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Tamer's Mythology  作者: 槻影
第一部:Tamer's Mythology

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第十話:真の力を見せてあげるよ

「フィルは本当に器用だな……」


「魔力と筋力を使わないことなら大抵できるので……」


 だが、残念なことに魔力と筋力がこの世の全てなのであった。もし、僕にもう少し魔力があって、身体能力が秀でていたら恐らく勇者として抜擢されていただろう。

 師にもよく『お前にせめて平均程度の基礎能力があったらなあ』と嘆かれていたものだ。


「わぁ……凄い……ありがとうございます!」


 アムは僕の作った即席の剣を満面の笑みで振り回している。さっきまで意気消沈していたのが嘘みたいだ。


 分解ペンを使って切断したアリの大顎を元に、構築ペンで溶接、形を整えただけの即席の剣だ。剣というか、金属の棒だ。柄とかないし、全体的に少しゆがんでいるし、先端が少しギザギザしているし、切れ味もほとんどないが、リーチや硬い分だけ、折れた銅の剣よりは遥かにマシだろう。


「さて、アム。反省会でもしようか……まだ後十三体もアリを倒さないといけないわけだし」


 サファリとアムと僕。車座になって、焚き火を囲む。討伐証明であるアリのアンテナはもう取得済み、他にもそこそこの額で売れる針などは切り取ってある。他の部位は無理だ。大きすぎて持ち帰れない。アリの死骸は時間さえ経てばその辺の機械種の餌となるだろう。


「はい。装備が悪かったんだと思います」


「うん、そうだね」


 わかってるなら銅の剣なんかでくるんじゃねー。討伐依頼を馬鹿にしてるのか。

 何でそんな装備でくるんだよもっと他にあるだろ、他の探求者の重装備が目に入らなかったのか?

 と文句を言っても仕方ないので、その言葉は胸中に収めておく。


 諭すようにアムに言い聞かせる。


「僕の考えだけど、アムは全体的に事前準備が足りないよね。敵の情報、動き、弱点、イレギュラー発生時の対応策、必要な装備、有効なスキル、全然知らないでしょ? まぁ、これらの情報はこれからはマスターの僕が担当して全て管理していってあげるんだけど、契約が満了になってまた一人になった時のために……学んでおくのは無駄じゃないよ」


 探求者でも、初心者とベテランの最も大きな差異はここだ。

 討伐依頼で命を落とす探求者の八割はこれが不足して起こっている、と僕は思っている。

 種族ランクが高ければ高いほど力づくで押しきれるのでその傾向が強い。

 一時的なスレイブとは言え、アムにはそうなってほしくない。


 僕は、地面にアントから切除した針でガリガリとモデルアントの絵を描いた。


「わ……フィルさん、絵、上手ですね……」


 無視して話を続ける。


「モデルアントの攻撃の起点は大顎、前脚、そしてお尻にある針だ。針には毒はないが、大顎や脚と違った金属でできていて貫通力が二段階程高い。まともに刺されたら顎でできたその剣も貫通するだろうけど、隙が多いからまず喰らわないだろうね。後は力が強いけど、身体強化を施したアムと同じくらいだったし、問題はないよね。ただし、まともに打ち合わないように気をつけて」


「はい。顎と脚、そして針ですね」


「次に弱点だけど、機械種に珍しく、見た目の通り、弱点は頭だね。頭に身体を動かすための信号を発信する機構が備わっているから、そこを完全に破壊すればまず行動できなくなる。複眼も知覚を司る重要な機関だけど、複眼をあえて狙うくらいなら頭を思い切り破壊したほうがいいね。装甲は固いし、厚いけど、今作ったその剣の硬度なら突破できるはずだ。逆に、モデルアントと戦うなら頭蓋の装甲を突破できるだけの硬さの剣が必須だね。銅の剣なんて論外だよ論外。ちなみに装甲はかなり厚いです。全力でぶん殴りましょう」


「あの……フィルさんは胸部をくり抜いて倒したって聞いたんですけど」


 アムがお行儀よく手を上げて質問する。

 僕は出来の悪い生徒に教えてあげる。


「そうだね。モデルアントの胸部……正確には前胸背板の内側だけど、知性を司るチップが内蔵されてるから、そこを破壊すればモデルアントは死にます。装甲も頭蓋よりは薄いです。だけど、ここは急所でモデルアントも必死で守るからまず狙えません。頭蓋を破壊出来る人はおとなしく頭蓋を破壊しましょう」


 まず麻痺させないと狙えない箇所である。僕のように頭蓋を破壊できない者くらいしかあえて狙う価値はない。

 アムじゃ狙えないだろうし、ここを破壊してしまうと一撃で倒せる代わりに一番換金額が高いチップが採取できなくなってしまうので注意が必要だ。もちろん命には代えられないので、それが原因でピンチになるくらいなら積極的に狙ってもらっていいのだが。

 続いてモデルアントを相手にする際の注意事項を教える。


「そして、モデルアントで最も注意すべき特徴は顎でも装甲でも力でもない、その社会性です。モデルアントはピンチになると救援電波を飛ばして仲間を呼びます。救援部隊はただのアントではなく、ナイトアントをリーダーにした十匹のモデルアントが一単位です。何回も呼ばれると数十匹のアリに囲まれてしまうので注意しましょう」


 ナイトアントの討伐依頼はCランクだ。ただのアントより一段階強い。弱点は大体一緒だけど、二回り大きく、羽があって飛べるところが違っている。なるべくなら相手にしたくない。


「さっき救援を呼ばれなかったのは何故ですか?」


「うん、それはアムが脅威とみなされなかったからだね。言い方を変えれば雑魚だったからだね」


「……フィルさん、酷いです……」


 だが本当の話だ。

 まぁここまで話せばモデルアントなんて敵ではないだろう。

 色々言ったが、今回の一番の敗因はアムの言うとおり、火力不足だ。新調した剣さえあればモデルアントなんて恐れるに足りない。


 真剣に講義を聞いたアムの頭を、褒美代わりにくしゃくしゃっと撫でてやる。

 一瞬驚いたように目を開いたが、すぐに目を細めて気持ちよさそうに相好を崩した。


「フィルはアムに甘いな……」


 大分慣れた様子でサファリが言う。


「スレイブは甘やかす時には甘やかす主義なんだ」


 レイスは特にスキンシップを取ってあげないと不安がるから、たっぷりやってあげないといけない。でないと、いざというときに不貞腐れて戦ってくれなくなったりする。実際になったことがあるからわかる。

 しばらく撫でてやると、力を抜いてこちらにもたれかかってきたのでしっかりと抱きとめてやる。

 柔らかい重みが胸にかかり、もう慣れてしまった『恐怖(フィアー)』が全身を貫いた。


「……あぁ、気持ち、いいです……フィルさん」


 アムが恍惚とした声でささやくような甘い声を上げる。

 身体も完全に弛緩し、全く力が入っていなかった。


「……それはよかった……リラックスしすぎないでね」


 逆にそれが心配だ。アムは調子に乗りやすいようだ。

 その辺りはこちらでコントロールしてあげなくてはならないかもしれない。

 リラックスしすぎていざという時動きませんでした、じゃ目も当てられない。

 そのままの姿勢で数分間力を込めて抱きしめた。


「フィルは本当にアムに甘いな……」


「それ、褒め言葉だからね。甘やかせる時に甘やかしてあげないとね。まぁそろそろ終わりみたいだけど……」


「……ああ、そのようだな」


 新たなアリの姿が地平線の向こうから見えた。

 腕の中のアムを揺すって起こす。


「アム、アム! 新しいアリだ。出れるな?」


「……後十秒、十秒だけ……おねがいひまふ」


「……」


 容赦なく頬を叩いた。景気のいい音が荒野に虚しく響く。

 ほんっとうにこの子はダメだな。

 頬を抑えて涙目でこちらを見ているアムを見て、ため息が出た。


「フィル、アムは本当に大丈夫なのか……? ただのランナーの私が言うのもなんなんだが……」


「……今更だね。僕はずっと不安だったよ……っと」


 アリの数を数える。さっきより多い。いや、さっきのがたまたま少なかったのか。

 アリは全部で七体いた。先ほどのように二体で手間取っていたらとてもじゃないが相手にならない数だ。だが大丈夫、今のアムの装備は……銅の剣ではないのだ。

 サファリが心配そうにアムに問いかける。


「アム、七体いるが大丈夫か?」


「……ちょっと厳しいかもしれません……」


 アムがこわばった表情でアリの群れを観察している。

 そりゃ怖いだろう。先ほどまでは二体のアリにボロ負けだったのだ。

 だが大丈夫、今のアムには僕がいる。実力テスト代わりに一人でやらせてみたさっきの戦いとは違う。

 

 やれやれ、サファリもわかってないな。そんな言い方じゃだめだ。


「やれやれ、サファリもわかってないな。僕が魔物使いとしての真の力を見せてあげるよ」


「何だと!? 真の……力?」


 サファリがごくりと唾を飲み込み、僕を見る。

 そう、僕は魔物使いだ。スレイブの能力を最大限に高めてやるのがマスターとしての仕事だ。

 見るがいい、探求者の第一線級、SSS級魔物使いの力を。


 僕はアムの髪を引っ張ってこちらを向かせると、眼と眼を合わせてはっきりと言った。


「アム、奴らを倒せ。一匹残らず倒せ。全部倒せたら……」


「……たら?」


「さっきの続きをしてやる」


「え……」


「お、おい……」


 サファリが声を上げて制止しようとする。

 ぼーっとした目つきでしばらく黙ってその意味を咀嚼していたが、やがてアムがゆっくりと立ち上がった。右手には僕が作った剣が握られている。

 その眼にはもはや恐怖なんてない。いや、敵の姿も見えていない。あるのはご褒美に対する妄執だけだ。

 サファリが尋常じゃない様子のアムに必死で問いかける。


「アム、七体だぞ!? わかっているのか!? 本当に倒せるのか!?」


「わかってます。サファリさん……でも私、さっきの続きしてもらえないなら、死んでもいい……」


「フィル! 止めろ! こいつ本気だぞ!? 死地に赴く戦士の眼をしている!」


 何で僕がけしかけたのに僕が止めるんだよ。

 大体さっき勝てなかったのは単純に武器が悪かったからだ。今なら七体居ても勝機は十分にある。弱点や攻撃の方法もレクチャーした。後は仲間を呼ばれる前に倒せればいいだけだ。

 僕はさらに勝率を上げるべく、魔物使いとしてすべきことをする。

 アムの左手を軽く叩いて左手に意識を向けさせる。


「アム、アムの左手にあるのは何だ?」


「フィル、さんが作った、剣です……」


「右手にあるのは?」


 今度はアムの右手を叩く。

 アムが右手を見る。正確には、手の甲に刻まれた翼の紋章を。

 紋章を通して、アムの精神が、力がさらに高揚するのがわかる。

 アリの群れはもう百メートルの所まで迫っていた。地響きがはっきりと伝わってくる。

 アムの意識は、だが迫り来る敵にはなかった。アムの意識は完全に僕の声に向けられており、トランス状態に入っている。


「紋章……フィルさんとの絆の証……」


「そうだ、アム。復唱しろ。僕の後に続けて唱えろ。『我、闇の祝福を賜りし者なり』」


「『我、闇の祝福を賜りし者なり』」


「『常世の神よ、さらなる悪夢の祈りを授けよ』」


「『常世の神よ、さらなる悪夢の祈りを授けよ』」


 アムの呟くような声に呼応して、周辺に黒い霧のような物体が発生する。

 この世のものではない純粋な闇の元素ーーアムの魔力を元に生成された悪夢の欠片だ。

 サファリが目を丸くしてそれを見ている。


 いける。


 僕はその瞬間、勝利を確信した。

 指を天高く掲げ叫ぶ。


「『悪夢(ブレス)(・オブ・)福音(ダークネス)』」


「『悪夢(ブレス)(・オブ・)福音(ダークネス)』!!」


 アムが唱えた瞬間、周囲に充満していた黒い霧ーー悪夢の素がアムに収束する。

 アムの背中から黒の霧でできた翼が生えた。

 身体強化、精神強化などの基本スキルとは比べ物にならないくらいの力が紋章を通して伝わってくる。

 身体能力も、魔力も桁外れだ。


 これこれ、これだよ。これが僕の知識の中にあるナイトメアだ。


 僕の興奮も最高潮だった。悪夢(ブレス)(・オブ・)福音(ダークネス)はナイトメアの固有スキルだ。最上位のレイスであるナイトウォーカーのアリスにも使えなかったスキル。それが目の前で展開されて興奮しなかったらそれは……嘘だ。


 分解ペンを指揮棒代わりに、アリの大群を指した。


「アム、奴らを倒せ。今のアムは……最高のスレイブだ!」


「了解しました。フィルさんは最高のマスターです!」


 アムが地を蹴った。

 風が吹く。大地に罅が入る。

 そして、一瞬でアムの姿が僕の目の前から消えた。

 アムはほんの一秒足らずでアリの群れに接敵した。元々高かった身体能力は悪夢の福音によって最大まで強化されている。

 出会い頭に左の剣でアリの頭を袈裟切りに切りつける。

 それだけでアリの身体は斜めに真っ二つに割れた。

 複眼による優れた知覚能力を持つはずのアリが全くその姿を追いきれていない。

 まるでさっきまで銅の剣でごんごんやっていたのが嘘みたいだった。もしかしたら今のアムなら銅の剣でも切れるかもしれないな。


 サファリが微妙に酷い、微妙に核心をついた言葉を上げる。


「速い……なんて速度だ。それになんて力……あのアホっぽい子がまさかこんな力を……」


「まーアホなのは変わらないみたいだけどね」


 アムがアリを相手にまったく問題にしない事を確認して、袋から先ほどのギルドショップで買ってきた球状の機械を取り出す。

 視線の向こうでは、自分の力を制御できずにただ単純に縦横無尽に暴れるアムの姿があった。

 頭も、身体も構わずに剣で片っ端から叩き斬っていた。

 ストレスが溜まっていたのか、それともご褒美のせいなのか、恐らく両方だろう。

 最初の接敵で四体を切り捨て、アリの群れは既に三体しか残っていない。その命ももう風前の灯火だ。

 頼むから討伐証明くらいは残っていてほしい。


「ん? フィル、それは何だ?」


「いや、妨害電波の発生装置だけど……絶対救援信号出されるでしょこれ」


「……本当にフィルは準備がいいな」


 地面に置いてスイッチを押す。範囲は三百メートルらしい。十分アリの所まで届く距離だ。

 ちなみにこの装置、アリ専用で二百万もする。つくづく財布に痛い。まぁ命には変えられないが。

 しばらくして、予想通り生き残った一匹のアリのアンテナがオレンジに光り始めた。


「お、本当に救援信号出し始めたぞ」


「そりゃいきなり半分以上殺されたら信号も出すよ……」


 それも何も考えずに力づくで暴れただけだ。

 アリは群れで動く場合、過半数が殺された時点で救援信号を出すパターンが多いらしい。その性質に救われたな。僕がアリだったら真っ先に助けを呼ぶけど。

 最後のアリに止めを刺し、意気揚々とアムが戻ってきた。

 自分の格好にまで気が回らなかったのだろう、髪は風圧でかき乱され、アリを派手に破壊したせいでオイルがそこかしこに付着してどろどろしていた。


「討伐完了しました。フィルさん! 痛っ!?」


 戦闘の興奮に、頬を赤く染めているアムの頭に手刀で叩く。


「最後、救援信号出されてたよね」


「え!? 出されてました? あ痛っ!?」


 気づかなかったのか……

 さらに手刀で追い打ちを掛ける。


「おまけに頭を狙えと教えたのに、構わず力任せに殴ってたね?」


 涙目のアムの頭をゴンゴン叩く。あんなに丁寧に教えたのに、この頭には何が詰まってるのか、僕には全く分からない。空っぽなんじゃないだろうか。


「あ痛ぅ……え? あれ? 何で!? 何で、何で痛いの!?」

 

「マスターだからね。スキルも全部切ってるし、痛覚も倍にしてるから」


 マスターとスレイブの関係は対等に見えて対等ではない。

 強力な悪夢の福音も、身体強化も(マスター)に対しては全く役には立たない。


「え!? ……え!?」


 アムが慌てて背中を見る。

 先ほどまで纏っていた黒い翼はもうどこにもない。

 悪夢の福音はパッシブスキルに近いアクティブスキルだ。発動に制限時間はないが発動している間はずっと魔力を消費し続ける。今のアムには負担が大きい。平時は切っておいた方がいいだろう。幸いなことにクローク平原は見晴らしがいい。


「で、アム。何か申し開きがあるかい?」


 涙目で頭を抑えるアムに視線を合わせる。

 しばらく釈然としなさそうな表情をしていたが、


「うぅ……ご、ごめんなさい……」


「まぁ、初めてだし、敵は倒せたから及第点はあげるけど……」


「ほ、本当ですか!? じゃ、じゃあ……」


 アムが期待に眼を輝かせる。

 アムの手を握る。アムの頬が緩む。

 僕は、笑顔を作って言った。


「それじゃ、アリの討伐証明と希少部位を取ってきてもらおうかな……」


「……え!?」


 アムが、僕に握られた手に視線を落とす。

 正確には、握らせられた一本の分解ペンに。

 不思議そうな顔でペンと僕の顔を交互に見るその様子はまるで鳩が豆鉄砲を食ったようでおかしかった。


「さっき僕がそれ使って分解したのは見てたよね?」


「え? あれ? あ……はい……?」


「じゃー使い方わかるよね? 自分が狩った獲物の分解くらいできるよね?」


 このためにさっきはわざわざアムの目の前で、わかりやすいように解体してみせたのだ。

 解体は探求者としての基礎中の基礎だ。探求者になりたての人のためにギルドが講習会を開いているくらい基礎だ。分解ペンとナイフでは若干勝手が違うかもしれないが、それは所詮誤差の範囲だ。切除(スカルペル)で切り取るだけならナイフと変わらない。

 アムにできないわけがない。


「え、えっと、フィルさん……つまり……そういうこと?」


「そういうこと」


 僕の言葉が理解できたのか、アムの眼がまたじわじわと潤み始める。

 分解ペンをしっかり握りながらも、何かを訴える子犬のような目つきでこちらを見上げる。


「あの、フィルさん。あの……さっきの……あの……続き……」


「……アム、ゴー! ゴーだアム! Go(行け) and(そして) dissect(解剖しろ)だアムっ!」


「は、はいっ!」


 命令に、弾かれたようにアムがアリの死骸の方に走りだす。

 走ってる最中も未練がましく何度かこちらを振り向いているが、僕は笑顔で手を振って応えた。


「全く、アムは泣き虫だな……」


「……少し可哀想ではないか? 頑張ったのに……」


 サファリが見るに見かねたように口を挟む。

 いや、こんなのやって当然だからね。暴れて終わり、がスレイブの仕事じゃないし、褒めて煽てて甘やかすだけがマスターの仕事じゃない。


 魔物使いの心得その8

 スレイブは甘やかすだけではいけません。悪いことをやったらきちんと叱りましょう。

 犬猫と違って大体高い知性を持っているスレイブには、コミュニケーションを取りながらの体罰も効果的です。

 ただし、やり過ぎると変な癖がつくので注意しましょう。


 アムが涙をこぼしながらアリの死骸に分解ペンを突き立てている。


 僕はそれを眺めながら、妨害電波発生装置をオフにする。連続稼働が三十分程度だと説明書に書いてあったので、オフにできる時はしたほうがいい。

 しかし、これで討伐証明は九個手に入れたことになる。後残りは五個だ。

 空を見上げる。太陽の高さからして、17時前後か……移動時間が予想よりも早かったため、まだ時間に余裕はあるが、なるべく早く帰りたい。

 機械種には夜行性など関係ないし、レイスは夜の方が強いはずなのでアムには問題ないが、僕は人間だから夜になると視界が悪くなるし、疲労で思考や判断も鈍る。

 ここはアリの縄張りぎりぎりなので今のところ他の魔物は出てきていないが、それはただ幸運なだけだ。猶予はあまりないと考えたほうがいいだろう。


「サファリ、そろそろこっちからアリを探そうか……時間もないし……」


 サファリも僕の意見に首肯で答える。


「そうだな……先ほどのアムの戦闘能力があればこちらから探しても十分勝ち目があるだろう……」


「いざという時はアンプルもあるしね……なるべくなら性能テストは別の日にやりたいけど。ナイトアントくらいなら倒せるだろうけど、ルークやビショップが出てくると今のアムじゃ荷が重いだろうし」


「……アンプル?」


 まぁ、心配はいらないだろう。

 アリの巣はもっと先……ここから優に五十キロは離れているはずだ。

 基本的にB級討伐依頼の対象であるルークやビショップは巣からそう離れないはずなので、奥まで踏み込まない限りは問題ないだろう。

 縄張りの範囲とはいえ、辺境であるこの辺りにはただのアリか、運悪く遭遇したとしても、ナイト程度しか出ないはずだ。


「って、どんだけ解体に時間をかけてるんだ」


 速やかに獲物を分解する術は優れた探求者の条件である。戦場で時間をかけて解体するなんて、聞くだけでナンセンスなのがわかるだろう。


 僕は、たかが討伐対象の解体に四苦八苦しているアムの方に向かっていった。

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嘆きの亡霊は引退したい。

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