第十一話:笑え。格調高く。
何も起こらない。
クリーナーも一体も現れない。
やや落としているとは言え、風の船のスピードは早く、僅か数十分で第一階層の奥まで辿り着く。
だが、何も起こらなくても僕にはかなりのダメージがあった。
気持ち悪い……
決めた。次乗る時は『空気抵抗突破』と『重力抵抗』を付けさせよう。だめだこれ。探求どころじゃないわ。
僕は仕方なく本日二個目の回復の丸薬を噛み砕いた。
身体に蓄積されていた疲労と目眩頭痛腹痛その他諸々があっという間に消える。だが、残りはたった九個しかない。レイブンシティでは値段を考えても希少性を考えてもまず手に入らないだろう。
今度は酔い止め特化で作ってもらおう。少しは安く済ませられるはず……てかこんなことでこのランクの回復薬を使ってたらいくらSSS級と言ってもあっという間に財産が吹っ飛んでしまう。
トネールが頭を抑えながらふらふら船から降りる。その後ろを、ブリュム、セイル、スイの順で降りてきた。
「んー……なんで僕寝てたんだろう……」
「さぁ、疲れてたんでしょ……多分」
ブリュムがそっけなく明後日の方向を向いた。
迷宮探索中に寝るとか度胸があるというかなんというか……船が落ちなかったから何でもいいけどね。
余り気にせずに、床に取り付けられた頑丈そうな鉄の蓋に触れる。四方三メートル程の分厚い巨大な蓋だ。これを開ければ階段があるらしい。
指先で鉄の板をなぞりながら、僕はかつて迷宮の奥底で発見した宝箱を浮かれて開けようとして、擬態した宝箱型の魔物(ミミクリー・ボックスと呼ばれる)に襲われた時の事を思い出していた。
もし仮にその時、スレイブのアシュリーがついていなかったら僕の右腕はなくなっていただろう。苦い記憶だ。
取っ手は付いているが、鉄の板だ。どの程度厚いのかはわからないが、軽く叩いた感じだとその重量は恐らく僕の筋力じゃ持ちあげられないくらいはあるだろう。
僕の腕力で持ち上げられる限界量は精々が百キロといった所だ。
「……思うんだよね。この蓋、いらないよなって。何のために付いてるんだよ」
「はぁ……迷宮の構造に文句を言っても仕方ないんじゃ……」
仕方なくなんかない。仕方ないの一言で済ませていいことではない。
大体、入り口に扉が付いている時点で不自然だろう。誰が何のために扉をつけたんだよ。
この迷宮は自然に出来たものではない。人工物なのだ。ならば、そこには人の意志が――意味があるはずだ。
ごんごんとノックする。容易に開けられそうにない厚みが手から感じられる。
僕には、だが。
立ち上がって、腰から分解ペンを抜いてくるくると手の中で回した。
トネールの眼がそれを見てぱぁっと顔を綻ばせる。精神年齢は肉体年齢に引きずられる。子供なのだろう。
がっつり練習したかいがあったというものだ。今度教えてあげよう。
ペンの先をスイにつきつける。
「スイ、破れる?」
「……普通に開ければいいと思う」
「ブリュムは?」
「……」
何も言わずに、ブリュムが手を上げ水矢を展開する。
手を振り下げると同時に、弾丸のような速度で飛来し、蓋に突き刺さった。だが、それだけだ。傷は付いているが貫けてはいない。
元素魔法の中で最も強力な威力を誇るのは間違いなく『火』だ。
風と水と土の威力はほぼほぼ同列であり、ブリュムに破れなかったということはトネールにも多分破れない。
「開けようか?」
「いや、ただ開けると危険だからさ」
感じる。視覚でもなく触覚でもなく当然嗅覚でも聴覚でもない。だが、それは確実に僕の魂を揺さぶっている。気のせいではない。それは必然だった。
この一団で一番筋力値に優れているであろうセイルの提案に、僕は親指で背後を指した。
セイルが首を傾げる。
とんとんとつま先で蓋を叩いて『位置』を知らせる。
「……何が危険なの?」
「いや、僕が魔物だったら――」
「……魔物だったら?」
「絶対に階段の下に布陣を引くからさっ!!」
油断を狙うのは当然の事だ。階層の移動は迷宮探索時におけるトップクラスのリスクを孕んでいる。
叫ぶと同時に前に向かって大きく跳んだ。
次の瞬間、僕が居た位置、床を蹴っていた位置にクリーナーの顎が付きだし、ぞっとしない金属音を立てて閉じた。
「は!?」
あっけにとられるセイル達を無視して手で回していた分解ペンを、頭半分だけ床から突き出しているクリーナーに向けて投擲した。
光の刃がクリーナーに当たり、そのままペンがどろりと『溶け』た。
僕の財布はややダメージを受けた。
唐突な、予想もしない襲撃にスイの手が一瞬止まったが、すぐに水矢を展開しようとする。
見事な展開速度だ。だが、それは違う。
僕は怒鳴りつけた。
「スイ、船に乗り込め!」
足音を出来る限り殺して、力の限り駆ける。幸いな事に風の船は近くにある。
僕を見て、剣を抜きかけたセイルも追随する。トネール、ブリュムも遅れて駆けた。
同時に地面から無数のクリーナーの頭が生える。
まるでもぐらたたきのもぐらのように無数に生える頭は、ヌルヌルとした光沢があり、ずらりと規則正しい牙が生えている。悪夢に出てきそうな姿だった。
目の前に出てきた頭をセイルが危なっかしいステップで躱す。
「なんだこれはッ!?」
「『消化』だよッ!」
そして、それは切り札を使ってしまったという事だ。
クリーナーの周囲がまるで水面のように波打つ。
そもそも、一般的なワームと言うのは土中に潜行して索敵範囲外から襲い掛かってくる魔物だ。それを模したクリーナーが同様の攻撃手段を有していないなどとどうして考えられるだろうか。いや、考えられない。
全身を覆う奇妙な光沢は消化液だ。金属を溶かし潜行するための彼らの武器。
だが、そんな情報は事前調査でもどこにもなかった。
つまり、クリーナーはその情報、スキルを意図的に隠している。この四方を金属で構成されたこの迷宮で、金属内を溶かしながら潜行できるクリーナーの能力は強力で、非常に厄介だ。
何故なら、一本しか道がなく、暗闇を除けば酷く見通しがいいこの迷宮では、そうでもしない限り奇襲というものは受けないのだから。
想定していない攻撃を受けてしまえばどんな探求者にも隙ができる。それは迷宮探索には命取りになる。まぁ、上級の探求者ならばスキルや経験で対応可能だろうが、ここは所詮D級の迷宮だ。ついでにメリットが少ないともなれば、上級の探求者はまず入ってこない。
「馬鹿な、クリーナーの消化ってのは消化液を吐く能力で――」
誰がそういったのだ。情報の正誤の判定をするのは結局自分自身で、その代償を払うのも結局は――自分自身だ。
船に乗りこむ寸前に、スイが孤立している事に気づく。痛恨のミスだ。
周囲に生えた無数の首、照り光る体表は消化液を発している印。如何に精霊種と言えども、何の対策もしていない状態では触れただけで『消化』されるだろう。
魔法の展開直後で初動が遅れたのか。
魔術師系のクラス保持者は、距離を置いて魔法を撃つというのが基本戦術になる事が多いので、こういった非常時には遅れる事が多い。
僕はスイの評価を一段階落とした。
踵を返すと同時に叫ぶ。僕の心臓は急激な動作の連続で可哀想な位に働いていた。願わくば後少しだけ頑張ってくれ。
「トネール、船を動かせ!」
地に生えた首がぐるりと周囲を見渡し、不気味な視線が僕を貫く。
一番近くにある頭を思い切り蹴飛ばした。じーんとした衝撃が脚に、胴体に響く。ぬるりとした感触がした。
大体能力は予想していたので、準備はしていた。クリーナーの構成金属で作られた僕の靴は消化液に触れても溶けない。
首が無数に生えている隙間を細かいステップを踏んでぴょんぴょん駆ける。前足の振り払いをジャンプで躱す。
身体の大部分が埋まっている事が功を奏した。如何にC級相当の機械種と言えど、今のクリーナーの可動域は広くない。
隙間を抜け、腕を避け、閉じている顎を踏んづけてスイの方に大きく跳んだ。
優先順位の付け方が甘い。
第一目標は僕、第二目標がそれ以外か。そのままではスイが襲われていただろうが、僕が向かってきたせいで、照準がぶれている。
左腕で突き上げるようにして棒立ちになっているスイを抱き上げる。エレメンタルにかぎらず、精霊種と霊体種の体重は軽めだ。火事場の馬鹿力か、今の僕にはスイの体重はまるで羽毛のようにすら感じられた。
船が接近する。船上では、必死の表情でトネールが船を操作していた。
時は一刻を争う。全力で地面を蹴って身体を宙に躍らせる。
「トネール、手!」
「掴まれ!」
セイルが差し出した手を掴んだ。同時にクリーナーの顎が軋むような音を立てて閉じる。
甲高い金属音。
咄嗟に脚を引っ込めたが、靴がその歯と歯に挟まれ、みしりと音を立てた。足首に激痛。思わぬ追加の客、重量にセイルの腕が引きつった。僕の腕も数秒持たない。身を引き裂かれるような痛み、全身がぎりぎりと引きつる。
まだ死ぬわけにはいかない。もし、手を離せばスイまでもがクリーナーの群れに落とされることになる。
だが、幸いな事にメンバーは四人居た。
慌ててブリュムが放った水矢が足首を噛んだ個体の眉間に突き刺さる。
それでも離そうとしないクリーナーに第二、第三の矢が突き刺さり、その身体を地面に縫い付けた。さすがに顎が外れ、腕が軽くなる。
ただ叫んだ。痛みが引くまで待っている余裕はない。
「トネ、船を上げろ!」
「!? は、はい!」
船が一気に高度を上げる。
外れそうになる右腕を持ち上げ、まずはスイを船の上に退避させる。
殺意が身を貫いた。
地上を見下ろす。出ている頭の数は、ぱっと見、先ほど挟み撃ちで襲ってきた数と同じくらいいる。が、それが逆によくない。頭を出すだけならともかく、全身を地上に出すのにこの狭い範囲でこの数は多すぎる。
クリーナーが競いあうように四肢を動かし、仲間の頭を、顎を、脚を踏んづけながら地上に身体を持ち上げようとする。それはまさに地獄の如き光景で、その様子はお世辞にも頭がいいように見えなかった。
噛まれた脚が膨大な量の痛みを脳に送っている。痛みが思考を焼きつくすべく廻る。
それを僕は、別世界の出来事のように俯瞰していた。
僕の脚を噛んだ一体が四肢を折り曲げた。見知った挙動に慌てて叫ぶ。
「セイル! 早く持ち上げ――」
クリーナーが跳躍する。
その体長、容姿からは想像が付かない程身軽に床を蹴り、大きく跳んだ。
顎が大きく開く。天井近くまで飛んでいる船に達する程の大ジャンプ。
お前ワームだろ! そんなぴょんぴょん跳ねるんじゃねえッ!!
僕の必死の叫びもなんのそので、その牙は明らかに僕の脚を狙っている。そんなに脚が好きか!
スイとクリーナーの重さが消え、軽くなっているとはいえ腕は伸びきっており今にも引きちぎれそうなほど痛い。骨の鳴る音が聞こえた。
だが、命には替えられない。腕が悲鳴をあげる中、姿勢を反転させてずきずき嫌な痛みを伝えてくる脚でクリーナーを迎え撃った。クリーナーの大きく開いた顎、その下顎を蹴りつける。
みしりと衝撃が足首に奔り、激痛に悲鳴を上げそうになる。
新たな痛みが頭の中が暴れ回り、脳の奥でアリスの悲鳴が聞こえた。
だ、大丈夫だ。まだ、待て
再び跳躍してくるクリーナーを、ようやく放たれた水矢が貫いた。
セイルに持ち上げられ、船の中に入る。
「だ、大丈夫!?」
大丈夫じゃねえ。
歯を食いしばり激痛に耐えながら、足首をまくった。
金属製の靴がひしゃげ、大きく罅が入っている。隙間から赤黒い血液が滲み流れていた。血液の嫌な匂いが香る。
クリーナーの構成金属製とは言え、さすがに噛み付きは完全に耐えられなかったか。
脱ごうとするが、ひしゃげた金属が骨を削るのみで脱げない。痛みを、袖を噛んで耐える。
自慢じゃないが、僕は疲労には強いが痛みには強くない。
これ以上の痛みを死の度に受け続けているはずのアリスには全く頭が下がる。
だが躊躇はしない。そんなものはとっくの昔に捨てた。
震える手で分解ペンを抜き、モード切除を起動する。
慎重にひしゃげた靴にメスを入れた。
足首に異常な熱が加わる。それによる苦痛を脳の片隅に封じ込める。
命に比べれば痛みくらい……
「っう……」
喉の奥で悲鳴が出る。
痛いものは痛い。自然と出る涙で視界が潤むが、先ほどまで震えていた手の震えはとっくに止まり、確実に靴を切断していく。できれば麻酔を掛けたいくらいだが、今感覚を失うのはまずい。どっちにしろ回復薬で再生させるのだ。痛みくらい、耐え切れ。
船が大きく揺れる。刃がずれそうになり、何とか耐え切る。
クリーナーが船底に牙を突き立てていた。
涙で滲む眼でセイルを見た。
「うっ……セイル、任せた……」
「あ、ああ!」
僕はちょっとクリーナーに構っている暇はなさそうだ。
たった数十秒の時間が数時間にも感じられた。靴が完全に切断され、消化液の付いているであろう表面に触れないように内側からから開く。
「フィ、フィル……」
スイが短い悲鳴を上げた。
僕の足はちょっと見ただけで重傷だと分かる状態だった。頑強な顎に潰された足首は潰れ、圧迫された骨が折れ、皮膚を突き破り真っ赤に染まっている。指もぐしゃぐしゃに折れ、何がなんだかわからなくなっている。
だがしかし、僕には馴染みがないが、探求者にはままある程度の傷だろう。
歩くことはできないだろうが、放っておいたならばともかく、治療すれば命に関わる傷ではない。
さらに幸いな事に、僕はこの程度の傷なら即座に完治させられる強力な回復薬を常備できる高ランクの探求者だった。
「っ……大丈夫……自己責任だ」
良かった。本当に良かった。準備をしておいて。
これだから低位の迷宮でも手を抜けないんだ。
回復丸を迷わず口に含み思い切り噛み砕く。効果が出るまで数秒もいらなかった。
足がゴキゴキと気持ちの悪い音をたて、折れた骨が、砕けた骨が即座にあるべき位置に戻る。傷が一瞬でふさがり、あれほどあった激痛は欠片も残らない。
アイテムのランクでいう、SSS級の回復薬。死神に囚われた魂すらも蘇らせるとされる霊薬。『死神の慕情』
その力はありとあらゆる傷を完全に再生する。
スイが呆気にとられて一瞬で傷跡が消えた足を見ていた。
流れた血は戻らないが、生成されている。ついでに足だけでなくみしりと音を立てた腕も体幹も何もかもが回復する。痛みはなくなり、疲労も消える。
いつもの事ながら、空恐ろしい効能だ。当然、空恐ろしい値段がするが命との天秤にかけるつもりはない。
「な、何それ……」
「回復薬」
ブリュムが青ざめたまま、血が付着するのも構わず、確かめるように足をぺたぺた触れる。
くすぐったい。
ご主人様、大丈夫ですか?
心配そうなアリスの声に無事を伝え、使い物にならなくなってしまった靴をどけると、懲りずに飛びかかってくるクリーナーの群れに相対しているセイルに駆け寄った。
険しい表情でセイルが剣を振るった。
「この量……一体どこから出てきたんだ?」
懲りずに跳躍するクリーナーをセイルの風の刃が薙ぎ払う。足が切り飛ばされて、受け身も取れずに地面に激突する。
だが、その数は全く減らない。
もはや通路はクリーナーで埋まっていた。三十体どころではない。どこから出てきたのか、金属の床を溶かし生え続けるクリーナーの数はもはや大群と呼ぶに相応しい。
やれやれ。
風で生成された船の底は硬く、踏ん張りの効かない状態ではクリーナー程度では噛み破れないようだ。
内心ほっとしながら、セイルの肩を叩いた。
そんなに不安そうな表情をしていたら、パーティメンバーも不安になるだろうさ。
そこら辺は魔物使いのマスターもパーティリーダーも同じ。
リーダーの資質だ。
こういう時は笑え。格調高く。
「あははははははは、セイル。僕なら『上』を護る」
「上!?」
セイルが反射的に天井を見上げる。
この迷宮は床も壁も天井も――全てが鋼鉄でできている。クリーナーならば潜行できるだろう。できるに違いない。できなければおかしい。できるべきだ。
でなければ、こちらが宙に浮いているのを見て、下にこれだけの布陣を敷くわけがない。
僕だったらそうする。いや、出来なかったとしても――備えはしてし足りぬ事はない。
「スイ、いける?」
「……勿論」
スイが真っ赤に腫れた眼で呪文を唱える。
水の元素魔法はどちらかと言うと攻めより守りに向いている。
その小さな身体の周囲から巻き上がった水流が薄い膜となって船全面を囲んだ。厚さは数ミリ程度だが、強度も問題なさそうだ。
下面の膜に噛み付いたクリーナーの牙が音を立てて砕けた。
「これで詰みだ」
「詰み? まだこんなに残っているのにか?」
「いや、詰みだよ……セイル。この迷宮は異常だ」
座り込んで、腑に落ちない表情のセイルに説明する。
「あ……ああ、確かにこの数は異常だ。多いとは聞いていたけど、こんなに数が出てくるなんて聞いたことがないし、金属の中を潜れるなんて情報もなかった」
そうだ。その通りだ。
セイルも事前情報は収集していたはずだ。説明もしていた。
だが、そこから先に進めていない。それは、恐らくセイルの経験が足りないせいだろう。
僕とセイルの見ているものの差異は、ただそれだけだ。
「そうだ。そして、これだけの数が出てくるのに……主がいないなんて信じられるかい?」
「主……? 馬鹿な、主は討伐されたはずだ……」
「事実だけを見るんだ。主を討伐された迷宮に、こんなに魔物が出るわけがない。必然、この迷宮にはまだ主が残っているって事になる」
愕然と群れを見下ろすセイルに、諭すように教えてやる。
探求とは未知に立ち向かう事だ。
長く探求者をやっていれば想定外の事態なんて腐るほどでてくる。
大方、一番奥に居た大物を倒して主を倒した気になっていたのだろう。
よくある話だ。主に印が付いているわけでもない。クリーナーしか出てこない迷宮の奥にその上位互換機種が巣食っていたら誰だって主だと考えるだろう。
「……なるほど。主……か。で、フィルはその主をどうするんだい? 正直、この数は僕達じゃ厳しい」
そんなのは知ってる。
スイの防御膜もいつまでも続くものじゃないだろうし、風の船だっていつか効果が切れる。
この数じゃ連携もへったくれもない。
不安そうな表情をするスイ、ブリュム、トネールの方を向き直ってよく聞こえるように大声で言ってやった。
「この数は僕達じゃ『無理』だ。そんな事わかってる。だったら、どうするか……」
「どうする……か?」
僕はにやりと笑みを作ってクリーナーを見下ろした。
「僕達じゃ討伐できないなら討伐できる探求者を連れてくるんだよ。あははははははははははははは。機械魔術師を連れてきて一網打尽にするんだよ。自慢なんだけど、僕の『妹』は優秀な機械魔術師なんだよね」
機械魔術師のクラスは機械種に対して絶対的な優位性を持っている。エティならば僅かな時間でこの群れを容易く壊滅させられるだろう。
僕が見たことのあるスキルで言っても、『電信雷身』だけで壊滅するはずだ。例え有機生命種で言うC級に迫る力を持っていても、モデル・クリーナーには電撃系スキルを防ぐ術がない。
「え……結局最後は人頼み?」
「お兄さん……格好悪い……」
「お兄さん……妹いるんだ。自慢なんだ」
「あはははははははは、自分で勝てない相手に勝てる仲間をぶつけて何が悪いのさ」
格好いいとか格好悪いとかは重要じゃない。どんな手段を使っても勝てばいいのだ。
何度でも言わせてもらうが、分をわきまえること。それこそが長く生きる秘訣なのだから。
後、最近エティに避けられているので、これはいい機会になる。
一石二鳥だ。
セイルが難しい顔で呟く。
「しかし、ここに再度来た時にクリーナーがこんなに集まっているとは限らないんじゃないか?」
「いいや、限るね」
「……何故そう思う? 今までこんなに大量のクリーナーに一度に遭遇したパーティはないはずだ」
セイルの言葉を鼻で笑う。
くだらない。そんなの決まってる。
「何故集まってくるかって? そんなの……簡単だよ」
まだ無様にジャンプを続けるクリーナー。
どこからか僕の言葉を聞いているであろう『主』に対して、僕は笑顔のまま宣言した。
「もし出てこなかったら、僕の探求者としての誇りにかけて、『妹』と一緒にこの迷宮を潰すからさ」
僕は欲深いんだ。一網打尽にしてくれる。




