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Tamer's Mythology  作者: 槻影
第二部:栄光の積み方

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第六十九話:一つ、勘違いをしている

 テスラGN60346074B機械人形。

 魔導機械の大手、テスラ社が技術の粋を尽くして製造した機人はそれまでの常識とは異なり防御性能ではなく攻撃性能に特化していた。


 それまで機械人形の用途は人間の護衛や情報処理が主だった。強力な兵装を搭載した戦闘向け機械人形は世界中で大きな波紋を起こし、数多の批難を受けつつも一部の国で喝采をもって受けいれられる事になる。


 知識でこそ知っていたものの、小夜の動きはエトランジュの想像を遥かに超えていた。


 一挙手一投足は並の戦士の動きならばはっきり見えるエトランジュの感知能力をたやすく振り切り、四肢に搭載されたブースターが夜闇に紅蓮を撒き散らす。

 装置により物理法則を超越した動きは、職とスキルによる補助を受けた熟達の探求者を凌駕していた。


 戦士としての知識と技術がインプットされているのだろう。間の取り方が、足運びが、重心の動きが、絶妙だ。

 身体は細身だが金属の肉体を持つ機械人形にとって身体の大きさなどさしたる問題ではない。


「ぐッ…………本当に、量産品、なのですかッ!?」


 職やスキルとは魂に焼き付けられるもの。無機生命種は故に、職もスキルも持たない。持つのは機能により類似させた能力だけだ。

 踵から噴射される炎が神速の動きを可能にしていた。その眼は夜闇を容易く見通し、エトランジュの一挙一動をはっきり捉えている。


 その動きは、エトランジュの想定を二周りは上回っていた。


 猛攻を、装甲服による補助を受けなんとか捌く。どうやら小夜は近接型のようで、流れるような連撃の中ではスキルを発動するような余裕もない。

 信じられなかった。相手は量産品の機械人形、こちらは数多存在する職の中でも最上位に区分される機械魔術師だ。

 いくらテスラ社とはいえ、小夜は最新型というわけではない。ただの機械人形がここまで強力な機能を持つわけがない。


 機神の補助を受けてギリギリだ。純粋な格闘技術は相手に一日の長がある。


 連撃を後ろに下がり回避、屋根に飛び上がればすかさず小夜も追ってくる。

 細腕から繰り出される砲撃のような突きに、いなした腕がしびれる。


「小夜、手を、止めるのですッ!」


「…………」


 叫ぶが、小夜の瞳には何の変化もない。ただ、冷たい瞳で己の敵だけを見ている。

 その反応に、エトランジュは小夜を縛るものの存在を感じ取った。


 機械人形とは人間の友として作られた。故に、本来ならばどれほど敵対していたとしても呼びかけられて反応を全く返さないなどありえない。

 それは、小夜が何らかの手段で思考を強固に制御されている事を示している。


 横から飛んでくる飛び蹴りを腕で受ける。軽減している筈の衝撃が骨まで伝わり、鈍い痛みに唇を噛む。

 蹴りを受けた勢いで地面に降り立つ。小夜も一時の間もなく流れるように追ってくるが、その時には既にエトランジュは準備を終えていた。


 正常ではない小夜を戻すには動きを止め、治療をする必要がある。


「少しだけ――ちくっとするのです!」


「…………」


制止信号(ダウン・スパーク)


 雷を束ね、解き放つ。先程の『電磁災害(ダウン・オーバー)』よりは威力が低いが、電気に弱い機械人形を制圧するならば十分だ。


 たとえ下がろうとも、雷は対象を追い詰め確実に停止させる。


 刹那で迫った己の天敵たる攻撃に対して、小夜の取った行動は――突進だった。


「ッ!?」


「ッ……」


 エトランジュの放った雷が、その握った拳に吸い込まれていた。紫電が散り、激しい音が響く。だが、エネルギーはそこで止まり、その先の脳まで至っていない。


 小夜はボロボロだった。ほつれ一つなかった衣装は焼け焦げ、良く見たら身体のそこかしこから異音が上がっている。恐らく、痛覚が搭載されていたら全身に激痛が走っていただろう。

 その大部分のダメージはエトランジュの攻撃によるものではない。自分の攻撃の反動だ。


 刹那、エトランジュはなぜ小夜が機神を着用したエトランジュに食い下がれたのか、はっきり理解した。

 リミッターを解き放ち、自壊を厭わず動いていたからだ。とうの昔に小夜の部品は限界を迎えている。



 選択肢はまだ存在していた。諦めて数少ない残った砲塔を召喚するか、ドライに増援を依頼するか。



 だが、一秒足らずの迷いが選択を狭んだ。


 紫電を纏った拳が振り上げられる。すぐ眼前に接近する小夜に対して取れる選択肢は余りにも少ない。

 手に持っていたスパナを振り上げる。ここに至ってまだ戦意の欠片も見えないその赤の瞳、エトランジュは否応にも悟った。


 手加減したら――死ぬのです。


 スパナは分解の概念を形にした幻想兵装だ。

 その力は魔導機械に対して致命的であり、思考を司る場所――今回は頭を殴れば如何に魂無き種族だったとしても確実に死ぬ。


 スパナを更に振り上げる。相手の拳の方が早いが、機神ならば生身で受けても一撃は耐えられるだろう。

 それに対して、エトランジュの攻撃は触れただけで確殺だ。

 

 拳が目の前に迫る。だが、それに恐怖は感じない。エトランジュが恐怖を感じているのは別の点だ。

 頭だ。頭を破壊しなければ、この機械人形は動くのをやめない。




 ――頭を、破壊しなくては。




 と、その時、緩やかに加速した視界の中、拳の動きが明らかに鈍った。




「!?」


 頭のアンテナが高速で回転している。その瞳に一瞬感情が過る。


 そして、その正体を察する間もなく――衝撃がエトランジュの全身を貫いた。



 それは、エトランジュがこれまで受けた中で最も重い攻撃だった。



 機神を貫通してきた衝撃に息がつまり、一瞬意識が飛ぶ。しっかり手に握っていたはずのスパナがすっぽ抜ける。



 先に、届いた。先に、届かせる事ができたはずなのに――。



 小夜が意識を取り戻したのは一瞬だ。動きを止めたのは一瞬だ。振り下ろす事が出来た。その時間があれば一方的に、バラバラにすることができた。

 たった一度のチャンスだったのに、うっかり手を止めてしまった。


 地面を数度バウンドし、屋敷の壁に叩きつけられる。もう痛みは感じない。不思議な事に、音まで消えている。

 まだかろうじて意識は残っていた。立とうとするが、手足が自分のものではないかのように動かない。



制止信号(ダウン・スパーク)』が返されたのだ。



 スキルを――スキルを使い、抵抗しなくては。



 静かな足音が近づいてくる。破損した、しかしほっそりとした人間そっくりの足が見える。

 頭の上から、冷たい声が聞こえた。


「貴女には、私を質量兵器で一方的に破壊するチャンスが、幾つか存在しました」


「…………」


「ですが、近接戦闘で応じ、全てをふいにした。私にエラーが発生した、あの瞬間さえも」


 買いかぶりだ。そこまで差はなかった。近接戦闘で応じたのも、それで対応できる自信があったからだ。


「マスターの命により、貴女を……………………破壊します」


 その声には、先程、一瞬確かに垣間見えた本心は欠片も見えない。どうやらあれはたった一度の奇跡だったらしい。


 体温を感じさせない冷たい手が、エトランジュの喉を握り、易易と吊り上げる。首の骨がみしみしと音を立て、呼吸が止まる。

 ここに至っても、手足は動かない。スパナも地面の上だ。


 感情のない冷徹な瞳がぼろぼろのエトランジュを映している。頭の上のアンテナが静かに明滅しているのがぼやけた視界の中、見える。


 ああ、そうか。最初からヒントはあった。

 そのアンテナは、押し殺された小夜からの救助信号だ。

 壊さねばならなかった。たとえ、フィルの友が一人死んだとしても――それがきっと、彼女の救いとなったのだから。


 どれだけ叱咤しても指先の一本も動かないエトランジュに小夜の顔をした機械人形が言う。


「さようなら、エトランジュ・セントラルドール」




§ § §





 マクネスさんが深く椅子に腰を下ろす。先程まであったごくわずかな緊張は既に霧散していた。

 まるで泰然自若とした神のような所作だった。まるで諭すような口調で、機械種の支配者が言う。


「私はね……フィル。エトランジュをただ放置していたわけじゃないんだ。彼女がレイブンシティに来たのは最近だが、ずっと前からチェックしていた。何しろ、この地の状況は慎重に慎重を重ねてもまだ足りない。たった十代でSS等級にまで上り詰めた天稟は、恐るべきものだ。本来ならば、だが――」


 なるほど……彼は、知っていて見逃したのか。


 いや、見逃したという表現は正しくない。正しくは、後回しにしていた、だ。

 彼女には天稟の才能があるが、同時に才能がありすぎた。卓越した力が時に人を弱くすることもある。


 本来ならば知恵を絞らねば解決できないトラブルを力で解決できる。

 本来ならば断罪せねばならない罪人を超越者の余裕で許す。彼女はあまりにも甘すぎた。


 美徳と呼ぶべきそれらの気質は、同じ職を持ちながら真逆の道を歩んだマクネスさんにとってやりやすいものだったのだろう。


 僕がマクネスさんだったとしても――きっと、エティは後回しにしていた。


「彼女は、小夜には勝てないよ――テスラ社製の戦闘用機械人形を、私が手ずから改良したんだ! つけた機械魔術師達は非戦闘員だが、彼女は戦うために作られている」


 マクネスさんの目が暗い興奮に鈍い輝きを宿す。

 強い好奇心に、それが満たされる事への愉悦。それは僕がこれまで戦ってきた偉大なる魔術師、研究者達が総じて宿していた類のものだった。


「最高の攻性機械魔術師との戦闘データはきっと、得難いものになる! 興味はないか? フィル、君には本当に――感謝しなくては」



 なるほど…………会う場所が異なれば、友になれていたろうに。

 強い高揚に頭がくらりとする。心臓が強く跳ねる。


 顔を押さえる僕に、ふとマクネスさんの表情が訝しげなものに変わった。


「…………フィル、何故、笑っている?」


「…………ダメな癖だ。追い詰められた時に笑ってしまうのは悪癖だよ」


 どうにもならない時にこそ、笑わねばならない。僕の感情の変化をスレイブは容易く読み取る。

 大きく深呼吸をして動悸を抑える。自身の手を掴み抑える僕を、マクネスさんは不気味そうに見ている。もしも何か僕が不審な動作をしたらスレイブに攻撃命令を出すだろう。


 それを防ぐには相当な意志力を要した。

 マクネスさんが手を組み、まるで自ら作った魔導機械を観察しているかのような眼を向けてくる。


「まさか、フィル。君は――エトランジュが小夜に勝てるとでも、考えているのか? 君はエトランジュを高く見積もりすぎているようだ……あるいは、もしかして男女間の好意か? それは――ただの勘違いだよ」


 高く見積もりすぎている。


 男女間の好意。


 勘違い。


「!? …………ふ……ふふふ…………」


「…………何がおかしい?」


「ふ……くく……悪いね……勘違いしているのは、マクネスさんの方だ。余りにも、見当違いだったから――」


 レイブンシティはいい街だ。食べ物も、環境も、人も、魔物も、全てが新鮮で僕に新たな刺激を与えてくれた。

 素晴らしい出会いもあった。数ヶ月で僕はこの街を知り尽くし、楽しみ尽くした。マクネスさんの陰謀を込みにしても――最高の体験だ。




「男女間の好意? はっ、笑わせてくれる。エトランジュ・セントラルドールは僕にはもったいないな。大体、僕は誰かと恋仲になったりしないんだよ――スレイブがヤキモチを焼くからね」




 探求者になった時点で、一般的な幸福は捨てた。何もかもを手に入れるには、僕は弱すぎる。


 栄光を積むコツは不要なものを持たない事だ。自分よりも優秀な資質を持つ探求者と同じ事をやっていたら大成はできない。


 それに、もう一つマクネスさんが勘違いしている事がある。


 天井を見る。武具が飾られている壁を、分厚い年鑑が並ぶ古い棚を、大きなテーブルを見る。恐らくこの部屋も監視されているのだろう。そういう分野において、機械種とエントに敵うものはいない。


 僕は数秒を数え気持ちを落ち着かせると、マクネスさんを見た。


「それに、エトランジュが小夜に勝てるとでも思っているのかって……?」


 機械種は機械魔術師に絶対的な不利を強いられている。それが、エティ程の凄腕ならば尚更だ。たとえテスラ製の戦闘用人形でもそう簡単にあの馬鹿げた能力者を倒す事はできない。


 マクネスさんがつまらなそうな表情で言う。


「ふん……信頼が……眼を曇らせる事もある」



 僕は答えた。





「答えは――ノーだ」




「…………は?」


 エティはきっと、小夜には勝てない。力の問題ではなく、気質の問題で――彼女は高等級探求者としては余りにも優しすぎる。

 機械魔術師の持つスキルツリーをかなりの深度で修める彼女がSSS等級になれなかった理由は、ただの経験不足ではない。


 小夜はいい子だ。世話になったし、名前もつけてあげた。大切な友人だ。

 だが、僕ならば躊躇いなく破壊できる。

 僕はそれがどれだけ残酷な行為であっても、それが正しい唯一の道であるのならば、躊躇いなくその道を選べるのだ。


 機械種は基本的にマスターに絶対服従だ。そういう風にプログラミングされている。

 小夜が顔見知りに対して手を抜く可能性は高くない。いや、記憶を消されている可能性だって――。


 マクネスさんが立ち上がる。目を見開き、僕を凝視する。


「馬鹿な……ならば、なぜ……どうして、笑っていられる?」


「マクネスさんは、一つ、勘違いをしている」


「な…………に?」


 最初からだ。僕は、ここに来る前からマクネスさんが敵だろうと、予測をつけてきた。

 だから、彼の手口は大体読めた。


 グレムリンという種族は知恵比べが大好きだ。だが、彼らには想像力が少しだけ足りていない。


 きっとマクネスさんは町中に無数の眼を放っていただろう。あらゆるセンサーで僕を見張っていただろう。

 僕の事を、SSS等級探求者、フィル・ガーデンの事をあらゆる手を使い調べた事だろう。もしかしたら小夜から聞き出した可能性もある。


 《魔物使い(テイマー)》はスレイブと友誼を結び共に戦う職。魔物使いにとってスレイブは友であり、剣である。


 故に、マクネスさんは最初にスキルを使い、僕についているであろう憑依を、アリス・ナイトウォーカーという最強の剣を解除した。

 魂の繋がり――『縁』を利用した転移は防ぐのは難しいが、解除は難しくない。


 だが、彼は勘違いしている。





「僕には最初から――アリスなんて憑いていない」


「!? な……………………ん……だ、と……?」



 言っている意味がわかったのか、マクネスさんの表情が変わる。

 当たり前だ。僕は機械魔術師のスキルツリーを知っているし、マクネスさんが敵だとわかっていたのだ。

 アリスは強力だが、転移前では何もできない。彼女を連れてくるのならば、憑依などさせずに一緒に侵入する。



「!? ?? ば……馬鹿な……そんな筈は、ない! では、お前は、一人で――」



 僕のような弱者が一人で敵陣に乗り込むわけがない。

 そうだろう。それが、普通の考えだ。僕だって博打を打った自覚はある、が――これが、正しい唯一の道だった。


 友人を簡単に殺せる人間が、自分を簡単に殺せないとでも思ったのか?






「それで、マクネスさん――僕のアリスは、誰に憑いていると思う?」





§ § §










 それは、傷一つついていない現実感のない白い肌を持っていた。

 それは、覗き込むだけで息がつまりそうな血のように赤い瞳を持っていた。


 白い指先と、壊れかけた機械の左手が絡み合う。微かな駆動音がその関節から響くのを、地面の上でエトランジュは聞いていた。

 数多のパッシブスキルと機神により強化された膂力を上回っていたはずの小夜が、押されていく。

 エトランジュの首を釣り上げていた右手は手首から千切れ、地面に転がっている。混乱していた。だが、何故、などと、疑問を挟む余地はなかった。



「ご主人様は、守れと、言った。だから、つまり、私は――もっと私を恐れろと、言っている、ガラクタ」



 憐れな機械人形を見て、アリス・ナイトウォーカーは心の底から楽しそうに笑った。

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新作、並行投稿中です。
よろしければお付き合いくださいませ!
嘆きの亡霊は引退したい。

― 新着の感想 ―
[一言] なん、だと?精神力が強靱すぎるわ。
[良い点] 最の高  更新が嬉し過ぎて 1部をまた、またまたまたまた読み返してしまった  生まれから悪性のレイスは他人の善意を信頼できないってのが本当に好きだわ 全然登場してないアシュリーなども強烈な…
[一言] はやくコラプスプルームが見たい。
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