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Tamer's Mythology  作者: 槻影
第一部:Tamer's Mythology

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37/121

第三十六話:世界最強の魔物使いは……

 咆哮の衝撃に結界が大きく撓む。余りの音量に観客が耳を塞いだ。だが、客席の興奮はそんな音程度で消え失せる程小さくない。

 むしろ、世界最強種である竜種の登場にその興奮は絶好調だった。目がぎらぎらと輝いているものが半数。もう半数はスレイブだろう、もう諦めたような眼で己のマスターを観ている。


「さぁ、現れしはアルド氏のスレイブにして至高の刃。前回同様、王者の威厳を携え登場です! このスレイブの威光を知らぬものは博識な魔物使いの皆様には居ないでしょう! 今年は第五試合で積年のライバルであるシェイド氏を破っております!」


「ファーフナーは代々竜使いの家系だニャー。誇り高き最強種、竜をスレイブにできるだけでなく、本来なら一代で途切れるはずの契約が受け継がれているニャー。間違いなく超一流の魔物使いニャー。ニャーもやりあいたく無いニャー」


 竜の背に立っていた人影が背を蹴って大きく飛び、十メートル以上上に設置されたマスター用の席に軽々と着地した。

 金色の西洋鎧、甲に身を包んだ騎士然とした男である。身長はおよそ二メートル。魔物使いのクラスにも関わらず、その背には同色のバスタードソードが携えられていた。

 紛れも無い英雄の姿に爆発するような歓声と喝采される拍手に、大きく人影が右手を上げて応えた。


「魔物使い、アルド・ファーフナー。超重量級の鎧に身を包み、動き回るその姿はまさに旋風の如し。その武力はスレイブなしでもSSS級ともっぱらの評判です。ギルドが名づけた二つ名が無尽の金鱗(ドラグ・ブライト)!」


「常識外ニャー。スレイブなしでもニャーはやりあいたくないニャー」


「……えっと、このよくわからない事をいっている猫は置いておいて、アルド氏にインタビューです!」


「行くニャー!」


 さすがにヴァイスもやる気が出たのか、カメラがマスターを捕らえる中、二人の少女が側に軽々と跳躍し、着地する。

 アルド・ファーフナーがゆっくりとその甲を外した。もとより、マスターは今回戦わない。重装備は不要だ。

 中から出てきたのは、金髪銀眼の美丈夫。ファーフナー家の嫡子。


 その御姿、その勇名、知らぬ者がいない、(ドラゴン)使いの竜人(ドラゴニア)


 世界最強の魔物使いの名は伊達ではない。スレイブに続き、マスターも魔物使いとしては珍しい高いランクを誇っていた。否、それだけの能力がなければ竜を制御することなど、不可能なのだろう。世界広しといえども、純竜と契約を交わせた魔物使いは片手の指で数えられる程しかいない。


 ヴァイスは前年も司会をやっていたので、実際に会うのは初めてではなかった。


「アルドさん、久しぶりニャー」


「ああ、お久しぶりです。今年もよろしくお願いします」


 丁寧な物腰に、線の細い相貌。アルドが柔らかな笑みを浮かべて、インタビューに応じる。

 魔物使いの名門の生まれとなれば、将来は自ずと決まっている。そのため、自ら進んでその道を目指した他の魔物使いと比べてアルドは常識ある者としても有名だった。同時に、その類まれな強さと同時にその儚げな造詣もあり、多くのファンをもっている。

 ノワールがヴァイスの言葉を引き継いで質問する。


「今年の友魔祭はどうですか?」


「はい、例年通り……いや、例年以上の熱気とレベルの高さですね。なんとかこの栄光ある決勝の場に立てて正直ほっとしています」


「主は些か闘志にかけるな」


 スレイブの竜が低い唸りを上げた。


「我がスレイブを務める限り、主に敗北は存在しない」


「ああ、わかっているよ。レン。今回はシェイドさんも倒せたし、コンディションも悪くない」


 アルドがレンと呼んだスレイブを宥める。

 竜が、その言葉に然とばかり頷いた。


「然様。主、今宵も我らの最強を証明しようぞ」


「ああ、勿論だ」


「闘志は十分、ですね! 今年の相手は例年では出場していなかった新鋭ですが、どうですか?」


「Bブロックは波乱だったニャー」


 ノワールが続けて尋ねる。

 友魔祭の出場メンバーは例年大体が決まっている。が、今年のBブロックの覇者は今回の大会が初出場だった。そして、初出場でありながらも数々の強敵を突破し、恐るべき胆力で一月という長く険しい戦いを勝ち抜いている。初めは無名だったその名は本人の宣伝活動もあって、もはや知らぬものはいない。


「確かに、強敵ではある。まだ若いし、新しい時代が追いついたということかな。だけど、まだ負けてあげるつもりはないよ?」


「手応えはどうかニャー?」


「相性は五分だし、種族ランクもこちらと比べたら向こうの方が遥かに低い。後は純粋な魔物使いの実力で勝負だね」


「ニャー。王者の余裕ニャー。是非いい試合を見せてほしいニャー」


 緊張もしていない、終始、非常にリラックスした物腰でアルドはインタビューを終えた。その眼に浮かんだ澄んだ水面のような色はアルドの精神に一片の乱れもないことを示している。


 再びカメラワークが切り替わり、会場全体を移す。

 ノワールが続くBブロックの覇者を呼んだ。


「さぁ、対する絶対王者への挑戦者。Bブロックの選手に登場していただきましょう! 友魔祭への出場は初で強豪を尽く倒し世界最強への切符を手に入れた魔物使いの麒麟児。身長百七十五センチ、体重六十五キロ。十八歳。魔物使い歴は四年。趣味はデータリングと図鑑観賞。詳しすぎる? いいえ、ご存知の方もいらっしゃると思いますがこのプロフィール、第一回戦で本人が発表したものです! グラエルグラベールのギルドで急速に名を上げている期待の新鋭魔物使い、フィル・ガーデンッッッ!!!」


 Bブロックの門が大きな音を立てて開く。

 観客が固唾を飲んで見守るが、足音一つ、気配一つそこにはなく、何も起こらない。


「あれ? フィル・ガーデンさん?」


「ノワール、そっちじゃないニャー」


「え?」


 ノワールが慌てて振り向く。カメラも大きく動き、司会席に注目した。


「……犬妖精(クー・シー)猫妖精(ケット・シー)……あー、やっぱり可愛い……。本性、本性が見たいぞ……」


 そこにいたのは中肉中背、黒髪の青年だった。


 アルドと対極的でその姿は軽装、鎧も無ければ外套すらない。

 まるで普段着であり、その身体からは魔道具の気配一つ感じず、剣は愚かナイフの一本すら身につけていない。

 アルドは線の細い儚げな美貌だったが、フィルも同じく儚げだった。その身に宿る力が、魔力が、この濃い空気の中で今にも解けて消えてしまいそうな程に脆弱で陽炎のように儚い。

 ぶつぶつ呟くその姿はまさに怪人物。ただその眼光だけがギラギラと異常に強烈な光、意志を灯している。


 ノワールが短い悲鳴を上げて一歩後ろに下がった。

 ヴァイスがそれを面白そうなものでも見るかのような眼で見ている。


「フィルは魔物使いっぽい魔物使いニャー」


「なな、何でこんな所にいるの!?」


「ニャーが連れてきたからニャー。さっきからずっといたニャー。開場前から入り口でニャー達を張ってたニャー」


「え……!?」


 ヴァイスが尻尾をひょこひょことフィルの目の前で揺らす。

 フィルの視線もそれに釣られて上下に揺れる。今にも飛びかかってしまいそうな程に。それは猫じゃらしを見る猫のような眼だった。

 高性能なマイクがフィルの呟きをクリアに捉えていた。


「誘われてる? いやいや、待て待て、フィル・ガーデン。落ち着くんだ。触りたい。凄い触りたいが、こんな衆人環境で女の子の尻尾に飛びついてみろ。ずっと変態の汚名を背負っていくつもりか? 落ち着くんだ、フィル・ガーデン。お前は未来ある若者だろ?」


「多分もう遅いニャー」


 フィルは内なる煩悩と戦うのに必死だった。

 いや、もう長いこと戦っているのだろう、その表情はまるで一戦した後のように鬼気迫っており、全力疾走した後のように全身から汗が噴き出している。


「ロワイヨムとケーニヒライヒといったらクー・シーとケット・シーの王の系譜じゃないか……王女様じゃないか、くっそ、ただのクー・シーとケット・シーでもこれが会える最後の機会になるかもしれないのに……王族とは完璧じゃないか……く、気になる……」


「何この人……」


 ノワールがげんなりとした表情で呟いた。変人ばかりの魔物使いの中でもこれほどの奇人は記憶にない。

 そしてそういう意味ではヴァイスの言うとおり、魔物使いとしてこれほど相応しい人物もまたいないだろう。

 汚いのだ。アルドとは異なり、その眼にあるのは淀みきった欲望であり、渇望であり、完全にその眼は獲物を狙う虎のソレだった。


「貴方、何でこんな人、司会席に連れてきたのよ!?」


「この人いい人ニャー。かつお節もらったニャー」


「かつお節……!?」


 この猫はそこまでだらしのない奴だったのか。それじゃまるで……ただの猫じゃないか。

 賄賂で容易く関係者以外立ち入り禁止の席に入れるなんて、ノワールからしてみれば正気の沙汰ではない。

 が、本人は尻尾でぴしぴしフィルの頭を叩いて遊んでいる。フィルがそれを血走った眼で見ていた。

 ノワールはヴァイスのその度胸が凄く羨ましくなった。


「ヴァイス、そろそろでてもらわないと……」


「そうだニャー……フィル、そろそろ出るニャー。優勝できるように頑張るニャー」


 ヴァイスの言葉に、フィルの瞳に僅かに理性が戻った。

 だが、その視線はまだ自分の頭に乗せられた尻尾を追ったままだ。

 マイクが拾う程の歯ぎしりをして、ようやく口を開いた。


「……いいだろう。勿論約束は守ってくれるんだろ?」


「約束は守るニャー。もし優勝できたら、勇者様をニャーの部屋に招待してやるニャー」


「……は!?」


 口から出てきた信じられないヴァイスの台詞に、一瞬ノワールの思考固まった。

 フィルが地獄の底から響き渡るような声で叫ぶ。


「……いいだろう……やってみせる。僕はやってみせるぞ。この千載一遇のチャンス、絶対にモノにしてみせる……竜だろうがなんだろうが、ダース単位で掛かってこい!」


「……き、気合は十分のようです!」


 カメラが再度ノワールに注目する中、なんとか、わななく声でノワールがやけくそ気味に叫ぶ。そのプロ根性は決してここに集まる精鋭魔物使い達に負けずとも劣らない。


 そして次の瞬間、フィルの身体が大きく浮き上がった。

 視線が注目する中、マスターの席にゆっくりと着地する。

 誰一人、何も言葉を出さなかった。

 自身の登場に誰一人拍手しない周りを訝しげな表情で見渡し、首をかしげると、マイクも使っていないのに無駄によく通る声でフィルが叫ぶ。

 

「称賛しッ、喝采ッせよッッ! 僕が、フィル・ガーデンだッ!」


 ぱちぱち、と小さな拍手が響き渡った。

 いつの間にか闘技場の門の前に立っていた、少女の手が億劫げに叩かれる。

 身長はヴァイスと同じ位、きれいな白髪に、切り揃えられた髪は十分に手入れされている。側頭部から生えた垂れた犬耳に、眠そうとも泣きそうともぼんやりしているとも言えない宙を彷徨う視線が酷く印象的だった。


「……おかしいな……決勝戦だからもっと盛り上がると思ったんだけど……」


「ご主人様……さすがに……む……り……」


 かくんと少女の首が下に落ちる。

 フィルが大きくため息をついた。


「寝るなよ? それに、無理じゃない、無理じゃないぞ。ノワール、ヴァイス、喝采だ!」


 急な振りにノワールが躊躇う。


「ええ……!? わ、私達!?」


「君たちの役割は、大会を盛り上げる事だろッ! それでもプロか!」


 その発破が、ノワールのプロ意識に火をつけた。今まで司会をやっていてこんなこと言われたことは初めてだ。やってやろうじゃないか、とばかりにマイクを上げる。


「ッ……わ、わかりました! やればいいんでしょ、やれば! さぁ、皆さん、大きな拍手をお願いします! ……ヴァイス、どうしたの? さっきから静かだけど……」


 珍しく静かな相方を見る。

 ヴァイスは、自ら脱いでまでカメラの視線を誘っていたヴァイスは、涙眼で顔を真っ赤にして自分の尻尾を抱きしめるようにしている。身体がかたかた震えていた。

 初めて見るその表情に、ノワールは固まった。

 ヴァイスが弱々しい声で呟いた


「……フィル、カメラがノワに注目した瞬間、私の尻尾、キスしていった、ニャー……」


 会場が静まり返っていたせいで、アナウンサーとして訓練されているヴァイスの声がマイクを通してとても良く通った。

 観客の殺意がフィルに集約され、一瞬遅れて罵声と怒号と命令(オーダー)とモノが会場中で爆発した。その音量、震えたるやアルドの時の比ではない。

 会場に投げ込まれる魔法やスキルや武具の類がフィルの周辺で弾かれ、軌道を逸らされ、捻じ曲げられ、地面に落ちる。だが、無駄だと分かっていても、人気者で希少種であるケット・シーに手を出したフィルに、観客の手は止まらない。


「あわ……ものを、ものを投げないでくださーい!」


 さすがにこれはまずいと、ノワールが慌ててマイクで叫ぶが、全くその手、騒ぎは止まる気配がない。

 ヴァイスはついに蹲ってしくしく涙をこぼし震えている。

 フィルのスレイブは何を考えているのか、表情一つ変えずに平然と拍手を続けたままだ。

 まさかの決勝戦で発生した思わぬアクシデントに、ノワールが頭を抱えた瞬間に、再びフィルが叫んだ。


「黙れッ! 何を騒いでる、こんなのただの手付金じゃないかッ!」


「はぁ!?」


 余りに反省の見られないフィルの表情に、手が一瞬だけ止まる。

 その隙を逃さず、フィルが再び不思議とよく響く声を張り上げた。


「勝てばいいんだろッ! 勝てばッ! 大体、あの希少種族である猫妖精(ケット・シー)が目の前で尻尾ふってるのに何もしないなんてそんなの……嘘だろッ?」


 モノを投げる手の数がその一声で半数になる。怒号も罵声も、フィルの声を聞くためかやや静かになった。

 酷くちっぽけな力を持つ魔物使いが、大仰な身振りで説得を自分の意見を主張する。


「お前らは、目の前で、尻尾ふってる、ケット・シーが居て、何もしない腰抜けかッ!? 違うだろ! そんな根性で何が得られる。お前らの愛はそんなものか!? 僕はまだーーキスしかしてないぞ!? 魔物使いを……舐めるなッ!!」


「ええー……」


 余りに余りな主張に、ノワールが眼を丸くした。

 だがその叫びが魔物使い達の何かに触れたのか、確実に騒動は静まっていく。


 「確かにそうだよな?」「そりゃ目の前にいれば私だってやるわ」「おまけに尻尾頭の上に置いて遊んでたし……そりゃ誰だってやるわ」「むしろキスだけで済ませたあいつはすげー……俺だったらそれだけで済ませる自信ないぜ」


 出場者も魔物使いならば、観客の大部分も魔物使い。その囁きに、ノワールは初めて魔物使いの(さが)というものを心の底から実感した。いや、今まで分かっていたと思い込み、それは間違いだったと今初めて知ったのだ。それは紛れもない成長だった。


 フィルが止めの一言を放った。その声は、先ほどとは異なり叫びではなかったが、マイクを通してはっきりと会場内の全員の耳に入った。


「安心しろ! 僕だって別にそんなにケチじゃない。ヴァイスのデータを取ったら……お前らにも複製させてやる」


「……」


 その一言で盛衰は決した。フィルと会場内の好奇心に溢れる魔物使いの心が今一つになったのだ。

 後に残るのは、少女の拍手の音のみ。

 フィルが咳払いをして、やり直すべく声を上げる。髪をかきあげ格好をつけ、目の前の対戦相手の竜を睥睨して叫んだ。


「称賛しッ、喝采ッせよッッ! 僕が、フィル・ガーデンだッ!」


「おおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 爆発的な拍手と称賛。

 スタンディグオーベーションが波となってフィルに押し寄せていた。称賛と羨望が混じったそれは、まるで勝者に向けられているかのようなそれだった。

 フィルの眼が爛々と輝いている。満面の笑みは不遜で傲慢でそして酷く魅力的だった。自分の絶対的正当性を確信したその表情は、常識を侵食してまるでヴァイスの方がおかしいかのような雰囲気を作り上げている。


「そうそう、それでいいんだよ、それで」


 満足気に頷き、フィルが手を上げる。同時に、ぴたっと騒ぎが止まった。まるで一流の指揮者がオーケストラを指揮しているかのように、その動作は極自然なものだ。

 司会席にいるノワールの方を見上げる。その視線はあんなに馬鹿なことをしでかしたのに酷く平静だった。


「さ、ノワール。インタビューは?」


「……は、はぁ……ま、まあ……やりますか。……この距離からでもいいですか?」


 ちょっと躊躇したノワールの事を誰も責められないだろう。

 だが、それを横のケット・シーが引き止めた。


「……だ、駄目……にゃ……」


 震えていたヴァイスがゆっくりと立ち上がる。眼は泣きはらして赤く晴れ、尻尾もピンと伸ばされている。

 が、それでも立ち上がるヴァイスにノワールは初めて称賛を送りたくなった。


「このままじゃ……私達の負け……苦手意識、作っちゃ、駄目……心折れたら、立ち上がれない……」


 語尾忘れてる語尾。

 と、つっこむ事も忘れて、ノワールはそのプロ意識に深く胸を打たれる。

 尻尾にキスされて、果たして自分は立ち向かえるか? 否、きっと無理だろう。


 ふらつくヴァイスに肩を貸し、ゆっくりと足を踏み出した。

 眼と眼、強い視線同士がぶつかり合う。今此処に、世にも珍しい司会と魔物使いのバトルが繰り広げられる事になった。


 マスターの立つ場所は半径三メートル程の円形の空間だ。

 つまり、必然的に三人も入ると狭くなる。まるでそこは虎の入った檻のように、ノワールの眼には紛れもない死地に見えた。

 恐る恐るノワールが一歩前に出て、ヴァイスを背に隠した。


「えっと、では、インタビューを開始させていただきます」


「じゃんじゃんやって、じゃんじゃん」


 フィルが邪気のない笑顔で答える。


「えっと……友魔祭に参加した目的は?」


「スレイブが勝手に応募しちゃって……それに、いつも群れない魔物使いが集まるこんないい機会にこないなんてないでしょ? 色々珍しいスレイブが見れるかもしれないし……」


 じろじろとノワールの全身を観察して、だらし無い笑みを漏らす。


 そんな下らない理由で、友魔祭に参加したのか!?


 ノワールはもう何がなんだかわからなくなった。勝手に応募するスレイブもスレイブだし、それを受領するマスターもマスターだ。そして、それに負けた歴戦の猛者達もどうかしてるとしか思えない。何かの間違いじゃないだろうか。

 ヴァイスがノワールの後ろから恐る恐る顔を出す。


「ちょっと待った、応募って何ニャ? 友魔祭の出場資格を得るのはそんな簡単じゃないにゃ。出場するには、各国でまず予選とか厳選な出場条件を満たさないとならないはずニャ」


 仮にも世界大会。絶対数が少ないとは言え、その条件はそう易易と突破できるものではない。

 フィルがあっさりと答える。


「ああ、スレイブが応募したのは友魔祭じゃないよ。ギルドの……探索依頼だよ」


「探索……依頼?」


「ああ。 取得対象は友魔祭の優勝賞品……『盟友の証』だ」


 『盟友の証』


 友魔祭の優勝賞品だった。背面にスレイブとマスターの名が刻まれているメダルである。

 記念品の意味合いが強く、希少な金属でできている以外に何ら変わった効果はない。同時に、友魔祭で勝ち抜かなければ得られない、ある意味貴重なアイテムでもあった。


 その単語にノワールの表情が引きつった。


「フィルさん……探求者のランク、いくつですか?」


「SS級だよ。この依頼を成功すればはれて、SSS級に認定されるけどね」


「指名依頼ニャ?」


「そうだよ。特殊探索依頼『朋友の試練』だ」


 にっこり微笑みかけるフィルに、ノワールはなんとか引きつった笑みを返す。


 各国は友魔祭に対して、予選をすっ飛ばして本戦に進める一枠の推薦権を持っている。

 それが探索(クエスト)依頼『朋友の試練』

 一推しの魔物使いにのみ与えられる指名依頼だった

 つまり、フィルは自分が、大国グラエルグラベールの推薦魔物使いだと言っているわけだ。そしてこんな大勢の前で謀る意味が薄い以上、それは多分嘘じゃない。


「……えっと、魔物使いになってから何年って言いましたっけ?」


「四年だよ」


「天才ニャ……天才で変態ニャ……しかも、推薦枠で決勝戦まで出場とか聞いたことないニャ……」


 ヴァイスのうわ言のような呟きには、ノワールも頷くしかない。

 それは間違いなく天稟の成すものだった。

 この若さで、この速さで、一体如何なる奇運を持ってすれば成し遂げられるものなのか。強さだけならなんとかなる。が、推薦を得られるまでに信頼を得るのは強さ以上に運がいる。

 一回戦で誰も知らなかったのも仕方ない。名が広がるよりも先に上り詰めたのだ。


「グラエル王国の刺客ニャ……ニャーはもうおしまいニャ……」


 ガタガタと尻尾をかばいながら、ヴァイスが震える。


 ノワールは何かもう面倒になって、気にするのを辞めた。尻尾にキスはいくらなんでも酷いが、冷静に考えれば、ぴしぴし尻尾を打って遊んでいた自分が悪いのだ。自業自得だ。

 それに実際に会話してみると、フィル・ガーデンは思ったよりもまともそうだった。第一印象が第一印象なので、少しでも印象が良くなると凄くよくなったように感じる。


「初めての友魔祭はどうでしたか?」


「いやー、皆本当に凄いね。こんなに沢山色々なスレイブ、種族を見れて僕はもう幸せだよ」


 強い弱いの話ではなく、単純な嗜好の話をうっとりと話し始める選手に、気を張っていたのが馬鹿みたいになってきた。おまけによく感じてみると、フィルの能力値は下の下だ。アルドとは対極的に、どうして決勝戦まで残ってこれたのか不思議なくらいだった。

 少し気を抜いてマイクを向ける、


「はぁ……そうですか。ちなみに一番会えて嬉しかったのは?」


「当然、犬妖精(クー・シー)だよ!」


「へ?」


「ニャ!?」


 ノワールが、その突然の発言にきょとんとフィルを見る。


 犬妖精(クー・シー)……って、私?


 ヴァイスが耳をぴんと立てて後ろから覗き見ている。


「あの……私、スレイブじゃないんですが……」


「いやー、僕ずっと犬妖精(クー・シー)に会いたかったんだよね……ただ、僕がメインで活動している王国には一人もいなくて……」


「……まぁ、私達の一族は滅多に人里に降りてこないので……」


「知ってるよ? 猫の国に猫妖精(ケット・シー)と一緒に住んでいるんでしょ? ただ、通行証が手に入らないんだよねえ……あの国」


「そうだニャー。ニャーの国には人間は入れないニャー」


 ヴァイスが後ろから補足した。

 どうやら時間の経過でショックが抜けたようで、そろそろと後ろから出てくる。


「フィルは何でクー・シーに会いたかったんだにゃ?」


「僕、猫よりも犬派なんだよね」


「……フィルは失礼だニャー。猫の方が可愛いニャー?」


「しっかりもので支えてくれるタイプが好きなんだよね」


「にゃ!?」


 ショックでヴァイスの尻尾がピンと逆だった。先ほどのそれとは違う感情を示すそれは、驚愕。

 自分の尾にキスをしてきた人間が、まさか自分よりノワールの方が好きだとは。いや、フィルはそんなこと一言も言っていないのだが、ヴァイスの耳にはそのように聞こえたのだ。

 ヴァイスには、フィルが自分を踏み台にしているようにしか見えなかった。


「人気投票は……どっちに投票したニャ?」


「いや、本戦参加者がそんなお遊びに加わるわけが――」


「ノワールだよ。実は僕、ファンなんだよね……」


「え!?」


「……にゃあ……」


 予想外の答えに、ノワールは眼を丸くした。

 フィルが、ここぞとばかりに道具袋から色紙を取り出す。準備は万端だった。

 想定外のその言葉にまだ頭が働いていないノワールに差し出す。


「ノワール、サイン、もらえる?」


「サイン!? あ、はい……決勝戦なんですけど……ま、まぁ、ファンなら仕方ないですね……」


「ニャ!? ノワ、騙されちゃ駄目ニャ!? これは……そう、これは策略ニャ!!」


 ノワールはサインを求められる事が多く、書き慣れている。

 さっさと書き終えると、色紙をフィルに返した。

 その眼の険は完全に取れている。誰でもファンと言われて悪い気はしない。それも、目の前の青年はその怪奇極まりない挙動はともかく、少なく見積もっても世界第二位の魔物使いなのだ。相手は最強の魔物使いと名高いアルドだが、もしかしたら世界一位になる可能性も残っている。一度マイナスまで下がった評価は今、反動で凄まじい勢いで上がり始めていた。


 焦ったのはヴァイスだった。

 このままでは、ヴァイスは尻尾にキスされ、おまけにノワールに人気を取られた笑いものになってしまう。

 にやけながらサインを見ていた、フィルの視線が今度はヴァイスの方に向いた。


「あ、ついでにヴァイスもサインもらえる?」


「ついで!? にゃ……一位のニャーをまるでオマケみたいに言うなんて……不遜過ぎるニャ……で、でも、どうしてもっていうなら、書いてやるニャ」


「ヴァイス!? これから決勝戦なのよ!?」


「にゃあ!? ノワが、先に、書いてたニャ!! さー、さっさと色紙をよこすニャ」


 フィルが道具袋を意気揚々と漁り、すぐに、しまったという表情をする。

 既にサインが書かれた色紙を差し出す。


「あ、ごめん、ノワールの分しか用意してなかった。これに書いてもらっていい?」


「にゃ……にゃあ……」


 あまりの惨めさに、ヴァイスの強靭な心はもう折れそうだった。

 しかし、なんとか震える手で色紙を受け取り、ど真ん中に書かれたノワの気合の入ったサインを避けて、端っこの方に自分のサインを書く。本心では、ノワのサインをぐちゃぐちゃにしてやりたかったが、プライドがそれを許さなかった。

 仕方なく猫の尻尾を象ったサインを伸ばして、周囲一帯に大きく広がるように書いた。センターは取られてしまったが、少しでも自分のサインが目立つように。

 フィルに渡すと、満面の笑みでサインを高く掲げた。


「カメラさーん、これこれ! これ撮って!」


「あ、はい」


 カメラがサインを大きく写す。

 センターに入ったノワールのサインに、サイドを埋めるヴァイスのサインが、はっきりと頭上のディスプレイに映る。

 周囲に向かってフィルが大笑いで自慢した


「あはははは、どーだお前ら! ノワールとヴァイスのサインだ。どうだ、いいだろ! ケット・シーとクー・シーの王女のサインが一枚の色紙に揃ってるなんて世界にこれくらいしかないぞ? 羨ましいだろ!」


「……ふっざけんなーッ!」


 会場に再び大ブーイングが奔る。

 「くっそ、羨ましいぞ! 売ってくれ!」だの、「ヴァイスちゃん、僕にもサイン!」だの、「夜道では後ろに気をつけろよ!」だの、よくわからない阿鼻叫喚の叫びの中、フィルは大笑いしていて、もうヴァイスの頭は混乱の極地だった。


 この魔物使いは、一体何のためにここにいるんだろうか? 一体何しに来たんだろうか? 遊びに来たんだろうか? 挑発しに来たんだろうか?

 少しでも油断すると大きく乱されてしまう流れを戻すべく、ノワールがインタビューを再開する。



「あの、フィルさん。インタビューの続きを……」


「あ、ごめんごめん。そうだったね。で、なんだっけ?」


「そうですね……これから挑む世界最強の魔物使い、アルド・ファーフナーさんについて一言もらえますか?」


 フィルがその言葉に、初めて自分の試合相手に視線を向けた。

 真剣な表情で少し考える。


 ノワールは初めてその真剣な表情を見て、さらに好感度を上げる。フィルは性格も基礎能力も破綻しているが、必死で勉強して手入れしているので、顔だけはよかった。


「竜使いなんてやばいね……亜竜種でも種族ランクS級を軽々と超える竜系統をスレイブにするなんてどれだけの力が必要になるのか、想像もつかないよ。最強の魔物使いというのも納得だね。間違いない、うん、間違いなく最強だよ」


「ほぅ、さすがに歴戦の猛者を尽く打ち破り初出場で決勝まで上がってきたフィルさんでも、アルドさんは強敵ですか!?」


「いや、竜だよ? そりゃ強敵だよ。竜が強敵じゃなかったら何が強敵なのさ」


 難しそうな顔でフィルが言い切る。

 アルドもまっすぐな貫くような視線を向けたままフィルの言葉を待っている。


「でもねえ……そうだねえ……」


「? 何か思う所が?」


 フィルの釈然しなさそうな表情に、ノワールが尋ねる。

 何でもなさそうな表情で挑戦者が言い切った。


「いやさ、そんなに力があるなら魔物使いなんて辞めてもっと強力なクラスを得ればいいのにって思うんだよねえ」


「は?」


 完全に周囲に喧嘩を売ったフィルが、ゆっくりと王者を指す。


「だってさ、明らかにアルドさんって強いよ? 馬鹿強いよ? 竜を使役する必要なんてないじゃん。竜を使役できるほどの基礎能力があったら大体の敵には負けないよ?」


「いやいやいやいや、フィルさん、魔物使いですよね?」


「ああ、いや、そうだけどさ。勿体無いなーって。魔物使いを捨ててもっと強力なクラスを得れば絶対に今より強くなるでしょ、あれ」


 会場中の視線を独り占めしながらフィルはため息をついた。

 その吐息には憐憫と哀愁が篭っている。


「だってさ、あの黄金鎧さ、こんな所まで着てくるなんて絶対に契約の条件だよね? じゃなかったら、マスターが戦うわけでもないのにあんな重い物きてこないよね?」


「え!? ま、まあ、それは……確かに、そうかもしれないですけど……」


「竜種は確かに強いけど、でも所詮は竜種だよ? 竜人が適性にあったクラスを得て鍛え上げれば竜種にだって負けないよ? それにアルドさんって、そんなに竜好きそうに見えないし……愛が足りないよね、愛が」


 一方的な言葉に、アルドもノワールもヴァイスも、他の観客も何も言えなかった。

 正しいとは限らない。正しいとは限らないのに、そこまで自信満々に言われるとその言葉が真実のように聞こえてしまう。

 言いたいことを言い終えたのか、フィルが大きくため息をついて、手を一度払った。

 眼を一度つむり、再び眼を開いた時にはその眼には冷たい炎が静かに燃えていた。


 雰囲気が変わる。ただ、そこにいるだけで空気を変える。

 それは魔物使いとしての資質だった。


「僕が本当の魔物使いってのを見せてあげるよ。昨日までは挑戦者だったけど、今日から世界最強の魔物使いは……この、フィル・ガーデンだ!!」



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