第二十九話:容易く冥府に送るだろう
「な……何なのですか?」
エティが近寄った僕に対して怯えた表情で振り返りながら、雷撃で機械種を貫いた。
出力が足りていなかったのか、破壊までは至らず、機械種の動きが鈍る。そこをすかさず再び放たれた雷の槍が徹底的に破壊した。
区画が変わり、出現する機械種のレベルが変わったのか、下級の雷撃魔術では一撃で仕留め切れなくなっている。
僕はエティの身のこなしを見て、使用しているスキルを見て、ため息を付いた。
「エティ、無駄な魔法を撃つのは……やめようか?」
「え……無駄な……魔法? 雷撃を使うなって言ってるのです?」
違う、そうじゃない。
僕が我慢ならないのは――一撃で仕留めきれていない事だ。
使用する魔術の格を上げれば一撃で仕留められる。下級でも弱点を突けば一撃で仕留められる。どちらでもいいが、無駄弾を撃つことが許せない。
アムならばまだ許せよう。だが、彼女はSS級の探求者でもあるのだ。どうして僕が自らのスレイブにそれを許容できようか。
じっと黙って見つめる僕に、エティが唖然としながらも一言、呪文を唱えた。
右手に白銀に輝く細長い棒――スパナが顕現する。鈍器にしか使用出来そうもない金属の棒。だが、同時に機械魔術師が使う最高峰のスキル、幻想兵装に分類されるスキルの一つでもある。
エティは僕の眼から視線を外す事もなく、右手で握ったそれを軽やかに振ってみせた。
眼が言っている。『これでいいのですか?』と。僕の意図とはかなり違う。
その時、聞き覚えのある鈍い音がどこからともなく聞こえてきた。
嘗てアムが討伐し損なったオプティ・フロッガーの突撃音。
耳ざとくそれを感じ取ったエティがノーマン・フロートを使用、防衛装置を周囲に浮かべる。
その機械種の速度は神速だ。
よもや僕の事を記憶している事はないだろう。が、念の為エティの後ろに隠れた。わかっているとは思うが忠告する。
「蛙が来るよ」
「言われなくても、わかってるのですッ!!!」
機神の祭壇の内部は込み入り、角も多く死角が多い。
通路の角から現れた影。距離は数十メートルだろうか。近接戦闘職ならば軽々と踏破出来るその距離の向こうで、その姿がぶれる。
残像のみを残し、相変わらず信じられない速度で襲いかかる金属の塊を、宙に浮いたノーマン・フロートが迎え撃った。
凄まじい運動エネルギーを秘めたそれは、しかしS級ランサーのスキルさえ防ぎきる防御装置を突破できない。
弾かれた機体が一瞬、宙に静止する。音速を突破した衝撃だけがその鉄壁の防御を抜け、風となり身体を打ち付ける。いきなりのそれに、ブリュムが短い悲鳴をあげた。
エティはそれを物ともせず、一歩踏み込むと、流れるような動作で『スパナ』を大きく振りかぶった。幻想兵装系スキル特有の、物質ではありえない眩いばかりの光が線を描き、オプティ・フロッガーの身体を上から叩きつける。
技も何もない唯の打撃。本来ならば、ダメージを与えられるようなものでもない。
しかし、機体は『スパナ』で触れた瞬間、硝子の割れるような音と共に形を失い、崩れ去った。
「……さ、これでいいのですか……?」
球の形をしたオプティ・フロッガーの存在核が転がり、足元にぶつかって止まる。
元オプティ・フロッガーを構成していた部品は全てが全て一瞬で分解され、冷たい床に散らばっている。
この惨状を見て、この部品がもともと機械種だったとすぐに判断できるものはいないだろう。
当然、それはもう『生きている』などとは呼べない。
一撃だけはじき返した防御装置が微かな音を立てて、エティの肩の少し上に静止した。
機械種の分解。彼女が具現化した『スパナ』の性能は幻想兵装にふさわしく、常軌を逸している。
トントン、とスパナの頭で自らの肩を叩くエティの表情はどこか自慢気だ。
でも違う。かなり違う。僕が言いたい事はそういう事じゃない。
「……別に『スパナ』でとどめをさせ、といったわけじゃないよ」
「フィルは我儘なのです……どうすれば満足なのです?」
「僕は……無駄が嫌いなんだ」
ちょっと迷ったが、その言葉を僕はついに出した。
最低限の力で最大限のリターンを得る。
無駄が多い。魔力は、体力は有限だ。オーバーキルでは、いざという時に力が足りなくなる可能性がある。
例えば、ブリュムもスイも、黒鉄の墓標での探索で、一体のクリーナーを葬るのに複数の水矢を使っていた。
それが僕には許せない。クリーナーの急所は事前の調査でわかっていたのだ。ならば、一本の矢で一体のクリーナーを葬ることが出来ないとは言わせない。
別に、念の為に二撃放つ事が悪いと言っているわけじゃない。自信がつくまではそれはやって当然の行為だ。
しかし、しかしだ。急所を狙おうとしないその心構えが許せないのだ、僕は!
穴だらけにしてしまえと考えるその思考が許せないのだ!
なんという無駄遣い。
最小限で最大のリターンを。
最小の身のこなしで最大の成果を。
最小の対策で最大のリスク軽減を。
それは一人の戦士として持っているべき常識で、どの職の教科書にも共通して載っている事柄だ。
他人ならばいい。知り合いならばいい。友人ならばいい。敵ならばいい。好きにするといい。
だけど僕はそれを――自らのスレイブに許容できない。
スレイブとはマスターの武器。
スレイブの持つ戦闘理論はマスターの戦闘理論と同義。
ましてや彼女にそれは不可能ではないのだ。
訓練していなくとも、僕よりも遥かに高い性能を持っているのだから。
「無駄が……多い?」
「最小の攻撃で最大のリターンを得る努力が足りていない。特に意図がない限り、魔物を倒す際は最小の攻撃で執行すべきだ」
特に、これまでに狩った相手は目標でもなんでもないのだから尚更の事。
露払いに全力を尽くして本戦で力を出しきれないなど在ってはならない事だ。
「つまりそれは……オーバーキル禁止って事なのですか?」
「まぁ、そうだね」
四散した機械種の部品をちらりと眺める。不定期に瞬く存在核を拾って強く握った。
再び通路上に鈍い駆動音が響き渡る。『一体』のものではない。
ノーマン・フロートが敵の存在を察したように再びエティの前に動いた。
「ふーん……けっこう難しいのですよ」
つまらなさそうにエティが呟く。
然もありなん。難しいからこそやる価値がある。だからこそレベル向上に繋がる。
影から現れた数は――三体。
機体が加速する音。
時間差で迫った三体の光の線を、防衛装置は素早い動作で全てはじき返した。
所詮オプティ・フロッガーの攻撃手段はただの体当たり。
まともに受けてもエティならば死にはしないだろう。ましてや、ノーマン・フロートの防衛能力を突破するには至らない。
弾いた事で空中に静止した三体を、エティはスパナの一振りで三体全てばらばらにした。
逆袈裟に振りぬいたため、四散した小さな部品が空中に散り、ばらばらと髪に溢れる。頭にあたった部品――サイコロ状の黒い金属片を手の平で受け止め、転がした。
エティが花開くような笑顔を僕に向ける。
だが、その眼に浮かぶ、『してやったり』の感情を僕は確かに読み取った。
「ほら、とっても脆いのですよ。オーバーキルも何も、力を抜いても一撃なのですよ」
「……」
速やかに腰から鞭を抜く。
嘗てグラエル王国北西に存在する大霊峰を騒がせたL級討伐対象、漆黒龍の髭をベース材料に作製された至高の一振り。魔物使いの鞭としては最上級の品だ。その鞭は靭やか且つ頑丈、あらゆる防御スキルをすり抜ける権能を持ち、いかなるスレイブにも『程々』の痛みを与える。
レイブンシティで購入した鞭も悪いものではないが、あれは所詮店売り。オーダーメイドのこれとは比べ物にならない。
僕はそれをまるで脅しのようにピシリと張ってみせる。
打ち付けるつもりはなかったが、エティの笑みが僅かに曇った。
「力を抜いても一撃……? 違う、違うよエティ。わかってるはずだろ? 言ってみなよ。『スパナ』と『雷球』の消費魔力の差異を。どっちが効率的だか、分かるよね?」
「な、何なのですか……その鞭……一体何を材料に作ればそんなものが……」
言葉ではなく鞭に眼がいっているようだ。
僕は鞭のリーチを考え、ぎりぎりエティに当たらない範囲で上から下に振り下ろした。
前髪数本が鞭に打たれ、散る。エティが高い悲鳴を挙げて一歩後退った。
「な……ノーマン・フロートが……動か……ない? 壊れちゃったのですか!?」
「『自動防御』のスキルは……効かないよ。これは『そういう』材料で出来ているからね。だからこいつの討伐には多くの犠牲が出た」
多数の犠牲者の上にたった品だ。
大量の犠牲者を出した魔物の素材で作られた品は特有の輝きを持つ。この鞭もその類のものだ。自ら組み立てた魔導機械をメインに使用する機械魔術師にもわかるだろう。
だが、今はそんなくだらない話をしているわけではない。
目の前の少女に言い聞かせる。戦闘技術が戦闘力に見合っていない――僕の愛しいスレイブに。
「エティ、いいか? 最小限の力で倒すんだ。特に今は唯の道中。道中の魔物で分解する度に魔力を消費するスパナを使う事は――許容できない」
「最小……や、やった事……ないのですよ」
「わかってる。これは……訓練だよ。まずはその『スパナ』を消して」
「……」
よほど鞭が怖かったのか、エティは沈黙したまま『スパナ』を消した。
そうだ、それでいい。
技術を上げる事だけを目的にするのならば、ノーマン・フロートと張り巡らしているであろう何らかの感知スキルも切らせるべきだが、今回の探索は遊びではない。
ブリュムも何か思う所があるのか、僕の言葉に口を挟むつもりはないようだ。
じゃり、とエティの足が不満を押し殺すように蛙の部品を踏みにじった。
再び通路を進み始める。
脳内のマップは完璧だ。地図を開けば、現在位置が光点として示されただろうが、確認する必要もないくらいに今の位置を把握している。
監視警備機兵の生息域はそれ程遠くない。この速度で進めば一時間もせずに辿り着くだろう。
多少の停止はあったが、それでも速やかな進行。今まで倒してきた機械種は、エティにとって雑魚だったが、多分レイブンシティの平均的な探求者にとっては死神に等しい強敵だったはずだ。
代わり映えのしない銀色の壁に床。床や壁、天井に伸びるパイプに、そこかしこに設置された監視カメラを電撃で破壊していく。
今の所、カメラも敵も撃ち漏らしはない。手持ち無沙汰に蛙が落とした意味不明な部品を手の中で転がす。
隊列はエティ、僕、ブリュム。僕の後ろを恐恐進んでいたブリュムが僕の外套の裾を引っ張った。
「……お兄さん、何か喋ってよ。エティ、さんでもいいからさ。黙って歩くの、私あまり好きじゃないかも」
「エティでいいのですよ。……気持ちはわかるのですが、探求中に無駄話はやめた方が――」
奇遇だ。僕も黙って歩くのは余り好きではない。
「何の話をして欲しい? いや、そうだな……じゃあ、『回廊聖霊』の話をしてあげよう。さっきちょっとだけ話題に出たSSS級の種族ランクを持つ超越種の話だ」
「……フィル!?」
さっき、ブリュムから指摘されたばかりだ。
緊張のし過ぎは過度の消耗に繋がる。
注意は既に万全。通路には息遣いと僕達の歩く微かな音、そして僕の声しか響いていない。
「『回廊聖霊』は迷宮を迷宮と定義する一つの要素とも呼べる幻想精霊種だ。彼らは、自然に出来た鍾乳洞、複雑怪奇に広がった竜の巣、太古に滅んだ文明の遺跡、悪霊が住み着いた古城など、探求者でもそう簡単に探索できない地に住み着き、その地を迷宮と化し、訪れるものに試練を与える」
「試練……?」
言い方が悪かった。試練と言ってしまうとまるで彼らが僕達に敵対しているかのようだが、必ずしも敵対しているわけではない。
彼らは迷宮を生み出すだけだ。そこに善悪の感情は多分ない。
「例えば、迷宮ってのは探索していると稀に宝箱などが落ちている事がある。あるいは魔物を討伐した際に宝箱が現れる事がある。探求者の間だとドロップするとかいう単語を使う事もあるけど……」
「う、うん……私も見たことある、けど……」
「それを行っているのが……プレジャー・ワンダーだよ。プレジャー・ワンダーはその独自の種族スキルにより宝箱を配置し、罠を仕掛け探求者に試練と報酬を与える。迷宮それ自体に強力な加護を与え、外部からの影響から隔絶された魔境を生み出す。探求者の中に『迷宮探索専門者』と呼ばれる者がいるけど、彼らはプレジャー・ワンダーの虜になった者達だね」
「へー……あれって、理屈あったんだ……」
意外と熟練の探求者の中でもこの事を知らない者が多い。
宝箱が現れるのは、そういうものだと思っているらしいが……理屈がないわけあるか!
姿形は人と酷似しているが、頭頂から兎の耳が生えているため、その容姿や種族の特徴から『迷宮兎』や『迷宮主』の異名も持つ。まぁ、人前にはそうそう出てこない種族でもある。
かつて、その種を捕まえ、奴隷にしようとした王族がいたが、その王の国が一夜にして超大規模迷宮に変えられたという逸話はその筋の者には有名な話である。どうやら、プレジャー・ワンダーには魔物を呼び寄せる力もあるらしい。
「プレジャー・ワンダーの力のおかげで、迷宮の壁は一定以上破壊できないし、迷宮それ自体を埋め立てるような大規模な魔術を使用しても崩れない。特殊な魔力場が作られるから転移魔術による大規模ショートカットなども不可能だし、ここでも無理だったけど、アクティブ・パルスによるショートカットも無理だ」
まぁ、いくつか抜け道はあるが、彼らを怒らせたくないのならば使わない方が良いだろう。
戦闘能力はそう高くないらしいが、迷宮内での彼らはほぼ無敵だ。殺すのならば表に引きずり出して殺さなくてはならないし、プレジャー・ワンダーのいなくなった迷宮は宝箱などもドロップしなくなるのでメリットがない。
また、触れるだけで迷宮の入り口に転移できる『帰還の泉』など、探求者にとって必須の装置もプレジャー・ワンダーの力の一つだ。僕達は彼らと共生しているとも言える。
「このあたりの迷宮では『帰還の泉』もないし、滅多に宝箱も落ちないのでプレジャー・ワンダーの恩恵を実感する事は殆どないのです。まぁ罠もないので、ソロでも探求が容易で助かるのですが……」
「あー……確かに黒鉄の墓標であんなにクリーナーを倒したのに宝箱が落ちなかったね」
うんうん、と頷くブリュム。
僕の予想だと、この地の迷宮にはプレジャー・ワンダーは住み着いていないので、宝箱は滅多に落ちないんじゃなくて絶対に落ちないという見解なのだが、あえて水を差すこともないだろうか。
そこで、僕は歩くのをやめた。後ろを歩いていいたブリュムが突然止まった僕の背中にぶつかる。
「っ!? お兄さん、急に止まらないでよ」
「エティ、敵だ」
「わかってるのです」
エティも僕とほぼ同時に歩みを止めていた。気配は次の角の向こうにある。
このまま歩いて行けば角で遭遇するだろう。
スキルで正体まで看破しているのだろう、エティが続ける。
「……遠距離向けの攻撃機兵ですね。A101戦闘機兵ライトナイト。固体としての強さはオプティ・フロッガーよりも低いですが、遠距離攻撃が面倒なのです」
「おまけに主武装は実弾銃ではなく光線銃か。今の防御装置だと荷が重いかな?」
「……まぁ、多分、防ぎきれますが、何しろ『光』なので事故がありうるのです。変えておいた方がいいのです」
エティが即座に、白銀に輝く球体を追加で三つ召喚する。それは黒の守護者と同様に浮遊し、それぞれエティ、僕、ブリュムの目の前に浮かぶ。鏡に近い性質の表層が薄暗い電灯の元でも輝いていた。
「エティ、最低限だよ」
「……わ、わかっているのです。最低限、最低限……」
角から機兵が現れる。センサーでこちらを察知していたのか、現れた瞬間からその両手に生えた銃口はこちらに向けられている。
エティの手の平から詠唱もなしで電光が奔った。
雷球でもなければ雷矢でもない。中級の雷撃系魔術が青白い光とともに奔流となって宙空を奔り抜ける。
ほぼ同時に、機兵の手の平に光が集約し、放たれた。集まった光の球は幾筋もの光線に別れ、放たれる。威力はそれ程高くないはずだが、それでも、僕だったら、あたりどころが悪ければ即死するだろう一撃だ。
銀色の防衛装置が、光が放たれる寸前に射線の間に入り込んでいた。その光の大本はエティを狙っていたが、数筋の光はまるでついでのように僕とブリュムに向かっている。
ブリュムをかばい、ともどもに床に伏す。微かな音と共に放たれた閃光が防衛装置に命中し、そして命中した瞬間光の進路を反射する。
雷光が、閃光が通路内を照らす。だがそれも一瞬。
重い物の崩れる音。顔を上げた時、立っていたのはエティだけだった。
「やれやれ、光線系は面倒なのですよ」
「ダメージは?」
「大丈夫、全部跳ね返してやったのです」
ならばよし。ブリュムを起こし、自分自身も立ち上がる。当たり前だが僕もブリュムも無傷だ。
実弾系と光線系。
この迷宮に存在する機兵による遠距離狙撃と一口に言っても、その方法や特性は多岐にわたる。対処法もまた異なる。全て知っておくべき事だ。
「ふん、どうなのです? 最低限なのですよ」
中級電撃スキルを放っておいて最低限も何もない。僕の見積もりではもっと下の――いや、やめておこうか。
「……よしよし」
僕はただ、スレイブにやるみたいにその頭を撫でてやった。
リスクとリターン。踏まえておかねばならぬ心構え。
初対面の魔物を相手に強めの攻撃スキルを使用するのは決して間違えていない。僕がエティでも見積もりより強めのスキルを使用しただろう。
もし、次もまた同じスキルを使用したら指摘しなければいけないだろうが……
だが、別に考えねばならぬこともある。
可能性があるのかないのか。偶然か否か。最悪を想定すべきか否か。まだ試行回数は多くない。正直言って、偶然の可能性もある。
が、この迷宮は監視者の存在が周知されている迷宮だ。
眼を回しているブリュムが落ち着くのを待って、エティに意見を求めた。
「……しかし……まずいかな? うーん。測っているのか、あるいは……段階を踏んでいるのか……」
「……? 何の話なのです?」
「敵の出現傾向の話だよ」
考えるまでもない。スレイブになら、間違いなく言っているだろう。
ならば、今のエティにも言っておくべきだ。
スパークし、沈黙している機兵を眺める。
「出現傾向……?」
「ああ。A101戦闘機兵ライトナイトが現れたのを偶然と見ていいのか悪いのかってね」
「……どういう意味なのです?」
自信はない。
だから一度、溜息をついて続ける。
僕の思いが、感情がエティに伝わりやすいように、その努力を怠ってはならない。
「いや、初めに物理系の攻撃手段しか持たないオプティ・フロッガーが襲ってきたじゃん? 僕達はそれの体当たりを完全に防御した上で近接攻撃でばらばらにした。しかも――短時間で」
「……つまり、フィルはこう言っているのですか? 物理の近距離攻撃の機械種で対処出来なかったから、遠距離型の機体で且つ光線による攻撃手段を持つライトナイトが新たに出現した、と」
「ただの……可能性の問題だよ」
今まで黙っていたブリュムが呟く。
「……この前も思ったけどさ、お兄さんっていつもそんな事考えて探求してるの?」
僕は人の善意に乗って今まで生きてきた。だがそれは人の悪意に遭遇していないという事では勿論ない。
僕は悪意に敏感だ。そして、とても臆病だ。ネズミが津波や地震などの災害に敏感なように。
だから僕はいつも考えている。今、自分が受けているものが悪意によるものなのか、を。
だから僕は常に一番初めに考える。何者かの悪意を受けていないのか、を。
指向性を持った殺意は、準備不足の僕を容易く冥府に送るだろう。
エティが大きく溜息をつく。
「フィルは……心配性なのです。恐らく偶発なのですよ。少なくとも、監視も全て潰しているし、私達の状況がばれているとは思えないのです」
「僕は……バレていないとは思えないよ。何故ならカメラが壊されるのは『前提』だ。僕が監視者なら、もう一手、打つ」
だから僕はアリスを使って倒した機械種は――部品の欠片も残さぬよう回収させている。手の内をなるべくバラさないように。結界を張って信号も全て遮断している。情報を漏らされないように。
今回のこれは電撃作戦だ。
対策を打つとしても時間がかかる。だから、僕達への対策を打たれる前に必要なものをかっさらってさっさと帰るのだ。
相手が強力であればあるほど対策を打つのにも時間がかかるだろう。エティ程の強力な攻撃型機械魔術師が相手ならばどうするのか。
僕は倒したばかりのライトナイトの残骸を足でつついた。
「エティ、こいつをバラすんだ」
「……それでフィルの気が済むのなら」
「あああああ、もう! なんでお兄さんとの探索ってこう、きな臭い雰囲気がするのさ! お兄さんまさか、呪われてる?」
いや、呪いではない。
もしこれが偶然じゃないなら――僕はきっと探求者の神に愛されているに違いないだろう。




