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Tamer's Mythology  作者: 槻影
第二部:栄光の積み方

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第三十五話:怖い?

 学生時代の頃の事は今でもたまに夢に見る。

 陳腐な言い方をさせてもらえると、あの時代は紛れも無く、フィル・ガーデンという人間にとっての人生の岐路であった。

 本来、金銭面の問題から学生になるつもりがなかった僕(そもそも、王都に訪れたのは探求者になって金を稼ぐつもりだった)が学院に入学した理由は簡単で、何の前知識もなく探求者になろうとして挫折したためだった。苦い記憶だ。


 金銭面の問題で、死ぬ気で学生をやったお陰でわかったことがある。


 僕は何者にもなれない、という事だ。

 無謀にも前準備無しで探求者になろうとしたその時の僕と同じく、いくら知識を得ようがいくら身体を鍛えようが生来の貧弱さを覆す事は出来ず、あらゆる職を模索した結果、一部の最底辺のクラスのみが選択肢に入る事を、最高学府で学んだ結果、知ったのである。

 知識の蒐集のためにあらゆる学科に忍び込み、単位を取得して判明したのが、どの職をも得ることが出来ないという事だったというのは甚だ皮肉な話である。だが、後悔はしていない。それらの経験は間違いなく僕の寿命を伸ばしている。


 天井までの高さは三メートル近い。

 ブリュムに氷で足場を作ってもらい、滑らないように注意してそれに登る。氷で生成された足場は透明で繊細で、信じられない程に頑強で、そしてありがたい事に、滑って落ちないように小さめの柵が造られている。


「僕が斥候(スカウト)だったらわざわざ上がらなくてもわかったはずなんだけどね……」


 ぼやいても仕方がない事を言い訳のように呟きながら、天井に手を当てる。


 スキルの効果は絶大だ。それがあるから、それぞれのクラスはそれぞれのクラス足りえる。

 そして、それは多くの場合、対象を破壊するだけが目的となる戦闘よりもそれ以外の分野で役に立つ。人はスキルをなくしてスキルを模倣することは出来ない。

 それが出来るのはそれを成す事を存在理由としているとしかいいようがない位の天才くらいで、一代限りの異常個体であり、つまるところそういう連中がクラスの始祖と呼ばれるものなのだ。


 天井もまた、壁や床と同様の金属でできていた。ひんやりしていて、つなぎ目もない。

 隠し通路の発見は斥候(スカウト)のクラス保持者の十八番である。ただし、さすがに隠し通路を開くための仕掛けが通路側になければ通路を開けない。

 本来ならば、隠し通路を開く仕掛けは一方通行でもない限り、内と外、両方にあるものだ。だが、統率者が存在している以上、この迷宮にそれは見込めないだろう。あえて心臓部に突入しやすくするような仕掛けを施すわけがない。

 触れた指先から僅かな振動が伝わってきていた。アリスの感知に引っかかっている以上、何かあるのは明確。だが、それを正規の手順で開ける手段はない。


 だが問題ない。元より、ぶち壊す予定だったのだ。

 氷の台から降り、パーティメンバーに視線を巡らせる。平静とした様子のアリス。どこか憔悴しているエティ。そして、おまけのブリュム。


「天井を開ける」


はい(ダー)


「アリス、破れるか?」


「勿論です。……ですが、エトランジュに任せた方がいいかと」


 アリスはちらりと隣のエティの方を向いた。


「何故だ?」


「このまま使うつもりがあるのならば、性能評価するべきかと。私には出来て……当然です」


 成る程、確かにその通りだ。

 エティは鍵だ。『灰王の零落』を前にして、その力を確かめておく事は必須。


 アリスの眼がこれで良いんですよね? と、言っている。確かにこれでいいんだが――

 どうやらさっきからアリスは必死に僕の機嫌を取ろうとしているようで、それがどこか喜ばしくてそして、気に食わない。

 澄ました表情でこちらをじっと見るアリスの頭に一度手刀を下し、まだ正座している不安定なエティの方に視線を向ける。


「エティ、天井を四角形に切り拓け。ノーマン・フロートはどうした?」


 先ほど突入する際は周囲に浮かべていた防衛装置がない。あれは機械魔術師に取っての防御の要だ。他にも防御用のスキルは存在するが、利便性で言うと自動的に攻撃を察知して守ってくれるあれ以上のスキルはない。

 エティは僅かに息をつまらせて、しょんぼりとした様子で答える。


「粉々なのです……修理するより新しく作った方が早いレベルで……」


「予備は?」


「……全部使っちゃったのです」


 何機持っていたのか知らないが、少なくとも三機や四機ではないだろう。

 それを全部使いきった、か……まぁいい。魔導機械は高価だが、決して命には換えられない。一時片腕を失ったとはいえ、こうして生き残っているのは間違いなくノーマン・フロートの成果だ。


 そこには深くつっこまず、アリスに命令する。


「わかった。アリス、サポートしろ」


はい(ダー)


 アリスとエティが話し合うのを眺めながら、僕はようやく一息ついた。時刻はもう日を回っている。そろそろ僕の制限時間がくるだろうか。

 僕のアリスが来てしまった以上、この探求の難易度はただでさえ高くなかったのに更に下落してしまう。むしろ問題は、アリスの存在が何者かにバレてしまったという事だろう。この先の探求に間違いなく響く。


「お兄さん……私は?」


「ブリュムは……僕の側でお留守番」


 僕がブリュムに課したタスクはアリスの能力と被っているものだ。ブリュムのタスクは今の所、もう残っていない。癒やしのマスコットとしての意味以上のタスクは。

 こうしている間もアリスは周囲への警戒を怠っていない。強力なスキルに高い身体能力、そこに後付で仕込まれた空間魔術師のスキルによる空間把握能力は元々ナイト・ウォーカーに存在していた隙を消している。


 本当ならば危険なのでブリュムには今すぐに帰ってもらった方がいいのだが、流石に可哀想だ。手段もないし。


 氷の台に登り、エティが何事が呟く。同時に、その右手に光が集まった。


 光が形作るのは、四角形の黒の箱がついた柄に、そこから伸びる円を描く巨大な幅広の刃。巨大な刃の側面には細かい刃が規則正しく並び、扁平の刃は奇妙な光沢を放っている。柄には垂直の棒のようなものが付いている。それだけならば、柄に箱が生えた奇怪な剣に見えた。

 エティが箱を左手でつかみ、右手で柄に垂直に取り付けられたレバーを引く。

 ギミックの動く音がして、裾のない右腕がカバーに似た機械で覆われる。

 工具としての『のこぎり』とは異なる、生き物を、機械種を切断するための幻想兵装。


 機械魔術師の持つスキルの中に、幻想兵装に区分されるスキルは二種類存在する。

 分解の概念を有する『ペンチ』と、切断の概念を有する『電動のこぎり』


 右腕と一体化しているかのように生み出されたその武器は、機械魔術師が持つ数少ない近接戦闘に使用できる武器だ。剣のようにも使えるが、どうしてもその刃の大きさから振るうのに二本の腕を必要とするため、片腕に装着するようにして装備する事が多い。

 まぁ、所詮装備は強くても近接戦闘を行う土壌というのはそれとはまた別の話なので、近接戦闘職と鍔迫り合い出来るわけではないが……


 刃が鈍く輝き、その先端が天井に突き入れられた。

 金属同士が擦り合わされる嫌な音が響き渡る。顔から、腕から、紫電が舞い散り黒の箱に吸い込まれる。


 唸りを上げた刃はゆっくり、しかし天井に埋まり、停止する気配がない。

 エティが火花に眉を顰め、慎重に腕を動かしていった。汗がぽたりと氷の台に落ち、すぐに凍りつく。金属の解体経験はあるだろうが、天井を切り開いたことなんてないだろう。普通ない。


 数分の時をかけて四角に切り開くと、天井が僅かに振動する。それをすかさずアリスが片手で抑えた。こちらを向いて指示を仰ぐ。


「貫通した」


「ゆっくり降ろせ」


はい(ダー)


 貫通した上部はそれほど大きいブロックではなかったのだろう。一メートル四方のブロックがゆっくりと動く。

 上に空洞があるのは分かっていた事だが、降ろしてみればそれはブロックと言うよりは板と呼べる程に薄かった。厚さとしては三十センチ程だろうか。

 ブリュムがそれを見て僅かに息を飲む。


「ご主人様、潰されるから離れた方がいい」


「天井の裏に……こんなスペースが――」


 討伐を専門とする戦闘職ならば気づかなくてもおかしくはないが、迷宮探索を主として活動している探求者ならば気づいてもおかしくない、その程度のギミックだ。彼らは常に何か存在する事を前提として行動する。尤も、迷宮探索者ダンジョン・クエスターが宝箱もろくに出ない似非迷宮の探索に従事する可能性は高くないが……


 下ろされた金属板に触れる。断面も金属そのままであり、構成金属が変わった様子も、某かの仕掛けが仕込まれている気配はない。

 ここが魔物を供給するためのポイントならばそれなりのギミックが仕込まれているはずなので、出入り口はここではなかったという事だろう。

 ……いや、そんな事は関係ない。そもそも、本当に天井から降りているのかも不明だ。重要なのはこのスペースにも某かの意味があるという事。

 僕はあくまでどこかの壁が出入り口になっている線を押すね。だって上から下ろすよりも壁を開いて出すほうが簡単だろうし……


 重さは数十キロはあるだろう、金属の板をおろしても氷の台は軋みすらしない。

 エティがゆっくりと丁寧にその板に触れる。特に何ともないように見える金属の板だが、保持するクラスによって見えているものは全く違う。

 すぐに、その唇が開いた。


「機械種の……『足跡』が……残っているのです……」


「え? 足……跡……? どこに?」


 ブリュムも真剣な表情で板を凝視するが、わからなかったらしい。

 金属の表面に刻まれた細かな傷だ。機械種は生体ではないが、それでもその移動には僅かな痕跡が残る。今回は傷だったが、もし可動部が柔らかいゴムなどの物質で保護されていたとしても今度はその痕跡が残る。表面には埃一つない。

 機械魔術師ならばもっと異なる方法で痕跡を辿る事も出来るだろう。


 華奢な指先が傷を静かに擦り検分する。眼がじっと証拠を汲み取るべくエティが顔を上げる。


 まるで夢でも見るかのようにこちらを見る。僕はそれに大きな欠伸で応えた。


「……なる、程……私達の……上、なのですか……盲点……いや、どうして今まで誰も――」


 誰も気づいていなかったのか、気づいたが隠していたのか。

 予想は出来るが、そんな事僕が知った事ではない。重要なのは、ここがこの迷宮に魔物を送る為の供給路であるならば、工場に繋がっているはずだという、ただその一点だけだ。


 開けられた穴の先を見る。通路がどの程度の広さがあるのかは知らないが、暗闇に僅かに赤の光が混じっていた。

 アリスが興味なさそうにそれを見上げ、呟く。


「警告灯……気づかれた」


「隠し通路に穴を開けられて気づかれなかったら僕はこの迷宮の管理者のセキュリティ意識を疑うよ」


「進む……のですか? ここまで暴いたのならば、ギルドに連絡してもそれなりの報酬が見込めるのです……」


 エティが躊躇いがちに進言する。目的地は虎穴である。

 その先が迷宮の心臓部であるのならば、そこはこの迷宮で最も危険な場所であるに違いない。


 だが、愚問だ。

 愚問だよ。僕は進むために来たのだ。ここで逃げる位ならば元々、こんな場所に来ていない。


 腰を落とし、エティの眼を覗き込むように見つめ、尋ねた。


「怖い?」


「……っ……怖い……のです」


「何で?」


「……逆にッ……わ、私は、何故フィルがまだ平然としているのか、分からないのですよッ!」


 それは僕の質問の答えになっていない。

 揺らめくエメラルドの瞳を見ながら、首を傾げた。まぁ、怖いのはわかる。一度腕をふっとばされ、そしてこれからもしかしたらそれ以上の敵がいるかもしれない未知の戦場に踏み入るのだ。恐怖を感じなければそれは警戒心が足りてないとさえ言えるだろう。


 だが、元々ここに入ったその時、エティには説明したはずだ。


「元々、生産工場に強襲を掛けるって話はしてたけど?」


「それ……は……」


 工場が随一の危険地帯である事なんて、この地で長い間探求者をやっているのであろうエティならば知っていて当然。大体、彼女は一度危険を承知で納得していたはずじゃないか。


 一度浅くため息をついて、エティの頬を手の平で触れた。皮膚を伝ってその恐怖の鼓動が伝わってくる。

 深呼吸をする。僕自身の気を治めるためではなく、接した皮膚を通して彼女を落ち着かせるために。


「死ぬのが怖い?」


「……貴方は、怖くないのですか?」


 怖いよ、勿論。ちょっとばかりやせ我慢しているだけだ。ちょっとだけ慣れていて、ちょっとだけ恐怖耐性が高くて、ちょっとだけ欲望が強くて、ちょっとだけ覚悟を決めているから平然に見えるだけ。

 大体、エティよりも数十倍数百倍数千倍死にやすいこの僕が死の危険の度に怯えていたら、怯えて行動を、判断を鈍らせていたらとっくに墓の下だろう。

 故に僕は今も研ぎ澄まされている。そうでなくてはならないのだ。


 じっと僕の事を窺うように見上げる眼に、僕はただ微笑みで応対する。

 そして、エティの呼吸が僅かに和らいだ瞬間、僕は声に出して答えた。


「『怖くない』よ。僕は死なない。エティが守ってくれるからね」


「ッぁ……はぅ……え? ……あ、な……た……は……」


 目が大きく見開かれる。声が、呼吸が、感情が乱れる。

 いや、乱れる、ではない。乱したのはこの僕だ。死の恐怖を乗り越えるにはそれ以上の情動がいる。


 一人で立ち上がれないのならば僕が手を引くし、もし後少しだけ勇気が足りないのならば僕はそれを与えよう。

 それが――魔物使いの仕事なのだから。


 エティの手を取る。まるで戦闘を出来るようには見えない、傷一つない手だ。

 さぁ、改めて命令(オーダー)しよう。


「エティ。僕を守れ。……まさか機械種の『創造主』と同じ機械魔術師の君が、機械種に負けるとでも思っているんじゃないだろうね?」


「……ッ」


 再びエティが息を飲み、そしてゆっくりと呼吸する。エティの薄い胸が僅かに上下する。

 呼吸を落ち着かせるように。その眼はしかし、ずっとこちらの眼を覗き込んでいた。エティの曇りのない瞳の中には、疲れたような表情の黒髪の男が映っていた。

 感情の機微を読み取るのは困難だ。特に種族、性別が違うのならば尚更の事。


 数秒の沈黙後、僕が読み違えたかと心配になった所でようやくエティが口を開いた。

 その表情はまだ震えていたが、その声はまるで自分自身その答えが信じられないかのように震えていたが、しかしはっきりとしたものだった。一言だけ。


「……行く、のです」


 一言出す事で意志が決まったのだろう。二言目の言葉には力があった。


「私が負けるわけがない……いや、負けたとしても……フィルは死なない、のです」


「何故?」


「……言うまでもないのです……」


 わかっているとばかりに一度頷くと、握られた手を離して、颯爽と立ち上がり、そして震えるように笑った。

 その表情に、説得の成功を確信する。

 元々ポテンシャルはあった。応急処置はこの程度で十分だろう。後は彼女次第だ。ここまで来たら一介の魔物使いの出る幕はない。


「私がマスターを護るから、なのです」


 そうだ。負けるわけがないのだ。

 機械魔術師の持つ優位性とは、臆病で用心深かった機械種の祖がそれだけあれば十分安全を図れると確信した値でもある。

 それで負けるのならば、所詮それは、そこまでの者だったという話だろう。


 隊列は高い不死性を持つアリスが先頭でエティ、僕、そしてブリュム。本来ならば危険な後詰めにブリュムを置くべきではないが、強力な感知スキルを持つ空間魔術師と機械魔術師がいる以上、奇襲の危険性はまずない。


 通路は赤の警光灯で満たされていた。明滅する光は異常事態を認識させる。

 この灯りの目的はどちらかと言うと、内部の者に認識させるためではなく、外部からの侵入者に認識させる事だろう。


 『私達はお前たちに気づいている』と。


 無駄。無駄だ。

 さっさと天井に潜り込んだアリスが無言で警光灯を発している赤のランプを砕く。通路に再び静寂が戻る。

 気づいている? そんな事はとっくに知っている。この程度では感情を揺さぶる事すらできない。


 天井裏のスペースはかなり広かった。高さは二メートル半、幅は一階の回廊よりも一回り狭い程度だろうか。

 人と同等程度の大きさの機械種を送るためだろう。機神の祭壇では大型の機械種の分布は確認されていない。もしかしたら下層では出て来るのかもしれないが、地下一階や地下二階に出て来る魔物を送るのに使うのならばこの程度の広さがあれば十分だ。

 ただし、天井裏には地下一階とは異なり灯りはない。遠くに警光灯の光があるからまだ何とか状況を把握出来るが、暗視が不可能な者にとっては厄介かもしれない。


 『黒鉄の墓標』探索時にも使った暗視を可能とする目薬を差す。僕以外のメンバーについては特に問題ないだろう。

 通路はどこまでも縦横無尽に続いていた。前後を確認する。脳内で地下一階のマップと比較する。角までの距離からして、必ずしも下の通路の上を奔っているわけでもなさそうだ。先ほどまで歩いていた通路を機神の祭壇の地下一階とするのならば、ここはさしずめ地下零階とでもいった所か。


 最後にブリュムが天井裏に上がり、上がるのに使った氷の台を消してもらう。


「どっちに行くのです?」


「上だ」


「……もう滅茶苦茶なのです……」


 馬鹿正直に通路を通って行く理由がない。

 機械種を生産するために必要とされるスペースは相当に広くなる。以前アリスとの再会を果たしたあの廃工場は大きかったが、あれほどではないにしても、生産機材を配置するのにかなりの大きさが必要だ。最も簡単に確保出来るスペースは更に……上。この通路は確かに広いが、迷宮に突入した際に通った階段の段数を考えると、地下零階の上にもスペースが十分余ってる。


 警戒されている以上、次から次へと魔物が送り込まれる事になるだろう。

 監視者も必死だ。ここで僕達を逃せば、この迷宮は誰一人最深部に行くことなく、心臓部を抑えられることになる。

 僕は隠し通すことによって得られる自身の利益など考えずに、バラす。それはもう盛大にバラす。躊躇いなくバラす。もしこの地が来て日の浅いレイブンシティなどではなく、グラエル王国王都だったのならばあらゆるコネを使ってでも広範囲にバラしていただろう。


「アリスがいるお陰で、当てずっぽうで穴を開けなくて済む」


「……え? あれ? フィル? ま、まさか、貴方……適当に穴を開けるつもりだったのですか?」


「まぁ、正確に言えば……勘、かな……」


「……それ、適当……っていうのです……」


 スマートではないが、スマートさなどそれほど求めてもいない。僕が求めるのはいつだって結果だ、結果。

 アリスが人差し指を立て、術式を発動する。小さな空間の揺らめきが指を中心に波紋のように広がる。周囲一帯を把握するための魔術。


 それにしても、本当に杜撰な管理だ。次があるのならば、ちゃんと空間魔術に対する備えもしておくように忠告しておこう。

 せっかく複雑な迷宮を作っても感知魔術で丸裸にされてしまっては意味もないだろうに。


「こっち」


 アリスについていく事数メートル、頭上を指指す。

 そして、そのまま流れるような動作で腕を振り切った。指から発生した白銀の弾丸が右側通路の角の向こうから顔を出した機械種を吹き飛ばす。


「エティ、天井を切断しろ。アリス、サポートだ」


「はい!」


 顕現したままだったのこぎりが再び天井を切り崩しにかかる。アリスは角から表れる機械種に対して、再び牽制の弾丸を発砲する。

 一撃一撃が正確に機械種の駆動系を破壊し、その残骸を積み上げる。B級からA級程度の機械種では相手にもならない。命を節約する余裕すらあった。

 僕の後ろに待機していたブリュムがちょんちょんと僕の裾を引っ張る。


「お兄さん、私は?」


「ブリュムは……僕の隣でお留守番」


「え!?」


 別に攻撃させてもいいけど、この状態で攻撃させた所で大した経験にもならないしなあ。

 過剰戦力だ。

 どちらかと言うとブリュムの能力は牽制や補助に大きな力を発揮する。ならば、必要とされるその時が来るまで温存させておくべき。

 自分だけ何も出来ない歯がゆさは僕が一番知っている。が、今は待機の時だ。


「適材適所ってやつだよ。いざという時の為に力は取っておいて欲しい」


「……うん、そういう事なら……」


 ブリュムは素直に頷き、僕の『隣』に一歩寄った。


 てか、めっちゃ眠いんだけど、どうしよう。

 首を振って眠気を飛ばす。殆ど飛ばなかったが、流石に今の段階で眠るわけにはいかない。せめて外に出ないと……

 赤色灯と響き渡る銃撃音、金属を切断する音に火花、その中で大欠伸をする。アリスが来て、緊張感が薄らいでしまった。気を抜くと眠ってしまいそうだ。


 やはり、こちらの居場所はバレているのだろう。


 左の通路からも機械種が集まってきている。挟み撃ちだが、その二つをアリスは零す事なく破壊していく。一部、放たれた弾丸は箒で撃ち落とし、それでいてその表情には笑みすらある。

 生命のストックがあるアリスにスタミナ切れと呼ばれるものは存在しない。精神疲労さえ無視できれば何時間何十時間何百時間だって戦える。そして、何を隠そうそれを無視出来るようにする事こそが、僕がアリスの育成を行う上で自身に課したノルマでもあったのだ。


「ッ……き、きれた、のです!」


「了解」


 アリスが一層激しい弾幕を張り、機械種の動きを一時止めると、その隙に切り取った天井を大きく上に蹴りあげた。

 開けられた穴から光が、そして音が入ってくる。爆発音にも似た激しい銃撃の音。ブリュムが耳を塞ぐ。

 金属の破片がぱらぱらと落ちてくる。アリスが箒でそれを振り払う。その殆どは拳程のサイズもない。塵とまではいっていないが、完全に破壊されている。


 エティが険しい表情で囁く。


「実弾銃、の音なのです」


「セキュリティだな……動体センサーかな?」


「でも、無限ではない」


 アリスが拾った金属片と、それに混じって落ちてきたらしい親指程の大きさの弾丸を、つまらなさそうに捨てた。頭上からの音は既に停止している。破壊するのにかかった時間はほんの数秒――一瞬だ。一瞬で四方一メートル程の金属塊をばらばらにする威力。


 実弾銃の弱点の内の一つは弾数に限界がある事である。レーザーを始めとするエネルギー兵器はエネルギーの補給さえあればいくらでも撃てるが、実弾銃の弾丸は高い技術を使い製造しなくてはならない。

 だから、弾数さえ撃たせてしまえば安全に攻略できるが、さすがにそれは見込めないだろう。セキュリティ的に考えてこの上は工場だろうし、弾が尽きる事など考えられない。

 そして、尽きるのを待つ時間もない。


 再び角に集合してくる機械種を眺めながら決断を下す。


「エティ、突入するぞ」


「セキュリティは?」


「何とかしろ」


 僕は君達がきっと何とか出来ると信じている。

 エティはそんな馬鹿な、みたいな表情で僕の方を一瞬見るが、本気だとわかったのか、がっくりと肩を落とした。


「ああ……大規模討伐を前に予想外の消耗なのです……」


 安心するといい。

 大規模討伐は考えているよりも遥かに楽に終わる事だろう。

 どうやら、この地の探求者達に経験を積ませる時間はなさそうだ。


「何秒かかる?」


「三秒欲しいのです」


「オーケー、アリス、サポートしろ」


はい(ダー)


 道具袋から煙玉を二個、取り出す。アリスがもう一度、戦線を押し込める。その瞬間を狙って、それを左右の通路に向かって投げつけた

 一瞬で一寸先も見えない程の煙が立ち込める。煙は本来の性能を発揮し、凄い勢いで通路を浸食していった。アムと一緒に探索した時に使ったこれをまたここで使う事になるとは……全く、この迷宮は本当に貴重なアイテムを浪費させてくれる。


 すかさず、天井の穴に向かってアリスが躊躇いなく飛び込む。再び聞こえた嵐のような弾丸の飛ぶ音。

 続いて、エティが跳ぶ。その表情には僅かに疲労が見えるが、その眼には萎縮している色はない。


 更にそれに続いて上がろうとするブリュムを慌てて止めた。命を無駄にする、ダメ、絶対。


 上は既に極めて危険な戦場だ。僕が入れば刹那の瞬間で挽き肉にされるような、そんな戦場。

 躱す余地もなく、考える余地すらない。機械的だから『はったり』すら通じないし、プライマリーヒューマンの種族スキルである『嫌悪値(ヘイト)増加抑制』も意味がない。


 両手を腕の中のブリュムの耳を塞ぐように当てる。

 呼吸を、心臓の音を押しとどめるように呼吸する。一秒、二秒、三秒。


 天井が揺れる。

 今まで聞こえていた音とは異なる大砲でもぶちかましたような轟音。音と衝撃で頭がくらくらする。


 上の穴から飛び出してきた腕を掴み、僕は恐らくこの迷宮で最後となるであろう戦場に足を踏み入れた。




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嘆きの亡霊は引退したい。

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