第三十八話:叩き潰す責任がある
目が覚めると既に夜だった。
自分の部屋、自分のベッドだ。灯り一つない寒々しく薄暗い部屋が朦朧と視界に入ってくる。
仲間がいないというのはこんなにも心細いものなのか。時計を見ると時刻はもう二十二時に近い。
また朝をスキップしてしまった。これでここに来てから何回目か、数える気すら起きない。寝る前に薬を打つべきだったが、体力の回復は必須でもある。
脳内で呼びかけてみるが、アリスの声はなかった。僕が課した任務を続行しているのだろう。
例え僕が眠っていても――彼女はきちんと事を進める。それが誇らしかった。
まだ眠かったが無視する。眠気を覚ますように、動き始めた。
着の身着のままのようだったので手早く着替える。と言っても、この時間からできる事は多くない。公共機関は既に閉まっている。
ただ、食事くらいはとっておいた方がいいだろう。何時間腹に物を入れていないのか、空腹が過ぎて少し気持ち悪い。僕の肉体は少しメンテナンスを怠るだけで調子を崩す。このタイミングで崩すのはまずい。
「……スレイブよりも先に自分の育成日記でもつけるべきかな……」
魔物使いの本分ではないが、自身の事を疎かにするのも本末転倒かもしれないね……
さくっとシャワーを浴び着替えると、ベットの隣、サイドテーブルに載せられていた一枚の紙をめくる。
そこには簡単な事情と伝言が記載されていた。エティからだ。読むついでに、エトランジュの筆跡を覚える。
アリスからの伝言と、今日のお礼。そして……結局機蟲の陣容には行かなかったという事。
数秒掛けてその内容を睨みつけ、そのまま紙を伏せた。
「まぁ、いいけどね……別に必須じゃないし」
寝てしまった僕が悪い。あはは、さすがに『停止睡眠』には抵抗できないって。
しかし、そうなると、新たに協力を要請する必要がある。いや、元々協力は要請するつもりだったんだけど……
既に大規模討伐は数日後だ。今からもう一度調査に向かう時間は……ない。
次に機蟲の陣容に向かう時は、アルデバランを討伐する時だ。地図はないが……いや、地図などもういらない。いらなくなった。
「手っ取り早くぶっ潰してやる」
しかし、身体が重いな。身体を軽く解す。
数時間は寝たはずなのにまだ体力が戻ってないのか……貧弱だからなぁ。
種族ランクが肉体的強度に比例するわけではないが、種族ランクCもあれば大抵の種族は数時間の睡眠で完全に体力が回復する。魔力もまた然り。
大規模討伐に入る前に軽く身体のメンテナンスをしておいた方がいいかもしれないな。
……しかし、魔物のいない魔物使いに価値があるのだろうか……
そんな事を考えていると、ノックの音がした。
僕がこの部屋にいる事を知っている者は多くない。陣頭指揮を取る事になった今、暗殺者の可能性もあるんだが、さすがに昨日の今日で差し向けられる可能性は低いだろう。
「開いてるよ……多分」
「あ! お兄さん、起きたんだ!」
「ああ……おはよう」
「……もう夜中なんだけど」
知ってるけど。
入ってきたのはブリュムだった。もう随分前に起きていたのか、機神の祭壇とは異なる緩やかなチュニックを着ている。
どうやら、疲れも残っていないらしく、その表情は明るい。
「僕は何時間寝てた?」
「んー……十五時間くらい、かなあ。いつまでも寝てるから心配になって呼びに来たんだけど、お兄さん……大丈夫?」
「ああ、ありがとう。大丈夫だよ」
ブリュムが僕の側に近づき、じっとそのアクアマリンのような瞳で見上げる
訝しげな表情。ああ、シャワーを浴びたとは言え、確かに酷い表情をしているかもしれない。
長時間動いた後の寝起きはいつもそうだ。
「……大丈夫には見えないけど?」
「心配いらないよ。これは素の顔だ」
目元をもう一度擦る。こんな事で顔が変わるとは思わないけど。
「今にも死にそうだよ?」
「……これは素の顔なんだよ。今にも死にそうなんだ」
外出用の外套を羽織り、灯りを消す。ブリュムは何も言わずに付いてきた。
探求を通じて距離が縮まった気がする。いい傾向だ。非日常でこそ心理的距離は大きく縮まるのだ。
時間を確認する。宿の食堂はもうとっくに閉まっているだろう。基本的には夕食は十九時前後に出される。多少の時間のずれは許されるが、二十二時は流石にね……
台所借りるわけにもいかないし……この時間に開いている所というと……酒場くらいか。
「お兄さんどこか行くの?」
「ご飯。ブリュムはもう食べた?」
「……もう夜中だよ? とっくに食べたよ」
しかし一人で食べるのも味気ないな……
食事はコミュニケーションだ。だから、魔物使いは基本的に食事をスレイブと取る。
そういう小さな所からの積み重ねが信頼につながっていくのだ。これは……セオリーだね。
ブリュムも食べたとなると同じパーティの他三人も一緒に食べているだろう。
……よし、酒場の中で適当な人とお相伴にあずかるか。
今日はご飯食べたら終わりだな。
*****
レイブンシティはそこそこの大きさの街だ。
そこを根城にする探求者の数は凡そ三千人。勿論大部分は低ランクの探求者ではある。だから、今回の大規模討伐では隣の街――セントスラムとリュクオシティの探求者も参加する事になる。
夜中にやっている店は数あるが、ギルドの酒場は基本年中無休。
情報も集まるので特に拘りがなければ探求者はギルド併設の酒場を使う。その収入もまた、ギルドの運営資金の一部になっているらしい。
ギルドの窓口はとっくに閉まっていたが、酒場は大いな賑わいを見せていた。
大規模討伐という大きなイベントを前にしているからだろう、空元気ではないが、祭りの前のような高揚に似た奇妙な空気が蔓延している。
僕はそういう空気が好きだった。元来お祭り好きの気質なのだ。
鼻歌を歌いながら酒気の混じった空気を吸い込む。
レイブンシティでトップクラスの規模を誇るのはランドさん率いるクラン、『明けの戦槌』だ。勿論それだって全体の探求者の数から考えると大した数ではないが、酒場を見回した感じだと何人かいるようだった。
明けの戦槌にはアルデバラン討伐に際して直に確認したい事がある。適当にテーブルに交じるか。
えっと……女の子のいる所は……っと。
ちょうどその時、手を振る狼人に気づく。
見覚えのある竜人とライト・ウィスパーの姿も。
手まで振られて無視するわけにもいかない。仕方なく近づいた。
「うーん……女の子は女の子だけど……セーラかぁ……」
「ちょ……どういう意味よ!」
「いや、別に不満はないんだけどさ……」
おっぱい大きいし。
しかし、だ。僕はせっかく新しいクランとお目通りが適うのならば、もっと色々な種――じゃなかった。女の子と関わり合いになりたかったのだ。
それはいつかきっと僕の力になるし、引いては僕の寿命を延ばすことに繋がる。
……まぁ、この際ランドさんでもいいか。時間はあるし、別に悪くない選択だ。
竜人の生態は概ね調査済みだけど。
「こんばんわ……元気?」
「おう。『灰王の零落』に向けて準備は万端だぜ」
「ちょっと……フィル! セーラかぁってどういう意味よ!」
「いや……別に」
呼んでおいてセーラの隣が空いていなかったので、ガルドをずらしてその間に座った。
呆気にとられたように、どかされたガルドが呟く。
「……すげえな」
別に凄くはない。
「これは……魔物使いのセオリーだよ。僕は魔物使いの規範にならなくてはならないから、例え常識に反したとしてもそれを遵守しなくちゃいけないんだ」
「……まぁ、いいけど」
ランドさんがため息をつく。そして、ランドさんがそれを許可すればガルドやセーラは何も言わない。
宴もたけなわだったのか、テーブルの上には何品か料理が乗っている。
情報はどこにでも転がっている。
例えば、この料理はランドさんとガルドとセーラとシウィンさんの趣味で選ばれた可能性が高い。特にポピュラーな唐揚げやフライドポテトなどは除いても、何度かテーブルにお邪魔すればその趣向はなんとなく読めてくる。
これもまた、情報収集のセオリーの一つだった。そんな事しなくても本人に聞けばいいだけの話だが。
椅子に掛ける前に、セーラを挟んで向こうに座っている金髪の青年に手を差し伸べる。見覚えのない顔だが、名前くらいは既に知っている。
光り輝くような金髪に、全身から僅かに漏れ出る燐光はセーラのものより強い。
身長は僕よりも僅かに高いか。だが、脚は長くその身体はモデルのように整っている。優男だが、虚弱とは程遠い。服の上からでも十分に見える体つき、佇まいからも、はっきりとそれはわかった。
「初めまして、ですね。フィル・ガーデンです。次の大規模討伐では総指揮を担当する予定です」
「あ、ああ……話は聞いております。私はシウィン。明けの戦槌でサブマスターをやっております」
「あー、そうか。シウィンと会うのは初めてか」
初めてだ。僕が彼らと会った時には毎回不在だった。
勿論、あらかたの人間関係は調べてある。
アタッカーのランドさんとガルド。回復のセーラ。ならばパーティを作るとして、後は何が足りないか?
すなわち、盗賊である。
索敵、隠密、罠解除に罠設置。迷宮探索で高い適性を持つ盗賊を根とするクラス群。それは、一般戦闘においてというよりも、それ以外でとても役に立つ。いや、そのクラスなくして高位の迷宮は制覇できない。
戦闘の最中ではなく戦闘の前、そして後に力を割くそのクラスは一種の縁の下の力持ちで、ヒーラーについで人数の足りないクラスでもあった。そして、ヒーラーよりは重要度が低いので、中小規模のパーティではいない事も珍しくない。
冒険者のクラスでも一部はカバーできるが、専門の職がいるのといないのとではまるで難易度が違う。
そういう意味で、ランドさんのパーティはとてもバランスがいい。後は物理耐性の高い敵に対抗するための攻性魔術師がいればパーフェクトだ。
「私はずっとリュクオシティの方にいましたからね…」
「あー、そうだったな」
「フィル、隠してもいずれバレるだろうからあえて教えておくか……彼は斥候だ。腕は保障するよ」
酔っ払っていても佇まいに隙がない。
物腰穏やか。温和そうな双眸だが時たまゾッとする程、冷徹な眼で気を配っている。
常在戦場が染み付いている証。勿論基本的な攻撃力は純粋な近接戦闘職に劣るだろうが、性能自体はガルドよりも、もしかしたら高いかもしれない。
斥候は盗賊系のクラスの中でも特に索敵隠密に秀でたクラスだ。
大規模討伐では先頭を担ってもらう事になるだろう。
何が楽しいのか、ガルドが大笑いで追加する。
「がはははは、そして、セーラの兄貴でもある」
「兄……」
いや、知ってるけど。余計なお世話かもしれないが、彼らは、彼ら自身が有名である事をもっと自覚した方がいい。
セーラとシウィンさんを見比べる。
髪と眼の色がそっくりで、顔も目元がやや似ていると言えば似ている。燐光の色彩も同系統だし、雰囲気もどこか似ていた。
だが、妹よりも兄の方が人ができているようだし、力の質も圧倒的に高い。
失礼ながらはっきり言わせてもらえれば、セーラは『見劣り』する。
僕はにやにや笑いながらセーラを見た。
「……何か悪い?」
「いや、悪くないよ。人の価値は単純性能では決まらない」
「……貴方って本当に失礼ね!!」
善性霊体種の殆どは魔術師系のクラスにつくが、それだってそういうルールがあるわけではない。
そっちに適性が向いているという、ただそれだけの話だ。本人の意志はそれに優先される。
明けの戦槌はポピュラーなタイプのクランなのだろう。テクニックを放棄しているわけでもないだろうが、強力な種族に弛まぬ鍛錬により鍛え上げられたメンバー。単純であるが故に強力で、それ故に隙がない。
タイプで言うのならば、王都に存在していた最上級クラン――『剣の団』の……『下位互換』
この手のタイプは正面から送る際に最も高い戦果を発揮する。探求者は特に腕っ節が慕われる一つの指標なので、武人であり竜人であるランドさんの指揮はその配下の士気向上に無視できない成果を齎す。
もし僕がいなかったら、大規模討伐の総指揮はランドさんがとっていたはずだ。同じSS級のエティよりも適性高そうだし。
まぁ、そんな事はどうでもいいか。
注文を取りに来たウェイターさんに適当に注文する。お腹減ってたんだよ、僕は。
「いやー、実はついさっき起きたばかりでさ。あはははは」
「……え? ……もう二十二時だけど……」
「朝は弱いんだ」
「もう夜だけど……」
然もありなん。
何も言わずにもう一度、セーラの眼をくぐって周囲を見回した。
ここにいる者たちの何人が大規模討伐に参加するのか。
大抵の場合、大規模討伐というのは対象の数程人数は集まらない。
今回の相手は推定の段階で二千体だ。B級以上の探求者がこの街にそんなにいるとは思えない。となれば、力づくで押し切る方法はリスクが高い。連携か策が攻略の鍵になってくる。
「そういえば、何か僕に用でも?」
既に出ている料理を幾つか口に入れながら、ランドさんの方を向く。
憂鬱げな表情がこちらを見ている。くすんだ金の虹彩がこちらを見下ろしていた。
セーラとガルドが顔を見合わせる。
当たり前だが、僕には彼が何を言わんとしているのか何となく予想がつく。
「……ああ、そうだね。一応、総指揮をやるフィルにも知っておいてもらおうと思った事があってね」
唐揚げを咀嚼しながら、ランドさんを見上げる。
竜人。年の頃は僕よりも上だろう。竜人は竜種の因子を持つ種族だが、どちらかというと人側に傾いている。それほど見た目とは異ならないはずだ。
そんな、ごく最近知り合ったばかりの友人を見ながら、事も無げに尋ねた。
「それは『灰王の零落』発生の発端になったとされるSSS708型六脚動体モデルアント……セイリオスの討伐と関係ある?」
「!?」
初めて会った際にランドさん達、『明けの戦槌』がギルドの酒場を貸しきっていた事は記憶に新しい。
灰王の零落がセイリオスが討伐される事で発生したのならば、討伐した探求者がいるのは当然で……それを達成した探求者を推定するのは難しい事ではない。情報はいくらでも転がっているのだ。
「フィル……知ってた、のか」
「ん。セイリオスを討伐したのが……ランドさん達だって事?」
「……ああ」
「いや、知らなかったけど……予想はできるよね」
ランドさん達の視線を気にせずに、新しいグラスに酒を注ぐと、杯を煽る。
火のような熱が喉元を通り過ぎ、噎せた。
何だってガルドは毎回毎回こんなこんな強い酒を飲んでるんだよ!
ナプキンで口元を拭い、ランドさんの隣に立てかけられている『戦鎚』を差す。
銘を『牙閃』。高位機械種の素材を元に製造された巨大な戦槌だ。酷く威圧的で、何もかもを破砕する破壊力を思わせるが、何より逆面に伸びる鋭利な牙が禍々しい。
そして、一度戦った経験さえあれば、その牙が見たことのある形だと一目でわかるだろう。
「んむ……はぁ。いや、だってさ……それ、蟻の顎だよね?」
「……ああ」
特徴的なそれは、縮尺こそ僕とアムが倒した最下級のアントの物とは一線を画するが、酷似した形をしていた。
討伐した魔物の素材は基本的に、討伐証明を除いて探求者の自由だから、ランドさんのメインウェポンにその素材が使われているのならばそれは討伐したのが彼だという証明になる。
勿論、討伐した者から買い取ったのならば話は別だが、基本的に探求者が高位の魔物を狩った際は、狩った証明としてその素材を元に武具を誂えるのが一つの様式になっているので、その可能性も低い。僕の持つ鞭だって、大規模討伐である黒龍討伐に参加した褒賞として受け取った部位でつくられているのだ。
大体、ランドさんがこの辺りで最上級なら彼らを置いて誰がSSS級に認定されていたというセイリオスを狩るというのか。
おまけに武器の名前が『牙』閃だし。これで気づかなかったら僕は暗愚と呼ばれてもしょうがない。
「……見事だよ。本当に調べてないんだね?」
「装備の名前やクラスは調査させてもらったけど経歴まで調査する暇はなかったよ」
ランドさんの視線にひらひらと手を振って応える。
ついでに、あまり興味もなかった。人の一生で得られる知識には限りがある。取捨選択は必須だった。
「でも、まあちょうどいいかな。僕も皇帝蟻――セイリオスについてランドさんに確認したい事があったんだ」
同じモデルの機械種には同様の特徴がある事が多い。
SS級に認定された女王蟻。同モデルの個体を増やす能力を持っているのならば、戦闘能力はそれほど高くないはずだが事前に準備しておくに越した事はない。
皇帝蟻を討伐出来たのならば、巣の内部についても、一度も巣の近くに行けていない僕よりもよほど知っているはずだ。
「フィル……貴方、ちゃんと仕事はやるのね……」
「セーラはいちいち僕に失礼だよね……僕の依頼成功率はこれでも……八割を超えるんだよ?」
ランドさんとシウィンさんがなんとも言えない表情で僕を見た。
まぁ……この数字は正直、一級の探求者と比較するとそれほど高い数字じゃなかったりする。
不審な眼を向けてくる失礼なセーラは放っておいて、情報収集を続ける。
メモはいらない。時間の無駄だ。
頭の中に叩き込む。叩きこまねばならない。叩き込めなければ僕は死ぬのだ。
運ばれて来た骨付きの肉を噛みちぎる。
時たま軽い質問を交わしながら、ランドさんからの情報を整理していく。
「……ふーん、じゃあ巣の中には入ってないんだ」
良くない情報だ。
モデルアントである以上、巣の拡張は著しいはずなのであまり地図的な意味では期待していないが、ないのとあるのとでは違う。やはり、プロに協力を要請する必要があるだろう。
どこか憂鬱げな表情でランドさんが頷く。
「……ああ。セイリオスには一定のサイクルで仲間を引き連れ巣の中から出て来るという特性があってね……そこを狙ったんだ。二ヶ月くらい前かな」
「何のために出て来るの?」
「縄張り争い、という説が優勢らしいわ。あの辺りは巨兵型の機械種の縄張りと被っているから」
まぁ、今はもう倒しちゃったけど。と、セーラもため息をついた。
アムと一緒に最初にアントを狩った時の事を思い出す。
そういえば、確かに遠くに巨人みたいな影があったね……
セイリオスの特性について続けるランドさんの言葉を聞き流す。
大切なのは如何にしてクイーンアントを討伐するかだ。セイリオスのランクはSSSだし、ランドさんが倒した時にも仲間は数十体単位でいたらしいが、それでも相手のホームグランドである地下でアルデバランと戦うよりは易しいはずだ。
「……おい、フィル。ちゃんと聞いてんのか?」
「ん……ああ……聞いてるよ。女王蟻は外には出てこないのかな?」
ありえないとわかっている事をあえて口に出す。
コミュニケーションが関係を円滑にするのだ。全て自己で完結してしまうのは良くない。
ガルドは、突然話をぶった切った僕に不貞腐れたようにジョッキを煽った。
「……女王蟻は迷宮の最奥にいて、表には出てきたという記録は今の所ないようだ」
「女王蟻が最奥にいるという情報はどこからきた?」
情報の正誤は重要だ。勿論誤りがある前提で動くつもりだが、一つの誤りが人を殺す。
討伐対象が人並みの知性を持っているであろうSS級機械種ならば尚更の事。
これは単純な狩りではない。これは間違いなく――戦争である。
僕は総指揮を請け負った者として敵を完膚なきまでに叩き潰す責任がある。
「……以前一度だけ奥まで忍び込めた探求者がいる。アルデバランの存在が認知されたのも、その探求者の証言によるものだ。証言では……巣の最奥に巨大な空洞があり、そこを住処にしているらしい。セイリオスを討伐した際に手に入れた記憶装置を分析した結果も同様だったから、その情報は正しいと思っていいだろう」
「その探求者はまだいるの?」
「いや、もう殉職している。アルデバラン討伐とは別件でね。優秀な機械魔術師だったらしいが、十年以上前の事で僕達も直接の面識はない」
フォークで唐揚げをつっつきながら考えを整理する。
一度接敵した探求者がいるのならばアルデバランの特徴も……多少はわかるだろう。
アルデバランが同種の製造装置を有しているとするのならば、その体格は相当大きいはずだ。
基本的に体長の大きな機械種を製造するには多大なる資源がいる。黒鉄の墓標で倒したワードナーと同様に何者かに製造されたユニークな個体である可能性が高い。
勿論、自己進化系のスキルが積まれたノーマルなモデルアントが長い時間掛けて進化したとか『大穴』の可能性もなくはないが、一山いくらの雑魚に自己進化系のスキルなんて載せないよねえ、きっと。
「セイリオスの記憶装置を分析したのは誰?」
「……それが何か関係あるのかい?」
流石に話を飛ばしまくったのが気に障ったのか、ランドさんが眉を顰める。
それを隣に座っていたシウィンさんが諌めた。
ランドさんとガルド、セーラが『動』の探求者ならば彼は『静』に見える。
何も言わないが、その眼の中で感情が静かにくるくると回っている。元より、斥候は常に冷静でなくては務まらない。
「まぁまぁ、ランドさん。とりあえず彼の質問に答えましょう。SS級以上の高位機械種の記憶装置を手に入れた場合は一応、ギルド所属の機械魔術師が分析することになっています。今回もその規定に従って依頼しました。その結果、クイーンアント……アルデバランの行動指針についての情報が取得されました」
「真偽の確認は?」
「モデルアント――機蟲の陣容に変化が現れている事は確認できています。クイーンアント云々については今の所巣の奥まで行ける者がいないので、セイリオスの記憶装置から読み取った情報だけですね」
「まぁ、信じるしかないね」
セイリオスの記憶が罠である可能性もなくはないが、ある程度のリスクは飲み込むしかない。
何より、既に依頼は発行されている。賽は投げられている。僕がこの討伐を止めようとしても、僕抜きで進むだけだろう。
笑顔を絶やさずに、こちらを観察するシウィンさんを迎え撃つ。
恐らく、彼は参謀だ。
探求者は老若男女、千差万別、種族すらも様々だが、経験上ある程度のラベル分けをする事ができる。
一緒に探求したわけではないので確定ではないが、ランドさんとガルド、エティは脳筋タイプだ。高い種族特性に裏打ちされた高度な能力により正面からあらゆる障害を突破するアタッカータイプ。以前も言ったが、脳筋というのは別に貶しているというわけではない。策を練る『必要』がないのだ。リード・ミラーも同じタイプの探求者だったし、アリスもこのタイプ。
反面、シウィンさんや……副ギルドマスターのマグネスさんはその逆だ。
行動するよりも先に、まず『考える』タイプ。まずは観察し、蓄積した情報と当てはめ行動する。
それは、長い探求者生活をこなす上で培われた知恵でもある。そうしなければ生きていけなかったから、彼らは考え、理屈や予想に裏打ちされた行動を取る事が多い。その性格上、豊富な知識を有し、群れの中では参謀の役割を担っている事が多い。
前者と後者、どちらが優秀かは一概には言えないが、両者を一つの群れで噛み合わせる事でかなりの成果を期待できる。
スカウトという、状況把握に長けたクラスを持つ以上、シウィンさんはランドさんのパーティの中で参謀の役割を担っている可能性が高い。決定権を持つのは当然リーダーのランドさんだが、僕が説得しなくてはならないのはシウィンさんだ。彼らは高確率で噛み合っている高いレベルの『群れ』だから。
だから、僕はそのまま笑みを深くした。
「ちなみに、ランドさん達はモデルアントとは一通り戦ったんだよね? どうだった?」




