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Tamer's Mythology  作者: 槻影
第二部:栄光の積み方

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48/121

Prologue:あると……いいと思います

お久しぶりです。

完結からそろそろ半年経つので、続けるか迷っておりましたが。第二部の方を掲載することにしました。(連載していないと書くのさぼっちゃうので……)

第一部とは若干趣の違う話になるかと思いますが、またよろしくお願いします。

ストックはありますが更新速度は他作の関係でそれなりに緩やかになるかと思います。

お暇な時間にお付き合いくださいませ。


 始まりの記憶は海の中だった。

 全身には感覚がなく、ただ視界には波があった。

 エメラルドグリーンに輝く原初の海。生命の源。

 平べったい曲線を描く数センチの薄いガラスの外で、茶色の髪をした少年がこちらを見上げていた。


 幼気な表情はまだ子供のようにも見えるが、その身の丈にあった白衣をきっちり着こなしている所を見ると、成人しているようにも見える。


「34番……意識はあるかい?」


 少しでも離れたら聞こえなくなりそうな絹糸のような繊細な声だが、34番の耳には何故かはっきり聞こえた。同時に、何故か自分の事を指しているのだと判る。

 34番はゆっくりと頷いた。

 それを見て、少年が嬉しそうに微笑んだ。尤も、その表情が笑みだと、嬉しそうだとわかったのは大分後の事だったが。

 銀色に輝く魔道具に反射し、自分の姿が見える。

 染み一つない白い肢体に夜のような黒い髪。赤の瞳が不安げな眼差しを向けていた。身長は一メートルと六十センチ。プライマリー・ヒューマンの女性の形をしている。唯一異なるのは、頭に設置された二本のアンテナだろう。その様は昆虫の触角のようにも見える。

 そこには、まるで人形のように汚れ一つない少女が居た。


 時間経過で設定されていたのか、『本物』と同じように頭蓋に埋め込まれた記憶演算装置の動作が速度を上げる。

 心臓部に設置されたこぶし大の『存在核』が大きく鼓動し、全身に力を送る。


 情報が本流となって頭の中に入ってきた。

 徐々に自分が構築されている感覚はまさに原体験のようで、必要な情報、必要な技術、自身の事に至るまで、パズルのピースが埋まるかのように34番の中を埋めていく。

 やがて、パズルは九割まで埋まった所で停止した。

 残りの欠けている一割が何なのか、そこに思考を向けようとした瞬間、少年が聞いた。


「自分の事がわかるかい?」


 それに応えるべく、口を開く。

 初めて動く喉は、酷く機械じみた声が出た。


「……はい。テスラ・フレーズ博士」


「上出来だ。34番。心は知覚できるかい?」


 テスラ博士の言葉は、動作したての知覚装置からすると酷く困難な質問だった。

 コーヒーを一滴垂らしたようなブラウンの綺麗な眼がこちらをじっと観ている。少し考えて、口を開いた。

 答えになってはいなかったが。


「……あると……いいと思います」


 そう、あるといい、だ。

 博士はその言葉を聞いて、珍しいものでも見るかのような眼でこちらを見た。


「あるといいと思う……か。君はなかなか哲学的な事を言うね」


「哲学……的?」


「いや、悪くない答えだ。悪くない答えだよ。34番」


 テスラ博士が微笑む。存在核がそれだけで大きく脈動した。

 唯一無二の創造主(クリエーター)


 口ごもる。次に出てきた言葉は、34番が意識した言葉ではなかった。

 さも当然至極の事を尋ねるかのように、自然に唇からこぼれた言葉だ。


「貴方が――」


 ――私の持ち主(オーナー)なのですか?



*****



 すべてを言い切る前に、意識が渦巻く。

 思考が大きく揺れ、カーテンコールのように帳が降りてきて、小夜は目覚めた。


 視覚装置が確かな(インプット)を捕らえる。

 演算装置が緩やかに、夢とは違う実体を持った風景を感知した。

 センサーが現在の時刻が十五時――勤務時間中であることを示している。だが、そんなことは気にはならなかった。『規則』を破ったというのに。


 確かめるように口の中で呟く。


「……また……この夢」


「いい夢を見ていたみたいだね」


「ひゃッ!?」


 至近距離から投げかけられた言葉に、小夜は思わず変な声を出した。

 感情制御装置――頭のアンテナが大きく揺れる。

 カウンターの極近くからこちらを探るように見つめている探求者の姿に、ようやく気づく。

 脆い肉体に微弱な魔力。世界で最も弱き者にして、原初たるもの。

 世にも珍しい純人プライマリーヒューマンの探求者。

 その中でも、頂点に至った若き天才魔物使いの姿に。


 テスラ博士とは違った、純粋な漆黒の瞳がこちらのすべてを見通すかのように見つめている。

 何もかも違うのに、その中にある表情は、表情だけはどこか似ている。

 小夜は慌てて眼を背けた。


 非科学的な事だが、何もかもを見通されそうで、その瞳は非常に怖かった。


「な、なんですか……!?」


「いや、よく寝てたな―と思って」


「ね、寝てないですよ!? 機械種の私が眠るわけが――」


「目を瞑って声をかけても身動ぎ一つしないのは寝てたって言ってもいいと思うんだけど、どう思う?」


「…………」


 その言葉に小夜は何も返せない。

 面白そうなにやにや笑いに邪気はなく、そしてその言葉に険はない。だからこそ、言い訳をしてしまったら負けになってしまうような気がして何も言えなかった。


 フィル・ガーデン


 奇妙な経緯で境界の外――グラエルグラベール王国からレイブンシティにやってきたSSS級の探求者。

 それもただのSSS級ではない。膨大な量の依頼を、探求をこなし、伝説に限りなく近い位置にいる探求者だ。その所業だけ見れば、英雄と呼ぶことを躊躇う者はいないだろう。

 ただし、小夜の周りは誰一人彼を英雄と見ている人はいない。フィルは英雄と呼ぶには我が余りにも強すぎた。余りにも若すぎた。余りにも俗物すぎた。故に彼は今でもただの高ランク探求者のままである。

 本人も気にしていない事もあり、レイブンシティのギルドで登録された探求者の中でも間違いなくトップを走っているにも関わらず、特にその威光を笠に着ている様子もなかった。


 そして同時に――小夜の二人目の生みの親でもあった。

 最もその意味の大きさはテスラ博士と比べたらとてつもなく低いが。


「……で、今日は何の御用ですか? フィルさん」


「え? 用がないと来ちゃだめなの?」


 即答されたその答えに、小夜は混乱した。


 用がないと来ちゃいけないのか?


 そう言われたら、答えはノーだ。決してギルドの規定に用がない時は来てはいけない、などの規定はない。故に小夜も来てはいけないとは言わない。

 だがしかし、普通は用もなくカウンターに来たりはしない。

 しばらくフィルの表情に答えを探したが顔に書いてあるわけもなく、仕方なく慎重に尋ねた。


「……ないんですか?」


「いや……最近小夜が疲れてるみたいだからさ」


「……え!?」


 今度は何を言い出すんだ、この人は……

 フィルは小夜の気持ちを慮る事もなく、すらすらとまるで決まった言葉を述べるように続けていく。


「最近小夜、居なかったじゃん? カウンターにも。会話する機会もなかったし……」


「あ、それは……」


 確かに、フィルの言うとおりだ。


 最近、小夜はフィルと話していなかった。アムから招集されて工場を訪れた時に出会ったが、それも三日振りだった。おまけにその時もほとんど話していない。

 本来なら三日間程度、一探求者に会わないというのは特別な話ではない。ギルドの職員は小夜以外にも何人もいるし、探求者も毎日依頼を受ける人は体力や準備的な理由で極稀だ。

 だが、フィルは違う。フィルは好んで小夜から依頼を受ける――朝に居なかったら昼過ぎに再度訪れたことがあるくらいだ――探求者だったし、同時にほぼ毎日依頼を受ける探求者でもあった。


 そのスレイブの成長のために。


 小夜も自分に好んで会いに来るフィルをそれなりに好ましく思っていた。

 何しろ小夜の名づけ親である。

 ずっと型番で呼ばれ続け、誰もそれに気づきもしなかったにも関わらず、初見で名を聞いてきたその光景は記憶に新しい。

 思わず、夜遅くにしか来なかった時には無理をして勤務時間を変更してしまったくらいだ。

 別に名前を付けられたら好意を覚えるなど、そういうプログラムがされているわけではないが、それでもそれは満更でもなくなってしまうのは仕方ない事だと言えるだろう。


 ちょっとばつが悪くなり、フィルから眼を逸らす。


「……ちょっと……研修があったんです」


「へぇ、研修ねえ」


 じろじろと無遠慮に小夜の表情を見るその眼には力があった。

 存外に鋭い視線に当てられ、心中で身構える。

 そう、その眼はまるで、材料を見てどう調理しようか考えているかのような、奥底を見通そうとしているかのような眼。

 低位の探求者ではとても出せないであろうその視線を浴びて、やっぱり目の前のこの青年は高位の探求者なんだ、と再度確信する。

 だが、しかし同時に、フィルは定期的に確認しないと忘れそうになるくらいに儚かった。その生命が。

 それはまるでただの植物に偽装をして、油断させ人を食らおうとしている食人植物のようで、小夜にはとても恐ろしい事のように思えた。


「な、何ですか?」


 しばらくフィルは小夜の事を真剣な眼で見ていたが、すぐに話を変えるように両手をぱちんと叩いた。


「……まぁいいや。小夜がいいならね」


「? ありがとうございます?」


 全然理解できなかったが、お礼を言っておく。

 うんうんと頷き、フィルは満面の笑みで言った。


「疲れてるみたいだし、メンテナンスしてあげようか?」


 カウンターの内側にいる小夜からは見えないが、下から構築ペンを出して見せびらかすように振る。

 万能タイプの構築ペンだ。溶接からメンテナンスまで何でもできるタイプ。特化型と比べれば性能は落ちるが汎用性に優っている。

 視線が頭に設置されたアンテナから頭、額、眼、鼻、頬、口を伝い首元を舐めるように見てそのまま胸、手足、胴に移っていく。

 その表情にあるのは純粋な好奇心。泥のように凝り固まった欲望。小夜はその二つは同居し得るものだということをその時初めて知った。


「……遠慮しておきます」


 というか何をするつもりだ、この男は。

 その視線には、男性探求者がたまに小夜に見せる色欲の色は全くない。

 だからこそ、小夜には恐ろしかった。まだ情欲を抱かれる方がマシだ。尤も、それは小夜には絶対に応えられない類のものだが。

 フィルは不満気に構築ペンでカウンターをトントンと叩く。まるで子供のような挙動に小夜は思わず吹き出しそうになった。


「遠慮しなくていいよ? 安くしとくよ?」


「……お金取るんですか?」


「じゃあ、ただでいいよ?」


「遠慮しておきます。ギルド専属の機械魔術師(メカニック)からメンテナンスを受ける規定になっていますので」


 それは本当の話だ。

 機械種の職員が多いレイブンシティやその近郊の街のギルドでは、月に一回専属の機械魔術師によるメンテナンスが行われる規定になっている。

 決して一月程度で壊れるようなやわな作りはしていないが、念のためなのだろう。


 高価なガイノイドが壊れないように。壊れたとしても軽微な損傷で済むように。


 フィルの眼が小夜の言葉に色が変わった。


「え? ギルド専属の機械魔術師なんているの? 何て名前? どこにいるの? 腕はいいの? 男? 女? 何階位のスキルまで使えるの? 種族は?」


「……守秘義務です」


 いきなりマシンガンのように投げかけられた質問に驚いたが、そっけなく答える。

 興味はそのメカニックの方に変わったらしい。

 探求者というものは好奇心に長けている傾向はあるが、ここまでいくのはそうそういない。魔物使いというものはすべてこうなのか。そんなわけではないだろう。


 別にフィルは行きずりの探求者だ。小夜は今まで莫大な数の探求者達に依頼を渡してきた。フィルはただその中の一人に過ぎない。

 ただ、いつも与えていた小夜に逆に与えてきただけで。


 小さな事だ。それはとても小さな差異だ。しかし、それは同時に確かな差異だった。

 だからこそ、こういう時に考えてしまうのだ。


 ――もうちょっと、私に興味を持ってくれてもいいのに。


 フィルが不満気な口調で呟く。


「交渉したら小夜の身体、いじらせてくれないかな……」


「……え!?」


 聞き捨てならないような言葉を聞いたような気がして、慌てて聞き返すがその時には既にフィルの表情は平常に変わっていた。


「まぁいいや。僕は探求者だからね。こう見えて探求(クエスト)は得意なんだよ」


「……アリスさん、来たみたいですよ?」


 ちょうどその時に、ギルドに入ってくる銀髪のスレイブの姿を見つけ、現実逃避するかのように言う。

 悍ましい程に美しい容姿を持つ少女はその魅力を思う存分に周囲に振りまきながら、フィルを見つけて無表情で手を振った。フィルは満面の笑顔でそれに手を振り返す。


「じゃー、来たみたいだから。また来るよ」


「ええ、今度はちゃんと仕事で来てくださいね」


 念押しする。

 雑談のためにちょくちょくこられたら……それはそれで嬉しいが仕事にならない。

 フィルは何が楽しいのかへらへらと心がざわめくような笑みを浮かべながらカウンターから少し離れ、フィルの後ろに並んでいた探求者が前に来る前に一度、小夜の方を振り返っていった。

 まるで日常会話をするかのように気軽に一言小夜に投げた。


創造主(クリエーター)の夢、幸せだった?」


「ッ!?」


 底知れぬ瞳。得体の知れないその雰囲気と合わさって、その様は悪性霊体種(レイス)よりよほど恐ろしい。

 その言葉が、小夜の全身に痺れのような何かを刻みつける。

 何故、どうして。その言葉すら投げかけることができない。

 怪訝な表情で次の探求者が声をかけてくるまで、小夜は全く動けなかった。

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嘆きの亡霊は引退したい。

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