第四十三話:今度はハッピーエンドで
昏い泥の中のようだった。
四肢が、身体が、柔らかい混沌の中に飲み込まれ、かろうじて思考のみが自由だった。
ずっと、視界が暗闇に包まれてからもずっと僕はその事だけを考えていた。
何が悪かったのだろうか。
僕は魔物使いになって初めて、自分のスレイブの事が心底わからなかった。
信じられなかった。
いや、信じたくなかったのだろう。
アリスが。僕のアリスが。
僕を裏切る?
その言葉の意味が、意識以外が動作しない中、初めて冷静に、心の中で確かな形を持って渦巻く。
アリスは非常に従順でよく出来たスレイブだった。
性能は言うまでもなく、性格面で言っても非常に理知的で冷静沈着、ほとんど我儘も言わずいつでも僕の要求に十全以上に答えてきた。マスターとしてのその意味を、僕がわからなくなるくらいに。
アリスは至高の剣だった。それも、伝承で語られるような魔剣の類。錆びず、折れず、ありとあらゆるものを紙切れのように切り裂く魔剣。僕にできる事はその刃が曇らぬよう、定期的に磨く事くらいだった。
一人の魔物使いとして、彼女と出会えた事は僕の半生の中でも上位に入る幸運だといえるだろう。
アムの推測は正しいのか?
いや、正しいのだろう。少なくとも、感情を抜きにして、全くの赤の他人だとすると、その推測は幾分か不確定な要素は――穴はあるが決して信じられない推理ではない。
元L級討伐対象者の反旗。ぞっとするようなその単語に、挫けそうになる自身を鼓舞する。
認めろ、フィル・ガーデン。
お前は全然理解していなかったのだ。
敗北を認めろ。そして再び立て。ずっとお前はそうやって生きてきたはずだ。
それはシィラに負けた時以上に悔しく、そして絶望的な事実。
アリスとの信頼度は高かったはずだ。これ以上は上がらないと確信できる程に。
身長、体重、魔力、魂質、スキル、好み、趣味、ライフサイクル。
何もかも全てを手に入れた気になっていた。
強いて言うならば、その高慢こそが敗因なのか。
幾ばくもの単語が、文章が、ゆっくりと脳裏を巡り、消えていく。
ああ、なんと悲劇的な事であろうか。伸ばした指先に引っかかるほど近くまでそれに届いたというのに。
僕が、僕が悪いのか。理解できなかった、アリスを理解できなかった僕が。
僕が何故悪い?
魔物使いのセオリーは全て守っていたはずだ。僕が悪いわけがない!
浮かびかけたその思いを首を振って振り払う。
いや、違う。違うぞ、フィル・ガーデン。
落ち着け、フィル・ガーデン。世界最強の魔物使い。
悪いのが自分かアリスかそれとも周りなのか、そんなことはどうでもいい。
何が原因なのか、動機もこの際捨て置く。
あえて言うのならば、アリスが悪くても周りが悪くても状況が悪くても全てはそれを越えられなかった自分が悪いのだ。
アリスの奈落を満たせなかったお前が。
その言葉に思い当たった瞬間、僕は最も大切な事を思い出した。
ああ、そうだ。
全くアリスの裏切りを気づけなかった事実も、それをアムに指摘された屈辱も、エティの僕を憐れむような視線も、何もかも。
全ての罪は、僕にある。
同時に身体に僅かな力が戻る。
精神が意志を作り、意志が肉体を動かす。
やり直せる。まだ、やり直せるはずだ。
何故なら僕はまだ、脆弱な肉体しか持たない僕はまだ、死んではいない。
前提を組み直せ。スレイブからの裏切りは魔物使いにとって最も犯してはならない禁忌だが、
もう犯してしまったのは仕方ない。
それならばーー
次は犯さぬよう事前準備を整えるのみ。
スレイブを信じ続けるのは……悪か?
いや、悪ではないはずだ。が、しかし現に僕は今スレイブを信じ続けてこの状態にある。
違う。そうじゃない。信じ続けるのが悪なのではない。アリスに裏切られてしまった事が悪なのだ。
与える事が悪なのではない。気づけなかったのが悪なのだ。
ならば、何故気づけなかったのか?
僕は、アリスの言葉に、挙動に耳を、神経を傾けていなかったのか?
傾きかけた精神に均衡をもたせ、さらに強固に再構築していく。
パズルは昔から得意だった。
挫折の味は慣れ親しんだものだった。ただひたすらに数えきれない程の敗北を積み重ねてきた僕にとってそれはただひとつ階段を登っているだけに過ぎない。
今回のそれは,今まで一度も躓かなかった『魔物使い』に関する事であるというただそれだけの話。
ゆっくりとアムの言葉の意味を噛み砕く。必死になって咀嚼する。
が、いくら脳裏にぶん回してもその意味が全くわからない。哀しい? 裏切る?
今までありとあらゆる事象を学び理解してきた僕をもってしてもその意味がわからない。
それが無性に楽しい。心の底から面白い。
未知こそが僕の最大の原動力。
やれやれ、こんなざまじゃリンに教えることなんてできないな。
暗闇の中、苦笑する。
目が覚めた思いだった。頭に登った激情さえ、もはやどうでもいい。
ようするにこれは、所詮僕はその程度の人間だったってことだ。魔物使いを極めたつもりになっていて、実質ただ一人のスレイブの事すら判らない。
オーケー。いいだろう。今の僕じゃとても無理だ。
見当もつかないそれは、とてもたった一人で消化できるようなものではない。それは論理ではない、きっと感情の問題だ。
それならば、それならば、それならば。
ただそれを知る、知ろうとする意志を持ち続けるのみ。
剣の使い方も知らない剣士。魔術の使い方もしらない魔術師。
それらと違うのはたった一点。
僕の剣は意思疎通ができる。
瞬間、感覚のなかった四肢に温度を感じた。
酷く温かい何かが四肢から全身に流れる。まるで初めて血が通ったかのようにそれは心地よかった。
意識がすーっと上に浮かび上がる。暗かった視界が白く輝く。
感覚が朦朧だった身体がそれを取り戻し、重く伸し掛かる。
ぼやけた視界の中、スピリットの少女が涙を流していた。きらきらと美しい白い光の涙が僕の顔に落ちる。
それはまさしく、かつてプライマリー・ヒューマンが一目見て生み出した概念『天使』の名に相応しい。
状態異常回復魔法の光が僕を包み込んでいた。
全ての縁に感謝を送ろう。
目を開けた僕を見て、セーラが慌てて叫び声をあげようとしたのを伸ばした手で塞いで止める。
身体がだるい。全身の筋肉は強張り、いつの間にかいたのか全身がじっとり汗で冷たい。
が、精神は十全。意志には微塵の欠落もない。それだけで十分だ。
もともと僕の身体なんて……大した力はないからね。
前にただ立てるだけの力があれば十分だ。
「ありがとう、セーラ。助かったよ」
「……フィル。本当に大丈夫なの? 身体は?」
「大丈夫だよ。だけど、ああ……」
頭がぐらりと傾く。貧血のように目の前が真っ暗に落ちかける。
ようやく復活した視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚が僕の世界に色をつける。
慌ててセーラが僕を支える。
この精神疲労、身体能力の低下、状態異常……憑依か。
先ほどとは異なり、思考をせき止めていた痼はもうない。
「肩を貸してくれると嬉しいかな」
「……貸しだからね」
涙目でセーラが僕の腕を抱える。
これは大きな借りになりそうだ。
セーラの肩を借りて何とか震える足で立ち上がる。
高い金属の天井を見上げる。
何故だろう、先ほどよりも遥かに鮮明に見えるのは。
僕の視界に入ってきた光景。
それは、かつての再現だった。
溢れそうになる感情に寸での所で蓋をする。
種族ランクSS
種族名『夜を征く者』
悪性霊体種の王
発生して僅か三日で数多の罪なき民の魂を啜り、王国を一夜にして絶望の奈落に叩き落とした最悪の悪霊。
眼にした光景に対して感じた感想もまた同じ。
ああ、その所業のなんと美しく悍ましい事か。強さではなく、その姿は神話に謳われる悪魔に負けずとも劣らない。
僕が今まで与えてきたものなど、どれほどちっぽけなものだったのかがはっきり解る。
ランドを、ガルドを、エティを、高位の探求者を複数相手取り、痛覚はあるにも関わらず欠片も引かない強靭な精神。
そうだ、やり直そう。全てを一から。
出会いのその時、その瞬間から。
アリスの視線がこちらに向く。
僕はそれを笑みで迎えた。
その表情、その仕草。僅か十一日前の事であるにも関わらず、酷く懐かしく感じる。
頬が引きつる。
そして同時に、アリスがここにいるという事実は、ここにいるはずのないその存在がいるという事実は、アムの推測があたっていたという事を如実に示していたが、その事実はびっくりするくらいあっさりと僕の中に染みこんでいった。
「ご主人……様……」
「ああ、久しぶりだね。『僕の』アリス」
アリスが一歩後退る。
その表情に張り付いている感情は今まで見たことがないものだった。
美しい相貌は歪んでいても尚美しい。
だが、やはりそんな表情は『嘘』だ。
さぁ、アリス。そんな表情、君には似合わない。
やめるんだ、アリス。
僕のアリス。
僕の大事なスレイブ。
「あ……あ…………な、ぜ、どうして……ここまで……きて……」
アリスが震える唇で慄く。
その表情に張り付いた感情は絶望。
あははははははは。
そのおかしな表情に、心の底から笑いが沸き上がってくる。
絶望? いまさら、絶望? 何故? どうして?
何を今更、怖がっているのだ!
まぁ、僕のような、スレイブに裏切られる僕のような三流探求者では、間違えているのかもしれないけどね。
アリス。そんな表情は似合わない。
笑え。この僕のように。
哀しい時にこそ、その表情に悲哀を出さない。
泣きたい時ほど、笑え。狂ったように。絶望を嘲笑うかのように。
この四年間、何度も言っただろ?
それこそが僕の『喜びの型』
頭がまだ一度、ずきりと痛んだ。
「何故? どうして? あははははははははは」
全ての感情が奔流となり、流れだす。
あまりにも、あまりにもおかしすぎて、自分の意志では止める事のできない哄笑が、虚しく工場内に反響する。
笑わせてくれる。何故、どうして? 何故、どうしてだって?
そんなこともわからないのか。この駄レイスはッ!!
僕は、僕はこんな簡単な事も教えてやれなかったのか!
アムが、セーラが、何故か青ざめた表情で僕を観ているが、僕はどうしてもその笑いを止める気にはならなかった。
哄笑が、僕の最奥から湧き出す狂ったような笑い声が自身の聴覚を打ち反響し更に大きな波となる。
絶望を、悲哀を、運命を、覆い隠す程に嗤え。狂ったように。
視界が大きく揺れる。
それこそが、このフィル・ガーデンのーー
『喜びの型』
「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!」
「フィ、フィルさん!? どうしたんですか!?」
アムが心配そうに駆け寄ろうとしてきたので、手で止める。
いらない。もう、必要ない。これは僕が乗り越えるべき壁だ。
ひとしきり感情を出しきり、僕はまだ心中に渦巻く感情をスイッチを切るようにせき止めた。
唇を舐める。心臓が早鐘のようになっている。脳が自身の肉体に命令の信号を下す。
僕に、さっさと行動を起こせと。震える舌を一度噛み、ゆっくりと言葉を出す。
「僕が全て悪かった。辛い事をさせてしまったね、アリス」
「ご……主人……様……」
僕の言葉に、アリスのブラッド・ルビーの瞳から涙が一筋流れる。その華奢な身体が、血に染まったドレスが、がたがたと震えている。
半端に竜化しているランドが、満身創痍のエティが信じられないものでも見るかのような目で僕を見る。
白夜が目を伏せて大きくため息をついた。
哀れな、馬鹿な、くだらない事をしでかした前代未聞の駄スレイブに、かつてのように手を差し出す。
「さぁ、アリス。全てをやり直そう……いや、スレイブに裏切られるような、『三流以下』の魔物使いだけど、また初めから、一緒にやり直してくれるかい?」
「あ……ああ……」
僕の言葉にアリスが蒼白の顔で一歩後退る。何故、どうして僕から離れるのか。
あははははははははははははははははははははは。
今の僕なら、かつての僕よりも遥かに成長している僕なら、もっとうまくやれるに違いないというのに。
さぁ、アリス。プロローグからやり直しだ。全くの白紙の状態からやり直しだ。
見せてやろう。
もう一度、僕らの神話を。伝説に一歩足を踏み入れ全てが崩壊した、僕らの絶望に覆われた神話の始まりを。
今度はハッピーエンドで。
一歩アリスの方に踏み出す。アリスが今にも泣きそうな顔で、震える足で一歩こちらに踏み出した。
今にも泣き出しそうな震える声。その瞳にあるのは底知れぬ奈落と僅かな希望。悲しみと絶望に満ちた美しい声は今まで聞いたどんな声よりも甘美だった。
「ま……だ、まだ……やり直せる。記憶を……記憶をいじれば……」
「そうさ、まだやり直せる。アリス、さぁ、涙を拭いて。僕達の出会いはそんなんじゃないだろ? さぁ、アリスッ!」
そうだ、アリス。君にそんな絶望に満ちた表情は似合わない。
そうじゃない。そうじゃないだろ。僕と君の出会いは。
腰からそれを抜く。
さぁ、アリス。邪悪に嗤え。かつてのように。
僕の友人たちに見せてやれ。L級の試練の本質を。
アリスの顔が強張っている。血の瞳がよりいっそう昏い色に輝く。唇から出た声はまだ震えていた。
蝋細工のように白い蒼白の表情でアリスがつぶやいた。
「ご主人様……怒ってる?」
「あはははははははははははははははははははは! 怒ってる? 怒ってるだって? そんなわけがないだろ!」
そうさ、全ては僕が悪いのだ。
油断すると引きつりそうになる表情を笑顔に固定する。
全責任は僕が取る。スレイブの罪は、責任は、マスターの僕のものだ。誰にも渡さない。
抜いた鞭を床に打ち付ける。やたら高かった鞭はまるで悪性霊体種の少女を打ち付けたかのように激しい、良質の音を立てた。
さぁさぁさぁさぁッ!!
「さぁ、アリス。最初の戦闘だ」
かつての始まりのように、見せてやろう。この探求者達に、僕達の戦いをもう一度。
アリスは震えていた。歯と歯がかちかちと噛み合わされる。瞳は大きく開き、極度の興奮が手に取るように分かった。
あははははは、いまさら、いまさら気づいたのか。
さぁ、アリス。悪い子だ。久しぶりにこの僕が、自ら『教育』してあげよう。
丹田をどろどろとした熱が渦巻いている。胃が痛い。頭も痛い。何もかもが痛い。が、それ以上の熱が脳を巡り意志となる。頭が焼ききれそうだ。
あはははははははははははははは!
この感情、なんと形容したらいいのか、わからないよ!
「ご、ご主人様は、スレイブが居なければ……」
言い訳じみた事を言うゴミ以下のスレイブに、僕は吐き捨てるように言った。
いつ、どこで、何故、どのようにして、お前はこの僕を心配できるような立場になったのか!
そうじゃない。そうじゃないだろ?
常に気高くあれ。これ以上無様な所を見せないでくれ、僕のアリス。
刃を鈍らせるな。曇らせるな。品位が下がる。
「遠慮せずに掛かってくるといい。ナイトウォーカー。いつから君は、この僕を前にしてそんな口を聞くことができるようになったんだ?」
頭が痛い。割れるように痛い。芯が腐っていくかのようにズキズキとした鈍い痛みが、真っ赤に燃え上がる僕の視界を何とか留めている。
久しぶりだ。いや、初めてかもしれない。スレイブにここまで『虚仮』にされるのは。
大体……武器がない? スレイブがいない?
そんな馬鹿な。
無様に立ち尽くす探求者達に視線を向ける。
「それに、スレイブならいるさ。それも沢山ね。たった一匹の悪性霊体種にも勝てない未熟な探求者だが、いないよりはまだマシだ」
「フィ、フィル!?」
エティが愕然とした視線を僕に向ける。
莫大な魔力を、極めて高い天稟を、恵まれた能力を持ちながらもこの程度のレイスに敗北したか弱き探求者。
あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは。
いくら準備不足とは言え、こんなのが僕と同じ探求者だとは……何たる惰弱。何という嘆かわしい事実か。
くだらない、なんてくだらない世界だ。力が、魔力が、何もかも持っていて尚、何故に彼らは敗北するのか。
だが、全て許そう。何もかも許そう。
「お、いおい、そりゃないだろ、フィル……」
「そ、そうよ! 皆、貴方のために戦ったのに!」
「ああ、ありがとう。本当に感謝してるよ」
天を仰ぐ。
僕は他者の善意が無いと生きていけない程の人間だ。
ランドにもガルドにもエティにもセーラにも小夜にも白夜にもリンにも広谷にもサファリにも、そしてアムにも感謝してもし足りない。
故に、特別に、この僕が特別に自分の信条を曲げてこの世の真理を教えてあげよう。お説教じみているが、一言だけ。
「でも、負けたら意味がないよね」
「なッ……」
高位探求者に敗北は許されない。
何よりも勝利を。そうでないのならば、せめて『価値』のある敗北を。
絶句する敗北者達。
愕然としたその表情。その眼は何も分かっていない者の眼だ。
いいだろう。ああ、いいだろう。
禁忌を犯した、ゴミ虫にも劣る僕よりは遥かにマシとはいえ、何も分かっていない敗北者達に叡智を授けよう。
一度の敗北で、たった一度の敗北で命を失う探求者もいるというのに、元L級依頼に認定されたレイス相手にまだ命を保っている彼らは酷く運がいい。
教えよう。二度とこんな事がないように。いつか戦場で命を失う日が来ることのないように。
それは僕ができるささやかな感謝の印だ。
故に、僕の手で踊れ。
「フィ、フィル、まさか……怒っているのです?」
「あははははははははははははははは! そんなわけがないだろう! ソウル・シスタああああああ!」
腹の底からその言葉を笑い飛ばす。
僕が怒る?
否、否、否、断じて、否ッ!
僕はーー至って冷静だ。
安心させるように笑みを作ってみせる。
「僕は……冷静だよ。とってもね。元SSS級の探求者がこの程度で感情を乱すわけがないじゃないか。なあ、そうだろ?」
ランドが僕の視線を受けて頬をひきつらせた。
何故、どうして、そんな顔をするのか。せっかくの端正な顔が台無しだ、竜人。
SSS級探求者は感情を表に出さない。完全でなければならない。
心の臓が熱い力を全身に送り続けている。
裏切り者のスレイブも、それに苦戦する薄弱な探求者も、裏切りに気づきもしない自身も含めて、この僕が責任を持って何もかも正してやる。
大きく手を広げ、痛む喉を無視して叫んだ。
「さぁ、ランド。君にレイスとの戦い方をレクチャーしてあげよう。その一だ」
「くッ……させないッ!」
僕の言葉に撃たれたように、アリスがランドに向けて大きく身体を傾けた。こちらの言葉に意識を向けていたランドの死角からアリスの足が振り下ろされる。
生命操作の応用スキル。生命エネルギーの過剰付与によるパラメータの強化。
『エヴァー・フレーム』
筋力値に使用生命エネルギー*3.15の補正効果。
白銀の光に纏われた拳に近接戦闘職並の筋力と速度を与える。
君はッ! 魔術師だろッ!
僕はつっこみを必死で我慢しながら、視線をランドから外した。同時にランドが踏み潰された轟音。
それを無視し、固まっているセーラに命令する。
対レイス戦での第一手。
「まず第一に、ヴィータがレイスと戦う際に最も注意すべきはライフ・ドレインだ。特に本来は接触しなければ発動できないそれとは違い、ナイトウォーカーのライフ・ドレインは離れた位置からそれを発動できる。だからまずは……それを防ぐ。今回はおあつらえ向きにスピリットがいるからな。セーラ、祝福だ。全員に」
「え? あ、は、はい」
セーラの纏う白い燐光がスキルの発動と同時に大きく範囲を広げた。
鱗粉のように瞬く祝福の光が風となり全員に降り注ぐ。
スピリットの基礎種族スキルである祝福。
善性霊体種が悪性霊体種の天敵たる所以であるそのスキルは、悪性の魂で顕現し存在しているレイスの筋力値、魔力値のパラメータを半減させ、同時にレイスの種族スキルであるライフ・ドレイン、恐怖、憑依を完全に防ぐ効果がある。それ故にスピリットはレイスの殲滅者たりうるのだ。
こんなこと……常識だ。僕は駆け出しの頃から知ってる。
闇には光を。
これが対レイスの戦術の土台。例え周辺に機械種しか存在してなくても当然知っているべき定石
基礎無くして次の手は打てない。
「……な……あ……ご主人、さ……ま……」
アリスが表情を歪めて、視線に弱々しい戦意を込めて僕を射抜く。
アリスもわかってない。教えただろ? ヴィータと戦う際に第一に使用すべきスキルはライフ・ドレインだと。何を置いても、防がれるとしても、まずはそれを使うようにと。
よりにもよって蹴り? 君は、僕を馬鹿にしてるのか?
何て愚かな事だろうか。敵も、味方も。みな、なっていない。
当然、この僕を含めた全員が。この世界の何と無情な事か。
ランドが金属の床に叩きつけられた衝撃で床が大きく割れる。
「ら、ランド、大丈夫かッ!」
「大丈夫に決まってるだろ。仮にも竜化を使用したドラゴニアを一撃で倒す程の筋力を、魔力に秀でているレイスが持っているわけがないじゃないか」
「お……お前……」
竜化はドラゴニアの種族スキルである。遺伝子に眠る竜の力を一部蘇らせ、ありとあらゆるパラメータを爆発的に向上させる驚異的なスキルだ。代償にちょっとばかり理性を崩されるが、リスクに見合わぬリターンを誇るスキルだった。僕は非情に羨ましい。
床に叩きつけられたランドが僕の言葉を証明するように起き上がる。
濡れた金の瞳に半端に突出した額の竜角。形状を見るに竜化の浸透度はおよそ八割五分。
悪くない。悪くないぞ。
レイスとの戦い方は知っていなくても、さすがは竜人種。その力はまさしく竜に匹敵する。
戦術はなっていないが、素の力で、朝とはいえナイトウォーカーと打ち合える能力は驚嘆に値する。
アリスの手の平にエネルギーが集約する。ライフ・ドレインは無駄だと悟ったのだろう。
ずっとアリスのデータを取り続けてきた僕には何をしようとしているのか手に取るように分かった。
「レクチャーその二ーー」
「『エヴァー・スプリット』」
口上を無視して、決死の覚悟で放たれた銀光の刃をとっさに横から跳躍したランドが槌で弾く。
弾かれた光が床を大きく削り、嫌な音を立てる。
「高位のレイスと戦うのならば、屋内は避けるべきだ。アム……」
「は、はい……」
唐突に向けられた言葉にアムが身体を震わせる。
諭すように無知な己のスレイブに教えてやる。
こんな常識、セオリーをわざわざ教えてあげないとならないなんて、どれだけ手がかかるんだか。
アムは影響がないから分からないかもしれないがーー
「レイスはね……太陽の光に弱いんだよ」
「……あ……!」
吸血鬼だって、太陽の下で動けないだけで屋内なら昼でも動けるのだ。
ナイトウォーカーもそれは同じ。
確かに僕は以前、朝のアリスは大して強くはないと言ったが、それは太陽の下で、という意味であり決して太陽の当たらぬ廃工場でなどとは言っていない。
事前に言ってくれていれば……いや、無理か。
「で、でも、ここは……」
言いよどむアム。
頑丈な分厚い金属の壁に四方を囲まれた工場。街の近くにありながら、コストがかかるという理由で残された廃墟。
確かに、戦場はあまりよろしくない。
必死な表情でこちらの会話を止めようと突撃してくるアリスをランドとガルドが阻む。
斧と箒が、槌と箒がぶつかり合い、剣戟の音を散らす。
確かに、よくない。
だが、それを、ありとあらゆる手段で切り開くのが探求者としての矜持。
突破口はどこにでもあるものだ。
蒼白の表情で息をしているあまり調子がよくなさそうなエティに命令を出す。
「そうだね……エティ、『分砕解体』だ」
「な……そんな……スキル、魔力、足りないのです……」
僕の言葉にエティが一瞬躊躇い、答える。
魔力が、足りない? 何故? どうして?
電信雷身を使って平然としているエティが、いかなる摂理で弱音を吐くというのか。
エティの全身は疲労し、その相貌には確かに魔力欠乏の症状が出ている。
が、くだらないスキルを連続で使っていざという時に魔力が足りない?
否、断じて否。それは許される事ではない。
膝を落としてエティと視線をあわせ、碧眼を見つめる。
駄目なスレイブを説得するように。
「ソウル・シスター……?」
「む、無理、絶対、無理なのです……」
首を横に振って否定する。
僕は仕方なくエティの両肩を掴み、動きを止める。
エティが引きつった顔で僕を睨みつけた。
「無理なものは……無理ーー」
「なんだっけ、エティ? 今日だけは、僕のスレイブになってくれるんだっけ?」
「そ、そんな……あれは……違う……のです。ただ、元気付けようと思ってーー」
「エティ?」
肩に置いた手をずらし、頬に触れる。エティの体温は魔力の欠乏で酷く低下していた。
僕はその冷たい皮膚を愛おしく撫でる。
エティが戦慄く声で問い詰める。涙に濡れた憤慨の表情。
「そ、んな……フィル、見損なったのです! せっかく、気が合うと、思ってたのに……!」
「それは哀しいな、エティ。僕のエティ」
与える。与えるのだ。僕はなんとか口角を上げる。
世界は愛と誠意でできているのだ。でなければ、僕がここまで生き延びられるわけがない。
笑え。どんな時にも、笑顔で接せ。それこそが魔物使いの極意。
エティが僕の視線に負けたように頬をひきつらせた。やけくそで叫ぶ。
「な、わ、やれば、やればいいのです? やればいいのですね! ああ、もう!」
エティが文句を言いながら唇を一の字に占める。蒼白な肌はもはや青ざめるを通り越して死人のように透き通っていた。
そりゃそうだ。機械魔術師のスキルを僕に見せてくれ。
「死んだら何もかも終わりだからね」
「ぐぅ……一理、あるのです……フィルーー」
ぎりぎりと心中の何かを噛みしめるように、激情を押しとどめるように、エティが呻く。
そして顔を上げると、涙をぽろぽろこぼしながら、庇護欲をそそられる縋るような声を上げた。
「短い間でしたが、とっても楽しかったのです。私がこれで死んだら……灰は鉄に溶かして機械種の素材にして欲しいのです」
そんなまた大げさな。
僕はそれを笑顔で受けた。
「ああ、わかったよ。やれ」
「うっ……『分砕解体』!」
エティが覚悟を決めた非情の表情で、両手の平を地面につけた。
鉄色の術式光が大きく発光する。
手の平の接地面を基点に凄まじい勢いでクモの巣状の亀裂が奔った。
「!?」
その異様な光景に、アリスの表情が驚愕に染まる。
このスキルを知らないのか。あまりに、勉強不足だ。
上位のクラスのスキルは全て覚えておくように言ってあったはずなのに。
時間が経つに連れ、へまが目立っていく。
僕は自らの未熟さを見せられているかのようでもう何もかも投げ出して逃げたかった。
残りの魔力を絞り出し、弱々しい鼓動を残して気絶したエティをそっと抱き上げる。
こんな衰弱した状態で大技を使い切れるその能力の高さはもはや特筆すべくもない。
亀裂は一瞬で工場内の地面全体に広がり、百メートル以上離れている壁面を駆け巡り、そのまま天井まで広がった。
スキルによりバラバラにされたこぶし大の金属片が僕の頬を掠めて床に突き刺さる。
頑強極まりない分厚い金属で構成された天井は既に亀裂で覆い隠され、またひとつ、轟音と共に金属のブロックが降り注ぐ。
「な……に……これ!? くっ!」
アムが慌てて腰の剣で頭上に迫った塊を弾き返す。所詮はただの金属の塊だが、それなりの重量、位置エネルギーもあってその衝撃はまともに当たればただでは済まない。防御に秀でたランドならばまともに当っても無傷だろうが。
「なければ、状況が悪ければ、自ら切り開くんだよ。それが探求者だ」
「はぁぁぁぁ!? 状況を切り開く!?」
「そうさ、言っただろ?」
ナイトウォーカーは……太陽光に弱いと。
セーラが悲鳴を上げる。
降り注ぐ瓦礫はアリスのパラダイス・レインを遥かに超えた密度だ。
だがそれは決して魔物のように僕を狙ってこないし、速度もそれ程早くない。重量があるが故に僕では弾けないが避けるのは例え足場が瓦解し悪くても容易い。
意志のない瓦礫に潰される程甘い人生は歩んでいない。
視野は驚くほど広く、頭もクリアだ。
エティを抱きかかえたまま前に踏み出す。スキルによって分解破砕されたブロックが数センチの距離に突き刺さり破片が弾けた。
「フィルさんッ!?」
アムが宙に跳び、必死にブロックを迎撃する。
僕はアムが迎撃しきれなかったそれにだけ注意を払い、ステップを踏んだ。
前、後ろ、前、前、前、左、右。
金属片は身体を掠めることもなく次々と地面に突き刺さる。
四方八方から降り注ぐ金属片は、國道先輩の刃よりも遥かに遅い。おまけに、全てが一度に落ちてくるわけでもない。
何故、どうして、目で追える程度の意志なき攻撃を避けられない道理があるのか。
世界から地鳴りが鳴り響き、僅か十数秒で巨大な工場は完全に倒壊していた。
もはや遮るものは何もない。
「はぁはぁはぁはぁ……な、なんてことするのよッ! 馬鹿なの!?」
「さ、さすがにこれは……」
瓦礫を『透過』で乗り切ったセーラが抗議し、リンが引きつった顔で荒い息をつく。
僕と同じように、広谷が降り注ぐブロックの全てを払いのけたのだろう、ダメージはない。
「うおおおおおお!」
咆哮が響き、崩れ落ち積み上がった山を押しのけ、ガルドが立ち上がった。
擦過傷はそこかしこに見えるが、スキルを使用したのだろう、瓦礫に埋もれてさえ、ほぼ無傷だ。
珍しく青ざめた表情で僕に詰め寄る。
「お前、馬鹿かッ!?」
「馬鹿? いや、L級の依頼っていうのは……こういうもんだよ」
確かに事前に揃えるべき条件を揃えられなかったという意味では馬鹿なのかもしれないが。
「あ……ああ……」
アリスが跪く。その身に降り注ぐ太陽光。分砕解体のスキルにより太陽を覆っていた天井、柱を完膚なきまでにバラバラに解体されたこの場所で、もはや遮るものはもはや何もない。
その銀髪、手足、肌、全てに弱点である太陽の光を受け、大きく慟哭する。
その眼の色は力を失い、血のような赤から銀色に変色している。
アリスが縋るような表情で僕を見る。
ギルドの依頼とは詰将棋のようなものだ。事前に調査し、情報を得、完璧な戦術、場所、刻、コンディションを整えてようやくスタート地点。
「ご主人様……まさか、本当に……」
「弱くなったね……アリス。四年前の方がよほど強かった」
渇望が、殺意が、レイスをレイスたらしめる負の感情が今のアリスには全く足りていない。
たかが弱点を二つ突かれただけで戦意を失っている。
やはり僕の育て方は間違えていたのか。
「教えただろう、アリス。魔物使いと戦う時は……マスターを狙うんだよ」
マスターの方が弱いからね。そうでもなければ、これだけの人数差、真昼というシチュエーション、例えL級の魔物とは言え、敗北は覆せない。
「え……で、でもーー」
アリスが言いよどむ。
鞭をぎりぎりと引き締める。
言いたいことは分かっている。でも、安心するといい。
僕は初めて自身の事について語った。
「その感情は作られたものだよ。プライマリー・ヒューマンの種族スキル、『嫌悪値増加抑制』の影響に過ぎない」
「え……」
「知っていれば、突破できるはずだ。理屈で考えれば所詮は感情の問題。君に突破できないわけがないだろ?」
それこそがありとあらゆるG級種族と比較しても、最弱のプライマリー・ヒューマンが未だ絶滅していない理由の一つ。
プライマリー・ヒューマンは……狙われにくいのだ。その弱さ故に。
が、それはただ単純に狙われ『にくい』というだけの話。意志さえあればそんなものはどうとでもなる。蟻やオプティ・フロッガーが僕を狙ったことを考えれば明らかなことだった。
「ち、違うっ!」
アリスが必死な表情でふらふらと立ち上がる。例え太陽光の下であっても、その能力は僕と比較すれば絶望的なまでに高い。性能は下がるが『生命操作』も使えなくなるわけではない。
だが、その眼には何の戦意もなかった。そんなんじゃ、そんな意志じゃ、蟻すら殺せない。
睨みつけると、おずおずと申し訳程度に腕を僕に向けた。
「『螺旋の終焉』」
スキルと同時に、僕にかかっていた『祝福』のスキルがはじけ飛ぶ。
同時に、僕の堪忍袋の緒もはじけ飛んだ。
「なるほど……解呪師の上級スキル……それで魂の契約を断ち切ったのか……よく考えたね」
なるほど、知らなかった。
いや、そもそもその使い方は想定外だ。解呪師のスキルは付与や呪いを解除するためのものであって、魂の契約や契約を断ち切るような使い方は普通しない。そもそも、魂の契約は信頼を基盤にしているのでそれが揺らいだ瞬間に双方の同意を持って解除するのが一般的だ。わざわざ外から壊す意味がない。
魔物使いについて調べつくした僕でも知らないという事は、おそらく魂の契約に対して使用したのはアリスが初めてだろう。
だが、そんな事はどうでもいい。静かな口調を心がけつつ、問い詰める。
「でも、ねぇアリス? いつ、僕は君に、解呪師のクラスを得るよう指示を出した?」
「ひっ!?」
おかしいなあ。いくら記憶を探ってもどこにもそんな覚えがないんだが。
しかも『螺旋の終焉』のスキルは解呪師のスキルの中でも最も上級に位置するスキルだ。いくらアリスに才能があっても、解呪師のクラスを得て一朝一夕で身につくようなスキルじゃない。
「一年……いや、最低でも二年はかかるはずだ……アリス。君はいつから僕を裏切ろうと考えていたんだい?」
「や……違……」
「確かに空間魔術師のクラスの取得は僕が指示を出した。だから転移魔法については使えてもおかしくない。だけど、解呪師のクラスを取得しろなんて言った覚えはないよ?」
機械種を除いた各種族は、クラスという名の運命を受け入れる枠をその魂に持っている。
僕なら一つ、ランクの高い種族であるアリスならば五つ。その枠内で一定の条件は満たす必要があるが、基本的には好みでクラスを取得する事ができる。クラスを得ればそのクラスが使えるスキルを使用できるようになる。戦場にいる事が多い探求者にとってどのクラスを得るかは非常に重要なファクターだ。
決してくだらない理由で消費していいものではない。
「あ……いや……」
「いや、誤解しないでほしいんだけど。僕は別に、勝手にクラスを得た事を怒っているわけじゃない。それを隠したことについてただショックを受けているんだよ。仮にもマスターの僕にそんな重要な要素を黙っているなんて水くさいとは思わないかい?」
ショックだ。そう、ただショックを受けているだけだ。
決して怒ってなんかいない。煮えたぎるような得も知れぬ感情が僕の全身に渦巻いていた。
もう一度言うが、この感情を表現する言葉を僕は持っていない。
「怒って……る」
「怒ってねーよ!!」
鞭をアリスに叩きつける。
避けられるはずのそれをアリスは腕でかばって耐えた。その挙動が更に癇に障る。
さらなる激情を何とか耐える。自身に言い聞かせる。
このままでは……処分してしまいそうだ。それはあまりに惜しい。
「いや、落ち着け。フィル・ガーデン。大丈夫、もともと裏切りを受けた事実は変わらないんだ。最低最悪の禁忌を犯した事実は変わらないんだ。今更一個や二個汚点が増えた所で、特に何とも思う必要はない。フィル・ガーデン。落ち着け、フィル・ガーデン。あのアリスが犯したと思うから悪いんだ。そうだ、アムが犯したと思うんだ。アムだ。アム・ナイトメアだ。それなら……アムなら……しょうがない」
「ひっどい……フィルさんの私の評価、絶対におかしいです……」
おかしくない。おかしくないよ。
そうだ、まだ契約して十日のアムならば、仕方ない。大きな失敗もまだ許せる。
もっと心を広く持つんだ。視野を広く持つんだ。寛容になれ。
考えようによってはこれは、アリスを理解するいい機会じゃないか。
……ああ、ストレスで頭と胃が痛い。
「……アリス、もう一度僕のスレイブになる気はある? いや、違うな……」
いや、このまま置いておいては……僕の沽券に関わる。
これは、僕の試練だ。今まで受けたありとあらゆる依頼を遥かに超える試練。
もっと高く、何より至高に翔べ。
それこそが僕の選んだ在り方。
「アリス、もう一度僕と共にこい。錆びついたその弱さ、根性、また一から叩き直してやる」
もう悪夢は終わりだ。
僕の言葉に、アリスは涙にぐちゃぐちゃになった顔で小さく頷いた。




