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Tamer's Mythology  作者: 槻影
第二部:栄光の積み方

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第十七話:胸でっかいし

 やはり太陽の下で人は行動すべきだ。

 月水の涙の効能は高い。前夜に処方すれば朝から活動できる。

 逆に言えば、そこまでしなくては起きられない僕は朝起きられないという事でもあるんだけど……


 アリスは宿で寝ているため、僕は再びたった一人で町並みを歩いていた。

 既にここに飛ばされてからの二十日間で僕はレイブンシティを完全に支配していた。地の利は僕にある。


 地図の暗記はもちろん、高名な鍛冶屋が営む武具の店から安価で大盛りのランチを提供している居酒屋、こっそり裏側で媚薬を売りさばいている薬屋やスピリットが度々立ち寄るブティックにやたら凄腕な情報屋の場所まで、大抵の必要な情報は網羅していると言えるだろう。


 そして今日は二十一日目。週一の休日だ。

 常に命のかかった探求を繰り返す探求者にとって、週にたった一日であっても休みの日は必要不可欠で、それは非常事態においても変わらない。

 いや、非常事態だったらむしろ無理してでも休息は取るべきだ。


 疲労は判断力、身体能力を低下させ、探求者の寿命を削り取る史上最も殺し難い、僕達の敵なのだから。

 だから僕は何があっても週に一度の休みは欠かさないようにしているのだ。


 という素晴らしい持論を展開してみせたが、眼の前の狼人(ライカン)はあっけに取られたように目をパチパチさせてこちらを見ていた。


 場所はギルドに併設された酒場である。母体がギルドと同じなので、名前などは特にない。ギルドで飲もうとなったら集まる場所はここになる。

 さすがにまだ午前中なので、客は僕の他に数組の常連しかいなかった。中でも、たった一人でテーブルに着いている者なんて僕しかいない。

 そんな僕を哀れんだのか違うのか、ぼさぼさの茶髪に両手持ちの巨大な戦斧を担いだこの男が来てくれたのはラッキーと言えるのだろうか、それとも不幸というべきなのか。

 僕は視線に対抗でもするように、アルコール度数十二パーセントの麦酒『オールドハーブの雫』をジョッキで煽った。


「……いや、休日ったって……いくらなんでも、こんな昼間っから飲んでんのか……」


 ガルド・ルドナーの呆れたような眼が痛い。武器を担いでいる所を見るとこれから探求なのかもしれない。

 視線だけで人を殺せるとさえ謳われる肉食獣特有の鋭さがその視線には全く込められていなくて、僕は少し泣きたくなった。


「いやいや、ガルド、よく聞いて欲しいんだけど」


「……ん、何だ?」


 面倒くさそうなガルドの視線に、僕は瓶からジョッキに手酌でエメラルドグリーンの液体を注いだ。

 とくとくとく。という乾いた、しかし心地良い音と、オールドハーブ特有の新緑の森の奥のような芳香が鼻孔を擽る。


 一拍溜めて、僕は大酒喰らいのライカンスロープにウンチクを垂れてやった。


「この麦酒の元となっているのは元素精霊種(エレメンタル)であるオールドハーブの葉なんだよ。オールドハーブっていうのは其の名の通り、ハーブの類の中では最古の一族と言われている薬草で、古の賢者の壁画がよく咥えている葉はこの薬草だと言われている。効能に知能の向上や思考の活性化などはないはずなのに、何故古の賢人が咥えていたのかはまだ解明されていないんだ!」


「……だ、だからどうしたんだよ」


「でも僕は思うんだよね。一番の謎はそんな下らない事じゃない――なんで薬草を強めのアルコールに漬け込んで濾して生成した酒なのに麦酒(ビール)に区分されるのかだと思うね! 色も全然違うし」


「お、おう……で、なんでビールに区分されているんだ?」


 その問いを待っていた。

 僕はジョッキが割れない程度に音を立て、テーブルにジョッキを置くと、はっきりした口調でガルドに教えてやった。


酒精術者(リキュライト)の鑑定スキルで麦酒と出るからさ!」

 

「……お、おう。そうか」


 何故だろう。ガルドの眼は僕を見ているようで見ていない。

 眼が完全に泳いでいて、真剣に話しているのに全然真剣に聞いてもらえないのがただ無性に悲しかった。

 だが、ここでぎゃーぎゃー騒いでは探求者としての品位が下がる。僕は人目をはばからない酔っぱらいが大嫌いなんだ。


 喉元まで出かかった抗議を飲み込むように、ジョッキを一息で空にした。

 感覚がまるで地震にでもあっているかのように緩く揺さぶられる。たまには一人で飲む酒もいいものだ。


「お、おーい、セーラ! フィルが酔っ払ってるぞ!」


「いや、酔ってなんていないよ……よゆーよゆー」


「お前……ほんっとうに顔色変わらないんだなぁ」


 箸でツマミとして注文していただし巻き卵を突っついた。余計なお世話だ。

 大体、今日はお休みだ。酔ってなどいないが、仮に酔っていたとしても文句を言われる筋合いはない。


 ガルドに呼ばれて、こっちに金髪碧眼の少女が小走りで駆けてきた。

 纏われた燐光でライトウィスパーだということがはっきりわかるその可愛いらしい女の子の名をセーラと呼ぶ。ちょっと目つきがきつめではあるが、僕はその双眸がただの虚仮威しで、心底優しい女の子だということをよく知っている。

 ガルドと同様に依頼を受けに来たらしく、その装いは探求者然としていた。装備がガルドと比較して軽装なのは彼女が勿体無い事に後衛職を張っているからだろう。


「……何してるのよ、貴方……」


「……え? 今日はお休みなんだよ。はい」


 箸で卵を一欠片摘み、セーラの口元に差し出す。ここまで来たご褒美だ。

 一人で飲むのは寂しいからできれば酌をして欲しいが、これから探求に出る探求者にそれを求めるのはあまりに自分勝手だろう。

 命がかかっているのだから、基本的に探求にはベストな状態で挑むべきだ。


 セーラは差し出された卵に頬を微かに染めた。ついでに目尻がやや釣り上がった。

 これが照れではないことは明白である。目尻が釣り上がるのは怒りの明白なサインだ。彼女は腹芸ができる程に成熟した探求者ではない。

 だがしかし、同時にちょっとしたツンデレでもあった。

 僕の脳内ライブラリーのセーラの項目には『弱ツンデレ』のタグが付けられている。


「い、いらないわよ! 大体、こんな朝から飲んで恥ずかしくないの!?」


「ほら、この前のアリスの件のお礼だよ」


 セーラには随分と世話になった。

 ここしばらく縁がなかったのか、会う機会がなかったが、ここで会ったのも何かの運命だろう。

 ガルドが愕然として僕とセーラの両方を見なおして、もう一度僕の表情を見た。


「おいおい、まじかよ……」


「……い、いらないって言ってるでしょ!? 大体、玉子焼きの一切れでお礼だなんて――」


「これは手付だよ。ほら、あーんして」


「…………」


 僕はセーラの項目に『押しに弱い』のタグをつけた。既に最初に会った時から解っていたことだが。

 座った眼で、しかし控えめに開かれたその口の中に玉子焼きを放り込む。

 セーラは無表情のまま、もむもむと何も言わずに咀嚼する。せめて感想くらい言って欲しい。

 この僕がスレイブ以外にこんな事するなんて、そうそうないことなんだから。


 ああ、本当に綺麗なライトウィスパーだ。こんな子をメンバーにできるなんて、『明けの戦鎚』は一体どんな悪いことをやったんだろうか。胸でっかいし。


 金の燐光を纏って輝く美しい金色の髪を見ながら、次の酒を注文する。

 オールドハーブの涼やかな味も悪くないが、今度は甘めの酒で攻めよう。カウンターのボタンを押して、機械種のウエイトレスさんに大神殺しとエクト・スモーク、セフィロトの涙を注文する。

 グラスは当然三つだ。


 椅子を引くと、あまり急いでいるわけでもないのか、大人しく腰を降ろした。


「で、ガルド達は今日はどこに?」


「お、おう……まぁ、軽い依頼を熟して連携の確認をする予定だ」


 連携の確認……ねえ。


 速やかに運ばれてきた三つの瓶を見て、セーラとガルドが目をむいた。

 問答無用でアイスブロックをグラスに入れ、大神殺しを注いでガルドの眼の前に置いた。

 氷が中でぶつかり、ちりんと涼やかな音を立てる。


「……おい、フィル。悪いが、今酒を飲むわけには――」


「なるほど……連携の確認となると、相手はモデル・アント……クローク平野か」


「え!? なんで分かるのよ!?」


 セーラの発言を無視し、蓋のある特殊なグラスにエクト・スモークを注ぐ。

 それは、霊体種をターゲットとした甘めの酒だ。味覚が違うので僕が飲んだ所で味はしないが、霊体種の、特に女性には人気の飲み物だった。

 セーラがそれを無言で見つめた後、まるで僕の顔に答えが書いてあるかのように視線を上に向ける。 


「……貴方って本当に最低ね」


「そういや、ランドさんはどうしたの? 今日はいないみたいだけど」


「あ、ああ、ランドの奴は来週の大規模討伐依頼の話し合いだよ」


 視線がグラスに釘付けになっている。

 狼人はもちろん、獣人系のヴィータはアルコールを好むことが多い。僕には全く理解できない話だが……

 酩酊のバットステータスは判断力はもちろん、反射神経などに深い影響を与える。ただし、一定量以上飲まない限り効果は発揮されず、俗にいう『アルコールに強い』狼人(ライカンスロープ)ならば一杯二杯では効果は及ぼさないだろう。


 それに、酔ったとしても状態異常回復魔法をかければいいしね……緊張感だけは状態異常回復でも戻らないけど。


 大規模討伐依頼『灰王の零落』


 モデル・アントのクイーンを頭にした蟻型機械種の軍勢の特殊討伐依頼。

 依頼元はレイブンシティと周辺二都市のギルドのギルドマスター。


 大規模討伐依頼はそうそう発行されない。最近のギルドは良くも悪くも其の話題で満載だ。

 以前、ギルドの訓練場で『明けの戦鎚』のメンバーが訓練している様は見ている。メンバーが出る以上、クランリーダーであるランドさんが関わっていないという事は常識的に考えてまずありえない。


 何度も言うが、大規模討伐依頼というのは、普通の依頼ではないのだ。


 ちびちびと『セフィロトの雫』を舐めながら、セーラとガルドを見上げる。

 かっとするような心地の良い熱が思考に交じり思考が乱れる。思考に不純物がまじるとろくな事は考えられない。

 それに今日はオフだ。オフの時にまで探求の事を考えていたら意味がない。


 僕は真面目に考えるのをやめた。

 大神殺しの一升瓶を音を立ててガルドの眼の前に置く。薄褐色の透けた瓶の中で液体がゆらりと揺れた。


「まぁ、今日はオフなんだ。まぁ、飲みなよ……奢るよ?」


「……おいおい、だから俺達はこれから討伐依頼を――」


「討伐依頼なんていつでも出来るよ」


「……金がねーんだよ……誰かさんのせいでな」


 苦虫でも噛み潰したような表情のガルド。

 それはご愁傷様な話だ。だが、長い人生を生きていればそういう事くらいある。

 人生は金ではない。金さえあればそれなりの人生を生きていけるが、真の満足感を得るにはそれでは足らない。


 平然としている僕が気に触ったのか、ガルドがやや声を荒げる。

 強面の壮年の男が憤るその様はまるで恫喝しているようにしか見えない。

 きっと、ガルドも色々と苦労してるね。


「大体、なんで俺がてめーの武器を奢らないといけないんだよ!」


「……え?」


 そんなのは罰が悪そうにしている隣の女の子に聞きなよ。

 大体、ガルドはクランの副マスターだろ。クランメンバーの世話をするのは一つの職務でもある。

 そこで、僕は肝心の値段を聞いていない事に気づいた。レプラコーンという種族は金の価値を重視する。いくらお得意様である明けの戦鎚の名を語ったとはいえ、オーダーメイドの武器、どう転んでも安価ではないはずだ。


「そういえば、いくら取られた?」


「……おいおい……いくらかすら知らなかったのか……前金だけで俺の財布の中身が吹っ飛んだよ!」


 そうか。

 最近訪れていないが、僕のオーダーの武器は大分難航しているようにみえる。一度訪れたほうがいいかもしれないが、訪れるのならば担い手となるアムがいないと話にならない。


 そういえばアムとも最近会ってないな……


 たかだが十日にも満たない期間だが、それでも随分と久しぶりに感じてしまうのか彼女が僕の中に占める割合が大きなものになりつつあるからだろうか。


 幾ばくかの郷愁を感じつつ、ガルドに一つ提案した。


「ガルド。奢ってもらうつもりだったけど、それはナシにしてもいいよ。前回の借りと相殺かな」


 それが妥当だろう。

 僕がセーラを助け、ガルドが僕を助ける。


 所詮、武器は物だ。本来ならば僕が与えた助言は好意であり、金に変えられないものだと思う。

 むしろ、相殺の方がどちらかと言うとありがたい。所詮高額のオーダーメイド武器とはいえ、高くてせいぜい十億だろう。内部構造や付与する機構によってはやや越える可能性はあるが、それでも僕の残金を越える程ではない。

 それは魔剣の類の値段である。この街のレベルでは何より、それ以上の武具を作成できる程の素材が手に入るまい。


 僕はそこでもう一度、グラスの中身を一気に煽った。

 参ったな。油断をすると探求の事を考えてしまうのは僕の悪い癖だ。酒場という選択は失敗だったかもしれない。僕とガルド達の間の共通の話題の第一が『探求』なのだから……


「まぁ、考えておきなよ。あ、すいません。唐揚げ一皿!」


 話をぶった切って注文する僕とは正反対に、ガルドの表情はどこか険しい。


「……ああ、わかった。考えておこう」


 即座に回答しない。

 探求者間でいう貸し借りは一般人が思っている以上に重い。それはセオリーで、僕が特に重視しているものだ。

 僕はガルドの言葉に、ガルド・ルドナーという男の評価を少しだけあげた。

 さすが海千山千の探求者といえよう。優れた判断力はその豪快な見た目に似合わず酷く繊細で気持ちが悪い。


「あ、それならフィルも一緒に来る? 暇なんでしょ?」


 それに比べてこの駄スピリットときたら……

 今日はオフって言ってるだろ!


 名案だと言わんばかりの満面の笑みのセーラはどこか駄レイスなアムを思わせる。やっぱり二人混ぜあわせて化学反応を起こしてみたい。きっとろくな事ではないだろうけど。


「いや、行かないよ……暇なんじゃなくて、今日は休日なんだ」


 大体、誘うならば格好が悪い。


 セーラの全身を見る。


 クリーム色を貴重としたワンピース型のデザインの衣装に外套は一般人の思い浮かべる探求者の姿に見事にマッチしているが、同時に露出が少ない。


 男を誘うのならば、もっと格好を考えるべきである。


 清楚系で狙うのならばもっと露出を減らすべきだ。だぼっとしたローブ系の装備がいいだろう。『見えない』という事は『見える』と言うことと同じくらいに武器になる。妄想が捗る。

 単純にひと目を引くのならば、もっと露出を減らせばいい。腕と足の一部しか見えない今の格好は実用本位で、面がいいからまだ見れるが華が足りなさすぎる。

 纏う燐光は確かに美しいが、それは単純な種族特性でしかない。彼女は自らを誇示する心構えが足りていない。

 セーラは一度、リンに学ぶべきだろう。それだけでセーラの魅力は倍にも三倍にもなるはずだ。


 まぁ、以前話を聞いた感じだと彼女は僧侶(プリースト)のクラスを得ているらしいから、僕はそれだけでご飯三杯いけたりするんだけど……


 セーラが僕の視線を感じたのか、ぶるりと身体を震わせた。

 人の視線っていうのは想像以上にわかりやすいからなあ……


「……な、何よ……」


「べーつーにー」


「い、言いたいことがあるなら言えばいいじゃない!」


「べーつーにー」


 憤然するセーラに何か思う所があったのか、ガルドが間にはいる。


「おい、うちのお姫様をあまりからかうなよ!」


「お姫様、か……」


 まぁ、良かろう。

 僕は笑みを作り、グラスに波々と注がれた大神殺しを指さした。


「じゃあ、それ飲んだらやめてあげよう」


「…‥し、しょうがねえなあ……」


「ちょ……ガルド!?」


 やむなく、と言うには些かばかり機敏な動作で、ガルドが無骨な手でグラスを掴む。

 数秒で嚥下される様を見るのはいっその事清々しい程だ。もう隠す気ないな、ガルド。

 目をむくセーラを他所に、ガルドはやたら元気よく空になったグラスをテーブルに置いた。


「……っと、これで満足か? フィル」


 満足しているのは僕じゃなくてお前だろ。

 なんて無粋なことは言わない。

 ライカンスロープ……ライカンスロープか……

 確かにアルコールの分解速度はプライマリーヒューマンと比べ物にならないだろう。その速度はプライマリーヒューマンの十倍とも二十倍とも言われている。


 僕はどこか得意げなガルドを睨みつける。


 だが、人間を舐めるな!


 プライマリーヒューマンの戦い方を見せてやる!


「マスター、大神殺しをジョッキで彼に!」


「フィル!? 私達これから探求に行くのよ!?」


 だからどうした。

 男には――避けられない戦いがあるのだ!

 そして運ばれてきた、ジョッキに波々と注がれた度数七十度オーバーの液体は一つの狂気だ。もう余裕で燃えるからね。

 舐めるだけならまだわかるが、それを飲み干すドワーフやライカンの気が知れない。


 本来ならばジョッキで飲むものではない。大量の氷や水で割って飲むものだ。

 さしものガルドも、ジョッキに注がれたそれを見るのは初めてなのか、呆けた表情でジョッキを見ている。高価な酒なのでこれだけで数万マキュリはするだろう。


 若干引き気味になっているガルドに安い挑発をする。


「ライカンもドラゴニアと同じくらい勇敢なんだろ?」


「……いい度胸じゃねーか。覚えていろよ!」


 三下悪役の捨て台詞のような言葉を吐いてジョッキの持ち手を取るガルドの姿は確かに勇敢だった。


 人はそれを蛮勇とも呼ぶ。


 まぁ、セーラもいるし……死にはしないだろう。

 そこまでしろとは言っていないのに、一気にジョッキを傾けるガルドを見ながら、僕は自分のグラスの中身を僅かに舐めた。

 ああ……辛いなあ。


「はぁ……全く……なんてことを……」


「こういう日も悪くないよ」


 諦めたように腰をかけるセーラにエクト・スモークのグラスを差し出す。


 探求者は生き急ぎ過ぎている。その人生は僕でなくとも、閃光のように苛烈で、そして閃光のように儚い。

 だから、一度腰を落ち着けて辿った道筋を思い返す時間でも取らなければ、どこかで足を取られる事になる。

 別に一人で飲むのが寂しいわけではなく、そのことを彼らに教えてあげたいのだ。


「……美味しい」


 悔しさがにじみ出た台詞を聞きながら、運ばれてきた唐揚げをつまんだ。

 さすがに度数七十オーバーを一気は無茶だったのか、朦朧とした視線を彷徨わせるガルドはまるで死人のようで、文句をいう元気すらないらしい。まだダウンしていないだけ、逆に頑張っていると評価すべきだろう。


 馬鹿だけど、僕はそういう馬鹿は嫌いじゃない。腹が立たないからだ。

 そんな事を考えていると、ふとセーラが呟いた。

 随分と深刻そうな表情に浮かぶ濡れた瞳。


「ねぇ、フィル……」


「何?」


「強さって……何かしら?」


 しらねーよ。


 随分と唐突で、曖昧な問い。

 漠然とした何かを求めているのか、具体的な案を求められているのか。


 あえて僕の本音を言うのならば――それはきっと、人それぞれだ。

 それを僕に問いかける事に意味などない。


 強さの尺度とは客観であり、そしてまた同時に主観でもある。

 力の強さだけならこの世でもっとも強力な存在は間違いなく竜種に他ならない。

 だが、最強種たるドラゴンでも、相性や準備次第では容易く打倒し得る。


 そして、それが物理的な強さだけじゃなく心の強さを指しているのならば更に定義は曖昧模糊になってくる。


 だからきっと強さの意味とは他者に聞くものではなく自分で見つけるべきものだ。

 むしろ、それこそが探求者が探求し続けるゴールの一つとも言えるだろう。

 別に答えるのが面倒なわけでもないが、僕の言葉を聞いた所でセーラにとって何の足しにもならないはずだ。


 だから僕は、セーラの探求者としての前途を想い、一言だけで答えた。


「僕、今日はオフなんだよね」

もう無理です。暑い。

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嘆きの亡霊は引退したい。

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