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Tamer's Mythology  作者: 槻影
第二部:栄光の積み方

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第四十話:一番命が重いのは

「何が『僕に策がある』だってぇ? フィル・ガーデン」


 入り口に全員の視線が集中する。

 壁に掛けられた時計を確認した。成る程――


 視線を戻す。苛立ちか他の感情か、扉を派手にぶち破った影がゆっくりと入ってくる。衣擦れのような微かな足音。

 何かを引きずるかのような独特の足音だ。


 いきなりのそれに誰しもが無言になる中、僕は遅れてきた切り札に穏やかに見える笑みを向けた。


「三十分遅刻だよ」


「かっかっか、つまんねえ冗談だなぁ? SSS級だろぉ? もうちっと面白い冗談を言うんだな」


「高クラスの条件はギルドポイントだけでジョークセンスは求められないんだよ」


 身の丈、一メートルと半。


 茶褐色の枯木のような肢体に頭に生えた無数の枝葉。全体的にひょろ長いそれを痩身と呼ぶものは、だがしかし存在しないだろう。

 元素精霊種の一画。あまりに人とは似ないその御姿。

 竜種にも匹敵する非常に長い寿命と、その存在する長さに比例して成長する強力な魔力、そして他の植生との交信力を持つ樹木の精。

 彼こそがランドさんやエティを超えるレイブンシティ最強の探求者であり、白夜からSSS級の依頼を三つ達成して欲しいと言われた際に気が進まなかった理由の一つでもある。


 SSS級がいないのならばともかく、彼がいるのならば街が滅ぶなんて事ありえない。


 完全に想定外の人物だったのか、マクネスさんがため息にも似た声を出す。


「ザブラク……何故君がここに……」


 A級元素精霊種木精霊(エント)

 ザブラク・セントル。古より生き続ける樹木の精がうろにも似た双眸をこちらに向けた。

 三日月のように裂けた口元は人や亜人ばかり見ているものに一種の恐怖を感じさせる。人に似て非なる者。


 根っ子にも似た脚をひょろりひょろりと動かし、こちらに歩みを進めた。


 その名を知る者も、知らぬ者もまるで避けるように道を開ける。魔術師にははっきりわかるだろう、その枯れた樹木に酷似した痩身から溢れ出る大自然の力、深い森林の奥底にも似た閑静な魔力が。


「君を待っていた」


「待っていた? よく言うねぇ、つまんねえ冗談だぜ、本当になぁ?」


 すれ違い様にザブラクがエティの髪から薔薇の花を取る。思わず跳ね上がるようにして振り返るエティを無視し、その花をくるくる五股に別れた指先で回した。


「ちゃんと見えたかい?」


「ああ、ちゃんと見えたよ! おかげさまでなぁ?」


 エントの種族スキルは強力だ。特に、そのスキルがある故にエントの種族は高確率で情報屋となる。

 絶対に見ていると思っていた。それは情報屋の性であり、そして種族スキルとは本能だ。彼らは情報を集めずにいられない。


 種族スキル『植生交感』

 植物限定の精神感応(テレパス)

 遠距離から植物と交信するスキルである。それは数ある探査系スキルの中でも最上級の性能を誇る。

 ありとあらゆる所に生える草木や花は全て彼にとって監視カメラのようなものだ。そして、それに僕達は気づくことが出来ない。


 情報屋は基本的に殆ど依頼を受ける事がない。


「それは良かった。ザブラク、僕には君の力が必要だ」


「いや……よくねえなぁ」


 薔薇を弄んでいたザブラクの指先が僅かにぶれた。飛来してきたそれを微かに首を動かして躱す。予想していた、だから避けられた。薔薇はそもそも余り投擲武器として適していない。

 硬い音を立てて薔薇の茎が壁に突き刺さる。狙われたのは額。正面から受ければ僕の柔らかい皮や骨は容易く貫かれていただろう。


 椅子を蹴って立ち上がりかけたエティを止める。腰を上げかけたランドさんを制止する。


「え? ちょ……い、いきなり何を――」


「いい、エティ。良いんだ、座れ」


 ひたひたと近づいてくるザブラクに視線を合わせた。

 微かに漂う枯木の芳香。僕は……嫌いじゃない。


 訝しげな眼でそちらを向いたまま固まるマクネスさんを無視し、そのまま僕の目の前まで来る。

 今にも崩れそうなやせ細った身体は僕のプライマリーヒューマン由来の脆弱な肉体とは違う。容易く折れてしまいそうな枯れ枝の指先は、僕の頭を軽々と貫く事ができる事を僕は知っていた。


 例えザブラクが……後衛職だったとしても、それは変わらない。


「ザブラク・セントル、直接会うのは初めまして。こうして会うことが出来て光栄だよ」


「ああ、フィル・ガーデン。俺はぁ、会うことがないと思っていたがなぁ? だが、こうして呼びだされちまっては仕方ねえ……かっかっか」


 乾いた笑い声が誰一人言葉を出さない中響き渡る。しかし、その笑い声とは裏腹に眼には信じられないくらいに感情が篭っていない。

 きっとそれが見えないのは、彼と僕の間で大きな種族の差異があるせいではないだろう。高ランクの探求者にはエントが度々存在するし、高名な情報屋の中にも何人か存在するのだ。僕はその種と既に面識があるのだ。

 だから僕は謝罪する。


 手を差し出す。差し伸べる。

 あらゆる手段を使って最善の結果を目指す。そこから全ては始まるのだ。


「突然呼び出してすまなかった。本当は直接向かえればよかったんだけど、時間がなくてね……」


「心にもねえ事を言うねぇ、フィル・ガーデン。L級の座に手がかかった天下のSSS級探求者様がこのしがない情報屋に何か用かぁ?」


「僕と共に戦って欲しい」


 最低でも、クイーンアントに至るまでの道筋が必要だった。

 地図なくして突入するとなると、消耗が激しすぎる。地の利は敵方にある。幻想精霊種の張る一種の結界――閉鎖世界(フィールド)に踏み入るよりは、物理法則が支配している分だけマシだが、どちらにせよこちらは十全にその力を発揮できない。

 いくら下級の蟻とは言え、濁流のように襲ってこられたら事故の起こる可能性が高くなる。


 ザブラクは胡散臭そうに僕の手を眺め、その眼窩を歪めた。


「迷宮の地図(マップ)を提供しろって事かい?」


「違う。僕は一緒に『戦って欲しい』と言ってるんだ」


 最悪、どうしても嫌だというのならば、地図の提供だけでもいい。我慢する。

 だが、僕には彼が僕に手を貸すという確信があった。エントにはエントの判断基準があるのだ。


 ザブラクが硬い口調で僕に宣言する。


「俺は情報屋だ。戦闘に手は出さねえ」


「戦えないなんて戯れ言を抜かすわけじゃないだろう? SSS級」


 戦闘技能なくしてランクを上げるのはとてつもなく困難だ。例え情報屋だったとしても、そのランクに至るまでの足跡には死と戦場がある。

 その力が欲しい。強力な探求者が一人でも欲しい。それだけ、弱い探求者達の生存率を上げる事ができる。


 僕の台詞にザブラクは身体の前で腕を組む。


「この俺に……戦え、だって? かっかっか、つまらねえ冗談だなあ。情報の提供程度なら金額次第では請け負おう、それが情報屋の仕事だ。だが、それ以上手を出す気はねえ」


「僕が受け取るはずの報酬を全てやろう」


「百億積まれても無理だねえ。例えお前が、法を犯す事も辞さずあらゆる手段を使って依頼を虐殺する探求者だったとしても、それは変わらねえ」


 その言葉に僅かに室内がざわめいた。態と言ったな。これだからプライドのあるSSS級探求者は面倒くさい。そして面白い。

 肩をすくめ、その答えに返答する。


「ただ、ベストを尽くしただけだ。過去の功績について、僕は一切、恥じるような行いは成していない。僕は殺した以上の数を救っている」


 但し、殺した数に悪党は含めていない。

 自身に向けられる視線を、疑惑の、畏敬の、侮蔑の視線を鼻で笑い飛ばした。

 別に他者の意見をないがしろにするつもりではないが、僕を止めたければ僕よりも偉くなるといい。


「噂通り、か……」


 呟くザブラクに対して、僕はもう一度、ゆっくりと、よく理解できるように恫喝した。


「この街のために、手を貸してくれ」


「断るってんだろ」


 探求者は基本的に自己責任だ。それはつまり、依頼の受領の有無は本人にある。

 余程の事がなければギルドは探求者に対して強制的に依頼を受けさせる事はできない。規約上は、だ。


 街の危機に手を貸さないなんて酷い男だ。意気消沈せざるを得ない。

 君がポリシーで僕の頼みを断るのならば、僕はその義につけ込み依頼しよう。


 本当ならば自らの意志で協力してくれる方がいいのだが。


 仕方なくため息混じりで僕はその言葉をザブラクに掛けた。


「僕は君たちに貸しがある」


 ザブラクの頭から生えた枝葉がピクリと僅かに動く。ともすれば空調のせいで動いたようにも見えるその極僅かな動きは、見る人が見ればはっきりわかる反応でもあった。

 裂けた口蓋が更に僅かに持ち上がる。びりびりと感じられる震えるような威圧。今までやり取りを黙って見守っていた探求者達の何人かが意識を切り替える。

 そこに込められていたのは、殺意とは呼べないまでも、明らかに害意に類する感情だった。


 ザブラクが嘲るように笑う。


「俺を脅すつもりか?」


「まさか。これは正当な『お願い』だよ」


「借りたのは俺じゃねえ」


 ちょっとザブラクの言葉を脳内で反芻し考えた。

 僕は人の好意により今まで生かされてきた。だから、その分だけ貸しも積み上げてきたつもりだ。


 ザブラクと初対面である事は間違いなく、僕が貸しを作ったのはザブラクではなく王国で活動していた別のエントだ。それは間違いない。


 経験こそが僕の武器。当然、こういう事態に陥った際に向ける言葉も知っている。

 そのポリシーを前提にザブラクの言葉を考慮に入れ、目の前のなかなか頑固なエントの方に微笑みかけた。


「だから?」


 エントは同族意識が頗る強い。それは、彼らの種族スキルの『植生交感』が同族相手にも作用されるためだ。

 それは、個々で生きるプライマリーヒューマンを始めとする多種族には理解できない彼らの精神文化だ。彼等は個にして群である。


 案の定、ザブラクの視線が僕の視線と交わったのはほんの一瞬だった。


「……チッ。良いだろう。同族の受けた恩の分は――返す。それで終いだ」


 僕の後ろを通り過ぎ、壁に刺さった薔薇を抜く。

 それを口腔に放り込むと、さも心外そうにもしゃもしゃと咀嚼してみせた。


「ああ、そう言ってくれると思っていた。ありがとう。何かあったら次は僕が貸すよ」


「かっかっか! ……これが終いだと言っているだろう? フィル・ガーデン。お前さんに借りを作ると高くつきそうだからなあ!」


「借りを作らねばならない事態に陥ったらそんな事言ってられないよ。僕だってこんな事で君の力を借りるのは本意ではないんだ」


 もったいない。が、仕方ない。損得は考えないと決めた。

 この地での探求は僕にとってアリスの尻拭いだ。勿論、楽しんでいないとは言わないけど……。

 

 ランドさんに席をずれてもらい、ザブラクには隣に座ってもらう。

 これで役者は揃った。SSS級探求者が二人も揃って敗北したらそれは、上位探求者として恥としか言いようが無い。


 心中、褌を締め直し視線を散らす。

 ザブラクはこの街の情報屋だ。随一の腕らしいし、ここにいる探求者達ならば改めて紹介する必要もあるまい。SSS級探求者だとは知られていなかったのか、呆気にとられた表情をしている者は多々いるが……。


「メンバーが揃った所で、続けさせてもらうよ」


 唐突に変わった空気を振り払うべく、僕は手を大きく叩いた。




*****




 数十分にも渡る説明を終え、僕は言葉を止めた。


 静まり返る場。

 マクネスさんがまず第一に頭を抑えた。


「馬鹿な……正気か?」


 エティがげんなりと表情を落とし、ランドさんが何も言わずに大きなため息をついた。


「む、無茶苦茶なのです……」


「……はぁ」


 その様子を満足して見渡す。


 どうやら、考えもしない策だったらしい。いい傾向だ。

 ここのメンバーが想定していなかったという事は、敵側も想定していないだろう。

 尤も、既に作戦は説明してしまった。

 僕の頭の中からここにいるメンバー全員に広がってしまっている。もしかしたら、突入前に向こうに漏れる可能性もある。


 覆水盆に返らず。


 だが、隠すことはできなかった。

 この作戦に必要なのは覚悟だ。突入直前に教えられて果たしてその覚悟を即座に決める事ができるのか。リスクとリターンを天秤に掛け、そこに誠意のスパイスを施した結果、盛大にバラすことにしたのだ。もとより、知られたら知られたで、知られたという情報が手に入る。

 唇を舐めて濡らし、続きの言葉を述べる。


「恐らく、この手法は敵方の想定外だ。だからこそ、成功率が高い」


「そりゃそうだろうがよぉ、うまくいくのか?」


 ガルドの疑問も尤もだ。奇抜な策である事も百も承知。


「死者を一番減らす策を考えたつもりだ。何体いるかもわからない蟻を相手にしながら潜入するよりも余程犠牲が少なくて済む。問題は……ランドさん達、上位のメンバーにアルデバランを倒せるだけの戦力が、力があるかどうか、だ」


 万が一アルデバランがランドさんやエティ達で倒せない程に強力だったら面倒な事になる。

 尤も、アルデバランが昔ランドさんが倒したというセイリオスよりも強いという事はないだろう。その使用用途から考えてもまずアルデバランが高い戦闘能力を保持している可能性は低い。


「……この策でいくとなると、部隊を分ける必要はないな」


 そうだ。これは強襲だ。叩いて逃げる。囮は必要ない。

 だが、マクネスさんの問いに首を横に振る。


「いや、部隊は大きく二つに分けます」


「……戦力を分散しない事がこの策の利点では?」


「はい。ですが、最悪のパターンは考慮する必要はあります。だから、分けざるを得ない……」


「最悪のパターン?」


 そう、最悪のパターンだ。


 勝利がアルデバランの討伐であるのならば敗北が何になるのか。

 案外探求では敗北の条件というものが重要になってくる。個人の視点で述べるのならば自身の死が敗北で間違いないが、大局的に見れば自身の死は数字上での被害でしかない。


「この戦いでは絶対に全滅は避けなくてはいけません。近辺の探求者の上位層が根こそぎ死んだらそれは街の死に繋がる」


「そのために策を練るんだろう?」


「勿論敗北するつもりは毛頭ないが、万が一の事を考える必要がある。この街に取って探求者達の命は等価ではないのです。命には救うべき優先順位がある」


 厳しい事を言うかもしれないが、人生なんてそんなものだ。

 貴重な技術、経験を持っている者、街の運営に欠かせない者。


「この中で最も命の価値が重い者が誰だかわかるかい?」


「……」


 室内に沈黙が広がる。鎮痛とも言える重い空気。

 誰も答える者はいない。躊躇っているのではない。きっと、考えたことがないのだ。探求者はただでさえ個人主義の者が多いものだから。


 僕はため息をつき、ランドさんでもエティでもマクネスさんでもなくハイルの方に視線を向けた。


「ハイル、誰だかわかるか?」


「……てめえとでも言いてえのか?」


 睨みつけるように向けられる金色の虹彩。


 わかっていない。わかっていないが、その回答は予測できた。

 彼は実直でとても読みやすく、だからこそ僕ととても相性がいい。すれていない所も素晴らしい。彼と僕を組み合わせれば通常以上の速度で団体をまとめる事ができる。


「その根拠は?」


「……探求者としてのランクだ。ランクが高ければ高い程強く、貴重な人材だろーが」


「一理あるね。まぁ、僕の命の価値が重い、というのは間違いだけど」


 ざわめく会議室内に視線を均等に振り撒く。

 僕はあらゆる探求において、自身が死なないように全力を尽くしてきた。だが、それは決して命の価値が重いという事ではない。特に今回の場合は、僕は公共の利益にこの身を殉じよう。


 最後にマクネスさんの方を見下ろす。


「この中で一番命が重いのは……マクネスさんだよ」


 冒険者ギルドレイブンシティ支部の副ギルドマスター。荒くれ者達を統率すると同時に、彼は機械種のエキスパートである機械魔術師でもある。

 彼が死んだらこの地の冒険者ギルドは機能を失う。高位探求者が残っていればまだなんとでもなるが、ここにいる高位探求者が全滅し、彼が死んだらこの街の防衛力は無きに等しくなる。その隙に街を攻められればこの街は攻め滅ぼされる事になるだろう。

 相好を崩す。穏やかな笑みを浮かべる。まるで日常会話でもするかのように余裕を演出する。それは僕の義務だ。


「マクネスさんの命は、ここにいる全員の命と等価だ。彼と僕達全員が死ぬ。それが僕達の――敗北条件だよ」


 僕達が全滅してもマクネスさんが生きていれば立て直せる。彼は機械魔術師の中でもスレイブの生成に秀でているらしいし、ある程度ならばスレイブを量産する事で時間稼ぎくらいはできるだろう。少なくとも、機械種の支配領外の街から支援を受ける、その時間くらいは稼げるはずだ。

 そして、逆もまた真なり。国とは民である。それと同様に、ギルドを形作るのはそこに所属する探求者だ。だから、マクネスさんが戦死し、探求者が生き残ってもまだ何とかなるだろう。その探求者が、劣勢に立たされた事に街を捨てて逃げ出すような臆病者じゃなかったら、だが。


 そして、僕はエティやランドさんがそういう人間じゃない事を知っている。彼等は僅か数日しか付き合いのない僕の事を想ってアムからの招集に集った程の善人なのだから。


「つまり……フィル、君は……」


「ええ、マクネスさん」


 ビジョンは随分前にできていた。

 探求者でも何でもないマクネスさんがこの計画に探求者として参加する事になっていると知ったその瞬間から。

 確かにマクネスさんは強い。その戦いを見なくても予想できる。

 未知の機械種と戦う以上、機械魔術師は一人でも欲しい。その戦力は喉から手が出る程欲しい。それは常識だ。


 だが、それは――良くない。


 マクネスさんを見下ろす。

 右目につけられた片眼鏡(モノクル)が天井からの明かりを反射してきらりと光っている。


「貴方には今回――街の防衛に回ってもらいます」


「……機械魔術師(メカニック)の数が足りないと言っていなかったかい?」


「足りない。喉から手が出る程欲しい。ですが、その選択に潜在するリスクを放置できる程僕は豪胆ではないのです」


 滅んだ街のど真ん中でもきっと僕は笑える。そこで死に絶えた者達の苦痛、悲しみ、怨嗟を思い返して笑える。だが、それはベストを尽くさなくて良いという事ではない。


「私が参加しない事によって勝率は下がるのでは?」


「勿論下がります。が、そもそもマクネスさんが参加しなかった事により失敗するような作戦ならば決行するべきではない。まず街の安全を真っ先に考えるべきです。大丈夫、僕達は勝ちますよ」


 マクネスさんが開きかける口に手の平を向けて制止し、その場にいる全員の意志を確認する。

 立ち上がって席の外周を歩きまわりながら、エティ達を説得する。


「大体、マクネスさんは探求者ではなく副ギルドマスターだ。僕達の事を、この街の、そしてこの付近の街からわざわざ勝つためにやってきてくれた僕達の事を信頼すべきです。機械魔術師ならばエティもいる」


「……当然……なのです」


「今回はザブラクも協力してくれるしね」


「きっきっき、面白えじゃねえか」


 ザブラクが忙しなく指先を動かし、テーブルをとんとんと叩いた。

 SSS級の彼を引っ張ってこれるかどうかだけが策の成否に大きく影響していたのだ。それを達成出来た以上、イレギュラーが発生しない限り何とかなる。


 畳み掛けるように続ける。一人の優秀な魔術師がいなくなることに納得いっていないかもしれないメンバーへのフォローも兼ねて。

 腕っ節で敵を殺せない僕は弁舌で味方を納得させねば、不安を殺さねばならない。


「そうは言っても、別にマクネスさんに遊んでいて欲しいわけじゃない。マクネスさんには街の防衛を頼みたいんですよ。アルデバランがこの街の方向に巣を拡充していると言うのならば、この街を滅ぼす事が目的である可能性もある。まだ距離があるとはいえ、何が起こるかわからない。僕達が打って出るその日、この街の防衛力は著しく低下します。それをカバーする人員はどの道必要です」


 アルデバランを倒せても街が滅べば僕達の負けだ。そして、高い知能を持つであろうアルデバランがそれを思いつかないとも限らない。

 僕は屍の山の頂上で笑えるが、多分僕の他にそれをできるのはザブラクくらいだろう。


「他に人員を割くつもりはない。マクネスさん一人で街を守れますか?」


「……難しい事を言うな」


 難しい事を言っている事はわかっている。だから、割く『つもり』はないが、もし、どうしてももう少し要員が必要だというのならば考慮に入れねばならないだろう。

 だが、マクネスさんは一瞬だけ鋭い目つきになると、首を縦に振った。強い意志の篭った声。


「この街にも攻め入られた時のために防衛装置がある。ギルドの職員の中にも戦闘技能を持つものはいる。増援を求める時間稼ぎくらいはできるだろう」


「なら決まりです。貴方は街を守る、僕達はアルデバランを倒す。それでこの街は……安泰です」


 腕を大きく振り上げて、全員の意識を集中させる。

 トップの合意は取れた。ここから先は覆らない。それでもその心の奥底に沈殿した不満は後で個別で取る。


 さて、どうなるか。

 神はサイコロを振らない。僕は必然的に最善を尽くしそして、勝利する。


 脳内で引かれた計画立案書を脳内で反芻しながら、僕は目に見えぬ敵を睨みつけた。

明けましておめでとうございます。

本年も今作をよろしくお願いいたします。


今更ですが、別作『槻影閑話作品集』にTamer's Mythologyのクリスマス短編を投稿してありますので、もしよろしければご確認ください。

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嘆きの亡霊は引退したい。

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