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Tamer's Mythology  作者: 槻影
第一部:Tamer's Mythology

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第三十八話:今日は変な夜だな

 ソウル・シスターとたっぷり語り合って宿に帰った時には、既に日が暮れていた。

 今日は時間がなかったが、巨機兵型の機械種については、また今度見せてくれる約束をしてくれた。しっかり連絡先ももらっている。

 巨機兵型……この眼でみたことがないので、とても楽しみだ。


「ただいまー」


 久しぶりの休暇にストレスも完全に溶け、すっきりした気分で扉を開けると、アムがやけに神妙な面持ちで待っていた。

 それは儚げで、今まで見たことがない大人びた表情だった。


 この手の表情にはいい思い出がない。それはなんと形容したものだろうか、そう、僕自身馬鹿なことを言っていると思うが、まるで……アリスが僕に別れを告げた時のような表情だった。


 いくらオフとは言え、放って置き過ぎたかな?


 気分もいいし、ちょっとメンタルケアでもするか。

 荷物を置き、ちょいちょいと手招きする。


「アム、おいで」


「……」


 だが、アムは何を機嫌を損ねているのか、そっぽを向く。

 その瞬間、僕の本能に警鐘がなり響く。


 これは……まずい。何がまずいのかは分からないが、非常にまずい。何がまずいって何がまずいのかわからないのがまずい。


 なるべく優しい声色を作り、こちらからアムの方に歩み寄る。

 頭に手を伸ばそうとすると、いきなりそれを払われた。

 それは極軽くだったが、初めての挙動に一瞬意識に空白ができる。


「!? アム、どうしたんだ?」


「触らないでください」


「どうしたのさ? そんな機嫌を損ねて」


 心の中の動揺は表に出さない。

 信頼が下がっている? いや、下がってはいないはずだ。

 少なくとも決定的ではないはずだ。何故なら、決定的に下がったのならば、アムは僕の目の前に居ないはずだからだ。

 アムの性格は大体読みきっていたと思っていたのだが、これは一体どういうことだ?


 だめだ、落ち着け。フィル・ガーデン。

 動揺を悟られてはならない。アムも身体はともかく、ここ最近は成長期だし、そういうこともあるだろう。


「フィルさん、以前、私言ったじゃないですか?」


「ん? 何を?」


 唐突にアムが話し始める。

 とりあえずはコミュニケーションを取りながらアムの感情の変化を読み取ることにするか。

 アムの真正面に腰をかけた。じっとアムの眼を真正面から見る。


「シィラの秘密がわかったかもしれないって」


「……ああ、言ってたね」


 つい数日前の事を思い出す。

 シィラとの激戦を話してやったら、唐突にアムが言ったその言葉は僕の中で鮮明に残っていた。

 もう随分昔の事のような気がした。此処しばらくは本当にゴタゴタしていて、まるで飛ぶように一日一日が過ぎ去っていったからな。

 多分明日からも同じように過ぎ去っていくはずだ。アムも強くなったとは言え、本格的に成長させるには後一ヶ月はかかる。

 まぁ、週一の休みは外せないけどね。


 アムが目を伏せて続きを言う。


「あれ、もう話してあげてもいいです。一個だけ頼みを聞いてくれたら」


「え? アムがS級相当になるまで話さないんじゃなかったの?」


 確かにアムは強くなったが、A級のオプティ・フロッガーに勝てないようじゃS級相当の道はまだまだ険しいと言わざるをえない。そう易易となれるほどその地位は甘くない。


 だが、アムの眼には確固とした覚悟があった。心臓の音が強くなる。

 強い意志を秘めた瞳は寒気がするほど美しい。


「もういいんです……状況が変わりました。ただ、一個だけお願いがあります」


「……言ってみなよ。大抵の事だったら聞くよ?」


「はい……」


 アムが一度大きく深呼吸をした。

 ゆっくりと眼を開ける。瞳孔の大きさと魂質の深さから、気が立っている事がわかる。


 が、僕にはどうしようもない。

 アムの覚悟に、ただの臨時マスターである僕が踏み入る権利はなかった。

 アムがゆっくりと口を開く。その言葉は、僕にとってまったく想定外のものだった。


「エティさんの……連絡先がほしいです」


 何故? どうして?


 何故? 何故、アムがエティの連絡先を欲するのか? 今日手も足も出ずにぼこぼこにやられたのに。

 どうして? どうして、僕がエティの連絡先をもらってきたとわかったのか?

 頭の中を疑問が渦巻くが、いいだろう。どうせ中身は既に暗記してある。

 何も言わずにエティにもらったメモを渡した。


「……ほら、あげるよ」


「ありがとうございます……何も聞かないんですね」


「聞く必要がないからね」


 そして同時に、聞く意味もない。アムの思考は……アムのものだ。

 アムはゆっくりとそのメモの内容を読み取ると、大切にポケットに仕舞った。


「さ、教えてくれるんだろ? 教えてもらおうか」


「ええ……ただ、今は駄目です」


 また今は駄目、か。

 その台詞は数日前にも聞いた台詞だ。何だ。鍵は何なんだ?

 考えるが、解決に至るような糸口は何一つ見つからない。シィラに敗れてからずっと。

 アムがゆっくりと声を出す。


「そうですね……明日のお昼頃でどうですか? お昼の十二時、ここだとちょっと狭いのでもっと広い所で……」


「広い所? 会話するだけなのに、広さが関係するのか?」


「ええ、念のため、ですけど。ほら、フィルさんもよく言ってるじゃないですか。事前準備が大事だって。時間、コンディション、場所、でしょ?」


 それは確かに僕が口を酸っぱくして教えた事だ。

 きちんとアムの力になっているようで何より、だが、どこか不安になってくる。


「広い場所か……ギルドの鍛錬場とか……いや、郊外に出るか……」


「街の外の方がいいかもしれないです」


 とのことなので、待ち合わせの場所を決める。

 レイブンシティの外はどこまでも広がる荒野なので土地はいくらでもあるし、街の近くは敵性の機械種もほとんど出ない。

 レイブンシティの門の側で待ち合わせる事に決める。そこから一緒に歩いて行けばいいだろう。


「他に何か必要事項はあるか?」


「いえ、これくらいです。準備は……私がやっておくので……」


 アムが、準備を、やる?

 全くイメージのわかないその単語を、僕は笑い飛ばせなかった。いよいよ何かが変だ。


 ……何か悪いものでも食べたのかな?


 だが、同時に不謹慎にもワクワクする。

 アムのその眼は、その憂いを秘めた表情は、つい今朝のアムからは想像がつかないくらいに色っぽい。

 何を考えているのか、否でも応でも剥ぎ取り晒したくなる。

 アムが唐突に話を振ってくる。


「ねぇ、フィルさん。私達が会ってからもう十日も経つんですよ?」


「ああ、そうだね。早いもんだよ」


「早いですよね……初めはGランクからだったのに、たった十日でAランクまで上がったし……」


「あのスキル一つ使えずダメダメだったアムが、よく成長したよ。偉い偉い」


 アムの頭を撫でようとするが、アムは悲しそうな目をしてそれを避ける。


 ああああ、頭撫でてええええ!


 僕は魔物使いとして、褒めてあげるスレイブが居ないと凄い居心地が悪くなる質なのだ。

 ただ、本人が嫌がっているので僕の信条としては撫でるわけにもいかない。

 恐ろしいジレンマだった。これがアムの……本領なのか……!? 僕は恐ろしい物を目覚めさせてしまったのかもしれない。


「フィルさんと出会って、小夜と友達になって、リンと仲直り出来て……明けの戦鎚の飲み会に突っ込んだりダンジョンでぼこぼこにされたり……人のマスターを取る酷いメカニックに手も足も出なかったりいろいろあったけど楽しかったです……」


「……最後のは今日の話だけどね」


 てか、ちょっと待てよ。楽しかったです?

 まるで今日でお別れのようなその言い方に、非常に嫌な予測が頭をよぎった。


 いや……アムがそう決めたのならば僕としては是非もない。


 思ったよりも早かったが、アムの意志で切り出してくるのはいいことだ。それだけ強固な意志を持っている、と言う事なのだから。

 じーんと瞼の裏が熱くなる。


「そういうことか……アム、今までありがとう。まぁ、僕は当分この街にいるから何かあったらきなよ。出来る限り助けになろう」


「? こちらこそありがとうございます?」


「さ、左手を出して。契約を解除するから……」


 僕が手を差し出すと、アムが目を見開いて僕を見て、慌てて首を横に振った。


「ち、違いますよ! そういう事じゃないです! な、何を勘違いしてるんですかッ!?」


「え? 契約を解除したいって話じゃないの?」


 物語の最終回みたいだったんだが。

 アムが必死になって首を横にぶんぶん振る。

 

「違います違います全然違いまーす! な、何で私が契約を自分から解除しないといけないんですか!」


「いや、そういう雰囲気だったからさ……」


 むしろそうじゃないのか?

 そっちの方がむしろ肩透かしだ。


「雰囲気で契約を解除してたまるもんですか……フィルさん、私はこう言いたかったんですよ」


 アムが目を瞑って、大きく深呼吸する。

 再び目を開ける。朧月のようなとても綺麗な金墨色の瞳が僕を見ていた。


「今まで私が貰った分を、少しでも明日、フィルさんにお返しします、って」


「あ、そう」


「あ! ひどい、そんな一言で済ませるんですか? 私、勇気出して言ったのに!」


「いや、だって……ねぇ?」


 何がつぼに入ったのか、アムがぷっと吹き出した。


「あははははは、フィルさん、酷い! 酷いですよッ! いくらなんでも! あ、そうって!」


 ひとしきり笑い転げるアムを見て思う。

 アムにあった陰りが見えない。もし、レイスの陰を払うランキングがあったら僕はトップに輝けるだろう。


 ……まぁ、これは多分僕の力じゃないかな。


 ひとしきり笑い終えると、アムが満面の笑みで言った。


「じゃー、フィルさん。明日は早いので今日は寝ることにします!」


「あ、僕も寝ようかな」


「……それがフィルさん、今日はなんかリンの部屋で寝たい気分なんですよ」


 珍しい事だった。やはり今日のアムは、ボタンを掛け違えたかのようにどこか不確かだ。

 まさかエティの奴、なんかスキルでアムの脳みそいじったんじゃないだろうな……いやいや、メカニックにそんなスキルがあるわけがーー


「……ああ、自由にするといいよ」


「ありがとうございます! おやすみなさい、フィルさん!」


「ああ、おやすみ」


 アムが軽快なステップで立ち上がり、二階への扉を開く。

 階段を上る寸前に、アムは一度こちらに振り返って言った。


「あ、フィルさん。アシュリー・ブラウニーって知ってます?」


 それは、その時アムの口から出た名前は、本日最後の『想定外』だった。


「ああ。僕と魂の契約(アストラル・リンク)を結んでたスレイブの名前だよ」


 だが、間髪入れずに答える。もとより隠しているわけでもなく、隠す意味もない。

 いつもぽやーっとして、でもとびきり強力な力を持っていた少女の姿が脳裏に浮かぶ。

 しかし珍しい名前が出てきたな……友魔祭の映写結晶でも見たのかな?

 今は何故かリンクが切れてしまっているが、どうか僕が王国に帰るまで元気に過ごしていてもらいたいものだ。


「フィルさん……フィルさんの言動、ややこしすぎです……」


「え!? 何が!?」


「キーパーソンが最後の最後まで出てこないとか、物語失格ですよ!?」


 何の話だよ。

 アムは言いたいことを言い終えたのか、泣きそうな表情でもう一度『おやすみ』と言うと、足音高く登って行ってしまった。


 今日は変な夜だな。


 大体そもそも、論理的に考えて、この話を仮に一つの物語だとするとしても、アシュリーは全く無関係なはずだ。なんたって彼女はキーパーソンどころかーー



 ーーシィラ・ブラックロギアとの戦いについて来てさえいないのだから。

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嘆きの亡霊は引退したい。

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