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Tamer's Mythology  作者: 槻影
第二部:栄光の積み方

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第二十話:これで一体目

 無数の針が降り注いだ。

 紫紺に輝くそれは酷く繊細で、しかし同時にあらゆるものをつき貫く鋭さを持っていた。地面に転がる無数の金属片――機械種の残骸がそれに貫かれ粉砕され、瞬く間に残骸に変わる。


 それは巨大な機械種だった。


 無機生命種(マキーナ)は基本的にはモデルとなる生き物がいる。


 鈍色の輝く装甲に全身からはそのあまりの稼働速度に高熱の気が立ち上り、存在核が唸る音が鈍く大気を揺るがす。

 特に際立っているのは巨大な柱だった。先端の尖った数メートルの柱――しかしそれは、正確に呼ぶのならば尾であり、『針』である。


 頑強な尾から伸びる家屋さえ串刺しにできそうな巨大な針と、全身から生えるおびただしい数のアームから突き出した、高ランクの機械種の装甲すら容易く両断する鋏を備えた機械種。

 レイブンシティから南西に五百キロ程離れた一帯を縄張りとするその機械種の名を、数多の探求者を退けた化け物の名を、人々は畏怖を持ってこう呼んでいた。


 個体名、フォルモ。SSS708モデルスコーピオン。

 フォルモ・スコーピオンロード。

 蠍の王である。


 雨のように降り注ぐ針の前を白銀色の影が横切った。

 精密無比、数メートル四方を一網打尽にすべく降り注いだそれが掠ることすらなく空を切る。


 針による攻撃が雨ならば、その人影は流星のように力強く、そして疾い。


 大地が砕け、地面が揺れる。地面に転がった無数の機械種の残骸が弾丸となって舞い上がる。

 時は深夜。月は分厚い雲に隠れ、金属同士がぶつかり合う僅かな火花を除いて光はほとんどない。降り注ぐ針の雨は光無き地の下ではひどく見づらい。


 機械種には強力なセンサーがある。例え低位の機械種だったとしても、闇程度でその性能が低下することはありえない。

 故に、レイブンシティの探求者にとって闇は忌むべきものであり、夜間の探求は基本的に慎むべきものだった。

 闇とは、夜とは、機械種の魔物にとって絶好の刻だったのだ。


 ――この時、この瞬間までは。


 少女が闇を駆けた。

 相対する機械種と比べてその肉体はあまりにも脆くそして小さい。

 だが、無数の針も鋏もその歩みを一瞬たりとも止める事はできない。


 深い深紅の双眸が外光を受けずして不気味に輝く。

 荒野においては場違いな純白のエプロンドレスが風を切った。


 鬼種、と呼ばれる存在がいる。


 夜は決して機械種に味方しない。機械種が夜を利用していただけで、闇が味方をするのは常にその闇から生まれた存在のみだ。


 吸血鬼。夢魔。夜魔。幽鬼。

 常に恐れられ、あらゆる存在から忌避され、他者を害する事のみをその存在原理とする悪性の魂。


 夜はいつだって彼女たちのものだった。

 闇により強化されたその肉体、魂は他の存在を圧倒する。

 陽の光の中で満足に動けぬリスクは闇の下での加護を齎す。


 その痩身には見た目に似合わぬ力が溢れていた。

 闇に潜む悪鬼の中でもその存在は随一の闇への適性を持つ。


 夜に生まれそれを支配すると伝承される鬼の中の鬼。


夜を征く者(ナイトウォーカー)


 種族『夜を征く者(ナイトウォーカー)』。

 個体名『アリス・ナイトウォーカー』

 マスター『フィル・ガーデン』

 その痩身は自らの根源である闇の加護を十全に受け、見た目に見合わぬ昏き力が宿っている。


 フィル・ガーデンの言葉は正しい。

 夜のアリスは昼の彼女に比べて別人だ。昼間でも決して弱くはないが、その性能は夜の下にこそ完全に発揮される。

 その力はまさしく魔人と呼ぶに相応しい。


 悪性霊体種の中には物質としての肉体を持つ者と、魂のみで成り立つものが存在する。基本的には前者が物理攻撃、後者が魔術的要素に適性があり、ナイトウォーカーは後者の型だった。

 白銀色の淡い術式光が全身を廻る。生命力によるブースト――ナイトウォーカーの持つ唯一の固有(ユニーク)スキルは万能で、そして極めて希少だ。


 悪性霊体種は機械種と相性が悪い。だが、そんな事とは無関係に、死を、魂を求める悪性霊体種が機械種を襲う事はほとんどない。

 フォルモのセンサーは眼の前の存在が悪性霊体種(レイス)である事を伝えている。その身を構成する金属は最低限の霊体種対策はなされており、一撃一撃はその魂を吹き飛ばすだろう。


 だが、それでも蠍の王に取って、眼の前の『敵』は未知だった。

 本来ならば相対する事が無いはずだった高位のレイスとの戦い。製造時に想定されていなかったその戦争が発生したのはまさに数奇な運命という他ない。


 アリスの使う生命操作――未知のスキルにフォルモの動きが鈍り、針の雨が止まる。

 それは瞬きでもするような刹那の瞬間だったが、アリスにとっては十分な隙だった。

 大きく身を屈め、流麗な操作で強化の光を足元に集中すると迅雷の速度で跳ねる。


「くすくすくす」


 いつの間にか握られていた白銀の箒が、複層構成の装甲を打ち上げる。

 闇夜を震わせる激しい音。数十トンを越える身が大きく揺らぐ。

 それでも伸びてくる多節からなる(アーム)――人一人の首を切断できる程の巨大な鋏を箒で打ち払う。

 強化された箒は鋼鉄よりも頑丈だ。数十トンの金属塊を打ち上げる程の力を受け、折れることはもちろん、傷つくこともない。


 だがそれでも、打ち上げられたその装甲には傷一つついていなかった

 複層式の装甲は衝撃を逃し、全身に施された特殊なメタルコーティングは本来の機械種が苦手とする機械魔術師(メカニック)の雷撃魔法を筆頭とした多くの魔法に高い耐性をもたらす。


 もともと、機械種の装甲は厚く、存在核や重要な機構が破壊されるまでその動きは止まることはない。アリスの攻撃はフォルモにとって攻撃と呼べるものですらない。


 だが、そんな事は既にアリスにもわかっている。何しろ、彼女はもっと『硬い』機械種を見たことがあるのだから。


 巨体であるにもかかわらずフォルモの動作速度は極めて疾い。多足を動かし足場の悪い地を物ともせずに駆けまわる。多少の機械種の残骸も障害物とはならない。

 確かな手応え――腕全体に疾走った衝撃に油断することもなく、アリスは大きく後じさり、装甲から放たれる毒針をかわした。

 針は熱されており、高い毒性と高温によりあらゆる物質を溶かす力がある。


 スキル『溶解針』


 アリスは鎧の類を装備していなかったが、していたとしてもその貫通力の前に意味はなかっただろう。


「はぁ……面倒臭い……」


 眼の前を通り過ぎる針を、感情を止めたまま眺めながら溜息をつく。

 分かっていたが硬い。面倒だからといって手を抜く事はありえないが、初めにスコーピオンに手を出したのは失敗だったかもしれない。


 かさかさという何かが這いずりまわるような音。

 地面に無数に這いまわるフォルモ・スコーピオンロードの眷属が不気味に節足を鳴らす。

 討伐依頼の経験が深い探求者でも怖気を感じずにはいられない光景を見ても、アリスには面倒臭いという感情しかわかなかった。

 そもそも、アリスは彼らに根本的に『興味』がない。興味がないものがいくら湧こうが感情が動かされるわけもなく、動かされる要員である主の姿もないともなれば怯えた仕草を見せる必要もない。


 箒を高く掲げる。

 箒は一種の杖でもある。SSS級探求者であるフィル・ガーデンが自らのスレイブに与えた、貴重な世界樹で作られた魔法の杖。

 その先端から銀色の星が打ち上がった。


「『楽園の銀星(パラダイス・レイン)』」


 打ち上がった星は天高くまで至ると無数の流星に別れ地上に降り注ぐ。

 アリスに備蓄された生命エネルギーが大きく消耗する。ただ死を覆すだけに使うのならば、何十、何百と再生できる程のエネルギーが破壊のために変換され、広域に降り注ぐ。大物は勿論、その眷属さえも『一網打尽』にするために。


「くすくすくすくす」


 魂が抜け、そして再び満ち溢れる。死と生が交互に襲ってくるような得体の知れぬ感覚に身を浸し、アリスの笑い声だけが地を穿つ星の轟音の中、夜空に響き渡った。


 装甲は強力だ。だが、それならばそれごと貫き通せばいい。

 スレイブがマスターの欠点を補うためにあるのならば、力のないフィルのスレイブたるアリスの役割は莫大な力を行使した破壊にあった。


 流星群が止まる。

 煌々と輝いた灯りに再び、闇の帳が降ろされる。


 蠍の王の巨体はまるで山のようだ。

 無数の星に打ち据えられた装甲は凹み、そこかしこにひび割れた深い穴が見える。

 装甲を貫いた外敵に対して、フォルモが吠えた。甲高い奇妙な鳴き声、だがそれは確かに咆哮だった。


 高周波の音波がアリスの鼓膜を破壊する。頭の奥に生じた痛みが生命操作で一瞬で消え去る。

 真横から襲ってきた尾の一撃を、アリスは跳び上がることで躱した。そこにすかさずアームが伸びる。

 尾により叩きつけられる風。八方から襲いかかる鋏。


 フォルモのダメージはゼロではないがその機能には些かの欠落もない。

 その速度は相対したその瞬間から全く変わっていない。それもまた種族の特徴の差異だ。


 空中で攻撃を躱す手段は多くない。

 眼前に迫る凶器に、そしてこれからこのクラスの機械種を大量に相手にしなくてはならない現実に、アリスは溜息をついた。


 そして、何もしなかった。


 腕が引きちぎられる激痛。首が飛ぶ感触。全身が分断される魂が焼かれるような痛み。

 自らの身体から吹き出した鮮血をシャワーのように浴びながら、身体から分断された首が眼の前の死に対して怯えもせず、一言だけ呟く。


「はぁ……面倒臭い」


 分断された手首の指がぎりぎりとぎこちなく動き、鉄砲の形を作る。

 銃口を模した人差し指が眼の前の外敵を向いていた。


 絶え間ない痛みが電流のように脳を焼く中、少女は顔色一つ換えずにその引き金を引いた。


「『エヴァー・ブラスター』」


 生命操作。属性変換。

 変換した破壊のエネルギーに電撃の要素を付与する。


 銃口から光の波、エネルギーが放たれた。


 生命操作(ライフ・コントロール)の汎用性はおそらく他者が考えている以上に広い。


 基本的にランクが高ければ高いほど種族スキルを数多く持つにもかかわらず、ナイトウォーカーという種族がたった一つしか種族スキルを持たない理由。

 たった一つしか種族スキルを持たないにも関わらず、ナイトウォーカーという種族がSS級と認定された理由。


 生命操作による攻撃スキルの威力はそれ程高くない。

 放たれた光は装甲に傷一つつけることなく――


 ――そして体表を伝い、穿たれた傷跡からフォルモの『体内』に流れ込んだ。


 伸びた(アーム)が痙攣するように揺れ、巨体を支えていた足が力を失い、崩れ落ちる。

 フォルモ・スコーピオンロードは人型とは程遠い外見をしている。そのため、その瞬間の表情、感情は顕にはなっていなかったが、もし仮に表情というものがあったとしたら呆気にとられていただろう。

 機械種の天敵とされる雷撃の魔術ではなく、しかし同様の性質を付与されたそれは、雷撃の魔術とは異なる摂理を持って体内の機構を暴力的に荒らし、破壊していた。


 それは雷撃であって雷撃にあらず。例え死骸を解剖した所でその攻撃方法が判明する事はない。

 僅か数秒で強固な装甲の中身を破壊された蠍が大地を揺るがせ、完全に伏した。


「これで一体目……」


 ばらばらになっていたアリスの身体がまた一つ命を消費し、五体満足に戻る。

 生体素材で編まれたエプロンドレスもまた生命循環により、ほつれ一つない。唯一そのドレスから滴る、アリス自身の血の雫だけが戦闘があった証だった。


 ぐるりとあたりを見渡す。

 スコーピオンロードさえいなくなったものの、あたりには未だその眷属たちが多数いる。

 だが、一番上(ロード)を倒せた以上、後は消化試合でしかない。雑魚ならば生命操作を使うまでもなく、空間魔術による攻撃で事足りる。


 十数分後、その場にはアリスを除いて動くものはいなくなっていた。


「終わり、と……」


 戦闘開始前に張っていた空間魔術による結界を解除する。

 攻撃には使えない空間魔術師のスキルによる空間の断絶は信号の遮断に適している。救援信号の伝播の遮断は勿論、断絶した空間では、外部から覗かれる心配もない。


 戦闘よりも遥かに長い時間をかけて残骸全てを残さずアナザー・スペースに収納し、アリスは手を軽く打ち払った。

 いつの間にか雲は晴れ、天上から月のみが空っぽになった大地を見下ろしている。


生命(いのち)、使いすぎた、か……補充しないと……」 


 その表情には何の懸念もなく、己の任務を満たすため、己が主のため、その意志は雲の晴れた天上の銀月と同様に陰り一つない。

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嘆きの亡霊は引退したい。

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