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Tamer's Mythology  作者: 槻影
第一部:Tamer's Mythology

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第三十九話:もう永遠に無理です

 空は曇天だった。分厚い雲が太陽を遮り、世界を薄暗く照らしている。

 まるで僕の心の中を示すかのように。


 アネットさんに挨拶をして外に出る。

 珍しい事に、アムもリンも、僕が朝起きた時には既にどこにも居なかった。まぁ、アムは事前準備があるとか言っていたし、リンにも探求者としての仕事がある。そういうこともあるだろう。


 待ち合わせの時間にはまだ若干の余裕がある。さて、どうしようか……


 何もやることがない、となると足は自然にギルドに向かう。僕も探求者だということだろうか。

 そこかしこでここ一週間で知り合った友人達が声をかけてきたので、挨拶をしながらギルドの扉を潜った。今思うと、一人でここに入るのも随分と久しぶりだ。 


 依頼受け付けのカウンターを見るが、珍しい事に……本当に珍しい事に、小夜も白夜もいなかった。

 適当なカウンターで依頼を物色するのも悪くないが、それでは時間に間に合わないかもしれない。


 仕方ないので、ギルドショップを適当に覗く。アムが剣をダンジョンに落としてきてしまったので、金銭的な余裕はほとんどない。

 たまに珍しいものを入荷しているのだが、どうやら今日は特に何もないようだ。金がない状態で覗くショップ程つまらないものはない。


 何より、時間が半端に空いているのが悪かった。もっと時間があったら他にいくらでもできることはあるのに、待ち合わせまでの時間は長いとも短いとも言えない微妙な空白だ。

 僕は、特に理由もないのに自分が時間に遅れるのも我慢ならないし、時間に遅れてくる奴も大嫌いな質だった。


 仕方ないので、ギルドの鍛錬場を覗く。


 鍛錬場というのは、探求者向けにギルドが解放しているスペースで、一種の道場のような役目の場所を指す。探求者ならば誰でも使用することができ、主にスキルや魔術、戦闘技能などを確認する場所として機能している。

 探求者は基本的に実践が第一だが、武道の型やスキルを事前に試すのは重要なことだ。僕も学生時代にはよく篭っていたものだが、本職の探求者として魔物使いのクラスを得てからはほとんど行っていなかった。

 鍛錬場を覗くと、思った以上に人がいる。というよりも、スペースに比べて過剰に人が居た。

 板張りの広い空間には所狭しと人が並び、互いに組手やスキルの具合を確かめている。

 驚くべきことに、順番を待っているのか、入り口に並んでいる人すらいた。探求者の大多数は事前訓練にそれ程力を入れない傾向にあるのだが、いつ意趣替えしたんだろう。

 まぁ、いいことなんだろうけど。


 入り口付近で受け付けをやっていた機械種の職員に話しかける。


「え? 貸し切り?」


「はい。申し訳ございません。ただいま、大規模討伐依頼の事前準備のため、貸し切りになっております」


「へー……大規模討伐依頼かぁ。何狩るの? クラスはいくつ?」


「SSS級の依頼ですね。特殊大規模討伐依頼『灰王の零落』対象はSSS603型クイーンアントとそれに付き従う多数のモデルアント型機械種です。数はおよそ二千体以上と確認されております」


「二千体……アムじゃまだ無理だな……」


 大規模討伐とは、討伐対象の数が多い、特殊な討伐依頼である。

 普通の討伐依頼の場合、三体から多くとも二十体程度の討伐になるが、大規模討伐は文字通り数の桁が違う。当然だが二、三人のパーティで達成できるような依頼ではなく、複数のクランや複数のパーティが一時的に組んで依頼を受ける事が多い。なかなかのお祭り騒ぎになるが、集まった人員の数が足りない場合には逃げる余裕すらなく大体全滅してしまうので、リスクの高い依頼でもあった。


 数は力である。D級のアリをちょこちょこと倒すのとは格が違う、初めから群れた大群だ。


 二千体の機械種の群れとか……僕は絶対にまともに戦いたくないぞ!


 訓練場の中をよく、観察する。ちょこちょこ強そうな探求者はいるが、何しろ数が圧倒的に足りないし、そもそも機械種の群れを相手にするなら絶対に欲しい精霊魔術師(エレメンタラー)機械魔術師(メカニック)のクラスらしき人がほとんどいない。


「てか、この数じゃ二千体は厳しいと思うけど……」


「はい、この依頼は近隣の街でも同時に張り出しております。大規模な討伐隊を組む予定です」


 大規模討伐か。

 うまくいくかどうかは別として、一度は大規模討伐も体験させたほうがアムのためになるかもしれないな。


「なるほどねえ……参加するには窓口で頼めばいいの?」


「はい。依頼を受領できる最低ランクはBランクになります」


「分かった。また来るよ……」


 ふと、訓練をしている中に明けの戦鎚のメンバーを見つけた。ランドさんかガルドか、あるいはセーラがいないか探して見たが、姿は見えなかった。


 なんか今日は……間を外しているような気がする。そう、間だ。運命に見放されているかのような間。

 そう考えると、子供っぽいかも知れないが、なんかしゃにむに運命に抗いたくなってきた。


 偶然会えないなら……そう、こちらから会いに行けばいいのだ。


 昨日の今日だが、エティに会いに行こう。


 住所の紙はもうアムに渡してしまったが、場所はしっかり脳に刻みつけている。

 街の中心にある借家だ。機械魔術師の研究の場……パーソナルスペースである工場(ファクトリー)も兼ねて借りているらしい。この街には来たばかりだって言っていたのに豪勢なものだった。

 僕も是非あやかりたい。


 十日間で街のマップは完全に頭に入っていた。


 迷うことなく歩みを進め、一件の豪勢な屋敷の前に立ち止まる。サイズが、定食屋を兼ねた小さな歯車亭の倍くらいある。さすがに機械魔術師(メカニック)は儲かってんなあ


 門の中から遠慮なく入る。


 えっと……これ、玄関はどこだ?

 まさかこの縦三メートルはありそうな巨大な扉か?

 機械種を入れるのにこれくらいの大きさがいるのか? 機械種の魔物が少ない王国と違って、機械種の国のメカニックだ。そういうこともあるかもしれない。


 扉の横にあるベルを鳴らす。

 ベルの横のスピーカーからすぐに返答が返ってきた。


「はい。エトランジュです。残念ながらこれから私は大事な大事な用事があるのですよ」


 用事……?

 ……どうも、本当に間が悪いな。僕の方は特に用が会ったわけじゃない。ただ、運命に抗いたくなっただけだ。

 今回は引くべきだろう。こんなくだらない理由で時間をかけさせるのも申し訳ない。


「どなたなのですか?」


 一応名前だけ言っておくか……忙しい所、悪いけど。


「僕だよ、フィル・ガーデンだ」


「え? フィル? スレイブの次はマスターが来たですか? やれやれ、そんなに心配しなくてもちゃんと行くのですよー……」


 だが、返ってきたのは、想定外の台詞だった。


 スレイブの次はマスターが来た?

 ちゃんと行く?


 話が噛み合っていない。僕の前にアムがここにきたのか? まさか、僕から連絡先を受け取ったのはこのために?


 程なくして、エティが扉を開けて出てきた。エティの身長は小さいが、機械魔術師はパッシブで筋力にプラス補正がかかるクラスでもある。

 やすやすと巨大な扉を開けて出てきたエティは、この前の私服とは違って、全身をびしっと黒色のごつい軍服のようなデザインで統一している。腰には僕が以前購入した汎用のものとは異なる、特化型の分解ペンと構築ペンが雑然と差さっていた。

 その服装は、プライマリーヒューマンと比較すると明らかに低いその身長に奇妙にマッチしていた。

 だが、その服装が決してデザインだけでないことを僕は知っている。その兵装には凄い見覚えがあった。最も知っているだけで実際に見るのは初めてだが。


 服装を見られている事に気づいたのか、エティが照れるようにはにかんだ。


「えへへ、戦闘服なのです。似合うですか? ソウル・ブラザー」


「ああ、似合ってるよ……L305特殊対魔装甲服『機神』か……一体、何と戦いに行くんだよ……」


 それは、一着で目の玉が十回くらい飛び出るような値段がする機械魔学兵装の最先端だ。

 僕は、くるりとその場で見せびらかすように回転して笑みを浮かべるエティに若干引き気味だった。勿論、実際の表情にそれは出さない。


 が、このエティが来ている兵装は並の機動鎧よりも遥かに防御力が高い上に属性抵抗まで完全に付いている、今現段階でこの世に出回っている世界最強の鎧だ。当然だが値段も桁外れに高い。

 ハイエンド品ということで、境界船のチケットを四、五枚買ってもお釣りが来るような馬鹿げた値段がする。

 もう一度言うが、一枚三十億という船のチケットを四、五枚買ってもお釣りが来るような馬鹿げた値段がする。


 うわぁ……


 僕の冒険は、ここで終わってしまうんじゃなかろうか?


 エティへの評価を一段階上に上げる。この子、どうしてまだSS級なんだ。

 ……てか、本当に何と戦いに行くつもりなんだよぉ……


「一番強い装備してこいって言われたからこれにしたのです」


「……竜とでも戦いに行くつもり?」


「竜よりも強いっていってたのですよ……何が出てくるのかとっても楽しみなのです」


「そ、そう……」


 エティがにっこり微笑んだ。僕にはそれが死神の微笑みに見えた。


 魔物使い(テイマー)機械魔術師(メカニック)の違いは簡単だ。

 まず、魔物使いはありとあらゆる種族をスレイブにできるが、機械魔術師は機械種しかスレイブにできない。

 そして、魔物使いはスレイブがいないと何もできないが、機械魔術師はスレイブが居なくてもめちゃくちゃに強いのだ。

 クラスランクで言うと、機械魔術師のランクはS級なのだ。S級とか頭おかしい。聖騎士とか、騎士の上級職クラスとためをはれるレベルである。下位クラスなのに、だ。


 エティのその驚愕の言葉に僕の頭の中はもうしっちゃかめっちゃかだった。

 それはまさに僕の最悪の想定を遥かに上回っているといっていい。


 あああああああああああああああああああああああああああ!


 事前準備! 僕に事前準備させろあむううううううううううううう!


 いい、竜でも魔王でも何を呼んできてもいいから。僕にせめて情報をくれ。決定権をくれよおおおおおおおお!


 エティがそんな内心で乱れまくっている僕の手首に指を当てる。


「フィル、バイタルが乱れているのです。大丈夫、心配しなくても私が全部片付けてあげるのですよ」


 とても頼もしい言葉だったが、僕が気にしているのはそういうことではない。

 僕は、未知の化け物と戦うという、その事実それ自体を、憂慮しているのだ!

 怖いわけではない。決して怖いわけではないが、これは探求者として、当たり前の配慮だ!

 だってほら、機神を着ているエティは大丈夫かもしれないけど、僕は竜のブレスの余波で死ぬよ? そりゃ気にするよね?


 エティがそんな僕を不憫なものでも見るかのような目で見つめ、ゆっくりと言った。


「フィル、フィルの心配はわかるのです。フィルのその軽装、その底辺なステータスでは竜のブレスの余波を受けただけで燃え尽きるとか考えているのですよね?」


 なんという驚異的な洞察力か。表情には出していないはずなのに、エティは僕の考えている事をぴたりと当てる。これが機械魔術師の実力なのか……!?


「ならば、考えるといいのです。一撃受ければ死ぬのはいつもと同じはずなのです。いつもと何が違うのですか?」


 パニックになっている僕にエティがゆっくりと問いかける。


 いつもと違う点……?

 混乱する。思考のまとまらない頭の中で考える。


「スレイブが……いない……」


 そうだ、今僕の隣にはスレイブがいない。

 いつだって、側に居たはずの僕の剣と盾が。


 エティがそれを聞いて、慈愛に満ちた表情でゆっくりと僕の右手を取った。

 体温が伝わってくる。


「ならば、そんな事が原因なのならば、そんな下らない事が原因なのならば……特別に今日だけ、この私を、このエトランジュ・セントラルドールを……貴方のスレイブだと思ってもらってもいいのですよ。ソウル・ブラザー」


 僕の右手の甲に、エティがゆっくりと口づけをした。

 まるで王に傅く騎士のように、その接吻は尊いもので、接触と同時に僕の頭から、混乱が霧が引くように去っていく。

 心臓の鼓動が引いていく。


 そうだ、フィル・ガーデン。

 お前の弱さは、そういう弱さではなかったはずだ。

 目の前にかかっていたフィルターが一枚取れ、鮮やかな世界が目の前に入ってくる。視野が広くなったようにすら感じた。


「……エティ、ありがとう……落ち着いたよ」


「ふふ、『再起動(リ・スタート)』のスキルなのです。キスは……おまけなのですよ……図鑑のお礼なのです」


 エティが太陽のような笑みを浮かべて僕を見上げた。

 ああ、なんと感謝して足りないのだろうか。持つべきものは……機械魔術師(メカニック)のソウル・シスターだ。


「……図鑑を見ただけでキスしてもらえるならいくらでも見せてあげようかな……」


「機会が来たらいくらでもしてあげるのです。でも、機会は当分こないのですよ?」


 そうだ。エティの言う事は正しい。

 僕は大きく首肯した。


「……ああ、そうだね。実を言うと僕は……剣術にも槍術にも弓術にも刀術にも柔術にも体術にも、ちょっとばかり自信があるんだよ」


 免許皆伝だからね。

 鍛錬は、努力は……人を裏切らない。多分。きっと、裏切らなかったらいいなぁ。


「なら、もう(スレイブ)はいらないのです?」


 うっ……凄く欲しい。そりゃ凄く欲しいさ。

 だが残念ながら、それは無理ってもんだ。

 僕は首を横に振った。


「とても残念だけど……僕にはもうスレイブがいるからね。駄目な子だけど」


 駄目な僕には相応しい。


「一理あるのです」


 間髪入れずに、エティが答えた。何を考えているのか、満面の笑みだった。


 後、機械魔術師に契約魔法は効かないんだよね。パッシブスキルに契約耐性のスキルがあるから。

 世の中、そうそううまくは行かないものなのだ。


 エティが、震えが消え去った僕に何気なく言った。


「さ、フィル。私に掴まるのです。待ち合わせの場所まで飛ばしてあげるのです」


 機械魔術師のスキルは他のクラスと比較して酷く汎用性に優れている。


「……機械魔術師って本当に人生楽勝だよなあ……」


「ぼやくのは格好悪いのです。大体、この私が手伝ってあげるなんて滅多に無いことなのです。スレイブさん、に感謝するといいのですよ。泣いて頭を下げてきたから手伝ってあげるのです」


 エティの手の平を握る。

 世の中は不公平である。僕は、実妹ではないとはいえ、妹よりも弱いのか……


 僕の全魔力よりも遥かに多い魔力がエティの言葉と同時にスキルを発現した。

 自信満々に陽気な声で告げるスキルの名に、僕は一瞬思考が止まった。


「『電信雷身(アクティブ・パルス)』なのです!」


「はぁ!? ちょーー」


 一瞬で視界が移り変わった。

 街の外、門の前だ。余裕を持って待っていたのか、街の門に背を預けて立っていたアムが突然現れた僕とエティの姿を呆然とした表情で見ていた。

 だが、僕の内心はそれ以上に呆然としていたと言えよう。


 エティを見る。僕は正直、ポーカーフェイスに自信はあるが、今この場でそれを貫き通せているのか自信がない。

 僕は先ほど上げたばかりのエティの評価をもう二段階ばかり上げた。


 こいつ……ただの機械魔術師(メカニック)じゃない……

 機械魔術師(メカニック)の上位クラスだ。


 もう何で本当にこんな化け物がまだSS級なんだよ。もっとちゃんと認定してよ、ギルド!

 もうやだ……


 今、エティは、平然と、僕というお荷物を背負った状態で、自身と僕の身体を『電気』に変えたのだ!


 なんという神業。そう、神業だ。

 それはまさしくSSS級の業だった。それもただのSSS級じゃない。ランキングの中でも中位以上は確実だ。


 僕は、今決めた。エティとは絶対に喧嘩しない。

 戦場でも別の場所でも、僕は絶対に戦いたくないぞ!


「フィル、怖い顔してるのです。もう一回『再起動』かけたほうがいいのですか?」 


「何で、『 電信雷身(アクティブ・パルス)』なんて使ったんだ……もっと簡単なのがあっただろ?」


「え? 地面が金属でできているから使いやすいのですよ? あ、『光信閃身(オプティカル・パルス)』の方が見たかったのですか? でもあれはちょっと魔力使うから今は駄目なのです。それに床が金属だし、このシチュエーションと距離だとアクティブ・パルスと時間はほとんど変わらないのです。フィルは我儘なのですよー」


 僕はエティを、僕が今まで出会った中でトップクラスのチートキャラに設定した。

 こいつ……加減をしらねえ。

 難易度が桁外れに高い機械魔術師(メカニック)の系統樹のスキルを全てマスターしていても不思議じゃないぞ……こいつ。


 戦慄する。南のメカニックは皆こんな化け物なのか!?

 なんとか、声を出す。


「いや、もっとこう、穏便なのがあるじゃん? 『巡回機構ウォーキング・ドライブ』とか」


「地上は嫌いなのです……それにあれ、遅いのです……」


「もっと簡単なの……もっと安全なの……」


 ぶつぶつ呟く僕に、エティがにっこり笑って僕を見上げた。


機械魔術師(メカニック)のスキルツリーを知ってるなんてマニアックなのです。さすがなのです」


「……あ、はい」


 さすがとか言われても、もう僕は何も返す事ができなかった。

 あ、はい。エティさん、さすがです。


 ……だが……ふむ。


「……後でスキル全部見せてもらっていい?」


「全部? 全部とか無理なのです。ただ、見たいのがあるならリクエストに応えてあげるのですよー」


「ありがとう。エティはやっぱり、ソウル・シスターだ!」


 やばい。機械魔術師(メカニック)のスキルが見放題とか鼻血が出る。


「……馬鹿な事行ってないでさっさと行きますよ……あ、エトランジュさん! 来てくれたのはありがたいのですが……何でそんな防御力低そうな格好できたんですか!」


 アムがエティの一件薄そうに見える格好を見てつっこんだ。

 結局アムは思わせぶりな仕草をしても、アムってことか。


 エティがやんわりと答える。


「スレイブさん、こう見えてもこれよりも硬い格好はこの世にそうそう存在しないのですよ……。集約された竜の息吹(ドラゴン・ブレス)ですら防ぎきるのですよ」


「え? そ、そうなんですか……?」


 アムがこちらをおずおずと見てくる。僕は可哀想なアムに頷いてやった。


「ま、まぁ、それならいいんです。エトランジュさん、いきなり頼んだのに来てくれてありがとうございます」


「いやいや、スレイブさんにあそこまで頼まれちゃ仕方ないのですよー。どうせまだ時間はあったし、大船に乗った気分でいるのです」


 アムが先に歩き、郊外に出て行く。ひたすら続く平野に、機械種の残骸は、奇しくもサファリの上から見下ろしたあの光景そのものだった。


 一体アムは何を頼んだのか。そういう頼み方をしたのか、何をしようとしているのか。

 僕は久しぶりに状況がさっぱりわからなかった。

 シィラの秘密を話してくれる約束だったのに、何でエティが必要なんだ?

 そもそも、竜よりも強いものって、まさか……シィラをここに呼び出すつもりなのか?


 いやいやいや、そんなものは絶対に不可能だ。どれだけ距離があるというのだ。

 だが転移ではなく……そう、召喚(サモン)ならあるいは……?


 しかし、既知ならともかくまだ合ったこともない特定の個体を呼び出す召喚など聞いたことがない。やはり、僕の今までの経験と照らして言わせてもらっても、それは常識の範疇外だった。

 逆に言うならば、これからアムの話す事は常識の壁を突破するような恐るべき内容である可能性が高い。いや、肩透かしである可能性もあるけど。


 アムが僕達を連れてきたのは、一つの工場の中だった。もっとも、めぼしい機材はほとんど持ち去られ、存在しているのは巨大な空洞だった。四方数百メートルはある箱だ。


 そして、そこで待っていた顔ぶれを見て、僕は思わず眼を見開いた。


 連れて来られた先にいたのは、錚々たる顔ぶれだった。

 まさに、僕がレイブンシティに来てからの十日あまりがそこに詰まっているといってもいい。



「おう、フィル。久しぶりだな。元気か?」


「フィルさん、久しぶり」


「……助けに来てあげたわ。絶対にお礼はしてもらうんだからッ!」



「ん? え? ランドさんに、ガルドにセーラまで……何でここに?」


 ガルドを初め、ランドさん、セーラの『明けの戦鎚』の主要メンバー



「フィルさん、お久しぶりです」


「……やれやれ、こんな茶番に付き合うなんて、使用料金は多めに徴収しますから、さっさと終わらせてくださいね」


「ふむ、アムが面白そうなことをやると聞いてな……」


「小夜に白夜……サファリまで、一体どうしたのさ?」


 小夜、白夜、サファリの『ギルド』に所属する職員メンバー




「フィルさんの手伝いができるなんて光栄です」


「やれやれ、まぁ一応借りもあるからなあ……」



「手伝い……? 一体何を聞いて集まって来たんだ? 僕はただ話を聞くだけって聞いてるんだけど……」


 リンと広谷の魔物使いとマスターとスレイブのコンビ




「これが私の、ベストメンバーです。事前準備ばっちりです。どうですか、フィルさん?」


「私がいるだけで竜が来ても楽勝なのですよ!」


「いや、本当にエティがいるだけで、大体は問題なしだよね?」


 そして最後に、アムとエティの、駄スレイブとチートメカニックのコンビ。



 僕は思わず辺りを何度も見渡す。

 怒っている顔、笑っている顔、悲しんでいる顔。まるで夢でも観ているかのようだ。

 奇しくも、僕が今日散々探して結局見つからなかったメンバーがそこには出揃っていた。

 そうか……僕と彼らを阻んでいた運命ってのは……アムだったのか……


「え? 今日、僕の誕生日だったっけ?」


「……そんなわけないです……」


「だよねえ。僕の誕生日は一週間前だし」


「えええ!?」


 アムが唖然とした表情で僕を見た。

 そうそう、その顔その顔。アムにはその顔が似合ってるよ?


「……それ、本当ですか?」


「あはははは。本当だよ」


 本当だ。何の嘘も冗談もない。

 何かが起こりそうな予感に、僕は高揚していた。


 ああ、この地に飛ばされてよかった。

 と、一瞬でも思える程に、僕の好奇心は今、満たされている。


 アム、アム、僕は君をスレイブに選んで……本当によかったよ。


 感動のあまりに、自然と眼から涙が出てきた。

 ボロボロ泣きながら、僕はアムにはっきりと宣言した。


「だって僕の計画では、二十三歳の誕生日に――L級探求者に昇格する予定だったんだからね」


 求められるギルドポイントは残りおよそ二十二億五千万ポイント。

 シィラ討伐を達成し、報酬のポイントである九十五億ポイントを手に入れていたならば、晴れて数多のSSS級探求者を抜き、L級探求者に昇格できていた、はずだった。


 何故僕は負けたのか、今この瞬間でも、さっぱり分かっていない。そしてそれを、僕のスレイブが解ったという。どれだけマスター冥利に尽きる事か。この場にいる誰にもわからないだろう。


 そして、騒然とする周囲の中、アムがゆっくりと笑顔でその『運命の言葉(じょうだん)』を口にした。





「でも、それはもう永遠に無理です。だって――フィルさんは既に死んでいますから」


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嘆きの亡霊は引退したい。

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