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Tamer's Mythology  作者: 槻影
第一部:Tamer's Mythology

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17/121

第十六話:つけといてください

 目が覚めたら、また夜だった。

 寝ぼけ眼で時計を見る。時間は夜の七時。丁度ギルドの窓口が閉まる時間だった。

 血が頭に回っていない。一瞬目の前が真っ暗になり足を踏み外す。

 膝を打った痛みで、意識がやや戻ってきた。


「やばい……また夜か……」


 酒場で飲み終えてアムを連れ帰ったのが午前一時ぐらいで、宿について寝ているアムをソファに突き飛ばし、布団の中に入ったのが午前三時ぐらいだったから、優に十六時間は睡眠をとっていたことになる。しかもまだ眠い。


 アムの姿は当然のようになかった。


 昨日飲み過ぎたせいで頭ががんがん痛い。

 なんとか洗面所まで這って行き、顔を洗う。

 洗面台を覗きこむと、ボサボサの寝ぐせだらけの頭に、ひげがうっすら生えた顔が虚ろな眼でこちらを見ていた。どこからどう見てもダメ人間の姿がそこにはあった。

 これは由々しき事態だ。せめてひげくらい剃らないと……魔物使い(僕のクラス)は第一印象がとても大切なのだ。

 手櫛で髪をとかし、サバイバル用のナイフでひげを剃る。髭剃りなんてなくても慣れているのであっという間だ。眼の濁りと隈が気になったが、どうしようもないので諦める。


 身支度を整えた頃には、眠気はなんとか鳴りを潜めていた。


 階段を降りて行くと、この時間帯の担当なのか、ロビーにはいつものアギさんがいた。

 挨拶をすると、丁寧に会釈を返してくる。


「おはようございます……」


「おはようございます……といってももう夜ですが。そろそろ夕食の時間ですが、食事はいかが致しましょうか?」


 ちょっと考える。長時間眠っていたので空腹だが、食事はコミニュケーションだ。このまま一人で食べるのはあまり精神衛生上よくない。


「アムが帰ってきたら一緒に食べるので申し訳ないんですが、少し時間をずらしてもらっていいですか?」


「承知致しました。あ、アムさんなら午前十時くらいに泣きながら出て行きましたよ」


「……ありがとうございます」


 また泣きながらか……

 外に出ると、生暖かい風が一気に身を包んだ。空を見ると、王国と何ら形の変わらない青色の月が浮かんでいる。

 まずいな。時間を無駄にしすぎている。

 せめて昼には起きないと、満足に依頼も受けられないし、公共機関も利用できない。特に図書館。


 散歩がてら、街を歩いて行った。夜とは言えまだ十九時、人通りはそれなりにあった。

 治安もいいようで、王都では見られた物乞いなどもほとんどいない。

 歩いて行くと、一件のブティックがあった。そこに目が行ったのは、偶然にもそこに入っていく後ろ姿に見覚えがあったからだ。


 そういえば、予備の服も買わないとならなかったな……


 探求者の装備は実用重視。

 汚れにくい素材でできているとは言え、予備の服を一枚も持っていないのはまずい。

 後、スレイブとの契約で衣食住を保証している以上、アムにも衣類を買ってあげる必要がある。


 『ブラック・オニキス』と大きな看板が上がっているブティックに入っていった。

 そこは、探求者というよりも一般向けの衣料品を揃えた高級ブティックだった。いつも僕が普段着を購入する際に使う店と比べて値段の桁が一つ違う。探求者の着こむ防弾防刃防魔の効能を持つ衣類よりは遥かに安いが。

 店内を見回すと、すぐに目立つその姿が見つかった。装飾品のコーナーにいた。一応魔道具としての意味もあるが、どちらかというと見た目を重視した装飾品が並べられたコーナーだ。

 真剣な表情で、十字架の形をしたペンダントと猫の形を象ったアミュレットを見比べている。

 驚かせようと足音を潜めて背後に近づく。


「セーラ、そんなのよりこっちの骸骨のキーホルダーがいいと思うんだけど……」


 側の棚に置いてあったシルバーで作製された頭蓋骨を模したキーホルダーを横から差し出す。


「え……? ……なにこれ、こんな趣味の悪いの、どこにあった……の?」


 視線が骸骨のキーホルダーから僕の顔に映る。

 セーラが目をぱちぱちしてこっちを見ている。

 数秒で状況が理解したのか、反射的に後退ろうとしたので、背中を手で押さえつけて防いだ。こんなところで後ろに下がったら棚が崩れる。

 しかし、セーラは目立つ。特に暗闇の中だと一発だ。そりゃ燐光を纏ってれば目立つわ。


「なな、なんで貴方がこんな時間にこんな所にいるのよ!」


「どこにいたって僕の自由でしょ。それより、スピリットで十字架ってのも平凡でつまらないし、猫ってのも微妙だと思うんだよね。大体腕輪には強力なマジックアイテムが多いし、いざというときに命に関わるから、アクセサリーを腕につけるのはやめておいたほうがいいよ」


「いいのよ、ただのファッションなんだから……って、フィル……貴方、昨日私にあんなこと言っておいて、よくもまあ……いけしゃあしゃあと話しかけられるわね!」


「ん? 何の話?」


 僕の答えに、怒りというよりは呆れの表情でセーラがため息をつく。

 昨日は昨日、今日は今日だ。てか、半分くらい、記憶がない。飲み過ぎた。

 もちろん、セーラに裸で土下座しろって言ったのはしっかり覚えてるけど。

 セーラは僕が手渡したキーホルダーを目の高さまでつまみ上げて、観察する。


「フィルはこんなのの何がいいっていうのよ……」


「え? いいじゃん、スカル。よく似合うと思うよ?」


「よく似合うって……そもそもこれ、どこに付ければいいのよ?」


「腰のベルトに引っ掛けるんだよ」


 セーラが、右手で自分のこめかみを抑える。 


「……冗談よね?」


「いや、本気だけど……」


「……」


 棚に書いてある説明書きのプレートを指さす。


「筋力値に0.1の補正もつくよ?」


「僧侶が筋力値に補正つけてどうするのよ!」


「殴ればいいと思うけど?」


「……本気?」


聖闘士(パラディン)には筋力値も必要だよ?」


「付き合ってられないわ……」


 キーホルダーを乱暴に棚に置くと、さっさと店の奥に移動を始める。

 僕はキーホルダーをもう一度手にとって、それを追いかけた。

 セーラは僕を引き離そうとするかのように、早足で店内を歩きまわる。


「……何で追いかけてくるの?」


「いや、僕の服を選んでもらおうと思って」


「は? 自分で選べばいいでしょ?」


 そっけない答えを返すセーラに、仕方なく本音を出す。


「実は……お金がないんだ……貸してほしい」


 多分依頼を受けにいったのだろう。カードはアムが持って行ってしまった。今の僕は一文無しだ。

 セーラがぴたっとその場に止まった。

 僕に指を突きつけてくる。髪にちらほらまとった燐光が感情に呼応するように、炎のように明度を高めた。


「いい加減にして! フィル、貴方ちょっと……いや、かなり変よ!」


 ひどい言いようだった。王国なら誰もが喜んで金を貸してくれるってのに。

 さて、どうすれば怒りが治まるか。

 その剣幕に、ちょっと考えて言葉を選ぶ。どうすれば、金を貸したくなるか。

 世の中はギブアンドテイクだ。欲するものを与えればいい。


「ブレスエフェクトは感情表現の発露を最も示すスピリット特有の指標だ。明度が高ければ高いほど強いし、範囲が広ければ広いほど強い」


「……何の話よ?」


 髪から溢れ出る光を指先で触れる。明度は六から七の間だろうか。


「セーラ、『状態異常回復(リフレッシュ)』だ」


「は……? ……『状態異常回復(リフレッシュ)』」


 首を傾げながらも、セーラがリフレッシュを唱える。

 緑色の術式光が手の平で大きく発光し、すぐに消えた。

 光ったのは一瞬だったが、セーラはまるで信じられないものでも見るかのように自分の手の平を見つめる。

 そして、怒りを忘れたように僕の方を見た。


「……い、今のって……」


「まーでもよく考えたら貸してもらうのも悪いかな、僕とセーラは、昨日会ったばかりの、真っ赤な他人だしね。あー、残念だ。せっかく服を買おうと思ったのに……がっかりだよ。テンション下がりまくり。もう何も話したくない」


 セーラが、自分の手の平を見た時以上に信じられないものでも見るかのような視線を僕に向けた。

 何も言わないが、瞳の奥に小さな炎が燻り燃えている。表情もぴくぴく引きつっていて、せっかくの美人が台無しだ。

 骸骨のキーホルダーをセーラの目の前でぷらぷら揺らす。


「この骸骨のキーホルダーも……せっかくセーラのために僕が選んだのになあ……」


「……わ、わかった、わよ……」


 セーラがぎりぎりと唇を噛み締め、僕の事を親の敵でも見るかのような目つきで睥睨する。

 手は、握りしめすぎて手の甲が真っ白になっていた。

 絞りだすような声が喉から出てくる。


「か、買えば……いいんでしょ、買えば……」


「いや、全然無関係の人に買ってもらう訳にもいかないし……そうだな、気のおけない友人とかなら、まだわかるけど?」


「く……調子に乗って……」


 セーラの中で、プライドと実利が天秤に乗ってせめぎ合っていた。

 僕はぶらぶらキーホルダーを回しながらその様子を観察する。

 セーラの唇から一筋の血が垂れる。どうやら唇を噛み切ったらしい。

 ブレスエフェクトの色がより一層明るく輝く。明度としては……そう、七から八の間か……


「セーラ、『状態異常回復(リフレッシュ)』」


「!? 『状態異常回復(リフレッシュ)』!!」


 僕の言葉に、セーラが慌てて呪文を唱えると、先ほどよりも一層強い術式光がセーラの手の平から発生した。

 セーラの眼が一瞬怒りを忘れてそれを見つめる。

 咳払いをして気の毒そうな声色を作り、火に燃料をくべる事にした。


「ふん……レベル八って所かな……まだまだだなあ、もったいない。セーラのポテンシャルならもっといけるはずなのに……」


「え? ま、待って! それって……」


 セーラが慌てて顔を上げる。

 僕はその瞬間、セーラの事を忘れてしまった。


「あれ? 君、どこかで会ったことあったっけ? 赤の他人のセーラさんだっけ? ちょっと僕今忙しいんだよね、カード忘れたから宿まで取りに行かなきゃならないし……帰ったらだめだめなスレイブの世話をしなくちゃならないからさ……最低でも一月はちょっと手を離せないかも……」


 セーラの唇からぶちりとはっきりと唇を噛み切る音がした。

 爪が食い込んだのか、手の平からも流血している。


「ぐ……ま、待って、フィル!」


「どなたさま? 赤の他人のセーラさん?」


「き……気のおけない……お、お友達の、セーラさん、よ!」


 僕はその瞬間、気のおけないお友達のセーラさんの事を思い出した。

 手の平をぽんと叩く。

 偶然の再開に喜び、思わず肩を組む。


「ああ、あのセーラか。こんな所で偶然だね。調子はどうだい?」


 顔はこれ以上ないくらい真っ赤になっている。

 プライドより実利をとったセーラは、一度大きくひゃっくりをした。


「ひっく……さいっっっっっこうの気分よ! お、お友達のフィル、さん!」


 それにしては、セーラの顔色は尋常ではなかった。

 今にも血の涙を流しそうである。自分にリフレッシュを掛けるべきではないだろうか?

 だがお友達の僕は、可哀想だったので、あえてそこには触れなかった。


「ところでセーラに聞きたいんだけど」


「な、何よ……」


「カード、いくら入ってる?」


「……くっ……いくら……使う、つも……あ、貴方……絶対、人間じゃな、悪魔!?」


 基本的に他者の善性を信じるスピリットにここまで言わせたのは僕くらいじゃないだろうか。

 セーラの足元がフラつき、少量だが、とうとう血を吐き出した。

 僕はそれを、準備していたハンカチで抑えてやる。店で吐血なんてしたら出禁になってもおかしくない。

 てか、そんなに血を出して大丈夫かよ……

 スピリットが大好きの僕は治療してあげることにした。


「セーラ、『中級回復魔法(ハイ・ヒール)』」


「……い、いや、私、そんな、使えな……ば、馬鹿な……は、『中級回復魔法(ハイ・ヒール)』!」


 ハイ・ヒールとただのヒールの違いは、患部にどこまで触れる必要があるかだ。

 ヒールの場合直接触れる必要があるが、ハイ・ヒールの場合は触れる必要がない。

 呂律の回らない口調で唱えられた『中級回復魔法(ハイ・ヒール)』が温かい白色の術式光を発生させ、腕を伝播して全身に広がる。

 ちょっと噛み切ったぐらいの傷の治療なら一秒かからない。

 セーラが自分のこめかみを抑える。悪夢でも見ているかのような表情だった。


「え、いや、そんな……な、何で使えるの!? そんな……馬鹿な……私は、何も……」


 セーラが化け物でも見るかのような眼でこちらを見る。失礼な話だった。

 僕はただ他者の力を信じているだけに過ぎない。セーラならば使えると、信じているだけにすぎない。


「まー『中級回復魔法(ハイ・ヒール)』はC級のスキルだし、ライト・ウィスパーなら使えて当然だよね。で、セーラ。会話できるようになったようだから聞くけど……カードにいくら入ってる?」


「……ご、五千三百万……よ! で、でもこれは……新しい装備を買うために貯めているお金なの、ねぇ、フィル、わかるでしょ!? 探求者なら!」


 すがりつくように僕のことを見る。

 僕は器具は買っても、スレイブの装備は買っても、自分の装備というものは一切買わないので、セーラの気持ちはあまりわからない。

 だが、リクエストに答えて、ちょっとその金額の価値を考えてみた。


「……五千三百万か……さすが大規模ギルドのメンバー、ギルドランクにしては入ってるけど、全然足りないなあ……ねぇ、セーラ。よく度々話題に上がると思うんだけどさ、レベルって金銭に換算したらいくらなんだろうね?」


「こ、これ以上は……出せないわよ。お願い、フィル」


 悲痛な声でセーラが哀願する。頼まれなくても、セーラの気持ちはわかっている。


「わかってる、わかってるよ、セーラ。僕としても、そんな貧乏なセーラにおごってもらうつもりはないよ。今日の所は諦めて帰る事にするよ。アムも待ってるだろうし」


 僕は踵を返して、出入口に向かう。

 まったく、時間を無駄にしてしまったな。


「フィ、フィル……ま……待って、お願い。わかった、借りてくる、借りてくるから! クランのメンバーに、借りてくるから! いくらでも、借りてくるから! 足を、足を止めて!」


 セーラが、後ろから抱きつくようにして縋り付いてくる。僕は足を止めた。

 生ぬるい液体がぽたぽたと首筋に落ちてきた。血ではなく涙だった。

 やばい、自分のスレイブでもないのにやり過ぎた。スピリットと触れ合う機会なんてそうそうないからつい……

 ブティックの店員さんもさすがにここまでくるとこっちに注目する。

 咳払いを一つする。


「……なるほど、お友達のセーラさんがそこまでいうなら、付き合ってあげようかな。その代わり、先に僕のショッピングにも付き合ってくれるよね?」


「……」


 何も言わず、セーラがこくりと一度頷いた。

 セーラの涙を血まみれのハンカチで拭いてあげると、店員の視線から逃げ出すべく、セーラの手を引いて足早に奥に戻る。


 初めの目的は、女性服のコーナーだ。


「さて、まずはアムの服でも選ぼうかな……」


 サイズ? マスターとして当然把握している。僕の頭の中には完璧にアムの姿がモデリングされていた。

 レイスの服選びは単純で、色は黒ければ黒いほどよく、基本的に太陽光に弱いため露出が低ければ低い程よい。もちろん室内では露出は高くても構わないのだが。


「アムはセーラと違って貧相だからなぁ……色々……」


「……見ないでくれる?」


 色々豊満なセーラと自分のスレイブを比較して、ため息をついた。

 必然的に黒っぽいものとなると、ゴスロリっぽくなるが、そういうのは総じて日常生活で着るのにけっこう不適切だ。

 まぁ、ナイトメアは別に朝に特別弱い訳じゃないから僕の趣向で選んでしまってもいいか……


「セーラ、アムには何が似合うと思う? ワンピース? ツーピース? こんなのはどうだろう?」


 あえて真っ白な丈の長いTシャツを選んでみる。


「……知らないわよ。なんでもいいんじゃない?」


 セーラは、自分が僕のショッピングに付き合っているのも忘れたのか、そっぽを向いた。


「……まぁ、アムならなんでも似合うのはわかるけど……もうちょっと手伝ってよ」


 アムは面だけはいいからな。


「……フィルって、見かけによらずそういうのちゃんと選ぶのね」


「まースレイブが可愛ければ可愛いほど嬉しいし?」


 物色する事三十分、結局ツーピースの真っ白なシャツとスカートを選ぶと、残りはまた後日買いに来ることにして、続いて紳士服のコーナーに向かう。

 紳士服のコーナーでは適当に真っ黒なシャツと真っ白なシャツと適当なジャケット、ボトムズを選んだ。正直みすぼらしくなければ自分の服装なんてなんでもいい。

 ちなみに、徹底的にクラスに徹するのであれば、ここでも選ぶ基準は決まっていて、レイスをスレイブにするなら黒、スピリットをスレイブにするなら白っぽい色の服を選ぶといい感じに第一印象が良くなる。


「……選んでほしいって言ったくせに、ここはすぐに通りすぎるのね」


「いや、これから行かなくちゃならない所もあるし……選んでくれるならまた今度一緒に来ようか?」


「……機会があったら、ね」


 僕には時間がないのだ。アムが宿に戻ってくる前に帰らないと……

 会計に向かうと、カウンターの裏にいる店員が、こちらを見て何やらヒソヒソ話をしていた。さっきまでの醜態を見ていたのだろう。さっさと会計をして出よう。


「合計で、五十万二千七百キリになります」


「……あれだけふっかけられると安く感じるわね……」


 ちなみに、半分は骸骨のキーホルダーの値段だ。

 セーラがカードを出そうとしたので、肩を取って前につきだして、店員に尋ねる。

 デートで女の子に金を払わせるなんて、僕個人の評価が落ちてしまう。

 確かに、金はない。金はないが、一文無しの僕にでもできることはあるはずだ。


「店員さん、彼女の名前を知ってますか?」


「? セーラ様ですよね? 『明けの戦鎚』の。もちろん存じ上げております。度々お越しいただいておりますので」


 顔見知りか。ならば話は早い。

 僕は笑顔で店員に言った。


「なら、話が早い。この会計、『明けの戦鎚』の副マスター、ガルド・ルドナーにつけといてください」


 セーラがびっくりしてこちらの顔を見上げる。


「……つけ、ですか。本来なら受け付けないのですが……明けの戦鎚、のガルド・ルドナー様、ですね」


 店員がセーラの顔を見る。

 さすが大規模クラン、多少の無理が利くらしい。

 セーラに頷かせると、あっさり会計を終え、商品を受け取って足早でブティックを出た。


「フィル、絶対貴方碌な死に方しないわよ……てか、いつもこんなことやってるの?」


中級回復魔術(ハイ・ヒール)の値段としては安すぎるくらいだよ。さぁ次だ!」


「まだあるの!? ……終わったら、本当に私に付き合ってくれるんでしょうね……?」


「……まぁまぁ」


「ちょ……まぁまぁって……怒るわよ!?」


 付き合うってそもそも何に付き合えばいいのだろうか?

 疑問に思ったが面倒なことになりそうだったので特に何も言わないでおいた。

 セラに案内してもらい、次の目的地ーー武器屋に向かった。

 大通りから脇道にそれ、しばらく言った所に小さな看板が出ていてやっとそこが店だとわかる。

 ブティックと比べたらずいぶんと小さい。

 扉には『黒い羊』と書かれた羊の形の煤けた看板がかけられていた

 見かけだけならとてもじゃないけど武器屋に見えない。

 武器屋というか店に見えない。営業の努力を放棄してる。


「『黒い羊』……か。ジンギスカンの店じゃないよね?」


「……武器屋よ! 紹介がないと本当なら入れてもらえないんだから……感謝しなさいよ!」


「何だかんだ言いながらもそれなりの店に案内してくれるセーラ……いい子や」


「うるさいっ!」


 スレイブだったらもう抱きしめて褒めてあげてたよ。

 扉を開けて入ると、外見からは想像もつかないほど広い工房が広がっていた。

 壁に陳列された多種多様の武具・防具は、見ただけでそれなり以上の質とお値段がするのがわかる。この街の探求者は適度に高威力な機械系の装備をしているものが多かったが、この店には銃や機動鎧などは置いておらず、剣や斧など近接武器が主流のようだった。

 扉の開く音を聞いて、工房の奥から、セーラと同じくらいの身長の老人が出てくる。立派な髭を生やした壮年の老人だ。それなりに年齢はいっているはずだが、その物腰には威厳よりもむしろ温和な人柄が見て取れる。

 特徴的な三角形の小さな帽子と、腰に下げている小さな金槌で、僕には一目で種族がわかった。


「おや、セーラじゃないか。いらっしゃい」


「こんにちは、ロダさん。今日は新しい……探求者の紹介と……武器を買いに来たのよ。フィル、こちら、黒の羊のオーナー兼マイスターのロダさんよ」


「鍛冶師のロダじゃ。今後ともによろしく」


 ロダさんが、セーラの紹介を受けて、こちらを見ると右手を差し出してくる。

 え?

 予想外の挙動に一瞬迷う。

 握手? いや、レプラコーンの挨拶の作法は握手じゃなかったはずだ。

 僕は一歩前に出てロダさんと視線を合わせると、ゆっくりと両手を合わせた。


「初めまして、ロダさん、魔物使いのフィル・ガーデンです。今後共に宜しくお願い致します。」


「……なるほど……セーラ、面白い男を連れてきたのぉ……」


「……え!? 何が!?」


 セーラは何も分かっていないようだった。

 ロダさんはそれに答えず、差し出しかけた右手を元に戻して僕と同じように手の平を合わせて頭を下げた。

 僕もそれに合わせて頭を下げる。


「初めまして、フィル。鍛冶師のロダ・グルコードだ。ご丁寧な挨拶……痛み入る。レイブンシティに来て三十年経つが、同族以外に正当な手順で挨拶を受けたのは初めてだよ」


「……それはロダさんが右手を差し出したからでは?」


 普通右手を差し出されたら握ってしまうだろう。知識があった僕でも迷ったのだ。割と自業自得だと思う。

 ロダさんも自分でわかっていたのだろう、僕の答えににやりと笑った。

 レプラコーン。言わずと知れた、F級の幻想精霊種(テイル)である。

 特徴的な三角帽と金槌を持ち、ドワーフなどと同様に鍛冶や細工の技能に優れる。

 悪戯好きな気質を持つ面もあるので、恐らく先ほどの挨拶はそういうことなのだろう。悪戯好きではあってもそこには悪意が無いため、一風変わった性質を持つ者が多い幻想精霊種(テイル)の中では比較的付き合いやすい種族といえた。

 勿論僕も大好きだ。興味があったので勉強した。勉強したので知識もある。


「まぁ、そういう考え方もできるかもしれんがね……『ところでフィル、お主、もしかして儂らの言葉も話せたりするのかいのお?』」 


 ロダさんから出た言葉が途中からマキリッシュとは全く異なる言語に変わる。

 僕は満面のえみで親指を立てて応えた。

 日頃使わなくても、こういうことがあるから勉強しておかないといけないんだ。


「『もちろん。幻語(ファンタズム)なんて幻精霊想種(テイル)と友誼を結ぶ者にとっては常識ですよ? 通じますかね?』」


 ロダさんが僕に合わせて親指を立てた。


「『完璧だ。完璧なファンタズムじゃ。レプリッシュ訛りが若干入っているが、逆にそっちのが儂には聞きやすいわい……』」


 当たり前だ。あえてロダさんに合わせる形で訛りを入れているのだから。

 レプリッシュは幻想精霊種であるレプラコーンが好んで使用する言語である。王国にいるレプラコーンの元にかよってわざわざ覚えたかいがあったものだ。

 セーラが眼を白黒させて僕とロダさんを交互に見る。


「え? フィル? 何その言葉……突然二人で何話してるのよ!」


「『セーラ、おっぱい触らせて』」


「ブフッ!」


 ロダさんが吹き出す。

 ごほごほ咳き込みながら大笑いするものだから、噎せまくってひどい有様だった。心配だ。

 ロダさんが何とか落ち着くまで、結局五分以上かかった。

 セーラが不満気な表情で尋ねる。


「で、今の何よ? フィル」


「ファンタズムだよ、ファンタズム。幻想精霊種の使用する言語だよ。まぁファンタズムの中でもレプラコーンが使用するレプリッシュっていう言語だけど……」


 正確に言うとベースは一緒だけど一部訛りがある。

 僕の言葉に、感心したようにセーラが頷いた。


「で、一体フィルは何て言ったの?」


「……秘密かな」


「セーラ、この男……セーラの胸を触りたいといいおったのじゃ」


 ごまかそうとしたのを、ロダさんがばらしてしまった。

 セーラがギロリと人を殺せそうな眼光で僕を睨みつけた。


「ろくでもない事ばかり言うのね、貴方……」


「さて、今日は武器が欲しくて来たんですが……」


「無視しないでよ!」


 わーわー喚くセーラを放っておいて、立てかけてある黒塗りの鞘に収まったロングソードに無造作に触れた。

 幅広の剣……俗にいうブロードソードという西洋剣だ。持ち上げようとしたが、全力を出しても僅かしか持ち上がらなかった。重すぎる。

 一応最低限は鍛えているのだが……何の金属で出来てるんだこれ。


「ふむ……筋力値が足りないのお……水鋼の剣……それを自由自在に振り回すには最低でも15.0相当の筋力値が必要じゃな」


「重さおかしいだろ……まぁ、別に僕が買いに来たのは自分の装備じゃないんだけど……」


「厚い装甲を持つ機械種を叩き切るにはその位の重さが必要なんじゃ」


 ごもっともな話だった。やはり銅の剣で戦うのは無謀だったらしい。

 平均的なプライマリーヒューマンの成人男性の筋力が1.0だと言われているので、これは平均的な成人男性の十五倍の筋力を持たねば操れないという事になる。決してプライマリーヒューマンの筋力値は高いものではないが、それでも相当な重量だと言えるだろう。決して僕がひ弱なわけではない。

 他に並べられているものも順番に見ているが、僕の望むような武器はなかった。すぐに購入できるのはせいぜい自分用のナイフくらいか……

 ナイフも一本一本が箱に収められており、最低でも百万キリもする。値段に違わぬハイエンド品らしい。

 セーラがナイフを物色している僕に尋ねた。


「……ところでフィル、何を買いに来たの?」


「アムの武器だけど……既成品だとほしいものはないかな」


 元々オーダーメイドにするつもりだったから、別に失望はない。

 僕は一番値段の高い、幅広で刃先の長いナイフとそれを研ぐための道具を一セット手に取ると、ロダさんの前に並べた。値札を確認する。

 凄い、これだけで王都で一年過ごせる。

 だが僕がほしいのはナイフではなく、一生ものの武器だ。


「後、オーダーメイドでスレイブ用の武器を一つ頼みたいんですが……」


「オーダーメイド……!? ちょ、フィル。そんな高いものは……」


 鍛冶師に依頼して作成するオーダーメイドの武器は高い。

 一品物であると同時に、量産品では賄えない特殊なギミックをつける事が多いからだ。余裕で家の一つや二つ建つくらいの値段がする。

 特にその値段は鍛冶師の腕に比例する傾向にある。さて、この店のオーダーメイド品の値段はいかほどになるのか。


「ふむ……此処にはない類の武器か……何がほしいんじゃ?」


「『傘』です」


 自分の中にあった武器のイメージをそのまま口に出した。


「傘……? あの雨を防ぐ雨具の、か?」


「はい。銃弾の雨や光弾の雨を防げる傘がほしいんです。畳めば鈍器、広げれば盾になる攻守一体の武器が」


「……難しい依頼じゃな……見当もつかなんし……」


 僕の言葉にロダさんが首を傾げる。

 そりゃそうだ。難しい依頼なのは百も承知ーーというか、鍛冶屋に頼んでも了解を貰えるかどうかは運だ。何しろ、傘は武器として一般的ではない。

 が、僕は近接戦闘系のスレイブを手に入れたら是非傘を武器に戦わせてみたいとずっと思っていたのだ。


「弾丸や魔術を防ぎきる耐久性と鈍器として使用できる頑丈さ、か……まぁ、ちょっと考えてみるかのお。……だが……高く付くぞ?」


 高い……か。オーダーメイドは高いのが常識なのに、あえて高いというからには相当な値段になるのだろう。

 不安げにこちらを見上げるセーラを一度確認する。

 幸いなことに、財布の中は潤っていたので僕に迷いはなかった。


「明けの戦鎚のガルド・ルドナーにつけといてください」


「ちょ……フィル!? さすがにオーダーメイドは……」


「ふむ……良かろう。明けの戦鎚には世話になっとるしな」


「ロダさん!?」


 とりあえずナイフと研ぎ道具だけ包んでもらった。

 これだけで五百万キリだ。セーラの表情が若干青ざめている。

 だが、セーラの顔色が悪いのは、単純にその値段だけではなく、僕が依頼したオーダーメイドの武器の事を考えているからだろう。

 武器については設計から入らないといけないので、そう簡単にはできないらしい。それもまた想定の範囲内だ。

 時計を見ると、もう家を出てから二時間くらいたっていた。アムもさすがに戻っているはずだ。


「ロダさん、ありがとうございました。また来ます。今度は、武器を実際に使う僕のスレイブを連れて。身体のサイズは全て把握しますが……設計するにあたって連れてきたほうがいいですよね?」


「おう。連れて来い連れて来い。長さ、重さ、本人がいないと話にならんわ」


「……ああ、ガルドさん、ごめんなさい……私の貯金だけじゃ足りないかも……」


 悲痛な表情でセーラが呟いた。

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嘆きの亡霊は引退したい。

― 新着の感想 ―
[一言] 久々に読み返し。やっぱりこの回好きだな。フィルがヤバくってw
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