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Tamer's Mythology  作者: 槻影
第一部:Tamer's Mythology

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第二十三話:でも馬鹿な子程可愛い

 白銀の歯車から持ってきた探求者用の道具の類と、ギルドのショップで買い込んできたアイテムを借りたばかりの部屋に運んだ。

 リュックの中身は半分くらいがアムが討伐依頼を受けた際に剥ぎ取った素材の類だったので、それらは全てギルドに行くついでに売り払ってきた。それなりの金額にはなったが、買い込んだアイテムと差し引くと赤字だった。もちろん報酬の三割はアムの取り分なのでそれは差し引いた額から購入したが、探求者の持つ道具は一般的な生活用品と比べて高性能であり、値段もそれに見合って高いのだ。

 僕の代わりに、アムが袋の中からアイテムを出していく。


「フィルさん、これって何ですか?」


 ショップで購入している間、アムには他の事を頼んでいたので何を買ったのか見ていなかったようだ。


 アムがショップの袋の中から、三十センチ程の棒に銀色の紐がついた鞭を取り出して聞く。

 低レベルの魔物を調教するための鞭だ。魔物使いにとっての剣士の剣、魔術師の杖に値する武器ではなく、あくまでも事前の調教に使用するためのものだった。

 僕ほどのベテランになると道具などなくても調教できるのだが、恐怖で縛るのによく使用する最もポピュラーなアイテムといえるだろう。持っておいて損はない品なので、それなりのランクのものを購入してしまった。これだけで赤字だった。


「鞭だね。スレイブを調教するための。特殊な素材で出来てるから、『透過』を使用したレイスやスピリットにも当たるんだよ」


 鞭を取ると、軽く空気中に振るってみせた。

 壁に命中し、ぴしんぴしんと大きな音が出る。手首のスナップを利かせるのがコツだ。当たり前の話だが、ダメージを与えるための道具ではないので音の大きさ程はスレイブに傷はつかない。

 だが迫力は十分だったようで、アムが怯えた様子で僕を見る。


「……私には使いませんよね?」


「え?」


「……え?」


 鞭に視線を落とす。すがるような視線を振りきって、鞭を腰のベルトにつけた。


「……まぁ、これは僕が持っておこうかな。……いつでも使えるように」


「じょ、冗談ですよね……? フィルさん? フィルさーん?」


「まぁ……次、次……」


「は、はい……こ、これなんですか……?」


 おそるおそる袋の中から黒い手錠をつまみ上げた。

 聖黒金製の逸品で、艶消し加工された金属の結合部には同じ色の鎖が付けられている。

 暴れるスレイブを拘束するためのポピュラーなアイテムだ。最も一般的な対犯罪者用の執行官が持つそれとは異なり、魔物使いのそれは様々な種族を相手にするために作られているため、犯罪者を取り締まるためのものよりも遥かに可動部が大きく頑丈だ。透過でも抜けられない他、魔力の流れを阻害できる素材で作られているのである程度の魔法の発動を阻害できる魔物使いの叡智が込められている逸品だ。当然だが、値段もそれなりにするが、持っておいて損はない品なので、それなりのランクのものを購入してしまった。これだけで赤字だった。


「手錠だね。スレイブを調教するための。特殊な素材で出来てるから、『透過』を使用したレイスやスピリットも抜けられないんだよ」


「さ、さっきと同じ単語が……あの、私には、使いませんよね?」


「え?」


「……」


 手錠を受け取り、鎖をベルトに通して腰に引っ掛けようとして、重かったのでやめた。

 仕方なく棚の中にしまう。まぁ、常に使うもんでもないし。


「まぁ、楽しみにしておきなよ。これだけで一千万するからね。さ、次次」


「いっせんま……どんな手錠ですか……ぜんっぜん楽しみじゃないです! ……あ、あの、こ、これ……フィルさん……?」


 袋の中身を取り出してアムが顔を青くする。

 取り出したのは、白いボトルだった。ラベルには『マジナリウム』と記載されている。五百錠入りのお徳用パックだ。体内の魂素を一時的に活性化させる作用のある薬品だ。副作用も色々あるが、この類のものは基本的に機械種には効かない。機械種の多いこの街で見つかるとは思わなかったので思わず買ってしまった。これだけでアムの稼ぎの半分くらいが吹っ飛ぶ額の代物だ。

 アムがおそるおそる袋の中からボトルを出していく。顔は真っ青だった。

 艶の無い軽い材質でできた同じようなボトルを五つ程取り出して、アムが悪寒を感じたように身体を震わせる。

 マジナリウム、マナリン、アルファトン、ラナリウム、アンチミン、バナルーと、それぞれ全く別のラベルが張ってある。バナルーのボトルだけは色が黒塗りで、一層不吉な雰囲気を漂わせていた。


「あ、あの……これ、フィルさん、こんなに薬飲むんですか……?」


 アムの冗談に笑う。

 何を言っているんだ、この子は。ぽんぽんとボトルを叩いて、


「あはははは……僕が飲むわけないじゃん。僕が飲んだら……死んじゃうよ?」


「……あ、あの……一応聞きたいんですが……わ、私に使ったり、しないですよ……ね?」


 泣きそうな眼で上目遣いで僕を見上げるアムは抱きしめたいくらい可愛かった。


「……まー、僕は魔物使いだし? 大丈夫大丈夫、レイスへの服用の実験は既に王国でやってあるから死にはしないって。……あ、ただ、僕が処方した分しか飲んじゃダメだよ? 死んじゃうかもしれないから」


「……わ、私を、どうしようっていうんですか……」


 戦々恐々とアムが一歩離れる。

 どうするって……僕は、僕ができることをするだけだ。


「後は、大きい物は配達を頼んだから、明日以降に届くと思うよ」


「大きい物って……何を買ったんですか?」


「……檻とか全身拘束衣とか」


「……あの、それ私には……」


「ある程度揃えただけなのにお金が半分以下になっちゃったから、アムには頑張ってもらわないとね」


 引いてるアムの身体をばんばん叩く。

 これはただの先行投資だ。一応アムが僕の育成を受けて、やっぱりスレイブをやめると言い出した時のためにある程度他の種族にも流用できるものを選んで購入したつもりだ。

 だが、これだけのアイテムと魔物使いのスキルさえあれば、この程度の先行投資、すぐに取り戻せる。


「私、ちょっと、魔物使いってのを舐めていたかもしれないです……自信ないかも……」


「そんな事言わずに、ほら、飴あげるから」


 アムが僕の差し出した飴をしぶしぶ口に入れて、そして眼を見開いた。

 幸せそうにうっとりと頬を緩め、口の中でコロコロと飴を転がす。


「……この飴、何ですか?」


「美味しいでしょ?」


「こんなの食べたことないです……頭がしびれるくらい甘いのに……どこで売ってるんですか!?」


「ギルドショップだよ」


『FDキャンディー』


 レイスやスピリット向けの飴だ。人が舐めても無味無臭にしか感じられないが、レイスやスピリットにとっては--堕天するほどに美味しいらしい。FDキャンディーのFDはFallDownの略だそうだ。

 ちなみに依存性こそ無いものの危険なので魔物使いやそれに準じるクラスの者にしか売ってくれない。商品自体棚には無いので、レジで商品名を言わなくてはならないのだ。アムが後で手に入れようとしても手に入らないだろう。後、値段もやたら高い。


「いくつ買ったんですか? もう一個、もう一個もらえますか?」


「頑張ったらね」


 身を乗り出して飴をねだるアムの頭を撫でてやる。

 僕の言葉に不満そうな表情で呟く。


「……文字通り『飴と鞭』って事ですか……」


「そういうことだね。あ、アムが買いに行っても多分売ってくれないから、無駄な事はしないほうがいいよ。値段も一粒十万を超えるしね」


「……どんな飴ですか……」


 呆れながらも、先ほどよりもアムのやる気は上がっている。

 所詮最後にスレイブを決起させるのは食べ物だと言う事だ。胃袋を掴まれたら、人もレイスも弱い。


 この世界の生命は、その性質によって大きく六種に分類される。


 すなわち、


 有機生命種(ヴィータ)

 無機生命種(マキーナ)

 幻想精霊種(テイル)

 元素精霊種(エレメンタル)

 善性霊体種(スピリット)

 悪性霊体種(レイス)


 一概に一種類に分類されない種も存在しているが、あまねく生命はこのいずれか、あるいは複数に属し、それに準じた性質を持つ。

 悪性霊体種(レイス)善性霊体種(スピリット)、俗にいう霊体種と呼ばれる種族には、感情で大きく能力が上がるという特性がある。元素精霊種(エレメンタル)幻想精霊種(テイル)も上がるが、その上昇幅は遥かに落ちる。逆に無機生命種(マキーナ)有機生命種(ヴィータ)の能力は肉体に依存する傾向が強く、能力値はほとんど上がらない。


 それは言い換えると、やる気を失ってしまうと全ステータスが軒並み低下する事を示しており、接触には他の種族以上に気を使ってあげる必要があった。

 買ってきた品物をあらかた棚にしまい、一息ついた所でアムとこれからの事について話し合う事にした。

 ベッドに腰掛けてぼんやりしているアムに質問する。


「アム、D級までの依頼とそれ以降の依頼の違いはわかる?」


「依頼の違い……ですか?」


 しばらく首を傾げていたが、すぐに首を横に振った。


「いえ、意識したことは……なかったですね。そもそもD級の依頼なんてアリと……昇格試験でやった亀くらいしかやったことがありませんし」


 何で僕が探求者のイロハを教えなくちゃならないんだよ。

 心の中で愚痴ってもそれを表情に出さない。それがレイスとのうまい付き合い方だ。元々説明はするつもりだったし。


「ああ……まぁ、一応一から説明していこうかな。一般的にクラス分けとしては、ギルドの依頼の区分けはこんな感じになっているね」


 壁に掛けたホワイトボードに図を書いていく。


「GからFが初級、EからDが中級、CからBまでが上級……ベテランと言われる域で、AからSは……一流だ。まぁ一般的に言う探求者というのはEからDを指すことが多い。探求者じゃなきゃ相手にならないレベルって奴だね。この間倒したモデルアント何か、あのあたりは中級だけど、どちらかというなら上級寄りの魔物と言える」


 ちなみにSSとかSSSは、超一流とか、酷い場合は化け物だとか呼ばれている。僕としては、他の化け物と一緒くたにされるのは甚だ遺憾なのだが、僕の可愛いスレイブがマスターの僕から見ても紛れも無い化け物だったので仕方ないのだろう。

 アムは真摯な表情で僕の話を聞いている。


「GからFは、主に大した事のない魔物が討伐対象として指定されている。一般人が戦うには危険だけど、探求者なら一蹴できて当然のレベルだ。これを倒せないようだと、探求者は諦めた方がいい。才能があれば特に苦労なく倒せるし、才能がなくても勉強すればなんとかなる。これがここのランクだ。魔物ならスライムとかゴブリン、この辺りで言うならF543型のモデルドッグとかその辺だね。探索依頼なら、最下級の薬草とか、人類の生活圏内はもう採りつくしたけど生活圏外ではそんなに珍しくないものが選ばれる」


「私は……特に苦労しませんでした。ただ殴るだけだったので、むしろ敵を探すほうが手間がかかりました」


 そりゃそうだ。アムの種族ランクなら鼻歌交じりで倒せるレベルだろう。僕だって倒せるのだから。


 ちなみに、この地域のG級の討伐依頼は信じられないくらい難易度が高い。一般的に言って、無機生命種は有機生命種よりも高い戦闘能力を誇っている。F543型のモデルドッグの戦闘能力は王国近辺でいうE級並だ。

 それが最弱だったとはいえ、誰だ区分け決めたやつは。僕は大いに抗議してやりたい。


「EからDは、生活圏内で出現したら、一般人に取っては脅威と呼べるレベルの魔物が指定される。生活圏内ではなかったとしても、それなりの知性と運動能力を持った魔物だ。一般人が遭遇したらまず逃げる事を考えるべきレベルだね。探求者でも、事前に弱点を調べてからでないと歯が立たなかったり、特殊な能力を持っている魔物もいる。この辺りが低い種族ランクの探求者に取っては登竜門になる。討伐依頼で言うなら、知性と凶暴さを持つオークや夜の闇に身を隠し死角から襲いかかってくるレッドキャップ、ここらへんでいうなら、飛行能力を持ち酸性の鱗粉をまき散らすD023モデルバタフライにこの間倒したモデルアントなんかがこの域にいる。探索依頼なら、普通に歩いていても見つから無かったり、目立つ特徴のないものなんかが指定される。一見石ころにしか見えないヒールコメットとかね。……戦ってみてどうだった?」


 僕で言うと、討伐依頼ならソロでは無理、探索依頼なら敵にさえ遭遇しなければ余裕を持ってこなせるレベルがこの域だ。


「……正直、強かったです。アリも亀も悪夢の福音ブレス・オブ・ダークネスがなければ歯が立たなかったですし……」


「種族ランクの差で力づくで討伐依頼をこなしていた探求者はまずここで躓く事が多い。……アムみたいにね」


「うっ……」


 そもそも、装備もろくに揃えずに依頼を受けるのがおかしいのだ。リンに振られて自暴自棄になっていたのかもしれないが……アムがもし高い種族ランクを持った種族でなかったらとっくに墓の下だっただろう。いや、このまま依頼を受け続けて行ったら間違いなくどこかで野垂れ死にしていたはずだ。

 幸いなことに、事前準備さえしっかりしていれば、アムならば十分に討伐できるレベルしかいない。探索依頼は……みっちり仕込んでやらないとクリアできないかもしれないけど。

 そして、ここからが本題だった。


「で、今話した特殊能力がある討伐対象が多いって件なんだけど、アムの能力ならこのレベルの魔物を相手にするのは難しくない。地力が勝ってるからね。事前準備さえ怠らなければ特に問題ないはずだ。でもC級に昇格するには一つだけ問題があって……」


「問題……ですか?」


 首を傾げるアムを見てため息をつく。

 この子はたった二日でG級からD級まで昇格試験を突破してみせた。多少は苦労したはずだが、たった二日でそれを成し遂げるには類まれな強さが必要だ。特にD級の昇格試験を受けるための前提ポイントを貯めるには、それなり以上の苦労をしたはずだった。一日でそれだけのポイントを貯めるにはアリ以上の高ランクの魔物を狩らなければ貯まらない。

 だからこそ、この子は忘れている。探求者の仕事が討伐だけではないことを。


「D級からC級への昇格試験なんだけど……ギルドポイントだけじゃなくて、ある探索依頼の達成が昇格試験を受けるための最低条件なんだよね」


「探索……依頼?」


 何それ初めて聞きました。みたいな眼でこちらを見てくるアムの頭を思わず撫でる。

 んなわけあるか!

 ああ、でも馬鹿な子程可愛い。


「例えば……そうだな、アムは……フェミル草とアレリナ草の違いはわかるよね?」


「フェミル……アレリナ……? 何ですかそれ?」


「……オーケーオーケー、わかったわかった。下級の薬草と毒消し草だね。違いは色が違うね。簡単だね。まーフェミルもアレリナもレイス用のポーションには使われないからわからなかったかな」


 んなわけあるか!

 という言葉を飲み込む。

 フェミルもアレリナも大体のギルドでは一番簡単な探索依頼で求められる薬草の定番だ。機械種の街だがその事実は王国でもレイブンシティでも変わらないらしい。需要がなければ依頼は出ないので、探索依頼こそなかったものの、この地でも生えている事はわかっているし、定期的に依頼が上がることも確認している。


「で、その、ふぇみる? あれりな? がどうかしたんですか?」


「……その二つの薬草の群生地にしか生えない希少な薬草があるんだよ。フェリア草って呼ばれてるんだけどね。これを取ってくる依頼を達成することがC級昇格試験の前提条件なんだ」


 ちなみに前提条件の依頼こそ異なるが、王国でも同じようにD級からC級に昇格するには探索依頼をやらされる。探索の一つもできないのに種族ランクだけで高ランクになってしまう探求者を阻止するためだ。

 つまり、アムみたいな奴を防止するためだった。


 不安げにアムが見上げる。


「……採取なんてやったことないですよ……それってわかりづらいんですか?」


「まぁ……色と形はほぼそっくりだね。後、抜いた後は特殊な薬品につけておかないと一定時間でフェミル草かアレリナ草に変化してしまう性質があるんだよ」


「……何か面倒臭そうな薬草ですね」


 人事みたいにアムが呟く。

 ……いいだろう。粉砕してやろう。その驕りを。


「アムが採りに行くんだよ?」


「え!?」


 話半分で聞いていたアムが僕を見る。


 まさか僕が採りに行くとでも思っていたのだろうか?

 確かに、僕がやれば手っ取り早いだろう。事実、王国では探索依頼は僕がやっていたのだ。

 だがそれではいずれ独り立ちする事になるアムのためにならない。


「それに、C級以降は討伐依頼だけじゃなくて探索依頼も受けないと昇格試験受けさせてもらえないからね。探索依頼達成数が昇格試験の条件に増えるから」


「……探索依頼はフィルさんがやればいいじゃないですか……」


「それじゃアムの力にならないだろ。僕がいなくなったらどうするのさ」


「……」


 数瞬の沈黙。アムがこれ見よがしと耳を塞ぐ。

 一気にやる気をなくしてベッドの上に転がったアムを見て、大きくため息をついた。

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