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Tamer's Mythology  作者: 槻影
第一部:Tamer's Mythology

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36/121

第三十五話:私、なれるかな?

「フィルさんの馬鹿ーッ!」


 とばかりに、アムは図書館から飛び出した。

 停止睡眠(モード・スリープ)から解放されたアムを待っていたのは、仲睦まじく図鑑を読むマスターとどこのものとも知れない機械魔術師(メカニック)の姿だった。


 それを一目見て、アムは悟った。


 勝てない。このままでは勝てない。


 絶望的なまでの差。フィルと気が合うその変態性はともかく、クラスを得ていないアムには決して使えない圧倒的なスキルはアムに大きな衝撃を与えていた。

 手加減に手加減を重ねられておまけに攻撃スキルさえ使われずに圧倒的に負けた。まだ探求者としての経験が浅く、種族ランクと言う生まれついての才能故に、圧倒的な強者というものを見たことがなかったアムにとって、それは未知だった。

 強さだけしか、自分には無いというのにーー


「まずい……このままじゃまずい……」 


 走りながらつぶやき続ける。

 此処最近、アムにはいいところが全く無い。

 広谷に引き分け、監視機兵討伐クエを失敗し、親友のリンはマスターにひっつくし、おまけに見ず知らずの探求者にまで負ける始末。


 価値を表さなければいけない。衝動が小柄なレイスの身を焦がす。


 『アムじゃあなあ』ではなく『アムでないと』と思われるために。


 勿論アム自身も成長は実感している。

 身中に充実している魔力は一週間前までの比ではなかったし、スキルだってマスターの助けを借りずに一つ覚えた。スキルの制御だって、不安定だった恐怖(フィアー)とライフドレインの制御はもうほぼ完璧といってもいい。

 同ランクのB級機兵を数人相手にしてもやっていける戦闘能力は、D級のモデルアントに敗北寸前までいった一週間前のアムを見ていた者にとっては、それは別人のように見えるだろう。


 ただ、出てくる敵がアムの成長以上の速度で上がっていっているだけだ。

 オプティ・フロッガーは明らかに格上だったし、機神の祭壇はA級の探求者がパーティを組んで挑戦するダンジョンなのだ。エティに至っては言わずもがな。


 余りにレベルの高い戦闘に、アムには、何故、どうして負けたのかすら分かっていなかった。

 身体能力が足りない。種族スキルが足りない。クラスすら持っていない。事前準備が足りない。強力な武器が足りない。だが、一番足りないのは何なのか。

 一端憎たらしいエティなるメカニックの事は頭の隅に追いやる。結局どんなに趣味があった所で、フィルのスレイブは自分なのだ。


「クラスを得る……? いや、違う。私だけで勝手に決めたら多分怒られる……」


 手っ取り早く強くなる方法の第一がクラスを得ることである。

 中級探求者でも八割が何らかのクラスを得ているし、上級ならばクラスを得ていない者を探すほうが難しい。

 が、同時にクラスというものはそう簡単に得られるものではないと聞いていたし、アムはクラスを得るための方法を朧気にしか知らなかった。


「強くなる方法……強くなる方法……」


 武器はフィルが用意していると聞いている。それに武器の強さで強くなった所でそれはアムの価値には繋がらない。

 幸いな事に高ランクの依頼を繰り返したアムには、報酬の三割とは言え、少なくないお小遣いがあった。使う暇もないし、必要物資は全てフィルが揃えているので、今の所、金は貯まるばかりで減ることがない。金銭面での不安点はほぼ払拭されている。


 金銭でなんとかなるのならばどんなに良かったか。


 結局、特に何も思い浮かばず、仕方なく相談することにした。

 勿論、図書館にずっと篭っている自身のマスターに、ではない。


 駆け上がるようにして階段を上ると、リンの部屋の扉を開け放った。


「リンっ! 助けてッ!」


「ど、どうしたの? アム。フィルさんは見つかったの?」


 唐突な乱入者に、椅子に座ってノートを広げていたリンが目を見開いた。


 リンの部屋はアムが借りている部屋よりも倍くらいに広い。これはリンの部屋が寝室と、魔物使いの仕事場である『箱庭』を兼ねているためだ。所狭しと置かれている多種多様な器具は、フィルも持っているもの、持っていないものが含まれていて、非常に雑多な印象を与える。額に入れられ飾られたフィルのサイン色紙だけが部屋にコミカルな雰囲気を添えていた。

 側には、改めて契約をしなおしたスレイブ、ヘルフレッドの広谷の姿もあった。ハンドグリッパーのような器具を握りしめている。コードが地面に伸びており、それがモニターに繋がっていた。

 数日前までは粉々になっていた信頼関係も改めて強固なものになっているようにみえる。


 そうそう。これが……魔物使いの本来の姿なんじゃないんですか。フィルさん……


 内心愚痴りながらも、

 アムにはマスターとスレイブの二人が一緒の部屋にいるだけで、腹立たしくなるくらい羨ましかった。


「助けてっ! リンッ! フィルさんに見捨てられる!」


 恥も外聞もなく泣きついた。とっさに抱きついてくるアムをリンが抱きとめる。

 身長こそアムの方が大きいが、二人でパーティを組んでいた時からリンがリーダーを務めている。こんなことはリンにとっては初めてでもなんでもない。

 アムの精神は豆腐のようにもろく、どうでもいい事で割と簡単に泣き出すのだ。

 ノートを閉じて、リンがアムの頭を撫でる。


「ほら、アム。泣かないで? どうしたっていうのよ?」


「強くなる方法! もっと、強くなる方法教えて!」


「……そんなのフィルさんに聞けばいいじゃない」


 リンがため息をついて言い捨てる。もっともな話だった。

 スレイブの強化は魔物使いの最重要の仕事であって、同時に周囲が手を出してはならない聖域だった。

 そんなのはアムだって知っている。そこを押して頼んでいるのだから。

 何としてでも、リンの協力を得なくてはならない。

 涙を滲ませ、なんとか言葉を選んですがりつく。


「だめ、フィルさんに聞いたら……薬の量を増やされる……」


 それは本音だった。怖い。自分が自分の意志ではない意志で変えられるのが怖い。

 たった一週間で身長と体重が変わるってどういうこと!?

 いくら強くなれるといっても、それはまさしく未知。未知の恐怖がそこにはあった。


「ああ……」


 ところが、リンはあろうことかそのアムの必死の説得に頬をうっとり染めて呟いた。


「あれ、凄いわよね……さすがトップクラスの魔物使いは……まさかスレイブに薬を仕込むなんて……どれだけ研鑽を積んだらそんなことできるのか私ではとても……是非ご教授賜りたいです……フィルさん」


「リンッ!?」


 親友の台詞に感じた戦慄にアムが大きく身震いした。

 リンは完全に肯定派だった。ただの探求者だったリンは常識を代償に魔物使いの高みに上がろうとしている。


 そんな事でいいの? 魔物使いってもっと違うでしょ?


 広谷がうんざりしたような表情をする。


「おい、リンのやつ、事ある毎に俺に得体のしれない薬を飲ませようとしてくるんだが……」


「ええ……!?」


 おまけに、現実に被害が出ていた。

 アムと広谷の視線が交わり、スレイブ同士でしかわからないシンパシーが繋がる。

 一時は剣を交えた者同士で、ほんの僅かに残っていた痼が今完全に消え去った。

 アムから哀れみの視線を受け、広谷が大きくため息をついた。


「リン、頼むから危なっかしい知識で薬を盛るのはやめてくれないか?」


「あら、ちゃんと分量は調整しているわよ? 広谷の体力なら多分……死なないと思うわ?」


「……一昨日、魂質が暴走して死にかけたのを忘れたのか?」


「……でも今生きてるじゃない」


 その会話に再び戦慄する。同時に、自分のマスターがベテランの魔物使いであった幸運に天を仰ぐ。

 知識の浅さで一度失敗しているのに、リンは全く反省していない。


 その挑戦心はどこから来ているのか?


 もし、それが三つ隣の部屋に間借りしているフィルから来ているのであればアムはスレイブとして広谷に土下座しなければならないだろう。

 広谷も己のマスターが全く歯牙にもかけていない事をわかっているのだろう。諭すように口を開く。



「……リンは現状の俺の力に不満があるのか?」


「いやいやいや、そんなこと全然ないわ。広谷の能力は……今の私には勿体無いくらいよ」


 リンが慌てて首を横に振る。

 広谷の表情は哀愁溢れる哀れなものだった。もしそれが歴戦の武士である広谷ではなく、アムだったならばパラメータが軒並み下がってしまうくらいに。そもそも、マスターに力を疑われるのはスレイブとして非常に不愉快なものだ。


 傍目で見ていても危なっかしいやりとりにアムは自分の事を忘れてはらはらして見ていた。


「……ならば薬など使う必要無いだろ? そんなものに頼らずとも十分やっていける」


「……私だって、マスターとしてできることをしたいのよ。ただ見ているだけなら……魔物使いとしての意味がないじゃない」


 リンが沈んだ声を出した。広谷は不安げなマスターの様子に、大きくため息をついた。

 他の魔物使いに影響を受けるのはいいが、気が急きすぎている。


「戦闘時にスキルで支援してくれるだけで、リンは十分マスターとしての役割を果たしている。俺はそれだけで十分だ。何も不安に思う事はない」


「でも……」


「リン、お前はフィル・ガーデンとは違う。これは悪い意味でだけでなく、リンには魔力がある。それだけで大きなアドバンテージだ。追いかけるだけが成長じゃない。前ばかり見ていると足元を掬われるぞ?」


 広谷の視線は、自らの身の事だけでなくリンの事を心配していた。


「……はぁ、そうね。わかったわ……ありがとう、広谷」


 リンもそれは十分わかったのか、お礼を言う。


 何かいい話っぽくまとまっていて、アムは羨ましくてたまらなかった。

 相談したのはこっちなのに、完全に蚊帳の外だ。いや、マスターがスレイブを第一に考えるのは当たり前らしいが、それじゃあのメカニックにマスターを取られて寂しい想いをしている自分は何なのだろうか?


 余りの仕打ちに涙が滲んでくる。


 再び涙を滲ませたアムを見て、リンが慌ててアムを揺すった。


「アム? ごめんなさい、強くなる方法ね? えっと……私がこっそり薬盛ってあげましょうか?」


 とんでもない事を言い出すリンに、アムは涙を忘れて唖然とした。

 仮にも親友に、リンは半端な知識で薬を盛ろうというのか?

 広谷も予想外の台詞に顔が引きつっていた。今までの会話は一体何だったんだ。


「フィ、フィルさんに……勝手に薬飲んだら死ぬって言われてるから……」


「そう……それならやめておいたほうがいいわね」


 残念そうにリンが呟いた。

 泣きつく相手を間違えたんじゃないか、と今更ながらアムは気づく。

 今のリンは徹頭徹尾魔物使いなのだ。実力はともかく、その好奇心はアムのマスターに通じるものがあった。

 広谷が見かねて慰めるように言う。


「アム、俺が後で稽古をつけてやろう。多少は助けになるはずだ」


「うっ……ありがとうございます……」


 まともなその助け舟にアムは心の底から感謝した。

 簡単に強くなろうとしたのが間違いだったのだ。


 千里の道も一歩から。

 急がばまわれ。


 地道な努力に勝る近道はないに違いない。アムはその瞬間、確かに真理を感じ取った。

 アムの中で急速に株が下がっているリンが、外したことに気づいたのか慌てて話題を変えた。


「まぁ、それはともかく……アムはどのくらいまで強くなりたいの? 何事も目標を持ってやったほうがいいわよ?」


 目標。

 そういえば、今までがむしゃらに強くなろうとしてきた。

 リンの言う事も尤もかもしれない。

 だが、そんなこと、フィルのスレイブになってからすぐに決まっている事だった。悩むまでもない。

 考えるまでもなく即答する。


「フィルさんの前のスレイブくらい」


「……そ、そう。目標が高いのは……いいことね」


「……できれば三ヶ月位で」


「……え!?」


 リンの眼が泳いでいた。頬もひきつっている。余りに大胆不敵な台詞につっこみすら入れられない

 泣き虫なこのナイトメアと長い付き合いのあるリンには、とてもじゃないがアムがそんなに早く強くなれるようには思えなかった。というか、無茶だ。

 魔物使いにとって、スレイブとは剣であり、盾であり、評価そのものだ。元SSS級のフィルのスレイブということは、それすなわちSSS級の力を持っている事に他ならない。

 アムが縋るようにリンに尋ねる。


「リン、私、なれるかな?」


 YESと答えるのは簡単だが、とてもじゃないがリンにはその一言が言えなかった。

 現実は厳しいのだ。身の程を知らないとかではない、スレイブになってから確かにアムの実力は桁外れに上がったが、前のスレイブは、フィルが魔物使いになってからずっと付き従っている。

 代わりに質問で返した。


「アム、貴方、竜とさしで戦って勝てる?」


「……竜なんて戦ったことがないからわからない……」


 全然、リンの言いたいことが伝わっていないその事実に、リンは呆然とする。


 まさか、アムは、竜に勝てる気でいるのか?

 最強の代名詞。探求者は疎か一般人でもその威光が知れ渡っている竜を相手に。

 アムが涙目で首を傾げる。

 リンは反射的にアムを抱きしめた。恐怖のスキルも今となっては何の気にもならない。

 心の底からリンは祈った。


 ああ、神様。何でこの子こんなに馬鹿なんですか……


「……リン?」


「そうだ、アム。映写結晶見ましょうか! 前回の『友魔祭』の試合の映像よ。決勝戦だけだけど……この間見せてあげるって約束したでしょ?」


「……今はそんなのよりも、強くなれる方法を……」


 空気を読まずにまだそんな事を言っているアムをさらに強く抱きしめる。

 分かっていない。分かっていないのだ、アムは目標としているものの高さに。


 友魔祭は魔物使いの世界大会だ。

 友魔祭優勝ということは、フィル・ガーデンはその瞬間、少なくとも公式では、魔物使いの中で世界一だったという事なのだ。

 確かに魔物使いは数あるクラスの中ではマイナーで人口数も少ないが、それでも世界一と言うのは尋常ではない。それも、特に何の後ろ盾もない、魔物使いの家系でもないただの新参者がその地位に輝くというのは異例中の異例だったのだ。

 アムは識るべきだった。自分が目標とするものの高さを。

 そして、できれば気づいて欲しい。どんなに才能があっても三ヶ月では、天地がひっくり返っても無理だと。

 それは親友の色眼鏡を外したリンの純粋な評価だった。おそらく、それでもまだ甘い。


「フィルさんが戦う姿が見れるわよ? アムの目標とするスレイブの姿も」


「……見る」


 餌をちらつかせて意識を誘導する。

 アムがしっかり頷くのを見て、リンは大事に宝箱の中に閉まってある映写結晶を取り出した。


 リンが四年前、まだ十七歳だった頃に貯金を全て叩いて購入した宝物だ。リンが魔物使いを志すきっかけになったものでもあった。

 夢叶い魔物使いのクラスを得た今でも、定期的に観ているお気に入りだ。

 四方体の形をしたその魔道具に、リンが魔力を込める。


 青い術式光がクリスタルを包み発光し、壁全体に映像が開始された。


 アムも広谷も興味深げにその映像に視線を向けている。

 映像は、円形の巨大な闘技場(コロシアム)から始まっていた。放送席から撮っているのか、客席全てが見渡せる映像だ。

 高い天井に配置された巨大なモニターには、今の画像と同じ映像が写っている。どうやらカメラで撮った内容をそのまま映しているらしい。

 数万席はあろうかという客席は総満員で、薄い立体映像(ホログラム)の向こうから熱気が伝わってくるかのようだ。


 テンションの高い声が会場に響き渡る。


「さぁ、開始から一月が過ぎました、第三百二十二回ランドガレノフ友魔祭もいよいよ最終試合です。本日行われる決勝戦で、魔物使いの頂点が決まることになります。会場の熱気も否応もなく高まっております。本日こそ、間違いなく魔物使いの歴史に刻まれる栄光ある一日となるでしょう」


 司会の少女の声に答えるように客席の歓声が波になってコロシアムを揺らす。


「司会は今まで初日と十日目、二十二日目に司会を努めさせていただきました、犬妖精(クー・シー)のノワール・ロワイヨムと」


猫妖精(ケット・シー)のヴァイス・ケーニヒライヒがやってやるニャー」


 テンションの高い声に繋げるように、やる気のなさそうな声が響き渡る。


「はい、ちなみに最終戦は司会は皆様ご存知の通り、人気投票で決めさせていただきました! 何でこの碌に働いていない猫より私の方が票数が少なかったのか凄く不思議ですが、皆様、投票ありがとうございます!」


「「おおおおおおおおおおお!」」


 会場の熱気が爆発し、全体が揺れた。人やスレイブの姿でひしめき合う客席にカメラが注目する。

 客席と試合場の境目を隔てている透明な壁、結界が音の爆発に大きく揺らめく。


「客席ばっかり撮ってつまらないニャー。カメラ、こっちにもほしいニャー」


「馬鹿、そんな事マイクで話しちゃ駄目でしょ! おまけに語尾に『ニャー』って完全に狙って……あ、カメラマンさん、私も! 私の方にもカメラほしいワン!」


 マイクを通してはっきり響いた二つの声にどっと会場が沸き、カメラが動き司会の二人を写した。


 黒い制服にしっかりと、身を包んでいる長身の少女と、

 白い制服をだらし無く着崩している短身の少女。

 黒と白、犬妖精と猫妖精、長身と短身、対照的な二人がカメラに向かって笑顔を振りまき(主にノワールだけ)、それがまた会場にさらなる熱狂を齎す。


 犬妖精(クー・シー)猫妖精(ケット・シー)も、本来は人里に降りてくるタイプの種族ではない。本来、妖精の国に引きこもっている種族だ。可憐な少女であるというただそれだけの理由ではなく、ミーハーが多い魔物使い達にとってはその極めて目にする機会が少ない希少な種族を生で見れるというだけで大人気だった。当たり前だが、今は最もフォーマルな人の形をとっている。

 だらしのない無愛想な表情のヴァイスをノワールがつっつく。


「ほら、ヴァイスも笑顔、笑顔! ちゃんと仕事して!」


「愛想笑いは苦手ニャー」


「ええええ……じゃあ何でカメラ呼んだのぉ!?」


「面倒臭いニャー。とりあえず脱げばいいのかニャー?」


「ちょ……」


 ヴァイスが唐突にネクタイ代わりにつけていたリボンをしゅるりと抜き取る。元々ボタンが上まで閉まっていなかったこともあり、身長に見合わぬ大きく膨らんだ胸元、スピリットに負けず劣らず、白い肌がちらちらと見え隠れし、カメラのレンズもそちらに吸い寄せられるように変わる。尾骨から伸びる白い尻尾がふらふらとカメラの前を横切り、それがまた艶かしい印象をもたせた。

 

 ヴァイス・ケーニヒライヒ


 可憐な容姿とその無防備な仕草で男性魔物使いの心を掴んでやまない、魔性の白猫妖精である。彼女が司会を行った試合の映写結晶は他の試合に比べると一・五倍の売上を誇ったらしい。そして同時にサービス要員だった。


「やめなさいッ!!」


 ノワールがその暴挙に慌ててヴァイスを止めようと飛びかかる。が、今までやる気なさ気に腰をかけていたヴァイスは、その気だるげな挙動からは想像もできない俊敏さでそれを躱した。胸の谷間がはっきりカメラに写り、会場が嫌な感じに沸く。

 ヴァイスが尻尾一本を床に立て、身体をふよふよと支えてみせた。脚を組み、まるで玉座の上に座っているかのようにノワールを見下ろす。


犬妖精(クー・シー)は野蛮ニャー。そんなに悔しいならノワールも脱げばいいニャー」


「く……犬妖精(クー・シー)猫妖精(ケット・シー)みたいに淫乱じゃないんですッ!」


「淫乱と呼ばれるのは不服だニャー。けど、ニャーは見られて困るような身体はしてないニャー」


 ヴァイスがジャケットを脱いで床に落とす。薄いワイシャツに身体の線がはっきり写り、さしものノワールもその華奢な肢体、盛り上がった胸元に眼を吸い寄せられる。ケット・シーの少女は、クー・シーのノワールが見ても納得できるくらいに、自尊するに相応しい確かなプロポーションを誇っていた。

 ノワールが下唇を噛み、親の仇でも見るような眼でそれを睨みつける。


「ぐ……」


「まぁ、確かにノワールじゃあ厳しいかもしれないニャー。面はともかく胸が足りないニャー」


「あ、あんたが、無駄に大きいんでしょ……」


 確かに、ヴァイスと比べてノワールの胸は貧相だった。平均に比べて小さいわけではないが、背の差異もあってヴァイスと並べると値以上に小さく見える。

 さらにヴァイスが火に薪を追加する。


「素が出てるニャー? まぁ、所詮その程度の覚悟もない『二位』は隅っこの方で大人しくしているといいニャー。『一位』のニャーが全てうまくやってやるニャー」


「く……言わせておけば……」


 ノワールがその安い挑発に完全に切れた。

 きっちりと折り目のついたジャケットをもどかしげに脱ぎ、地面に叩きつける。

 ヴァイスの肌とは違った、健康的な小麦色に焼けた腕が晒された。

 背が高く、姿勢も正しい事もあり、胸こそ小さくとも、その容姿はまさしく健康美という単語がしっくりくる見事なものだった。


 ノワール・ロワイヨム


 健康的な美貌とそのしっかりした気質で男性魔物使いの心を掴んでやまない、黒犬妖精である。また、負けず嫌いであり他者に挑発されると我慢ならない性質があった。そのため、彼女はヴァイスととても相性がよかった。本来ならそう簡単に肌を晒す格好などするわけがないノワールも、正反対の気質のヴァイスと組むことで自然の流れで脱いでしまうのだ。毎度毎度飽きもせず行われてい掛け合いはもはや一種の名物だった。


 犬と猫でやはり仲が悪いのか、と思えばプライベートで一緒にいる姿が目撃されたりする。




「……ここ、飛ばせないの?」


「ちゃんと見なさい! 彼女たちも凄い人気なんだから! いっぱいグッズとかも出たのよ?」


「でも本来の目的じゃないんじゃ……」


 さっさと試合を見たいアムが急かすが、リンはそれを無視した。




 両者の間でさらに強い火花が散った所で、周囲から止めが入った。


「ノワールさん、あの、いいところなんですがそろそろ試合の紹介を……」


「あ、す、すいません! えっと……」


 ノワールが正気に返り、慌てて脱ぎ捨てたジャケットを探すが、スタッフが持っていったのかもうどこにも見当たらない。

 幸いなのは、リボンを解く前だったことだろうか。ヴァイスは全く気にしていないが、ノワールは性格もあって人前でだらし無い格好をするのが我慢ならなかった。

 仕方なくため息をついて、椅子に戻る。ヴァイスはいつの間にかとっくに司会用の椅子に座っている。


「えっと、失礼致しました! お待たせいたしました! では、いよいよ第三百二十二回ランドガレノフ友魔祭の最終試合、両選手の紹介に入ります!」


 カメラが再び闘技場を映し出す。

 直径数百メートルはありそうな巨大なコロシアムだ。左右両側には巨大な扉が備え付けられていた。ランドガレノフの闘技場は友魔祭のために誂えられた特殊なステージであり、巨大なゴーレムや巨機兵を操るマスターのために入場口もそれだけ巨大に作られている。

 扉の上には、一人用の立ち見席のような席があった。マスターが立つための場所だ。


 友魔祭ではマスターは直接戦闘に参加しない。また、相手のマスターへの攻撃も反則になる。付与スキルなどは自由にかけることができるが、あくまで魔物使いとしての実力を競い合う大会なので、マスターが直接相手のスレイブにダメージや妨害を与える行為などもご法度だった。


「それではAブロックの選手入場です!」


 東側の扉が音を立ててゆっくり開いた。

 観客が息を呑み、騒々しかった雰囲気が一瞬で静粛なものに変わる。

 友魔祭は一ヶ月という長期間の間に行われる大会だ。当然だが、観客はどちらのブロックの選手の姿も戦闘も見たことがあった。



 ずしん。



 極めて広い場内に鈍い振動がこだました。


 静かになった場内の中、ノワールの声だけが振動に負けじと響き渡る。


「第三百二十一回友魔祭の覇者、魔物使いの名門ファーフナー家の嫡子にして、SSS級の探求者! 世界最強の魔物使い、アルド・ファーフナー! 並み居る強豪を尽く打破し、数々の大会新記録を打ち立てた魔人の登場ですッ!! 今年も世界最強の座を守れるか!」


「……ちなみにファーフナー家は先祖代々魔物使いの一門で、友魔祭にも百二十回も優勝しているニャー」


 闇の中に垣間見える瞳は金色。再度、場内に重く響き渡る振動は、足音だった。

 カメラがズームアップし、門に注目する。


 金色の鱗が場内の光源に照らされ、同色の光を反射する。


 現れたのは、巨大な金色の竜だった。


 全長およそ百五十メートル。一枚一枚が手の平大の大きさがある堅牢な鱗に、見るものに威圧を感じさせてやまない爬虫類種に酷似した竜の瞳。。そしてその巨体から沸き上がるのは凄まじい密度の純粋な『魔力』。目に見える程の膨大な力はオーラとなって、闘志となって、波となって金色の鱗で覆われた全身を巡る。もし仮に観客席との間に結界が張っていなかったらそれだけで魔力に酔ってしまう者もいただろう。


 竜が頭を大きく振り、咆哮した。

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