第二十五話:この後暇?
何もかもうまくいく事などそうそうにない。
計画を立て、百の準備しても実際に使う機会があるのは八割程度だ。かと言って、時間的にもコスト的にも二百の準備をするわけにもいかないのが難しい所だといえるだろう。
今回の『灰王の零落』は、今まで僕がこなしてきた依頼と比べると、ぶっちゃけ大した依頼ではない。
単一種族の単一モデルで敵の数は数千。リーダーは推定SSS級でありL級に満たず、敵が布陣を敷いている場所もわかっている。
こちらには機械種相手に無双できる人材が最低でも二人いるし、SSSこそ居ないもののSS級以下の探求者ならば数人いる。足並みもまぁ揃っているように見える。
作戦がよほど悪くない限り全滅はない。この大規模討伐は、王国からここに転移されてきたのが僕ではなく別のSSS級探求者――例えば、最強と名高い探求者、『銀幕の覇龍』の二つ名を持つ銀鏡龍のリード・ミラーだったのならば、たった一人で討伐出来ていただろう、そういうレベルだ。まぁ、彼には転移魔法を始めとしたあらゆる魔法が効かないのだが。
向こうから進軍してきているわけでもないし、街の住民を逃がすだけだったら全探求者で守りながら他の街に避難すればいい。もちろん、キャパシティを考えていないのでハードルは多いだろうが、それだって最低でも命だけは守れる。
だが、一見『難しくない』依頼でこそ例外の事象が発生するものだ。
僕がさっき言ったアルデバランがこちらを監視している『可能性』はそのうちの一つに過ぎない。
おさらいしよう。
『灰王の零落』
モデルクイーンアント、個体名称アルデバラン率いるモデルアントの機械種の『巣』拡大に伴い発生した討伐依頼だ。
そもそもの発端はSSS708型六脚動体モデルアント――皇帝蟻、個体名『セイリオス』の討伐成功まで遡る、との事だが真偽は定かではない。
モデルアント型機械種の王たるその個体が討伐されたことにより、その下にありモデルアントの生産プラントの役割を持っていたクイーンアントの活動が活性化した。その結果、彼らの縄張りであり生活基板であり生産工場であり、そして迷宮でもある『機蟲の陣容』が拡大しつつある、との事だが真偽は定かではない。
下級の蟻により巣は今も掘り進められており、その速度から推定すると、五百キロ離れたこの街の地下に至るまで凡そ三ヶ月とされている、がそれもまた真偽は定かではない。
……つまり、概ね真偽が定かではないのだがとりあえずそこは置いておこう。
探求者達に依頼された討伐対象はモデルアントの頂点であり、巣の拡充を指揮していると思われるクイーンアント――アルデバランの討伐だ。その他の蟻については特に指定されているわけではないが、モデルアントは社会を作って生活する機械種なので他の多種多様な蟻と遭遇せずに巣の最奥に居ると思われるアルデバランを討伐する事はまず不可能だろう。
探求者のグループは二つに分けられる事になる。
第一のグループが、巣の入り口を含めた地上部の縄張りを守る機械種の討伐を行うグループ。巣は彼らの身体に合わせて巨大だが、ナイト・アントを初めとした下級から中級のモデルアントのほとんどは地上部を守っている。だから、こいつらが途中から巣の防衛に入り挟み撃ちを受けないように、足止めする役が必要になる。
特に銃器系の武具を主とする探求者はこちらに割り振られる。強力な中遠距離火力は開けた場所でこそ力となるからだ。また、彼らが迷宮攻略未経験者が多い事も理由の一つである。未経験者に攻略出来るほど迷宮は甘くない。
このグループが地上の敵を足止めできないと、巣の中に突入する第二のグループが背後から奇襲を受ける可能性が出てくる。重要な仕事だ。
第二のグループがアルデバランの討伐を行うグループ。少数精鋭で巣に突入し速やかにモデルアントを指揮するアルデバランを討伐する。
もちろん、最上級のメンバーだけでは手が足りない。『機蟲の陣容』はA級に認定された迷宮でもある。いや、難易度だけならば以前、僕が探索した『機神の祭壇』よりも上だ。内部に蔓延るのはモデルアントの中でもエリートで、最低でもB級討伐依頼対象であるスピアーアント以上の個体しか存在しない。
パーティでもいいのでそれらを倒せるだけのポテンシャル、コンビネーションを誇る探求者を投入していく形になる。リンとアムは僕が権力に物を言わせてねじ込むとしても、大部分はランドさん率いるクラン『明けの戦鎚』のメンバーとなるだろう。
そこまでがマクネスさんに聞いた話。今まで決まっている話。
戦力の強化と探求者への周知、物資の準備と当日の段取りが残されたタスクらしかった。
話を聞き、僕は思ったよりも進んでいない情報収集の状況に顔を顰めずに居られなかった。
ありとあらゆる意味で、情報収集が足りていない。
この程度の情報で僕がわかるのは、なるほど、たかが機械種、されど機械種。集まればここまで厄介になるか。へー、大変だね、くらいだ。
機蟲の陣容は現在、巣の拡張のために無数の蟻が集まる臨戦態勢で、偵察を送ることもままならないらしい。
然もありなん。
広範囲のセンサーを持つモデルアントの無数の眼を掻い潜るのは、例えそれに特化したクラスでも困難だ。生き物だったらまだ隙があるのだろうが、相手が機械種ともなると気配を消す隠形系のスキルも見破られる可能性が高い。ちょっと強い程度の探求者では送った所で一瞬で殺されるだろう。
「……しかし、情報が足りないな。せめて巣の内部の詳細な地図が欲しいな」
手渡された地図は手書きであり第一階層の六割と第二階層の三割程度、第三階層の一割程度しか埋まっていない。この割合も先輩探求者からの情報によるものであり、拡充を続ける現在、非常に怪しいものだ。百倍という事はないだろうが、想定の十倍の広さは覚悟しておいた方がいいだろう。
もともと数で攻めるモデルアントが棲んでいた巣だ。攻略が進んでいないのはやむを得ないとは言え、あまりにも酷い地図である。
僕は脆弱な探求者である。なので準備だけは怠ったことはなかった。
この程度の地図は準備とも言えない。僕はプロだ。プロなのだ。だから、勝ち目のない戦いはしないのである。どんなに敵が弱くても。
だが、状況は決して悪くない。何が悪くないって、この程度の地図しかないと今の段階で判明した事が悪くない。最悪とは突入の寸前に判明し、引くという選択肢が取れない場合だ。
無いのならば作ればいいだけの話なのだから。
そのための方法を模索する。
「無人偵察機を飛ばせないのか?」
「難しいな……何度か試みてはいるが、私のスキルではせいぜい十機が限界だ。その程度の機数では広い巣の中を網羅しきれないし、そもそも見つかった時点で破壊される」
マクネスさんが難色を示す。
機械魔術師のスキルの中で偵察用の魔導機械を飛ばすスキルがあるが、それも一時的に敵の動向を探るものであり、それはそれで有効であるが広範囲の地図を取るといったような事には向かない。もちろん無いよりはマシだが……
続いてエティの方を見るが、エティはあろうことか首を横に振った。
「残念ながら私は無人偵察機は持ってないのです……戦闘特化なので」
「……は?」
ソウル・シスターはあろうことか脳筋だった。
僕の視線をどう感じたのか、エティが釈明するように慌てて首を横にふる。
「いえ、違うのです! 無人偵察機を飛ばすスキル――『無人偵察機構』が使えないわけじゃなくて、動かす偵察機そのものを持っていないのですよ。根本的な材料が手に入らないのです」
「なかなか手に入らない? 何が?」
「『偵察』のスキルチップの設計図です。あれがないと無人偵察機が作れないので……」
「……なるほど」
エティ程の探求者でも手に入らない設計図、か。なるほどね……
眉を顰める。これは非常に面倒臭い。
僕の表情がよほど険しいものだったのか、今まで黙っていたハイルが口を挟んでくる。
「……おい、何の話してるんだ? ……うぉっち? のデータ? それがないと何か困るのか?」
「……いや、困らないけど――」
と言いかけて、僕は自分の失言に気付いた。
僕は今、嘘をついた。ついてしまった。
本当は困る。とても困る。今回の探求においてだけ、困る困らないで言えば困らない。あった方がいいことは確かだが、どちらにせよ無人偵察機で取得できるであろう情報には限界がある。
だから今回の依頼においては困らないが――実は僕はこの探求が終わったら別件でエティに無人偵察機構の使用を依頼する予定だったのだ。
エティの力を高く見積もりすぎてしまった僕のミスだった。機械魔術師のスキル体系について知識はあったのに、だ。
無人偵察機構のスキルを利用出来ないとなると、僕は二ヶ月ちょい後に出るはずの境界船に間に合わない可能性が出てきてしまう。
だが、内心の懸念をとりあえず心の奥底に封じ込める。今すべき事は正す事だ。
僕の嘘は高確率でばれる。ばれてしまう。
プライマリーヒューマンの感情は簡単に表情に現れる。どれだけ訓練しても僅かな表情筋の動きや仕草の変化は消しきれない。いや、プライマリーヒューマンの眼には消えているように見えても、他の種族にはキャッチできてしまうのだ。
それは不信につながり、ひいては僕の足を引っ張る事になるだろう。
僕はハイルから指摘を受ける前に言い直した。
「……いや、ごめん、とても困る。無人偵察機は要だ。少なくともエティが使えるのと使えないのとでは対応範囲が大きく変わる」
「……ちょっとよくわからないんだが、そのデータとやらがないとスキルが使えないのか? いや、データがあれば使えるのか?」
「えっと……データがあれば使えるのではなく、データを元に製造する偵察機が必要なのですよ」
エティはその場で手を開くと、その手の中心に黒の球を召喚してみせた。
先ほどハイルとの腕試しで見せた『無人軌道要塞』だ。
説明の紹介のために召喚された防衛装置はその場でじっと何かを待つように停止している。
「例えば、この防衛装置がないと先ほど使ってみせた『無人軌道要塞』のスキルは使用できないのです。それと同じように、偵察機がないと無人偵察機構のスキルは使用できないのですよ」
そう、それこそが機械魔術師の持つ独自のスキル体系だ。
どうやらハイルは詳しくないらしい。バルディさんも興味深そうにエティの言葉を聞いている。ランドさんはある程度は知識がありそうだが、それでも趣味で調べた僕よりは少ないだろう。
エティの言葉を引き取り、説明してあげる。人は成果に対して知識はあっても仕組みについては無い事が多いから、これは自身の誇示にもなり、そして牽制にもなるだろう。
「機械魔術師のスキルを分類すると三つに分けられるんだよ。本体が戦う魔術系、機械種のスレイブを生み出し育て操る育成系、そして――自らが作成した魔導機械を操作する召喚系。『無人軌道要塞』や『無人偵察機構』は三番目のスキルに分類される」
シェルターやアクティブ・パルス、ネガティブフィールドなど特に魔導機械を使わないスキルは一番目のスキルに含まれる、本人だけで完結しているスキルだ。
勿論それだけでも十分強いが、機械魔術師の本領は後半二つのスキルにある。
「三番目に分類される召喚系スキルは魔導機械を操るためのスキルだから、その操る対象の魔導機械がないと発動できない。突然現れて見えるのは事前に設定した自身の工場や専用の異空間に格納してある魔導機械を召喚してるからだ。基本的に操れるのは自分が製造した魔導具だけだから、機械魔術師の実力は単純に魔法を使う魔術師としての実力によらない。魔導具を作る創造主としての実力も大きな比重を占める」
だから、高い魔力を誇る機械魔術師でも不器用だったりすると強力な魔導機械を製造出来ないので強くない。勿論魔力は高ければ高い程よいのは確かだが……
その観点で言うと、エトランジュ・セントラルドールと言う探究者はかなり優秀である。
スキルツリーを相当な深度まで進めていることから予測出来たことだが、先ほどの防衛装置は見事だった。アリスから聞いた話だが、攻撃の要である機銃の方もアリスを殺せるレベルで強力だったらしい。僕の王国の友人にも機械魔術師のクラスを持つ友人がいるが、その子より間違いなく強い。
だから、別に自身の失敗を正当化するわけじゃないが、彼女が偵察機を持っていない事は想定の範疇外だ。どれだけ攻撃に特化していたとしても、その魔導機械は持っていて然るべきものだった。僕の中ではね。
「なるほどな……ん? つまり、マクネスはそのデータを持っているという事か。なら、そのデータとやらをエトランジュに渡してやれば作れるんじゃねぇのか?」
「……」
それはありえない。
魔導機械は強力だが製造における柵も多い。特に魔導機械や機械種の製造において、その肝となるスキルチップは極秘主義の霧に包まれている。一つのデータで一生暮らせる程に高い。
それは刀鍛冶における火入れの奥義、薬師の持つ調合の秘技、剣士における一子相伝の技に等しい。親しいとか親しくないとかで漏らしてはならない最高機密だ。
……言い過ぎか。まぁそれらと比較するとかなり入手しやすいのだが、まぁ、易易と手に入れられるものではない。
だが、僕はあえてハイルの言葉を否定しなかった。マクネスさんが無人偵察機構のスキルを使える以上、スキルチップの設計図は持っているはずだ。だから、ハイルの素人考えを受け入れてくれれば全ては解決する話なのだ。
常識外れな話ではあるが、同時にこの街の危機を前にして、『ありえない』話でもない。
マクネスさんが様子を窺うように僕の方を向いた。僕がその点を指摘することを期待しているのだろう。
だから僕は唇の端を持ち上げて微笑んでみせた。
「……残念ながらスキルの情報は秘伝だ。すまないが、渡す事は出来ない」
「ッなんっだよ! けっちくせーな」
ハイルの不機嫌そうな表情をエティが宥める。
「……仕方の無い事なのです。私が持っていたとしても譲渡しないのですよ」
……然もありなん。ノーと言われても僕にはマクネスさんを責める事はできない。
となると、エティには多少の時間を割いてもらうしかない。
まぁ今回は僕がリーダーだ。僕の指示に従ってもらおうか。
「……まぁ、でも大丈夫なのです。この街は機械種の街、ギルドお抱えの機械魔術師は多いのですよ。偵察が必要なのであれば、その中の無人偵察機構を使えるメンバーに頼めばいいのです」
「……なるほど、ね。一応聞くけど、その人達、戦闘は?」
「残念ながら彼らは戦闘スキルを取っていない、完全に製造専門のメンバーだ。辛うじて補助スキルくらいならば持っているが、街の要でもある彼らを戦場に出すことはできない」
マクネスさんがきっぱりと言い切る。
業腹ではあるが、探求者ではない者に戦場を強制するわけにもいかない。この街の発展状況、機械種の割合を見るに街の要との言葉も同様に嘘ではない。
使えない札の事を考えていても仕方ない。持っている手札で勝負し勝利するからこそ面白い。
僕の中で今後の道筋が出来上がってくる。イメージする事。勝利をイメージする事だ。
イメージ出来ない勝利は決して達成出来ないのだから。
「……ちなみに、エティとマクネスさんが戦ったらどちらが勝つ?」
「正面からぶつかれば十中八九エトランジュが勝つだろう。私のスキル振りは……戦闘向きではないからな」
「私は……多分攻撃力だけだったら――純粋な戦闘能力だけだったら周囲の街の探求者を全て合わせたとしてもトップクラスに高いのですよ……研鑽しているのです」
それは素晴らしい、と言いたい所だが、君のそれ、ランクにしてはかなりのオーバーキルだから。
そんな事に研鑽積む暇があるなら偵察系のスキル取れよこの野郎、と言いたいが勿論口には出さない。
何を重視していくかは完全に探求者自身の人生設計によるものだ。アドバイスくらいは出来ても、僕が決定するような内容でもない。
ハイルを見る。マクネスさんを見る。ランドさんを見る。ここにはいないガルドとセーラを思う。
「……とりあえず今の時点で参加が確定しているメンバーの一覧が欲しい。メンバーのグループへの割り振りは僕がやる」
「……君はこの街の探求者についてほとんど知らないはずだが、うまく割り振れるのか?」
「……なるべくならフィルの意見には従うが、クランのマスターとして何かあったら口出しさせてもらう」
「私はそれでいいのですよ」
「……俺は前線に出るぜ? そのために参加するんだからな!」
なんと協調性のない。
我が強い探求者のそのまたトップクラス。やむを得ないとは言え、面倒だね。
まぁ、ランドさんの意見は尤もだし、マクネスさんの懸念も分かる。エティとハイルの言葉はともかくとして……
僕は全員の言葉を柏手で叩き潰した。
「意見は聞くが決定は僕がする。まぁ……なるべく全員の意見が通るように善処するよ」
「……」
権力を使うのは嫌いではない。これこそが社会的生物に生まれた特権である。
僕は弱いから、自身に許されたありとあらゆる権利を行使させてもらうしその事に関して文句を言われる筋合いもないのだ。
各メンバーの苦々しげな表情を満足しながら見渡す。
つかみとしては上々だ。印象もしっかりつけられたし、舐められてもいないだろう。
今日はこの辺りにしておこうか。急いては事を仕損じる。
「よし、今日は解散。マクネスさん、他の詳しい情報については後で僕の宿まで届けてもらえますか? 『白銀の歯車亭』に滞在しているので……」
「……了解した。後でギルドのものに届けさせよう。次の会議はいつ実施する?」
「三日後で。リーダーが変わった点の周知だけお願いします。はい、解散。かいさーん!」
何か言いたげなランドさんを追い出し、ハイルさんが今にも僕を食い殺したそうな表情で出て行く。
マクネスさんが溜息をついて、全身鎧を引き連れて出ていき、それについて出ていこうとしたエティの肩を掴んだ。
「……まだ何か用があるのですか?」
「冷たいね……エティ、どうしちゃったのさ」
「……はぁ。フィルは一度自分の胸に聞いてみるといいのです」
僕は視線をエティの顔から胸元に落とした。
目測、セーラの三分の一程度しかないささやかな膨らみ。しかし僕は全然いける。
それにこれもまた小人種の種族特性なのだ。嘘だ。胸おっきいピグミーも割といるから、エティはきっと胸の分まで才覚を戦闘の方に吸い取られてしまったのだろう。
エティの細腕が僕の肩にかかる。万力のような力。骨がぎりぎりと軋む。
「……フィル? 今、私、自分の胸に聞いてみるといいって言いましたよね?」
「いたたたた、エティ、ストップ! 砕ける、砕けるって!」
「大体胸に聞くってそういう意味じゃないのです! いちいち面倒な事しないで欲しいのですよッ!!」
ガチで切れていた。
碧眼の中でぐるぐると渦巻くような感情が見える。
「まだッ! まだ聞いてない! 聞いてないから!」
「まだ、聞いてない? 『まだ』って言いました!? き、聞くつもりだったのですか!? そ、そんなに私をからかって楽しいのですか!?」
「違うッ! 違うからッ! て、手型つく! 手型つくからっ!」
身を捩るような激痛。僕がもしHPを視認する術を持っていたらきっとHPががりがり削られていただろう。
機械魔術師にこんなスキルなかったはずだがこの威力――是非このスキルで敵を砕いてほしい。マジ痛い。涙出る。
僕は脳内パーソナルデータのエティの欄に馬鹿力のタグを付けた。
セーラと同じ認識でからかうと痛い目にあう。いや、からかっているわけでもなかったんだけど……
絨毯の上で悶える事数分。ようやく肩の痛みが消え去った。エティが冷たい視線を悶える僕に向けている。
最後に残っていたバルディさんも僕とエティの様子を見て顔を引き攣らせながら出て行ってしまったので、部屋には僕とエティだけしかいない。
「……で、何の用なのです? まさか私をからかうために呼び止めたわけではないのですよね?」
「っ……ったぁ。そ、そんな怒らなくても僕は別に胸が小さくても構わな――」
「……フィール?」
口元が微笑んでいるのに眼が笑っていない。
彼女は冷静なピグミーだと思っていたが、これ以上続けた場合、自身の命を保証できそうにない。僕の『信じる心』も存外に足りないようだ。
ソウル・ブラザーと呼んでくれたあの可愛らしいエティはどこに行ったのでしょう?
一番最初が一番好感度が高く、そこからどんどん下落している気すらしてくる。だが、かなり甘めに見積もって僕が全面的に悪いのだ。
「……はぁ。で、何の用なのです?」
「あ、ああ……エティ、この後暇?」
「……とっても忙しいのですよ」
そうか。だが今の問いはただの作法であって、エティの予定など知ったことではない。
これは仕事なのだ。今日はオンなのだ。何が何でも付き合ってもらう。
「デートに付き合ってよ」
「……デート? フィル、貴方、今の私の言葉、聞いてたのですか?」
まだずきずきしている右肩を揉みほぐす。本当に砕けるかと思った……けど、現時点で砕けていない所を見ると手加減してくれたみたいだ。
エティの瞼がぴくぴくと痙攣している。その腕が僕の首に回された。身体が小さいので、背伸びをして抱きつくような格好になっている。視線と視線の距離ほんの数十センチ。濁りのない瞳に映り込んだ僕の顔がはっきりと見える。
後少し首を傾げればキスでもできるような至近距離で、遠目から見ると恋人のように見える……かもしれない。
が、僕には分かった。こいつ、僕の首を絞め落とすつもりだ。その無駄に高い筋力値に任せてへし折るつもりだ。いや、さすがに折りはしないか……しないよね?
吐息が頬にかかる。だが、ここで引いては魔物使いの名が廃る。探求者としての風上にも置けない。僕は深呼吸をして、視界いっぱいに広がるソウル・シスターに問いかける。
「エティ……どっちがいい? 好きな方を選ばせてあげるよ」
回された腕から感じる体温。かすかな機械小人の香りが鼻孔を擽る。
鎖骨に柔らかい感触を意識してはいけない。プライマリーヒューマンの考えは簡単に読み取れてしまうのだから。
いつもの声とは異なるどこか甘ったるい声が、耳元でささやかれた声が、最後の警告が、静かな怒りを乗せて僕の中に染みこんでくる。
「フィル? 冗談は、そろそろよした方がいいのです。私もまだ今なら、許してあげられるのですよ?」
それは魅力的な提案だ。
ならば、僕も提案しよう。
両手を背中に回し、こちらから強く抱きしめる。眼の前にはエティの耳があった。当然それを舐める。上唇と下唇で挟んで食む。腕の中のエティの身体がびくりと大きく震えた。
「っ!?」
大丈夫、まだ僕の首は折られていない。
だが、時間の問題だ。僕は、風前の灯の命が完全に消え去る前に、急いでエティに聞いた。
「じゃあ僕からも提案させてもらおう。デート、どっちに行きたい? 『機神の祭壇』か『機蟲の陣容』、記念すべき初めてのデートだからね。好きな方を選ばせてあげるよ」