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Tamer's Mythology  作者: 槻影
第一部:Tamer's Mythology

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第十四話:僕のスレイブには……いらないかな……

 酒場に戻ってくると、遠くでアムと小夜さんが何やら喧々諤々大きく身振り手振りしつつ会話しているのが見えた。

 遠目に見てもその表情は酩酊し赤く染まっており、ちょっと側に行くのが躊躇われる。


 というか……酔っぱらいの間に行くのはやだなあ。


 その辺りをふらふらしていると、ふと目の前を一人のスピリットの女の子が横切った。

 アムとはまた違った光輝くような金髪、肩まで伸ばしたボブカット。通り過ぎる刹那の瞬間に見えた白い肌は白い光(ホワイト・ブレス)と呼ばれるスピリット特有の光に包まれている。


 そういえば、ランドさん、クランメンバーにスピリットもいるって言ってたな……


 ふらふらと視線と足が勝手に酔っぱらい達から離れ、そちらに向かってしまう。

 スピリットの女の子は、ランドさん達のいる卓についたようだ。僕の身体も自然とそちらに引き寄せられていく。恐ろしい……これが、他者を惹きつけるスピリットの魔力か!


「おや、フィルさん。楽しんでいるかい?」


「おかげ様で楽しませていただいています! あ、そこ、空いてますか?」


 スピリットの子の隣の空席を指さす。ただし、視線は隣の女の子に向かっている。

 見れば見る程、綺麗な子だ。もちろん、僕のアリスには劣っているが……スピリットの特徴でもある、全身に纏う燐光をと整った容姿は度々人族の伝承上で天使と比喩される。ついでに無粋なことを言えば、種族ランクS、天使(エンジェル)もスピリットの一種なのだ。

 もっとも、この子は天使(エンジェル)程の力を感じないので、それよりは低い種族だろうが、それでも見事なものだった。僕の探求者としての血が騒ぐ。


「ふむ……セーラ、もう一つ椅子を持ってきてくれ」


「は、はい。ただいま……」


「ありがとうございます!」


 セーラと言う名らしいスピリットが、ランドさんの言葉に隣の卓から椅子を持ってきて並べた。

 セーラ……聞き覚えのある名前に、朦朧とした意識の底から記憶を汲み出す。すぐに記憶の断片が見つかった。

 そうか、この子、ギルドに登録してたライト・ウィスパーの子か。

 セーラの隣に並べられた二つの席を見て、躊躇いなく自然な動作でセーラの隣に座った。

 ランドさんがその様子を見て眉を少し上げた。


「……なるほど……どうやらセーラが気に入ったみたいだね」


「いやー、こんな綺麗なライト・ウィスパー初めて見たのでつい……」


 く……触りたい。伸びそうな手を抑えるために、目の前のグラスを掴む。

 セーラさんが、そんな僕の内心も知らず、僕の事を驚いたように目を丸くして見た。


「分かるの? 見ただけで種族が……」


「……いや……事前に名前は聞いていたので……でも、ここまで近づけばさすがにわかりますね。祝福(ブレス・エフェクト)の色と密度で大体の種族は……」


 スピリットの全身を覆う燐光ーー俗にいうブレス・エフェクトと呼ばれる光は、種族によって色、密度に差異がある。それはスピリットを見分ける上で尤もわかりやすい特徴であり、昔、スピリットの種族図鑑を見ながら、スレイブにするならどのスピリットを仲間にしようかと何時間も延々と考えていたので、実物を見たことがなくても大体の種族はわかるのだ。レイスを先に手に入れたせいで結局その努力は無駄になったわけだが。

 強い白色の光ーー密度は3.5から4程度の光はライト・ウィスパー、天使、ホワイト・プラズムの三種類しかいない。感じる力はS級の天使程強くなく、Gランクのホワイト・プラズム程弱くないので必然的にライト・ウィスパーに絞られる。と言った具合に。

 ランドさんが僕の言葉を聞いて、感心したように眼を見開く。


「ほう、さすが魔物使いだ……ブレス・エフェクトの色と密度、か……。面白いな……じゃースピリット以外はどうかな? 例えばここにいるガルド。彼の種族がわかるかい?」


 ランドさんが、隣に座るガルドさんを指す。

 やれやれ、いくらなんでも馬鹿にしすぎだ。改めて観察するまでもない。

 即答する。


「そんなの簡単ですよ。この敏捷性に特化した身体、金色の瞳孔、耳の形に、プレッシャー。間違いなく、種族ランクA級の有機生命種……ライカンスロープでしょ?」


「なるほど……正解だ。ただの勘違いした人間かと思ったら、大したもんだな。少なくとも、眼は良さそうだ」


 酔っているのか、ガルドさんが笑いながらバンバンと僕の背中を叩く。さすが敏捷性に特化したといってもライカンスロープ。その膂力も人とは比較にならない。

 咳き込む僕に、ランドさんが悪そうな笑みを浮かべて尋ねてくる。


「だが、フィルさん。ライカンスロープといったが、犬人(ウェアドッグ)の可能性もあるとは思わなかったのかい? 耳だけ見たら分からないだろ?」


「いや、狼と犬じゃ耳の形が全然違うので耳だけ見ても簡単ですね」


 周囲の視線が僕の言葉に、ガルドさんの耳に集まる。そして、困惑したように僕の顔を見た。

 ガルドさんが、僕の言葉に大笑いする。


「いやぁ、さすがだな、フィル。さすが魔物使い、若いのにわかってるじゃねーか。そうだ、確かに、俺の耳は、形も大きさも、犬人共とは全然違え! だが、誰も周りはわかってくれなくてな!」


「あはは、そりゃ、見る目がないですね」


「全くだ。ガハハハハ! よし、フィル。注いでやる、飲め!」


 そんなんじゃ魔物使い失格だ。一次試験で落とされる。

 気をよくしたガルドさんが酒瓶を掲げた。ラベルがオレンジ色の光の元、はっきりと目に映る。


 『大神殺し』


 東方の酒だ。やたらめったら高い度数にすっきりした後味が売りの、アルコールに強いヴィータ御用達の品だった。度数的にもハイエールの倍はある。値段はハイエールの十倍だ。

 そこでガルドさんが、手を止める。


「おっと、フィルにはちょっと強いか? 無理なら飲まなくてもいいが……」


「……いえ……頂きます」


 空いているグラスに並々と『大神殺し』を注いでもらう。

 一口舌で触れてみた。焼けるような暑さが舌に広がり、全身に伝播する。やばいなコレ。

 ちびちび飲みながら会話を続ける。でも視線は隣のセーラに向いたままだ。

 ランドさんが様になる格好で、盃を口につけて言う。


「フィルさん、この街はどうだい?」


「そうですね……機械種の数も種類も性能も高くて驚きました……境界外から来たので」


「境界外から!? ……よくそんな遠くから来たものだ。何か目的があってここに?」


「いえ……ちょっとした事故で……」


「おいおい、マジかよ……どんな事故を起こしたらこんな遠くまでこれるんだ……どう見積もっても最低半年はかかる距離だぞ?」


 ガルドさんが訝しげな眼で僕を見る。

 そんなこと僕が聞きたいわ。

 目の前に乗っている唐揚げを摘んで口に入れると、大神殺しで流し込んだ。

 あまりの辛さに咳き込みながら会話を続ける。


「いや、この世には不思議なことがあるもんですよね……まさかこんな遠くまで飛ばされる転移魔術があるなんて……まー、そういうのが見たくて探求者になったんですが……」


「転移魔術!? 転移できたのか? こんな所まで? 何キロあるんよ……いや、そもそも……ありえん」


 ガルドさんも、ランドさんも目を見開いて僕の事を見る。


「いや、僕もそう思いますよ? 自分が体験してなければね。まさか討伐依頼中に境界外にふっとばされるなんて……ありえない、こんなのありえないんですよ、本来なら。でもそんな事言ってても仕方ない。お金はないし道具もないし、ギルドカードすらないし、スレイブも居ないし、でもそれでも戦わなきゃ……生きていけない」


 音を立てて空になったグラスをテーブルの上に叩きつける。

 耳鳴りがした。胃の底から沸き上がってくるこの熱い何かを一体どのように表現したらいいのだ。

 情動を我慢しながら、僕は天井を見上げた。

 そうだ。僕は必ずや。北に戻ってみせる。アリスを、スレイブを迎えに行くために。シィラにリベンジするために。

 燃えるような酩酊感の中、僕は決意を新たにした。燃えるような闘志が湧いてくる。大鯨の上に乗っているかのように目の前がゆっくりと揺れていた。

 ランドさんもガルドさんも、ついでに隣のセーラさんも僕の尋常じゃない覚悟に唾を飲み込む。

 だがとりあえず僕に取っての直近の敵はシィラよりも自分自身のようだ。


「……ちょっと待って、と言う事はつまり、フィルさんはこう言うんだね? 討伐依頼中に敵の転移術式を受けて偶然ここまで飛ばされた、と」


「……まぁちょっと違いますが、大体似たようなもんです」


 転移魔術を使ったのは敵ではなく味方だ。

 それが僕の怒りをやり場のないものにするのだ。これが敵の攻撃だったら単純に敵を怨めばいいのに……


「そこまで強力な転移術式を使う存在なんて……私は聞いたことがない。……フィルさんは何と戦っていたんだ?」


「まぁ敵じゃないんですが……シィラって知ってます? シィラ・ブラックロギア……黒き森の主です」


「いや……聞いたことがないな。ガルドはあるかい?」


「……いや、俺もねーな」


「そうですか……まぁ、つい三年程前にグラエル王国付近に住み着いた魔物なので、知らなくても無理はないですね……奴は……根本的におかしかった。そう、おかしい。異常だ。何なんだあの力、何なんだあの生命力! ありえないんです。レイブンシティまで飛ばされてぐっすり睡眠を取って身体をしっかり休めた完璧な状況で考えてもどう考えても……おかしい……ありえない……この僕が……為す術もなく敗北するなんて!」


 身振り手振りで訴える。

 僕のアリスは……彼女がシィラに負けるなど、万に一つもなかったはずなのに……

 万全の準備。完璧なコンディション。絶好のシチュエーション。

 そして何より恐ろしいことに、敗北を目の前にしてさえーー負ける気がしなかったのだ。僕は!


「まぁ、まぁ、まぁフィル。落ち着け。命があるんだからリベンジの機会もあるだろーよ。まー飲めよ」


「ガルドさん……ちょっと、そんなに飲ませない方が……この人、何かもうやばいわよ?」


「知るか。漢にはーー飲んで忘れたほうがいい時もあるんだよ!」


「……そうですね……ありがとうございます……」


 今となってはアリスが生き延びていてくれることを祈るばかりだ。

 ガルドさんが、僕を慰めるかのように僕のグラスに波波と大神殺しを注ぐ。

 まるでそれは僕の涙のようだ。

 僕はその大神殺しをぐいっと一気に飲み干した。自分の悲しみを飲み干すつもりで。

 焼ける炎が食道を通り抜け、胃を燃やし尽くし、脳みそを溶かしつくす。死ぬ。


「お、おい、大丈夫か、フィル! お前、そんなに酒に強い種族じゃないだろ!」


「ゴホッゴホッ……ら、らいじょうぶです……」


「……何でここまで飲んで顔色が変わんねーんだよ」


 ガルドさんが何事か言うが、何を言っているのかさっぱりわからない。視界がまるで水洗トイレに流されたかのようにぐるぐると回る。凄い勢いだ。巻き込まれる!

 とても姿勢を保てず、隣のセーラにもたれかかる。もうほとんど見えていない目の前にキラキラの光が混じる……


「きゃ……ちょ……大丈夫?」


「うっ……やっぱ、らいじょうぶじゃないれす……やば、吐く……」


「ちょ……やめろ! フィル、落ち着け! こんな所で吐くんじゃねー! セーラ、状態回復(リフレッシュ)だ! 急げ! 状態回復(リフレッシュ)かけろ!」


「は、はい! リフレッシュ! リフレッシュ!」


 状態異常を治すリフレッシュの効果で、今にも吐く寸前だった気分がちょっと吐きそうな気分に戻る。

 ぼやけた視界が焦点を取り戻す。

 危ねえ……こんな所でリバースしたら信頼が地に堕ちる所だった。

 大神殺し、恐るべし……


「う……ちょっと良くなった……かも……ありがと……」


「ええ。よかったわ、ほんっとうに。……で……そろそろ離れてもらえない……?」


 セーラさんが、まだもたれ掛かっている僕の身体を押し返そうとする。

 もうちょっと、もうちょっとだけ間近で祝福(ブレスエフェクト)を……


「え……もうちょっとだけ……」


 思わず口から漏れてしまった言葉に一瞬空気が静まったが、すぐにガルドさんが立ち上がって、僕の三倍はあろうかというぶっとい腕を伸ばした。


「おら、フィル、気分がよくなったら離れろよ! うちの看板娘に抱きつくんじゃねー金取んぞ!」


「え? いくら? あ、たたたた……分かった、分かった、離れるから!」


 ガルドさんに耳を引っ張られて引き離される。

 残念だった……が、だけどさすがに耳には変えられない。


「全く、よくもまあ初対面の女に抱きつけるな。……ん? そういえば、フィルは種族は何なんだ? 見たところ、ヴィータなのはわかるが特徴が何もないみたいだが……」


「え? プライマリーヒューマンだけど」


 耳の根本を触って確かめる。

 よかった。ちぎれてない。


「プライマリーヒューマン!? ヴィータの中でも最弱中の最弱じゃねーか……普通は探求者なんて危険な職につかないだろ。お前、マジでプライマリーヒューマンか?」


 プライマリーヒューマンの絶対数は少なくないが、探求者にはほとんどいない。他の種とくらべて地力が違いすぎるからだ。だが、決してゼロではない。まー大体すぐに死ぬけど。


「本当にプライマリーヒューマンだよ。ほら、力も魔力もない。能力精査(スキルレイ)でも掛けてみる?」


 能力精査(スキルレイ)は対象の能力値を数値化するという基本的な魔術だ。妨害用の魔術もあり、セットで探求者には必須の魔術とされている。

 セーラさんに左腕を差し出す。セーラさんは、恐る恐る僕の左手首に、脈を測るように指先で触れ、能力精査の呪文を唱えた。


「……間違いない。間違いなくプライマリーヒューマンよ……筋力値1.5に魔力値0.75……」


 ガルドさんが、セーラの告げる精査結果に、眼を見開いた。


「ああー? 筋力値1.5に魔力値0.75だー? 近接戦闘クラスの剣闘士(グラディエーター)の俺よりも魔力がないじゃねーか。俺でも2.0はあるぞ? てかそれって、一般人以下じゃないか? そんなスペックで探求者が務まるのか? それとも何か裏ワザでもあるのか?」


「知識職の私でも筋力値は3.5はあるのに……フィルさん……どうやって戦ってるの?」


 そこまで驚かれると心外だ。事前準備さえしっかりやってしまえば、どんなに脆弱でもなんとかなるものだ。

 そこで、僕のよく知る至言を、この種族に恵まれたガルドとセーラに教えてあげることにする。


「僕は身体も魔力も才能がなかったから、剣士にも魔法使いにもメカニックにもなれなかったんだよ……だから魔物使いになったんだ。ほら、ギルドでも言われてるだろ? 一流の探求者として必須なのは力でも知恵でも勇気でもないーー」


「ーー好奇心だ、か」


 僕の言葉を、ランドさんが引き継いだ。


「そうそう、僕は好奇心だけはあったからね」


「……なかなか興味深い話だね。まぁ、力と知恵と勇気を信条の第一とする竜人(ドラゴニュート)の立場から言わせてもらうと奇妙な気分だが……」


 顎に手を上げ、ランドさんが視線を右上に彷徨わせる。


「……まぁ、確かにそういう意味だと、フィルさんは一流の探求者で、間違いないな。どんなに弱くても……竜人と狼人が飲んでる中に割り込んでくるような度胸のある奴はそうそういないしな……そうだろ? ガルド」


 ガルドさんはランドさんの言葉に数瞬眼を瞬かせたが、すぐにニヤリと笑ってうんうんと頷いた。


「違ぇねえなあ。プライマリーヒューマンどころか、その辺の探求者よりもよっぽど探求者してる。何しろ、今まで割り込まれたことなんてねーぜ。がっはっは……この弱き勇者に杯をくれてやろうじゃねーか」


 ガルドさんが杯を掲げる。僕はそれに待ったを掛けた。


「弱き勇者だなんて……ガルドさん、それは違う。僕は弱き勇者なんかじゃない……」


 セーラさんが、僕のグラスに、大神殺しよりも大分弱い『セフィロトの涙』を注いでくれる。真っ青な色をした綺麗なお酒だ。

 お礼を言って、僕もニヤリと笑って杯を掲げる。


「僕は最弱の勇者だ。なんたって二十四体もSSS級の討伐対象を倒したのに全然力が上がらなかったからね」


 あまりの才能のなさに、最後の方では哀れみの眼で見られたくらいだ。

 自分のスレイブに。


「がはははは、二十四体のSSS級か……そりゃ大きく出たなぁ。それだけ倒して上がらないんじゃー何を倒したら上がるってんだ?」


「あははははは、もうこうなったらL級を狙うしかないね」


「がははははは、L級かぁ! 違えねえな! 俺も一度は倒してみたいもんだ!」


 こつんとグラスをぶつけると、グラスを再び一気に呷る。

 セーラが嫌そうな眼で僕とガルドさんを見た。


「ちょっと……ガルドさん。あまりフィルさんに飲ませないでくださいよ。また吐きそうになったらどうするの?」


「え……その時はもう一度リフレッシュ掛けてよ」


「い、や、で、す! 何でお酒の席でまで魔法掛けなきゃいけないのよ! 本当にお金取りますよ?」


「……あー、大丈夫大丈夫、お金ならあるから……」


「そういう問題じゃない! ……あれ?」


 セーラさんが、訝しげな表情で尋ねる。


「でもさっき、ギルドカードもなしで、無一文で来たって……」


「ああ、物売ったからね……さすがに無一文じゃできることが限られちゃうし」


「へぇ……何売ったんだ? そんな価値のあるアイテムでも持ってたのか?」


 ガルドさんが、興味深げに僕の方を見る。

 価値のあるアイテムと聞くと、探求者の血が騒ぐのだろう。

 その気持ちは大いにわかる。


「ああ、大したものじゃないんだけど、ギルドの褒賞品の指輪をつけていてね。『冥王の環』って言うんだけど、知ってる?」


「ふむ、知らねーなあ。名前だけ聞くとレアアイテムっぽいが……マジックアイテムかなんかか? 俺はもらったことがないが……」


「ああ……小夜さん……ギルドの受付の人が言ってたんだけど、北と南じゃ品目が違うようだってさ」


 ガルドさんは、興味深そうに眼を瞬かせると、隣で静かに飲むランドさんに話しかける。


「なるほど……そりゃ気になるな……ランド、さっさとSSS級までランクをあげたら、北にでも向かってみるか。そこでもう一度一から探求者をやるなんてどうだ?」


「なるほど……なかなか面白いかもしれないな。北のほうが強者が多いと聞くし……世界を股にかけるのも……悪くない……」


 半ば乗り気になったガルドさんとランドさんの前に、セーラさんが立ちはだかった。


「何馬鹿な事言ってるの、ガルドさん! ランドさんも! 大体……南に故郷がある人がほとんどなのよ?」


「冗談だ、冗談。真に受けるな。……フィル、北に帰る時は是非誘ってくれよ」


 どの口が言っているのか、ガルドさんが僕に笑いかけた。

 そうだな……

 ガルドさんの全身、耳の先から足元まで、筋肉の詰まった野性的な身体を値踏みするように見て、頷く。


「ああ、もちろん。その時は特別にガルドと契約してあげるよ。色々面倒だから男とは契約しない主義なんだけどね」


「がはははは、そりゃ光栄だな」


 ガルドが豪快に笑う。鋭い犬歯がチラリと見えた。

 だが確かに、女の子ばかり選ぶのも限界な気がしていた。一般論だが、ヴィータ種は勿論その他の種族も雄は筋力、雌は魔力に秀でているのが一般的だ。

 故に、僕のスレイブは皆魔術師系しかいない。根本的に向いていないのだ。それはどこかで打破する必要のある課題だった。

 何より、僕は自分の得意なタイプだけをスレイブにすることで自身の能力を狭めてしまっている。例えそう長い間探求者をやるつもりは無いとは言え、それはよろしくない。

 いい機会かもしれないし真面目に考えてみようかな。

 そんなことを考えると、ガルドが真面目な表情で僕の眼を見た。


「……だが確かに……なぁ、フィル、真面目な話なんだが……北への海路はやべえ。SSS級の探求者複数人に守られてさえ、北の港に着く頃には生存者は七割を切ると言われている。境界を超える船……境界船はL級機械種だから滅多なことじゃ沈みはしないらしいが、さっきセーラが測ったフィルの体力じゃ正直キツイぞ?」


 ガルドの言うとおりだ。それは、僕が北に帰還する上での一つのハードルだった。境界の海を超える苛酷さは、単純な攻撃力の高さとかそういうものでどうにかできる類のものじゃない。

 必要なものは……最低限の体力。過酷な環境、襲い来る強大な魔物、それに耐え切る体力と精神力だ。

 いくらスレイブが強くても、僕には一番足りない物だ。

 ガルドの言葉に大きく頷く。そんなことはとっくに考えてあった。どうにもならないから今まで先延ばしにしていただけで。


「そうなんだよね……だから回復魔法とか必要なんだけど……ガルドは回復魔法とか使えないの? 魔法じゃなくてもいいけど……」


「使えるように見えるか? 俺のクラスは剣闘士だぜ? 戦闘以外はさっぱりだよ! てか、結局他人頼りかよ!」


「まー、だよねー。ガルドが使えたら逆にびっくりだよ……しかし、やっぱり回復が必要か……難しいな……」


 高位の探求者に必要なのはどちらかというと回復力よりも突破力、破壊力だ。だから高レベルの治癒能力者はなかなかいない。例えそれ系の才能があっても、攻撃系のスキルを高めなければ高ランクまでランクを上げられないので中途半端になってしまいがちになる。

 攻撃面で役に立たない探求者を周りがどう思うだろうか? 怪我をしない程度の依頼でも連れて行きたいと思うだろうか? 損得を計算すると、いずれ必ず助けになるのだから連れて行って然るべきだが、なかなかそうはならないというのが探求者の業の深い所でもある。

 パーティを組むなどして回復魔法を専門にあげている探求者も居ないことはないが、そう言ったメンバーは極少数だし、当然の話だが、そういう探求者は固定のパーティから外れたがらない。

 故に、回復魔法も使えるSSS級の探求者はいても、SSS級の回復魔法を使える探求者なんて世界広しといえども両の手で数えられる程度しかいない。


 翻って、魔物使いである僕はその枠を突破できる。何故なら、スレイブは単純な武器であり、セットで一人の探求者として認められる。そして魔物使いが契約できるスレイブは一人じゃない。

 攻撃役、防御役、回復役と完全な切り分ける事ができ、極端な話、普通のパーティでは使い物にならないレベルで回復しかできない、俗にいう回復極のメンバーを仲間にすることすら可能だ。役割を切り分ける事によって発生するありとあらゆる障害は僕が封殺できる。してみせる。

 治療能力者を探す必要があるとか、契約の条件などを考える必要はあるとかが逆に考えればそれだけだ。自分が持っていなければなんとか契約してしまえばいい。


 が、理論的には正しいのだが、現実は厳しい。何が厳しいって、基本的に高度な回復魔法を使える種族はスピリットなのだ。種族的な相性で、レイスとスピリットは互いに犬猿以上に憎悪を抱いている。故に、レイスと既に契約している身からすると、絶望的だ。僕が構わなくても相手のスピリットやアムがそれを許さないだろう。


 和が乱れる。


 それが、魔物使いとして名を馳せた僕が、未だかつてスピリットと契約した事がない大きな理由の一つだった。

 それを回避するくらいだったら眼の飛び出るくらい高価な最上級回復薬をしこたま買い込んだほうがまだ楽だ。

 別に強力な回復魔法を使う必要に迫られなかったというのも勿論一つの理由だが。


 ふと、ガルドがそこで思い出したように手を叩いた。


「お、そういえば、セーラもマスターを探してたんじゃなかったか? どうだフィル? うちのセーラは。リフレッシュを受けてわかってるだろうが、もちろん回復魔法(ヒール)も使えるぞ?」


「ちょっと……やめて!」


 ガルドが冗談混じりにセーラをこっちに押してくる。

 セーラは本気で嫌そうな表情でそれを避ける。

 胡乱な思考で考えた。セーラはアムやアリスとは若干趣が違うが美人だし、胸も大きい。

 僕がスレイブにしたことのないスピリットだ。興味もあるし、回復の技も使える。

 だがーー


「……いや、ないかな……」


「お?」


「へ?」


 ガルドと、セーラまでもが予想外の返答だったのか、情けない声を上げる。

 やれやれ、僕が何でもかんでもスレイブにしていると思ったら大間違いだ。僕にもプロの魔物使いとしての基準がある。

 肩をすくめると、一度、酒で唇を湿らせ、分解ペンを指揮棒代わりにセーラの事を指さした。まずは二の腕を指す。

 

「まず、僕がほしいのはただ回復できるだけのスレイブじゃない。前線に出て一緒に戦ってくれるスレイブなんだよね。僕は弱いし、後ろから指示を出すことしかできないから最低限僕を守って戦える火力がほしいね。クラスで言うなら僧侶(プリースト)はダメだね。聖闘士(パラディン)がいいね」


「おいおい、何か自信満々で情けない事言い始めたぞ……」


 とか何とかいいながら、興味深そうにガルドは続きを促す。

 セーラが僕の言葉に眉を顰める。

 僕は続いて分解ペンをセーラの目の前数十センチの所につきつけた。


「それに、例えそれが解決できたとしても、セーラの回復魔法はまだまだ弱いよね? まぁ最悪、回復専門でも構わないんだけど、その程度のスキルじゃ回復役としても心もとないんじゃないかな?」


「な、何を……偉そうに……! ランドさんの指示とは言え、わざわざクランメンバーでもない貴方を助けてあげたのに……一体何を根拠に言ってるのよ!」


「リフレッシュ」


「え……?」


 リフレッシュは状態異常を回復する最も有名な魔法だ。毒でも麻痺でも酩酊でも、何でもかんでも癒やすその魔法は上級の探求者にとっては欠かせないスキルだ。

 だが、その魔法に、習熟度による効果の上下があることはあまり知られていない。 

 怒りに表情を蒼白にしているセーラの頬をペンでなぞる。


「リフレッシュ、ありがとう。だけど、セーラのリフレッシュじゃ完全に酩酊が解けてない。二回かけてこれだと完全には程遠いね。レベル的には……そう、レベル五って所かな?」


 さすがの僕でも詳しいレベルまでは判断付かないが偶然当たったのか、セーラが怒りを忘れて食って掛かる。


「……だから、何よ……五じゃダメだっていうの!? 何が悪いのよ! ないよりは全然マシでしょ!?」


「全然マシだね。でも、ダメだ。それじゃダメだ。スピリットなのに回復を碌に使えないなんて……話にならない。最低でも上位回復魔法(ハイパーヒール)広範囲異常回復(フルリカバリー)くらい使えないと……僕のスレイブには……いらないかな……。君、使えないでしょ?」


 上位回復魔法(ハイパーヒール)広範囲異常回復(フルリカバリー)はハイエンドの探求者に必須の魔法だ。使えないのと使えるのとじゃ達成できる依頼に大きな幅が出る。

 難易度も高いので上級探求者でも持っている者はそれほど多くないが……そのくらい使えないと、アムならばともかく、アリスと吊り合わない。力に差のあるレイスとスピリットは一緒にしてはいけない。それは魔物使いにとっての一つ鉄則だ。

 まぁ、今すぐに使えなくても僕が育てて使えるようにすればいいだけなのだが、少し気になったので発破をかけさせてもらった。

 ランドさんは黙ってその様子を見ていたが、


「なるほどね……その辺にしておいてもらえるかい? フィルさん。君の言う事は分かった。確かにセーラじゃ……まだ未熟のようだ」


 屈辱に肩を震わせるセーラを軽く手を出して留める。

 怒りを覚える。そんなの、僕の言う事が全て正解だと言っているようなもんだ。

 セフィロトの涙の最後の一滴まで舐めきって、僕は最後の止めを差した。


「攻撃力は別に低くたって仲間は死なないけど、回復が低いのは仲間の命に直結するから妥協できないね。僕の見積もりだと、セーラは……まずその辺りを意識する所から考えるべきかな」


「ほら、セーラ。『最弱』にいいように言われてるぜ? 言い返さないのか?」


 ガルドが俯いているセーラを煽る。

 火に油を注がれて、セーラが上目遣いでこちらを睨みつけた。固く握られた拳は、ランドさんとガルドが居なければ僕に向けて振り下ろされていただろう。


「上から目線でえっらそうに……例えそうだったとして、そういうフィルには何ができるっていうのよ? 契約なんてこっちから願い下げよ! 0.75M程度の魔力で使われるほど、私は安くないんだから!」


 確かに、そのセーラの台詞はある意味では正しい話だった。ライトウィスパーなら就職先は引く手数多、特にスピリットはその能力から、聖職者系のクラスに使役されることが多い。そして、それ以外にも、ありとあらゆる意味でレイスと正反対のスピリットは、レイスとは真逆で、ありとあらゆる種に好かれる、それがスピリットの特徴だ。


 慰めるようにうんうんと頷いてみせる。


 ゴミでも就職先があるというのは素晴らしい事だ。僕も是非あやかりたい。


「……確かに尤もな話だね。700Mは盛りすぎだけど、ライトウィスパーなら月140Mはとってもおかしくない。僕にとってはちょっと高嶺の花かな」


「……急にしおらしくなって……気持ち悪い……ん? 700M……? 何でフィルがその事を……」


「フィルさん、遅いですよ! いつまでトイレに行ってるんですか!」


 その時、丁度いいタイミングでアムがこっちに向かってやってきた。

 足元が大分ふらついているし、いつもなら粉雪のように純白の頬も真っ赤に染まっている。僕がいなくなってからも大分飲んだのだろう。

 急に現れたレイスに、何人かが酔いが覚めたように表情を険しくする。

 僕は、その様子を見て少し考える。


「……そうだなぁ……セーラ、僕が何をできるか、と言ったね?」


「え、ええ……言ったけど?」


「なら、リフレッシュをかけてもらったお礼と、余興代わりに魔物使いのスキルもちょっと見せてあげようかな……特別だよ?」


 思わせぶりな表情でそう宣言し、指先をアムに向けると。


「み、見せてもらおうじゃない……そこまで自信があるんだったら……」


 セーラは、恐恐と僕の指の先を窺った。

 ランドさんとガルド、そしてその他のクランメンバーも完全に酔っ払っているレイスと、僕に視線を向ける。


「さぁ、始めるよ?」

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