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Tamer's Mythology  作者: 槻影
第二部:栄光の積み方

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第三十話:ダメだ。それは最低だ。

 わざわざ『スパナ』でばらした部品を一個一個並べる。


 特に機械種に興味がないらしいブリュムは勿論だが、僕が見てもよくわからない部品が割とある。

 機械種の製造は技術とスキルの混合だ。部品は固定ではなく常に進歩が続いているから、この地に来てまだ一月経っておらず、専門でもなんでもない僕がわからないのも無理はない。勿論、開き直るつもりはないが……


 エティは真剣な表情で全ての部品を手に取って一個一個検分している。

 以前も言ったが、機械種はロールアップを繰り返し徐々に強化されていく種族だ。人の手で作られたものはその研究次第で飛躍的に進化するし、工場が持つ自己保全機構のスキルによって増えていくタイプであっても、経験を元に自動で改善を繰り返して着々と進化する。


 基本的に人の作る個体は単一な個体となり、工場で作られるのは数を作るタイプだ。

 ライトナイトは単一の固体ではないので、後者のタイプの機械種だろう。


 この地は機械種の分布が極めて高い地である。周辺に存在する機械種の殆どは、既にギルドで研究済みの可能性が高い。

 エティがタブレット型の端末を転送し――恐らくギルドに登録されているライトナイトの情報だろう――目の前の部品と比較している。

 ライトナイトの登録情報にはどの部品が何の機能を司るのか全て記載されているはずだ。だから、もしそれ以外の部品が存在していたらそれが怪しい。

 現行の情報でライトナイトに情報収集のための部品が組み込まれているという情報はなかったはずだ。


 部品を見飽きたのか、ブリュムがつんつんと僕の肩をつつく。


「……ねぇねぇ、お兄さん」


「ん?」


「……あのさ。忘れない内に言っておくんだけど……助けてくれて、ありがと」


「……? 助けた?」


 またよくわからない事を言う。

 僕は感謝されるような事は何一つやっていない。

 ブリュムの表情を見る。何故かその眼はとても真剣だ。ギャップで落とす作戦か。僕もたまにやる作戦である。


 陽気な娘が真剣な表情をする。

 落差による強烈な印象付けを可能とする極めて有用な手口。


 僕は脳内のブリュムの項目に『油断ならない』タグを付けた。ついでにちょっと揺れた。


 ブリュムがもじもじと手を組み変え、僕を上目づかいで見つめる。

 僕は脳内のブリュムの項目に『かなり油断ならない』タグを付けた。ついでにかなり揺れた。


「ほら、さっきさ……私を床に押し倒してくれたじゃん?」


「ああ……その言い方だと誤解されそうだけど、別に多分倒さなくても攻撃は当たらなかったよ。エティのノーマン・フロートがあったしね」


 そもそもがエティがいたからこその行動だ。エティがいなかったら、連続で攻撃されて蜂の巣にされるだけなので伏せるなんて馬鹿な真似はしない。

 その程度の事で恩を感じられても正直、困る。ブリュムは――考えすぎだ。


 彼女の言葉を聞いていると、比較でまるで自分が汚れたもののように感じられてしまう。 


「でも結果的には助かったし……ちょっとだけ格好良かったよ」


「……僕が巻き込んだんだから、助けるのは当たり前の事だよ」


 そう。マッチポンプである。

 大体、彼女はこの迷宮におけるアベレージを満たしていない。ここを探索するには能力が足りていない。

 そして、僕はそれらが不足している前提で彼女を連れてきており、そして無傷で返す前提で探索を進めている。


 だから必要とあらばいくらでも助けるし、引き換えに僕自身が傷を負うこともあるだろう。もしそうなった際、彼女はどれだけの恩を僕に感じるつもりなのだろうか。


 そんなどうでもいい事に恩義を感じるなんて……本当にロマンチックな種族だね。


「……お兄さん、私も足手まといになるために来たわけじゃない、これでも一端の探求者だよ。何かできることがあったら言ってね」


 できることがあったら言ってね? 出来る事を探すのが一端の探求者だ。

 だけど、そうだな。自ら言ってくる点には好感が持てる。


 僕は唇の端をにやりと歪めた。


「……言ったね? 今、なんでもするって言ったね?」


「え? い、いや、何でもするなんて言ってないけど――」


 いや、でもきっと、君は何でもするよ。


 『誑しの主(スキャミング・ロード)』とか言うけど、このレベルになると誑される方にも責任があるんじゃないのだろうか?

 いや、ごめん、ないな。僕が悪い。うん、僕が全て悪い。今僕は最低な事を考えた。


「……ごめん、僕が悪かった」


「え? ええ? な、なんでいきなり謝ってるの!? な、なんかやった?」


「いや、今さ……脳内で、恩に着せて、何でもするブリュムを玩具(おもちゃ)にしてやろうと、ちょっとだけ考えちゃったからさ……その謝罪だよ」


「お、玩具(おもちゃ)!? ちょ、な、何やらせるつもりだったの? お兄さん!?」


 ……駄目だな。


 善人の善性につけこんで好き放題に操る行為は悪だ。いくら手段はあっても僕はそれに手を染めてはならない。

 僕は刹那の瞬間に思いついた、ブリュムの善性につけこみ、それを基盤として水霊の灯のパーティメンバー全員をじわじわと玩具にするための十八案を全て棄却した。


 目の前に美味しそうな餌があったらそれは罠なのだ。そこに易易と嵌るのは馬鹿のする事で、僕はまだ馬鹿になりたくない。

 僕はいついかなる時でも善人でなければならないのだ。そうでなければ僕の中の、底知れぬ欲望の怪物はきっといつか世界を滅ぼしてしまうだろう。 


 くだらないやりとりをしている僕達を、エティが冷ややかな眼で見上げた。


「……ほら、くだらない事言ってないでちゃんとこっちにも気を払って欲しいのです!」


「ごめんごめん、なんか分かった?」


「いえ……ギルドに登録されている情報、更新年月日はつい最近……三ヶ月ほど前なのですが、データ自体が何世代か前のライトナイトのデータみたいなのです。正直――記載されていない部品が多すぎるのです」


 なるほど……明確に機械種にバージョンが記載されているわけでもないだろう。

 製造工場を押さえていない以上、やむを得ない事だ。


 ぱんぱんと裾を払い、エティが立ち上がる。


「残念ながら今ここで全て解析するには設備が全然足りないのです。持って帰ってじっくり調べたら分かるでしょうけど――」


 そこまでした方がいいのですか?


 と眼が言っていた。然もありなん。どこまでやるべきか……


 機械魔術師には物質を転送するためのスキルはあるが、空間魔術師のアナザー・スペースと比べて汎用性に劣る。

 本来ならばこちらから転送するためのスキルではなく、向こうのものを――スキルで使用する魔導機械の類をこちらに呼び出すためのスキルである。転送するものに一つ一つ印を付け無くてはならない、特定の場所にしか転送できないので事前にスペースを開けておかねばならないなど、条件も多い。


 考えながら歩いていると、ちょうどその時、床に並べられた部品の一部に僕の視線が引きつけられた。


 部品の山はエティの手により、二つに分類されている。片方が情報があった部品、もう片方が情報がない部品だろう。

 引きつけられたのは、量の少ない方の部品――恐らく、用途不明の部品だ。


 僕はポケットの中に入れていた、オプティ・フロッガーの部品を取り出した。

 黒塗りの直方体の金属片だ。別に意図があって持っていたわけではない、偶然手の中に落ちてきたからなんとなく持ってきてしまった物。


「……エティ、これなんだと思う? 蛙から落ちたんだけど」


「……んー、見覚えはないのです。調べてみますか」


「なんかライトナイトにも同じ部品が使われてるみたいなんだよね」


 用途不明の部品からまるっきり同じ直方体を手に取った。

 ほんの数センチ四方のサイコロだが、端子もなく独立した一つの物体に見える。これだけでは本当に用途がわからない。

 両方並べて見ると、いかにも怪しい。


「オプティ・フロッガーの情報にも特にその部品は載っていないのです。……本当に同じ部品ですね」


「使いまわされてるね。案外適当だな……」


 全ての機械種に情報取得のための部品を取り付けるのならばそれは概ね同じ形になるだろう。一つ一つ合わせて製造するのは無駄だ。

 そして、その場合小さい機械種に合わせて部品は小さくなるはずで……


「……怪しいな。エティ、これを解析して欲しい」


「……機材がないので今の段階だとそれが絶縁性を持つ何らかの部品だとしかわからないのですよ。それが情報取得のために使われている部品だと仮定したとしても、そのような部品今まで見たことがないのです。端子もないし、特殊な機材がないと情報の読み取りなども出来ないでしょう」


 絶縁性、か。

 確かに、中級電撃魔術を受けたはずのライトナイトの方の部品にも特に傷がない。絶縁性と耐熱性。

 後から情報を確認するために仕込むのならば、頑丈である事は前提条件だ。壊れてしまえば意味がない。


「『スパナ』でも分解されてないみたいだが」


「……あれは完全にばらばらにするわけではないのです。最低限の大きさっていうのがあって……その部品はそれ以下の大きさなのですよ」


 なるほど……ねぇ。

 今の段階でわかるのはここまでか。


 僕は丁寧にその部品をポケットに入れた。少なくとも、想定は出来た。

 幸いな事にポケットに入れておける程度の大きさで、嵩張りもしない。とりあえずこの部品を集めよう。


 エティは広げた部品を眺めながら溜息をつく。


「……はぁ。しかし、ギルドの情報収集もかなり適当なのですね……後でギルドに報告しておかないと……」


「まぁ、ランクの高い迷宮だしね。ロールアップに情報収集が追いつかないのも仕方ない」


「それにしても、この数は酷いのですよ……たった三ヶ月しか経っていないのに、ここまで差異があるなんて……」


「急速なロールアップが発生した可能性もあるよ」


「……まぁ、その可能性もなくはないのです。どっちにしろ、また後日、洗いなおしですね……機械魔術師(メカニック)の数が足りてないのです……」


 それは僕も考えていた事だ。

 しかし、機械魔術師は難しいクラスだ。数が少ないのも……仕方ないのだろう。


「エティ、此処から先は……全てばらして確認しよう。『最低限』で倒した後に、ね。少しでも共通点を見つけないと」


「……了解なのです。……やれやれ、なかなかハードなのですよ」


 申し訳ないが、今の段階では彼女に頼む他、手段がない。

 しかし、なんとなく、徐々に核心に近づいている予感はあった。


 監視警備機兵アイズの生息区域が近い。

 だが、エティの顔色には最初と比べて若干の疲労が見える。


 攻撃に使用した電撃系のスキルに加え、幻想兵装の顕現に防衛装置の起動、解析から定点転移(トランスポート)による魔導機械の転送にも魔力を使うし、感知系のスキルも起動しているはずだ。エティ、大活躍である。

 そして、A級迷宮をソロ同然で探索するという緊張感は使用した以上に彼女にストレスをためるのだろう。


「エティ、魔力は大丈夫?」


「……はい。まだ、大丈夫、なのです。さすがに少しだけ疲れましたが……」


「そうか……まぁ、念の為回復しておこうか」


 ベルトに並べて括りつけてあった魔力回復薬(マナポーション)を一本抜く。アレンに作ってもらったものなので性能はそれ程、高くないが、ないよりはマシなはずだ。

 勿論アリスが保持していたアイテムの中には、王国で購入したもっとランクの高い魔力回復薬もあったが、そちらはエティに使用する余裕がない。


 エティは僕の持つ硝子の筒を見て一瞬表情を緩め、道具袋から注射器を取り出したのを見て表情を曇らせた。


「ちょ……フィル? け、経口で! 経口でいいのです!」


「いやいや、経口よりも直接注射した方が効果高いしね……大体これは、注射用だ」


「……え? それ、全部注射用、なのです?」


 答えはNOである。

 二段ある内の上段が経口、下段が注射用だ。

 だけど、ポーションの注射は探求者にとって基本である。嫌う気持ちはわかるが、好き嫌いは良くない。


 僕は何も答えず、意味もなくただ意味ありげに微笑んだ。


「ほ、本気なのですか?」


「オーバーキル禁止って言っただろ? 魔力ってのは……大切なんだよ。節約しないといけないんだ」


「で、でも、分解しろって言ったのは……フィルなのです」


「だから僕が打ってあげるよ」


 特に、傷を治すポーションと違って、魔力を回復させるポーションの殆どは回復量が少ないので、量を飲まなくてはならない事が多い。

 だから、全て経口で摂取しようとすると限界が来るのだ。方や、注射用だと打った瞬間に魔力に変換され、身体に染みこむので、一定のインターバルは勿論、必要だが、基本的にいくら打っても身体に影響はない。

 勿論、種族によって適した摂取のさせ方はあるのだが、相手が有機生命種ならば注射一択である。元素精霊種が相手ならば逆にゆっくり経口で飲ませた方が良いことが多いが、それも場合によりけりだ。


「……それ、まさか私の魔力が減ってもそれ、使うの?」


「……勿論だよ」


 僕の言葉に、ブリュムが信じられないものでも見るような表情で身を震わせる。


 アムといいエティといいブリュムといい、どうして、こうも注射を嫌うのか。

 種族が異なってもその恐怖は万国共通なのか……いや、そんなわけないよね。


「あ……わ、私、経口の魔力回復薬用意してるのですよ! だから、フィルのそれはいらないのです!」


「遠慮せずに、ほら。僕のスレイブ、『動いちゃだめ』だよ?」


 右手一本で注射器にポーションの硝子筒をセットする。

 左手でエティの腕を取る。

 隙だらけだ。身体も隙だらけだが、何よりも精神が隙だらけだ。

 そして、僕はこの手の作業に慣れている。エティの眼は僕に腕を取られるまで、何が起こっているのか気づいていなかった。


「あっ……」


 エティが短い悲鳴を上げる。

 僕はそれを躊躇いなくエティの腕にぶち込んだ。

 


*****



 やけになったような甲高い声が回廊に響き渡る。


「『貴雷(ハイエンド・サンダー)』!!」


 大気が鳴動するかのような錯覚。今までとは格の違う莫大な魔力の流れと同時に、二メートル以上幅のある通路が紫電で溢れる。

 通路の先に存在していた三体のライトナイトなど、そのこれまで放っていた術とは比較にならない極大の雷になすすべもなく飲み込まれた。


 迷宮が比喩ではなく『揺れる』


 脳を、視界を揺らす轟音。衝撃。僕はとっさにブリュムの耳を塞いだ。それでも、その衝撃にブリュムの髪が驚愕に逆立つ。

 余波がエティの背後に居た僕の三半規管をかき乱す。猛烈な目眩と吐き気。倒れそうになった身体をブリュムが支えてくれた。


 大人げない最上級の雷撃魔術(エレクトロ・マジック)をぶちかました本人は無表情で自身の成した結果を見ている。


 壁、床が絶縁か否か、などはこのクラスの魔術の前に意味を成さない。その破壊の一撃は弱点か否かなど無関係に、ライトナイトの機体の尽くを消し飛ばしていた。


「おま……最低……限」


 口がうまく動かない。震える手で、残り少なくなっている最高級の回復薬を口に運び、震える顎で噛み砕いた。

 王国に戻ったら、この霊薬(エリクサ)の製造者には土下座せねばなるまい。誰もが欲し、手に入らない霊薬はどうでもいい事象で急速に消費されつつある。


 ふらふらと、しかし自分の足で立ち上がる僕に、エティは冷たい視線で応対する。

 だが、その目尻からは微かな涙が見えた。


「……ふん。そんなに魔力回復薬(マナポーション)を持っているなら、最低限も何もないのです!」


 ……君、そんなに注射嫌いなのかよ……

 すっかり不貞腐れてしまったエトランジュ・セントラルドール。注射の嫌いなSS級探求者とか笑えない。


 僕はそれでも、なんとか表情に笑みを作り、一歩踏み出した。

 エティが、ただその一動作に表情を崩し、びくりと震え、一歩後退る。


「……エティさ。僕の言うこと聞くって言ったよね? 命令を再優先するって言ったよね? いくら注射が嫌いだからって、最上級のスキルをこのタイミングでぶっ放すのはどうなの?」


「……」


「むしゃくしゃしたのもわからなくもないけどさ、ちゃんと時と場所を考えないと。アリスがさ、ほら、ダメな子です。私の方がいい子ですって頭の中でうるさいんだよね」


 ただ、確かに今のエティよりはまだアリスの方がいい子だろう。

 ため息をつく。


 だが、人には触れてはいけない領域があるもんだ。僕は度々その逆鱗に触れてきた。


 今回もその類の事だったのかもしれない。

 いや、概ねいつも理性的なエティがこの過剰反応。過去、何らかのトラウマがあったに違いない。いくらなんでも、ただ苦手などという理由で僕の命令を無視する事は考えられない。


 なんだかんだ罰の悪そうにしているエティから視線を外し、ブリュムの乱れた髪を手櫛で梳かしてあげた。


「び、びっくりしたぁ……だ、大丈夫? お兄さん」


「ああ、もう薬を飲んだからね……」


 だが、ここに転移してきた際に一ダースあった回復薬も既に半分を切っている。勿論使うために購入したので使う事に躊躇いはないが、もっとこう、他のタイミングで使うようにするべきじゃないだろうか。


 エティは素直だ。強引な僕も悪かったかもしれないが、彼女自身も反省はしているだろう。

 だから僕はあえてこれ以上叱るのをやめた。


 ただ黙って、破壊の跡に近づく。


 スキルは真正面に放たれたので、床の被害は大きくないが、真正面の壁を大きく貫いていた。破裂したような破壊跡。どろどろに溶けた金属が真っ赤に燃えたぎり足元に広がっている。

 金属の分厚い壁をぶちぬく程のエネルギー。自然の雷を遥かに超える恐ろしい出力。雷に付随する超高熱によってどろどろに溶けた壁。

 もし真正面の壁の向こうに部屋があったら二、三部屋くらいぶち抜けていただろう。


 迷宮崩れなくてよかったな……いや、本当に、この迷宮を頑丈に作ってくれた創造主には感謝だ。


 地図を開く。恐ろしい事に、十数メートルの範囲でぶち抜かれた壁は、魔法の地図では新たな通路として認識されてしまっているようだ。

 もちろん、終点は行き止まりで進む意味はないし、まだ熱が残っているので危なくて進めないが。


 新たに生み出された道を観察していると、背後から足音が聞こえてきた。


「あの……フィル?」


 エティが視線を逸らしながら僕の前に立つ。伏せられた瞳。

 その後ろには、ハラハラした様子でブリュムが僕達を見守っている。


「あの……私が、悪かったのです……その……あの……」


「……やっぱり『回廊聖霊(プレジャー・ワンダー)』いないね、ここ」


「え?」


 迷宮の壁が壊れる。

 如何にエティのスキルの出力が高かったとしても、プレジャー・ワンダーのいる迷宮ならばこの程度で破壊されるわけがない。予想通りだ。

 そもそも、幻想精霊種(テイル)の一種であるプレジャー・ワンダーが、苦手とする無機生命種(マキーナ)のみが蔓延る土地に住み着く事がありうるのか、という時点でかなり怪しい。プレジャー・ワンダーは確かに強力ではあるが、伝説のように謳われているが、それでもれっきとした『生き物』なのだ。


 となると、この迷宮、けっこう広いのに『帰還の泉(リターン・ポイント)』が存在していない事にも納得がいく。あれは、プレジャー・ワンダーが居なければ実現できない奇跡だ。


 僕は、壊れた迷宮の壁から確かな『弱み』の匂いを感じ取った。いや、もともと見当はついていたが、その瞬間に確信した。


「……うん。いい感じだ。なるほど、ねぇ……」


 計画を修正する。悪くない手応え。

 やはり僕は探求の神に愛されている。エティの暴走も含めて、流れが僕の方に来ているのが感じられる。


「あの……フィル? えっと……む、無視しないでほしいのです……」


「……となると……宝箱……宝箱、か」


 さっきエティは『滅多にない』と言ったが、プレジャー・ワンダーがいないのに何故、宝箱が落ちている可能性がゼロではないのか。

 考えるまでもない。置いている者がいるのだ。


 それは誰か? それは何故か?


 誰、はわからないが、何故、は予想できる。


「迷宮に宝箱はつきものだから、かな」


 迷宮なのに宝箱がドロップしなかったら探求者はどう思うだろうか?


 少なくとも、僕ならそうする。

 人造の迷宮――いや、迷宮っぽい何か。

 確かになかなか見事だが、全体的に見たら中途半端な感が否めない。二流である。


 後は――


「た、確かに私が悪かったですけど……無視するのは……酷いのですよ……」


「……なんでそんな泣きそうな顔してるのさ……」


 ……やばいな。

 この娘……精神が弱い。煽り耐性がない。

 今まで僕が持ったどんなスレイブとも違う。脆い故の強さ。強い故の脆さ。


 攻撃力に振り切っているのはスキル構成だけじゃないのか。

 まさしく彼女の持つ刃は切れやすくそして――折れやすい。

 情緒が不安定すぎる。メリットとかデメリットとか言う前にこれは――


「……面白いなあ」


「……え?」


「……いや、なんでもないよ」


 ダメだ。それは最低だ。それは、スレイブに対して抱く感情ではない。

 魂に潜む怪物を再び鎖で雁字搦めにする。


「……いや、怒っているわけじゃないんだ。命令を聞かなかったのは良くないが、次に気をつけてくれればいい。それよりも――ちょっと考え事をしていてね……」


 エティがほっと溜息をつく。やや緩んだ安堵の表情。なんだかんだ言って、着々と信頼は積み重なっているようだ。


「そ、そうなのですか……嫌われたかと思ったのです」


「やれやれ、例え嫌っていたとしても無視なんてしないよ。ここは戦場で……エティは唯一の戦力だしね」


 迷宮での仲間割れは禁忌の一つだ。

 どうしても退けない理由がない限りやってはいけない。ましてや、好き嫌いだなどという個人的感情で和を乱すなど、探求者失格である。


「えっ!? ちょ……待って。それって――」


「あははははは……まぁ、くだらない事をやっていないで先に進もうか……」


「……きっついね。お兄さん」


 別にきつくもなんともない。

 ともすれば実験動物でも見るかのような眼で見てしまいそうで、僕は自分がただ怖かった。

 まぁ、エティのパーソナリティはそのくらいに面白いという事なのだろう。


「くだらない!? え? フィル? ま、待つのです! そう! 前に行くと危ないのですよ!?」


 僅か一歩前に進んだだけでエティが慌てて駆け寄ってくる。

 僕の感じ取った限りでは周囲に危険はない。カメラもないし、勿論機械種の気配もない。


 が、エティは僕の腕を取って前に出た。

 そのままくるりと回り、窺うように僕を見上げた。 


「今日だけですが、一応、『マスター』なので自覚を持って行動して欲しいのです……よ?」


「まさかあんな所で上級雷撃魔術をぶっぱなしたスレイブに注意を受けるなんて……」


「わ、悪かったと言ってるのです……もう二度とあんな事しないのです……」


 その言葉が本当ならば、それはレベルが上がったという事だ。

 僕は溜息をついて、腰のベルトから硝子の筒を抜き取った。薄紅色の魔力回復薬が仄かな蛍光に透けて煌めく。


「エティ、さっきの『貴雷』、かなり魔力を使っただろ? 回復してあげるよ」


「え? や、いや、だ、まだ、大丈夫なのです」


 エティが顔を青ざめさせ、首をぶんぶん横に振る。

 彼女が類まれな才能を持っていても、恐らく大きな負担がかかっているであろう最上級攻撃魔法。

 上級魔術士の攻撃魔法は一撃が千金に値する。貴き雷、僕の記憶が正しければ、回復した直後とは言え、撃ってまだ立っていられるのがおかしいくらいのランクの魔法だ。


 エティの前髪を避け、額を見つめる。


「……本当に?」


「……ちょ、ちょっとだけなのです……よ?」


「もう、嘘付かないよね?」


「……そ、そこそこ使ったかもしれないの……です」


 眼を背けながら、エティが呟く。

 そういう反応をするから信用ならないのだ。潔白の者はそういう反応はしない。


「なるほど……一応、回復させておこうか?」


「うっ……フィ、フィル。じ、実は私、注射は――」


「わかってる、わかってる。何かトラウマがあるんだろ? 好き嫌い程度で命令に背いてあんな子供みたいな真似をするほど君が馬鹿だとは思っていないよ。無様だとは思っていないよ。探求者の憧れとも言えるSS級の探求者がそんな軟弱な事を言うわけがない」


「……え? い、いや、その……トラウマ? とかでは……」


 少々割高で回復量も少なく即時回復でもない。おまけに飲める量に限界があると、欠点だらけの回復薬とは言え、それしか使えないのならば――やむを得ない。

 いつか克服する必要はあるだろうが、そこまで僕が手を入れるには時間が足りていない。


 経口用の魔力回復薬を手渡す。


「あ……何だ、飲むポーションも持ってるのですか……」


「……回復量が大したことないし、けっこう高いから余り使いたくなかったんだけどね……」


「……」


「まーここで騒いで眼を集めるわけにもいかないし、遠慮しないで使っちゃっていいよ」


「な、なんかフィル、冷たいのです……んっ」


 おずおずとポーションを見ていたが、目をつぶると一気にそれを飲み干した。

 顔色も変わらない。やはり、貴雷の消費魔力は中級魔力回復薬の一本程度では回復しないか。高い魔力を持つ魔術師にありがちな事だ。だから僕は経口よりも、連続で使用できる直注入を推す。


「魔力は?」


「ん……大体、七割、といったところなのです」


「どのくらい回復した?」


「ん……五分といった所なのです」


「『貴雷』の分くらいは回復した?」


「……五分の一くらい、なのです」


 アレンのマナポーションの回復量は把握している。エティの魔力総量はなんとなく予想がついた。自己申告が正しければ、だが……

 概ね僕の、一千倍といったところか。


 もう数本飲ませるべきだろうか。いや、これほど魔力が高いと薬を使うよりも自然回復に任せた方がいい。

 温存が必要だ。彼女には、『守護者』を倒すという大役が待っているのだ。まぁ、いるかどうかわからないが……


 一応確認する。


「いける?」


「当然、なのです。私が……守ってあげるので、フィルは大人しく見ているといいのです!」

 

 まるでやましい所があるかのように違和感のある振る舞いで、エティが大きく腕を振って進み始めた。


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嘆きの亡霊は引退したい。

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