第十五話:特別に……奢らせてあげます
「アム、『悪夢の副音』」
「ふぇ……?」
酩酊しているアムが間の抜けた声を上げる。
だが、間抜けな声を上げるアムとは裏腹に、アムの周囲に濃密な魔力が発露し、真っ黒な霧を成して、翼を形作った。
二の腕、頬、そこかしこに黒い燐光がまとわり付くそれは、まるでスピリットのブレスエフェクトのようだ。
ノーモーションで発現したスキルに、周囲に座っていたいたクランメンバーが一瞬静まり返り、何が起こったのか気づいた瞬間に、割れるような歓声を上げた。
何が起こったのかすら気づいていないアムは、不思議そうな表情で自分の纏ったスキルを見ている。
「な、今の? いきなり……」
「今のが魔物使いの基本スキル。命令ってやつだよ。まー効果は見ての通り、本人の意志を無視してその身体を動かす事だね」
「本人の意志を無視して……身体を動かす!?」
セーラの細い肢体がその意味を考え、一度大きく震える。
ちなみに、いくら契約を結んでいようが、相当な信頼がないとできない事なのは言うまでもない。
続いて、僕は次のスキルを使用すべく、アムに人差し指を向ける。
「アム、僕の指先を見つめろ」
「……はい?」
何が起こるのか固唾を呑んで見守る衆目の元、僕は声の調子を調節しつつ会話を続ける。
「アム、君は誰のスレイブだ?」
「? フィルさんのスレイブですが?」
「そうだ、いいか。指先から眼を背けるな。これは、この指は僕の魔法の杖だ。マスターがスレイブにのみかけられる特殊な魔法だ。アムの力は……僕の魔法でより高いものになる」
「……より、高いものに……?」
アムの視線がじっと僕の指先を何かに引きつけられるように見つめる。
声にゆっくりと抑揚をつけて会話を続けた。
「そうだ、アム。君は僕のスレイブだ。アムと僕が揃って弱いわけがない。そうだろ、僕のナイトメア……復唱しろ」
「……私とフィルさんが揃って……弱いわけがない……」
「そうだ、弱いわけがない。指を鳴らすのが僕の呪文だ。僕が指を鳴らしたら……アムの力は倍になる」
「指を鳴らしたら……倍に……」
アムの眼は完全に焦点を失ってその身体はゆらゆらと揺れている。規則正しく動く薄い呼吸。その耳に聞こえるのはマスターの僕の声だけ、その眼に見えるのはマスターの僕の姿だけ。
十分意識が無意識の海と同一化したことを確認し、僕は満を持して指を鳴らした。
「うぇ……なんだこれは……すげぇ……」
「嘘……魔力も使ってないのに魔法!?」
ガルドが感嘆の声を上げ、黒い霧状の『悪夢』を手の平の上で確かめる。
セーラが驚愕の意を示す。
アムの黒翼は、僕の合図と同時に爆発的に広がっていた。
黒い霧は光を遮断し覆い隠し、酒場を薄暗い擬似的な夜と化す。
魔力に敏感なものにはわかるだろう。今のアムから湧き出る闇は、今までの比ではないことを。
「まーこれが魔物使いの第二のスキル。『狂化する血魂』って奴だね。効果は一時的な力の倍増。実際に力が増えたわけじゃないからこのまま放っておくと魔力が枯渇するけど、一時的にブーストを掛けるには打ってつけなスキルだ」
「確かに凄いが、あれだけ発動に時間がかかるとなると、実践では使いづらいな……」
ランドさんが酷評する。全くもってその通りなので、その意見には何もいえない。
ちなみに精神が力に直結するレイスだからここまで効果があるわけで、その他の種族に掛けてもここまでの効果はでない
「まー、本来なら掛けるのに三十分はかかるんですけどね……さぁ、アム。解除だ」
指示と同時に大きな音を立てて手を打ち鳴らす。場を侵食していたアムのスキルが解除されノーマルな状態に戻った。
自らとは真逆に力を有するレイスの力が増大して緊張していたのか、セーラが緊張を解いた。
ほぅ、と息を漏らしているのを見ていると、緊張しているのを見られたことに気づいたのか、睨みつけてきた。
「……確かに面白かったわ。でも、たったそれだけなの? 魔物使いのスキルって……」
「……もちろんまだあるよ。僕の一番得意なスキルがね」
そもそも、戦闘向けのスキルは僕は苦手なのだ。
命令は自転車の補助輪みたいなものであって、ある程度成熟したスレイブには使用するものではない。
アムとの依頼では使わざるを得なかったが、王都近辺で活動する際はほとんど使っていなかった。僕が何かするよりも先に討伐を達成してしまうからだ。
僕の言葉に、ランドさんとガルドが興味深そうに尋ねる。
「なるほど……一番得意なスキルか……ここまで言ったんだから、もちろん見せてくれるんだろーな?」
「今度ガルドのスキルも見せてくれるならね。これはあまり人には見せられない、秘蔵のスキルだから……」
「秘蔵のスキルか……是非拝見したいな。明けの戦鎚には魔物使いがいなくてね……」
「……どうせ大したことないスキルでしょ? 基礎スペックが低い貴方にそんな強力なスキルが使えるとは思えないわ! さっきのスキルも確かに面白かったけど、魔力はほとんど使ってなかったみたいだし……」
「……仕方ない。まぁ、今日は無礼講だからね」
セーラが負け惜しみのような言葉に応える。
売り言葉に買い言葉。
まー、構わないか。どうせ見せても減るもんじゃないし。
んー……スペースが足りないかな……
隣にあった椅子を少しずらしてどかし、一メートル程のスペースを作ると、唐突にスキルを使わされ、おまけに狂化する血魂までかけられて文句も言わない聞き分けのいいアムを、諸手を挙げて呼んだ。
「さー、アム、おいで」
「え!?」
唐突に呼ばれた名前に、アムの視線が僕の手に釘付けになる。
意識が移動する隙を狙って、左手で思い切りアムを引っ張った。
酔いで足元がふらついていた事もあり、あっさりとアムが倒れこんでくる。
「え? あ、あぶなーー」
セーラが慌てるが、当然そのまま倒すなんて嫌がらせはしない。することもあるが、少なくとも今日はしない。
倒れこんできたアムを抱きとめ、思い切り髪に顔を寄せる。後頭部に寄せた右手でわしゃわしゃと頭を撫でる。
視界の範囲にないアムの喉が、ごくりと唾を飲み込んだのが密着した肩から伝わってくる。
「よしよし、今日はよく働いてくれた。ちゃんと事前の調査もして依頼を受けたようだし、僕の言いつけも守っている。昨日と比べて見違えたよ」
「? ?? あの、私……」
突然の労いの言葉に、アムが戸惑いの言葉を口にする。
だが、僕がそれに答えずに撫で続けると、十数秒で力を抜いてこちらに身を委ねてきた。
力を抜くのを確認すると、後頭部から手を移動し、首筋を撫でてやる。
機械種の討伐を達成するために相当な時間動きまわったはずなのに、密着したアムからは何の匂いもしなかった。
「……その、フィルさん。そんな体勢にならないと発動できないスキルがあるのかい? 私にはフィルさんが、自分のスレイブを抱きしめているようにしか見えないんだが……」
ランドさんの戸惑いの言葉に、セーラが無言で何度も頷く。
その他のメンバーの反応もそれに似たり寄ったりな反応だった。
確かに、魔物使いを知らない者からしたらただ抱きしめているように見えるかもしれないな。
魔物使いのスキルはそのほとんどがスレイブに作用するものだから、他のクラスと比べて地味なのが多いし、直接戦局に影響するようなスキルはほとんどない。
今回はお披露目という形なので、わざわざスキルの説明をしてあげた。
「抱きしめているだけ……まぁ確かに傍目からはそう見えるかも知れないですが、とんでもない。これは『喜びの唄』という魔物使いの主軸スキルなんですよ」
「セクハラしてるようにしか見えないんだけど……どんな効果があるのよ?」
効果……?
アムがもぞもぞと身体をすり寄せてくるのに頭を撫でて応えながら答える。
「……いや、別に直接的な効果なんてないけど……効果なんている?」
「はぁ? 効果がないスキル? そんなの不必要でしょ!?」
「いや、必要だけど……まぁ、魔物使いじゃない人には理解できないかもしれないけど」
まぁ、無粋な話だが強いて効果を言うのならば、信頼を高める事、というべきだろう。
身体的接触はスレイブ育成に対して大きな効果を秘めている。特にそれは霊体種によく効く。これをやるのとやらないのとでは能力の上昇に大きな差異が出ることは魔物使いにとって常識だ。実験までしたことがあるからよく分かる。
リラックスさせることによって心身ともにストレスの軽減にもなる。それ故にこのスキルは魔物使いに取って一にして全。初歩スキルでもあり、奥義でもあった。後当然だが魔力を全く使わない。抱きしめてるだけだし。
撫でる度にアムの身体から力が抜ける。ゆっくりとアムの核が鼓動を刻む。
抱きしめているので見えないが、今のアムはさぞ弛緩した表情をしているだろう。
魔物使いの数あるスキルの中でも僕のこのスキルの腕は天下一品だ。スキルの等級で言う、L級の腕だともっぱらの評判だったのだ。
だがまあ、その辺の探求者に認めてもらおうとは思わない。僕のスキルはただ……スレイブのためにあるのだから。
ランドさんが感心したように、グラスの中の琥珀色の液体で舌を湿らせて質問する。
「なるほど……確かにちょっと驚いたが、この衆人下でそこまでレイスをリラックスした状態に持っていくとは……それもスキルの力なのかい?」
「いや、それはただの信頼ですね」
所詮他人の力を借りるクラス。魔物使いの根本はただその一つの言の葉に集約される。
僕の使えるスキルは全てにおいて、スレイブ側の全面的な協力が前提となっているものばかりだ。だからこそ僕はスレイブに愛情を注ぐし、その本意に反する事は絶対にやりたくない。
さて、他のスキルは……
「あ、恐怖の唄とかも見たいですか?」
「ん……? 『恐怖の唄』……?」
僕の誘いに、ランドさんがちょっと考えて戸惑ったように頬をかく。
「……あー……名前的になんとなくわかるが……どんなスキルなんだい?」
心を蕩かして身を委ねているアムの背中を撫でる。
安らかな呼吸の音が耳元に静かに聞こえる。寝てしまったようだ。
アムを起こさないように小さな声で言葉を選ぶ。
「そのままの意味ですが……端的に言うと……」
「……端的に言うと?」
「『喜びの唄』の真逆です。恐怖感情とトラウマを煽り精神を徹底的に陵辱し地べたに這いつくばらせるスキルですね」
僕の台詞を、ランドさんとガルドが一度視線をあわせ、恐る恐るこちらを見た。
周囲がざわついている。
……一応準備しておくか。
僕は心の中でスイッチを切り替えた。
「……一応聞かせてほしいんだけど、それを誰に使うって?」
「え? 魔物使いが自分のスレイブ以外にスキルを使うわけがないじゃないですか。コレに、ですよ?」
肩に顎を載せてのっぺり寝ているゴミを指さしてみせる。
残念ながら今の僕には自堕落なナイトメアしかスレイブにいないのだ。
「そんな幸せそうに寝ている自分のスレイブに? てかコレって……」
「『喜びの唄』の後に使うと落差で凄い効果があるんですよ……」
「……そんなこと言ってて心が傷まないの?」
「全然」
魔物使いが連れている魔物の最初の一匹は自分の心中に棲むという。
これがいるおかげで、魔物使いはスレイブをひたすら褒め、抱きしめて愛を囁いた三秒後に同じスレイブを絶望の奈落に付き落とせるのだ。
ガルドが僕の表情を見て、「魔物使いぱねぇ」と呟いた。
「まー使うとしばらく使い物にならなくなったりするので……使わないに越したことはないですが」
「……『恐怖の唄』は『喜びの唄』とは違って何か効果があるのかい?」
「いや、直接的な効果はないですね。使ってみましょうか?」
「いや、いい、いいから……お願いだから、寝かせてあげて!」
セーラが必死に止めてきたので、やめておいた。
そもそも、僕は『恐怖の唄』があまり得意ではない。加減が効かないのだ。
SSS級にもなって苦手なスキルがあるというのも恥ずかしい話なので是非練習したいのだが、スレイブには嫌がられ全く練習させてもらえない。特に喜びの唄を基盤にスレイブを育成する僕のスタイルにおいて、このスキルの役割は本来スレイブがヘマをした時にお仕置きに使うというものだ。何も失敗していないのに使うのもスキルの趣旨に反する。
誰も見たくなさそうだったので、すっかり寝てしまっているアムを離すと、一言命令する。
「アム、いい子だ。自分の席に戻って寝なさい」
「…………」
アムの身体が命令を聞き、小夜さんの元に勝手に歩いて行く。
さすがに完全に寝ているのでその足取りは危なっかしかったが、進行方向に座っていたクランメンバーが、親切にも道を開けてくれた。
「本人の意識がない状態でも命令できるのか……凄いな」
「まー楽勝ですね。半死半生でも動かせますよ?」
命令のスキルの強制力はかなり強い。特に僕とアムの間では禁則事項が全くないので、命令を判断するためのタイムラグもほとんどないのだ。
セーラが気の毒そうな表情でアムの事を見る。
「私、あの子、レイスだけど同情するわ……こんなマスターに契約されるなんて……今度あったら優しくしてあげよ……」
「全くだ……やっぱりフィルにはセーラはやれねーな」
ガルドさんがしみじみと呟く。だからいらないって。
もらってくれって言われても……いらないよ。
空いたグラスを差し出すと、セーラが反射的にセフィロトの涙を注いで、注ぎ終わった後にしまったという表情をした。
下げられる前にお礼を言うと、酌をしてもらったそれをありがたく口に含んだ。
ランドさんがその様子に苦笑する。
「で、他に何のスキルがあるんだい? 魔物使いには」
「他の唄系スキルとか使えますが、それらを除くと……契約くらいですね。他のスキルは知識はあるけど魔力がないので無理です……スイッチ系なら一瞬なら使えますけど」
契約ですら最下級の契約魔法しか使えない。
スイッチ系というのはアムの悪夢の祝福のように、発動時間に制限はないが常時魔力を消費し続けるスキルを指す。ただでさえ魔力の少ない僕にとってはひたすら相性が悪いが、一瞬なら使えなくもないので、その他のスキルに比べたらまだマシなのかもしれない。
セーラが、その言葉に我が意を得たりとばかりにテーブルを叩く。
「何だ、やっぱり弱いんじゃない! 魔力がないからスキルを使えないなんて、初めて見たわよ? でも……そうよね、魔力値0.75じゃそんな強力なスキル使えないわよね」
「こら、セーラ。やめなさい」
ランドさんが上機嫌なセーラを窘める。
このスピリット、性格悪いな……まー性格が悪い種族なんて慣れているけど……
だが、言われっぱなしというのもいまいち気分が悪い。
「……確かに僕は脆弱だけど、スレイブの成長を促進させることはできるよ?」
「え? 成長を……促進?」
そもそも、魔物使いのクラスの本領は戦闘ではなく育成にある。
それが、魔物使いと同じように他種族と契約する精霊魔術師や死霊魔術師との大きな差異だ。
むしろそれくらいしてやらないと、魔物使いの契約するスレイブは大体が欠陥品かへっぽこなので使い物にならないのだ。
契約も命令も唄系スキルも、ただそのためだけにある
魔物使いの戦いはーー戦いが始まった時にはもう終わっているのだ。
「……それもスキルかい? どの程度促進される?」
「いえ、ただの知識ですね……さすがにそんな便利なスキルはないです……えっと、速度は……」
自分のスレイブを脳内に思い浮かべる。
まぁあれは例外的だが事実ではあるし……
「ポテンシャルにもよりますが、元F級探求者が一日で二ランク上がる……E級になれるくらいですね。まぁ、さっきのアム……僕の今のスレイブの場合は、ですけど」
「……E級か……たかがE級とは言え、それが本当なら脅威だな……」
たかが……か。
確かに、SS級のランドさんに取ってE級探求者など路傍の石みたいなものだろう。
それに、ランクが上がれば上がるほど昇格は難しくなってくる。特にA級以降のランクアップは莫大なギルドポイントを求められることもあって、一つの関門とされている。まぁ、E級程度ならまだまだ簡単に上げられるだろうが。
「あの……例えば、例えばC級ならどれくらいで上げられるの? ……そう、例えば私ならどう?」
おずおずとセーラが問いかけてくる。機嫌を伺うように酒をついでくる。その表情は真剣だった。
そんなの対象次第だ。それまで、どういう成長の仕方をしてきたかにもよる。一概には答えられない。
セーラの全身を舐めるように観察する。胸大きいなあ……じゃなかった。
セーラは僕の視線にちょっと引いたが、そのまま我慢するように自分の手を強く握って観察されるに任せた。
そうだな……
「資質にもよるけど、B級なら一月あればいけるかな? そもそも、種族ランクとギルドのランクは大体等価だから……ライトウィスパーなら種族ランクだけでC級の実力はあるんだし、すぐだね」
むしろ僕は、種族ランクとギルドランクが同じってことが信じられない。ちょっと鍛えればすぐに上にいけるはずなのに……
ギルドランクの方が種族ランクより下なんてもってのほかだ。アムの場合はギルドに登録したばかりだったからわからないでもないが、自分の潜在能力に気づいていない者を見るのはなかなか歯がゆい。
僕の言葉に、セーラが息を呑んだ。
「B級……? 一ヶ月で? ……本当に? 本気の本気の本気の本気の本気で言ってるのね?」
「本気の本気の本気の本気の本気で言ってるけど、協力する気はないよ」
「え……な、何でよ!?」
ショックを受けたような表情でセーラが聞く。
ため息をついて、グラスを傾けた。
「今はアムで手一杯だからね……彼女……へっぽこなんだよ。ナイトメアなのに固有スキルの一つも使えないし、昨日一つ目を使えるようになったけど……正直他にかまってる暇はないかな。あれはマジやばい……」
才能には恵まれている。だけど、矯正が必要だった。
なまじ基礎能力が高いから適当にやっても何とかなってしまって居たのだろう。
あそこまで酷いと、徹底的にやらないと直らない。
しばらくの間とはいえ、僕がマスターになったのも何かの縁だ。
その慢心、その怠惰、僕の矜持にかけて叩きなおしてくれる。
僕がアムの育成プランを脳内で反芻していると、セーラが食い下がるように身を乗り出してきた。
「……じゃ、じゃあ、あの、レイスの育成が終わったら……手伝ってくれる?」
少し考えて言葉を選んで言った。
「服全部脱いで土下座して頼んだら手伝ってあげなくもないよ?」
セーラが音を立ててテーブルを叩きつけた。
ガルドとランドさんは黙ってそれを見ている。
他のメンバーも、突然怒りをあらわにした看板娘を固唾を呑んで見守る。
全員の視線が集中するなか、セーラは、
「ふん、手伝ってもらわなくたって……一人でなんとかするわよ!」
涙をにじませ叫ぶと、他のクランメンバーが止めるのも聞かずに酒場の外に走っていった。
ガルドが呆れたように僕の方を見る。
「フィル、おめぇよ、いくらなんでも女の口説き方ってのを知らなさすぎじゃねえか?」
「いや、スピリットは潜在的にドMだからこれでいいんだよ」
「……は?」
ガルドが飲みかけた大神殺しを吹き出した。
ごほごほ咳き込むガルドを放置して、ランドさんに話しかける。
「まぁ冗談は置いておいて……ランドさん、彼女って成長止まってませんか?」
僕の言葉にランドさんは僅かに迷ったように口を開きかけたが、憂いを込めた眼差しでため息をついた。
「……確かに、伸び悩んではいる。こちらも八方手を尽くして高ランクの討伐依頼などに連れて行ってはいるんだけどね……私にはスピリットの事もあの年頃の女の子の気持ちもわからなくて……」
ランドさんの苦悩は本物だ。
酔いの回った頭で考える。何が悪いのか、どうすべきなのか、どうあるべきなのか。
僕はそういうのを専門にしているのですぐに分かったが、戦闘職の者にとってはなるほど、頭が痛い問題だろう。
そうだな……ランドさんもなかなかの強者みたいだし、恩を売って損はない。猫の手も借りたいようだし。
ふらつきながらテーブルに手をつく。
「……わかってないなぁ。ランドさん、貴重なスピリットを失わないように、大安売りで元SSS級魔物使いの僕が一言だけ助言してあげますよ。報酬は今日の飲み代でいいです」
立ち上がると、ランドさんの側に立った。
頭二つ分程背の高いランドさん。竜人特有の眼光が僕の事を見下ろしている。
笑みの表情は元々威嚇の動作が起源だという。
背伸びをして、顔を三十センチ程のところまで近づけると、笑顔を作って囁くように言った。
「特別に……奢らせてあげます」
「……それは……光栄だよ」
「……何でそんなに上から目線なんだよ」
ガルドがつっこみを入れる。
それを無視して、ちょっと考えて、本当に一言だけ……でも、今日の飲み代としては高すぎる程の助言をしてあげた。
「もっとコミュニケーションを取ることです。さもなくば……そう--」
ランドさんの瞳を覗きこむと、その瞳孔にははっきりと僕の顔が映っていた。
「悪い魔物使いに取られちゃいますよ?」
「……善処しよう」
ランドさんは、真摯な表情で一言、そう答えた。




