第四十二話:証明しなくてはならない
物事には優先度というものが存在する。
大規模討伐に参加するにあたり、必要なのはコミュニケーションだ。まぁ、そこは大規模討伐によらず探求者にとってやって当然の事だが……。
例えばここがレイブンシティではなく、僕がホームタウンにしていたグラエル王国であったのならば、僕は少しばかり手を抜いても問題なかっただろう。
何故ならば、彼の地で僕の名は知れ渡っているからだ。高い知名度には権威が付随する。例え僕の姿形に多少、力量が見えなかった所で評判がそれをカバーしてくれる。
また、グラエル王国に僕の友は多い。特に高ランクの探求者に。
そして彼等は、時と共に功績を積み立てた僕に、何も言わずともそれなりの敬意を払ってくれる。僕が弱くても彼等は強い。強さとは最も単純な探求者の指標だ。彼等が信頼しているならば、と足並みを揃えてくれる者も多い。
僕がこの地に来てすぐにエティやランドさんといった上位の探求者と知り合えたのはこの上もない僥倖だった。一人でも知己がいれば交渉の難易度は大きく落ちる。
僕には圧倒的に足りていないものがある。
力だ。
獅子や竜に好んで喧嘩を吹っ掛ける者はいない。強者には外見ににじみ出る覇気とでも呼べるオーラがあり、そしてそれが僕にはない。
それは一流探求者の必須条件であり、それの有無は探求者人生を大きく揺るがす。
僕の『恐怖の唄』はまだまだ未熟だ。隣にアリスがいるのならばそれを活用できるが、いない状況では舐められる。
まぁ、油断を誘える外見は僕の武器の一つでもあるので一概にそれが悪いとは言えないが……。
閑話休題。
実質的な進行役であるマクネスさんとの会話が重要なのは当然の事として、半巨人のロドリスは僕がまず始めに攻略せねばならない者だった。
何故ならば彼は全員の目の前で僕に反抗して見せたからだ。言うなれば、彼は全員の不満の代弁者と言える。逆説的に言えば、彼を納得させる事ができれば――最低でも従うようにできれば、不満を抱く全ての者はそれに引きずられる。
B級やA級探求者の我はS級以上の探求者と比べて薄く、流されやすい事が多い。
何も、全員を絶対服従まで持っていく必要はない。最低でも反抗しない程度に躾けることができれば上出来だ。
だが、その程度の恭順では困る者もいる。
酒場を一通り見渡し確認すると、バーのカウンターで『勝利』の酒を瓶で貰う。
もはやすっかり顔なじみになった機械種のバーテンダーが感情豊かに目尻を下げた。
「抜けるんですか?」
「ああ。別件があってね。グラスも貰えるかい?」
グラスは二つと酒瓶を抱え、徐々に空気が融解してきた酒場を後にする。強い酒気と陽気な空気から、既に幾つかの照明が落とされ薄暗くなっている依頼用のカウンターへ。
ランドさんとエティがこちらに気づき立ち上がりかけるが、苦笑いで頭を下げ、こちらに来なくていい旨を伝える。
これは僕がやらねばならない事だ。
明るい所から薄暗い所に入ったせいか、酷く肌寒い。
既に夜の十時を回っているせいか、すれ違う者は一人もいない。幅の広い廊下に響き渡る足音は僕一人のものだけだ。
冷たく昏い夜の空気。頬を撫でる僅かな空気の流れを感じるまでに感覚が研ぎ澄まされていた。酒気は既に残っていない。
別に戦闘を行うわけではないが、常に全力を尽くすのが僕のモットーだった。
辿り着いたのはギルドの奥深くにある鍛錬場だ。
分厚い扉は既に閉まっているが、隔てた中から僅かな振動が聞こえる。業務は終了し受付は既にいないが、夜中でも探求者はその部屋を使用する事ができた。
扉も壁も防音だが振動までは抑えられない。僕は一度深呼吸をして扉を開けた。
四方数十メートルはある広い鍛錬場の中央。僕の眼に飛び込んできたのは光に似た槍閃だ。
武具は漆黒の槍。長さは二メートル程だろうか。槍士の扱う主武器としては一般的な長さといえる。
最低限の明かりの下、薄墨の闇の中でも不思議と黒の槍撃ははっきりと見えた。
ハイル・フェイラー。S級探求者の槍士。
紛れもないこの地の上位層でありそして――今回の探求に置いて決して捨て置く事のできない探求者。
元々、豹人は生来の気質としてパーティを組まず一匹で生きる者が多いとされている。その点が一般的に群を作る狼人であるガルドとの大きな違いだ。僕は彼と絆を結ぶ必要があった。
彼等は武人である。決して弱者に媚びない武人である。
それが長所だとか短所だとか、そういう話を今するつもりはない。
見せるためではない、靭やかな筋肉のついた腕。
ぶれない重心と嫋やかな足運び。速度を重視した一派のそれに間違いない。
一歩の踏み込みで数メートルの距離を零にする。豹人は高い敏捷性と瞬発力を発揮する筋肉を持った種でもある。
二メートル近い金属製の武具をまるで棒きれのように振り回す膂力。綺麗な楕円を描き旋回する槍撃は演舞のようにも見えた。
敵はいない。ハイルはたった一人だ。だが、彼の眼には仮想敵が見えているのだろう。
僕が入ってきたことには気づいているだろうに、動揺一つ見せないその姿は決して靡かないという意思表示にも見えた。
だが、問題ない。僕は決して彼に絶対服従を求めているわけではないのだから。
接地した足の裏を通して感じる振動。歩みを進めつつ、十数メートルの所まで近づいて、僕は酒瓶を大きく振りかぶった。
同時に呟く。
「割るなよ。高い酒なんだ」
酒瓶が手から離れる。アムならば数百メートル先からぶつけられるだろうが、僕の膂力ではこれが精一杯。
今まで舞うように槍を回転させていたハイルの動きが止まる。
いきなりの投擲にも動揺した様子もなく、鋭く細められた眼は見えづらい黒の酒瓶を確かに捕捉していた。
槍を床に突き立て、回転しながら飛来する瓶の首を掴みとった。腕を大きく振り、衝撃をいなすのも忘れない。
金灰色の眼はその間、ずっとコチラを睨んでいる。
「どういうつもりだ?」
「割るなよ。弁償するのは僕なんだ」
続いて、グラスを二つ、大きく上方に投げた。
但し、一つはハイルの近くへ、もう一つは十メートル程、左へ。
「チッ」
大きく膝を曲げ屈伸し、ハイルが跳躍した。
まずは自分の方に投げられたグラスから。数メートルも跳躍し、グラスを容易くつかみとる。しかし、左に投げられた方のグラスは既にハイルよりも下にあった。
「絶対に割るなよ」
「ッ!!」
ハイルの眼が大きく見開かれ爛々と輝き、その発達した脚が大きく『空中』を蹴る。
まるでそこに見えない壁があったかのように、ハイルの身体が左下に加速した。
それは高い機動力を有する豹人の特性でもある『空蹴』のスキル。
落下速度よりも遥かに速く、二つ目のグラスに追いついたハイルがそれを掠め取るように掴みとった。
衝撃を膝を落として殺し、数メートルばかり滑って停止する。
グラスも瓶も割れていない。罅一つ入っていない。
「お見事」
高い機動とキャッチする事のみに気を取られない精緻な動きと判断。アムに同じ事をやらせたらきっと、キャッチのみに気を取られて思い切り掴んでグラスを割っていただろう。
拍手しながら近づく僕を、ハイルは立ち上がって迎えた。
引き絞られた弓のように鋭い視線が僕を見下ろしている。
「いきなり……どういうつもりだ?」
「その酒は『勝利』という名前なんだ。僕は君に……勝利を届けに来たんだよ」
「……何故ここにいるとわかった?」
「戦士は鍛錬を忘れない」
ラベル分けだ。
僕はハイルを観察してきたし、似た気質の者もまた知っている。自ずと次の行動も読める。もし読み違えていたらその時は、グラスと酒瓶を持ったまま悠々と戻ってくる間抜けが一人出来上がるだけだ。
ハイルは舌打ちし、グラスと酒瓶を床に置くと、槍に近づいてそれを引き抜いた。
全体を黒い金属で作られた槍だ。素材は機械種のものだろう。
無数に存在する奇妙なつなぎ目に鋭くとがれた刃。艶消された黒の槍身のそこかしこに何らかのギミックが仕込まれている。
どうやら乾杯する気はないらしい。
僕を完全に無視してハイルは構えを取った。
前に一歩出された右足と片手のみ使い前方に向けられた槍。先端に取り付けられた刃は突きに特化しているが場合によっては切断も可能とする。槍士のクラススキルは突破力が高く、高練度の槍士が単身で砦を突き破ったという逸話はあらゆる地方の神話に登場する。
その佇まいを眺めながら、酒の側に腰を下ろす。
ボトルを開けてグラスに波波と酒を注ぎながら口を挟んだ。
「その構え、我流じゃないね」
「……」
一口にクラスと言っても物によっては流派が別れる。
槍と剣は戦闘職の基本だ。剣士や槍士は一口に語れない。僕の通った学院でも、流派によって講義が分かれていた。
有する肉体の性質によって、どの流派を学ぶべきかは変わる。種族によってできることが変わるからだ。巨体と高い膂力を持つ反面、敏捷性に秀でていない巨人族が選ぶべき流派と高い瞬発力を誇る反面、膂力はそれほど高くない豹人が選ぶべき流派は異なる。
一通り学んだからわかる。力も瞬発力も低い者に適した流派は残念ながら存在しなかったが。
槍の有名な流派は三通り、速度重視か威力重視か持久力重視かの三つに分かれており、傍流は数えきれない程存在するがベースは大体その三つに収束する。
一流の槍士ならば避けて通れない道だ。豹人ならば何を選ぶのか、検めて問うまでもない。身のこなしがそれを語っている。
我流のS級槍士なんているわけがない。我流で槍士をやれる才能を持つ者がS級などという低位にとどまるわけがない。
「風閃光身流槍術だ。光の如く身を運び風の如く穿つ。その動き、何者も捉えること適わず。無為のままただ滅び行くのみ。五千三百年程前に覇閃と呼ばれた槍士、閃光のガーランドが起こした流派でガーランド流とも呼ばれ、かの武人は一瞬で百の光の線を刻んだとされている」
「……は?」
ハイルの視線がこっちに移る。それに構わず、僕は続けた。
「僕も学校に通って槍術は一通り学んだけど、結局適性がなかった。瞬発力も膂力も敏捷性も全て手に入らなかった。残ったのは知識だけだけど、それでもこうした機会に披露できるならば決して悪くない。ハイル、君はある意味、僕の先達だよ」
知は力なり。まだ学生だった頃――あの頃の日々を後悔した事はない。
槍は刀や剣と比較し重量がある事が多い。侍や剣士にすら適性が足りなかった僕に振るえるわけがなかったのだ。
だが、後悔した事はない。ああ、後悔した事はない。こうして『注意を引ける』のだから。
僕と彼は接点がなかった。だが、これで接点ができた。僕とハイルは同輩だ。
「さぁ、ハイル。座るといい。この酒は……悪くないよ? この僕がわざわざオーダーしたんだ」
「……チッ」
槍を床に突き立てると、舌打ちしつつもハイルが腰を下ろした。
鍛錬場の擦り切れた床の上で腰を下ろす男二人。華がないがたまにはこういうのも悪くない。
「この酒は勝利の酒だ。古来のある地方の探求者達は大仕事の前に好んでこの酒を酌み交わした。それに則り、僕も大仕事の前にはこれを飲む事にしている」
「……そうかよ」
言葉少なに答えるハイル。だが、グラスを掲げるとハイルも合わせるように掲げてくれた。
取り敢えずの結果としては悪くない。
舌に触れた勝利の味はグラエル王国で馬鹿みたいに煽った物と変わりなかった。
唇を湿らせ、憮然としているハイルにはっきりと宣言する。
「ハイル、僕の事を話そう」
「は?」
「相互理解は大切だ。互いの事を理解しあう事で勝率が確かに上がる。僕とハイルはまだ知り合って間もないから尚更の話だ。これは探求者としての……基本だよ。酒の肴だと思って聞いて欲しい」
「……チッ。いいだろう、言ってみろよ」
ロドリスはB級探求者だった。相互理解するに越した事はないが、それは必須ではない。
だが、ハイルはS級探求者だ。彼との関係性は直に探求の結果に響く。恐らく、結ばなくてもそれなりには働いて貰えるだろう。だが僕は彼に……死ぬ気で働いてもらう必要がある。
接する時間は長ければ長い程いい。僕は僅かでも多く、人心を掴まねばならなかった。どんな方法を使ってでも。
「ハイル、君は探求者になって初めての探求を覚えているか?」
「……ああ」
「僕も覚えている。何十何百何千回の勝利を重ねても決して忘れないだろう」
忘れられるわけがない。
僕の初めての探求の記憶。事前調査なし、依頼を額面の通りに受け止め、鍛錬をすることもなく剣一本を片手にたった一人で挑みそして――当たり前に敗北した記憶を。
敗北して生き延びたのはただの偶然だ。周囲に僕と同じ初心者のパーティが居て、偶然に助けられた。僕が一番死に近かったのは、長い探求者生活を省みてもその時で間違いない。
「ゴブリンという種族を知っているかい? この辺りには居ないみたいだけど、僕が探求者を始めたグラエル王国では初心者御用達の相手として有名だった」
「……ああ。害獣だろ?」
害獣。種族ランクG級にして、最弱の魔物とも呼ばれる有機生命種。
探求者になったばかりの初心者がまず最初に狩る事を推奨される魔物であり、同時に特に戦闘訓練など行っていなくても――そう、それこそ農民や街人にだって狩れる、害獣と呼ばれる魔物だ。身体能力も魔力も知能も低く、十数匹で群れる事もあるが、例え群れていたって大した敵ではない。
まさしく害獣。倒せても何ら誇る事のできない本来、魔物とも呼べぬ魔物。
「僕は……それに負けた」
「……は?」
「負けて気絶した所を幸運にも他の探求者に助けられた。僕が自分の弱さを実感したのは、その時だよ」
まさかギルドの職員もゴブリンに敗北する探求者がいるとは思わなかっただろう。
成人でも胸の辺りまでしかない矮小な子鬼。
棒を武器にする程度の知能はあり、棍棒を振るえる程度の腕力はあるがそれだけの存在だった。如何なプライマリーヒューマンといえど、一撃で死ぬような事はない相手。そんな相手に――僕は負けた。
探求者という職の持つ意味に一戦目で気づいたのはしかし、僥倖と呼べたかもしれない。
全身に感じる痛みと刻まれた青痣。醜悪な笑い声と殺意を僕は絶対に忘れない。
グラエル王国は探求者の国であり、初心者の数も多く、それらのメンバーは皆第一にゴブリンを狩って手応えを得る。
側でゴブリンを狩っているパーティもそれなりに居て、その中のグループの一つに助けられなかったら僕はゴブリンに殺されるという屈辱を味わっていた事だろう。敗北した時点で屈辱だったが。
「腕力も知力も覚悟も戦意も、何よりも必死さが足りなかった。ゴブリンはプライマリーヒューマンと比べても弱い種族だったけど、それでも負けた。まぁ、今思い返せば自業自得だったけど、その時に感じた死の感覚が僕の原風景だ」
探求者に課せられる自己責任の意味。
ギルドの情報を鵜呑みにしてはいけない。あらゆる予想外に対応できる準備を行わなくてはいけない。
逃走の選択肢を嫌ってはいけない。自身の弱さを甘く見てはいけない。
あらゆる対価は命と天秤に掛けられない。
そして、常に死なない覚悟と死ぬ覚悟をしておく事。
グラスを傾ける。例えどんなに酩酊していても重要な事は忘れない。
それは、それらの経験は、僕そのものだ。それらの経験が血肉となって今の僕を作っている。
「ハイル、君は敗北した事はあるか?」
「……ああ」
「そうか。なら、ハイルもなかなかの運を持ってるね。それでも生き延びることができるなんて」
ソロの探求者にとって敗北と死はほぼ同義だ。
無理をしないのは探求者の基本とされているが、それを実行できるものは多くなくそして、格上と相対して逃げきれる可能性も高くない。
「敗北をきっかけに勉強して、立ち回りを学んで、鍛錬して、ゴブリンくらいなら容易く倒せるようになった。そして知ったんだ」
――ゴブリンが最弱の魔物のうちの一種だという事を。
「ゴブリンは倒せた。ならばそれ以上は? ホブゴブリンは? オークは? オーガは? 僕はそれらを倒せる様になるのか? そのままでは無理だ。パーティに入ろうにも誰も僕の力を必要としない。僕の肉体は脆弱で、魔力も薄い。ならばクラスを得ればどうだ? 剣士を、槍士を、魔術師職の何れかのクラスを得れば、何とか戦線に立てるのか? 結論から言えば――無理だった。僕には直接戦闘を行うのに役立つクラスの適性がまるでない」
プライマリーヒューマンという種が弱小なのは仕方ないとして、個としての才覚も僕にはなかった。同じプライマリーヒューマンでもリンは僕よりも遥かに高いポテンシャルを持っている。リン程のポテンシャルが在れば僕も他の道を選べただろう。
学院に入学したのは、そのままでは戦っていけなかったから――未来を模索するためだ。
探求者として得た報酬は雀の涙程だったが、学費はギルドに出してもらえるよう交渉した。結局、奨学生として入学出来たので学費は免除され、補助金で生活していけたが。
「魔術にも物理にも適性のなかった僕に残されたのは――知識と意志だけだった。過敏なまでの臆病さに、学院で詰め込んだ知識、僕の持つ適性はそれだけだ。そして、そんな僕の代わりに戦ってくれると言ってくれた者がいた。僕がSSS級探求者になれたのは――それが理由だよ」
例え如何なる苦難が立ちふさがっても挫けず突き進む。
アリスは敗北を酷く嫌っているが、そんな彼女が敗北を機に僕のスレイブとなったのは僕が交渉したのもあるが恐らく――根っ子の部分が同じだからだろう。
ハイルは黙ったまま僕の話を聞いていた。時たま酒を舐めるように口に含んでいる。
金灰色の眼に侮りの色はない。
彼は、いや、恐らく他のメンバーの中にも……僕が本当にSSS級なのか疑っている者がいるはずだ。少なくとも、実感のあるものは少ないだろう。
なればこそ僕は、SSS級は決して力を意味しないという事を、SSS級の全てが人外の戦闘力を持っているという一般的な認識が誤りである事を、証明しなくてはならない。
僕が唯一持つ知識と経験、言葉をもって。
そこで話を転回させる。
側には僕達の他に誰もいなかったが、僕は声を僅かに潜めた。
「ハイル、ここだけの話だが、僕は今回の敵は……アルデバランじゃないと睨んでいるんだ」
「……は?」
ハイルが突然切り替わった話に眉目を顰める。
決して、『機蟲の陣容』にクイーン以上の存在がいると言っているわけではない。いないとも言っていないが、存在するのならば極めて優秀な状況把握の手段を持つザブラクに見えないわけがないので可能性は低いだろう。
だが、何もない所に機械種は発生しない。そこには確実に何者かの意志が介在しているはずだった。機神の祭壇も、黒鉄の墓標もそれは同じ。
ならば僕は、それを引きずり降ろさねばならない。如何なる意図があっての事かは知らないが、あらゆる手段を使って。
「ハイル。アルデバランよりも恐ろしい存在と戦ってみる気はないか?」
信頼を得たいと思うのならば、腹の中を打ち明けねばならない。
わかりやすいというのは短所でもあり、長所でもある。
僕は探求者として、ハイルを殺す覚悟で問いかけた。




