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Tamer's Mythology  作者: 槻影
第二部:栄光の積み方

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第三十六話:これが……僕の魔物使いとしての集大成だよ

「フィルって、本当に自分の手で戦わないのですね……」


「最初は戦っていたんだけどね」


 無駄はランクを上げていく中でとっくに削ぎ落とした。

 スレイブが成熟してから僕が現場でやる事は減り続けていて、きっと、それは間違いではない。

 いや、間違いでない事を証明するために戦い続けているのだ。


 そこは、今まで見ていた光景とは違う、開けた部屋だった。


 天井までの高さはそれほど高くはないが、それでも今までの地下一階よりは遥かに高く、広さはそれこそ果てが見えぬ程に広い。

 地図を見る限りだと、機神の祭壇の内部は通路が入り乱れわかりづらいが、直線距離にすれば一辺で凡そ五キロといったところだろう。果てが見えないというのはそういう事はつまり、そういう事だ。

 唸り声のように絶えず鳴り響く音に無機的な臭い。

 部屋はまさしく工場そのものだった。そこかしこに設置された鈍色の機械にコンベアで運ばれる機械種のものと思われる部品は整然としていて、どこか奇妙な怖気を抱かせる。


 天井からは先の吹き飛んだ奇妙な機械式のアームが伸びていた。

 僕に続いて上がったブリュムが唖然とした表情で周囲を見渡す。上がりすぎた頭を押して、身を低くさせる。


「ッと……あ……な、に……ここ……?」


「工場、なのです……しかも、まだ稼働している」


 ぶち開けた穴のすぐ隣、身を低くしたエティの側には黒の機銃が見えた。いや、それはもはや銃という領域のものではない。

 地面に設置された短い砲塔とそれに比例するような太さ、口径の大きさは大砲のそれであり、それが単体の魔物に使うものではない事がわかる。

 全身を黒で塗られたそれは遠目から見ると何かの牙のようにも見える。例え相手がかつて黒鉄の墓標で出会ったワードナーだったとしても、一発でその巨体を吹き飛ばせる、そんな怪物の牙だ。


 牙が唸りを上げ、その砲塔が反動で僅かに震えた。爆発するような音と同時に、天井から伸びたワームが木っ端微塵に破壊される。


「あれが『セキュリティ』か」


「ええ。でも、恐らくはそれだけではないのです」


「スキルチップの情報はどこだ?」


「存在核の生成には大規模な設備が必要なのです。製造の順番から考えると、チップの製造もその近くでやっているはずなのです」


「あっち」


 アリスの指差す方向を見る。指差す方向には、遠くからでもはっきりわかるドーム状のシルエットが見えた。

 機械種の魂たる『存在核』を製造するための特殊装置。一部の高位の機械種が持つ、種の保存のための自己生成機能により生み出されるそれは、何故か機械種の種類が異なっても皆、同じ形になるという。


 一室とはいえ、そこまでの距離は相当ある。

 天井には、先ほどエティが壊したような機械腕(アーム)が無数に設置されている。そして、その間に生える銃器類。あれにやられる程アリスもエティも弱くはないが、足を止める目的は果たせるだろう。あそこまで一気に駆け抜けるのは困難だ。僕とブリュムは。


「役割を分ける。最優先はデータの取得だ。エティ、君の仕事だ。エティにしか出来ない仕事だ」


「はい。スキル付与機の本体にさえたどり着けばそれほど時間をかける事なく取れるはず……なのです」


「では、私はそれの護衛ですか、ご主人様」


 スキルデータを取得する寸前、エティには隙が出来る。まぁ、例えノーマン・フロートが全滅した所で、エティ一人でなんとでもなる隙だ。元々、これはエティだけの戦力で突破を想定していたミッションなのだ。

 だけどまぁ、せっかくいるんだしこの際アリスに露払いして貰うか……


 そんな僕の肩をとんとんとブリュムが叩く。


「お兄さん、私は?」


「ブリュムは……とりあえず今出てきた穴、氷で埋めといて。煙が入ってきちゃうから」


「はーい」


 素直に穴を埋めはじめるブリュムからそっと視線をずらし、工場内を観察する。 

 工場は精密機器の塊だ。ある程度頑丈だとは思うが、戦火に晒されれば容易く機能を失うだろう。


 その時、節操無く動いていた天井の機械腕が止まった。こちらを向いていた銃器もまた停止する。


 成る程、セキュリティを停止する、か。好都合だ。エティやアリスはともかく、僕とブリュムの死亡確率が下がる。

 たかが自動で発動するセキュリティでは排除しきれないと判断したのだろう。嬉しい誤算だ。確かに一番危険だった突入時を防いだ以上、それで負ける可能性は高くない。

 また、この広い部屋で数を増やした所でエティの電撃で破壊されるのは目に見えている。いや、電撃だけではない。対機械魔術師を想定しない機械種(マキーナ)を数揃えた所で機械魔術師の敵ではない。心臓部で大規模な戦いを起こすわけにもいかないだろう。

 ならば、守護者の役割を課される機械種が如何なるものなのかは、大体想像がつく。


 部品の一つを製造している機器の影から人型が現れた。

 アリスが目ざとくそれを見つけ、僕を見上げる。


「ご主人様、あれは?」


「お前が片付けるんだ、アリス」


 先ほど現れた騎士型の機械種に酷似した個体。あまりにも人型に似た戦闘用人形(バトルロイド)

 白銀色の装甲に、自身の身長よりも巨大な『槍』を右手に持ち、左手には先程の騎士型よりも小さな円形の盾を携える。

 その物腰は、遥か遠いここから見ても酷く洗練されていた。今まで出会ってきた熟達した槍使い(ランサー)の探求者達を思わせる。


「技術がある……量産品じゃないな」


「しかも、何種類もいる……」


 アリスのため息とほぼ同時に、他の機材の影からも同じように、人型をした機械種が出て来る。

 少数精鋭なのだろう、その数はたった三体。だがしかし、そこには今までこの迷宮で倒してきた機械種とは違う凄みがあった。

 監視者が心臓部に配置した三体。その戦闘能力は下で倒した機械種とは格が違うのだろう。事前情報では存在しなかった型だ。


 一体は槍と盾を装備したモデルランサー

 一体は両手に銃器を持ち、四角い箱を背負ったモデルガンナー

 最後の一体は一見無手に見える人型。他の二体とは異なり装甲ではなく兵装を隠すような緩やかな黒の衣装を纏った……強いて言うのならば、モデルアサシン


 先ほど下で倒したモデルナイトも含め、本来四体いたのであろうそれはおそらく、この迷宮の支配者の切り札だ。


「さすが、守護者……一筋縄ではいかない、か」


 二人使ってさっさと片付けるか?

 否、どのような備えをしているかわかったものではない。奪うものを奪ってすぐさま撤退するのが今回の作戦の肝。そうでなければ、数人で突入なんて馬鹿なことはしない。殲滅戦には殲滅戦として行わねばならぬルールがある。

 アリスは強いが、L級依頼に認定される災厄を撒き散らせるくらいに強力だが、それは無敵ではない。


「アリス、いけるな?」


はい(ダー)


 躊躇いなく頷くアリスを遮るようにして、エティが立ちあがる。


「フィル、流石に一人であの三体を同時に相手するのは……厳しいのです」


 先ほど一度敗戦した相手と同じ型の相手だ。思う所があるのだろう。だが、僕はそれを考慮するつもりは一切ない。

 余ったらくれてやってもいいが、余らないだろう。リベンジは別の機会にやってくれ。何なら付き合ってあげてもいい。


「エティ、僕の命令(オーダー)はスキルデータの取得だ。奴らの足止めはアリスがやる。何故ならば、奴らの破壊はアリスでも出来るが、データの取得はエティにしか出来ないからだ。これは……適材適所だよ」


「で、でも……」


 わかる。わかるよ。

 なんだかんだ、エティはアリスの事が心配なのだろう。だが、その心配は不要だ。

 確かにアリス一人で、奴ら三体を片付けるのには時間がかかるかもしれない。奴らの連携次第では、その実力次第では、数回死ぬかもしれない。しかし、アリス自身が出来ると言っているのだ。


 大体、今回は――


「アリス一人で戦わせるつもりもないよ」


「……え? そ、それはどういう――」


 三体がこちらを舐めきっているかのように緩慢な動作で並び、その眼の形をしていない眼でこちらを見る。

 相手が機械種であるにも関わらず感じる体全体を包み込むような殺意。元々出現する魔物のアベレージがAである『機神の祭壇』の守護者。その推定ランクは最低でもSSに達するだろう。


 ならば、こちらもそれ相応の札を切るだけの話。

 せっかくこうしてアリスがいるのだ。ちょっと勿体無いが、見せてあげよう。僕の魔物使いとしての本質を。

 SSS級に認定された魔物使いである僕達の力を。


「エティ、僕は魔物使いだ。同じスレイブの『主』として教えてあげよう。使い魔(スレイブ)は、マスターの手でこそ最強になるんだよ」


「ご主人様……不要です」


「そういうな、アリス」


「……はい(ダー)。……後でご褒美、沢山……」


 エティが訝しげな表情で僕とアリスを交互に見る。

 拗ねるアリスの頭を窘めるように一度撫で、僕はその左腕を取った。


 魔力がない。才能がない。魔物使いの付与スキルが使えない。ならば、それならばそのデメリットを如何にして埋めるか? 如何にして非才の身でSSS級の探求者となる事ができたのか。

 腰に結わえた道具袋から一本の琥珀色の液体の入ったアンプルを取り出す。


 これが僕の魔物使いとしての集大成。才能をそれ以外で埋めた、その結果だ。

 アンプルを注射器に注入し、その針をアリスの滑らかな肌に刺しいれる。


「ちょ……お兄さん、何を――」


「これ……嫌、い……」


 アリスの言葉は、尻すぼみに消えていった。


 薬液が注入されると同時に、アリスの挙動が変わる。

 瞳孔の大きさがまるで鼓動するように収縮し、拡大する。深紅の眼が更に黒の混じった色に変化する。


 空気に重さが加わる。アリスが蹲り、金属製の床に大きな罅が入った。 

 獣の唸り声に似た呻き声がその喉の奥から地鳴りの如く響く。


 悪性霊体種は霊体だ。アリスがこの世界で持っている姿形は仮初に過ぎない。彼女の本質はその変幻自在のその魂にある。


「これが……僕の魔物使いとしての集大成だよ」


 魂魄暴走剤。

 アルファトンを初めとした霊体種用の薬品を数種類ミックスして創り出した、一時的にその魂の核を活性化させ、能力を跳ね上げる為の薬品だ。

 良い子は処方方法や分量の調整が難しいので使わない方がいい。今の所、材料は全て合法だが、この結果を知られれば間違いなく違法と判断されるだろう。

 アリスには僕がいない時に使ってはいけないと常々言い聞かせている。理性がちょっとばかり吹っ飛ぶので玩具にするには危なすぎるのだ。


 スキルが使えなければ、それ以外で埋めればいい。

 育成で、コミュニケーションで、そして……薬物で。

 僕は魔物使いとしてあらゆる手段を行使する。僕のため、彼女のため。そこに躊躇いはない。


 薬剤を注入されたその身体が大きく痙攣し、床に四肢で立つ。いつの間にか、僕よりも僅かに身長の低かったその身体は二回り大きくなっている。普段の状態でも規格外の力を持つ夜の支配者(ナイトウォーカー)のその力を暴走させるとどうなるか。


 華奢だった四肢、体幹が二回り巨大に膨張する。その身体に合わせて作られた衣装が巨大化する肉体に弾け飛ぶ。

 人の顔は大きく歪み、伸び、膨張、縮小し化生のそれに変わる。その眼だけが、人の頃と変わらず血の赤に染まっていた。

 シルエットだけ比較しても、人のものではない。


 それは獣だった。

 体毛こそ生えていないが、その口蓋から飛び出たナイフのような牙と爛々と輝く瞳孔、体幹の延長線上、尾骨から伸びる、蜥蜴に似た細長い尾がぴしりと床を打つ。その四肢は狼と比較しても遥かに強靭で、怪物の形をしているのにどこか人に似ている点が何よりも恐ろしい。

 全身から揺らめく白銀の炎はその魂核が激しく燃焼している証だ。


「こ……こ、んな……の……魔物使いの領域じゃ――」


「――――ォ――――ォォオオオオーー」


 アリスが咆哮する。如何なる獣と比較しても全く異なるその声が魂を揺さぶり、空気中を伝播する。

 機材が、床が咆哮で微細に震える。そして、アリスが僕の言葉を待たずして床を蹴った。


 四肢を使いまるで本物の獣のように地を蹴り、数百メートルの距離を僅かな時間で踏破する。

 全身に纏った揺らめく銀の光は力を視覚化したもの。その身体は、強く燃え上がる内燃機関から迸る力を纏い、まるで装甲のようだ。

 断続して聞こえる銃撃音とそれを弾く鋭い音。ガンナーの手元から発射された弾丸がアリスの身体に弾かれ床に、天井に無数の穴を刻む。

 その音に紛れるようにして半身で一歩踏み入り、真横を取ったランサーが、飛びかかってくるアリスの横っ腹を、大槍で弾き飛ばした。

 

 巨体が弾み、生産機材を粉々にして地べたに転がる。それに透かさずガンナーが両腕下部に設置された二丁の大型の機銃を叩き込む。爆発音に酷似した轟音が空気を震わせる。


 やりあうアリスから視線をずらし、唇を戦慄かせるエティを見下ろした。


「エティ、さっさと足止めしてる間にデータを取ってきなよ」


「え、でもあれ……不味いんじゃ……」


「いや、全然……」


 ここで一番不味いのはアリスではなく僕が狙われる事だ。まぁ普通に考えたらあの化物を前にして他の者を狙おうなんて思わない。


 僕の言葉を証明するように、瓦礫の下から再び獣が立ちあがる。獣の腕が瓦礫を踏みにじり、眼光がただ殺意を伴い目の前の敵を射抜く。

 銃弾の嵐を受けて、槍の一撃を正面から受けて、その動作には、その身体には、ダメージは見られない。過剰に生産された力は彼女自身の傷を自動的に修復し、その身体能力を常に最上限まで強化する。


「アリス、『エヴァー・ブラスト』」


 知性が下がっていても命令は届く。いや、届くように仕込んである。そうでなければ危なくて薬など打てない。


 一キロ近い距離があるにも関わらず呟きを察知し、その口蓋が裂ける程に開く。その喉の奥に白銀色のエネルギーが集約した。

 小型の太陽のように燃え上がるそれは圧縮された力の塊だ。原理はこの世界で尤も高い威力を誇るとされる種族スキル『竜の息吹(ドラゴン・ブレス)』と同様。

 生命エネルギーが破壊のエネルギーに変換され、そしてそれが『弾けた』


 高度に圧縮された破壊のエネルギー、白銀の弾丸が流星の如く尾を引き放たれる。触れてもいない床がまるで地割れのように割れ、破片が吸い込まれるように光の中に消える。

 戦闘スタイルの差か。

 アサシンとガンナーはそれを感じた瞬間、回避を選び、ランサーだけがその盾による防御を選んだ。

 床を踏みしめ、受け止めたラウンドシールドがそれを受け止めたのは刹那の間のみだった。盾が一瞬で塵と変わり、本体もろとも光に飲み込まれる。

 エネルギーはランサーを飲み込んでも尚止まらず、そのまま後ろの機材を消し飛ばし床に破壊の線を描き、ようやく消える。


 跡は下層まで大きく抉っているだろう。修復には時間がかかりそうだね……監視者には悪い事をした。


「エティ、アリスが何もかも壊してしまう前にさっさとデータを回収しろ」


「は、はい……!」


 呆然とその有様を見ていたエティが弾かれたように駆ける。

 これで一番危険なのは僕とブリュムになった。凄く眠いけど、怯えるブリュムをそのままにして眠るわけにもいかない。アリスを監督する責任だってある。


 この世界で最も驚異的なものは、あらゆる攻撃が通じぬ頑強性と、あらゆる障壁を貫く牙を持っている者だ。

 反射だの、電撃耐性だの、分解耐性など関係ない力づくで破壊を撒き散らす化生。


 そして、それを人は、悪性と呼ぶのである。


 アリスを打破するにはそれ以上の力を持つ魔物を連れてくる他なく、機械種という種族において、僕の知る限りそのようなモンスターは数える程しか存在しない。


「アリス、ついでに生産設備も壊してやれ。エティの側を破壊するなよ」


 ガンナーが必死に距離を詰めつつ牽制するが、速度も威力も全く足りていない。脆弱な……そう、『魔術師』が相手ならば十分だったはずの威力もそのエネルギーによる装甲を前に豆鉄砲みたいなものだ。

 一跳びで距離を詰めたアリスが、降り注がれる弾丸も意に介する事なく、ガンナーに噛みつき、それを振り上げるように投げ飛ばす。


 その隙に纏わりつく最後の一体が振り下ろす刃と腕が交差し、そのまま力づくで薙ぎ払う。傍目には完全にアリスの方が悪役であった。


 二体を吹き飛ばし、その威容を誇るかのようにアリスが咆哮する。

 まるで人と獣の鳴き声が混じったかのような奇怪な声。

 生き物の恐怖を煽る音だ。全ての注意を、アリスは一身に集めていた。現に、天井に設置されたカメラの殆どはアリスに向けられている。

 まるで暴走したかのように尾が伸び、辺りの設備を薙ぎ払う。数百キロはある設備、床に固定された設備が一撃で揺らぎ、二撃で宙を舞い、三撃で地面に叩きつけられ残骸と化す。


 大仰な動作、理性を失っているかのような仕草は全てアリスの作戦だ。その証拠に、彼女は常にエティの走った方向に注意を向けている。いつでもフォロー出来るように。

 ガンナーが起き上がる。体勢を立て直す前に、アリスが再び飛びかかる。牙もその装甲を破れていない。もしその弾丸がこちらにダメージを与える事ができていたのならば、その耐久性は脅威だっただろう。


 だが、もはやその性能にも意味はない。欠伸が出る。


「……何か眠いな」


「うぇ? ……えええ? 感想がそれなの?」


 唯一僕の手元に残っている弱者であるブリュムが僕を見上げた。

 目を白黒させつつも、油断なく辺りを覗っている辺り、彼女自身役に立とうと考えているのだろうか。


「いや……別にそうでもないけど……エティはまだかな」


 設備の影になっていてエティの姿は見えない。できれば僕も一緒にデータを吸い出す様子を見たい所だが……我慢しよう。

 状況は圧倒的にこちらが有利に見えるが、そういう時にこそ油断してはいけない。ここが敵陣である事には変わりないのだ。

 どうしようもない敵が現れた時のための備えくらいしてあるはず。

 アリスが残りの二体をまだ破壊していないのは、時間稼ぎの意味もある。全滅させてしまい新たな手を打たせるくらいなら接戦を演じて状況を固定した方がいい。僕の目的は殲滅ではないのだ。


 魂魄暴走剤による強化はあくまで一時的なブーストだ。安易に使えば副作用だってある。

 脳内で時間を刻む。現段階では理性を保っているとはいえ、今の状態は普段と比べて不安定だ。


 僕がこの状態のアリスに許す時間は三十分。それ以上はテストした事がないのでどうなるか予測が付かない。種族スキルが種族スキルだし、干からびて死ぬことはないだろうが溢れる力に理性が耐え切れなくなる可能性があった。


 まだ力が残っている内に指示を出しておくか。

 余波で飛んできた金属棒を三歩ずれて避ける。こんな所で怪我をしてしまってもつまらない。ブリュムが息を飲むような声にならない悲鳴をあげた。

 大丈夫、冷静に対処すれば問題ない。


「アリス、脱出口を開け。エヴァー・ブラスト」


「――――――――」


 声のない返事。

 本来のアリスの倍程までに膨らんだ頭が斜め上の天井を睨み、口を開く。

 エネルギーが再び集まり、一瞬の溜めの後、天井に向けて放たれる。それを邪魔する者は誰もいない。


 比喩ではなく、迷宮が揺れた。

 衝撃の余波が体躯を打ち付け、ぐらつく足元にぎりぎりで耐え切る。覚悟していなかったら転んでいたかも知れない。……エティは大丈夫だろうか?

 ブリュムは大丈夫じゃなかったようなので、手を取って立ち上がらせる。


 地表まではもう殆どなかったのだろう。

 光が消えた時、アリスが破壊した天井の穴の向こうにははっきりと夜空が見えた。また突入してから丸一日も経っていないのに、随分と長い間探索しているような気がする。


 ……しかし僕、殆ど何もやってないなあ……まぁ、楽しかったから構わないけど……


 ちょうどよく、エティが肩で息をしながらこちらに走ってきた。


「はぁ、はぁ……フィ、フィル! 取得、できた、のです!」


「オーケー、おつかれ。じゃーさっさと逃げようか」


 探索は帰るまでが探索だ。

 何度も言うが、気を抜いた時が一番危ない。それで何度痛い目にあったか……


「ブリュム、霧だ。ここから外まで広範囲に頼む。エティ、巡回機構ウォーキング・ドライブで脱出するから召喚。アリス、穴をもっと大きく開けろ」


 命令とほぼ同時に、再び世界が揺れる。

 アリスは今のところ僕の指示を漏らさずに実行できている。

 アンプルを使うのは久しぶりだったが、どうやら理性はかなり綺麗に残っているらしい。さすが僕のアリスだ。多少、ヘマをした所で鈍っていない。いい子いい子。後で育成ノートを更新しておかないと……


「あの……フィル……あのアリスの大きさだと、巡回機構に乗せるのは無理な気がするのです……」


「……ああ、アリスは置いていくから大丈夫だよ。行きと同じように三人乗れればいい」


「……へ?」


 あんな大きいの乗せていけるものか。大体、アリスを連れていけるなら巡回機構何て使わずにアリスに乗るわ。

 アリスには殿を担当してもらう。

 無論、命が複数あるから置いていくのではない。彼女は僕に憑依している、僕の側に任意で転移出来る状態なのだ。例えこの工場全体が爆破されたとしても寸前に転移すれば生き延びられるだろう。


 工場全体を破壊し尽くすには力が足りないだろうが、可能ならばあの二体は破壊しておきたい。

 僕達が安全に逃げ延びた後で、だが。


 アリスの眼がちらりとこちらを見て、再び敵に飛びかかる。


「そんな事よりも、データだけはちゃんと失くさないように注意しなよ」


「は、はい。大丈夫なのです、もう転送したのです」


「……あ……そう……」


 しまったな。ちゃんと説明すべきだった。……まぁ、いいか。やってしまった事はしょうがない。


 エティの召喚した巡回機構に乗り込む。既に辺りには霧が発生していた。

 まだぎりぎり前が見えるが、すぐに何も見えなくなるだろう。視界が再び閉ざされる前に、天井に取り付けられたカメラに向かって手を振った。

 エティを追っていたのか、レンズがじっとこちらを見ている。何者かの視線を感じる。


 もう既にばれてしまった以上、顔を隠す意味はない。

 物事、礼に始まり礼に終わる。突入は強硬だったが最後ぐらい礼を尽くしたい。

 エゴだ。これは、僕のエゴだね。


 欠伸をかみ殺し、笑みを作って、カメラに向かって手を振った。


「じゃ、また来るよ。ばいばい」

今日でTamer’s Mythology投稿開始から一年が経過しました。

今後も拙作をよろしくお願い致します。

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