に加護が施されているのかどうか、を。




 加護のない迷宮は脆い。そも、迷宮の定義として、『回廊聖霊(プレジャー・ワンダー)』が棲み着いている事は必須要件である。迷宮の守護者である彼らが棲まない迷宮はどれ程広大でどれ程魔物が徘徊しどれ程甚大な被害を及ぼそうと迷宮とは呼べない。

 もしも、それらが棲み着いていたら、機神の祭壇からの脱出時、天井を破る事など出来なかっただろう。例えアリスの貯めこんだ命の殆どを攻撃エネルギーに変換しようと、それは物理的な強度の問題ではない。それは、法則であり概念であり、つまるところそれこそが回廊聖霊の持つ『物語(テイル)』なのだ。


 故に、探求者は真正面から迷宮に挑む事を求められる。逆に言えば、それがいない以上僕たちは馬鹿正直に真正面から敵陣に踏み込む必要はない。


 炎と雷が大地を焦がし、剣撃の音と銃声が空気を震わせる。金属同士のぶつかり合う音、破砕音は悲鳴をあげる機構を持たないモデルアントの悲鳴にも聞こえる。尤も、彼らの中に存在する感情は上位者の命令に従うというただそれだけだろう。

 戦線は少しずつ前に、目的の地点に進んでいた。相手の数がいくら多くても地力ではこちらが勝る。被害と撤退を考えなければ前に進むのは難しくはない。


 ランドさんが 皇帝蟻(セイリオス)の素材から生み出された巨大な戦槌を振り回し、数体の蟻を紙切れのように吹き飛ばす。その様はまるで暴風のようで、竜の膂力により発生した余波に、直接打撃を受けなかった蟻たちの足が一瞬止まる。その隙に、ガルドがその身体を戦斧で両断した。


 竜人の身体能力ならば真正面から攻撃を受けても大した傷は受けないだろう。だが、それは彼の種族特性によるものだ。他の者はそうはいかない。

 ダメージは人の動きを鈍らせより大きな負傷を生む。傷を負えば治療する必要があるが、その分だけ穴が出来る。生死の狭間にいる緊張は判断ミスを生む。既に何人も負傷者が出ていた。が、負傷者はいても今のところ死者が出たという報告が出ていないのは、彼らがプロである証と言えるかもしれない。


 エティが物量で崩れ落ちそうだった戦線、蟻の大群に向かって電撃を放つ。そのスレイブであるドライもまた、人の身の丈程もあるスパナを振り回し複数のモデルアントを足止めしている。


 未だ戦線に直接参加していないのはたった二人しかいない。


「質より量、か。下位個体の殆どを動員してるのかもしれないな」


「かっかっか、ここにいる連中は一部に過ぎねえ」


 僕の言葉に、ザブラクが、僕たちを何としてでも足止めせんと向かってくる蟻たちの大群を眺めながら甲高く嘲笑した。


 それに答えず、小さく笑みを浮かべる。

 必死になって向かってくるその数、戦意、緊張。たとえ敵と言えど、たとえ生命無き機械種と言えど、未知とは斯くも僕の心を躍らせる。

 無言でしばらくその光景を堪能し、ザブラクの方に向き直る。


「予定通り、この場は君に頼むよ」


「……かっかっか、凶悪な面しやがって」


「そんな事言われたのは……初めてだよ」


 僕の面は温和である。人の心に滑りこむのに適している。プライマリー・ヒューマンは容姿が整っている事が多い。

 そんな僕の答えの何が気に食わなかったのか、ザブラクが吐き捨てるように言った。


「眼が違う……この戦地にいてさえ、この戦場を一番楽しんでるのはあんただ」


「好奇心、未知への欲求は探求者にとって最も必要とされる資質だ。僕がここに居る意味がそこにある」


 否定はしない。


 もしも探求者にならなかったら、僕はこのような光景を見ることはなかっただろう。人と、それにより創造された機械種の戦いなど。

 千金を払ってでも見る価値がある。これが見れただけでもここに飛ばされた意味がある。

 平和が一番だが、状況を楽しまなきゃ損だ。死地でこそ自らの命の真価がわかる。


「かっかっか! いいのか? わかってんだろぅ? 俺が地下に潜った方が――この依頼、より楽に達成出来る。」


 ……馬鹿な。愚問だ。


「そんな勿体ない事しないよ」


 探求に犠牲はつきものだ。


 アルデバランの討伐。これはただの一つの依頼に過ぎない。例えザブラクがアルデバランを討伐してみせた所で、そこに何が残ろうか。犠牲者をゼロにしたいのならば、何もかもの事情を捨て去ってアリスをけしかけてる。


「ザブラク、これは……試練だ。いずれこの地の探求者が受けるはずだった試練、SS級のランドさんたちが受けるはずだった試練、ただ少しだけ……早まっただけなんだ。僕は今この地にいる事ができた事をとても『幸運』だと思うよ」


 積み重なった未解決のSSS級討伐依頼。無数の迷宮に、蔓延る進化し続ける機械種たち。ランドさんは、自身が討伐した皇帝蟻のせいでこうなった事に責任を感じているようだがそれは違う。それはただのきっかけに過ぎない。


 今こうして発生している戦いは起こるべくして起こったものだ。


白の凶星(コラプス・ブルーム)……災禍の前兆、てめえのいる所にはいつだって災厄が訪れる。あの悪性霊体種(レイス)は何も悪かねえ。その名は……あんたの積み重ねた証跡だ」


 僕はそのあまりに乱暴な理論に、ザブラクの方をまじまじと見つめた。

 何をいきなり『くだらない話』を。


「自慢じゃないが僕は今まで一度も捕まった事がない。僕の身は潔白だよ。いくら叩いたって塵一つ出ないだろうさ」


 ただしそれは僕が誰からも恨まれていないという事を意味しない。

 積み重ねた証跡というのは間違いない。その二つ名はアリスを使役するその前のあり方から付けられたものだ。

 しかし、災禍と僕、その二つの間には何一つ因果関係はないし、僕の二つ名はそういう理由から来たものではない。


「さぁ、ザブラク。そんなくだらない話はどうでもいいから、さっさと仕事をしてくれ。僕はそのために高い代価を払ってる」


「かっかっか、よく言うぜ……」


 笑い声とは裏腹に吐き捨てるように言うと、ザブラクはふらふらと前に出て、懐から一粒の種を取り出した。







§§§






 A級元素精霊種、枯木の賢者とも称される樹精(エント)とは即ち自然そのものである。


 元素精霊種というカテゴリに区分される種族は皆大なり小なり同様の側面を持っているが、彼らは人間という存在が出来上がるその遥か昔から樹海の深層などの精霊界とこの世界の重なりやすい自然界の中で存在し続けていた。中でもエントというのは最古の存在である。見た目は人間とあまり変わらないスイやブリュムたちと異なり、樹木に酷似したその姿は太古よりこの世界で生き続けてきた証でもある。植物の心を通わせ遠くの光景を見通す力は有する偉大なる能力のただの一端でしかない。


 初めにそれに気づいたのは誰でもなかった。全員が同時に察知した。感覚器の鋭い者も鈍い者も。それは、それほど大きな変化であった。


 大地がまるで地震のように強く震える。

 探求者たちとモデルアントの一軍がぶつかり合ったその瞬間の鳴動などとは比較にならない程に強く。


 下位のモデルアントの知能はそれほど高くない。イレギュラーな環境変化に一瞬動きが止まる。



 ――その瞬間、それは発生した。



 事前に話は通っていた。作戦は既にミーティングで伝えられたものだった。

 だが、探求者たちの初動は遅れた。それはあまりにも規模が大きく、信じられない程の『変化』。


 大地が裂ける。地面から突如生えた無数の茶色の蔓が、探求者たちと相対していたナイト・アントの金属の身体をまるで槍のように刺し貫く。

 視界が宵闇の如く薄暗く変化する。探求者たちがようやく状況を把握し、泡を食ったように後退した。


 地面が轟音を立ててめくれ上がる。巨大な揺れと音は世界の終わりと称されても何ら違和感がない。


 それは巨大な樹であった。無数の蔓が絡み合い構成された異様な大樹。蠢く蔓はみるみるうちに巨大に成長し太陽を完全に遮り、擬似的な夜を生み出している。


 地べたを突き破り、蔓がまるで生き物であるかのように俊敏な動作で機械蟻(モデルアント)を叩き伏せる。

 蔓によって撒き散らされた大量の土塊が放物線を描き、数百メートル離れた遠方にばらばらと降り注いだ。


 あまりの異様、響き渡る悲鳴を引き裂くように嗄れた声が覆いかぶさった。


「かぁーっかっか! さぁ、先にいけ。追加が来る前になぁ!」


 思わず手を止め、呆然とその異様な光景に視線を取られたランドがその声に我に返る。

 目の前、先ほどまでは地面があった場所にはただ、奈落があった。陽光が遮られ薄暗いせいか、底は見えない。が、たとえ遮られていなかったとしても底は見えなかっただろう。

 当初の作戦通りならば、その『穴』は遥か底、樹蟲の陣容の最下層まで繋がっているはずだ。


 数本の蔓がまるで縄梯子のように穴の底に消えている。


「さ、入り口は出来た。ここはザブラクに任せて、さっさと行くよ……」


 まるで怪物の口のようなその裂け目を覗き込み、作戦の立案者が壮絶な笑みを浮かべた。

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嘆きの亡霊は引退したい。

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