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Tamer's Mythology  作者: 槻影
第二部:栄光の積み方

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第四十七話:撤退はしないよ

 機械蟻(モデル・アント)


 この地に存在する機械種の中でも特に種類が豊富な(モデル)である。

 ランクのバラ付きも大きく、アムと共にその最下位の機体と戦ったのは記憶に新しい。

 主な攻撃手法は近距離からの打撃。種類によっては酸やら何やらを飛ばしてくるが、あくまでその性能の大部分はその高い硬度と重量、その六脚による小回りの効く機動性に頼っている。良い、悪いではない。設計思想が恐らくそれなのだ。尤も、『主な』であり、勿論例外も存在する。


 この手の群れを作る魔物の大規模討伐を行う場合、近づかれるまでに如何にダメージを与えられるかに掛かっている。


 エティの攻撃を皮切りに、それぞれのランナーから探求者が大地に降り立った。


 恐らくエティのスキルを見るのは初めてなのだろう、ランドさんが感心したように呟く。その視線は遠く彼方、電撃の光線に吹き飛ばされピクリとも動かない無数の蟻に向けられている。


「威力の減衰もなし、一撃か……恐ろしいな」


「だけど他のメンバーには真似出来ない」


 実力の問題でもあるが、特性の問題でもある。上位クラスである機械魔術師、エティの攻撃範囲は並の魔術師の攻撃範囲を遥かに超えている。


 足並みが揃わないが、初撃としては上等だ。


 エティのスキルは強力だが、そのスキルの攻撃範囲は所詮直線であり、一網打尽に出来るほどではない。

 相手の出鼻をくじいた所で、おのおのグループに別れ、こちらに向かって進撃を始めた蟻たちに接近した。蟻の側も既にこちらに向かって突進を開始している。大地が揺れ、鋼の脚部が荒野を穿つ奇妙な音が聴覚を打つ。土埃を含んだ強い風が吹きさらし、僕は一歩後ろに下がりランドさんの影に隠れた。


 事前に会話してあった通り、ある一定距離まで近づいた所でランドさんが号令をかけた。


 攻撃開始の合図。


 怒号と共に魔導師たちの魔術が炸裂する。炎が、氷が、風の刃が、上空から蟻の群れを襲った。蟻の平均ランクはそれほど高くない。こちらはこの地をホームタウンとする探求者――それら機械種の魔物と戦い続けてきた者達の中でも特に上位の探求者である。上位の探求者たちである。アムとは違って上位の探求者たちである。アムとは違って。


 金属の身体が一瞬で溶解し凍りつき、切断される。たまに飛ばされる酸の弾丸も魔術と比べ射程距離が短く、こちらに届く事はない。


 初戦は明らかにこちらが優勢だった。数はともかく、能力には差があるのだ。紙切れのように吹き飛ばされる蟻の姿、近づかれていないのでこちらに被害はない。激戦を予想していたにも拘らずあっけない状況に、前線に出ている者達の表情が僅かに緩む。


「『電撃光線砲(アクティブ・レイ)』」


 エティの手の平から発せられた二撃目の雷撃が器用に前に出ている探求者たちの間を抜けると、大地を削り固まっていた蟻を吹き飛ばす。衝撃に髪が逆立ち、その眼が真剣に戦場を睨んでいるのが見えた。


 ……まずいな。


 僕は、戦場を俯瞰するランドさんの後ろから話しかけた。


「ランドさん、前に出よう」


「ん……優勢だけど?」


 優勢、優勢だ。今はまだ。

 だが、僕たちの目的は雑魚を討伐する事ではない。


「僕たちの目的はアルデバラン一体だ。こんな所で消耗するわけにはいかない」


 魔力も体力は有限である。回復のためのアイテムも各々持ってきてはいるだろうが、それだって無限ではない。

 ランドさんが戦場をちらりと眺め、そこにいまだ残っている蟻たちを見る。 


「もう少し減らしたほうがいいのでは?」


「この程度の数と質ならばこのメンバーで切り開ける。大体、まずいんだよね……緊張感がないのは」


 魔術師たちの射程まで進んだ後、前線は硬直している。そのまま立ち止まって魔法を撃っていれば数を減らせるのだからそれはそうだろう。

 想定していたよりも緩い戦場。予想していたよりも弱い相手。だが、忘れてはいけない。


 機蟲の陣容はギルドの定めるAランクの迷宮であり、今回の討伐対象であるアルデバランのランクはSSSランクなのだ。今まで長年討伐されなかった機械種。知性も相応に高い事が予測される。


 続いて、三撃目のスキルを打とうとしているエティの方を向いた。


「エティ、どうして無人機動要塞(ノーマン・フロート)を起動しない?」


「……え? いや、まだこの程度の相手ならば起動する必要は……」


「そういう事言ってるから僕に良いようにやられるんだよ」


「ッ!?」


 僕がエティだったらランナーに乗っている最中から起動していただろう。そうすれば僕に押し倒されるような事もなかったはずだ。

 探求にはバランスが求められる。常時臨戦態勢でいれば体力も精神も消耗する。魔力だって有限だ。しめる所はしめるべきだし、緩める所は緩めるべきだ。だが、開戦直後とは緩めるべき所ではない。


 僕の言葉に一瞬絶句したが、諦めたようにエティが護衛機械(ガーディアン)を召喚した。


「……フィルは何個いるのです?」


「いらないよ。自分に全部使うといい」


「……は?」


 何を馬鹿な事を、と言わんばかりにエティが目を見開いた。自殺志願者でも見るかのような眼。今回、僕は戦線に参加するつもりは一切ないのである。スレイブもリンにあずけてあるし、指示を出すだけなのだ。


「……流れ弾にあたって死んじゃっても知らないのですよ?」


「流れ弾でなんか死なないよ。エティ、自分の事だけ考えろ。まず――生き残る事を」


 何かしら居るはずだ。機械魔術師に対する対策が。絶対的な優位性を持つ者が。『機神の祭壇』と同じように。

 ならば、彼女がすべき努力は僕を守る努力ではなく、死なない努力である。僕は僕が死なない努力を既にしている。


 エティがそれでも口を開きかけた瞬間、斥候(スカウト)特有の高い知覚能力で戦場を観察していたシウィンさんが鋭い声を上げた。


「スナイパーだッ!」


「ッ!?」


 同時に、目の前に一筋の閃光が奔った。遅れて衝撃波が大地を揺らし、甲高い音が鼓膜を揺るがせる。


 エティが息を飲む。僕はただ、笑みを浮かべていた。


「……チッ。油断してんじゃねえよ」


「僕がしていたのは油断じゃない。信頼だ」


 二メートル近い漆黒の槍を肩に担ぎ、ハイル・フェイラーが舌打ちした。

 音速を超えた弾丸を叩き落とす神速の槍撃。地面には三つの穴が穿たれている。確認する。


「どこを狙われた?」


「……てめえ、見えてなかったのか」


「僕に見えるわけがないだろ」


 何故僕に見えるというのか。君の五感と僕の五感は全然違うのだよ。見えるものも聞こえるものも、動体視力が違う。


「……頭に一発、胸に二発だ」


「流れ弾じゃないな」


 おまけに殺意がなかった。機械種にはもともとそれが薄い。感情機能の搭載されていないものは尚更に。相手の能力が狙撃ならばそれを搭載しないのも当然の判断だ。


「スナイパー・アントだ。警戒しろッ!」


 ランドさんの声に緊張が奔る。ほぼ同時に、弾丸が降り注いだ。


 スナイパー・アント。質量弾を射出する能力を持った遠距離攻撃専門の蟻である。近距離型が多いとされるモデル・アントの例外の一つだった。

 威力自体は大した事がない。ランドさんならば後頭部を撃たれても大したダメージにはならないだろうし、霊体種ならば透過のスキルで完全に無効化できる。それが致命打になるのは僕やエティなどの素の防御力が高くない種族だけだ。


 エティの浮かべたノーマン・フロートが放たれた弾丸を容易く受け止める。ハイルが僕の一歩前に立ち、その槍を大きく旋回させた。巻き起こされた風が降り注いだ弾丸を逸らす。槍士(ランサー)のスキルだ。逸らされた弾丸がガルドの真下を穿ち、ガルドが慌てて避けた。


「言っただろ? 僕の事は考えなくていい、と」


 エティが目を見開き、その豹人を見上げていた。この地に住む高位探求者の中で唯一僕に逆らってきた男を。


「な、何で貴方が……フィルを……守るのですか!?」


「あぁ? なんでもいーだろうが!」


 憮然とした様子でハイルが足元を払う。ランドさんもガルドも驚いたようにその様を見ていた。

 その空気を打ち払うべく、手を三度叩く。


「さ、さっさと巣に突入するよ。問題は?」


「……ああ」


 遮蔽物がほとんどないこのフィールドではスナイパーの遠距離狙撃は非常に鬱陶しい。まだ威力が低いからマシだが、射出速度が非常に速いので、より威力の高い弾丸を放つ上位個体が出てくれば大なり小なり被害が出るだろう。


 ランドさんの合図と同時に、今まで魔術師たちの側でその攻撃を守っていた前衛の探求者たちが駆ける。

 物量では向こうが上だ。完全に包囲されてもしばらくの間ならば戦い抜けられるだろうが、消耗は免れない。

 今まで影からその様子を見守っていた男に尋ねた。


 非常に頼りない肉体にひょろひょろとした身体。しかし、その存在こそが今回の探求の鍵である。


「ザブラク、いける?」


「かっかっか、誰に物を尋ねてやがる。フィル・ガーデン。あんたとは違って俺の稼いだギルドポイントはそう高くはねぇが俺も……SSS級だぜ?」


 銀の眼が輝き、その唇が歪む。利便性の高い種族スキルだけに目が行きがちだが、その戦闘能力だって並大抵のものではない。むしろ、ただ力だけが強い探求者よりもよほど恐ろしい。


「周囲から向かってくる数は?」


「さっさと巣に入った方がいいねえ」


「流れ弾かな?」


「狙いは明確につけられていた。そもそもスナイパーアントは弾丸を適当にばら撒くような魔物じゃねぇ」


 やはりバレている。僕がこの軍のリーダーだとバレている。全て想定の範囲内だ。何故バレたか、それを考えるのはまぁ後でいいだろう。

 今の僕には頼りになる仲間もいることだし、ね。


 空気が彈ける音と同時に、三度電撃が放たれる。ハイルに対する疑問は置いておく事にしたらしいエティが、戦場で会話を交わす僕たちに呆れたように言った。


「話してないでさっさと進むのですよ」


「かっかっか、命中してるぜ。やるねぇ、嬢ちゃん」


 地平の彼方に消えていった雷撃の行方を眺め、ザブラクが笑う。弾丸の軌跡からスナイパーの居場所を予想したのだろう。

 僕はにやりと笑って、指摘した。


電撃(エレクトロ)は機械種に吸い寄せられるからね。『当てた』わけじゃないだろ、『当たった』んだよ」


「フィルは黙ってるのです!」


 エティがまるで抗議でもするかのように再び派手な光線を放った。




§§§




 敵は弱かった。だが、数が多かった。

 前進すればする程その数は増える。それは、敵が警戒している事を意味していた。


 鳴り止む気配のない斬撃音。属性魔法と雷撃の音。

 消耗を避けるために指示に徹していたランドさんが眉を顰め、呟く。


「……まずいな。予想よりも数が多い」


 いくら倒しても減る気配がない。次から次へと増援が送られているのだ。既に想定の数を上回っていた。

 相手のランクがいくら低くても、こちらの被害がほとんどなくても、終わりの見えない敵の数は精神的に探求者を消耗させる。


 既に僕たちが突き進んできた道には数えきれない程の機械蟻の残骸が残っている。


 本来、巣穴から大きく離れたこの地点でここまでのアントと出会う可能性はまずありえない。例え警戒していたとしても、この数は異常である。つまり、僕たちの作戦がバレているという事だ。


 ……身内に裏切り者がいるな。


 僕の立てた作戦は迷宮攻略の基本から離れた奇策である。事前情報なしでこの対応が出来るという事は考えられない。もし、そうであるのならば今回の敵、アルデバランは僕が想定していたレベルよりも遥かに高いということになるだろう。


 僕は、誰かが倒した巨大な蟻の死骸を足裏で踏みつけ、唇を舐めた。

 難しい表情をしているランドさんに念のため伝える。


「撤退はしないよ」


「……」


「想定以上の数は出ているが被害はない。そもそも、外で襲ってきた分だけ中での戦いは楽になるはずだ」


 尤も、今のところ襲ってくる蟻の軍勢のほとんどが下位のランクの蟻である。中での戦いはより激しいものになるだろう。

 遠く彼方、前線で戦うリンたちを見つけ、頬を綻ばせる。さすが元B級探求者がいる事もあり、その戦い方は他と比べても決して劣っていない。スナイパーの狙撃も広谷が警戒しているようだ。外で死ぬような事はないだろう。


「……はぁはぁ、さすが、戦っていない人は言うことが違うのですよ」


 既に数十発の雷撃を撃ち、大きく消耗したらしいエティが息を荒げ言う。僕は無言で腰に吊るした魔力回復薬の注射器を抜いた。エティの目が大きく見開かれる。


「スキル使いすぎだって言ってんだろ。中でどうやって戦うのさ」


 何故彼女はこんな前哨戦で消耗するのか。


「経口のポーションは持ってきているのです」


「トイレ行きたくなるよ?」


「……」


 僕の言葉に、エティが無言で去った。僕もまた無言で注射器をしまった。


 事前に設定した目標地点まではもう少しだ。皆消耗しているがまだ物資にも余裕がある。


「しかし、これだけの数だ……巣に入った後に背後から突かれたらまずいな」


「背後から突かれるなんてありえないよ」


 計算上挟み撃ちされても耐えられるはずだが、ザブラクの参加によってよりそれは確かなものとなっている。


 ランドさんは知らない。SSS級の探求者というものがどういうものなのかを。


 僕の能力はSSS級探求者の中では異質なのだ。本来のSSS探求者、それは間違いのない化物である。そう、それこそ――SSS級の討伐対象と比較しても遜色ないような。

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嘆きの亡霊は引退したい。

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