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Tamer's Mythology  作者: 槻影
第一部:Tamer's Mythology

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第十九話:大人しく僕についてこい

 月水の涙を摂取したおかげで、久しぶりの日光を浴びながらギルドに向かう。

 宣言通り、朝に起きることができたのが良かったのか、アムの機嫌は上々だった。

 念のために多めに摂取したおかげで朝早くに起きられたが、若干頭がぼんやりする。月水の涙の副作用だ。だが、行動に支障をきたすほどでもない。欠伸を噛み殺しながらギルドの扉をくぐった。


 真っ先に依頼受け付けのカウンターに向かって小夜を探すが、今日は姿が見当たらなかった。

 アムにも聞いてみるが、昨日と一昨日はちゃんとカウンターにいたらしい。首を傾げている。


 アムがお世話になったから一応お礼を言おうと思ったんだけど……今日は休みかな?


 カウンターの一つに座っている、一人の女性型の機械種に尋ねる。

 小夜とは異なるタイプの銀髪のガイノイドだ。まだ僕が昼間にギルドを訪れるのは二回目だが、一昨日来た際には見かけなかった機種だった。


「すいません、ちょっとお尋ねしたいんですが……小夜さんって今日はお休みですか?」


「小夜? ……ああ、小夜ですか? ……ああ、今日は十四時からの担当ですね」


 カウンターに置いてある時計を見る。朝の十時だ。

 来るのが早すぎたらしい。タイミングが悪いな。

 探求者のランクを上げる必要はないが、金を稼ぐのに最も効率がいいのは高ランクの依頼を受けることだ。探求者の受ける依頼については基本的に自己責任なのでランクによる依頼受講の制限などはないが、受け付けに頼んで依頼を提示してもらう場合、受け付ける裁量で提示される依頼の内容が変わる。聞いた話では、カウンターに座る職員にもノルマがあるらしく、紹介した依頼の成功率が成績になっているらしい。

 現在の僕の探求者のランクはDランク。僕達の事をよく知っている小夜なら高ランクの依頼を教えてくれても、別の職員は教えてくれない可能性があった。


 まぁでも、今日の目的は別に依頼を受ける事じゃない。


 僕は懐から、ギルドカードを差し出した。カードは、僕本人はほとんど使っていないのにアムが頑張ったおかげで、いつの間にか鈍色のDランクのカードになっている。

 目の前に座る銀髪のシャロン社製GNの7500番代のサポート型機械種の女性に聞いた。

 もちろん前回の失敗は踏まえて言葉を選ぶ。


「なるほど……ありがとうございます。ところで、僕の名前はフィル・ガーデンといいます。貴方のお名前を教えていただけませんか? あ、シャロン社製GN7500番代のサポート型であることはその耳元についてるアタッチメント式の感情機構と左手人差し指に付けられた指輪型の広域型ステータスセンサーと銀髪で判断がつくのでそれ以外の『名前』でお願いします」


「……ああ、貴方が小夜が言っていた『お気に入り』の探求者ですか……今日は早いんですね」


 機械種の女性は、僕の言葉に特に驚いた様子もなく、僕の事をしばらく観察すると、平然とそう返答した。


 ……小夜が言っていた『お気に入り』? 


 機械種の情報伝達能力は他の種族と比較して桁外れに高い。だから知られているのもおかしくはないが……一体どんな噂が立てられているんだ?


「小夜は……貴方がいつも夜まで寝ているという話を聞いて、十四時からの勤務に切り替えるとの事です。二十三時まで残るらしいですよ?」


 じろりと僕の事を見る。僕にどうしろと?

 ギルドの職員も人……とは限らないが、意志があるため、お気に入りの探求者ができるのは別におかしくないし、探求者も顔見知りの受け付けに集まるのは当然……なのだが、三日でここまでしてくれるとは、小夜は僕の他に顔見知りの探求者など居なかったのだろうか?

 後ろでアムが「私は朝来てるのに……」と、一人寂しく呟いた。なかなかいい感じに哀愁が漂っている。

 とりあえず今は気にしないことにする。


「小夜には午後に謝ります。それで、貴方の名前は?」


「……ありません。型番はご推察の通り、シャロン社製GN75156078S、サポート型のガイノイドです」


「なるほど……」


 話を聞きながら、内心で不甲斐ないこの街のギルドに対する言いようのない憤慨がもやもやと浮かぶ。

 この街のギルドは一体何をやってるんだ?

 名前のない機械種が……こんなにいるなんて……

 そして僕は目の前で期待するような視線をこちらに向けてくるこの機械種の子になんと答えればいいのだろうか?


「……雇い主につけてもらえばいいと思うんですが……」


「……小夜にはつけてあげたのに私にはつけてくれないのですか? 差別ですか?」


 深い銀色の瞳が僕のことをまっすぐ見つめている。顔色も変わらず、声も平らなものだが内心では凹んでいるのがわかる。感情機構の性能が小夜と比べてあまり優秀ではないのだろう。


 だけど……いい性格してるなあ……


 もしかして、僕は毎回新しい受け付けに並ぶ度に名前をつけてあげないといけないのだろうか?


「……つけてほしいんですか?」


「……いいえ……ですが……差別はよくないと思います」


「えーっと……じゃー、白夜(はくや)でいいですか?」


白夜(はくや)……私の名前……どういう意味ですか?」


 意味を求めるのか……

 これだから機械種は……

 僕は白夜の手を取ると、その手にペンで『白夜』と書いてみせた。


「千年王国の言葉で白い夜って意味です。貴方の髪が……美しい銀白色だったので……」


 てか僕は特に意味とか考えて名前をつけたりしていないので大体がこじつけなのだ。

 白夜が食い下がる。


「……夜は? 何で夜なんて文字を使ったんですか?」


「……えっと……僕が夜が好きなので……」


「フィルさんの好きな字を入れたってことですか……」


「まぁ簡単に言うとそうですね。いや?」


 どうだっていいじゃんそんなこと、

 もっといい名前が欲しければ命名師につけてもらうといい。

 白夜は十秒程自分の手の平に書かれた二文字を見ていたが、顔を上げた。


「微妙なネーミングセンスですが、もらったものに文句を言いません。私の事は今後は白夜と呼んでください」


「……言ってるじゃないか」


 とか言いながら、けっこう嬉しそうだった。

 喜んでもらえたようで何よりだ。

 そして……この街の機械種の感情表現は繊細だなあ。

 小夜も小夜でよかったが、白夜も白夜で是非一度いじらせてほしいものだ。

 シャロン製もテスラ製と同じく大企業であり、同じくらいライセンス料がかかるので当分は無理だが。


「で、本日はどのようなご用件でしょうか?」


「えっと……スレイブの正式登録を……」


 魔物使いにはスレイブをギルドに登録する義務がある。期限は基本的に契約をしてから一週間以内。尤もこれは確かめる術がないので、いつ登録するかは概ねマスターの良識にかかっている。

 これがあって初めてギルドは正式にマスターとスレイブの関係を認定するのだ。

 それと同時に、スレイブ側が探求者だった場合本人のギルドカードの凍結と、新たなスレイブ用のギルドカードが配布される。


 白夜が僕の後ろに隠れてカウンターを伺っているアムを黙って見る。

 目元が若干キツイ事もあって、その視線は別に怒ってないのに氷のような視線だと感じられた。アムが萎縮していた。


「承知しました。では、フィルさんのギルドカードとアムさんのギルドカードを提出してください」


 アムから受け取ったFランクのギルドカードと、自分のDランクのギルドカードを差し出した。

 ついでにアムを前に出し、紋章を刻んだ左手を前に出させる。

 白夜が注意深くその紋章を指でなぞり確認する。


「……なるほど。確かにアムさんとフィルさんの間に絆のラインが通ってる事を確認しました。契約魔法は……友誼の約束エンゲージ・ファミリアですか……こんな低位の契約魔法でよく契約が結べましたね。これも元SSSランクの力ですか?」


 小夜に聞きましたよ、と怜悧な眼で得意げに僕を見据える白夜。


 ……元っていうか、カードなくしただけだけどね。

 アムが興味深そうに僕を見上げる。


「え!? 契約魔法ってそんなに何種類もあるんですか?」


「魔物使いの使う契約魔法は三種類あってね……上級の契約魔法になればなるほど契約を結びやすくなるんだ。僕は魔力がなくて一番下のしか使えないんだけどね……」


 結びやすくなるというか、詳しく言うと、スレイブ側の抵抗を突破しやすくなる。信頼性を得なくても契約を結べるようになる。それがいいことかどうかは議論が別れる所だが。


「なるほど……凄いのか凄くないのかよくわからないです……」


「魔力不足で使えない、というのは最低ですが、こんな低位の魔法でB級のレイスであるナイトメアと契約を結べたという事実が凄いですね。信頼性がいくら高くても、ランクが高ければ高い程無意識に抵抗するはずなので……」


「……B級のレイス……ですか」


 アムがぽつりと呟く。

 手を伸ばしたまま固まっているアムの頭を撫でてやった。


「まぁ、それだけ信頼があったって事で……」


「なるほど……はい、登録ができました。スレイブの契約を解除する際は再度手続きをすることによってアムさんのギルドカードを復活させることができますので、その際はお申し付けください。」


 返ってきた自分のギルドカードをしまい、スレイブ用のカードをアムに渡す。

 このカードには本来のギルドカードとは異なり、自分の情報の他にマスターの情報が記載されている他、マスターの許可があった場合にマスターの口座から金銭を引き落とすなどの機能があった。スレイブ版の身分証明書だ。

 アムは淡い透明な青色をしたそのカードを丁寧に自分の道具袋にしまった。


「他にご用件などはありますか? 依頼の検索などは如何でしょうか?」


 サービス満点に白夜が聞いてくる。どんなランクの依頼を回してくれるのかやや気になるが、今は受けるつもりがなかった。

 まぁでも、聞くだけならただだろう。適当に応える。


「あー……何か簡単でお金いっぱい貰える討伐依頼とかない?」


「……いっぱいってどのくらいですか?」


「三十億」


「……私の事からかって楽しいですか?」


 ぞくりとくるような冷たい声と蔑みの声。

 気になる。この感情の精度、素晴らしい。伸びそうになる右手を左手で押さえつける。

 王国に戻ったら今度は観光目当てでスレイブ皆連れてこっちにこよう。


 軽く謝罪をして、その場を後にした。

 後ろに並んでいた男性の探求者が、僕を尊敬でもするかのような目で見ていた。


「……白夜さん、可哀想ですよ……」


「今日は依頼受けるつもりはないからね……毎日依頼を受ける必要もないんだし」


「だからって……あんな……」


 アムが白夜の事を気につつも、僕の右手を握ってくる。

 別に、条件聞かれただけだから言っただけなんだが……


 さてと、次は……


 太陽の光を浴びながら大通りを歩いて行く。

 サファリの上から見た景色と、二日間歩きまわったことで大体頭の中でマッピングができている。


「あの……これ、どこに向かってるんですか?」


「ん? 定食屋」


 アムが首を傾げる。


「お昼にはまだ早いと思うんですが……」


「ああ、いや、違う違う。初日に世話になった定食屋があってね。挨拶とちょっとした頼み事をね」


「……そうですか……」


 素直に僕の後をついてくるアムだが、徐々に目的地に近づいていくにつれ、何故か様子が少しずつおかしくなっていった。

 周囲の景色をせわしなく見たり、手を強く握ったり、まるで何かに見つかるのを恐れているかのようだ。

 目的地である『小さな歯車亭』の前で立ち止まる頃には、アムの顔は完全にこわばっていた。

 扉を開けようとすると、アムが僕の袖を引っ張って止める。


「フィ、フィルさん、まさか、お世話になった定食屋って、ここ(小さな歯車亭)ですか?」


「ん、ああ、そうだけど?」


 外から覗く限りだと相変わらず閑古鳥が鳴いているようで、昼前なのもあるだろうが人は誰もいなかった。店員のアネットさんすらいない。この店は大丈夫なのか?


「……やめときませんか? ここ、おいしくないですよ?」


 アムはこの場所に何事かあるらしい。涙目と真っ青になった相貌がそれを物語っている。

 細い肩も小刻みにふるえていた。


「いや、おいしくないのは知ってるよ。食べたからね。味なんてどうでもいいんだけど……何かこの店にあるの?」


「いえ……ちょっと……知り合いの実家なんですよね……」


「へー、アムに知り合いなんていたんだね。ここプライマリーヒューマンの店だったけど、知り合いってプライマリーヒューマン?」


「……そうです」


 その言葉に純粋に驚く。

 プライマリーヒューマンにとってレイスは天敵だ。

 知り合いというニュアンスである以上、それ程仲は悪くないのだろう。どういう関係なんだろう?


「なら尚更いいじゃん。何か問題でもあるの?」


「はい……あの……ちょっと入りづらいというか……私、ちょっと、喧嘩しちゃってて……」


 ……喧嘩? 何だ下らない。

 僕はしばらくアムを見下ろしていたが、気にせずに入ることにした。

 スレイブの喧嘩と僕は全くの無関係だ。


「ちょ……フィルさん!?」


「アムはそこで待ってていいよ。僕が用事があるだけだから……」


 敷居をまたぐ寸前にアムがつないでいた手を離す。

 裏切られたような眼でこちらを見つめるアムを無視して扉を閉めた。

 店内は相変わらず薄暗い。味と照明を何とかすればこの店も少しは客が入るんじゃないだろうか。


「こんにちはー、アネットさんいますかー?」


 大声で何回か声を掛けると、ようやく奥からアネットさんが出てきた。

 僕の顔を見て意外そうな顔をする。


「あら、あんた……えーっと、フィルさん? 二日くらい前にきた」


「ええ、その節はお世話になりました。おかげ様で身分証明書の再発行ができました。ありがとうございます」


 頭を下げると、アネットさんは苦笑いで首を横に振った。


「いやいや、そんなご丁寧にわざわざ……フィルさんは礼儀正しいねえ、うちの娘にも見習わせてやりたいよ」


「本当に助かりました。無事依頼も受けてお金が入ったので……先日ご馳走していただいた定食の代金を支払わせていただけないかと」


 結局ハンバーグ定食、ただでごちそうになっちゃったからな。

 予想外の言葉だったのか、アネットさんが眼を丸くする。


「いや、あれはこっちから言い出したことで……別に気にしなくていいんだよ? そんな高いものでもないし」


 笑顔で首を横に振って、銀貨を出してテーブルに置いた。


「いや、そういうわけにもいきませんよ。本当に迷ってしまって大変な時に助けて頂いたので……本当なら利子でも払わせていただきたいんですが」


「ギルドの場所を教えただけなんだけどねぇ……まぁ、それでフィルさんの気が済むなら……」


 アネットさんが、銀貨を摘んで無造作にポケットにしまった。

 これで貸し借りはゼロだ。

 アネットさんがそこで、気づいたように言う。


「……そうだ、今日も何か食べてくかい?」


「それもいいんですが……実は今日は一つお願いがありまして」


「ん……? お願い?」


 アネットさん以外がいない店内を軽く見回す。


「ええ、実はこれから一月くらいこの街に滞在することにしたんですが、泊まる場所を決めていなくて……」


「ふむ、おすすめの宿が知りたいとかかい? そういうのはギルドに聞いたほうがいいと思うけどねぇ」


 そんなこと僕だって知ってる。だが、僕のお願いはそんなことじゃない。

 アネットさんの早とちりを笑顔で躱す。一拍ほどの間を置いて、用件を述べた。


「いえ、ここに泊めていただけないかと……もちろん料金は払います。部屋とか余ってませんか?」


「え……ええええ? いやいやいや、フィルさん、ちょいと待っておくれよ。ここは定食屋であって、宿じゃないんだよ?」


 アネットさんが目を丸くする。

 そりゃその通りだ。だが、無理を通せば道理は引っ込むものだ。

 身振り手振りを交えて交渉する。


「ええ、無理を言っている事はわかっているんですが、何分街の知り合いが誰もいなくて心細いんですよね。できればでいいんですが、部屋とか余っていれば下宿のような形で貸していただけないかと……同じプライマリーヒューマンなら安心ですし。お願いします」


 頭を下げる。

 アネットさんは僕の言葉に一瞬困ったように顔を歪めて少し考えていたが、すぐに苦笑いを作った。

 プライマリーヒューマンの事はプライマリーヒューマンが一番よく知ってる。


「なるほど……確かにこの機械種ばかりの街だと外から来た人は心細いかもねえ……その気持ち、私もプライマリーヒューマンだからよくわかるよ。……うん、同族のよしみでこのアネット、一肌脱ごうじゃないか。そういうことなら部屋もいくつか余っているし、構わないよ」


「ありがとうございます! ……他の家族には許可を取らなくて大丈夫ですか?」


「あははははは、フィルさんは心配症だねえ。大丈夫大丈夫、なんとかなるよ」


 豪快にアネットさんが笑う。

 別に種族に貴賎はないと思っているが、久しぶりに同族を見て感じるシンパシーのようなものがあった。アネットさんも恐らく同様のものを感じているのだろう。

 まぁ本人がいいといっているのだからいい、という事にしておこう。

 そこでもう一つ、伺うように尋ねる。


「あの、アネットさん、もう一つお願いあるんですけど……」


「ん? 何だい?」


「いえ、実は僕……魔物使いなんですよ。実はスレイブというペットみたいなのが一人いて……その子も一緒に泊めさせていただけますか? 部屋は僕と同じでいいので」


 魔物使いは一般人に取ってはあまりポピュラーではない。

 『魔物』使い。そもそもの語感があまりよろしくないので、探求者向けの宿以外では宿泊を断られたりすることもある。

 特に……僕のスレイブ、レイスだし。

 だが、それに対するアネットさんの答えは、予想外だった。


「なんだ、フィルさん魔物使いだったのか。奇遇だね、うちの娘……リンって名前なんだけど、リンも魔物使いなんだよ……そのスレイブ、そんな大きくないんだろ? 今更一匹や二匹増えた所で別に構わないよ」


「そんな大きくないですね。その、リンさんは何人くらいスレイブをつれてるんですか?」


 魔物使いのプライマリーヒューマン?

 あー……やばいかもしれないな。

 奇遇といえば奇遇だが、それはあまり良い奇遇じゃなかった。

 魔物使いというクラス持ちは探求者全体から見るとそれ程多くないため、こういう事は滅多に起こらないのだが、もし偶然に鉢合わせたとかでこういった事が起こった場合、問題は大きく分けて二つ発生する。


 スレイブ同士の相性というものがある点が一つ。

 そして、同業者同士の比較というものが行われる点がもう一つだ。


 特に後者が厄介で、基本的に魔物大好きな僕ら魔物使いは、魔物使いとしての本能に抗えない。

 つい相手のスレイブと自分のスレイブを比較してしまう。それはスレイブ側の立場からしても同様で、僕は恐らくそのリンと比較されることになる。懐の深さ、能力、成長の余地、契約の条件、才能、好みに至るまで。


 そしてそういった行為が、多分他職種が考える以上にトラブルの種になる。契約が成り立っているのは信頼関係が基盤であり、比較というものはそれを崩してしまいかねない。その行動に拍車を掛けるのが契約魔法の特性で、この契約魔法、スレイブ側の承諾さえとれていれば、上書きが効くのだ。つまり、最悪のパターンではあるが、相手のマスターの方がこちらよりも優っていた場合、スレイブを取られる可能性すらあるのだ。


 いらないトラブルを避けるために魔物使いは、ランクが高くなればなるほど同類と共に生活をしたがらない。一日や二日ならともかく、長期間一緒にいるとなるとそれは大きなリスクになる。

 そうでなくても、僕には昔高位の魔物使いと偶然一週間同じ宿に泊まった時に、相手の育成方針が自分と合わずについぼこぼこにしてしまった経験がある。

 多分もう一度同じ経験をしても同じようにぼこぼこにしてしまうだろう。本能であるが故に。


「一人というか……一匹だねぇ。種族は……えっと……へるふれーど? とか言ってたかねぇ? よく覚えてないよ」


「一人か……多分、ヘルフレッド……ですね。種族ランクD級のレイスよりのヴィータ。『生意気な子鬼』ですね。男ですか?」


「ああ、多分それだね。性別は雄で年齢は……十八と言ってたかな」


 ヘルフレッド……オーク以上オーガ未満の種族ランクを持つ地獄の子鬼だ。子鬼といってもノーマルな鬼と比較して小さいだけで、平均的なプライマリーヒューマンと同じくらいの身長はある。十八歳の男の子鬼か……


 頭の中で軽く計算してみたが、手綱さえきちんととれていれば何の問題もなさそうだった。

 僕のスレイブがレイスなことが懸念点だったが、ヘルフレッドもレイスが若干混じっているので、それを扱っているのならば恐怖(フィアー)に対する耐性もあると予測される。


 何よりも子鬼というチョイスが渋い。


 鬼種は総じて能力が高いが、それだけあって魔物使いが扱うには難易度の高い種族だと認識されている。

 子鬼種は純粋な鬼種に比べれば能力値は低いが、それだけ契約のハードルが低いし、鍛えれば鬼種と比較しても全く遜色ない力を持つ、玄人好みの種族なのだ。


 僕は子鬼種は扱ったことがないし、恐らくこれからも扱う事がないから、是非お話を伺いたい。


「特に問題はなさそうですね。リンさんもここに住んでるんですか?」


 アネットさんが苦笑いで首を横に振る。


「いや……あの子は……帰ってきたり帰ってこなかったりだねえ。ここに住めば金銭の節約にもなると常々言っているんだけど……」


「なるほど……まぁ魔物使いをやるんだったら、自立しなければいけないので、仕方ないですね。僕だって、かつてはそのために故郷から出てきたので……」


「ふむ……そういうものなのかねぇ……」


 そういうものなのだ。

 マスターはスレイブに取っては基本的に上位である必要があるので、自立は必要不可欠だ。そうでなければスレイブになめられる。

 僕の言葉にアネットさんは首を傾げていたが、すぐにこちらに向き直った。


「それで、泊まるのは今日からでいいのかい?」


「問題なければ今日からでお願いします。スレイブを外で待たせてるので連れてきますね」


 やっぱりいい人だ。やっぱりこの世で一番ありがたいのは同族だな。

 もうちょっと交渉しなければならないと思っていたが、予想以上にスムーズに了解をもらえてよかったよかった。

 どこともしれない宿に泊まるより、会って数日とは言え知り合いの家に泊まる方が遥かに効率的だし、何かあった時にもこちらの方が融通が聞きやすい。宿泊料にいくら払うかについては後で交渉しよう。

 上機嫌で外に出ると、扉の横でしゃがんで俯いているアムを姿が目に入った。

 僕が出てきたのに気づいて、食って掛かってくる。


「あ、フィルさん! 遅いですよ、何やってたんですか!」


「今日からここに泊めてもらう事になったからよろしく」


 アムが僕の言葉に愕然とした表情で一歩後退った。


「え? はああああ? こ、ここに……泊めてもらう? な、何言ってるんですか! ここ、定食屋ですよ、宿屋じゃないんですよ? と、とめてくれるわけが……」


 ですよね? フィルさん! とでも言わんばかりに、目尻に涙を浮かんだ状態で抗議してくるが、無視して手首を掴んだ。

 それを振り解こうと手をぶんぶん振ってくる。凄い力だ。

 逃げられないようにタイミングを見てこちらも掴んでいる手を振って力を逃がす。

 店先で騒いでいる僕らを通行人が眉をしかめて見ている。


 駄々をこねるアムに頭が痛くなった。一体何があったんだよ。


「て、手、離してください! やだ、ここ、やだ。いーやーでーすー! やだやだやだ! 宿に帰る!」


「いや、帰らないよ。今日から此処に泊まる事に決めたし、もう了解ももらってるから」


「と、泊まるって……フィ……フィルさんが?」


 祈るような表情でアムが聞いてくる。

 そんなわけがない。


「アムもに決まってるだろーが! さ、行くよ。挨拶しないと失礼だろ! 大体、一人で元の宿に泊まれって言われたらアムはそうするの?」


「そ……それは……そうですけど。でも私、ちょっと喧嘩してて……」


「んなの僕には無関係だろーが。一緒に謝ってあげるから、ほら、行くよ!」


「いやです! 他の所、他の所にしましょう! フィルさんは、私が嫌がること、やらないですよね?」


「アム……」


 慈しみの感情を持って、微笑みかける。

 僕だってこんな事したくないんだ。

 何かを感じ取ったのか、顔色がさっと引いた。往生際が悪いアムに『命令』する。


「大人しく僕についてこい」


「あ、酷い!」


 アムの身体が僕の命令を聞き入れて勝手に抵抗をやめる。

 だから禁則事項の死令は外すなって言ったのに……

 自分の意志に反した命令は本来なら死令の禁止で効果を及ぼさないのだ。


 僕はアムの全面的な抵抗を完全に無視してドアノブに手をかけた。

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嘆きの亡霊は引退したい。

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