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Tamer's Mythology  作者: 槻影
第二部:栄光の積み方

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第五話:油断は禁物だ


 ブリーフィングが一通り終了し、フィルがトイレに行くために席を立つ。

 セイル・ガードンは、フィルが扉の向こうに消えるのと同時に、手早く周囲に人の目がないことを確認した。スイ・ニードニードがスキルを起動し、周辺の魔力を精査して、特に周りに人の目が存在しない事を確認する。


 レイブンシティ。

 機械種が支配する街にあって元素精霊種を集めたC級パーティ『水霊の灯』


 魔力に対して極めて高い適性のあるそのパーティは、物理で押し通す者が多いレイブンシティの探求者の中でも異彩を放つパーティの一つだった。


 十年近い間共に活動を続けている息の長いパーティでもある。

 それ故に、セイルは自分のパーティのメンバーに信頼を置いていたし、メンバーもリーダーとしてセイルを認めている。

 声を潜めるように一言だけで尋ねた。


「どう思う?」


 ブリュムが甲高い声で答える。


「面白い」


 トネールが茶化すように声を上げる。


「面白い」


 双子がステレオで声をあげ、


「「でも一般人じゃないよね!」」


 それに被せるようにスイが閉めた。


「……プロ」


 自分の想定通りの答えに、セイルが満足気に頷いた。


 探求者はそれ以外の職種の者を一般人と呼ぶ事がある。

 それは、莫大な数の魔物を狩り、危険を犯して複数のクラスと強力なスキルを併せ持つ自身に対する自負があるからだ。目に見える実力として、それは明確に現れるものだった。


 主のない椅子を見る。テーブルの上には席を主張するかのように、小さな道具袋が置かれていた。


 まったく、一体アギさんは何を紹介してきたんだ。


 白銀の歯車はセイル達がパーティを組んでからずっと滞在している中級の宿である。

 満足に依頼を熟せず金がなくなった時も、徐々に稼げるようになってランクが上がってきた時も、ずっと利用してきた。

 部屋も狭くもなく汚くもないし、料理の味も悪くなく、値段も決して高くない。もはや第二の家といっても過言ではないだろう。

 従業員の人柄も上々だし、探求者向けの宿だけあって探求者に対する理解もあり、まだ未熟だった頃は色々教えてもらったりもした。金を払っている客とは言え、恩があった。


 だからなのだろう。本来断るべきアギさんの頼みを聞き入れてしまったのは。

 勿論、パーティの枠が空いていたし、ちょうど迷宮を探索する予定もあった。気が合わなかったら断ろうと考えていたのも嘘ではない。だが、どういう運命か全ての条件をクリアしている。


 セイルが今回の同行者を観察してみた上で、言える事はたった一つだ。


 気味が悪い。

 得体が知れない。


 殺意があるわけでも敵意があるわけでも強いわけでもない。だが、その存在はセイルが今まで出会ったことのある数多の探求者と比べても変人だとしか言い様がない。


「そつがなさすぎる……」


「「悪いことじゃないよね!」」


 強さの大半はその魔力と筋力値によって測られる。

 それは『存在力』とも呼べる万物共通の指標だ。


 特に重要なのが魔力。身体に内蔵される魔力量の大きさだ。

 スキルも消費魔力が高ければ威力が高い以上、その身に宿る魔力がその人物の戦闘能力といっても過言ではない。


 それが――ない。


 隠しているわけでもない。魔力の扱いに深い造詣のあるセイルには判る。そしてそれは、スイもブリュムもトネールも同じ。


「確かに悪い事じゃないが……違和感がある。なんだろう、この……」


「試されてる」


 スイが腕を上げてすっと指さした。

 フィルが置いていった道具袋を。


「試されてる? フィルさんが、僕達の何を?」


「信頼に値するかどうか……彼は、多分、観察してた」


「何のために?」


 スイは腕をおろして大きくため息をついた。


 観察。


 魔力交流グリーティング・フィールにブリュム、トネールへの言葉。

 彼はずっと観察していた。メンバー構成、人柄、能力、探求者としての実力。

 そして同時に、それを隠すつもりですらない。

 試していたのはこちらではなく、始めからフィルの方だった。

 まっすぐリーダーの方を見て言い切る。


「弱いから」


「……なるほどね」


 言葉は少なくとも、セイルとスイの間でははっきりと意志が伝わっていた。

 弱いから。弱者故に観察する。自らの命を預けるに足るパーティか否かを。

 緊急事態の対応方法を聞いてきたのにも納得できた。

 魔力の弱さを考えると、フィルの死亡率は、魔力も筋力もそれなりに優れているセイルやスイの比ではない。

 今まで一度や二度ではない危機を乗り越えてきたセイルには理解できた。


「つまり、臆病なわけだ」


「なるほどねえ……お兄さん、弱いからね!」


「弱いね! 怖がるのも仕方ないね!」


 実際に魔力に触れた双子がそれに追随した。

 吹けば飛ぶ程の魔力。最下級のスキルである火球ですら数発しか打てないであろう力。

 リーダーはその言葉に納得が言ったように頷いたが、すぐに視線を戻す。


「だが、探求者の力は基本的な性能だけじゃ決まらない。要は戦術だ。あの眼、あの落ち着き、あの言葉、あの態度、間違いなく素人ではない。それなりの場数を踏んだ探求者に見えた。それが、何故今更同行を求める? 何故今まで通り探求しない?」


「パーティメンバーを失ったんじゃない?」


 ブリュムが珍しく自身の意見を出した。


 セイルがその言葉の意味を吟味する。

 パーティメンバーを失う。命が軽い探求者の職ではままある事だ。

 どんなに鍛えても、どんなにスキルを使えても、どんなに魔力が強くても、死ぬ時は一瞬で死ぬのだから。


 普通、討伐依頼での敗北はパーティの全滅という形で決着がつくが、それ故にパーティはどうにもならなくなった緊急時には、メンバーを逃がそうとする。セイルが足止めをすると言ったように、フィルの弱さならば、『逃がされる側』だろう。


 あの飄々とした視線にそんな感情が込められていたのか?

 確かに、そう言われてみれば納得できるような気がした。あの態度はそうそうまともな人間に出せるものではない。

 恐らく、狂ったのだ。仲間を殺されて。自分だけ逃がされて。


 セイルは全てが繋がった気がした。アギさんが一般人といったのも決して間違いではないのだろう。

 つまり、一般人は一般人でも、元探求者の一般人。パーティが崩壊して探求者を辞める者は多いのだから。


「なるほど……考えられるな。しかし、そうなると直接聞くわけにはいかないな」


「そうだね!」


「お兄さん、可哀想だね!」


「「慰めてあげなくちゃ!」」


 意外に涙もろい双子が潤んだ眼で諸手を上げた。

 精霊種は自分たちとは無縁な悲劇的な話が大好物だった。


「となると、今回依頼に着いて行く目的は――」


「復讐……か」


 セイルが思った事をそのまま出した。


 復讐。


 動機としては十分なものである。

 エレメンタルには存在しないが、ヴィータの一部種族には仇討ちという文化があるらしいというのは聞いていた。

 仇討ち。仲間を殺した相手を自らの手で討ち、死んだ仲間を弔うのだ。


 その成功率は決して高くない。

 一人で行うのならば。


「今回の討伐対象のモデル・クリーナーってあまり強くないんじゃないの?」


「ああ。戦闘力はそれ程高くないはずだ。だが、数が多い」


 セイル程のパーティならばともかく、仮にもD級依頼。初級の探求者にとっては、例えパーティを組んでも厳しい相手だ。クリーナー以外の魔物は出ないらしいとは言え、実力に余裕がなければ敗北も十分ありうるだろう。

 特に、黒鉄の墓標の魔物は数が多いと聞く。風の魔術でもなければ、撤退も難しいだろう。


「で、どうする? リーダー」


 スイがじっとセイルを見上げた。

 じわじわと全身から冷たい魔力が漏れ伝わってくる。

 ただの挨拶とは異なり、本来あるべき魔力による意思疎通だった。セイルがそれに自身の魔力を混じらせる。


「リーダー、やろう!」


「あのままじゃお兄さん、死んじゃうよ!」


 随分『つぼ』に入ったようで、二人が急かすように声を上げる。


 今ならばまだ断ることができるだろう。


 だが、セイルの中では既に答えは決まっていた。いつ自分たちだってそうなるのか判らないのだ。

 探求者は決して実利だけで動いているわけでもないし、いまさら一人増えた所でセイルのパーティに影響はほとんどない。

 いや、むしろセイル一人の意見で断ってしまう方が問題が発生する可能性すらある。

 スイの魔力からも、なんだかんだ言って乗り気の感情が伝わっている。


 フィルの『その時は僕がお供するよ』という言葉と、笑顔が想起される。


 セイルは結論を出した。いや、もうセイルの中ではとっくに決まっていたのかもしれない。

 例え半分とは言え、セイルには有機生命種(ヴィータ)の血が混じっているのだから。


「まぁ、依頼のついでだしね。本人に気づかれないように手伝ってあげようか」


「「異議なし!」」


「…………」


 張本人がいない中、パーティメンバーはかつてない程に意志を一つにしていた。




*****




 トイレから帰ってくると雰囲気が一新していた。

 先ほどまで確かに感じていた警戒色が別の色に塗り替わっている。


 一体どうしたんだろう。


 不思議に思いながらも、視線を浴びながら席についた。

 道具袋をいじる。中を開けられた気配はない。

 わざと残していったのだが……


 セイルさんは隣のスイと眼を一瞬合わせると、はっきりとした口調で言った。


「フィルさん、私達は貴方を信頼することにしました」


 唐突なその言葉に反応が遅れる。

 あれ? そんな話だったっけ?

 いきなり何の話をしているのか、どういう流れでそうなったのか全然判らない。


「え? あ、はい」


 とりあえず、そうとしか言えなかった。

 ブリュムもトネールも同意らしく、なんとも言えない表情で僕を見ている。

 一体、何を話したんだ。どういう会話をかわせばこんな表情を向けられるようになるんだ?

 さすがの僕も他種族である元素精霊種の感情変化はなかなか読みづらい。


 とりあえず笑顔で答えることにした。


「僕はもう信頼してるよ」


「お兄さん……」


 感極まったようにトネールがぽろぽろ涙をこぼした。

 全然全くなんの前触れもないそれに僕は慌てて立とうとするが、スイが手を引っ張ったため立てなかった。

 そちらを向くが、何も言わず静かな眼で首を横に降る。魔力が手を通して流れ込んでくる。

 全然何言ってるかわからねえ。


 え? 気にしなくていいの? 何か哀れみを込めた眼で見られてるんだけど、信じていいんだよね?


 セイルさんがそれを遮るように、慈愛に満ちた眼で慰めるように言う。


「フィルさん、臨時とは言え、僕達はパーティを組むんだ。僕達のことを本当のパーティメンバーだと思っていいんだよ?」


 なるほど……

 何だかよくわからないが、そういうスタンスで行くという事か。


 リーダーの決定なら是非もない。


 そもそも、魔物使いは一般的なパーティに入る機会が少ない。

 入る必要がないという事が第一点、分前で揉めるというのが第二点。そして、魔物使いというクラスがスレイブにしか影響を与えられないクラスだというのが第三点。

 誰だって役立たずを貴重なパーティ枠に入れたくはないだろう。

 だから、僕にとって一時的にでも他のパーティに入れてもらうのは久しぶりだった。


 学ばせてもらおうか……


「パーティか……久しぶりだな」


「久しぶり……やっぱり――仲間だと思ってよ、お兄さん!」


「……ああ、ブリュム。ありがとう、心強いよ」


 肩に抱きついてきたブリュムの頭に癖で手が伸びかけ、寸前に止めた。

 僕の魂に混じったアリスが見ているかもしれない。憑依のスキルは憑依対象の体験を覗くことができる。

 例え別種とは言え、スレイブの前でそういった行為はあまりよろしくない。ましてや、今のアリスは待て(ステイ)させているのだ。


「? どうしたの? お兄さん」


「……いや、仲間が見ているかもしれないって思ってね。嫉妬されるなーと。あはは、そんなわけないのにね」


 もしアリスが見ているならこんな状態になる前に何らかの警告がくるはずだ。

 大体、今は日が昇っている。夜通し歩きまわったアリスは今頃自室でゆっくり眠っている。いくらナイトウォーカーといえども、疲労はあるのだ。


 ブリュムが何とも言えない涙の混じった眼で僕の腕を一層強く抱きしめた。


 ちょ、腕、痛い。僕何かしたっけ?

 セイルさんが真面目な、まるで喪に服しているかのような表情で聞いた。


「その仲間は……どうしたんだい?」


「え? ……眠ってるよ」


「……安らかに?」


 え? 

 思わずセイルさんの顔を二度見する。

 アリスの睡眠具合がどうセイルさんに関係しているんだ?

 首をかしげながらも、聞かれたので答える。


「まあ……多分安らかに」


「リーダー……やり過ぎ」


 スイが非難するような眼でセイルさんを睨んだ。

 いやいや、そんな言われるような事してないでしょ。

 エレメンタルにだけ伝わるシンパシーがあるのだろうか。そういうものがあるなら、是非とも教えて欲しい。後学のために。


「ああ……悪かった。フィルさん、辛いことを思い出させてしまったね」


「いや、全然そんなことないけど……何の話ですか?」


「いや……なんでもないよ」


 セイルさんが物哀しげな微笑みを浮かべてため息をついた。

 何故、どうして、噛み合っていないような気がするのだ。

 本当にアギさんは一体どういう紹介の仕方をしたんだろうか。無理に紹介してもらっておいて何だが、後で是非問い詰めたい。


 空気を払拭させるために、両手を打った。


「さ、そろそろ出発しない? それともまだ何かある?」


「いや……ああ。そうだね」


 セイルさんが思い出したように頷き、表情を険しい物に変えた。

 先ほどよりも遥かにその表情にはやる気……凄みを感じる。

 なるほど、いい探求者だ。


「フィル、あまり気を急かさないように……大丈夫、私達がいる」


「え!? いや、別に僕は気が急いてなんていないけど……」


 スイにたしなめられるが、僕にはそんなことされる覚えはない。

 そんなに気が急いているように見えるのかな?

 いや、見えるのだろう。


 油断は禁物だ。


 D級迷宮で、アリスもいつでも呼び出せるとは言え兜の緒を締めなければ足元を掬われる可能性もある。

 僕は元素精霊達に注意を受け、もう一度決意を新たにした。



「ありがとう……確かにちょっと気が緩んでいたかもしれないね」


「……いい。フィルはもうこのパーティの一員だから」


 スイが初めて小さな照れるような微笑みを見せた。


 水精霊(ウィンディーネ)……水精霊(ウィンディーネ)も悪くないね。

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嘆きの亡霊は引退したい。

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[良い点] この人、本当に勘違い系コメディ書くの上手! ほんと笑う
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