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Tamer's Mythology  作者: 槻影
第二部:栄光の積み方

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第五十六話:ありがとうございます

 ギルドに入ると、一斉に視線がこちらに向けられるのを感じた。

 他の探求者。カウンターに座っていたギルドの職員。そして、ギルドのエントランスに立って守っている警備員。


 どうやらだいぶ心配を掛けてしまったようだ。僕は周囲に視線を振りまき、軽く笑みを浮かべた。


 どうやら長いこと眠っていたらしく、僕が目を覚ましたのは大規模依頼が終わった二日後だった。精神的なショックもあるが、恐らく体力の消耗が激しかったせいだろう。ほとほと自分の貧弱な身体には嫌気がさす。


 立ち上がった時には既に全てが終わっていた。討伐依頼後に結果報告会をやったようだが、結局それにも参加できなかった。

 後ろからついてきていたハイルが僕を見下ろす。僕以上の負担がかかっていたはずなのに、その動きにも表情にも疲労は見られない。獣人系の種族は強靭な身体能力が特徴だ。


 僕を見下ろすその目つきは以前と比べてだいぶ険が薄れている。

 僕に慣れている、影響されているのだ。警戒を抱かせない『嫌悪値増加抑制』の種族スキルは他者のあり方を直で揺さぶる。


「てめぇ、後一日くらい休んだ方がいいんじゃねえのか?」


「僕には……時間がないんだ。もう大丈夫だよ」


 まだ船のチケットも手に入っていないし、次の境界船に間に合わなければまたその次の船を待つことになる。

 別に忘れていたわけではないが、アシュリーの夢は僕にその事を再度認識させていた。


 そもそも、あまり放っておくのは……よくない。僕は今までアシュリーと長く離れたことはなかった。それは同時に、彼女から見ても同様の事が言えるのだ。環境の急激な変化は幻想精霊種(テイル)に大きな変化を与える要素として知られている。


 考え込む僕を見て、ハイルがこれみよがしと舌打ちした。しかし、そのまま文句を言うこともなくついてくる。


 僕が動けるようになって何よりも先にギルドを訪れたのは、先日の大規模討伐の結果の詳細を確認するためだ。

 機蟲の陣容から出た後に死人は出なかったという話は聞いたが、あまり頭が回っていない状態だったので再度不審な点などを確認する必要がある。

 ハイルから僕が眠っている間の事はあらかた聞いたが、僕にはリーダーとして直接それを確認する責任がある。


 僕がカウンターの前まで行くと、すぐに奥から副ギルド長のマクネスさんが出て来た。相変わらず上下隙のない格好で、後ろに護衛のスレイブを引き連れて。いつもと異なるのは、その隣に初めて見る男を連れ立っている事だ。


 見上げるような巨大な男だ。ランドさんやガルドも巨体だがそれよりも頭ひとつ分でかい図体。横にも縦にもでかく、身長の低いマクネスさんと比較すると、まるで子供と大人に見える。

 纏った分厚いマント。胸元には剣を模した意匠のバッチが見える。僕は破顔した。

 剣を模した意匠はギルドのシンボルである。そのバッチはギルド長の証だった。


 その容貌は強面だが、無理やり連れてこられたようで、僕を見るとどこか億劫そうに欠伸をした。


 本来、一介の探求者とギルド長が関わりあいになることは殆どない。事実、大規模討伐依頼についての段取りを決める会議でもギルド長が出て来る事はなかった。

 マクネスさんは僕の隣のハイルに一度視線を向け、すぐに僕の方に言う。


「フィル。どうやら調子を取り戻したようだね」


「……ああ、心配を掛けてしまって申し訳ない。もう……大丈夫だよ」


「そうか」


 マクネスさんが真面目な表情で一度頷き、後ろのギルド長の方を示して言った。


「彼はレイブンシティと付近二都市のギルドのマスターを務めているカイエンだ。是非、北の探求者のフィルと一度顔を合わせたいと」


 その言葉に、隣のカイエンさんが皺の寄った表情で手を差し出してくる。どう考えても会えて嬉しいと言っているようには見えなかったが、その件については何も言わずに固く握手を交わした。


 外見からは特徴が見えづらいが、身体能力が高いタイプの種族なのだろう。背丈は三メートル以上。巨人種(ジャイアント)程大きくはないが、混血(ハーフ)である可能性もある。

 握手にかけられる力に手の骨がぎりぎりと軋み、その痛みに眉を顰める。近接戦闘職だと極稀にこういった威嚇行為を行ってくる傾向がある。

 僕の表情に気づいたハイルが躊躇いなくギルド長の手首を掴んだ。さすがのギルド長といってもS級探求者の膂力は堪えたのだろう、指が開き、腕がゆっくりと持ち上げられる。

 カイエンさんは腕を掴まれた状態でも眉一つ動かさず、その分厚い唇を開く。


「ギルド長のカイエンだ、フィル・ガーデン。此度は『灰王の零落』の助力、感謝する」


「SSS級探求者のフィル・ガーデンです、カイエンさん。今回の件は予想外の結果に終わってしまったようで……申し訳ない」


 僕の敗北の歴史にまた一ページ追加されてしまった。

 敗北自体は問題ない。非常に勉強になった。これだから難易度のあまり高くないSSS級依頼だからといって馬鹿には出来ないのだ。


 僕の言葉が予想外だったのか、カイエンさんの口が一瞬止まり、しかしすぐに続けた。声色は平坦なままに。


「フィル・ガーデン。貴公は今――この地の探求者から噂されている。機械種の女王すら自ら命を断つ――『魔王(ディアブロ)』、と」


 ……なるほど。道理で向けられる視線が多いわけだ。しかし、魔王とはまた大層な呼び方されたものである。僕の作戦は完全に失敗したというのに。見る目がなさすぎる。


 だが、その事は置いておく。まだ僕が聞いていなかった情報が出てきた。


「自ら命を断つ、ですか」


 マクネスさんが鋭い視線を周囲に向け、こちらを窺っていた探求者達を追い払う。

 一度ため息をつき、顎で後ろを指し示した。


「ああ……アルデバランの検死が済んだ。まぁ、大した情報は出てこなかったがね……詳細は別室で話そう」



§



「結論から言うと、アルデバランは自らの眷属に殺されたようだ」


 ギルドの会議室。以前大規模討伐の話し合いをした部屋で、マクネスさんが数枚の資料を渡してくれた。


 アルデバランの死骸については、ダンジョンを脱出する前にエティがスキルで転送し、ギルド主導の元調査したらしい。

 元々SSS級の機械種はユニークな種族が多く、アルデバランの機構についても殆ど分かっていなかった。研究も含んだ検死だったのだろう。


 ぱらぱらとめくるが、真新しい情報はない。もしかしたら機械魔術師から見たらその情報は宝の山なのかもしれないが、僕はただの探求者なのだ。


 そもそも、僕はアルデバランの死因についてはすでに見当を付けていた。

 僕達はSSS級探求者の助けを借りてようやく女王の間に潜り込めたのだ。僕達よりも先にあそこまで行って、おまけにアルデバランと、その部屋を守っていた眷属を殺し尽くせる存在が果たして何人いるだろうか。

 となると、互いに殺し合った可能性が極めて高い。


「記憶は取れませんでしたか」


「……ああ。アルデバランの記憶装置は完全に破壊されていた、復旧は不可能だな。何故そんなことになったのか、真相も闇の中だ」


「そうですか……」


「……興味があったのか?」


 マクネスさんが目を瞬かせて尋ねてくる。探求者の大部分は対象を討伐さえできればそれで終わりとするだろう。

 だが、僕にとってアルデバラン討伐はただの通過点だった。記憶装置の確保は僕にとってアルデバラン討伐依頼を受けた最たる理由だったが、やはり先手を打たれたという結論になるのだろう。


 だが――全てが白紙に戻ったわけではない。


 一旦アルデバランについては決着がついたことにする。

 小さくため息をつき、マクネスさんに気になっていた事を尋ねた。


「他のモデルアントについてはどうなりましたか?」


 女王の間の蟻は全滅していたが、それで全員ではない。僕の質問に、マクネスさんが教えてくれる。


「……頭を失ったためか、統率が取れなくなっているという情報がきている。すぐに絶えるという事はないだろうが、生産設備たるアルデバランが滅んだのだ。時間の経過で全滅するだろう」


 生殖器を持たない機械種。増える際は時間がかかるが、全滅まではあっという間だ。何者かが新たに手を加えない限り……あるいは他に生産のための機構がない限りモデルアントという種族は滅ぶことになるだろう。


 マクネスさんが手を打ち鳴らすと、部屋の外からギルドの職員が入ってくる。その手には一枚の封筒があった。


「何にせよ、犠牲なく目標を討伐出来たのは君のお陰だ」


「僕は何もしてませんが」


 事実である。僕は一体も魔物を倒していないし、討伐前にアレンさんから受け取った液体爆弾も結局使わなかった。

 だが、ギルドからすればそんな事は関係ないのだろう。マクネスさんはギルド職員から封筒を受取ると、僕の前に置いた。


「結果として目標は死んでいる。私は、今探求者の中で噂されているように、アルデバランが君を恐れて自殺したなどとは考えていないが、君には報酬を受取る権利がある。あぁ、君はザブラクにすべてを渡すと宣言していたがザブラクからは報酬不要との旨、受けているので、君にはリーダーとしての正当な金額が与えられる」


「……そうですか」


「湿気た面してんな」


 僕の隣で偉そうに足を組んでふんぞり返っていたハイルが鼻を鳴らす。


「別に僕は金のために参加したわけじゃないからね」


 僕が欲しかったのは勝利だ。情報だ。血湧き肉躍る冒険だ。

 僕はこの大規模討伐依頼をこえて、この地の探求者達が成長する事を強く望んでいた。自らの評判を高めると同時にセーラの葛藤を解きアムとリンに大規模討伐を経験させランドさん達の力量を見極めそして、この地に蔓延する謎について少しでも近づく事を目標としていた。


 それがすべてぱーになった。自ら命を断つような魔物を相手にした所で一体何が得られようか。僕にとってこれは成長できる経験だが、他の探求者達にとってはなんにもならない、ただ楽だった大規模討伐依頼になるだろう。


 本当に……世の中ままならないものである。


 受け取った封筒の封を開ける。中には二枚の紙が入っていた。


 一枚は明細だ。大規模討伐依頼の報酬の明細。

 金額にして五千万。大した金額ではないが、元々ギルドの報奨金はそれほど多くない。

 これは、報奨金とは別に魔物の素材を売る事によって更なる金を得られるためである。どちらかというと依頼を受けるのはギルドポイントを貯めるためなのだ。今回は素材の権利を放棄しているので、五千万だけが得られたものという事になる。リーダーだからこれだけの金が貰えたが、きっとランドさんやガルド達はもっと少ないのだろう。


 だが、問題はもう一枚だった。

 高級感のある肌触りの白い紙だ。固く、普通の紙とは違い簡単に曲がったりせず、表面に細かな意匠とナンバーが記されている。

 眉を顰める。その表情を見て、カイエンさんが言う。


「貴様には世話になった。規定なので追加で報酬金を与えることはできないが、それはせめてもの礼だ」


「……うーん」


 それはなんということか、『境界船』のチケットだった。次に出港する『境界船』のチケット。

 手に入れるには大金とコネが必要とされる代物で、偽物も多いらしいがギルドが渡すこれが偽物である可能性はかなり低い。


 なかなか金に替えられる物ではないし、入手するために手を打つ必要があると思っていたが、まさか貰えるとは思っていなかった。せめてもの礼なんてもので手に入るようなものではないのだ。


「北に帰ろうとしているという話を聞いてね…」


 マクネスさんが小さく笑みを浮かべてみせる。

 別に内緒にしていたわけではないので、どこからか耳に入ってもおかしくないが、高待遇にも程がある。


「確かに、後で手に入れるつもりではありましたが……」


 さて、どうすべきか。成果に対する報酬は受けてしかるべきだがやってもいない功績でこんな貴重品を貰うのは流儀に反する。

 迷っているとそれが表情に出たのか、マクネスさんがはっきりした口調で続けた。


「フィル。君の功績はきっと君が思っているよりもずっと上だ。きっとこの地の探求者は君の事を、この探求のことを忘れないだろう」


 なるほど、それは……忘れたりしないだろう。

 僕はそうなるように立ち回っている。いずれこの地で得た縁が僕の力になるように。彼らの記憶に今回の事が深く刻まれるように。決してボランティアをしているわけではない。


 少し考えたが、僕はチケットを封筒に仕舞い、それを懐に入れた。


「……わかりました。ありがとうございます」


 出港予定は凡そ一月後。移動時間もあるし事前の準備だってある。そのチケットは僕にとってとてもありがたい話であると同時に一つの制約だった。

 これからどうするべきか、決断の時が来ていた。

 動くにしても動かないにしても、さっさと決めなくてはならない。



§




 その他、細々とした結果の確認だけ終え、マクネスさんとカイエンさんは退室していった。

 残ったのは最近つき従えているハイルだけだ。


 僕はハイル・フェイラーと取引していた。

 僕とハイルでは全てが異なる。身の上、立ち位置、経験、能力、それは価値観の変化にもつながる。あまりにも接点のない彼が僕の護衛を了承したのはそれがビジネスライクな関係だったからだ。


 僕は彼の弱みを予想し、ハイルにハイル一人では挑むことさえ出来ない敵を与える事を約束した。

 だがその関係ももう終わりに近づいている。


 約束とは取引だ。探求者同士のそれは時に命よりも重い。それを反故にすれば僕は殺されても文句は言えないだろう。


 僕とマクネスさんとの会話に全く口を挟まなかったハイルが、小さく頷く。

 初対面の頃から些かも変わらない柄の悪い口調で言った。


「おい、フィル。てめえ――」







「……喉、乾かねえか?」


 ――僕は弱い存在だ。誰かに助けてもらわなければ生きていく事すらできない。

 断じて彼を謀ろうとしていたわけではないが、ハイルはそういう意味でとても……都合のいい存在だった。

 元々ソロ専門だった彼に仲間と共にいる経験はほとんどない。


 そう。あのエトランジュ・セントラルドールと同じように。


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嘆きの亡霊は引退したい。

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