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Tamer's Mythology  作者: 槻影
第二部:栄光の積み方
74/121

第二十六話:新しい世界を見せてあげる

「あ、頭おかしいのです……」


 エトランジュは、腕に力を入れる事も忘れ、戦慄した。


 フィルの腕を振り払い、よろよろと後退る。

 至近距離に見えるフィルの眼は、仕草は嘘を言っていない事を示していた。己の能力に絶対の自信を持っているエトランジュは初めて自分の能力を疑った。

 眼の前の探求者はもしや、自分の高性能な分析スキルを欺く程に高い隠蔽スキルを持っているのではないか、と。


 人を馬鹿にしているような振り回しっぷりと完全に常識をぶっちぎった提案。


 低ランクの探求者だったら道化と言えただろう。だが、これで最上級の探求者なのだからたちが悪い。

 新しく生み出された機械種よりも、今まで見たことがなかった奈落を抱いたレイスよりも――未知。エトランジュはもはやどうしていいのかわからなかった。

 口を開く。そこから出てきたのはまるで懇願するかのような力の篭っていない言葉だ。


「……フィル、みんなさっき、二つ目の案を選ぶって言っていたのです……」


「? だからどうしたのさ。僕はそれに同意したけどそれは、事前に突入しないという話ではないんだよ。尤も僕は『機蟲の陣容』よりは『機神の祭壇』の方をおすすめするけど……」


 『機神の祭壇』


 A級に区分される迷宮である。レイブンシティからは最も近く、そしてこの周辺の迷宮の中では最も難易度が高い。

 内部に生息する機械種はこの周辺に生息する機械種の傾向からすると珍しく、人型のモデルがほとんどであり、最低B級からS級までの機械種の生息が確認されているが、最奥まで辿り着いた者はいない。

 銃器といった飛び道具を使う機械種が多い事もあり、人気のない迷宮でもあった。


 飛び道具を防ぐにはある程度のメンバーと技量が必要とされる。特に、レイブンシティの探求者の多くが銃器類を使う事からも分かる通り、銃器の類は誰が使っても威力が高い。

 この迷宮の攻略には金属鎧を容易く引き裂く弾丸の嵐を掻い潜るだけの戦闘能力と、いつ何時、致死の弾丸が降り掛かってくるのかわからない状況に立ち向かう精神力が必要とされる。街の側にあるにもかかわらず攻略が進んでいないのも当然といえるだろう。

 もともと、A級の迷宮とはS級の探求者が複数人で組んでとりかかるような迷宮なのだ。レイブンシティの探求者のアベレージから考えると、そこに挑むものはあまりいない。


 エトランジュ・セントラルドールはSS級の探求者である。

 だが、彼女は一人だった。スレイブは連れているがそれだってそんなに数は多くない。

 迷宮探索だって経験こそあるが、長丁場になりがちな迷宮の探索はソロの探求者にとって苦手分野だ。また、魔力が切れてしまえば戦闘力の落ちる魔術師ならば尚更の事。


 勿論、出来ないといっているわけではない。A級迷宮に棲まう機械種程度、エトランジュにとって敵ではない。

 だが、今はそういったタイミングではない。いや、誰にアドバイスを求めても自重を求められるだろう。


 唐突に何の前触れもなく提案してくる男。

 エトランジュの眼には眼の前の男が正しく、怪物に見えた。


「機神の祭壇……? ……大規模討伐が終わってからでいいのではないのです? 準備もあるのです。今、理由もなく力を消耗させるわけには――」


「理由はある。今理由もなく? そうじゃない、今じゃなきゃいけないんだ。今だからいい。ベストなタイミングだ。力を削いででも、準備時間を削ってでも挑戦する価値がある」


「……ならみんなで行けばいいのです。どこまで探索するのかわかりませんが、機神の祭壇をたった二人で探索するのは無謀にも程があるのですよ」


「僕はアムと二人でこの前潜ったけど?」


「え……」


 その言葉の意味を理解するのに数秒かかり、そして理解した瞬間、一瞬恐れを忘れた。


 エトランジュの知るアムはA級迷宮に挑戦できる程強くない。迷宮ならば、せいぜいB級の迷宮がぎりぎりといった所だ。確かにそれなりに強力なレイスではあったが、アリスのように常識の範疇外の存在でもない。

 アムの討伐依頼が発生したとして、エトランジュならばさほど苦労もなく討伐できるだろう。

 

 まじまじとフィルの表情を確認する。やはり嘘は見えない。そして、そんな馬鹿げた事をやりかねないという事を彼女は知っていた。


「それに比べればエティと二人で潜る事のなんと簡単な事か……」


「そりゃ……そうかもしれませんが……」


 比較しないで欲しいのです、という言葉を飲み込む。

 機械魔術師は攻撃、守備、補助とパーティに必要な能力を全般的に網羅したクラスだ。追加でスレイブまで使える。エトランジュはソロの探求者だったが、それは他のパーティに入れてもらえなかったからではなく、他のメンバーを必要としていなかったからなのだ。


 探求者は基本的にパーティを組むことを推奨されている。

 パーティを組んでいないのは勘違いした馬鹿か、あるいは強すぎてパーティを組む必要すらないかのどちらかで、エトランジュは後者だった。


 だが、だからこそ、アムと二人で潜ったというフィルの言葉が本当だとしたら、エトランジュは引くわけにはいかなかった。

 挑発とも呼べないただの言葉が相手だったとしても――

 それこそが探求者の矜持であり、プライド。プライドは時に探求者に馬鹿な挑戦を強いるのだ。


 自身の能力。召喚できる魔導機械の種類と量。それらを無言で精査する。

 幸か不幸か、大規模討伐を眼の前にした今、エティの召喚、操作できる魔導機械は平時よりも遥かに多い。もし壊されても、まだ一週間あるのでその期間に修理すればいいだけの話だ。

 本体の状態も精神はともかく肉体面のコンディションは万全。

 何日潜るのか知らないが、さっきフィルは『三日後』に会議を開催すると伝えていた。ということは最長で二日だろう。そのくらいなら――


 自身の中で参加できる言い訳を積み立てていく。エトランジュは口にはしていないが既に理解していた。口では勝てない、と。

 戦闘能力がない分、フィルの積極性と言い訳と交渉スキルはカウンターを振り切ってる。どうせ言い合って疲れ果てるのならば、さっさとやるべき事を終わらた方が精神衛生的にまだマシだ。


 勝ち目のない戦いをやるほど馬鹿ではないはず……きっと。


 少しだけ、少しだけ付き合うだけなのです……


「百歩譲って行くなら行くでいいですが……目的は?」


「デートだよ」


「あ、頭……おかしいのです、フィル!!」


「今すぐ行けるよね? 魔力は? 魔導機械の準備は大丈夫だよね?」


「ちょ……準備くらいさせて欲しいのです……」


 本当に『今すぐ』行くつもりだ。

 エトランジュは普段着であり、スレイブも連れていない。

 慌てて意見しようとしたエトランジュは、フィルがぼんやりと自分の格好を見なおしているのに気付いた。

 深刻そうな表情。唇がわななくようにゆっくりと開く。


「……この格好じゃ、探求中に倒れる。着替えなくちゃ」


「あ、貴方の準備ができていないのですか……てかまさか本当に思いつきで言ってます? デート」


「エティがちゃんとしてくれてたら今日は行く必要なかったんだけどね……はぁ……」


「え? ええ? わ、私のせいなのですか!? 私、別に、何もやってないのですよ……」


「何もやってないのが悪いんだけど、まあエティを過剰評価した僕が悪いのかな?」


「え……ええ……酷いのです……」


 挙句の果てにフィルの中では何故かエトランジュのせいになっているらしい。

 その思考回路が、意図が全く読めず、エトランジュは零れそうになった涙をプライドで耐え切った。


「じゃー悪いけど僕の滞在する『白銀の歯車亭』まで送ってもらっていいかな。『電信雷身(アクティブ・パルス)』で」


「……」


 ……今から迷宮探索するんだから無駄なスキル使わせないので欲しいのです。

 という言葉を飲み込み、無言でエトランジュはフィルの手を取った。


 文句を言うのにも体力を使う事を、エトランジュは初めて思い知った。それを回避しようとするのならば、最後まで思うがままに付き合ってあげるしかない。


 手をつないだままで無言で玄関に出る。

 レイブンシティの建物のほとんどは金属だ。バルディの屋敷も例にもれない。さすがに室内は対策が取られているので内部では使用できないが、一歩外に出れば問題ない。街中ならば、アクティブ・パルスで移動できる条件を満たしている。


 溜息をついてエトランジュは握る手の力を強くした。スキルを行使する。

 全身の細胞が励起するような感覚。自身の中にある異能の力が全身を通し、繋いだ手を経由してフィルの肉体まで侵す。


「『電信雷身(アクティブ・パルス)』」


 スキルがこの世の理を超越する。代償として自身の身に満ちていた魔力が消えていく。


 自身の身体と設定した対象の身体が変わる、変えられる感覚。

 集中するために眼を瞑る。エトランジュはスキルを行使するこの感覚が嫌いではない。昔から機械魔術師として才能があるとは言われていた。それを裏付けるように機械魔術師としてのスキルのほとんどは既に手の内にある。


 知覚が引き伸ばされる。精神が肉体から解放される。

 自分の身体が金属の道路の内部を流れる感覚。この感覚は如何に機械魔術師について勉強していたとしても、他のクラスを持つ者に分かる感覚ではない。エトランジュだけのものだ。

 僅か一秒にも満たない本当の刹那の瞬間に、エトランジュは街の全土を回遊し、そして最後にフィルの望む場所の目の前で実体化した。


「……さ、ついたのです」


「……ああ、ありがとう。ちょっと待って、着替えてくるから」


「あ……ちょ……」


 何も言わせる事なく、フィルはさっさと中に入ってしまった。


 もう何がなんだかわからない。

 自身の状態を改めて確認する。魔力の残量は凡そ八割五分。並の討伐依頼ならば十分な量だ。だが、長期間迷宮探索を行うのには心もとない。


 もとより、エトランジュは普段着である。いざという時の備え以上の持ち物は持っていない。


 探求に置いて、重要なのは事前の準備だ。

 機械魔術師には『定点転送(トランスポート)』のスキル――自分のホームスペースの特定位置に配置してあるアイテムを自由に持ってこれるスキルだ――があるから、よほど長丁場にならなければ問題はないはずだった。

 もちろん、食糧も水も武器も可能な限り配置してある。例え密閉空間に閉じ込められても一週間くらいならば持つだろう。


 しかし、常に探求の際に持ち歩いている主武装はその中には入っていなかったし、身に付けている分解ペンや構築ペンの類もデスクの上に置いたままだ。高難易度の探求の際にはいつも装備している機神についてもその中にはない。


 不安が拭いきれず、そわそわとポーチから金属の箱を取り出す。白のボタンがついた四方五センチ程の小さい箱だ。

 『定点転送(トランスポート)』のスキルで必要な装置。転送元と転送先を紐付けるための目印で、どんな時でも肌身離さず持ち歩いているアイテムの一つだった。


「大丈夫、大丈夫、なのです。目印は持ってきているのです。何が来ても戦えるのです……」


 主武装はない。だが、それでも大抵の相手ならば魔導機械と幻想兵装のスキルで戦い抜ける。

 昨日までなら自信を持って宣言できていたその事実が、今では自身を勇気づける一つの材料にしかできなかった。


 何しろ、目標が明確にされていないのだ。フィルが言い出しただけあって、何が来てもおかしくない恐ろしさがある。

 ソロでの探求経験がほとんどであり、今まで目標は全て自分が決めていた。今、それが他人の手に委ねられていて、しかも教えてもらえない。


 まさか本当にデートをするわけでもないだろう。命の危機のある迷宮でデートとか、百年の恋も冷めるというものだ。


 居たたまれない心地で待つこと数分、宿の扉が開いた。


 出てきたのはピクニックにでも行くつもりか、とつっこみたくなるくらい軽装なフィルと、その後からついてきた――


「……その後ろの人は誰なのですか?」


 凄く無表情の少女である。


 透き通るようなエメラルドグリーンの髪と同色の眼。容貌は整っているがパーツのそれぞれがどこか幼く、あまり背の高くないフィルと比べても頭一個分は小さい。

 綺麗な、というよりは可愛らしい少女である。

 しかし、全てをその眼が、表情が台無しにしていた。

 全てを諦めているかのような眼。


 その眼には見覚えがあった。


 私も多分同じ眼をしているのです……


 仲間意識と呼べるものが芽生えるのをエトランジュははっきりと感じていた。


 反射的に使った解析スキル――『精密解析機構(アナライズ・ドライブ)』は、その少女がこの街では酷く珍しい元素精霊種(エレメンタル)に類する少女だという事を示していたし、A級の迷宮に挑むには力不足な能力しか持っていない事も示していたが、そんなものはどうでもよかった。種族の差異、実力の差異などこのシンパシーの前にないも同然だ。


 少女の眼がエトランジュの眼とはっきりぶつかり合う。

 その瞬間、二人は完全に分かり合った。二人は友になった。


「ごめんごめん、遅くなった。一応、もう一人くらい要員が必要だと思ってね……」


 たった一人、何が楽しいのか、フィルだけが満面の笑顔だった。

 この状況を赤の他人が見たらどう思うのか、何より、何故か猛烈にその少女に申し訳ない。


「その人は……」


「快く手伝ってくれる事を了解してくれた、僕の友人のブリュム・クリマだ。彼女の魔術は――かなり頼りになるよ」


 こ、快く手伝ってくれる人はそんな顔しないのです……


 引きつった表情をするエトランジュに、ブリュムと呼ばれた少女が丁寧にお辞儀をした。


「あは……あははは……ブリュム・クリマです。お兄さんに捕ま……いや、弟の代わ……いや、え……えっと」


 何事か言いかけその度に口を噤む。その度に申し訳無さそうな表情をして、とても居たたまれない思いだった。


 反射的に諸悪の根源に視線を向け温情を乞う。

 何で私がこんな事をしているんだろうという思いは、今の新たな犠牲者を前に些細な事でしかない。


「……フィル……私だけで……私だけで十分なのです! ブリュムを解放してあげて欲しいのです!」


「あはははは……」


 どんな性根をすればこのタイミングで笑えるのか。

 願い乞うエティを見下ろし、まるでフィルは罪状の宣告をするかのように言い切った。


「そんなこといっても……エティは元素魔術を使えないだろ?」


「え……それは……使えないですけど……で、でも、大抵のことはできるのです!」


「頼りにしてるよ。まぁエティがどうしてもブリュムが気に入らないから変えてくれっていうならその意志を尊重するけど……」


 そんなこと言ってない。


 フィルの言葉を聞いて、ブリュムがあからさまに狼狽する。まるで縋りつくようにフィルの袖の裾を引っ張る。

 力の差でフィルの身体が大きく傾き、慌ててすがりついてくる少女を引き上げた。


「!? お、お兄さん!? 私が……私が行くってば! いや、私に――私に行かせてください!」


「な、ど……どういう交渉して連れてきたのですか……」


「まぁやる気がないメンバーを連れて行っても邪魔になるだけだからなあ……」


「や、やる気あります! わーい、迷宮探索楽しみだなあ!」


 あまりの空元気に見ていられなくなってエトランジュは顔を背けた。

 見て見ぬふり。いや、見ないふりをするのが武士の情けだ。


 ブリュムの表情は無表情を通り越して若干泣きそうだった。

 行かなくてはいけない『何らか』の理由があるらしい。これ以上それを阻もうとしても、よりブリュムにつらい思いをさせるだけだ。


 エトランジュは哀れな新たな犠牲者におずおずと手を差し伸べた。

 この程度の能力で機神の祭壇に行くなど自殺行為も甚だしい。だが、守ってあげよう。せめて、傷一つつかないように。そして最悪、何かあった時はフィルを殴り倒してでも帰還しよう。

 探求者としての誇りにかけて。


 そして、同じ経験を、そして同じ思いをしているはずの友人に対して自己紹介をした。


「初めまして……エトランジュ・セントラルドール……SS級の探求者なのです。ブリュムにはエティと呼んで欲しいのです」





*****





 ……なるほど。

 機械小人(メカニカル・ピグミー)二重群霊(ダブル・リンカ―)って相性がいいのか。


 僕は初めて知るその事実をしっかりと頭の中に刻みつけた。こういう文献ではわからない情報があるから探求者は面白いのだ。

 初対面であるにもかかわらず、二人はまるで姉妹のように心を通わせているように見える。

 エティの愛称で呼ぶことを許可している程だ。僕の勘違いではないだろう。

 詳細について聞きたいものだが、今はそんな場合でもない。


 周辺を見渡す。今の所、特に異常はなさそうだ。

 兵は拙速を尊ぶ。現在、重要なのは何より速度だ。

 ベルトの周りに括りつけた無数のガラスの筒――魔力回復薬の束を撫でる。


「エティ、『機神の祭壇』まで一番速く行けるスキルは何?」


「え? えっと……『電信雷身』は地面が金属でないと使えないのです。機神の祭壇は特に遠くもないので、スキルとか使わずランナーを借りるのが手っ取り早いと思うのですが……」


 違う。そうじゃないのだ。

 僕達はなるべく早く、そしてできれば誰にも気付かれずに機神の祭壇に向かわねばならない。十中八九いらぬ心配になるだろうが、踏まなくていいリスクを踏むのは愚か者のする事だ。


「ブリュム、移動スキルは?」


「……持ってないよ。移動スキルはトネールが担当してたか……ら……」


 やはりか。しかしトネールを連れて行くのは無駄が多い。


 僕には水属性の元素魔法が必要なのだ。なくてもまぁなんとかならなくもないが、事前に話をしていないのに部屋にいたのは僥倖だった。

 ちなみに、ブリュムを選んだのは僕の意志ではない。スイも部屋に居たようだったのだが、どうも虫の居所が悪かったようで出てきてくれなかったのだ。

 まぁ、今回の探索を行うのはA級迷宮の機神の祭壇である。セイルさんのパーティで一番強いスイを連れて行った所で大した戦力にはならないので、それがブリュムだった所で大差あるまい。むしろ、この間のスイの身のこなしを見るに、危機察知能力はブリュムの方が高い可能性もある。

 

「お、お兄さん、トネールは……その……」


「わかってるわかってる。声はかけないよ」


 どうやらブリュムはトネールを連れて行ってほしくないらしい。


 危険な迷宮探索だ。姉として思う所があるのだろう。あまりにも過保護だとは思うが、それは彼女たちの問題だ。好きにするといい。

 トネールを連れて行くつもりはもともとないのだ。ブリュムとスイが無理だったら、諦めてエティと二人で探索するつもりだった。

 嫌がるメンバーを無理やり連れて行った所で本来のパフォーマンスが出ないのは目に見えている。僕にはそれを強制する権利はない。


 しかし参ったな……機神の祭壇はそれ程遠くはないとは言え、徒歩で出向くにはかなり遠い。


 エティやブリュムならば多少無理することで短時間で走破できるかもしれないが、こういう時に僕の基礎スペックの不足が問題になる。夜になると眠くなるし……

 一泊は覚悟済みである。既に日は高く、後五、六時間もすれば日が沈むだろう。そうなるとエティは良くても僕の動きが鈍くなってくる。さすがにSS級の探求者で機械魔術師と言えど、僕というお荷物を背負って迷宮を攻略させるのは悪い。

 だが、二泊目が必要となると面倒な事になってくる。二泊かけてしまったら時間的に『機蟲の陣容』の方に行けなくなるから……


「仕方ない、街の門までアクティブ・パルスで移動してそこから先は巡回機構ウォーキング・ドライブで移動しようか」


 巡回機構ウォーキング・ドライブ


 まず間違いなく酔うだろう。

 ポーチから酔い止めを取り出し、今のうちに服用する。いつまで経っても僕が対策を取らないと思わないで欲しいね。


「結局私頼みなのですね……」


「エティのために探索するんだからね。大丈夫、魔力回復薬は持ってるから」


「……あの……私も装備を整えたいので一回家に戻りたいのですが……」


「だめ」


 僕だって普段着なんだから君だって普段着で大丈夫だろ! とかいうつもりはないが、今エティの家に戻るのはまずい。


 彼女は一級の探求者だ。

 大規模討伐に置いてもトップの戦力を誇る、機械種の天敵である彼女の屋敷が監視されていないと考えるのは浅慮と言える。

 今の僕達は常に何らかの監視を受けていると想定して行動しなくてはならないのだ。勿論、その事を言葉で出してはならない。


 一刀両断する僕に、エティは胸を締め付けられるようなとても悲しそうな表情をした。


 僕だって、僕だって辛いのだ。

 だが、全ての言葉行動は正義のために許容される。


「フィル……お願いなのです。せめて服装だけでも――」


「大丈夫、今のエティでもブリュムよりは防御力高いから」


「……え? ま、まあそれはそうかもしれないですが……」


 しかもいざという時はノーマン・フロートを周囲でぶん回せばいいだけだ。装備を変えられないのならば、攻撃それ自体を受けなければいいだけの事。

 エティはもっと他者の事を考えるべきだ。

 僕は所在なさ気にしているブリュムの肩を掴んでエティの眼の前に突き出した。


「贅沢だね。ブリュムを見なよ。彼女は君と違って……一撃受けたら死ぬんだよ? 水壁も銃弾の嵐を耐え切れるか微妙だし……命を掛けて挑もうとするブリュムを眼の前にして装備の一つや二つないからなんだって言うのさ」


「……え!? ちょ……お兄さん、それ聞いてな――」


 ちなみに僕はブリュムと違って防御スキルすらない。

 あえてこのパーティに名をつけるのならチーム紙装甲とでも言った所か。

 もちろん、まともに受けるつもりもないが……


「お兄さん!? お兄さん!? 私、命の危険があるのはちょっと……」


 なんとも甘っちょろい事をいうブリュム。

 彼女はここまで臆病だったのか? いや、アベレージ以下の探求ばかりやっていた弊害か。ならば僕がその壁を除いてあげよう。


「ブリュム、命の危険がない探求なんてないよ。大体さっき言ったはずでしょ? 『わーい、迷宮探索楽しみだなあ!』って」

 

「……」


「大丈夫、ブリュムの命は……エティが護るよ」


「……お兄さんじゃないんだね」


 僕にそんな力を期待するな。

 もう一度言うが僕の(ユニット)としての能力値はゴミだ。ある程度何でもできるが全てが全て中途半端でしかない。

 ただ、僕の手で守れる状況になったなら勿論守ろう。


「勿論、僕も全力で守るよ。……えっと……黒鉄の墓標でスイをかばった時みたいに、ね」


 恩着せがましくなるのは避けたかったが実例を出さないと弱い。

 スイを危険な目に合わせたのは僕の我儘が原因で、まるでマッチポンプみたいになってしまうが、それは僕の本音でもあった。


 ブリュムの目がじっと僕を見る。触れた手から伝わってくる魔力の波。僕が魔力を読み取れないのはもう彼女自身知っているはずだが、それでも何らかの覚悟がついたのか。


「……はぁ。仕方ない、最悪――精霊界に帰ればいいしね。もう一度だけ――もう一度だけお兄さんに付き合ってあげる」


 大きな大きな溜息をつくと、しっかりと自身の意志を出した。

 エティが唖然としてブリュムを見ている。


 ソロの探求者にはわからないだろう。

 これが、これこそが一度同じパーティで探求をしたものに出来上がった『信頼』という奴だ。

 種族が違ってもそれは変わらない。


「依頼は受けられないからギルドポイントは得られないけど、探求が成功した暁にはお礼もするよ」


「別に……そんなのいらないよ。スイを助けてくれたお礼もしてなかったし……」


「パーティメンバーを助けるのは当然の事だ。そこにお礼も何もないよ」


 それにそれはマッチポンプだ。


「いいの! 私がお礼したいだけなんだから」


「そうか……ありがとう」


 彼女がそう考えるならば殊更に事を荒らげるつもりはない。

 しかし、やはり彼女たちは義理堅い。しかも、どうでもいい義理を感じている。このままではいつか悪人に騙されないか心配だね。


 僕達の様子を見て負けを悟ったのか、エティがとうとう音を上げた。

 人通りもゼロではないのに、耐えかねたように大声をあげる。目立たないように動こうとしているのに、正直やめて欲しい。


「……あーあーあー、もう! わかったのです。このままでいいのですよ」


「いやいや、流されずにちゃんと自分で考えて結論を出さないと……」


「あ、貴方は私に、どーしろっていうのですか!? どーして欲しいっていうんですか!? もうッ!!!」


 引ったくられるように手を取られる。何を拗ねているのか。

 僕とブリュムの手を握ると、エティは有無を言わさず、何気なく――本当に自然な動作でスキルを行使した。


 視界が再び切り替わる。

 今まで居た白銀の歯車亭から、機神の祭壇への道が続くレイブンシティの西門へ。


 恐らく初体験のブリュムが、切り替わった周辺の景色を見て小さな悲鳴をあげる。


「ふぇ!? な、何、今の!! お兄さん!?」


「いや、僕じゃないけど……」


 何でもかんでも僕のせいにしないでほしいんだけど……一体僕をどういう目で見てるんだ。


 焦るブリュムを宥めつつ、スキルを使用した張本人を見下ろす。

 短い息をしてどこか宙空を見つめる少女はとてもじゃないが偉大な魔術師には見えない。人は見かけによらないとはよく言ったものだ。


 だが、この子は本当におかしい。おかしいくらいに優秀だ。


 一体魔力値がどれほど高いのか。顔色の変わっていないエティを見て三度評価を切り替える。


 彼女の使ったスキルは数えていた。スキルの中には魔力を使わないスキルも数多いが、機械魔術師のスキルはその尽くが多量の魔力を消費する。

 顔色と使用したスキルで大体の魔力量は測れる。特に、『電信雷身(アクティブ・パルス)』のスキルは対象の数によってその難易度も消費魔力も大きく上昇するスキルでもあった。

 時間があれば自然回復もあるとは言え、これだけしこたまスキルを使って顔色一つ変わらないのは――異常だ。まぁ強い分には全然構わないんだが、それでも感嘆を禁じ得ない。


 ベルトに二段に吊るした魔力回復薬のアンプルに触れる。エティの魔力が切れた時のために持ってきた物だが、もしかしたらこれを使う機会はないかもしれないな。


「さぁ、さっさと行ってさっさと目的を達してさっさと帰るのですよ。無駄にする時間はないのです!」


「あ、はい……」


 そして、何故だかとてもやる気になっているようだ。

 僕は確かに、その碧眼の中に燃える意志の炎を幻視した。


 果たしてこの炎は、『機神の祭壇』の後は『機蟲の陣容』に突入(デート)すると知ってもまだ燃え盛っていてくれるだろうか。燃えやすく消えやすいのが一番困るのだ。いや、燃えないよりはまだマシか。


 やる気満々になっているエティとは正反対にブリュムがどこか不安そうに僕を見上げる。


「お兄さん……」


「大丈夫、大丈夫。なんとかなるさ」


 なんとかなる? 否、僕がなんとかするのだ。

 声色を切り替える。この善良なダブル・リンカーを安心させるために。


「ブリュムは安心してついて来るだけでいい。大丈夫、後悔はさせないよ。僕が君に……新しい世界を見せてあげる」


 『水霊の灯』のパーティで最も弱いのは彼女だ。大きな力の差異はないとしても、本人もそれを無意識で感じているはずだった。少なくとも僕だったら気にするだろう。

 ならば僕がその魂に灯を当てよう。それを持って『黒鉄の墓標』探索の礼の一つとしよう。参考になるかどうかわからないが、上位の探求者の戦い方というものを見せてあげようじゃないか。


 ブリュムが僕の言葉を聞いて、なんとも言えない表情でじっと見る。

 絡み合う視線。そして呟いた。

 いいことを言ったつもりだったのだが、ブリュムの声は沈痛だ。


「……お兄さんさ、詐欺師とかって呼ばれたことない?」


「!?」


「ぶっ……げ、げほっげほっ! さ、詐欺師! 確かに、詐欺師なのですッ! ふふふ……いいこと言うのです……」


 べ、別にいいことじゃねー。

 何がツボにはまったのか、吹き出し笑い転げるエティ。質問したブリュムの方がびっくりしてるじゃないか。


 しかし、失礼な事だ。僕は人を騙していないし、嘘をついてもいないというのに。


「僕は……清廉潔白だよ」


「ふふふ……清廉潔白な人間は、そんなこと言わないのですよ」


「うるさいよ、エティ!」


 このままじゃ僕の印象が落ちてしまう!

 門の前とは言え、人通りもなくはない。


 慌てて捕まえようとする僕の腕を、エティはけらけら笑いながら軽やかな身のこなしで躱す。

 スペックの差異が出ていた。おまけにエティは小柄で、僕もそれ程大柄な方ではないが、とても捕まえづらい。


 流れるような身のこなしは近接戦闘の訓練を積んだものではないが、性能だけでフェイントを混じえた僕の手を軽々と躱す。


 くそっ、無駄に高スペックな身体しやがって。


 だが、僕もただ無駄に動いてるわけじゃない。エティを追いながらその癖を覚えていく。

 一発で捕獲できるとはもともと思っていない。蹴りを撃たれた時、足払いをかけられた時、肩を狙われた時、腕を狙われた時、どのような方向にどのような傾向で動くのか。何を考えそれがどう反映されるのか。


 経験とは力だ。特に、エティの動きは理に適ったものではないので尚更の事。我流の動きには癖がある。

 徐々に僕の手が空を切る距離が縮んでいき、ついに衣類の端に掠り、そして十数分の攻防の末、ついにその腕を捕まえた。


「はぁ、はぁ、はぁ、やっと捕まえたぞ……」


「ふふふふふ、捕まったのです」


 息切れをする僕。息一つ乱していないエティ。

 多分、人の目に見せられぬ表情をしている僕。まだ笑っているエティ。


 この場合果たして僕の勝利と呼べるのだろうか? って――


「はぁはぁ、こ、こんな無駄な時間、過ごしている場合じゃ、なかった!」


 門の前に設置された柱時計の指す針はここに来てから十数分の時が過ぎている事を示している。


 そんな長い事、この目立つ場所で騒いでたのか僕は!?


 息を整えながら、あたりを警戒する。何者かに監視されている気配はない。という事は――上か。

 上空を見上げる。蒼穹には何一つ僕の勘を決定づける違和感はない。安心は出来ないが、今できることは何もないな。


 ある程度のリスクを飲み込む事は承知の上だがしかしこれは――


 視線をメンバーに戻す。

 事の元凶であるブリュムは申し訳無さそうな表情をしているし、攻めるわけにもいかない。

 笑って許せる度量がなかった僕の負けだ。僕は悪化した状況と引き換えに経験値をゲットした。やったー。


 せっかく貴重な時間をかけて捕まえたエティを解放する。遊んでる時間がもったいない。後でたっぷり遊んでやる。


「はぁはぁ……さ、エティ。巡回機構ウォーキング・ドライブを」


「ふふふ……はぁい」


 エティのテンションが多少上がったのが唯一の救いか。脳内でそろばんを弾く。その笑顔は好ましいが、どう考えても割に合っていなかった。


 淡い鉄色の光が地面の広範囲に発生し、消える。現れたのは十六脚を持つ身の丈一メートル程の蜘蛛のような魔導機械だ。

 『巡回機構ウォーキング・ドライブ』で操るための移動装置。


 座席部分は見た目よりも遥かに広く、エティと僕とブリュムが乗り込んでもまだ一人分の余裕がある。

 匂いはなるべく消してあるのだろうが、微かに独特の金属臭がした。


 僕は密かに、緩みすぎていた気を引き締め直す。そうだ、これから赴くのは死地。例え王国と比較して容易い迷宮ではあっても、油断の一欠片も許されない。

 日は僅かに傾き、陽光が視界を刺す。手で光を遮り、僕は街の外、荒野の先を睨みつけた。


「さ、行くのですよ」


 エティの号令に従い、蜘蛛型の乗車機械がその十六本の脚で地面を蹴り放った。

小説下部にて、アンケートを始めました。

執筆の参考にさせていただきますので、

お時間ございましたら、ご協力よろしくお願い致します。

※集計結果はリンク先より随時確認出来ます。興味があったら確認してみるのも面白いかもしれないです。


第二部のキャラにセーラさん入れるの忘れてた……

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嘆きの亡霊は引退したい。

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[良い点] 2人は友となった
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