第四十三話:僕は勝利を確信した
『明けの戦槌』はレイブンシティにおいてトップの構成人数と実力を有するクランだ。
クランマスターはSS級に昇格したばかりの竜人ランド・グローリー。
その下にもS級、A級の錚々たるメンバーが名を連ねる。SSS級こそ未だ所属していないものの、戦闘能力の面での不安点はなく、年月さえ在ればランドも昇格すると言うのがメンバー一意の意見であった。事実、SS級昇格に至った際に達成した依頼――皇帝蟻セイリオスの討伐において、明けの戦槌は死者を出すことなくその依頼を達成しているのだ。
クランで借りている明けの戦槌の本拠点には、今やその構成メンバーの大半が集合していた。
大規模討伐、灰王の零落において、『明けの戦槌』は、その構成メンバーの殆どを幾つかの小規模なパーティに分け、参戦する事になっていた。
よほど実力が足りないメンバーについては参加させないが、大規模討伐の参加下限であるB級を下回っていても、C級などのクランでフォローできる程度の実力の者については動員する。大規模討伐依頼という制度において、上位者の推薦の他に依頼の参加下限を無視する方法の一つがクランによる参加。そして、それは自らのクランのメンバーに対して、例えランクを下回っていても『大丈夫だ』という自信の表れでもあった。
探求者によって、依頼の成否は自己責任だが、クランリーダーはそれに加えて自らのクランメンバーに対する責任も発生するのだ。
広々とした部屋の中央に立つクランマスター、ランド・グローリーは部屋中に届き渡るような芯の通った声で宣言する。
クランメンバーの面々、数十人に注目されつつも、その態度は自然体であり、泰然としていた。
「これから三日間、灰王の零落が終了するまで、明けの戦槌はそれに全力で注力する。他の依頼については基本禁止だ。身体を動かす場合はギルドの鍛錬場で訓練するように。くれぐれも怪我をしないように、な」
「想定される必要物資については依頼が発行された直後から集めており、既にクランの倉庫にあります」
隣に佇む優男が補足する。
清潔感のある金色の髪に凪の水面のように静かな銀の瞳。ランドやガルドと比較するとその容貌は華奢だが、決して虚弱さを感じるようなものではない。
明けの戦槌の副マスター。
ガルドと同様、ランドの片腕の一人。明けの戦槌全体の運営を担当するスピリット、シウィンはランドの燃えあがるような力強さとは対照的な酷く落ち着いた眼を瞬かせ続けた。
「配分については既に通達した通りです。また、各自装備の類の整備を忘れずに。今回の依頼、気をつけないと……死人が出ますよ?」
冗談めかしたようなその言葉に確かな真実を嗅ぎ取り、話を聞いていたメンバーが僅かに息を飲む。
想定通りの反応をするメンバーに、シウィンが穏やかな冷たい笑みを浮かべた。
最低限のプレッシャーは必要だ。大手クランに所属する自信で油断してしまっては元も子もない。勿論、そのようなメンバーは明けの戦槌の中にはいないが。
「勿論、誰一人欠くつもりはありませんが、今回私やランドさんのパーティは最前線に立つことになります。危なくなった際に常にフォローするのは難しいでしょう。機蟲の陣容は前回、セイリオス討伐の際に戦った荒野と違って入り組んでおり視界も開けていません。また、アルデバラン討伐こそが今回の主目的、一部のパーティについては道中で他の蟻に襲われた際の足止めに参加してもらう予定です」
不満。反感。恭順。
その内心は如何なるものか、しかし誰一人何も言わない事を確認し、さらに続ける。
シウィンの言葉からは言外の自信を感じさせた。今まで何事もなくクランを存続させてきた自信。そして、それはメンバーがシウィンやランド達に抱いているものでもある。
クランとは群だ。ランドの群はその規模、実力ともにまだ超一流とまでは至っていないが、十分に機能していると言えるだろう。
「今回の討伐の参加メンバーで最も大きなウェイトを占めるのは私達、明けの戦槌で間違いありません。各々、それを心に秘めて置いてください」
規模。力量。確かに個々のメンバーで比較するのならば、エトランジュ・セントラルドールのように突出したメンバーは少ないだろう。だが反面、明けの戦槌には総合力があった。それは基本一人で探求を進めるエトランジュのような探求者には存在しないものだ。
言葉を終えたシウィンに、一人のメンバーがそろそろと手を挙げる。ガルドと同様、狼人の種族を持つ中核のメンバーだ。
ランドが視線を向けると、ゆっくりと口を開く。どこか訝しげな表情。
「今回の指揮を取るのはランドさんじゃないと聞いたがその件に関しては……?」
フィル・ガーデン。ぽっと出の探求者だが、大規模討伐の依頼が始まる前から既に明けの戦槌とは面識があった。
ランドは四日前、初めてフィルが依頼に参加する事を決め、上位陣を集めたその日に、総指揮の変更についてメンバーに通達している。不満を抱く者も少なくなかったが、ランドのカリスマ故か、概ね総意はまとまっている状態だった。
だが、やはり思う所はあるのだろう。集まったメンバーの全員がややざわついている。
明けの戦槌は大規模なクラン、元々他の指揮下は勿論、クラン外の探求者とパーティを組むことさえ稀なのだ。何度もパーティを組んだ見知ったメンバーで組むのと、顔自体は知っているにしても、その内情をあまり知らない探求者と組むのとではそこに存在する信頼が違う。
ランドはその意見に一度頷き、全員の顔に均等に視線を投げ、口を開いた。
「その件については、皆に報告がある。総指揮はフィル・ガーデンで確定だ。だが、フィルの指示により、戦闘における基本的な采配は私がやる事になった」
「というと……?」
「パーティ分けや配置はいつも通り私が決めるという事だ。命令系統はフィルの方が上になるが、基本的にいつもの探求と同じ認識でいいだろう」
ランドの言葉に、メンバーが顔を見合わせる。
「それってつまり……丸投げって事で?」
「適材適所と、フィルは言っていた」
指揮が悪ければ、理不尽な命令を出される可能性もある。そうなれば戦意も上がるわけがない。
いつもとは異なる指揮系統に拭い切れない不安を感じていた多くのメンバーたちの雰囲気が、その言葉にやや軟化した。
その空気に、今まで黙っていたガルドが一石を投じる。
「おい、お前ら。安心すんじゃねえぞ? 指揮系統のトップの変更には変わりねえんだ! 基本的には各自に命令する事はないとは言っていたが、それだって確実じゃねえ!」
「ガルドの言う通りです。あなた達に直接命令が出される事はまず無いでしょうが……覚悟だけはしておくように。もし万が一命令が出された場合は……ちゃんと従う事。不満がある場合は私達に報告する事……と言いたい所ですが、ダンジョン内でそのような余裕はないでしょうね」
クランの力には自信があるし、誇りもあるが、初めての大規模討伐にはやはり不安が付きまとう。
シウィンとガルドの台詞に被せるようにして、ランドが続けた。
「まぁ、フィルは私達のグループと共に行動する想定だから、メンバーに対して直接命令するような機会はないだろう。問題はどちらかと言うと共に行動する私達の方だな……」
「そうだな……はぁ……」
ガルドが珍しく、耳を伏せて疲れたようにため息をついた。
そこで、取り敢えずの通達が終わったということで全体ミーティングは解散される。
各自英気を養うなり、装備の整備をするなりで部屋から出て行く。残ったのは幹部格のメンバー三人と、いつもランドと一緒のパーティを組み、大規模討伐でも同行する予定のセーラだけだ。
人払いを終え、手近な椅子に腰をかけると、ランドがシウィンの方に向き直った。
ランド、ガルド、セーラ、シウィン。その中で一番関わりあいの少ないのは、つい最近までリュクオシティの方に詰めていたシウィンだ。
「シウィン、君の想定ではどう見る?」
「……まぁ、要注意人物ではあるでしょうね……但し、今回の件についてはそれほど心配はいらないかと……」
シウィンが腕を組み、自らの印象を述べる。
「彼はプロの探求者です。やり方としては多くの者の反感を得るような者でしょうが、その目的意識だけは少なくとも……間違えていない」
「反感を得るってーと、あのハーフ・ジャイアントの処分……か?」
「ええ。あれもそうですし、ザブラクの招集もそうです。あれは普通の探求者が取るような手法ではない。半ば脅しですよ」
ガルドの問いに、シウィンがギルドで行われたミーティングの事を思い出す。
あの時ザブラクから感じ取った怒りの感情は本物だ。薔薇を放ったあの瞬間に感じたものも間違いなく殺意だった。
セーラがぽんと手を叩き、声をあげる。
「そう! そういえば……あの情報屋、SSS級だったのね……」
「あー、確かに知らなかったな……」
ガルドの知る限り、あのザブラクが探求者ギルドを訪れた記録はない。
樹妖精――エントという元素精霊種は長寿で有名だ。
さっさとSSS級になり、探求者を引退したのだったら見かけなくても無理はないが、それにしてもフィルについての情報を尋ねた際にあんな反応をしておいて、自分はSSS級探求者でしたーという真相はないとセーラは思う。
「SSS級ってもしかして……頭がおかしいのしかいないのかしら?」
「がっはっは。ランドももうちょい性格を濃くしねえと、SSS級昇格の際に性格不適切で落とされるかもしれねえな」
「……やめてくれ」
ランドは本気で嫌そうな表情をした。
******
「うぅ……直すの多分ぎりぎりなのです……」
「マスター、あまり無理をなさらずに」
頭を抱えるエトランジュ。その隣に、エトランジュのスレイブの一人であるドライが慰めるように小さな茶色の瓶を置いた。
大規模討伐発生を機に、予てより作ろうと思っていた拠点をレイブンシティに設置してはや一ヶ月、出来たばかりのエトランジュの新工場はフル稼働の状態だった。
魔導機械の生成は物理とスキルの混合である。設備で代用できる所もあるが、基本的に機械魔術師のスキルなくして魔導機械は生成できない。
目の前の金属の作業台に並ぶのは球体状の魔導機械だ。
色は銀と黒。だが、そのどれもが酷く汚れており、凹んでいる物もあるがそれならまだマシな方。中には粉々になり、はっきり使い物にならなくなっている物もある。
エトランジュはどこか遠い眼でそれらの惨状を見下ろす。
まさしく兵どもが夢の跡、それらはフィルと共に行った機神の祭壇のその結果だった。
ほんの二日前の今頃は、大規模討伐のために完全に整備された状態だった『無人軌道要塞』のスキルで使う護衛機械は、一部は吹き飛ばされ一部は摩耗し、目も当てられない状態になっている。
「へこんだのくらいならまだいいですが……問題は完全に壊れちゃったやつが……もう! もう! もう!」
無人軌道要塞は機械魔術師の持つ防御手段の内、最も使い勝手がよいスキルである。
球体状のガーディアンと呼ばれる魔導機械を自由自在に操り、自動的に対象の防御を行うスキルであり、その動作速度は音速を遥かに超え、銃弾の嵐をさえ防ぎきるほどの精密性を持つが、何よりも優秀なのはそのスキルが障壁と異なり、他者に対して使用できる点だった。
反面、優秀ではあるが、このスキルはガーディアンがなければ使用出来ないスキルでもある。
例え攻撃の要である機銃が壊れていても探求は続けられるが、これが十全でない状態で探求に出る程エトランジュは無謀ではない。
「凹みは兎も角、マスターの製造した護衛機械をここまで破壊するとは……今回の敵はそこまで強かったのですか……」
ドライが眼も鼻もない顔を下に傾け、どこからともなくその容貌とはミスマッチな渋い声を出す。
エトランジュは頭を抱え、しかしその声に答えた。
「い、いや……粉々にしちゃったのは……私の機銃なのです……」
「……え? どうして?」
「言いたくないのです」
「……」
「言いたくないのです」
エトランジュは優秀な機械魔術師である。
そして、機械魔術師とクラスは元来、防御性能よりも攻撃性能が高いものだ。エトランジュもその例に漏れない。
ハイルの槍を容易く防ぎ、敵対機械種のレーザーの軌道を予測し防ぐ程の性能も頑強性も、エトランジュ本人が特殊改造した機銃に一つ五センチはある大きめの弾丸の嵐――しかもスキルにより攻撃力を極度に強化されているそれにかかれば、紙切れのようなものだった。
だが、例え紙切れのようなものでも――ガーディアンが完璧でなければ機銃の弾丸を反射された時点で死んでいただろう。
大きく深いため息をつく。探求者人生で最悪の探求だった。命の危機という意味であっても、そしてストレスという意味であっても。
例え監視機械製造のためのデータが手に入った所で等価にはとてもならないような……。
そこまで考えた所で、エトランジュは首を左右に振り、不毛な考えを止める。
しかし、最後にまるで恨み言でも言うかのような声色で小さく呟いた。
「フィル……後で絶対請求してやるのです……」
「? 壊したのはマスターなのでは?」
「……」
「探求者の消耗品は基本的に各自が揃えるものでは……」
「……あああああああああああああ! もうっ! もうっ! もうっ!」
ドライの指摘に再び叫びを上げ、ドライが置いた瓶をやけくそ気味に取った。
強力な栄養剤であるそれの蓋を力任せに取ると、一気に煽る。
透き通るような青色の液体が唇の端から白い顎を流れ、ぽたりと床に垂れた。
味のない液体が喉を通り、胃の中に熱が生じる。
瓶をばんと力強く床に置くと、エトランジュは手で汚れた顎を拭って宣言した。
「全部……直すのです」
「マスター……無理をなされては……」
「できれば新しく何個か追加するのです」
「部品が足りないんじゃ……」
魔導機械とは基本的に安いものではなく、そして例え金があっても材料があっても、手作りしなければスキルで操れないという特性上、簡単にできるものではない。
探求を進めていく上で、実力を高めていく上で、徐々に魔導機械を増やしていくというのが機械魔術師の戦い方なのだ。
そんなスレイブの心配も他所に、エトランジュは覚悟を決める。
「追加しないと今度は……死んじゃうかもしれないのです……」
「それは……マスターが?」
「いや……私もですが……フィルが……」
会議室でのフィルの行動を見て、エトランジュは改めて確信していた。
彼の行動は苛烈に過ぎる。
自身より遥かに強力な力を持つ相手に対して脅す胆力に、過酷な探求に対して容易く命をベットできる精神力はエトランジュにとって理解しがたい。
「今年は厄年なのかもしれないのです……」
エトランジュにとって不運だったのは、フィル・ガーデンというその男と知り合ってしまったという事だろう。
知り合いが死んでいくのを見捨てる事は出来ない。それが弱者であるなら尚更のこと。少なくとも、ソロならば弱者の事を考える必要はない。それは、エトランジュが今現在も基本ソロで探求者をやっている大きな理由の一つだった。
幸いな事に、大規模討伐が終われば次にパーティを組む予定はない。ならば、最後に一度苦労する事くらい……一日や二日、徹夜する事くらい容易い事だ。
机に護衛機械製造のための各種構築ペンの類を並べると、作業用の手袋をして、凛とした声で指示を出す。
「製造・改修の準備を」
「はい、マスター。……監視機械の作成と、機神の祭壇で手に入れた記憶データや部品の解析は如何しましょうか?」
「後回しなのです。今は準備を優先するのです」
いくら強力な機械魔術師とは言え、エトランジュはたった一人。スレイブもいるが、機械魔術師のスキルが使えるのはエトランジュだけだ。手が足りない。
しかし、そこでふと思いつく。
「んー、記憶データと部品解析はギルド所属の機械魔術師に頼んだ方が……解析系はあっちが専門ですし……」
攻撃系のスキルは殆ど持っていないが、レイブンシティ近郊は機械種の街だ。
住民は勿論、交通や食料生産など、各分野で機械種が活躍しており、ギルドにはそれらのシステムを回すための戦えない機械魔術師がそれなりの人数在籍している。
エトランジュも誘われたことはあったが、攻撃系スキルを極めるために断った。だが、もし何かあったら頼るように言われている。
「依頼しておきますか?」
「んー……」
唇に人差し指を当て、少し迷う。
少なくともあの反射のスキルを有する機械種の情報は他の探求者の安全も考慮すれば即座にあげるべきだ。もう倒したとは言え、ああいう種もいるのだという心構えは探求者の死傷率に繋がる。隠しておく意味もない。
だが、記憶データの解析や謎部品の解析については、一緒に探求を行ったフィルに知らせずに依頼するのは義理にかけるし、エトランジュ自身その解析に興味がないわけでもない。
しばらく考えていたが、考えても仕方ないという事に気づき、取り敢えず今の段階では保留にする事にした。
「いや、今は取り敢えずやめておくのです。今の段階では、反射性能を持つ機械種のデータだけ、送っておいて欲しいのです」
「承知致しました」
相対して得たデータは既にまとめている。
新種の機械種発見時の報告に使う特殊なフォーマットのデータをドライに渡すと、エトランジュは自らの戦場に向き直った。
大規模討伐開始は既に迫っている。SS級探求者、エトランジュ・セントラルドールに休んでいる時間はない。
***
こいつら、慣れていないな。
そのカードを扱う手つきを見た瞬間に、僕は勝利を確信した。
「ふふん。じゃあ、勝負!」
「かかってきなよ」
トネールが自信満々の表情で手元のカードを表に返す。
セイルさんとスイとブリュムはもうフォールドしているので、僕とトネールの一騎打ちだ。
トネールの手元には貴族の衣装を着たカードが三枚並んでいた。
セイルさんが感心したように呟く。
「ジャックのスリーカード、か……これはとうとうツキが来たかな?」
「やるじゃん」
「へへ……」
どこか自慢気なトネールを眺め、僕は唇を舐めて自分のカードを表に返した。
ツキが来てるとか言っている時点でもう僕の勝ちは揺るがない。
トネールの天真爛漫な眼が僅かに曇る。
場に現れたのは三枚揃った女王様の札。
トドメの言葉を掛ける。
「まぁ、敢闘賞かな……」
「クイーンのスリーカード……」
「……またフィルさんの勝ち……強すぎない?」
ブリュムが呆然とした表情で僕を見る。自重していないのでそれはそうだ。
僕がトランプを持ってきたことで始まったクローズド・ポーカー。
これで二十三勝ゼロ敗。
先ほどまでの笑顔が嘘のように意気消沈する項垂れるトネールを他所に札を戻すと、カードを山に戻した。勿論、戻す際に何気ない動作でカードを数枚袖に隠したものと交換するのを忘れない。
そのままの流れでシャッフルを始める。
シャッフルも慣れたものだ。ギャンブル好きの探求者は少なくないし、ゲームもまた一通り嗜んでいた。ゲームは筋力も魔力も関係ないので得意なのだ。
「まだやるかい?」
「……くぅ、なんで……勝てないんだ……」
「年季の違いかな……」
本気で悔しそうなトネール。水霊の灯の中では一番運がいいらしく、僕と一騎打ちになる可能性は一番高い。
が、この四人は素直過ぎる。楽しむ事が目的なら問題ないが、僕とは覚悟が違うのだ。
「これでスイが三回、セイルさんが二回、ブリュムが二回、トネールが四回だからね」
「ああ……それは勿論問題ないが……この賭けの対象は……どうなんだ?」
セイルさんが呆れたようにため息を漏らした。
賭けの対象は頼みごとを一つ聞くこと。
ゲーム開始時に各々、名前の書かれたチップを持っており、一定枚数集める事で頼み事を一つ聞いてもらえるというルールだ。
とは言っても、何でも聞いてもらえるわけでは勿論ない。頼み事の重さの裁量は各自に任せられる。
嫌ならば断っていいというルールを付けており、お遊びみたいなものだ。だが、お遊びだからこそいい。真剣にやってもらっては困るのだ。
お遊びとは言え賭けは賭けであり、僕は彼等の誠実さを知っている。
ゲームとしての軽さと代償。これで賭けの対象が絶対の契約により厳守されるなどとなっていれば、悔しがっている余裕も呆れた表情も出ない。
これは悪魔のゲームと呼べるだろう。
実はむっつり負けず嫌いのスイが訝しげな表情で僕を見上げる。
「二十三ゲームやって無敗……絶対におかしい」
ポーカーというゲームは実力も絡むが運の要素もかなり大きい。
何回もやれば腕が強い者に勝率が傾くのは間違いないが、無敗など奇跡でも起こらない限り起こらないものだ。
「僕はこの手のゲームが強いんだ」
胸を張って宣言する僕に、しかしスイの怪しいものを見るかのようなジト目は変わらない。
「役が……毎回……一個だけ高いのは?」
相手がJのスリーカードならばこちらはQのスリーカード。ぎりぎりで勝つのが僕のジャスティスだ。
だが、山をもう一つ隠しているのに、だぶりを出さずに済んでいるのは僕自身の強運のなせる技だろう。相手が手札に保有しているカードを僕が使ってしまえば流石にバレるだろうし。
「もう一度言うけど、僕はこの手のゲームが強いんだ」
スイの視線を躱し時計を見ると既にお昼が近づいている。十二時になったら人が来る予定だった。そろそろ切り上げるべきだろう。
「むー、お兄さん……ポーカーで勝つコツとかあるの?」
何となく気づいているだろうスイと比較し、まだ全然わかっていないブリュム。純粋すぎて心が痛い。
潮時だな。どうしたものか……。
グラスに注がれた水を口の中で転がし分かりやすい時間稼ぎをしていると、エントランスの扉が開き、赤髪の小奇麗な格好をした少女が入ってきた。
リン・ヴァーレン。大事な大事なスレイブを預けている魔物使いの後輩だ。そして、僕の待ち人でもある。
珍しいことに、スレイブの広谷は連れていないようだ。
タイミングはばっちりだ。やはりツキは僕にある。
「おっと、時間が来たみたいだ。ちょっとこれから予定があってね……失礼するよ」
腰を上げかける僕に、トネールが不満気に頬を膨らませる。
「……えー、勝ち逃げ?」
「まーそう言わないで。ポーカーのコツを教えてあげるから」
「え!? 本当!?」
本気で嬉しそうにするトネールの表情が心に染みる。
一緒にいるとたまに覚える心が浄化されるような錯覚はもしかしたら錯覚じゃないのかもしれない。
僕は本来秘するべきポーカーのコツを、大切な友人たちに特別に教えて上げた。
「一つ目は……僕の持ってきたトランプを使ってポーカーをやらない事」
「え!?」
眼を大きく見開いてコチラを睨みつけるスイが怖い。
その怖い視線を他所に、僕は袖に隠していたカードの束をばらばらと机の上に落としてみせた。裏側の模様は勿論場に出ているものと同じ。
「え!? ええ!? あれ!? ……え?」
「ちょ……ええ!?」
まるで舞い散る花びらのように積み重なるカードに、全く同じ反応――眼を点にするトネールとブリュム。
全てを理解したのか頭を抱えるセイルさん。
それを他所に、身体のそこかしこに仕込んでいたカードを次から次へと場に出していく。
「全然……気付かなかった……」
「イ……カ……サマ…」
そして、歯を食いしばってこちらを射殺さんばかりに睨みつけるスイ。
僕はプロ……プロフェッショナルなのだ。如何なる状況においても勝利する努力を怠らない。
「二つ目は……僕にシャッフルさせない事」
僕にシャッフルをさせると手札がバレバレになる可能性もまぁ十分有り得るというわけである。
「イカサマしたくせに……偉そうに……」
本気で悔しそうなスイに偉そうにもう一度同じ台詞を言ってやる。
「僕はこの手のゲームに強いんだ」
「強いって……そういう意味の強いか……参ったな……」
ギャンブルに慣れていない純粋無垢なパーティを食い物にするなんて朝飯前だ。
そう。もし万が一絶対の契約で勝負をしていたら、種明かしの段階で僕は殺されていたかもしれない。
いい。遊びだからいいんだよ。
椅子の背にかけてあったコートを羽織り、
「じゃあ、失礼するよ。あ、そのカードは記念にあげるからとっといてよ」
「待った――」
「あははははは、じゃーまたね」
立ち上がりかけるスイの頭を撫でて抑え、一瞬出来たその隙にリンの方に小走りで向かう。
リンもこちらに気づいたのか、笑顔で手を振っている。
セイルさん達が怒れるスイを抑えている気配を背に感じながら、僕もまた手を振り返した。
カクヨムの方で別作の投稿を始めました。もしよろしければブログにURLがありますんでそちらの方も宜しくお願いします。




