epilogue:Tamer's Mythology
「茶番でしたね……下らない」
白夜がそう言って、ゾクゾクするような氷点下の視線を僕に向ける。
時は既にアリスとの再会から丸一日が過ぎていた。魔力欠乏で気絶したエティの心臓が一瞬止まったり、ランドさんの竜化が戻らなくて苦労したり、セーラが僕の事を散々詰ったり、しでかしたアリスの方が慰められたりいろいろな事があったが、今は信じられないくらいに落ち着いている。
白夜の言う通り、所詮は一個人の痴話喧嘩だったという事だ。廃工場こそ解体してしまったものの、所詮街の外での事なので特に問題にはなっていない。周囲に被害も出ていない。
アリスの行為は最低ではあったが、相対したものに重傷を負わせなかったこともあって、予想よりも問題にはなっていなかった。ランドさんもガルドも疲れたように苦笑いするのみで、セーラだけが貸しだ貸しだ騒いでいたが、それはまたいずれ返せばいいだろう。
背後で縮こまっているアリスを前に押し出す。
「ほら、謝るんだ。アリス」
「……申し訳ございませんでした。今後はこのような事がないように善処致します」
頭を深く下げてあやふやな言で有耶無耶にしようとしているアリスの頭を手刀で叩く。
「善処じゃない。するな!」
「……元L級討伐対象の反乱とか……全く笑えないですね」
白夜の言う事は至極もっともだ。
そもそも、本契約を結べないこの僕が、アリスをスレイブとして登録できている事それ自体がもはや相当なグレーな事だ。手綱のついていない元魔物のスレイブと言うものは危険極まりない。
仮契約でも管理できると、四方八方手をつくして認めさせたが、今回の反乱で処分させられてしまっても仕方なかったのだ。
ギルドの職員でありながら見なかったことにしてくれた白夜、小夜と、口を閉ざしてくれたランドさん達には頭が上がらない。
「で、今日の用は……ギルドカードの統合ですか?」
サポート型のガイノイドの察する能力は高いなあ。くそ、バラして中身を見てみたい。
「……また変な事考えてますね? さっさと出してください」
「ああ。アリス」
「はい……『アナザー・スペース』」
アリスの呪文と同時に、その手首から上が消え去った。
『アナザー・スペース』
空間魔術師のスキルである。異空間にスペースを作り出す下級スキルだ。スペースは術者の力量に比例して増大することができ、道具袋の代わりに使う事ができる。重さもない。
「なるほど……それがアリスさんに『空間魔術師』のクラスを取らせた理由ですか。ナイト・ウォーカーをただの倉庫代わりに使うとは……最低ですね」
「便利なんだよね。まぁ今回は裏目に出ちゃったけど」
まさかそれほど有用ではないスキルである転移魔術でこんな遠方まで飛ばされる事になるとは。空間魔術師のクラスを取らせなければ、と思うこともあるが、それもまた全ては過去の話だ。
アリスが取り出した白銀色のカードを受け取り、A級のカードと一緒に白夜に差し出す。
SSS級の探求者のカードは白銀色だ。ただの銀とは異なる明るい白の混じったそれは、世界最強の探求者の証でもある。
「……本当にSSS級なんですね。この色、久しぶりに見ました」
「え? 信じてなかったの?」
「いえ……勿論信じていましたが……人物像が予想とは違っていたので」
どういう意味だよ。
カタカタとキーボードを叩き、数分でギルドポイントの統合処置を行い、カードを返してくる。
レイブンシティに来てからA級に上がるまでに貯めたギルドポイントなど、今まで王国内で蓄積したそれと比べたらゴミみたいなものだ。だが、その経験密度は決してSSS級になるまでにたどった道と比べても決して薄いものではない。
「これからどうするんですか?」
「ああ、やっぱりグラエルグラベールに戻ろうと思う。まだ待っている子がいるしね」
「アシュリーさん、でしたっけ?」
「うん。アシュリーはぼんやりとした子だからね……早く戻ってやらないと」
「別にアレは……ぼんやりとなんてしてない」
アリスがぶつくさ呟いた声を聞いて、頭をごんと叩いた。
涙目で頭を抑えて僕を抗議するように見上げる。
僕のアシュリーを『アレ』なんて呼ぶんじゃない!
白夜が目を丸くして僕とアリスを見比べた。
「……随分大人しいんですね。あんなに大暴れしたっていうのに」
「僕の前ではいつもこんなもんだよ」
「元L級討伐対象も今はただのスレイブ、ってことですか……」
しみじみと、何をわかっているのか、白夜が大きく頷いた。
「ただのじゃない……最強のスレイブ。ご主人様がいればさらに無敵」
「……反省しろ」
「ッ!?」
全然反省した様子のないアリスに再び拳骨を落とす。
はっきりとゴンという鈍い音がした。
アリスは悲鳴を上げて頭を抑えながらも、口元がニヤけている。何この子怖い。
長年付き合ったスレイブの新たな側面に戦々恐々としていると、白夜がふと思いついたように聞いた。
「しかし……そもそも、よくアリスさんをスレイブに出来ましたね。リドルの街一つを滅ぼした魔物――本来なら認められないのでは?」
「魂は全部吐き出させたからね。五万三千二百三十二人、一人残らず皆無事だったよ」
それでも、僕はスレイブにしてから一月程は、各所に頭を下げ続けなくてはならなかった。もしリドルが僕の活動圏内であり、名が知れ渡っていなかったらさすがの僕も認めさせられなかっただろう。
今でもリドルではあの三日間は伝説となって語り継がれている。
事件は知っていても、結末までは知らなかったのか、白夜が目を丸くする。
「……生命操作のスキル……死者の復活まで出来るんですか……」
「『限定的』な死者の復活だけどね」
何でもかんでも復活させられるわけではない。
死後の期間や死体の状況次第だ。リドルの場合は全てをライフ・ドレインによる吸生で殺し尽くしていたので、結果的にはリセットできた。不幸中の幸いだったのだ。
受けた方からすればとんでもない話だろうが。
アリスがそっぽを向く。
「……取った分以上に吐き出させられた」
「……アリスさん、全然反省してないみたいですが……スレイブの管理くらいしっかりやってください」
「この前までは、もっと素直で反省した様子だったんだけどね……アリス?」
ずっと演技をしていたらしいスレイブの頭を掴んで前を向かせる。
ちょうど僕とアリスは並ぶといい感じの位置に頭が来るのだ。
いやいやと首を振るアリスを睨みつける。
ちょっと考えたように左上に視線を投げかけていたが、しぶしぶといった様子でアリスが呟いた。
「……反省してる」
「何を?」
「……つい吸った」
言葉少なだ。
これで反省したと受け取れないのは僕の心が狭いからだろうか。多分そうじゃないはずだ。僕が被害者だったら、ぶん殴ってる。
マキリッシュ語が得意ではないのか、アリスの言葉はレイブンシティに来てから大分堅苦しかった。
ヴィータが多い王国ではヴィッシュ言語と呼ばれるヴィータ向けの言語が幅広に使われている。
まぁ、全ては過去の話。この四年間、品性は付いても倫理は身につかなかったようで、ここからいかにアリスに『悪いこと』を教えるのか僕の腕にかかっていると言えるだろう。
本当に、ずっと大人しかったのになあ。
「ご主人様は……もっと他人の気持ちを考えるべき」
唐突にアリスがそんなことを言う。
あきれ果てた。お前が言うなお前が。
「……いいこと言いますね」
白夜が悪乗りしてそれに追従する。アリスが調子に乗るからやめて欲しい。
他人の気持ちを他人の僕が解るわけがない。テレパシーじゃあるまいし。
僕にできるのは論理的に考えてそれを推測することだけだ。
白夜が何故か僕の顔を見て大きくため息をついた。失礼な奴だった。
話を変えるように白夜がアリスに尋ねた。
「そういえば、シィラ・ブラックロギアはどうしたんですか? 結局、演技してたんですよね?」
「殺した。L級とは言え、所詮は成り立て。むしろあの程度でL級認定されるなんて、探求者の質の低下を憂慮せざるを得ない」
自信満々にアリスがない胸を張る。
こいつ……本当に、全く反省した様子がないのは何故なんだ。
ああ、僕は一体どうしたらいいんだろう。教えてください、師匠。
「……討伐証明は?」
「消滅させた。だからご主人様はしばらくはSSS級」
アリスがちらちらと何かを期待するかのようにこちらを見上げてくるので、無視した。
与えて欲しい時に与えないのも魔物使いのテクニックなのである。
どっちにしろ討伐期間内にギルドに戻れなかった時点で依頼は失敗している。まぁ、既にゴールは見えているのだ。そう遠くないうちにランクは上がるだろう。
ランクが上がってもそれに相応しい実力を持っていなければ意味がないしね。
隣のカウンターのギルド職員が興味深げに僕のカードを見ていた。それに気づいた白夜に睨まれて慌てて目をそらす。
機械種同士の上下関係を見たような気がした。型番の違いとかで地位が決まったりするんだろうか?
きまり悪そうな表情で一度咳払いをすると、真面目な表情を作って白夜が続ける。
「……失礼しました。それで、フィルさんはいつからグラエルグラベール王国に帰るんですか?」
「次の境界船で帰ろうかな、と。金もまー何とかぎりぎり足りてるしね」
白銀のカードをひらひら振る。
ほぼ全ての私財を投げ打ってシィラ戦の準備をしていたとは言え、緊急事態が発生した時のためにある程度の財産は残っていた。今以上の緊急事態もそうはないだろう。金はまた貯めればいいだけの話だ。
「あれ? チケットを購入してそれで渡るつもりですか? 護衛依頼を受けるわけじゃなくて?」
「ああ。護衛なんて今の僕じゃ迷惑をかけるだろうし、客として乗船するつもりだよ」
それにそもそも、調べてみたところ境界船の護衛依頼はギルドに対する信頼がなければ受ける事すらできないらしい。南側のギルドに有効な伝手がない以上、次の境界船には間に合わないだろう。
僕の答えが想定外だったのか、白夜は僅かに目尻を上げた。
「境界船のチケットは金があれば簡単に手に入れられるようなものじゃないですよ?」
「いや、僕は探索だけは大得意なんだよね。相場の金額さえ持っていれば、一週間もあればなんとかできる自信があるよ?」
「……なるほど……確かに貴方ならやりかねないですね……」
白夜が深く頷いた。
いつから僕の評価はそんなに上がったのだろうか。最後の最後で大きなへまをしたというのに。
その評価に見合う成果を出せるように努力しよう。
そう心中で誓った僕に、珍しくいつも大体無表情の白夜が唇の端を軽く持ち上げた。
いつも大体が呆れ顔なのに、珍しい白夜の微笑みに一瞬眼が奪われる。
「で、す、が、フィルさん。わかってますよね? 私はまだ、フィルさんから代金をもらってません」
「ん? ああ、確かにね。いくら?」
確かに白夜には世話になったし、最後の最後でも協力してもらっている。さすがにL級討伐対象の前に立たせて無料では居られないだろう。
それは、エティやランドさん、リンに対しても同じ。何らかのお礼はしなければなるまい。
シャロン社のガイノイドの相場だと、億は覚悟しておいたほうがいいだろう。
もったいぶるように白夜が答える。
「……お金で代えられるものではありませんよ。後始末だって全て私がやったんですから。感謝してください」
「勿論感謝してるよ。で、いくら?」
「ご主人様、この機械種、生意気。始末しますか」
アリスがしれっと恐ろしい事を言う。いつからこの子はこんなに堪え性のない子になったんでしょうか?
……本気じゃないよね?
白夜は無視することに決めたようだ。そしてそれはおそらく正しい。構っていたら全然話が進まないからね。
「えっと……金じゃないです。フィルさん、代金はいらないので依頼を受けてもらえませんか? 私から」
「ああ……ギルド職員の昇格関係か……」
納得する。
ギルドの職員は、自身から受領された依頼の達成数によって出世していく。これはギルド職員が探求者に対してより大きな協力関係を結ぶためのシステムであり、これがあるから職員は探求者に対して親身になってくれるらしい。なかなか世知辛い世の中だ。
「何のランクの依頼をいくつ達成すればいいの?」
「……フィルさん、レイブンシティに来て気づいた事はありませんか?」
「気づいた事?」
ええ、と。白夜が頷いてタブレットを見せてきた。
依頼のリストだ。ランクによって表示がわかれている。
その中で、SSS級をクリックすると、ずらっとSSS級の依頼が羅列された。レイブンシティの近辺だけでも相当数ある。そのほとんどは討伐依頼だった。
「……多いね。しかも依頼の起票日が古い。ずっと残ってるのか」
まぁ、確かにレイブンシティの探求者の質は王国と比べれば低かった。残るのもわかるというもの。
しかし仮にも人里の周辺にここまでSSS級の討伐依頼が残っているというのも危険なものだ。誰かが受けないのだろうか?
「はい。機械種の性質上、街を好んで襲うような事にはなっていないのでまだ誤魔化せていますが、それだけに機械種の巣及び高ランクの機械種の数は年々増加の一途をたどっています。このままではレイブンシティを飲み込むのも時間の問題でしょう」
「機械種は自己保全機構さえ組み込まれていれば、ロールアップを繰り返してどんどん際限なく強くなっていくからねえ……そりゃ倒さなければ減らないだろうさ」
気軽にそれに答える。
街が飲み込まれる。まぁ、ないこともないだろうがそれは最悪のパターンだ。いくらなんでもそこまで被害が広がる可能性は低い。
全体的に探求者の質が落ちているとは言え、ランドさんの攻撃力は間違いなくSSS級機械種にも通じる類のものだったし、そもそも機械種は機械魔術師にとって相性が限りなくいい。機械魔術師のクラスさえ得てしまえばやつらは雑魚同然だ。
種族には相性もある。常識で考えれば、一種族だけでは混成軍に対して勝ち目はない。
まぁ、ヴィータが機械種に対して優位であるとされる理由はちょっと特殊だから、一概には言えないのだが。
「で、僕にどうしてほしいの?」
「……ここまで言って分からないのですか。馬鹿ですね」
白夜が深い嘆きのため息を付いた。
いや、勿論わかっているとも。だが、実際に口で言ってもらわないとどうにもできない。
「フィルさん、依頼します。ここに残っているSSS級討伐依頼のうち、三つーー」
高度に研鑽された技術の結晶。視覚の感覚帰還を司る銀のセンサーが僕の事を見つめた。
「三つ、討伐して頂きたいのです。可能ですか?」
「断る」
即座に断る。
白夜の言いたいことはわかった。が、その心配はただの杞憂だ。
各地域の依頼はその地域の探求者が達成すべき試練。そうでなくても都市の防衛はその都市の住むものが行うべき事。
外様が一時的に討伐した所で意味がない。例え一時的に僕が解決したとして、次に討伐依頼が増えた際にどうする? また僕を呼ぶつもりか?
僕はグラエルグラベール王国の探求者であって、レイブンシティの探求者じゃない。
その危機は僕が請け負うべき依頼じゃない。請け負ってはならない。でないと、いつか絶対に問題になるはずだ。
白夜が僕の言葉に絶妙なバランスで構築されている眉を潜め、苦い顔をした。
何事か口を開きそうになるところを遮る。白夜にこれ以上僕を脅させちゃいけないからね。
てか機械種なのに見た目と違って白夜は情が深いね。
「と、言いたい所だけど……まぁ、借りを返す上でちょっとだけ手伝ってあげようかな」
「……冗談ですか? 心臓に悪い」
また面白い事を言う。君に心臓はないだろう?
『存在核』はあっても。
ここの探求者は質が低い。それは同じ探求者の僕としても非常に憂慮すべき事だ。
致命的に大事なものが足りていない。仮にもSSS級の探求者として、先輩として、それをレクチャーしてあげようじゃないか。
「アリス、いけるな?」
「……やってみなければわからない」
アリスが僕の問いにただ一言そう答えた。
そうだ。それでいい。やってみなければ分からない。
ましてや相手はアリスの得意な有機生命種ではなく、無機生命種だ。用心して当然。わからなくて当然。
白夜が意外そうな眼でアリスを見るが、元L級だろうがなんだろうが相性次第では簡単に負けるものだ。
それを考慮して、ありとあらゆる状況、時節、場所、コンディションを考慮して、僕が指示を出す。
それこそがマスターの役目。
「アリスなら出来るよ」
「なら、できる」
「期限はおよそ三ヶ月……次の境界船が出るまでの間だ」
「余裕。私は世界最強のスレイブだから」
「……アシュリーがいればもっと楽だったんだけどね……」
「……ご主人様、私だけじゃ不安?」
アリスが不安そうな表情で僕を見上げる。
いや、不安なんかじゃない。不安なんかじゃないとも。僕の可愛い可愛い剣。
僕の手で何もかも尽くを討伐してしまえ、夜を征く者
アリスの白銀の髪を優しく撫でてやる。久しく面倒を見ていなくてもその髪は絹糸のように細く、刃こぼれ一つない。
「全然不安なんかじゃないさ、アリス。君は最強のスレイブだ」
「そう。最強。だからあの女なんて……いらない」
また一つ拳骨を落とした。
どうしたんでしょうか、今まで我儘一つ言わなかったアリスがこのザマに。
いや、気づかなかっただけでおそらくこれがアリスの本性なのだろう。僕を長期間騙しきるとは大した奴だ。
ふと気づいたように白夜が尋ねる。
「……そういえば、アムはどうしたんですか? まさかアリスが戻ったから首ですか?」
「いやいやいや、そんな馬鹿な。勿論生きてるよ?」
「会話が通じてませんよ。馬鹿ですか?」
「あのナイトメアはまだ未熟。ご主人様にはふさわしくない。成長するまで契約は保留」
アリスが僕の代わりに白夜に答えた。
「契約を保留? それって……首と何が違うんですか?」
白夜の疑問は尤もだ。だが、これは僕が決めたことではなくアムが決めたこと。アムとアリスが話し合って決めたこと。
スレイブ間で合意がとれている以上、マスターの僕には何も言う事はない。
「アムが成長したら再び契約を結び直す。今度は永続で。話し合って決めた」
「へぇ……内定ってやつですか」
「まぁ、そんな感じだね」
何を話し合ったのか知らないが、アリスもそれに合意していた。と言うかこの件については僕は後から話を聞かされただけであって、完全に蚊帳の外だ。
これが子供が親離れした親の気持ちなのだろうか。少し寂しいが、そこまで成長してくれた事による喜びはそれ以上だ。
僕と永続契約を結ぶ事でアムの人生がどのように変化するのか知らないが、良い変化であることを祈るのみである。
ちなみにアムの成長による力の増加で契約が結べなくならないように、契約魔法はもう既に掛けてある。絆の強さは今まで結んでいたそれと比べて遥かに微弱なものだが、それはアムの側に本来の強さで契約を結ぶ意志がないからだろう。
アムは鋭い所もあるが基本的に駄目なのでとても心配だが、時には眼を離す事も必要だ。
白夜はその言葉を聞いてもまだ釈然としないようにアリスを見た。
「よくアリスさんが認めましたね……何を企んでるんですか?」
「何も」
アリスはただ一言言い捨ててそっぽを向いた。
企んでないわけがないだろう。
確かに気になる。気になるが、僕は既にスレイブ達の自主性に賭けることに決めている。
所詮人はそう簡単に変われないということだ。
もっとも、今回は裏切りを既に覚悟しているのでその点だけは成長と言えるだろうか。
何もかも受け入れ、裏切りすら飲み込み、全てを与える。
それが僕の喜びの型
「あ、でもひとつだけ言える事がある」
ふと、アリスが思い出したように僕を見て、白夜を見た。
続いて、僕の方を濡れた色の銀の瞳で見つめる。
「アムは正真正銘の悪性霊体種。私と同じレイス。奈落に沈んだ濁った魂。悪性の咎人。それだけは覚えておいた方がいい。魔物使い」
アリスはにやりと悍ましい笑みを浮かべた。
ぞくりと背筋を悪寒が駆け抜けた。
そう、その視線こそが僕の理解できないもの。今の僕では知るすべのないもの。
だが、いいだろう。僕は忘れない。
この十日間の事を。例えこれから何が起ころうと、例え依頼の途中で志半ばで倒れようと、僕は絶対に忘れない。
その全てを背負ってなお、全てをこの手にしよう。
僕こそが、この僕こそが、このフィル・ガーデンこそが世界最強の魔物使い。
フィルは満たすの意。
ガーデンは箱庭。
僕は箱庭を満たす者。
栄光を注ぎ、欠落を愛で埋め、スレイブの全てを満たす者。
僕に続け、魔物使い達よ。
悪性も善性も何もかもを飲み込み、紡げ。
魔物使いの神話(Tamer's Mythology)を。
読了ありがとうございました。
当作品は、これにて一旦、完結になります。
いかがでしたでしょうか?
およそ一月半の間でしたが、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
また、感想や評価などもありがとうございました。励みでした。
途中で分量が想定よりも多くなってしまい、冗長になりそうだったのでエピソード(アムの蛙リベンジとか、アムの蟻リベンジとか、アムのスキル開発とか)をいくつか削ったり、
※その分、友魔祭とか余計なエピソードで埋まっていたりする……
最終話付近で校正中に誤って次話を消して慌てて復元したり、
校正に時間がかかりすぎて定常更新無理だったり、
いろいろありましたが楽しく書けました。
ありがとうございました。




