第二十二話:活目せよ、讃え、喝采せよ
三日間お世話になった白銀の歯車に挨拶をしてチェックアウトの手続きをする。
急な話だったが、探求者の行動は大体が唐突なものだ。
ちゃんと、僕の工房を作るため、という理由を言うと、アギさんは納得したように首肯して手続きを進めてくれた。
そもそも、探求者というのは自分のランクによって宿をコロコロ変えるものだ。客商売をしている以上、宿側もその程度の事は熟知しているだろう。
たった三日だったが、アギさんには大分お世話になった。
ましてや、アムは半年近くこの宿に宿泊していたらしく、アギさんも慈愛の篭った瞳で感慨深そうにアムの顔を見て、名残を惜しんでいる。
「今までありがとうございました」
「いえいえ、長くご利用頂いてありがとうございました。アムさん、フィルさんと仲良くね? ……フィルさんも、こんなことお客さんに言うのも差し出がましいんですが……アムさんを大切にしてあげてください……後、少し早く起きたほうがいいかと思います」
「……はい、今までありがとうございました」
あまり人に親切にされたことがないアムが若干潤んだ眼を手で擦っている。
それに比べて、僕に飛んできた妙な感情の篭った視線を、笑顔で躱す。
気にしてたのか……確かに、時間外に夕食を出させたり色々して迷惑掛けたから何も言えないけど。
「アム、荷物任せた。アギさん、本当にありがとうございます。また後日、何かお土産でも持って遊びにきます」
「ここ宿屋なんですが遊びにって……はいはい、楽しみにしてます」
アギさんは一瞬口ごもるが、諦めたように笑顔で出口の扉を開けた。
白銀の歯車は宿のランクとしてはそう低いものではなかった。従業員のアギさんもいい人だし、他にも掃除や備品担当のフェードさんとか料理を担当しているハックさんとか、なかなか付き合っていて気持ちのいい人が揃っている。
料理の味だけが僕の舌には合わなかったが、他種族が料理を作っている以上それはある程度は仕方ない事だ。後少しだけ宿泊期間が長かったら、ヴィータの舌に合う料理の調理法を教えてあげてたのに。いや、まだ遅くはない。今度教えてあげよう。
頭を下げると、アイテム類を全部収納した大きめのリュックを背負うアムを連れ立って、外にでた。
「フィルさん、いつの間にアギさん達と仲良くなったんですか?」
「そりゃ宿泊してるんだから仲良くもなるよ。世間話くらいするしね」
ただ、起きている時間が全体的に短かったから、そんなに言うほど付き合いがあるわけではないが……
僕の言葉に、アムが振り返る。遠くにアギさんが笑顔で手を振っているのが見えた。
「……私、チェックアウトする人は見たことありますが、外まで出てお見送りなんて見たことないですよ……釈然としないです……」
「気のせいだよ気のせい。まぁ、アムももう少し会話したほうがいいかもね……」
せっかくレイスに対する忌避感の少ない機械種が営んでいる宿なのだ。もう少しアムは、人と人との繋がりを持ったほうがいいと思う。
下らない話をしながら大通りを道なりに進む。
手ぶらな僕と、数十キロはある大きなリュックを背負ったアムのコンビは目立つらしく通りすがる人が皆こちらに視線を向けてくる。一体どういう関係なのかとか、考えているのだろうか?
中には、明けの戦鎚の紋章をつけた探求者の姿もある。名前こそ知らないものの、酒場で見た顔だ。
笑顔で手を振ると、顔を顰めて踵を返していった。失礼な人だった。
「これからどうするんですか?」
「手紙を出したいんだけど、手紙を出す場合もギルドでいいんだっけ?」
「はい、ギルドですね……手紙?」
「ああ」
宛先は、グラエル王国だ。届くかどうかは運だろう。
境界さえ挟んでなければ問題ないのだが、境界を挟んでしまうと極端に情報の伝達が困難になる。
だが、チケット代を稼ぐよりは遥かに楽だとも言える。今の段階でできる手は全て打っておくべきだ。
それを見越したのか、アムが何とも言えない表情で僕の手を握る。
ほの昏い声でアムがつぶやいた。
「多分……届かないと思いますよ。私は」
「まぁ、境界を越えて届く可能性は一割程度って言うけど、できる事はやっておくべきだろ?」
「いえ……でも、それは意図的な妨害がない場合ですよね?」
「妨害?」
聞きなれない言葉に、思わず立ち止まって、アムを思わず見下ろす。
おかしい。アムは一体、何を言っているんだ……?
「誰が妨害するっていうのさ? アムがするの?」
「いやいやいやいや、私はやりませんよ? 何で私がやるんですか!」
心外そうにアムが首を横にする。
その動作に、嘘はなく。少なくとも、僕が培った長年の勘はそう言ってる。
高位の探求者は味方と同時に敵も多い。
僕はSSS級探求者の中では敵をあまり作っていない方だと自負しているが、それは比較して少ないだけであって全くのゼロではない。
だが、ここは境界の外……南だ。北でしか活動していなかった僕の敵がこんな遠い地にいるとは思えないし、偶然いたとしてもアムがそれを知っているわけがない。いや、そもそもいくら敵とは言え、ただ手紙を出すだけの行為に妨害を出すだなんて……
だが、アムの表情は確信しているように見えた。馬鹿らしいと鼻で笑うのは簡単だが……
僕は何かを見落としているのか……?
南に到着してからの事を全て思い返す。
……だめだ、何も思い浮かばない。
「じゃあ誰が妨害するっていうのさ?」
「……まぁ、もしかしたら私の考えすぎかもしれないです。さ、ギルドに行きましょう!」
僕の問いに答えず、リュックを揺らしながらアムが前を走っていった。
何か……途方も無い何かを、僕は見落としているのか?
ボタンを掛け違えているかのような違和感が、気持ち悪い。そして……その答えは、アムが知っているはずだ。
吐かせたほうがいいのか?
一瞬逡巡するが、すぐにその馬鹿な考えを振り払う。
命令は、そんなことに使うスキルじゃない。
「フィルさん? 行かないんですか?」
「……ああ……今行くよ」
釈然としないその感覚が足を鈍らせるのを感じながら、僕はアムの元に急いだ。
ギルドに入ると、真っ先に小夜のいるカウンターに向かった。
白夜の言うとおり、十四時から受け付けをやっていたようで、いつも通りの席に座っている。小夜は僕の顔を確認すると、一瞬ぱぁっと笑顔になった。
「フィルさん、おはようございます。今日はお早いんですね」
「おはよう……それ、白夜にも言われたよ……」
二つ隣のカウンターでじっとこちらを見ている白夜を指す。
僕が早起きするのがそんなに変か?
「昨日一昨日と昼間はアムだけがいらしたので……フィルさんが起きないって、さんざん泣いてましたよ?」
小夜にまで愚痴ったらしい。てか、そんなことで泣くな!
余計な話を吹聴したスレイブを睨みつける。
「……ちょっと低血圧でね……少し寝起きは弱いんだ……」
「あれは……ちょっとってレベルを越えてましたよ……」
「探求者にとってそれって致命傷ですよね……」
憐れむような視線を投げかけらる。いやいやいや、そこまでじゃないよ。
……そこまでかな……
ちょっと凹んでいると、気を取り直すように、小夜が本来の業務に戻る。
「そういえばフィルさん、今日のご用件はなんですか?」
「あれ? そういえば、フィルさん、手紙の取り扱いはここのカウンターじゃないですよ?」
「妨害されるんだろ? それじゃ手紙を出す意味がないじゃないか。手紙出すのもただじゃないんだし……」
「え? 妨害? 何の話ですか?」
首を傾げる小夜に、先ほど行った会話をもう一度行う。
真剣な表情で聞いていたが、小夜はすぐに首を横に振った。
「それは……考えられません。信用の問題から、ギルドの手紙の配達員は一流の探求者にも劣らない能力を持っています。配送先が配送先なので本当に届くかは厳しいですが、少なくとも妨害で手紙を紛失するような事はないでしょう」
「だよね。僕もそう思う。でも……事前に備えは怠るべきではない。だからこの手紙は、小夜に預けるよ」
道具袋から、束になった手紙を取り出す。全部で十九通。昨日の夜したためたものだ。
馬鹿げた話ではあるが、何者かが僕の手紙を妨害しようと画策していると仮定しよう。その場合、本来のルートを使うのは下策でしかない。
何故なら、いくらギルドの配達員が一流の探求者並の力を持っているとしても、彼らが僕の手紙から目を離す可能性は低くないからだ。僕だって妨害しようと思えば妨害できる。
ならば、それならば。本来のルートではないルートならば、妨害も欺けるかもしれない。
小夜とアムがその数に目を丸くする。
「ちょ……フィルさん、手紙って何通書いたんですか!?」
「二十通だよ。届く可能性が一割程度なんだったら、数で補えばいいだけの話だろ?」
届くのが一割に満たなくても、確率的に言えば二十通書けば二通は届く事になる。
そのくらいの備えは、妨害を想定していなくても当然の事だ。
困ったような表情で、小夜が手渡された手紙に視線を落とす。
「これ、どうしたらいいですか? 代わりに出すとか?」
「いや、持っていてくれるだけでいいよ」
小夜がそれぞれ個別の封筒に包まれた手紙を一枚一枚丁寧に確認する。
封筒には宛先しか書いていない何ら特徴のない無地の手紙だった。
「持っているだけ……? どういうことですか?」
「いえ、その手紙は……ただ持っているだけで自動的に届くんだよ、魔法を掛けるからね。小夜は……そう、奪われたり燃やされたりしないように大切に持っていてくれるだけでいい」
僕の言葉に、小夜が明らかな動揺を見せた。
「魔法……? いやいや、そんな魔法聞いたことないですよ? それにもし仮にあったとしてもフィルさんには……」
「それがあるんだよね。世界は広いから……さ、いくよ?」
言葉を遮り、右手の人差し指で手紙に触る。
僕の魔法を見たことのないアムと小夜が指先に注目する。
丹田から沸き上がってくる魔力を想像し、その一節に裂帛の気合を込めて、その呪文を唱えた。
活目せよ、讃え、喝采せよ。
これこそが僕の使える最強の呪文--
「『愚者の喝采』」
「……」
黙ったまま、指に感じる視線は減らない。
数秒程たって、ようやく小夜が何とも言えない表情で僕を見る。
「失敗ですか?」
「……え!? ……ああ……違う違う。この魔法に……術式光はないんだよ。発動はちゃんとしてるよ」
「術式光の発生しない魔法……?」
胡散臭いものでも見るかのような眼で小夜が手紙を触る。
一見、手紙は何も変化がないように見える。
付け加えるように、種族的に魔力の流れが視認できるアムが言う。
「魔力の流れも全然見えませんでしたが?」
「この魔法は魔力を使わないからね」
「そんな馬鹿な……そんなの魔法って呼びませんよ。大体、どんな効果なんですか? それ」
もっともな疑問だ。
だが、それに答えるのは少しばかり難しい。この呪文には--単純には数えきれないくらい効果があるのだ。
反面、機械種にだけは効きが薄いという弱点はあるが。
少し考え、もったいぶるように言ってやった。
「そうだな……色々効果はあるんだけど強いていうならこの魔法は『喝采に値する』魔法というべきだね」
「『喝采に値する』……? そんなの、質問の答えに--」
否定の言葉を紡ぎ掛ける小夜に指を突きつけた。視線で続きを止める。
傍目にはトラブルのように見えるのだろうか、遠巻きで探求者がこちらの様子を見ている。
「まぁ、小夜はそれを持っていてくれるだけでいい。効果はすぐにわかるだろう。頼める?」
「はぁ……フィルさんがそう言うなら、そのくらいなら構わないですが……肌身離さず持っていればいいんですか? 期間は?」
ちょっと考える。
魔法が効果の出る時間? いや、敵がいるかどうか判断できるだけの時間、だ。
ただ持っているだけと言っても、あまり長すぎるとそれだけで小夜のストレスになる。機械種と言えど、感情機構を備えている以上は精神的なストレスとは無縁というわけにはいかない。
それを加味した上で計算すると--
「いや、そこまで厳密に肌身離さず持ってなくてもいいよ。目に届く範囲においておいて貰えばそれでいい。奪われなければいいだけだからね。期間は……そうだな……三日……いや、余裕を見て一週間かな? 一週間あれば、効果が出るはずだ、一週間後に返してもらいにくるよ」
「一週間……ですか。分かりました。それまで可能な限り側においておきましょう」
「ちょ、ちょっと待って下さい……!」
「ん……?」
黙っていたアムがそれを止める。
「信じられないですが、フィルさんの魔法が効いてそれを持っているだけで手紙が届くってことは……妨害する側からしたら、その手紙を狙う理由があるってことですよね?」
「まぁ……そうだね。それがどうかしたの?」
「気づかないんですか? それってつまり、小夜が危険だってことじゃないですか? 持っているだけでいいなら私が持っていたほうが……」
アムの言う事はもっともだ。
他人の事を考えることができたアムの頭を撫でて褒めてやる。
レイスには……そんな当たり前の事ができない奴が掃いて捨てるほどあるのだから。
まぁ、もしかしたら友達だからなのかもしれないが、それにしても一歩前進には間違いない。
戦闘型ガイノイドである小夜がその言葉に、一瞬揺れた。
しばらく言葉を出すべきか迷っているようだったが、すぐに反論する。アンテナがゆっくりと同心円状に動いている。
「アム……私は、大丈夫です……だって--」
言いづらそうに口ごもる小夜の言葉を、僕が引き取った。
そう、たった一点だが、アムの考察には一点だが、考慮漏れがある。その心配は的はずれだ。
「危険といえば危険だけど、アムに任せるよりは小夜に任せた方が確実なんだよ……何故なら、小夜はアムよりよほど強いからさ」
「……冗談ですか?」
「いや、本気だよ。そもそも、ギルドの顔でもある依頼受け付けのカウンターに座るには最低S級探求者並の実力がいるんだから」
かつて王国のギルドの職員から直接聞いた話だから間違いない。
そもそも荒くれをまとめるギルドの職員がそうそう弱いわけがない。たかが固有スキルを一つ覚えた程度のナイトメアが敵う道理がなかった。
僕の言葉に、信じられないものでも見るかのような視線を小夜に向ける。
「……小夜、本当に……?」
「……ええ、私は……戦闘型のガイノイドなので……攻撃力だけならアムよりも遥かに高いかと……」
アムの視線に傷ついたように、小夜が必死に釈明する。
だが、その言葉には謙遜が含まれていた。多分攻撃力以外にも全体的に小夜の能力値の方が高い。
防御力だって金属でできている小夜の方が遥かに高い。後、基本的に機械種に精神汚染は効かないので、アムとの相性は悪かった。大体そもそも、ナイトメアは直接戦闘タイプの種族じゃない。戦闘用に設計されており、ギルドの厳しい試験を乗り越えて、狭き門であるカウンターに座る小夜に敵う道理がないのだ。仮に小夜と戦った場合、僕がセットでフォローしても今のアムじゃ勝率は三割程度だろう。
ちょっと達成できる依頼のレベルが上がっていて喜んでいたスレイブの肩を慰めるように叩き、念のため小夜さんに言った。
「まぁ、確かに危険だから……もし本当に妨害にあって、小夜で敵いそうにない何かに襲われたりしたら渡しちゃっていいよ。ただの近況を知らせる手紙だからそんな重要な事も書いてないし」
それは事実だった。この手紙には、特に大きな価値はない。ただの単純な生存報告だ。
当たり前の話だが、小夜やアムの命には変えられない。
「はい……わかりました。妨害行為などにあったらご連絡しますね」
「ああ、それでいいので。……お礼は……そうだな……」
ライセンス料を払うレベルの事ではない認識だが、全くのなしというわけにもいかない。
「今度また酒場で何か奢るよ」
「ええ、それで構わないです。大したことをするわけでもないので……。あ、後もう一つだけ……アムの事、お願いできますか?」
まだ呆然としている情けないアムを指す。
それは別に頼まれずとも、僕の仕事だった。メンタルケアは契約にまで入ってる。
ため息をついて、了承した。ケアする原因が……あまりにも情けないんだが。
「そういえばそのアムの荷物、どうしたんですか?」
そこで、話題を変えるように小夜が尋ねてきた。
自分の身長と同じくらいのパンパンのリュックを背負っているアムを見る。
探求者はフットワークの軽さも重要なので、大きな荷物を持ってギルドにいるものは少ない。
「ああ、宿を変えたから引っ越しを……。知ってる? 小さな歯車亭って所なんだけど」
「……あれ? この街の事なら大体知ってますが……それって宿屋じゃないんじゃ……」
確かに宿じゃないが、別に宿じゃないと泊まっちゃいけないというルールがあるわけでもない。
……そうだ、ついでに聞いてみるか。
「あ、そういえば、人を探してるんだけど、リン・ヴァーレンって探求者知らない? 魔物使いでヘルフレッドをスレイブにしてるらしいんだけど」
「……フィルさん、わかっていると思いますが、ギルドの持つ他の探求者の情報の提供は禁止されています。アムの場合は、マスターとなったフィルさんにはそれを知る権利がありましたが、今回は全く話が別です」
小夜が真剣な表情で口を閉ざす。
当たり前と言えば当たり前の話だ。
ギルドの規定では基本的に探求者の情報を他の探求者に漏らすことは禁止されている。
ここから面白い所で、この基本的という部分、職員の判断に委ねられているらしい。つまり、職員が情報を提供するに足る理由があると判断するのであれば、ある程度は提供してくれるのだ。逆に言うならば、それくらい職員に対する信頼は厚いと言える。
だが、小夜はそう簡単に吐かないだろう。いや、別に無理やり情報収集するつもりもないんだけど。
僕はちらっと視線を小夜さんの二つ隣のカウンターに向けた。
「……や、やめましょうよ……言えないって小夜が言ってるじゃないですか……」
「ん? 何も言ってないけど? それにずっと思ってたんだけどアムって、探求者としての貪欲さが足りないよね? ……白夜、ちょっとこっちに来て!」
ノーと言われてそれを聞いていたら……探求者なんてできない。
二つ隣のカウンターに座っていた白夜が、しぶしぶといった表情でこっちに歩いてくる。
「……何か用ですか? 私だって暇じゃないのですが……」
「並んでる人誰もいなかったじゃないか……聞きたい事があるんだけど」
「小夜に聞けばいいじゃないですか」
隣の同僚に視線を向ける。小夜は苦々しい表情で白夜と僕を見た。
居たたまれなさそうにアムが身を縮める。
「いや、小夜が教えてくれなかったからさ。リン・ヴァーレンって探求者知らない? 魔物使いでヘルフレッドをスレイブにしてるらしいんだけど」
僕の台詞に、白夜の端正な顔がしかめられる。
小夜の表情と僕の顔をもう一度確認してため息をついた。
「フィルさん、馬鹿ですか? ギルドの持つ探求者の情報は基本的に公開できません。小夜が教えなかったのは当然です。別に教えたくなくて教えないわけじゃないですよ? そういうルールなんです!」
うんうん、と納得するように小夜が何度も頷く。
ルール。そう、ルールだ。だが穴がある。例外がある。そこをつけと言わんばかりの例外が。
当たりを見回し、自分たち以外の探求者が聞き耳を立てていない事を確認して、秘密の話をするかのように囁く。
「いや、僕はギルドの持つ情報を公開してほしい、なんて言ってないよ」
「……どういう意味ですか?」
「僕は……私人としての、白夜が知っている事があったら教えてほしいって言ってるんだよ」
「……ちっ、物は言いようですね……」
「白夜!?」
こいつ、今舌打ちしたな……。
小夜が白夜を止めようと一瞬腰を浮かせるが、そもそも小夜には白夜を止める義務もないし権利もない。
白夜はもう一度、小夜の事を見た。自分の同僚を。自分よりも先に名前をつけてもらったテスラ社製の友人を。
「教えてくれないなら小夜に聞くだけだけど。小夜は教えてくれるよね?」
「…………」
僕の言葉に、小夜は特に何も言わず僕を黙ったままだ。
だが、それがよくない。ノーならノーとはっきり言わないと、誤解させる。
機械種には心がないだなんて無体なことを言う者も多いが、僕は機械種の心を信じていた。
癖なのか、白夜は忙しげに指に嵌められた指輪型の感情機構を触る。
あと一歩かな。
視線を白夜から小夜に移す。
「小夜、私人としての小夜に聞きたいんだけどーー」
「くっ……わ、わかりましたよ。教えればいいんでしょ! 教えれば!」
白夜がとうとう折れた。悔しそうに自分の腕を握る。
ちょろいなあ。
「白夜……本気? 私達が知ってる情報って……」
小夜が容易く言質を翻した友人を愕然とした表情で見る。
公人、私人など関係ない。機械種の記憶力は人の比じゃないのだ。
特にサポート型の白夜にとって、過去知った情報は現在と同様の鮮明さを持っていても不思議じゃない。
まぁ、それでも知らないことは知らないんだけど。白夜の反応を見ると知っているようだ。
白夜がじっと僕の顔を見る。丁寧に、頭の中に内蔵されているはずチップに刻みつけるかのように。
「……今、はっきりとわかったわ。小夜、この人……本物よ。前回も前々回も境界船に乗船した記録はないのに、グラエルグラベール王国のSSS級探求者がこんな所にいるわけないのに……フィルさん、貴方、SSS級探求者のフィル・ガーデンですね?」
「え? そうだよ。まーカード無くしちゃったから今はD級だけどね」
この人って言い方、失礼だな。
今更な話だ。小夜にも最初に言ってあるし、アムにも言ってある。
僕は別に隠していないし、偽名だって使ってない。同姓同名の探求者だって、多分いないだろう。
「噂は聞いていますよ。SSSランクの探求者は少ないですからね。コラプス・ブルーム……探求者として登録してから僅か五年でSSS探求者まで昇格した天才魔物使い。同姓同名じゃないですよね?」
白夜が何度も何度も僕の全身をスキャンし、顔を曇らせて僕を見る。
残念ながら何度やっても筋力値1.5、魔力値0.7以上の情報は出てこないだろう。それは紛れもなく僕の能力値だ。ランクの昇格に必要なのはギルドの報酬ポイントだけで、勿論最低限の条件はあるが戦闘能力は必ずしも必要とされない。
「いや、多分、本物だよ? SSS級探求者で魔物使いなんてそうそういないし。天才かって言うと……悩ましい所だけど」
白夜の情報を知らなかったのか、小夜が目を見開いて僕の顔を見る。
「……五年……たった五年!? ……本気ですか? フィルさん、何歳の時に探求者になったんですか?」
「十四かな……ちょっと一山当てようと思って王都に出て探求者になったから」
田舎者が一番手っ取り早く財産を築けるのが探求者だったのだ。
少なくとも貴族になるとか会社起こすとかよりは遥かに簡単だと今でも思う。
「で、それが何か意味があるの? あ、もしかしたら元のカードの復活とかできたりする?」
もしそれが可能なら、面倒事がいくつも解決することになる。
SSS級のカードさえあれば後はアムの代わりにエレメンタルかスピリットの別のスレイブを育て、境界船に護衛として乗り込むだけでいい。あるいは、明けの戦鎚に協力してもらうという方法も取れる。
だが、残念ながらそううまい話はないようだった。白夜がすぐに首を横に振って否定する。
「……いえ、元のカードの復活は不可能です。ただし、私が貴方をただの嘘つきのD級探求者ではなく、力はなくても、元SSS級だと保証することである程度の融通が利きます。……情報も提供しましょう。『私人』として」
ずいぶんな言い様だった。こんなんでも一応はトップクラスの探求者だった僕に対して、全然尊敬が篭ってない。
尊敬されるにたる行動をとっていないのが悪いのかもしれないが。
白夜の言葉に、言い訳をするように小夜がつなげる。
「フィルさん、私はずっと保証しています」
「知ってるよ。ありがとう」
「……いえ、名前のお礼です。ですが……私は規律を破れません」
「別に構わないよ。それが小夜の選択なら」
「……はい」
悲しげに小夜が目を伏せる。
機械種にだって精神はあるし意志はある。向き不向きもある。それが選択だというならば是非はない。
そもそも、機種によっては禁則行為として精神にロックやフィルターがかかっている可能性すらあるのだ。僕なら解くことができるかもしれないが、間違いなく損害賠償を求められるだろう。
「ではフィルさん、ちょっとこちらに来ていただけますか?」
今回は白夜で我慢しておこう。
白夜に呼ばれて隣のカウンターに移動しながら、僕は確かな手応えを感じていた。




