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Tamer's Mythology  作者: 槻影
第二部:栄光の積み方

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第三十一話:人は探索で、迷宮で磨かれるのだ。

 危うげない探索はつまらない。

 特にこの変わらない風景、歴史には興味はあるが、迷宮を探索するという上での話をするのならば、この迷宮は面白みがない事この上ない。何が足りないって浪漫が足りていないのだ。


 入り組んだ通路の絡み合う一画。冷たい壁に触れながら溜息をつく。


「『区画伝播精査(フィールド・ソナー)』!」


「『悲哀閉ざさる銀幕(フローズン・ダスト)』!」


 二人のタイプの違う声が上がる。

 既に監視警備兵の出現区画にはとっくに入っている。ライトナイトを最後にして、機械種は出現していなかった。


 エティの術式により目に見えない波が広範囲に染みわたる。機械種に対して大きな効果を持つ探査術式だ。生物の探査については、さすがに他の探査系術式に一歩譲るが、相手が機械種ならば話は別だ。

 どこにいるかは勿論、何がいるかまではっきりわかる。


 ブリュムの魔法により、長く続く回廊は氷に閉ざされつつあった。

 空気中の水分が氷の粒に変化し、視界が白い靄で阻まれる。床に、壁にびっしりと霜が降る。

 この手の術式は密閉された空間で最大の効果が見込めるのだ。


 急激に冷えた空気に、思わずくしゃみをする。

 それに気付いたブリュムが駆け寄ってきた。背伸びをして人差し指で僕の額に触る。


「何? お兄さん、寒いの? 仕方ないなあ……『氷結耐性付与サプレッション・オブ・アイスエレメント』!」


「ブリュム……いくらなんでも過保護なのですよ……」


 ブリュムの触れた箇所から薄水色の光が発生し全身を包み込む。

 氷の元素に対する耐性を付与する魔術だ。氷の元素(エレメント)による影響を抑制するための元素魔術師の魔法。

 それぞれ属性によって別れており、範囲が広くダメージが大きな火の元素魔術師にとっては必須の魔術である。


 ブリュムがちょっと自慢げに胸を張った。


「ほら、お兄さん。もう大丈夫でしょ?」


「……ああ、ありがとう。助かったよ」


 ちょっと寒かったくらいでこの程度なら、全然我慢できたんだけどね。

 だが、ブリュムも恐らく活躍の場が欲しいのだろう。何も言うまい。やらないよりはやった方がいいしね……


「……ちょっと寒いくらいで耐性付与してたら、いくら魔力があっても足りないのです……」


「大丈夫、このくらいの魔力の消費だったら自然に回復するから」


「……なら、いいですけど……」


 釈然としなさそうにエティが首を傾げる。

 大丈夫、魔力が足りなくても――魔力回復薬を飲ませればいいだけの話だ。その分のストックくらいは持ってきているつもりである。

 このストックが三割切るようだったら逃げた方がいいだろう。


 しかし……どうせやるんだったらエティにも掛けてあげたらいいのに。


 ブリュムの魔術の影響で視界が悪化している。恐ろしく濃い霧――僕の視覚では一メートル先もまともに見えない程だ。

 離れ離れにならないように、しっかりとブリュムの手を握る。

 ブリュムの方も強く手を握り返してくる。例え精霊界から来た元素精霊種(エレメンタル)であっても、この世界に来た時点である程度、肉に酷似した身体を持っている。握られた手から通じてくる温度は暖かい。


「ブリュム、見えるな?」


「うん。大丈夫」


 トネールの探査が風を使ったものであるように、ブリュムは水を使って状況を把握する。

 彼女の眼にはこの深い霧の中でもいつも以上に見えているはずだ。そして、霧は一種の結界でもあった。凶暴な元素精霊種は、幻想精霊種と同様にまず自身の得意とするフィールドを作り出し、そこで獲物を狩るものなのだ。


「エティは?」


「まーまーなのです。でもやっぱりこの近くに目標はいないのですよ。目標は勿論、他の機械種もいないようなのです」


 ブリュムの探査とは異なる摂理で状況を把握しているエティが頷いた。


 つまり、前が見えないのは僕だけである。

 でも大丈夫、僕が見えていなくても大丈夫。僕は――何もしないからね。


「とりあえず数体片付ければいいのですか?」


「そうだね。漏れ無く倒しながら先に進もう」


 監視警備機兵アイズの持つ偵察(ウォッチ)のスキル。

 それは、伝えるためのスキルである。このスキルを保持するものは、親機となる存在に映像と音を距離や物理的な障害物を無視して伝達する事ができる。


 あからさまなカメラが付属されている事からもわかるが、明確に迷宮内を監視し何者かに伝える機械種、それが監視警備機兵だ。


 深い霧の中、ブリュムに手を引かれて進んでいく。ほんの一メートル隣にあるはずの壁すらも見えない霧の中。幻惑系の効果はなかったはずだが、距離感、方向感覚も油断すれば失ってしまうだろう。

 プライマリーヒューマンはあまりにも視覚に頼った生き物(ヴィータ)なのだ。


「見つけた。一体目なのです……『雷矢(サンダー・アロー)』」


 ソナーによる機械種の反応に対して、エティが術を放つ。

 雷光が霧の中でも一瞬見えた。エネルギーを矢の形に固定化して放つ矢系の魔法。あらゆる矢系(アロー)の魔法の中でも、雷矢は光矢に次ぐ速度を誇る。

 ほぼ同時に着弾する音、何かが崩れ落ちる音が聞こえた。


「仕留めたのです……分解は後でいいのですよね?」


「ああ、放っておいていいよ」


 囮にするからね。


「じゃー次々行くのです」


 エティの言葉は揺るぎない。

 僕にわかるのは、たまに瞬く雷光が全てを根こそぎに破壊している事くらいだ。


「お兄さん、足元、気をつけてね」


「ああ」


 エティが壊した監視警備機兵の残骸を通り過ぎる。

 床に崩れ落ちた一メートル程の機械の身体。仰向けに倒れた残骸の、ほぼ無傷の、霜の掛かったカメラがじっとこちらを見上げていた。


「私、ずっと思ってたんだけどさ……外の機械種は蟲とか動物が多いのに、この迷宮のは少し違うんだね」


 黙っていると不安なのだろう。

 ふとブリュムが何気なく言う。それは僕が初めにこの迷宮の事を調べた際に感じた疑問だ。諸説はあるが明確な答えはない。

 口を開きかけた僕を、エティが遮った。


「何故ここの迷宮だけこんな機械種が存在する事になったのかについては、機械魔術師の間でも諸説があるのです。まぁ、迷宮の形が迷宮の形なので、余り大きな機械種じゃ入り込めないから最も適した人型に進化したのではないか、とか言われていますが、一番の説は――」


 雷撃が再び鳴り響く。固定化された雷光が一瞬霧を強く煌めかせる。

 会話を交わしながらでもその手が止まる事はない。どうやら最低限を守っているようで、一撃で仕留めるように心がけているようだ。

 心がけただけで出来るようになる辺り、彼女の天稟が見え隠れしている。いや、今まで勉強して――機械種の構造を知り尽くしているが故の結果か。それを天稟と呼ぶのは彼女を侮辱しているのかもしれない。


「――この迷宮の名にもなっている『機神』を崇めるため、という説が一番なのです」


「……崇めるため? いや、それよりも……機神って?」


 ブリュムの疑問に、エティが冗談でもいうように微笑んだ。

 一番の説と言ったが、多分、彼女自身は信じてはいないのだろう。

 振り向くと、二度、柏手を打って片目を瞑って見せる。

 

「ふふ……礼拝する時に、ぱんぱんって、手を打つのです」


 ナンセンスだ。人の手によって構築された機械種が神を崇めるなど、冗談にもなっていない。大体、こいつら手が銃身の奴もいるし、柏手を打とうとしても出来ないだろ。

 まぁ、冗談にもなっていないが、しかしどこかその説には奇妙な信憑性があるのは確かだ。


「そのために人型をしているとか。外部が厳重に警備されているのも、彼らの神域に侵入されないように、だとか。最奥には――機械種(マキーナ)の神がいる、だとか。まぁ、都市伝説の類なのです」


「意図されて流された噂なのかが気になるよね」


「……フィルは毎回毎回、穿った見方をし過ぎなのですよ……。まぁ、確かに興味がなくもないですが……」


 是非とも最奥まで潜って奥にあるものを確認してみたいものだが……アムと二人じゃ無理かな。

 靴の底が結露した霜を踏むざくざくという感触に慣れはじめた頃、エティが雷矢を打ってこちらを振り向いた。


「これで十体目なのです……この近くにいる監視警備機兵はこれで最後なのですよ。少なくとも、フィールド・ソナーで感知できている監視警備機兵はこれで全部なのです」


「感知範囲は?」


「んー……場所にもよりますが、今この場所だと……地図を見せて欲しいのです」


「ああ」


 地図を広げる。突入してからまだ二時間。

 しかし、もう一階層の中頃まで進んでいた。地図に僕の位置が光点となって示されている。

 エティは少しだけ首を傾げ、三つ程角を曲がった五センチ程進んだ位置を指さした。


「とりあえず、今分かるのはこのあたりまでなのです。外ならもっと広いのですが、壁が探査に干渉していて……この位置までだったらそこにいるのが何の機械種なのか何体いるのか、眼で見た時と同様に分かるのです」


 複雑に折れ曲がっているので一概には言えないが、距離で言うとせいぜいが数百メートルといった所か。

 障害物の陰や角の先まで分かるので視覚よりは遥かに強力だが、それでもやや心もとない。本来のフィールド・ソナーの範囲はキロ単位なので、相当に強力な干渉を受けているのだろう。


 物事には道理がある。

 僕は手持ち無沙汰にブリュムの頭を撫でた。最近気付いたんだが、彼女の背丈は僕から見ると撫でるのにちょうどいい位置に頭が来るのだ。


「感知範囲に異常はある?」


「……特に異常はないのです。他の探求者もいないし、機械種の動きも特になし、なのです」


「ブリュムは?」


「んー……特にないかな。あ、霧がちょっと切れそうだけど……『悲哀閉ざさる銀幕(フローズン・ダスト)』!」


 霧が一層濃くなる。濃くなるだけではない。

 一見僕の眼からはわからないが、霧は動いているはずだ。元素精霊種(エレメンタル)は世界を構成する元素を操る種族。水を司るブリュムにとって、水は彼女自身に等しい。


「感知範囲は――ここからここまでかな? ちょっとあやふやだけど……」


 ブリュムの指はエティよりも遥かに広い範囲を指していた。

 霧は彼女自身だ。精度はエティのそれに及ばなくとも、範囲は遥かに広い。


「こんなに……これ、どこまで分かるのですか?」


「機械種の種類まではわからないだろうが、種族の差異や力の大まかな大きさくらいならわかるだろう」


「うん。そうそう、お兄さんの言うとおり!」


 嬉しそうにブリュムが同意する。

 然もありなん。エティの感知はスキルによるものだが、ブリュムの使っている感知は種族特性を利用したものだ。その精度は彼女自身の力に比例する。

 ブリュムくらいの力ならば――精度は一般の感知スキルに一歩劣るといったところだろう。


 ちなみに、以前トネールが黒鉄の墓標で行った探知はこれの風版だ。風の探知は速度も精度も高いが、水と違ってその場で長時間残るものではない。場合に応じた使い分けが求められる。


 閑話休題。


 しかし、何より素晴らしいのは――機械種(マキーナ)にとって、これが未知である点だ。

 機械種と元素精霊種では、生きる価値観が違う。存在する理論が違う。理解しがたい。理解できない。

 きっと理解しようとしていない。


 それは悲しい事だ。この迷宮を生み出した者の気持ちを思って、僕はほんの一瞬だけ溜息をつく。


 霧の中にいても僕の手の平には水滴の一滴もついていない。これは、物理ではないのだ。


「だからきっと、君達はこんな僕に、してやられるくらいに弱いんだ……」


「ん? お兄さん何か言った?」


「……いや、なんでもないよ。ブリュム、探査の結果は?」


「んー、特に今の所異常はないかな?」


「僕達が倒して来た監視警備機兵は、ちゃんと倒した所にいる?」


 ブリュムが僕の問いに眼を丸くして、一度目を瞑って数秒考えると、首を縦に振った。

 エティが真剣な表情でそれを見ている。吐息が低い気温に白く凍りつく。


「う、うん……いるみたいだけど……」


 そうか。ならばよし。

 最初に倒した監視警備機兵は既にエティの感知範囲外だ。


 僕の想定では絶対にあるはずだった。何故ならば、この迷宮は――守護する者もいないのに綺麗すぎる。

 迷宮全般のルールは本来ならばプレジャー・ワンダーが設定する。プレジャー・ワンダーがいないのならば、代わりに迷宮を整備するものがいるはずだ。


「なら、ちょっとだけ――注意しておいてもらえるかな?」


「……わ、わかった。気をつけて見ておくよ!」


 素直な娘だ。素直な娘は可愛い。可愛いのはいい事だ。

 僕は特別にスレイブにやるみたいに頭を撫でてやった。


「……なるほど、そういう事ですか。確かに……いや、でも、変わったアプローチなのです」


 エティが腕を組んでぶつぶつとつぶやいていた。

 勉強家だ。僕の言葉を一つでも理解しようとするそのあり方は素直に尊敬できる。

 努力する娘は可愛い。可愛いのはいい事だ。


 こんな娘達と迷宮探索出来るなんて、僕は前世でどんないいことをやったのだろうか。


 『ご主人様! 私も! 私もいます!』


 頭の中で騒いでいるアリスを、僕は封殺した。ちゃんと仕事しろよ。

 言うまでもなく、アリスは――僕の誇りなのだから。


 しかし、どこまで進むべきか。

 進み過ぎるとブリュムの脳に負担がかかる。知覚範囲はいくらでも広げられていても、それを処理するブリュムの脳は一つだ。


「カメラの場所は?」


「えっと……十メートル先に五ヶ所……概ね、そのインターバルで仕掛けられているのです。まぁ、この深い霧の中で、このタイプのカメラはまともに動作していないとは思いますが……」


「量産品だね」


「質はそんなに高くないのです。何しろ……この機神の祭壇全域に隈無くカメラを仕掛けるには相当な量が必要となりますので」


 然もありなん。物事には尽くコストがかかるのだ。

 しかし、となると……やはり進むしかないな。エティの感知範囲外にも監視警備機兵はいるはずだ。

 眼はできるだけ潰しておいた方がいい。


「ふむ……壊しながら進んで見るか。ブリュム、霧はどのくらいの範囲までなら保てる?」


「まだまだ余裕だよ。あはは……私達の種族は、森一つを霧の中に閉じ込める事だってあるんだから」


「ここは森じゃないし、森を閉じ込めるんだとしても同族と協力して複数でやるんだろ?」


「うっ……お、お兄さん、詳しいね……」


「趣味だからね」


 知らないと思って適当な事を言ってはいけない。

 無理をさせてはいけない。強がりを真に受けてもいけない。言葉と行動が度々、一致しないのは――人も精霊も同じだ。

 ブリュムに経口の回復薬を手渡した。


「とりあえずしばらくは生息域の監視警備機兵を全滅させる事に全力を尽くそう」


「私だけ回ってきたほうが早いのですけど……どうしますか?」


 そりゃそうだ。だが、そういうわけにもいかない。

 エティがいないと僕達が殺されるし、エティを一人にしても――とにかく、油断は大敵だからね。


 この迷宮が想定している天敵は僕のような魔物使いではなく、ブリュムのような精霊魔術師でもなく、まさしく……エティのような、機械魔術師(メカニック)のはずなのだから。




*****



 もはや見慣れた雷の矢が無数に射出された。


 深い霧の中とはいえ、下級の魔術じゃなかったら、その音と光で僕の感覚は麻痺していたかもしれない。

 既に迷宮に入ってから三時間が経っていた。


 敵が全て崩れ落ちたのを確認し、エティが溜息をつく。


「ふぅ……これで三十二体目……使っているのが下級のサンダー・アローなのでまだ魔力に余裕はありますが、なんかちょっと疲れてきたのです」


「長丁場の探求は初めて?」


 ジト目でエティが見上げる。

 ブリュムも疲れてきたのだろう。口数が少なくなってる。そろそろ休憩を挟むべきか?

 いや、後少し……後少しのような気もする。


「そういうわけではないですが……というか時間だけ見ると長丁場でもないのですが……フィル、この迷宮に入って私が何体の機械種を倒したか、数えてますか?」


「百二十六体だね」


「……聞いた後、絶対数えてると思ったです……」


 内訳だって言える。パーティ内のリソース管理はリーダーとしても、そしてスレイブのマスターとしても必要不可欠な技能なのだ。

 僕の表情を見て、エティはもう一度深い溜息をついた。


「三人いるとはいえ、さすがに迷宮の内部では体力の消費が激しいのです……ずっと気を張り詰めておかないといけないですし。……いつもよりはずっと気が楽ですけど」


「休みたい?」


「少しだけ」


 恐らくその疲労は、僕の出した下級の魔術で魔物を倒せという指示も原因の一つだろう。魔術の繊細な操作はただそれだけで精神力を削られる。

 だが、だからこそ人は探索で、迷宮で磨かれるのだ。今のエティは、昨日までのエティよりもきっと綺麗だ。


 監視警備機兵の生息地域も、もうそろそろ出る。

 後数百メートルも進めば新たな区画に入る。機械種のアベレージはAの中位から上位がメインとなり、S級も極稀に出現するという困難な道だ。

 僕とエティはともかく、ブリュムでは力も経験も不足している。もし僕の想定が誤っていたら、帰還せざるをえない。


 だが、ちょうどその時、ブリュムが顔を勢い良くあげた。

 眼が大きく見開かれている。紺碧色の瞳が異変を僕に伝えていた。


「お、お兄さん……お兄さん――」


「……悪いね、エティ。休憩は取れそうにない」


「……まさか……」


 即座に地図を取り出す。

 ブリュムは震える指で、光点から相当離れた位置を指さした。

 一時間も前に通りすぎた道だ。複数の分岐があるが、直線距離にすれば数キロは下るまい。エティの索敵範囲からは遥かに超えている。この場所からでは、とてもじゃないが追い付けない。


 エティが眉を顰め、唇を噛む。

 もし仮に、僕が連れていた元素精霊種がブリュムではなく、もっと力を持つ――スイよりももっと力を持つエレメンタルだったならば、この距離からの攻撃を指示しただろう。彼女が出来るかどうかは別として、理屈で考えれば可能なはずなのだから。


 だが、言わない。無理はさせない。

 僕は声色を落とし、ブリュムに問いかける。その緊張感を和らげるように。


「ブリュム、集中して? 何がいる?」


「分からないけど……私達が置きっぱなしにした機械種の身体を……食らってる。大きさは多分二メートルくらいだと思うけど……人型では、ないと思う……」


「ブリュム、集中するんだ。そいつは……どこから現れた?」


 そうだ。最も重要なのはそこ。

 ここは迷宮だ。角は多いが、障害物はそれ程多くない。第一階層で工場は見つかっておらず、下層への道は僕達の行く先にある。

 霧は既に広範囲に広がっていた。監視警備機兵の残骸は霧のただ中にある。


 ブリュムの双眸が細く窄まる。


「あ……そんな……え? あれ? ど、どうして――」


「何かあったのですか!? ブリュム!? だ、大丈夫なのです!?」


「……まぁ……落ち着きなよ。ブリュム」


 浅く息を吸う。ブリュムの前髪を掻き分け、その視線に視線をあわせる。

 手を強く握る。なけなしの魔力に感情を乗せて送る。


 ブリュムの視線が焦点を得て、しっかりと僕の眼球を見る。

 その綺麗なぴかぴかの瞳に僕の顔が映っている。


 混乱は敵だ。混乱は意識の空白をもたらし致命的な隙を生む。

 だからそれを切り替える方法を覚え無くてはならない。僕が……叫んだように。

 ブリュムの呼吸が徐々に治まってくる。声から、指から震えが取れる。


 宥める僕をよそに、エティが後ろを向いた。険しい横顔。

 一瞬躊躇い、しかしすぐに言い切る。


「フィル……こんな時に何なんですが……敵なのです」


「そうか……気をつけなよ」 


「……わかってる、のです」

 

 手の平に鈍い輝きが生じる。幻想兵装の顕現。

 それをまるで剣のように握り、エティが大きく前に踏み込んだ。力の込められた一歩。僅か一歩で床に僅かにひびがはいる。


 霧の向こうに消えるエティを、表情を変えずに見送った。

 空気が変わる。深い霧の中でも感じ取れる、びりびりとした殺意。

 これは、敵のものではない。エティのものだ。


「いっちゃ……った?」


「強力なのが出たんだろ。大丈夫、心配ないよ……」


 現段階でこの迷宮に出現する機械種の種類は全て暗記している。エティの性能も概ね読めた。

 できれば共に行動したほうが良いが、それも時と場合によりけり。冷静に対処さえできれば、この迷宮でエトランジュ・セントラルドールに――敵はいない。


 それよりも重要なのはこちらの方だ。

 これで目的が達せなかったら……エティに申し訳ないからね。


「さ、ブリュム、教えてほしい。そいつは……どこから現れた?」


「う、うん……多分、だけど――」


 ブリュムの視線が下を向く。

 僕はそれを追って、心中で舌打ちした。


 チッ……絶対に壁だと思っていたのに……

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嘆きの亡霊は引退したい。

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