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Tamer's Mythology  作者: 槻影
第二部:栄光の積み方

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第三十二話:これは――戦意だよ

 SSS級の探求者とは怪物(エイリアン)だ。


 この世界には怪物が存在する。

 魔力でも筋力値でもなく、そのあり方で全てを圧倒する化け物が。


 才能の有無などではない、その存在は常人から考えると間違いなく『異質』


「ッ……な、なんで、この迷宮内で――」


 何故、どうして、この戦場で一人になれるような選択肢を平然と取れるのか?

 この最低でもA級以上の機械種しか出てこない地で、相応しい実力も保持していないのに。

 エトランジュにはその精神構造が全く理解出来ない。


 自身の生死すら軽々と扱えるその胆力はもはや狂気と同義。

 戦闘狂というわけでもなく、それはもはやそれが『日常』の域にまでなっているそのあり方は見ている側からすれば心胆寒からしめる事実だ。


 真似出来ない。真似出来ない、と思う。

 そして同時に、そこまでしなくてはSSS級に上がれないのだ、と言われているようで、エトランジュはぞくりと肩を震わせる。そこにある異質と感じる何かこそが、恐らくSSS級に至るにあたって、エトランジュに足りていないもの。


 思考に囚われながらも、スキルにより強化された脚力であっという間に通路を駆け抜ける。

 通路は全体が深い霧で閉ざされていたが、エトランジュの脳内に展開されたレーダーには敵の姿がはっきりと認識できていた。


 この迷宮に存在する数少ない注意すべき敵。


 機械種は基本的には機械魔術師の敵ではないが、一部例外が存在する。

 それは、機械魔術師の扱うスキルに対する耐性を付与された魔物(モンスター)


 すなわち、

 幻想兵装のスパナを始めとする機械種を分解するスキル系統に抵抗する――分解耐性。

 術者が直接放つ攻性魔術である貴雷を始めとする電撃(エレクトロ)に抵抗する――電撃耐性。


 それは、まるで機械魔術師に抵抗するために作られたかのような、数少ない天敵。


 その一体が、エトランジュの『区画伝播精査(フィールド・ソナー)』を食らっていた。

 全体を緻密に網羅するエトランジュの感知スキルの中でぽっかりと何も見えない空間。それは、何者かわからなくとも、天敵の存在を示している。


 分解耐性の有無はわからないが、ソナーを弾くということは少なくとも、そういったスキルは持っているだろう。電撃系は効かないと思った方が良い。

 こういった敵とぶつかるのは幸いな事に初めてではない。


 唇を舐める。全力で走っても息が切れることはない。魔術師職ではあっても、強力なパッシブスキルによる補正がかかっているエトランジュの身体能力は近接戦闘職のそれに匹敵する。

 初めてではない。初めてではない、が――


「でも、タイミングが悪いのです……はぁ……さっさと倒して戻らないと……」


 独りごちる、その呟きが白霧の中に消える。精霊種の生み出した物理現象とは異なる霧の中に。

 この霧もまた、ただの霧に見えて神秘の存在だ。気温は落ちているが殆ど視界がない程の濃い霧なのに湿気を殆ど感じない。


 元素精霊種とはまともに相対した事がなかったので、これもエトランジュにとっては初めての代物だ。自身の経験不足を痛感する。それは土地柄という事もあったのだろう、機械種の縄張りに他の種は好んで寄り付かない。


 角を曲がった直後、長い直線通路の手前で歩みを止める。空白はそれなりの速度でエトランジュの方に向かってきている。

 スキルに抵抗しているのだ。既にこちらの存在は気づかれているだろう。ならば、迎え打ったほうがいい。

 何が来るのかは分からないが、何が来たとしてもエトランジュのやる事は変わらない。


「はぁ……電撃(エレクトロ)だけだと思わないで欲しいのですよ……」


 探索をしながらの会話で、フィルの思考は大体わかってきた。


 考える事。

 穿った見方をする事。

 世界の全てを悪意と見なす事。


 ならばそれを、見習おう。


「今まで電撃(エレクトロ)分解(スパナ)で戦ってきたのです。ならば――『殲滅機構アニヒレーション・ドライブ』」


 

 時間はない。何しろ、弱者である二人をおいてきているのだ。

 身体からすっと何かが抜けていく。何か大切なものが。莫大な魔力がこの世界に力を顕現するために消費されていく。


 召喚されたのは無数の砲塔。

 エトランジュが長き探求者生活の上で一つ一つ手塩にかけて作った無数の武具が召喚される。元L級のレイスすら容易く葬る物理攻撃の極地。それこそが攻撃の要。


 防衛機構が静かに目の前を衛星のように回る。

 黒鉄の機銃がエトランジュの意志に従いその砲火を標的に向ける。


 あらゆる策を弄するのがフィルの探求であるのならば、エトランジュの探求は圧倒的な魔力と身体能力、純粋な『力』にあった。それは単純であるが故に隙のない『正攻法』


 計算する。構える隙を与えるつもりはない。

 電撃耐性? 分解耐性? 

 だからどうした。それならば、単純にその装甲を上回るだけの攻撃力を発揮すればいいというただそれだけの事。


 虫食いのように見えない気配が角を曲がる。やはりこちらに向かってきている。

 一直線上に気配がきたと同時に、エトランジュは無言で指を向けた。



*****



 迷宮は出入り口を境界として分けられた一つの別世界だ。そこには生態系がある。

 例えば、迷宮に生息する魔物がゴブリンだとするのならば、その迷宮のどこかにはそれを成すための大規模な集落があるはずだ。生態系の一端を成すためには多大な数が必要で、ゴブリンは多産で有名だがそれにしたってそこに必要とされるコストは相当に高い。

 だから、基本的に有機生命種が生息する迷宮は、その生態系を成すための莫大な広さを持っている。この機神の祭壇はそれなりの規模の迷宮だが、それだって有機生命種が生息するに足る迷宮と比べれば随分と狭い。


 だから、本来ならば迷宮を攻略する際にまず考えるべき事はその魔物の巣がどこにあるかだ。今回の場合は生産工場の場所がそれに値する。

 今回の迷宮は少々特殊なので一般の迷宮を基準にすると痛い目にあうだろうが……


 探求をする上で感じるふとした疑問は案外、大切だ。


 例えば――こいつら、どこから来ているのだろう、とか。死体はどこに消えているのだろう、とか。

 特に、その源が見つかっていないなら尚更の話。別に湧いてくるわけじゃないんだから、機械種が徘徊している以上そいつらはどこからか来ているはずなのだ。


 そしてまた、今まで通った通路に機械種の残骸が落ちていない以上、倒したそれを回収するものもいるということ。

 僕がアムと来たのは二週間ちょっと前の話。あの時に倒した残骸が綺麗さっぱりなくなっていたというのは――どう考えてもおかしい。本来の迷宮はもう少しだけ『汚い』のだ。環境が最悪になると迷宮を支配するプレジャー・ワンダーが掃除するが、ある程度は生態系の維持に必要なものと見なされる。


 警備兵が回収しているわけでもないだろう。あれはそういった形をしていない。この迷宮が監視者によって統制された迷宮であるのならば、専門の掃除屋がいるはずだ。

 地図をじっと見つめ、考える。いやー、感知能力が高いメンバーがいると思考を他に割けるからいいね。


「地面か……予想外だな……いや、そうでもない、か。回収する際と出現する際でルートが異なる事も十分考えられる事だし……」


「お兄さん! 次々――食われてるよ!」


「別にそれは今回の目標じゃないからいいよ」


 そのためにあえて置いてきたのだ。一つの罠とも言える。

 監視者も焦っているのだろう、突然、迷宮内で霧が発生した事なんて今まであるまい。本来ならば、回収は僕らが完全に撤退するまで待つべきだった。帰り道で倒したはずの機械種の残骸が存在していなかったら疑問に思うのが当然なのだから。


 ブリュムの頭を撫でる。


 この娘がいなかったら僕は力づくで源を暴かねばならなかっただろう。

 探求に置いて、力の強弱はそれほど重要ではない。

 向き不向き、状況に応じた対応が求められるというただ、それだけの話。


 まぁ、スイでも別に良かったんだが。


「!? ……ど、どうかしたの?」


「いや……何でもないよ。それよりも重要なのは――回収元ではなく、出現(ポップ)ポイントだよ」


「う……うん」


 この視界の悪さ。カメラも役にたたない上に、こちらには彼らの天敵である機械魔術師がいる。さぞかし状況把握には苦労する事だろう。

 通路の一画に腰を下ろす。床には霜が降っていたが、先ほど掛けてもらった魔法のお陰で冷たさは感じない。


 ブリュムの手を引いて隣に座らせる。エティがいなくなった時点で僕らはここで敵と戦うべきではない。A級の機械種相手ではブリュムでは少し荷が重いだろう。勿論スレイブだったら容赦なく戦わせるんだけど。


 ブリュムは集中したように眼をつぶっている。知覚範囲は広がってもそれを処理する脳はたった一つだ。この手の広域感知は詳しく知ろうとすればする程に脳に負担がかかる。

 だから、人はパーティを組むのだ。無防備な身体を他のメンバーに護ってもらうために。


 霧の奥から銃撃音が響き渡ってきた。視界の悪さもあり、通路に反響したそれは距離も方向もいまいち判断が付かない。僕にわかるのはこれが、エティの攻撃スキルだという事くらいだ。


「これ……って……」


「ああ。大丈夫だよ。安心して集中するといい」


 ブリュムが不安げに顔を上げる。それをたしなめた。

 今のブリュムの仕事はメンバーを心配することじゃない。それは何もできていない僕の仕事だ。


 エティがもし万が一死んだら、僕はアリスを使わなくてはならないだろう。その用心だけはしておく。

 既に第一階層の三分の二を踏破している。ここからブリュムだけ連れて戻るのは如何に視界を遮れる霧を使えても至難だし、監視者もその時は全力で追ってくるはずだ。ルートは記憶しているし最短ルートも考えているが、そんなのは気休めにしかなるまい。


『ご主人様、行きましょうか?』


 頭の中で心配そうな声がする。ほんっとうにこの子、僕の挙動の一挙手一投足を見ているのな。


 来なくていい。アリスは僕の切り札だ。

 切り札っていうのは……ここぞという時に使うものなのだ。今の状況は悪くない。何が悪くないって、まだ手の内を殆ど晒していないという点がいかしてる。

 そのメリットはこの程度で切るべきではない、と僕は判断する。


 屋内で霧に覆われているというのもまた、どこか幻想的な光景だ。

 じっと待つ。その間に精神を調律する。戦場の空気に、死の気配に、高ぶる心を落ち着ける。明鏡止水。

 そして、その時が来た。


「……お兄さん、見つけたよ……見つけた、けど……」


「見つけたけど?」


 ブリュムが眉を顰めて僕を困ったように見上げる。


「……知覚範囲の外から来たみたい」


「知覚範囲の外、か……それは霧の外って事であってる?」


「うん……」


 さすがに、この怪しい霧の中で機械種を出す程馬鹿ではなかったか。

 なかなか高度な知性を積んでいるようだ。いや、知性自体はあって当然なのだが、思ったよりも用心深い。

 今まで監視者の存在がばれているにも関わらずまだその実体が捉えきれていなかったのは、ここの探求者が無能だったという理由だけじゃないのかもしれない。


「ど、どうする? 十体くらい来てるけど……」


「補充されたね……もっと増えるかな?」


 ここに来るまでの間に倒した監視機兵の数は三十三体。

 今まで倒した分の残骸は回収されてしまったが、完全に補充されるのは僕達がここから出た後か、あるいは……死んだ後だろう。


 しかし、霧の外からきた、か……


 ブリュムの操る霧は既に本来、監視機兵が生息している区域を覆い尽くしている。つまりそれは、本来はいないはずの所にいないはずの機械種を出したという事だ。出せたという事だ。


 やはり、出現ポイントはいくつかあるのだろう。後は機械種を送る方法だ。

 といっても、選択肢は余り多くはない。ただの予想だが、転移は消耗が激しすぎる。定点での転移ならばそれほどでもないはずだが、それでも――補充する度に転移させていたらどれほどのリソースを用意していたとしてもあっという間に枯渇するだろう。

 いや、何よりも、そんな事を、あえてする意味がない。必要がない。もっと簡単な方法がいくらでもあるのだから。


「そいつらはこっちに向かってきてる?」


「……いや、一部はこちらに向かってきているけど、他の通路に向かっているのもいるよ」


 という事は、単純に補充しただけか。ある程度の偵察の役割はあるのだろうが、全力を出しているかというと全力というわけでもなさそうだ。そもそも、監視機兵は攻撃力にも守備力にも乏しい。全力を出すのならば護衛をつけて派遣してくるべきだ。


 まぁ、攻撃力も守備力も低いといっても、僕では手も足も出ない。ブリュムで勝てるだろうか?

 断続的に響き渡る銃撃音はまだエティが生きている事をさしているが、どうも手間取っているらしく、鳴り止む気配がない。


 ……いや、手間取ってる?

 あのクラスの機械魔術師が手間取るような相手ってなんだ? 確かに、それなりに機械魔術師に対する対応策を持った者が現れるのは想定の範囲内だが、それにしたって手間取る事なんて……ありうるのか?


 ……


「……仕方ない、迎え撃とうか……」


「え? わ、私が戦うの?」


 ブリュムは僕がこの迷宮でまともに戦えると思っているのか?


 精霊魔術師と一言で言っても、得意分野、苦手分野がある。

 彼女の能力は水系の精霊魔術の中でも『霧』に寄っているようだ。水の精霊魔術は基本的に攻撃力が高くないが、霧はその中でも随一に攻撃性能が低い。が、そんなのは余り関係ないのだ。


 勝てねば死ぬのならば、手札が何であろうが戦うしかない。

 それは、いつもと何ら変わらない。


「例えばブリュムが僕のスレイブだったら、この距離から奴らを氷漬けにさせただろう」


「え!? そ、そんなの無理だよ!?」


 だが理屈で考えるならば出来る。

 この霧は彼女自身だ。知覚が届いているのに、周囲をここまで自らのフィールドで覆っているのに、その程度の事が出来ないわけがない。

 精霊種ならば迷い人の一人や二人、取り殺せなくては……精霊種と呼べないのではないだろうか?

 尤も、さすがに今回、彼女にそれを強要させるつもりはない。


 なんたって一応、こちらの都合でついてきてもらったわけだし……


「壊さなくてもいい。動きだけ止めようか。それなら出来るだろ?」


「……う、うん……どうかな……。わかったよ……はぁ」


 自信がなさそうだ。これは良くない。低いテンションは余りいい結果を生まないのだ。


 人の形を持たない純粋な元素精霊種には死生観と呼べるものがないとされているが、人の形を取った現世における元素精霊種はちゃんと死に対して恐怖を抱く。精神が肉体に引っ張られるといういい例だ。


 だから僕は少しでも安心出来るように笑みを浮かべた。


「負けそうになったら精霊界に逃げていいよ。後はこっちで何とかするからね」


「そ、そんな事しないよ!?」


 やれやれ。わかってないな。

 ブリュムの眼を覗きこむ。その心に一言一言を刻みつけるように命令する。

 分かっていない。分かっていないよ。善性は決して良い方向に働くとは限らないのだ。心優しいとかそういう問題ではない。


「いや、するんだよ。そうするべきなんだ。可能な限り全力を尽くし、どうしてもそれでどうにもならなかったら、自分の生命の安全を第一に考えろ。僕のせいで君が死んだら僕は――一生後悔する。だから、常に念頭に置け。もし万が一何がしかの原因で僕が敗北した時は――躊躇わずに逃げろ。僕のせいでブリュムが死ぬのは……とても『迷惑』なんだよ」


 アクセルを踏むべき所、ブレーキを踏むべき所を見誤ってはいけない。どんなに才覚があってもそのような探求者ではあっという間に墓の下だ。

 僕だって逃げる手段があれば逃げるだろう。まぁ、今回はアリスを召喚するという最終手段があるので気が楽ではある。


 大体、僕が言う台詞でもないんだが、突発的に連れて来られたにしてはブリュムは責任感が強すぎるのだ。そこもまぁ美徳なのかもしれないが、そのせいで死んでしまっては元も子もない。


 君の命は……そこまで軽いのかい?


 ブリュムは僕の言葉にどこか悲しげな表情をしたが、すぐにそれを見られている事に気づいて慌てたように表情を消した。

 口をへの字に捻じ曲げ、強い視線で僕を見上げる。


「……ま、まぁ、勝てばいいんでしょ?」


「まぁ、勝てばいいね」


 勝てば官軍、この世界では勝者にのみ権利があるのだ。敗者には何も成すことはできない。

 元素精霊種については正直あまり詳しくない。だから、ブリュムの眼に灯っている奇妙な光の正体について僕はわからなかった。


 勝てばいいんでしょ、か。まぁやる気があるのは良い事だ。


「足止めは関節を狙うといい。さすがにそこを凍らせれば動けなくなるだろう」


 人型ではあるが、ここの機械種は所詮、『機械』の形をしている。小夜や白夜のように洗練されていない。その関節部は所詮金属の組み合わせであり、柔軟性に乏しく、凍らせてしまえばその駆動は大きく減衰する。完全に凍りつかせれば流石に動けまい。

 ブリュムの睨みつけるような強い視線は確かに深い霧の奥の、数百メートルも先の魔物を見据えていた。その髪がキラキラとまるで粉雪が付着したかのように光り輝く。


 感情の励起。魔力の励起。魔力は精神力に密接に関係する。特にそれは精霊種や霊体種に顕著だ。


「輝く白の星よ、荘厳なる銀の帳にて、永久(とこしえ)の眠りを授け給えッ!!」


「……ん?」


 ブリュムの静かな声が反響する。

 その時、篭った力は僕の想定を超えていた。


 周囲の気温が大幅に下がる。ブリュムの眼が今にも死にそうな程に強張っている。

 惜しげも無く消費される魔力は僕が今までの挙動や使用スキルから見積もっていた彼女の許容を超えていた。意識がいつ飛んでもおかしくない。


 やる気、ありすぎだろ。何がトリガーになったんだ?

 僕の言葉? ……ダブルリンカーがここまで感情的な種族だとは……


 ブリュムに注意を向ける。魔力の過剰消費の意味は種族によって異なる。精霊種にとってのそれは酷く危険だ。


 ちょっと迷い、ベルトから魔力回復薬を抜き取り準備する。ブリュムの一挙手一投足に全神経を傾ける。


 止めるべきか? いや、そうだな。あえて止める事もないだろう。

 彼女がそうしたいのならば僕はそれを許容しよう。もはや魔術は行使されている。途中で止める方が……危険。


 夢現でも見るかのような朦朧と瞬かれる碧眼。

 そして、ブリュムから力が解き放たれた。


「『氷止封壁』!」


 最後の言葉と同時に、みしりと何かが軋む音がした。


 ただそれだけ、ただそれだけだ。


 ブリュムの身体がふらりと倒れかける。予想していたので抱き支える。ただでさえ白い肌は完全に蒼白になっており、その肌はやや透き通っている。

 精霊種特有の現象。彼らは魔力によってこの世界に顕現されている。十分な魔力がなければこの世界に留まれない。


 水系の元素魔術エレメンタル・マジック

 『氷止封壁(フリージング・シール)

 対象を氷の中に閉じ込めその生を奪う中級上位の魔法。

 スイならばともかく、ブリュムの実力ならば不相応な位の魔術だ。しかもただ使用するだけでなく、視界の範囲さえ超えた広範囲に放っている。


 スイもそうだったが、ブリュムもなかなかどうして負けず嫌いのようだ。

 魔力の過剰消費により透明になりかける手を強く握り、回復薬をブリュムの口につっこむ。朦朧とはしていてもかろうじて意識は残っているのか、嚥下されるのを確認し、霧の向こうを睨みつけた。


 なんとかポーションを飲み切ったブリュムが焦点の合わない視線で僕を見上げる。掠れた声。


「私、だって、やれば――」


「……ああ、そうだね……悪かった」


 だけど、この戦地でしかもその場に戦闘能力のない僕しかいないのにぶっ倒れる程魔力を使うのは宜しくない。

 僕はブリュムに負けず嫌いのタグを付け、彼女の評価を一段階落とし、彼女の性能をやや上方に更新した。


 念の為、もう一本ポーションを口元に近づける。魔力が回復してきたのか、顔色が少しずつ元に戻ってきている。

 僅かに頬を赤らめ、ブリュムはそれに口を付けた。


「停止した?」


「んく……ん、は、ぁ、停止、したよ。皆、動いてない。さすがに全身を『氷漬け』にしたのに動けるわけが……」


「でもきっと殺せてはいないよね」


「……え?」


 生き物だったら殺せる。全身を凍りづけにして生きていける生物はそうそう存在しない。特に有機生命種ならば。

 だが、呼気を止める事による窒息。凍傷による肉体機能の損壊。そういったことが――呼吸をせず、体表を強力で柔軟な金属で構築された機械種に通じるわけがない。

 あいつらの稼働を完全に止めたいのならば直接破壊しなくてはならない。『アロー』などを使ってその重要機関を完膚なきまでに壊さなくてはならない。


「あ……そう……かもね。溶けたら動く……かも」


「まぁ、動いたら気づくだろ? 上出来だよ」


 どこかばつの悪そうなブリュムの頭を撫でてやる。ブリュムの表情がそれだけでぱーっと明るくなった。

 もとより僕が彼女に課した役割は索敵だ。


 力を抜き、ブリュムがちゃんと自分の足で立てる事を確認して立ち上がる。


 さて、それじゃあ邪魔者を片付けた所で……行こうか。


「……どこかに行くの? あ、凍らせた奴、壊しに行くとか?」


「いや……エティを助けに行くんだよ」


「え!?」


 気づいていなかったのか。


 耳を澄ませる。世界は静かだ。


 エティが向かってから既に十分以上経っている。銃撃音が鳴り止んで既に五分近く経つ。鳴り止んだ銃撃音と戻ってこないエティ。

 十分という時間を長いと見るか短いと見るか。だが、彼女は魔術師だ。剣で打ち合っているわけもなく、戦闘が長引いているにしても静かすぎる。


 僕の目測ではここの魔物は彼女にとって一撃必殺、あるいは数分でかたをつけることができる相手しかいないはずだった。

 想定外の事が起こったのか、あるいは彼女が油断したのか。


 エティ、あの娘、力はあるけど精神に隙があるからな……


「ブリュム」


「う、うん……まだ動いてる――生きてはいるみたいだけど……」


「そうか……よかった」


 表情に出さずに心中で胸を撫で下ろす。

 イレギュラー。ここで彼女を失うわけにはいかない。彼女はこんな所で死ぬべきではない。


 一歩踏み出そうとして、手が引っ張られる。ブリュムがこちらを見上げていた。怯えたような視線。


「お、お兄さん……まさか……笑ってる?」


「いや……これは笑みじゃないよ」


 唇を舐め、ブリュムを見下ろす。

 誤解させてしまったね。これは笑みじゃない。


 これは――戦意だよ。

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嘆きの亡霊は引退したい。

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