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Tamer's Mythology  作者: 槻影
第二部:栄光の積み方

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第六十一話:この町に来て、本当によかった

「フィル。うちの職員のメンテナンス風景を見たいなんて言われたのは初めてだよ」


 カウンターの奥。一画にあった地下への階段を降りる。前を案内して歩くマクネスさんが、顔を向けることなくどこか乾いた声で言った。


 高い文明――金属で作られた壁に床。

 探求者用の靴は底に補強用の金属が仕込まれているため、歩くと微かに金属の音が響いた。


 ダンジョンなどとは異なり、ちゃんと明かりがあるため足元は十分確保されている。危険の匂いもしない。


「この都市の文明は進んでいる。さすが機械種(マキーナ)の町だ。僕が見てきた町とは根本的に違う。これは……偉そうに聞こえるかもしれないけど、感心しているんだ。興味がある。手間をかけるけど、帰る前に是非見ておきたいと思ってね」


「……光栄だよ」


 周囲を機械種の縄張りに囲まれているからだろう。自己増殖機能を仕込まれた機械種の魔物により自動で生成される機体と、そこから取れる素材がこの街を発展させているのだ。

 機械種の魔物が出ない境界の南側の都市――金属の生成に面倒なプロセスを必要とする地域ではまず見られない、この地域独自の文化である。


 正直――興味がある。機密はあるとしても、大なり小なりノウハウを持ち帰ることができれば、僕のホームシティ――グラエルグラベール王国の発展にも寄与できるだろう。


 転ばないように、ひんやりとした壁に手をつきながら、マクネスさんについて下りていく。


 ――かなり深い、な。


 僕の考えを読み取ったのか、マクネスさんが言った。


「……ああ、施設はシェルターでもあるんだ。常駐している機械魔術師の職員の保護もかねてる。この町――このあたりの町では生体素材はほとんど取れないし、機械種の素材の扱いに一番長けているのは機械魔術師(メカニック)だ。得難い人材だし、安全に気を使うのは当然だろ?」


「外に出していると襲われるかもしれないしね」


 大規模討伐クエスト時、ギルド所属の機械魔術師は戦闘能力の不足を理由に参加せず、結局、エティとマクネスさんの二人だけが参加したのは記憶に新しい。


 戦闘能力に乏しい機械魔術師――機械種(マキーナ)の魔物からしたら絶好の獲物だろう。もちろん、連中がちゃんと天敵というものを理解して相手を選んでいたらの話だが。


 ふと、以前『黒鉄の墓標』で、クリーナー・ロード――ワードナーと戦った時の事を思い出す。人間じみた思考と感情を見せた、高度な感情(エモーショナル)機構(・ドライブ)を組み込まれていたであろう彼ならば、同胞を多数解体された怨嗟を理由に襲いかかって来るかもしれない。

 あるいは、結局たどり着いた時には破壊されていたアルデバランならばどうだろうか。


 人族の中には命を持たない機械種(マキーナ)に対して差別意識を持っている者もいるが、僕はそうではない。インプットされた意識は目に見えないし、魂の有無だって――大きな差異だとは思えない。


 適うのならば、一度会話を交わしてみたかった。

 何年も探求者をやっていると、こういうことがよくある。


 僕の言葉に、一瞬マクネスさんが黙る。


「…………ああ。機械種(マキーナ)がそれだけの知恵を持っているかは別として、な。さぁ、ついたぞ」


 階段の先――辿り着いた先には、一本の縦線が入った壁があった。

 マクネスさんが側に設置されたパネルに手の平を当てる。


 機械魔術師(メカニック)のクラス保持者が扱う工学は、そのスキルを持っていない者には理解できないものが多い。

 科学技術で代用するには数世代が必要だろう。僕にも何人か知り合いがいるが、顔をあわせる度に新たな発見がある。指紋で認証しているのか、あるいは魂の波長で認証しているのかわからないが、恐ろしい話だ。


 鍵開けを極めた盗賊(シーフ)の上位クラスでも開けることは難しいだろう。『解錠(アンロック)』のスキルは優秀だが……錠がなければ効果を発揮できない。


 なるほど、厳重だ。まぁ、壁を壊せばいいだけの話なんだけど……。


 音一つ立てず、壁が両開きに開く。目の前に広がった光景に、僕は目を見開き、ため息をついた。


 マクネスさんがどこか得意げに言う。


「地上に工場を作るのはとても非効率なんだ……スペースもない」


 メンテナンスのための工場は、今降りてきた細い道からは信じられないくらいに広かった。

 ギルドの敷地内だけではとても賄えない地下とは思えない広大なスペースに、白衣を着た何人もの職員が忙しげに動き回っている。


 設備も大小様々で、機械種の職員をメンテナンスするための寝台から、騎乗などに使う大型の機械種をメンテするためのロボットアームまで、無数に並んでいた。何に使うのかわからないが、培養液の入った空っぽのカプセルもある。

 一部機材は僕にも見覚えはあるが、さすが専門の施設だけあって見当もつかないものがほとんどだ。


「目が輝いているぞ、フィル」


 未知こそが僕の原動力だ。声に答えず、部屋の構造を脳内に焼き付ける。機材。人の数にその顔。

 今ここを訪れたこの経験はきっといつか財産になる。


 一人、白衣を着た女職員がマクネスさんの方に駆け寄ってくる。長い茶髪に、こげ茶色の眼をした有機生命種(ヴィータ)の女。腰にはエティが持っていたものよりいくらかグレードが落ちるであろう、工具が揃えられている。


 女職員が怪しげなものでも見るような目を一度こちらに向け、すぐにマクネスさんの方を向いた。

 表情が花開くように変わる。随分親しげな声。


「お久しぶりです、マクネスさん。彼は?」


「ああ、見学者だよ。例の、ね」


 女職員の目が僅かに大きく見開かれる。脳の奥に一瞬、ちりちりとした痛みが奔る。


 マクネスさんが穏やかな笑みで紹介してくれる。


「ああ、フィル。彼女はメンテナンス担当の一人だ。うちで雇っている機械魔術師(メカニック)だよ。凄腕の、ね」


 マクネスさんの言葉を受け、女職員がこちらを向いた。にこやかな表情で頭を下げる。


 だがその面の下には裏の感情が透けて見えていた。あまりこういった事に慣れていない雰囲気がある。


 例の、か。どんな噂を聞いているのだろうか。


「……初めまして。お話は伺っています、フィルさん。フルベ・ジニリーです」


「初めまして。フィル・ガーデンです」


 笑みを浮かべ、握手すべく手を差し出す。フルベさんが自然に手を受け取る。


 薄い手袋の下に感じる繊細な指にはあまり『肉』を感じられない。荒事に慣れている人間の手ではない。

 どうやらギルド所属の機械魔術師が戦闘に慣れていないというのは本当らしい。機械魔術師は強力なクラスだが、さすがに訓練なくして無敵になれるほどではない。


 分析する。そのにこやかな容貌から、裏側の感情の機微が伝わってくる。不審。警戒。あるいは――嫉妬か。どうやら……少し嫌われているらしい。


 僕はしばらく黙っていたが、笑みを深くした。フルベさんがぴくりと眉を動かす。


 僕は彼女の敵ではない。多少の嫌悪はプライマリーヒューマンの種族スキル――嫌悪値増加抑制で抑えられる。


「メンテナンスを見せてもらえますか? もしよかったら幾つか質問も」


「ああ、それは私が案内しよう」


 マクネスさんが一歩前に出る。その様子を見て、フルベさんの表情が本当に微かに和らぐ。


 僕は少しだけ考えて、首を傾げた。

 フルベさんがマクネスさんに向けているこれは――慕情だ。僕が今まで自分の眷属から、アシュリーから、アリスから、アムから受けてきた感情だ。


「マクネスさん、忙しいんじゃないの?」


「問題ない。ここは私の研究所も兼ねているからな」


 エティの家にも入ったことはあるが、この地下設備はエティのものより数段立派だ。

 伊達に副ギルドマスターをやっていないということか。


 マクネスさんが前に立って案内を始める。


 彼にはほとんど隙がない。僕の王都時代の経歴でも見たのかそれとも別の理由か、がちがちにこちらを意識してきている。

 僕としては――フルベさんや他の機械魔術師の方々から、フィルターのかかっていない情報を収拾したいところだが、そういうわけにもいかなさそうだ……まぁ、この際、贅沢は言うまい。


 しかし、本当に素晴らしい設備だ。機械種が魔物として現れる稀有な地に拠点を持つ、一流の機械魔術師が揃えた設備――間違いなく、技術の最先端をいっている。


「どうせならエティも連れてくればよかったな……」


 きっと僕と同じくらい目を輝かせていたろうに。

 是非共に語り合いたかった。


 僕のぼやきに、マクネスさんが小さくため息をつき、呆れたように言う。


「悪いが、いくら知り合いでも、外の機械魔術師(メカニック)を研究所に入れるわけにはいかないな。フィルさんは特別だ」


「何もわからないだろうから?」


「……酷い質問だ。が、確かに機械魔術師(メカニック)にしか見えないものはある」


「ははは、ごめんごめん」


「まったく……」


 後ろをついてきていたフルベさんが小さく文句を言う。


 確かに、ここにある設備のほとんどは僕には理解できない。触らせてもらえれば少しくらいわかるかもしれないが、理解できる物より理解できない物の方が多いのが現状だ。


 マクネスさんの言う『見えないもの』は機械魔術師の持つ解析(アナライズ)スキルの事を指しているのだろう。生身の人間には見えない光や聞こえない音、その他多数の情報を収拾し、おまけに結果にまとめるところまでやってくれる、下位スキルにしてはやたら優秀なスキルだ。

 まぁ、結果の出力は自身の知識をベースに行われるのでわからないものはわからないんだけど、エティならここに並んでる多くの機材を理解できるはずだ。

 場合によっては――データも抜ける。マクネスさんが警戒するのも当然であった。


 だが、エティにしかわからない事があれば、逆に僕にしかわからない事もあるものだ。


 きょろきょろと、すれ違うギルド所属の機械魔術師達を確認しながら機材の間を歩いて行く。たどり着いたのは隅の方の一画だった。


「小夜……」


 思わず声が出た。小夜は棺桶のような箱に入れられていた。頭には無数のコードが繋がったヘルメットが被せられ、僕がその名をつけた理由である夜色の髪は見えない。

 コードは液晶モニターに繋がっているが、画面は真っ黒で何も映していない。モニターをじっと眺めていた女性の魔術師がマクネスさんの姿に気づき、にっこりと笑いかけてくる。


 マクネスさんはそちらに視線を向けることなく僕に言った。


「機密なんだ。見えないだろ?」


「さっぱりだね」


「見るにはスキルがいる。暗号化してあるからスキルを持っているだけでは見えないがね」


 見えたとしても理解できるかどうかはかなり怪しいが……これはセキュリティ意識が高すぎるな。

 眉を顰める僕に、マクネスさんが微かに笑みを浮かべた。まるでむくれた子供を見ているかのような表情。


「テスラGN60346074B型は――失礼、フィルさんが小夜と名付けたんだったね。小夜は最近、感情を司る機能が不安定でね。その安定に少しばかり時間がかかっている」


 感情。難しい話だ。特に無機の部品で作られた機械種にとっては、命や魂と並ぶ永遠の課題とも言える。

 横たわりピクリとも動かない小夜はまるで眠っているかのように見えた。


 それを見下ろし、マクネスさんが言う。


「機械種の情緒っていうのはなかなかどうして生物よりも繊細だ」


「それは僕のせいですか?」


「ああ、そうだね」


 僕の問いに、マクネスさんが目を細めた。


「だが、心配はいらない。命には別状はないし、何度かメンテナンスを行い時間が経てば落ち着くだろう」


 まるで人間のような言い方。小夜の型番――テスラの機械人形は人間を目指したものが多いらしい。

 有機部品を使わずに人を作る。神の模倣だ。


 非常に興味をそそる……が――


「残念ながら、しばらく検査は続く。急な話だったからね……数日は目を覚まさないだろう。どうする?」


 マクネスさんの問い。数日となればずっと付き添っているわけにも行かない。無理やり起動してもらって小夜の調子を悪化させるわけにもいかない。


 仕方なく、僕は持ってきた手帖を開き、小さく手を上げた。

 本来の目的じゃあないが、ついでだから知識だけでも蓄えておこう。


「ちょっと質問してもいい?」




§




 マクネスさんの目の下に隈ができていた。どうやら随分と無理をさせてしまったらしい。

 ギルドの外。空はとっくに暗く、銀色の月だけが輝いている。


 深々とため息をつき、マクネスさんが辟易したように言う。


「……悪いが、もう二度と入れるつもりはないよ。六時間もぶっつづけで質問するなんて……どこがちょっとなんだ。まるで尋問されているみたいだったよ」


「ありがとう。とても楽しい時間だった」


「……一体何のために来たんだ。まさかうちの機械魔術師が全員疲れ果てるまで話し続けるなんて。フラベが化物でも見るような目で見ていたの、気づいていたかい?」


 好奇心はエンジンだ。興味欲求を満たすのは僕が探求者になった一つの理由でもある。

 声の出し過ぎでかすれてしまった声でお礼を述べ、頭を下げる僕に、マクネスさんがもう一度ため息をついた。


「まぁ、町から出る時にはまた挨拶に来るといい。その時には小夜も起きているだろう」


「ああ。マクネスさん」


 改めて満面の笑顔を向ける。脳が熱を持つような錯覚があった。

 強い生の実感。僕は弱い。だが、頭を動かすのだけは得意だ。心の底から言葉を出す。



「この町に来て、本当によかった」



§



 そして、僕はその足でエティの家に向かった。

 研ぎ澄まされた危機感は時に人間の性能を大いに向上させる。一度刻んだ記憶はそうそう忘れることはない。

 顔も名前も、態度も言葉も。解析スキルなんて持っていなくても、人には元々十分な情報を得られるだけの機能があるのだ。ただ、それを使いこなせていないだけで。


 エティの屋敷の光は消えていた。既に深夜だ、もう眠っているのかもしれない。

 キスまでした仲だ。別に起こしてしまっていいだろう。構わずインターフォンを鳴らす。連続で鳴らす。側に設置されたカメラのレンズを見上げる。


 程なくして、半分溶けたような寝ぼけ声が出た。


『んな……にゃんなん……です?』


「エティ。僕だよ僕。入れてくれ。楽しいことをしようじゃないか」

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嘆きの亡霊は引退したい。

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