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Tamer's Mythology  作者: 槻影
第一部:Tamer's Mythology

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14/121

第十三話:でも、まだ足りないよね?

 小夜さんとアムを連れ立って酒場に移動する。

 席はほとんど埋まっていたが、幸いな事に三人座れる程度の席は空いていた。

 席を埋めるほとんどの人の装備には、共通のマークがあった。黒い槌に交差する稲妻のマークだ。ほとんどのクランには共通の印をつける傾向があるから、恐らくクランの象徴なのだろう。王国近辺で活動していた僕の記憶にないマークだった。

 小夜さんが今思い出したように口を開いた。


「ああ……そういえば、今日は『明けの戦鎚』の貸し切りでした」


「明けの戦鎚……クランですか。この辺りでは有名なんですか?」


「はい……」


 小夜さんが頷く。

 酒場の外から見ている分でも、相当高ランクっぽい探求者の姿がちらほら見受けられる。

 クランはおおよそ、十人までが小規模、五十人までが中規模、それ以上が大規模に分類されるので、百席以上ある酒場の席をほとんど埋められる明けの戦鎚は相当大きいクランだ。


「この辺りの最大手ですね。リーダーはつい三日前の昇格試験でSS級に昇格した竜人(ドラゴニュート)のランド・グローリー様……クランの象徴にもなっている戦鎚の達人です。戦闘能力なら既にSSS級だと評判の、レイブンシティでも三指に入る探求者です」


竜人(ドラゴニュート)か……珍しい……」


 竜人(ドラゴニュート)は種族ランクにしてS級に分類される強力無比な有機生命種(ヴィータ)だ。強靭な筋力と魔力を備えた戦闘民族で、純粋な竜には劣るものの高度な知性と長久の寿命、自らの誇りに重きを置く気質がある。強力な分だけ人間社会に進出する個体の数は少なく、王都で五年以上探求者をやった僕もまだ五人しか見たことがない。

 酒場を軽く見回しただけで、すぐにランド・グローリーと思われる男の姿が見つかった。

 傍らに黒光りする巨大な戦鎚を置いて、酒場の中心でクランメンバーと一緒に酒を飲んで笑っている。

 身長にして、僕より頭二つは大きいだろうか、靭やかな筋肉と竜人種特有の頭から生える龍角と呼ばれる角、黄金に輝く三白眼が特徴の青年だ。


「今日は諦めたほうがいいですね……」


「んー……今日は何のお祝いなんですかね?」


 十数メートルは距離があるここまで香ってくる酒精に、頭が軽くくらくらする。

 酒は好きだが強くない。種族特性的にプライマリーヒューマンは他種族より圧倒的にアルコールに弱いのだ。つくづく、残念な種族だった。

 

「恐らくランド様のSS級昇格試験の合格祝いではないかと……」


「なるほど……ちょっと行ってきます」


「あ、フィルさん!?」


 ふらふらと酒場に脚を踏み入れた。熱気が身体を包む。

 いきなり入ってきた胡散臭いものでも見るかのような眼でクランメンバーがこちらを見てくるが、笑顔で躱す。

 明けの戦鎚はどうやら多種多様な種族のメンバーを擁するクランのようだ。エレメンタル、ヴィータ、スピリットに、機械種の姿まで、肩を組み、盃を交わしている。テイルとレイスの姿が見えないのは仕方ない。種族相性が悪いものが混じっていると輪を乱す可能性があるからだ。

 あまり長時間周囲の訝しげな視線を受けるのは好ましくない。さっさと酒場の中心まで行った。

 ランドさんの目の前にまで一気に突き進むと、笑顔を作って話しかける。


「ランドさん、SS級昇格おめでとうございます!」


「何だてめーは?」


 ランドさんの隣に座っていた三白眼の厳つい男がランドさんの代わりに答える。黒髪から生えているのは狼種特有の耳だ。狼人(ライカンスロープ)。敏捷性に富んだ肉体を持つB級のヴィータだった。

 ランドさんが、半ば立ち上がりかけた男を諌める。


「ガルド、抑えろ。……君は?」


 ランドさんがいきり立つガルドを抑えて、僕に物珍しげな視線を向ける。


「はい、フィル・ガーデンといいます。最近この街に来たばかりで……今日は、偶然ランドさんの昇格祝いをしていると聞いて、是非一緒に祝いたく……SS級昇格おめでとうございます」


 ランドさんは僕の言葉に笑みを作った。


「ああ、ありがとう。そしてようこそこの街へ! 私は、明けの戦鎚のクランマスターを遣らせてもらっている、ランド・グローリーだ。レイブンシティ近辺で主に活動している。今後ともよろしく」


「はい、よろしくお願いします」


 差し出された右手に握手をする。接触した肌から、その身に秘めた力が感じられる。

 リーダーのランドさんが友好的な態度をとったのを見て、隣のガルドという名らしいライカンスロープも諦めたらしい。ライカンスロープは群れの順位を重んじるから、リーダーのランドさんが許した以上文句をいうことはないだろう。


「おう、俺の名はガルド・ルドナーだ。微力ながら、明けの戦鎚の副マスターをやらせてもらってる。さっきは悪かったな」


「いえ、こちらこそいきなりすいませんでした」


 差し出された剛毛の生えた右手を握る。気性はやや荒そうだが、悪い人ではないのだろう。ただの荒くれが竜人の治めるクランの副マスターに抜擢されるわけがない。


「ついでにお相伴に預かってよろしいでしょうか?」


「ああ……もちろんだとも。席はまだ空いてるからね。こういった席の出席者は多いほどいい」


「ありがとうございます。……連れが後二人いるんですが、一緒によろしいでしょうか? レイスも混じっているんですが」


 酒場の外に待機している小夜さんとアムを指す。

 ランドさんとガルドさんは、僕が指したその二人を見て、顔を微かに曇らせた。


「レイスか……いや、私は別に構わないんだが、うちのギルドにはヴィータもスピリットもいるからな……」


 隣のガルドさんも同意見のようだった。

 ランドさんの言う事も尤もだ。ちょっと考える。周囲はともかく珍しくランドさんはそれほどレイスに苦手意識を持っていないようだ。


「彼女は僕のスレイブです。問題は起こさせませんし、もちろん『恐怖』も最小に抑えさせます。問題が起こったら出ていきます。寛大な心で許していただけませんか?」


「スレイブ……なるほど……フィルは死霊魔術師(ネクロマンサー)……いや、その雰囲気からすると魔物使い系のクラスか……そういうことなら構わないよ」


「ランド!? ……いや、ランドがそう言うなら構わねえ……入ってもらっていい」


「ありがとうございます」


 頭を下げると、酒場の外で待っていた小夜さんの元に戻る。

 小夜さんとアムは、はらはらした様子で僕を待っていた。


「お待たせしました。入っていいそうです」


「……どきどきしました。初対面のクランに交渉に行くなんて……いつもフィルさんはそのような事をやっているのですか?」


「ええ……まぁ、大体」


 もちろん相手は選ぶが。

 竜人種はしっかりとコミュニケーションさえ取ってあげればなんとでもなるものだ。

 呆れた表情で見てくる小夜さんの視線を躱し、続いて、所在なさげに側に立っているアムの両肩に手を置いた。

 視線と視線を合わせて、強く言い聞かせる。


「アム、絶対問題を起こすなよ。向こうにはスピリットもヴィータもいるが、何を言われてもまともに相手をしちゃダメだ。クランを敵に回すことになる。何かあったらすぐに僕を呼べ。いいか、絶対だぞ」


「は、はい。わかりました」


「『恐怖』も最小にしろ。『ライフドレイン』は当然オフだ」


「はい……もちろんです」


 その当然の事をやり忘れて僕を殺しかけたのはどこのどいつだ。

 しっかりと釘を指すと、連れ立って酒場の中に足を踏み入れた。僕がランドさんと話していたのを見ていたのか、今度は誰も何も言わない。物珍しげな視線をこちらに向けてくるだけだ。

 酒場の隅の方の、誰もいない四人がけの席に座った。

 メニューを開く。


「小夜さん、何頼みますか? いつものお礼に奢りますよ……アリを倒したばかりでそれなりに懐にも余裕があるし」


「ありがとうございます。あの……私は食事をとったことがないので……おすすめを選んでもらえますか?」


「なるほど……分かりました。じゃー適当に……あ、食べられないものはありますか?」


「いえ、経口で食事を取る機構はついているので、問題ないはずです」


「わかりました。アムは……食べたいものはある?」


「あ……私もなんでもいいです……」


 機械種は食事を取らなくても他のエネルギーの補給手段を使えば生きていける。

 なので、どちらかと言うと経口の食事は娯楽の部類に入る。通常のヴィータが食べる食物だけではエネルギーの補給が十分ままならないため、その事も加味して選ばなくてはいけない。

 メニューの中から適当に選んだ。初めての経口摂取なら、味は薄い方がおすすめだ。

 機械種のウェイターを呼んで注文する。


「えーっと……この、H.E.F.Fとスピリットフォール、後はハイエールを瓶で……後は……」


 適当に飲み物と食べ物をいくつか注文した。

 H.E.F.Fは機械種向けのアルコール飲料、スピリットフォールはレイスやスピリット向けの酒だ。脳の中枢を酩酊させる効果がある。幾つか北にはない飲み物もあったが、それはまた次の楽しみにしておこう。どうせまだ機会はいくらでもある。

 程なくして、飲み物が届いた。グラスを上に掲げる。


「では……小夜さんとの出会いを祝して……」


「あの……フィルさん、ちょっと恥ずかしいんですが」


「乾杯!」


「……乾杯」


 乾杯の音頭と同時にグラスを合わせると、ハイエールを口に含んだ。強い苦味とアルコール特有の風味が脳裏を舐める。

 久しぶりのアルコールにくらりと大きく視界が揺れる。

 アムも小夜さんも、ちびちびと飲み物を口に含む。

 小夜さんが驚いたように眼を開いた。


「……美味しい……!」


「あれ? 小夜さんそれ飲むの初めてですか?」


「はい……今までは飲む必要がなかったので」


「それはもったいない……せっかく経口で食事を取る機能があるんだから使わないと……。H.E.F.Fはテスラ社が初期に開発したアルコール飲料で、機械種の飲み物としては定番なんですよ。ほら、甘くて飲みやすいでしょ?」


「確かに甘いです……」


 小夜さんが気に入ったように、こくこくとH.E.F.Fを嚥下する。

 ついでにH.E.F.Fにはエネルギー補給としての意味もあり、通常の食物と比べ物にならないほどの高いエネルギーを持っている。

 アルコール類を飲んだことのない機械種に勧めるものとしては定番だった。

 グラスの半分くらいまで一気に飲むと、小夜さんが言う。


「しかしフィルさん、機械種に詳しいですね……初対面で私の型番もわかってたみたいですし……メカニックじゃないですよね?」


「クラスは魔物使いですよ。なれるならメカニックでも良かったんですが、魔力の規定値が足りなくて……。まぁ、機械種のスレイブがいたので、その辺りはちょっと勉強したんです」


 機械魔術師(メカニック)は、機械種に特化した魔術師だ。死霊術師の機械種版という表現が正しいだろう。機械種のメンテナンスや改良、新たな機械種の生成など、機械種の特徴を知り尽くし、機械種を従えるその物理破壊力は純粋に魔術師の中でも随一とされる。

 何がいいって、メカニックの職は横のつながりが非常に厚く、機械種と契約した際のライセンス料が大幅に減額されるのだ。

 小夜さんが僕の言葉に眼を丸くした。


「機械種のスレイブ……ですか。メカニックでもないのに珍しい……もし不都合なければ教えて頂きたいんですが、何と契約を?」


守護人形(ガーディアン・ドール)っていうシリーズ知ってます? アスラ社が作った要人護衛用の機械種なんですが、それの初期ロットの一体と……。家の警備を任せてました」


 防衛力に特化した個体で、テスト用の個体でもある。そのため、ライセンス料が性能と比較して非常に安かったのだ。

 まだ表にはほとんど知れ渡っていないのか、小夜さんも知らないようだった。


「アスラ社は知ってますが……ガーディアン・ドールシリーズというのは聞き覚えが無いですね……最近できたばかりのシリーズですか?」

 

「いえ、できたのは三年前ですね。まだ量産のめどが立っていないみたいですが……」


 今までに十三体程作られたと聞いているが、量産されたという話は聞いていない。ずっとテスト中のままだ。もしかしたら何か問題が発見されたのかもしれないが、僕の持っている個体は特に何も言ってこないので気にせずに使い続けていた。


「なるほど……機械種のスレイブが居たので機械種にも詳しいんですね。納得しました。あ、これ、もう一杯頂いていいですか?」


「もちろんです。どんどん飲んでください」


 小夜さんが若干赤みが差した頬で、H.E.F.F……High・Emotion・Fall・Fuel……『感情機構を堕落させる燃料』を差した。

 ウェイターを呼びつけ、新しい飲み物を頼む。

 そこで、アムが全く黙ったままなのに気づいた。


「アム、どうしたんだ? 機嫌悪そうだけど」


「……そんなことないですよ」


 そっぽを向いて、スピリットフォールを一口飲んだ。わかりやすい子だ。

 ハイエールを最後の一滴まで飲み切ると、僕をE級まで昇格させてくれたスレイブを労うべく、ポンポンと自分の膝を叩く。 


「ほら、アム。そんなそっぽ向いてないでこっちにおいで」


「……そんなんじゃ私は騙されないですよ」


 とかなんとか言いながら、アムが席を立ってこちらに寄ってくる。

 僕は前に立つアムのあちこち跳ねている髪を梳かしてやった。それだけでアムの目尻が少し緩む。


「アム、今日はお疲れ様。助かったよ」


「……ふん。気にしなくていいですよ。フィルさん、私のマスターですもんね。スレイブの私を放っておいて好きなだけ自堕落に寝てるといいです」


「いや、それは起こしてくれなかったから……」


 アムが信じられないようなものでも見るような眼でこちらを見る。


「起こしてくれなかった……から? あんなに起こしたのに? 今、起こしてくれなかったからって言いました? ……信じられないです」


「……ほら、アム。抱っこ抱っこ。もっとこっちにおいで……」


「……ふん。そんなんじゃ私は騙されないですよ!」


 とか何とか言いながら、アムは僕の膝の上に跨るようにして抱きついてくる。

 力を入れて抱きしめてやる。近くでみてみると、アムの装備はボロボロだった。幸いなことに致命傷はなさそうだが、あちこち傷つき破け、素肌が見える。


「こんなに傷だらけになっちゃって……頑張ったね。F級昇格どころか、E級昇格試験まで合格するなんて……偉い偉い」


「……大した事なかったです。フィルさんの言うとおり、事前にターゲットの事を調べて行ったので……」


「そうか。ちゃんと調べていったのか……いうこと聞いて偉い偉い」


 褒めてほしそうにしているアムの後頭部を思い切り撫でてやる。

 前日までの何の準備もしていないアムと比較すると、それは大きな進歩だ。

 飲み物――H.E.F.Fと、ハイエールのジョッキを持ってきたウェイターさんが、アムを抱きしめている僕を見て一瞬固まる。

 僕はエールを一口含むと、耳元で言った。


「でも、まだ足りないよね?」


「……え? フィ、フィルさん?」


 こちらを向こうとするアムを思い切り抱きしめる。アムが艶かしい吐息を漏らした。

 力を緩め、アムの顔が見えるようにする。左頬についた傷がはっきり見えた。


「僕の言う事を完全に聞いて討伐に向かってたら、ダメージなんて負うわけないよね?」


「え、あの……フィルさん。私、頑張りました……よ?」


「わかってるわかってる。アムは頑張った。頑張ったよ、確かに。E級昇格なんてアムがまだ探求者だった頃も達成できてない偉業だよね? それを僅か一日で達成できるなんて……なかなかできることじゃない」


「で、ですよね? 私、頑張りましたよね? フィルさんが起きてこないから! ……も、もっと……褒めてくれても……」


 アムの言葉が尻すぼみに下がる。


「ああ、そうだね。頑張った。偉い偉い。でも……まだまだ足りないよね? 僕の前のスレイブだったら……もっとやってたよ?」


「!?」


 アムが腕の中でビクリと震える。

 小夜さんが可哀想なものでも見るかのような眼でアムを見ていた。

 周囲の喧騒が遠く聞こえる。


「フィルさん……さすがに可哀想ですよ。アムさんは確かにフィルさんのために働いたのに……」


「いーや、スレイブならそんなの当然です! 大体この子、種族ランクB級のナイトメアですよ? どうやったらE級の昇格試験の討伐対象にダメージを受けるんですか!」


「いや……それは……確かに、そうですけど……でも、アムさんのギルドランクはこの間までF級で……」


 確かにその通りだ。小夜さんの言う事はごもっとも。僕も……それはよくわかってる。

 僕はぐいっとハイエールを呷った。

 ガンッ、とジョッキをテーブルに置くと、アムの髪をぐしゃぐしゃと撫でる。

 アムがちょっと嬉しそうな表情をする。


「そんなのは知ってますけど、小夜さん、信じられますか? この子、ナイトメアの固有スキルを一つも使えなかったんですよ? 信じられますか?」


「え……それは、これからおいおい覚えていこうってフィルさん昨日……しかも、もう闇の福音ブレス・オブ・ダークネスは使えるようになりましたし……」


「それは僕がサポートしてやったからだろ! ……全く、固有スキルの一つも使えないナイトメアがいたなんて、本当に信じられないよ!」


「あの……おっしゃる事は確かに尤もですが……フィルさんまさか酔ってます?」


 小夜さんがこわごわ、テーブルの上に置いてあるボトルのラベルを確認する。

 僕は飲み終えたジョッキを差し出し、ウェイターにもういっぱいハイエールを頼んだ。久しぶりのアルコールに、全身の血に火がついたようだった。

 なにせ……僕はあまりアルコールを飲ませてもらえなかったものだから……

 一歩後退ろうとするアムを抱きしめて拘束する。


「まだ……行っていいなんて言ってないよ?」


「ご、ごめんなさい……」


「何謝ってるの? 謝れなんて言ってないよ? 僕は、何でスキルを使えないか理由を聞いてるんだよ?」


「そのやりとり……昨日やった……小夜さん、助けてください……!」


「アルコール度数三十二%……ただのエールの五、六倍の度数……? ……フィルさん、それ何杯目でしたっけ?」


「まーだ三杯目とかですよ。それに大丈夫、ライカンスロープや竜人ならスピリタスを原液で飲んでもそうそう酔わないので……彼らの肝機能凄いですよね。何度羨ましいと思ったことか……一回バラして見てみたいもんです」


「フィルさんライカンスロープでも竜人でもないですよね!? それに酔ってますよね!? 顔色変わってないですけど……」


「僕は顔色変わらないタイプなので……それにしても……そう、小夜さん、貴方も貴方です!」


「え!? 何がですか!?」


 小夜さんが僕の言葉に一歩引く。

 小夜さんとアムのグラスが空いているのに気づき、ウェイターにもういっぱい同じものを頼む。

 アムを抱きかかえ、再び膝の上に乗せる。


「小夜さん、あまりうちの可愛いアムをいじめないでもらえますか?」


「え……ちょ……何の話ですか!?」


「さっきのE級昇格試験の話ですよ! 何ですか、あの言いがかりは! こんなに可愛いアムが傷だらけになる程頑張って討伐してきたっていうのに……」


「ええ!? その話が今くるんですか……!?」


 顔を真っ赤にしているアムの背中を擦る。

 可哀想に可哀想に、こんなに傷だらけになっているっていうのに……

 小夜さんが動揺を抑え、声色を切り替えて応える。


「フィルさん、あれは正当な判断です。言いがかりでもなんでもないし、当然ですが、アムさんだから、というわけでは……」


「いーや、わかってます。わかってますよ。E級の昇格試験が討伐の実力だけでなく、交渉事の実力や探求者の懐の深さを見る目的もあるのはよーくわかってます。小夜さん、もし仮にアムの持ってきた討伐証明がばらばらになっていなかったら、落とすとか何かしてばらばらにするつもりだったでしょ?」


「え!?」


 小夜さんの顔が図星をつかれ、ぴくりと動く。

 アムも、聞いてませんよ、みたいな顔でこちらを見ている。

 当然、当然の話だ。腕っ節だけでは高ランクの探求者は務まらない。また、暴力だけが能みたいなやつに高ランク探求者の看板を背負わせるわけにもいかない。

 ギルド側は適宜見極める必要があるのだ。その探求者に果たしてそれだけの能力があるのか、を。


「……僕は元SSS級の探求者ですからね。それくらいはお見通しなんですよ! 僕の時もばらばらにされましたし……」


「あの……分かりました。分かりましたから、少し声を抑えて……一応機密なんですよ……それ」


「全然わかってない。わかってないです、小夜さん。アムがその為にどれだけつらい思いをしたか……こんな可愛い子を虐めて情けなくないんですか? 罪悪感とかないんですか? 鬼ですか、悪魔ですか? 僕を呼ばせるとかあるじゃないですか!」


 話しているうちにヒートアップして、ジョッキを思い切りテーブルに叩きつけた。


「フィルさん、もういいので! わかったので! 小夜さん、小夜さんは悪くないです! 私が、私が悪かったんです!」


 アムが一瞬の隙をついて僕の腕の中から離れ、小夜さんの側に回る。

 ああ、こんな……一度虐められた側の事を考えられるような優しい子をスレイブにできるなんて……僕は幸せものだ。

 アムに免じて、涙目になっている小夜さんを許すことを決めた。

 ……ん? 涙目……?


「小夜さん、唐突ですが、ちょっと顔をこちらに近づけてもらえますか?」


「え……は、はい……」


 小夜さんが少し前に身を乗り出す。

 涙……涙ねえ。

 アムを解放すると、僕はその小夜さんの頬に流れる涙を舌で舐めとった。

 小夜さんががたんと音を立てて立ち上がる。


「ひゃ!?」


「ちょ……フィルさん!?」


「……なんだただの水か。小夜さんのエモーショナル・ドライブって何積んでるんですか?」


「え!? それだけ!? 今の、そのためだけに舐めたんですか!? しかも話題変わってるし!」


「え……そのためだけ!? そのためだけって何ですか!? 重要ですよ、重要。いやー、小夜さんの感情機構エモーショナル・ドライブって凄い機能豊富ですよね。僕ずっと気になってたんですよ。で、どこのやつなんですか?」


「フィルさん……情緒がおかしいですよ……」


 可能ならば北に戻ってから、無表情だったうちの守護人形の子につけてやりたいものだ。

 小夜さんの瞼がぴくぴく震えている。


「まー……もっと飲んでください。食べてください。ほらほら、遠慮せずに!」


 料理の皿を押し付けた。


「フィルさん、酔いすぎです……明日もあるっていうのに……」


 小夜さんはそんなじっと僕の表情を伺っていたが、すぐにやりきれない、といった吐息を漏らし、テーブルの上に載っていたH.E.F.Fを一息に飲み干した。なかなかいい飲みっぷりだ。


「……あの寝起きと酒乱……魔物使いって一体……」


 アムが、何やら禅問答のような事を呟くと、何かを決意したように眼を閉じ、小夜さんと同じようにスピリットフォールを一気飲みする。スピリットフォールもなかなか強い酒だ。魂を堕落させる甘い酒……ヴィータとは明らかに違う体内構造を持つアムの頭がぐらりと一瞬揺れた。

 小夜さんの視界がふらふらと揺れている。一体何を考えて機械種の始祖を作った人類は、機械種に酩酊する機能をつけたのか、興味は付きない。


「フィルさん……もうここまで来たら言わせてもらいますが、フィルさんはもっと考えて行動するべきです! 思わせぶりな台詞とか動作とか……一体何がやりたいんですか!?」


 小夜さんの眼が完全に据わっていた。アンテナがピコピコと不規則に動いている。

 やれやれ……酔っ払ったか。面倒だな。


「そうです! フィルさんはもっと私に優しくするべきです! こんなに頑張ってるのに!」


 アムも、小夜さんにつづいてなんだかよくわからない主張をし始める。


「あー……はいはい、わかったわかった。あ、お冷二つとハイエールをジョッキでお願いします」


 僕は酔っ払った二人のために水を二つとハイエールを頼むと、ふらつきながら何とか立ち上がった。


「ちょっとトイレ行ってくる。頭冷やしときなよ」


「あ、逃げた! ずるい!」


 慌てて立ち上がろうとするアムと小夜さんの頭を抑えて留めると、揺れる視界とさっきから感じる吐き気を我慢しながら、酒場から出た。

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