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Tamer's Mythology  作者: 槻影
第一部:Tamer's Mythology

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19/121

第十八話:……おう……


「それで、Dランクの昇格試験の討伐対象なんですけどねー、何だったと思います?」


 にこにこしながらアムが話しかけてくる。すこぶる上機嫌だった。

 もしアムが子犬だったらその尻尾は歓喜にぶんぶん振られていただろう。

 僕はフォークで皿の上に乗ったミディアムレアのステーキを突き刺しながら、ちょっと考えた。

 E級が隼、F級がウルフだったはずだ。Fは一般的な能力の機械種が選ばれ、Eが速度特化となると、D級は……


「防御に特化した機械種かな? 甲虫か、ダンゴムシか、あるいはゴキブリか……」


 ナイフで切った肉を咀嚼する。美味しくない。味付けがなってない。塩味と香味が強すぎる。焼き加減もミディアムレアとしては足りていない。

 アムが僕の答えにちょっと嫌そうな顔をして、目の前の皿のステーキを見る。


「ゴキブリって……食事中に話す内容じゃ……ってそう、フィルさん、ハズレですハズレ! 正解は……亀ですよ、亀! ラウンドシールドみたいな分厚い丸い盾を背負った大亀です! 全長が私の倍くらいある大きな亀の機械種だったんですよ、私あんなの初めて見ました!」


「そうか……亀か。それは良かったね……」


 同時に納得する。

 アムは戦いは拙いが身体能力は高い。防御に特化した鈍重な機械種は格好の的だっただろう。銅の剣じゃ破壊できない分厚い装甲も、同じD級の機械種の素材で作った剣なら貫けるかもしれない。ましてや、今のアムにはスキルもある。防御特化とはいえ、装甲の突破は難しい物ではないだろう。

 一口スープを口に含んで、アムが自信満々に言った。


「しかもフィルさん、私、別に力任せで甲羅を壊したわけじゃないですよ? ちゃんと事前に調べて行ったんですから!」


「おお、やるじゃないか。で、どうやって倒したんだい?」


「どうやったと思います? なんと……ひっくり返したんですよ! 腹の装甲は薄いですからね!」


「……おう……」


 目が褒めて褒めてと言っていた。僕はなんとか一言だけ返す。

 確かに、亀系の魔物にその戦術は有効だ。だが……普通は自分の倍の大きさある金属の塊でできた亀をそう易易とひっくり返す事はできない。

 だが、その成果は是非もない。所詮知恵など力なきものの儚い抵抗。アムの身体能力が高い以上、それは当然選択肢として入るべきものだ。

 もちろん、この子がそこまで考えてその行動を取ったとは思えないが……


「そうか、よくやったね。ちゃんと事前に調査して戦う事が重要だってわかった?」


「はい! 事前に調べなかったら多分……あんなに簡単に討伐できませんでした」


 ……いや、調べなくても今回は討伐できたと思うけどね

 種族ランクとは単純に言えば地力である。DクラスのモデルタートルとBクラスのナイトメアでは初めの立ち位置から違うのだ。

 少なくとも、CランクからBランク位の討伐依頼になるまでは、悪夢の福音を使用できるようになったアムに敵はいないはずだった。

 当たり前だが、口には出さない。事前調査の大切さは知っておくに越したことはない。


「そうか、よくできたね。ほら、アム。あーん」


 フォークに突き刺した肉をアムの方に差し出す。

 それを見て、アムは一瞬きょとんとしていたが、何を求められているのか気づいて、頬を染めつつ口を開けた。


「!? ……あ、あーん」


「ほい……おいしい?」


 アムが潤んだ瞳で咀嚼をする。あー、口元汚れちゃって……

 紙ナプキンを取って、口元を拭いてあげた。


「んぐ……今まで食べた中で……一番……おいしいです」


 それは多分錯覚だ。そうでなければ、ずいぶんと安い舌だった。


 僕の作った餌の方が遥かに美味しいよ……


 料理を運んでから、側で待機していたアギさんが呆れたような表情でこちらの様子を見ていた。

 気にせずに次から次へと料理をアムの口の中に放り込んでいった。

 まるでヒナに餌をやる親鳥の気分だった。

 それを飲み込むのをじっと待つ。


「アム、明日は一つだけお願いがあるんだ」


「え? 何ですか? 私、なんでもしますよ?」


 機嫌のいいアムが即座に首肯する。調子のいい子だ。

 食後のコーヒーにミルクを入れる。黒い水面に白い渦がぐるぐると回るのをじっと見て、ティースプーンでかき混ぜた。


「あるアイテムを手に入れて来てほしい。多分街の薬屋かどっかに行けば売っているはずなんだけど。僕は正直……たまに少しばかり寝起きが悪い事があってね」


「たまに? 少し? あれがですか? 今日なんてせっかく目覚まし掛けたのに、壁にぶつけて壊しましたよね? 私の目覚まし」


 アムの言葉に、ゴミ箱に壊れた目覚ましが捨てられていたのを思い出す。

 壊した? 僕が壊したのか? あれを? 全然覚えていない。


「それは悪かったね。今度新しいのを買ってあげよう」


「いえ……目覚ましくらい別にいいですけど……で、何のアイテムを手に入れればいいんですか?」


「ああ、月水の涙と呼ばれるアイテムランクでいうB級の……薬品だよ」


「……月水の涙? それなら、朝フィルさんに頼まれて買ってきましたよ? ……覚えてませんか?」


 呆れたようにアムがため息をついた。

 記憶をたどるが、全く覚えていない。寝ぼけてやったのだろう。

 だが、グッジョブ自分。これで時間を節約できる。

 月水の涙は供給に比べて需要の方が遥かに多い。加工していない原液で手に入ったのは僥倖だった。


「ただ、できるだけ沢山買ってきてほしいと言う事でしたが、一瓶しか在庫がなかったみたいで、200MLの瓶が一瓶しか手に入りませんでした。仕入れの予定も未定らしいです」


「あー、構わないよ。とりあえず一瓶あれば、一週間は活動できるから。それ以降は……後から考えよう」


 王都にいた頃は横流ししてもらってたが、ここではそれ程の地位はない。

 十分にかき混ぜたコーヒーを一口咥内に含む。苦い。


「でも、こんなの何に使うんですか? 小夜が、最上級の回復薬の素材と言ってましたが……まさか回復薬の調合とかできたり?」


「いや……そこまではできないよ。専用の器具がいるし、素材もそれだけじゃ全然足りないからね……月水の涙ってのは、最上級回復薬の素材の一つなんだけど、そのまま服用してもある効果があってね……」


「ある効果……?」


 ため息をついて、コーヒーカップの中身を一気に呷った。

 月水の涙が原液で手に入らないのは、最上級の回復薬の素材だからだ。しかも、機械種を除いた五種族全ての最上級回復薬の生成に必要とされる。正体は月天花と呼ばれるエレメンタルの植物が蓄える花の蜜であり、そもそも貴重品なので需要が供給を遥かに上回っているのも頷ける。


「簡単に言うと……強力な精神安定剤なんだよね。自律神経を整える効果がある。……要するに、僕の寝起きが少し良くなるんだ」


 アムは僕の言葉に首をかしげていたが、最後の一文を付け足すと眼の色を変えた。


「……なるほど……フィルさんの寝起きがよく……最重要ですね。それを使えば朝起きられるんですか?」


「……多分? 少なくとも、お昼には起きられると思うよ。さすがに日光を浴びないと……バランスが崩れるし、時間がもったいないからね」


 二日も無駄にしてしまったのは痛恨のミスだ。

 できるだけ早く王都に戻らなくてはならないというのに。

 僕の言葉に、全面的な肯定を示していたアムが、ふと気づいたように笑顔で言った。


「しかし、フィルさんほんっとうに身体弱いですね……薬に頼らないとまともに朝起きられないなんて……」


 B級のレイスとG級のプライマリーヒューマンを比べちゃいけないし、レイスとヴィータを比べるのもナンセンスだ。身体の構造がそもそも違う。

 それを差し引いても根本的に僕は弱いんだけど……


「まーアムと比べたら、そりゃ弱いさ。だからアムの力を貸してもらわないといけないんだ」


「任せてください! ……何なら、もしよければですが、ず、ずっと手伝ってあげても……」


「いや、それはいいよ。グラエル王国にさえ戻れば……他のスレイブがいるからね。アムにもアムの人生があるだろうしね」


「……私の人生……ですか」


 おずおずと切り出してきたアムの提案を断った。


 ずっと……か。


 僕には最低一月、最長でも一年以上アムをスレイブにするつもりはない。僕の見積もりでは、一年以内に解放したならばアムには間違いなく一流の探求者として活躍できる未来がある。あるいは今度こそ死霊魔術師(ネクロマンシー)と契約して、力を得るという方法もあるだろう。魔物使いのスレイブというのは、単純な力だけを目的とした死霊魔術師(ネクロマンシー)のそれとは異なり、生活基盤全てに干渉されるので、期間が長ければ長いほど自立力を著しく損ねる可能性があった。故に良識のある魔物使いは、相当切羽詰まらない限り短期期間での契約は結ばない。


 ランドさんと知り合えたのは僥倖だ。探求者の世の中はコネで回っている。

 セーラの件で貸しを作ったわけだし、それ程期間を掛けずにグラエル王国に戻れるビジョンが……少しは現実的なものになっている。アムも予想よりも優秀だったわけだし、うまくいけば一年かからないだろう。


「アム、まだ言っていなかったけど、僕の目的は境界の向こうのグラエル王国……正式にはグラエルグラベール王国というんだけど、故郷に帰る事だ。それには最低三十億キリの金か、SSSランクの探求者になる必要がある。アムにはそれを手伝ってもらいたい」


「最低三十億かSSSランク、ですか……途方も無い数字……なるほど、十年単位でかかりそうですね」


 アムが若干嬉しそうに言った。そんなにはかからないよ。

 だが……そう、年単位だ。僕が探求者を目指してからSSSランクになるのには強力なスレイブの力を借りて最短距離を突破しても約六年かかった。探求者になると決めてから探求者になるまで一年、その後の三年は学生だったから、実質的に探求者として活動したのは二年だが、スレイブが弱いから今回もそれと同程度はかかるだろう。


 だから僕は今回は……探求者として、護衛として船に乗り込むことは諦める。SSS級になることは諦める。目指す意味がない。


 長く一緒にいれそうだということがわかって表情が若干緩んでいるアムを窘める。

 達成できるにしろできないにしろ、一年で契約を切る事は僕の中で決定している。そしてそれこそが、僕が探求者として船に乗り込む選択肢を捨てた一つの理由でもある。何しろ、アムを北に連れて行ってそのまま放り出すわけにもいかないわけで。


「僕のターゲットは金だ。三十億キリ……確かに莫大な額だが達成できないわけじゃない。Sクラスの討伐依頼なら一回で数千万、それ以上になると一回の任務で報酬が億を超える事も珍しくない」


「フィ、フィルさん……私達のランクはまだDですよ? そんなSクラスの依頼を簡単に達成できるわけが……」


「いける。僕がアムを育てる。大丈夫、アム。僕は北では……SSSランクの探求者だったんだ」


 僕の言葉に、アムが眼を見開いて僕の全身を不躾に観察する。


「え……SSSクラス……!? 確かにフィルさんの行動は……驚かされてばかりですが、身体能力と魔力はそれ程高くないじゃないですか。その強さでSSSクラスになれるんですか!? それに……昨日までフィルさんのカードはGランクの探求者のものだったはずです……」


 驚く所が若干失礼だった。

 ため息をついて、経緯を説明していった。ごたごたして時間がなかったが、本来なら初日にすべき行為だ。


 グラエル王国近辺で猛威を振るっていたL級の魔竜。

 その討伐依頼に駆り出されたこと。前のスレイブ……種族ランクSS、ナイトウォーカーのアリスを連れて戦闘を行ったこと。魔竜、シィラの強さが想定外だった事。逃げようとした寸前に、アリスの転移魔法でレイブンシティに転移させられた事。途切れるわけのないアストラルリンクが途切れていたこと。


 アムは黙って聞いていたが、全ての話を聞き終わった後に真剣な表情でポツリと呟いた。


「……それっておかしくないですか?」


「ああ、おかしい。完全にあのシィラの力は……異常だった。そもそも、つい半年前まで奴はSSSランクだったんだ。過去討伐に向かったメンバーだって全員死んだわけじゃない。逃げ延びたメンバーだっていたし、事前の情報収集だって完璧だった。万が一なんてあるわけがなかったんだ」


「……いえ、そこじゃなくて……」


「……そこじゃない?」


 アムの視線が虚空を彷徨う。

 僕はアムの考えがまとまるのをじっと待った。

 数分考えこんで、ようやくアムが口を開く。


「……私、ちょっとそのシィラの異常な強さの秘密がわかったかもしれません」


「え? 今の話だけで、か?」


 アムが小さく首肯する。動作は小さかったが、その表情には確信の光があった。

 信じられない……シィラに敗北してからずっと考えている僕が攻略の糸口すらつかめていないというのに。

 もしアムの考えが当たっているなら、いや、例え当たっていなかったとしても、もしかしたら再戦した時の糸口になるかもしれない。


「聞かせてくれる?」


「……嫌です」


「……嫌です?」


 アムの口から出た予想外の言葉に戸惑う。

 アムの表情にふざけている様子はない。いや、それどころかーーさっきまでのデレデレしてた様子からは信じられないくらいに真剣な表情だった。

 再度アムが口を開くまで、十分以上の時間がかかった。


「いや、正確に言うと、今はダメ……ですね。これは……もし私の考えが正しかったなら……フィルさんがわからないのも無理はありません。私とフィルさんでは恐らく……そう、視点が違うので……」


 今はダメ……ね。

 視点……視点、か。

 その意味の意味を考える。アムと僕の違いはなんだ? 種族の違い? 強さの違い? スレイブとマスターの違い?

 それらの単語が脳内をぐるぐると揺蕩った。


「……今はダメ、か。いつならいい? いつなら教えてくれる?」


「そうですね……一つ質問があるんですが、フィルさんの前のスレイブ……アリスはどのくらい強かったんですか?」


 アムの言葉に即答する。


「ほぼ無敵だね。アリスをスレイブにしてから僕は討伐依頼に失敗した事がない。防御力はSランク程度だったけど、攻撃力だけならSSSランクを超えていた。特にナイトウォーカーは夜に著しく能力が強化される種族で、夜にアリスが負ける所など想像したこともなかった」


 だが実際にそれは起こってしまったのだ。それも最悪のタイミングで。


「私とアリスだったらどちらが強いですか?」


「種族特性が違うから一概には言えないけど、少なくとも今のアムじゃアリスの足元にも及ばないね。今のアムは半人前だ。悪夢の福音だけしか使えないし……」


「なら、どれくらいでアリスより強くなれますか?」


 アムが難問を投げかけてくる。

 そもそものナイトメアとナイトウォーカーでは種族ランクに差がありすぎる。

 努力次第では同ランクにはなれるかもしれないが、越えるのは至難の業だ。確かに、もしアムがシィラを倒そうと考えているのならば、シィラに負けたアリスを越える必要があるだろうが……


「十年……いや、七年死ぬ気で努力すればもしかしたら対等くらいにはなれるかもしれないね……何しろナイトメアは戦闘向けの種族じゃないし、ナイトメアもナイトウォーカーも夜に能力が強化されるけど、その強化の度合いには圧倒的に差がある。夜のアリスの強さを超えるのは……正直難しい」


 僕がアムをチューニングし、何らかのクラスにつきそれを極め、討伐依頼を尽くクリアし戦闘経験を積んで事前準備を万全にした状態で相対して五分。それが僕の評価だった。それくらい突き抜けていたのだ。

 僕の辛辣な評価に、アムが目を伏せる。


「……七年……ですか……ずいぶん差があるんですね。……ん? 夜? ということは、朝のアリスはそんなに強くないんですか?」


「……ああ、そんなに強くないね。まぁ強くないといってもS級並の力はあるけど、少なくとも夜と比べたら雲泥の差だ。『朝』に対するデメリットがないナイトメアだとなかなかわかりにくいかもしれないけど、レイスの中には朝夜で能力に顕著な差が出る種族が少なくないんだよ。有名なのだと吸血鬼(ヴァンパイア)とかがそうだね。彼らは朝にはほぼ全ての能力が封じられて全く動けないから……」


「なら、朝のアリスになら私でも勝ち目が……?」


 アムの意図が全く分からない。

 その質問だけで答えればYESだ。BとSの差は二ランクあるが、それは決して越えられない差ではない。アムのポテンシャルの高さには光るものを感じる。Sランク並の実力になる日はそう遠くないだろう。

 朝のアリスに勝てたとしても、シィラには勝てるとは思えないが……


「十分ありえるね。種族ランクがB級のアムには素の能力を使っただけでB級並の実力がある。ランクを二個上げるくらいだったら、すぐだよ、すぐ。そうだな……数ヶ月でいけるんじゃないかな? まぁ、例えS級になってもシィラには勝ち目はないと思うけど……」


 アムは僕の言葉にしばらく迷っていたが、数秒後に決意したらしく大きく頷いた。


「数ヶ月……ですか。分かりました。フィルさん、もし私が朝のアリスに勝てるくらい強くなったら……私が考えたシィラの強さの真実を教えましょう。……私も少し調べたい事もありますし」


「……わかった。アムにも考えがあるんだろ。それでいいよ。……すぐに強くなれるさ」


 アムの真剣な表情に、僕はアムを信じることにした。

 シィラと再戦するとしてもそれは北に戻ってからの話だ。まだ時間はある。

 それに、アムが何か僕の気づかない事に気づけたというのならば、僕にそれが気づけない道理がない。

 何か見落としている事があるはずだ。少し頭をやわらかくして考えなおす事にしよう。


「あ……もう一ついいですか?」


「ん? 何?」


「私と契約する時に、初めは、レイス種とは二人以上契約しない条件で契約してるから私とは契約できないって言いましたよね?」


「ああ……確かに言ったね。まぁもうわかってると思うけど、アリスとの契約でそうなってるんだよ。だから……アムとは長い契約を結ぶつもりはない」


「その契約って、フィルさんの側からは変えられないんですか?」


 変えられるわけがない。勝手に変えられたら契約の意味がないじゃないか。


「交渉することはできるけど、一方的には変えられないね。基本的にスレイブ側に有利な契約はスレイブ側の許可がないと変えられないから……もちろんアリスが死んでいたら契約は無効になるけど今の段階じゃ確信が取れないしね」


「……わかりました」


 不思議な事に、あれほど契約に執着していたはずなのに、今のアムの表情には全くそれが見られなかった。

 自分の知らない反応にゾクリと心が揺らされる。この感覚には覚えがある。

 何かを掴んだか?


 レイスは人の善性を信じないが、人もまたレイスの善性は信じてはいけない。彼女らの基準は……大体が自らを中心としている。


 一瞬奔った悪寒は、本能からくる警告だ。

 レイスをスレイブにした際に感じると言われる、魔物使いの用語で言う『悍ましい悪寒クリーピー・ヴィジョン

 ……こんな何も考えてなさそうな子でも立派なレイスなんだな……


 アムは、まるで今の話を振り払うように頭を横に振ると、椅子から立ち上がった。


「さ、そろそろ部屋に戻りましょう! 明日は早く起きるんですよね?」


「そうだね。明日は僕もアムと一緒に行動するよ」


 朧気ながら光明が見えてきたわけだし、そろそろ本腰を入れてアムの育成にかかるとしよう。

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嘆きの亡霊は引退したい。

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